古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

 

 自民党と言えば、醜い派閥政治と言われた時代が長く続きました。派閥が形成されたのは、第一回の自民党総裁選唐でそれ以前から、自由党系と民主党系でそれぞれいくつかの集団がありました。8個師団と言われた時代から、三角大福中の5大派閥が合従連衡で総理総裁の椅子を争った時代がありました。自由党系が保守本流と呼ばれ、大平派と田中派がこれに属し、民主党系、改進党系が保守傍流と呼ばれ、福田派、中曽根派、三木派がこれに属しました。

 

 自民党の派閥は総裁選挙に単独で推薦人20名以上が出せる規模のものを言い、それ以外はグループという言い方をします。田中派分裂で竹下派と分かれた二階堂進氏を中心とする人々は20名いませんでしたので、二階堂グループと呼ばれました。現在で言えば、谷垣禎一幹事長や石原伸晃元幹事長の派閥は20名を有していないので、グループということになります。

 

 自民党の派閥は一つの政党のようなもので、新人の発掘、選挙の支援、当選後の先輩たちによる教育、政治資金の分配、陳情の受付と割り振り、人事(党の役職や政府関係)、人事に絡んでいますが派閥の領袖の総裁選勝利といった機能を果たしていました。これらが機能的に動いていたのが旧田中派から竹下派でした。派閥は「ムラ」と呼ばれ、「ムラに帰って皆に相談します」という言葉が使われ、また派閥の領袖は「オヤジ」と呼ばれていました。派閥間の連絡は事務総長会議があり、これによって人事などが決まることがありました。

 

 1990年代に選挙改革、特に小選挙区制の導入が主張された時に、大きな理由となったのが「派閥の解消」でした。「派閥があり、制度化されているために、政治にお金がかかり、政治腐敗がひどくなる」とか「派閥があるために党の統制が徹底しない。小選挙区になれば党の執行部の力が強くなる」と言われました。確かに橋本龍太郎元首相による行政改革によって官邸機能が強化されたこともあって、党中央の力が強くなり、派閥は弱体化しました。

 

 派閥の領袖になっても総裁・総理に慣れない人たちが多くなりました。小渕恵三首相が病気で倒れ、その後に密室の話し合いで、森派を率いていた森喜朗氏が首相となりましたが、その後は、森派に属しながらも孤高の人であった「変人」小泉純一郎氏が首相になって以降、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、谷垣禎一、安倍晋三と派閥の領袖ではない、もしくは小派閥の領袖クラスが総裁、総理に座に座りました。派閥の領袖になって苦労をしなくても、総理総裁を目指せることになりました。そうなると、人望だけがあって資金力がない人が世話人的に領袖になるということが多くなりました。そうなると、派閥の政治資金配分機能もうまく機能しなくなって、当選回数の少ない議員たちからすれば、わざわざ派閥に入ることもない、メリットがないということになります。

 

 また、派閥の教育的な機能も低下しました。昔は「雑巾がけ」という言葉もあり、当選回数の少ない議員たちは、上の議員たちに教えられながら、政界の作法を学んでいきました。最初のうちは、朝勉強会に出て、国会に行き、複数の委員会に出席して、採決まで参加して回るということを忙しくやりながら、自分の適性を見つけていく(そして、族議員になっていく)ということがありました。

 

 下に貼り付けた新聞記事にあるように、町村派は安倍派になるということです。森喜朗氏が元気で存命中なために、森派は町村派と看板を掛け変えたのですが、森氏の影響力から逃れることができませんでした。町村氏も重要ポストを多く経験しながら、ついに総理大臣になることはできませんでした。国会議長は上がりのポストです。

 

 安倍氏は父親以来の安倍派、もっと言うと、祖父の岸派を継承したことになります。現在、安倍派は人数がダントツに多く、盤石の体制です。保守本流各派は分裂やスキャンダルで元気がありません。党内政治としても、安倍派に挑戦するところはありませんから安定しています。ポスト安倍と言われている谷垣氏は自身の率いる派閥が小さいので、独自の動きはできないでしょう。他派閥や党外の勢力と連携しなければなりません。石破氏は、自身が派閥に入っていないのですが、無派閥連絡会を作り、党内に一定のネットワークはあるようですが、派閥的な結束の強さはないようです。

 

 安倍派に弱点があるとすれば、安倍氏の次を担える「プリンス」「跡継ぎ」の政治家が存在しないことです。二世、三世になると父や祖父が属していた派閥にそのまま属するものですので、小泉進次郎氏も安倍派に入っていてもおかしくありませんが、彼は既に単独で行動し、若手の中にネットワークを張りつつあります。安倍派の名簿を眺めてみても、なかなこの人が安倍氏の次に派閥を率いていくんだろうと思われるような政治家は見当たりません。どうも裏方が似合う感じの地味な人たちが多いというのが印象です。次世代のリーダー作りができないと安倍派もまた退潮していくんだろうと私は思います。

 

==========

※自民党の派閥

 

・旧池田派→旧大平派→旧宮沢派→旧加藤派→旧堀内派→旧古賀派→岸田派(宏池会)

⇒43名(衆:32 参:11)

→旧河野グループ(大勇会)→麻生派(為公会)

⇒37名(衆:30;参:7)

→旧加藤派→谷垣グループ(有隣会)

⇒15名(衆:12名;参:3名)

 

・旧田中派→旧竹下派→旧小渕派→旧橋本派→旧津島派→額賀派(平成研究会)⇒52名(衆:32;参:20)

 

・旧福田派→旧安倍派→旧三塚派→旧森派→旧町村派→安倍(正式には細田)派(清和政策研究会)

⇒92名(衆:59;参:33)

 

・旧中曽根派→旧渡辺派→旧山崎派→石原グループ(近未来政治研究会)

⇒12名(衆:11名;参:1名)

→旧伊吹派→二階派(志帥会)

⇒29名(衆:24名;参:5名)

 

・旧三木派→旧河本派→旧高村派→大島派(番町政策研究所)⇒12名(衆:8名;参:4名)

 

無派閥連絡会石破グループ(山本有二[政策グループのぞみを率いる]、鴨下一郎[政策グループのぞみ]

 

==========

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「自民・町村派:細田派に衣替え 事実上の「安倍派」誕生?」

 

毎日新聞 20141223日 2200分(最終更新 1223日 2224分)

http://mainichi.jp/select/news/20141224k0000m010081000c.html?inb=tw

 

◇15年秋の自民党総裁選へ盤石な体制目指す

 

 自民党最大派閥の町村派の会長だった町村信孝元官房長官が24日召集の特別国会で衆院議長に就任することから、町村派は25日の会合で「細田派」に正式に衣替えする。安倍晋三首相(自民党総裁)の出身派閥で、細田博之幹事長代行が首相に近いことから事実上の「安倍派」誕生との見方もある。

 

 首相は22日、佐賀県知事選の推薦状を渡すため党本部を訪れた際、細田氏の部屋に立ち寄り、「会長としてよろしくお願いします」と派閥会長への就任を要請した。

 

 首相は表向きは派閥を離脱しているものの、派内には首相の「応援団議員」が多いのが実態だ。一方で、これまで会長を務めてきた町村氏は2012年総裁選を同じ派閥ながら戦った相手だ。首相が10%への消費増税を先送りする決断をした際も町村氏は異論を唱えた。派内では、安倍首相と距離がある議員を「町村派」、首相に近い議員を「安倍派」と呼んで区分することもあった。

 

 町村氏の衆院議長人事は首相自らが決断し、水面下で調整した。後任会長を細田氏とすることで「実質的に『安倍派』で派内が統一されることになる」(同派関係者)とみられている。

 

 町村派は総裁派閥として勢いづくが、首相は出身派閥に頼るだけではなく、岸田派の岸田文雄外相や額賀派の加藤勝信官房副長官らとも信頼関係を構築。他派閥の支持も拡大させ、来秋の自民党総裁選を事実上、回避できるような盤石な体制を築き、長期政権を目指す考えだ。

 

 衆院選での獲得議席が解散前とほぼ横ばいだったため、各派閥とも勢力に大きな変動はない。さらに、12年衆院選で新人議員が多く誕生したこともあり、今回衆院選での自民党新人議員は15人だけ。派閥による新人獲得合戦も低調だ。

 

 このうち町村派では、ともに父が同派所属だった尾身朝子(比例北関東)、谷川とむ(比例近畿)の両氏の入会が内定。「準会員」の宗清皇一氏(大阪13区)も正式入会する。同派幹部は「4〜5人は確保できそうだ」と自信をのぞかせる。

 

 岸田、麻生、二階の各派はすでに1〜2人を入会させたか内定済み。第2派閥の額賀派も1人確保を目指して交渉中。石原派と大島派は新人入会のめどは立っていない。派閥ではない谷垣禎一幹事長のグループには加藤紘一元幹事長の三女の鮎子氏(山形3区)が参加する予定だ。【影山哲也、宮島寛】

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)









 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 本日、維新の党の新興役員会が開催され、橋下徹(大阪市長)・維新の党共同代表と松井一郎(大阪府知事)・同党幹事長が辞任する旨が発表されました。江田憲司衆議院議員が代表となり、幹事長には松野頼久衆議院議員が幹事長に就任することになりました。

 

 新聞報道によれば、国会議員団は両者の辞任を慰留し、統一地方選後への復帰という条件で、辞任を了承したということです。

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左から松井氏、橋下氏

 

 維新の党は先日の総選挙でも惨敗という程でなく、公示前の議席42議席を41議席と1議席減らしただけで(議員定数が5削減されたことも考えねばなりません)、選挙前の予想よりも善戦でした。近畿ブロックでは比例票で約200万票(全国で800万票)を獲得するなど、健闘していました。

 

 前回の選挙で戦った日本維新の会(大阪維新の会と石原慎太郎氏率いる太陽の党が合併)の時もそうでしたが、「維新」には、瀕死の政治家たちを蘇らせて、議席を得させる効果があるようです。その点では、維新のブランド力は侮ることができません。しかし、その求心力は落ちているといのが現状のようです。維新の党の国会議員団の顔ぶれを見てみると、元々は自民党だったり、民主党だったり、みんなの党だったりとデビューからずっと橋下氏と共に行動してきたという、大阪維新の会生え抜きという人は少ないのです。

 

 それでも橋下氏らオリジナルの大阪維新の会は危機感を持っているようです。大阪維新の会は地方選挙でも力に陰りが見え始めているようです。大阪市議会、大阪府議会、堺市議会などで大阪維新の会系の議員たちは過半数に届かず、大阪維新の会系対他の既存政党という構図になっているようです。大阪維新の会はいわば組織に喧嘩を売っていて、橋下氏の個人の魅力と発信力で選挙をやっていますから、橋下氏の神通力が落ちてしまえば、苦戦するのは当然です。

 

 今回の選挙でも維新の党は善戦しましたが、近畿圏で既存政党を大きく陵駕することができず、小選挙区での勝利も半減(前回が12→今回が5)となりました。これでは、橋下氏(バックにいる上山信一・竹中平蔵の慶應義塾大学SFCキャンパス教授陣と堺屋太一)が悲願としている大阪都構想を実現することは難しいと判断し、地元に専念するということになったようです。

 

 しかし、考えてみると、大阪都構想のような大きなアイディアを実現するためには、国のバックアップも必要です。維新の党の国会議員団は衆議院で41名、参議院で11名ですので、他党の協力がなければ難しい状況です。地元では自民党、公明党、民主党、共産党などが揃って反対という状況では、他党の執行部としても応援しにくいし、特に近畿圏出身の維新の党以外の国会議員たちは地元に配慮して応援できません。

 

 そうなると、大阪市議会、大阪府議会、他の地方自治体の議会や首長の圧倒的多数を大阪維新の会で押さえ、国(国会議員)に「民意」というプレッシャーを与えねばなりませんが、橋下氏の話題先行型の政治姿勢では今のところ、これも厳しいようです。

 

 橋下氏と松井氏が揃って党役職辞任となると、維新の党の3つのグループ(私は大阪ウィング、日本維新の会国会議員団系、結いの党系と呼んでいます)のうち、野党再編のキーマンである、江田憲司氏、松野頼久氏、柿沢未途といった人々が党の中心となります。実際に、江田氏が単独で代表、松野氏が幹事長、柿沢氏が政調会長、江田氏と出身が同じ(岡山県、東大法学部、官僚)の片山虎之助氏が総務会長と党の重要なポジションを大阪維新の会系以外が全て押さえることになります。

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左から江田氏、松野氏

 

 私は、今回の総選挙に橋下氏が出馬できなかったこと、大阪維新の会系の力が落ちたことから、橋下氏と松井氏が「名誉ある撤退」を選び、大阪に立て籠もる戦略に出たのだと思います。それで大阪都構想が実現するのかとなると、それも難しいと思います。

 

 大阪都構想が頓挫した場合、橋下氏は大阪市長を辞任し、政界から去るのではないかと思います。一方の松井氏は国政にも関心を持っているようですから、2016年の参議院議員選挙に出馬するのではないかと思います。しかし、それもその時までに維新の党が残っていて、大阪維新の会系の力がまだ健在であったらの話です。

 

 こうして見ると、大阪維新の会は地方政党であるべきだったのだろうと思います。国政への色気を出したために、大阪維新の会の独自色が薄まってしまい、中途半端になってしまいました。そして、国政政治家たちにうまく利用されてしまったというところもあります。橋下氏はとても威勢が良く、歯切れもよくて、頭の回転も速い人ですが、国政政治家の老練さにはコロッと騙されてしまったのかもしれません。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「維新の党:橋下代表、松井幹事長が辞任 「都構想に専心」」

 

毎日新聞 20141223日 2029分(最終更新 1223日 2104分)

http://mainichi.jp/select/news/20141224k0000m010057000c.html

 

 維新の党の橋下徹共同代表(大阪市長)は23日、東京都内で開かれた同党の執行役員会で「大阪都構想実現に専心したいのでいったん職を退きたい」と述べて共同代表の辞任を表明し、了承された。松井一郎幹事長(大阪府知事)も辞任した。衆院選での伸び悩みを受け、都構想の実現がかかる来春の統一地方選での大阪府議選、同市議選に集中せざるを得なくなった。

 

 両氏は統一選後に復帰する見通し。橋下氏は最高顧問、松井氏は顧問に就任する。江田憲司共同代表が代表になる。松井氏の後任の幹事長には松野頼久代表代行が就任する。

 

 江田氏は慰留したが、橋下氏らの意志が固いため、辞任が一時的であることを前提に了承した。松井氏は役員会後、記者団に「大阪都構想は維新の一番中心の政策。最も大事な統一選に専念したい」と説明した。

 

 維新は大阪府議会、市議会ともに過半数を割っている。橋下氏らは都構想実現のため、来春の府市議選での過半数獲得を目指す考えだ。

 

 しかし先の衆院選で大阪の小選挙区で維新が勝利したのは5選挙区にとどまった。2012年衆院選での日本維新の会の12からは半減以下。府市議選での過半数獲得は容易ではないとの見方も強い。

 

 維新の看板である都構想が実現の見通しを失えば、橋下氏はもちろん、維新自体も求心力を失って解体に向かいかねない。橋下、松井両氏の辞任は、足元が崩れるなか、生き残りになりふりをかまっていられなくなったためだ。国政で影響力を発揮することで都構想実現につなげようとしたかつての戦略は破綻した。

 

 橋下氏が退くことで、江田氏の党内での影響力が増す可能性もある。政調会長には江田氏に近い柿沢未途氏が就任する。野党再編を巡っても、民主党の労組系議員を激しく攻撃してきた橋下氏に比べれば江田氏のほうが進めやすいとの見方もある。

 

 ただ、江田氏は記者団に対し「今後も橋下、松井両氏の意見を聞きながら党運営を進めることに変わりはない」と強調した。【葛西大博、熊谷豪】

 

 

●「維新、橋下共同代表が辞任 松井幹事長も、大阪都構想に専念」

 

東京新聞 20141223 1822

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014122301001681.html

 

 維新の党の橋下徹共同代表(大阪市長)と松井一郎幹事長(大阪府知事)は23日、東京都内で開かれた党執行役員会で役職を辞任する意向を伝え、了承された。「大阪都」構想の実現に向け、来年4月の統一地方選で行われる大阪府議・市議選への対応に専念する。

 

 橋下氏は最高顧問に、松井氏は顧問に就く。代表は江田憲司共同代表が単独で、幹事長は松野頼久代表代行がそれぞれ務めることも決まった。

 

 橋下氏は執行役員会で「当面の間、党の役職を離れたい」と述べた。国会議員団側は両氏に、統一地方選後に復職するよう強く要請した。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)









 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は経済のお話を書きたいと思います。私は経済学が苦手です。大学の経済学の授業でも半分寝ていたような人間です。ですから、経済の話は避けていたのですが、今回挑戦してみたいと思います。まずは思い出話から始めたいと思います。

 

 私が小中高時代を過ごしたのは、1980年代から1990年代にかけてです。私は九州の地方都市で育ちました。大人たちとは全く別の子供の世界、大人たちの顔を曇らせたり、笑顔にしたりするものと言えば、テレビのニュースでした。私が小学校時代に、久米宏司会の「ニュースステーション」が始まりました。それまでのニュース番組とは何か違うな、面白いなと思って大人たちと一緒に見ていました。フィリピンの民主化や第二次天安門事件など固唾を飲んで見守っていたことを思い出します。

 

 そんな中で、大人たちがいつも話をしているのが景気の話でした。バブルが始まる前兆があったのでしょう。地方都市の公務員の家でも株の話が出るようになりました。「●●さんはNTTの株を買って大儲けしたらしい」なんてことを聞いていました。

 

 ニュース番組の最後には、東京証券取引所の平均株価、そして円ドルの為替レートがいつも流されていました。株価が上がれば大人たちは喜んでいました。それでも子供ながらに不思議なことがありました。「円安、円高」という言葉でした。「238円から237円になったのに、“円高”になったと言って大騒ぎする」大人たち。数字が小さくなっているのに「円高」ってなんなのだろうか?と思って親に聞いても、子供に分かるように説明してくれませんでした。

 

 それでも小学校の高学年になって少し知恵がつくと、「価値」というものが少しわかるようになり、そして、日本という国が「加工貿易」で世界の中でも豊かな国となっていると習うようになりました。時代は、日米貿易戦争で、日本製の自動車やラジオがハンマーで壊されていました。

 

 「日本は原材料を輸入して、それをテレビ、ラジオ、自動車、船、鉄鋼などに加工して、それを輸出してお金を稼いでいる」ということを習いました。そして、「円安だと輸出した先の国で製品が安く売れる」ということも分かりました。だから、円が少しでも高くなると、自分たちのせいではなくて製品の値段が上がるから円安が良いのだ、ということを理解できるようになりました。そして、得意げに友達にこのことを説明していました。今から考えると、汗顔の至りです。

 

 私たちの世代くらいまでは、「日本は加工貿易の国で、円安は良くて、円高は悪い」ということをある意味刷り込まれてきたと言えると思います。「日本は世界中に工業製品を輸出してお金を稼いでいる。輸出あってこその日本なのだ」ということを私たちは教えられてきました。確かに世界各国に行って日本人と分かれば、その国の人たちから「ソニーの製品は素晴らしいね」「トヨタの車は故障がなくて良く走るよ」と賛辞を寄せられることが多いです。自分は全く関係ないのだけれど、それは別にして嬉しくなることは事実です。

 

 しかし、日本はどうも「輸出主導型経済」ではなくなっているようです。1960年代からの奇跡の高度経済成長の幻影はあるのですが、日本は先進国となり、製造業ではなく、サーヴィス業がその割合をどんどん増やしているようです。

 

※厚生労働省の報告書のアドレス↓

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/13/dl/13-1-4_02.pdf

 

※2013年10月7日付東洋経済オンライン 野口 悠紀雄(早稲田大学 ファイナンス総合研究所顧問)「輸出主導型ではなくなった日本経済 リーマンショックから5年、世界はどう変わったか」のアドレス↓

http://toyokeizai.net/articles/-/20873

 

 もちろん、日本の製造業がこれからも頑張ってもらいたい、海外で売れる製品を作ってもらいたい、外貨を稼いできてもらいたい、というのはそうなのですが、新興諸国の追い上げということも考えていかねばなりません。

 

 そうなると、「輸出(外需)主導」ではなく「内需主導」型経済ということになりそうです。ただ、内需主導経済で経済の規模が大きくなるのかということは分かりません。ですから、外需に偏っていたものを内需にしていくということなのだと思います。また、内需主導経済というのはよく分からないものです。

 

 それでも現在の日本は、アベノミクスで株価は上がっています。そして、円安によって企業の売り上げは良くなっていると言われています。しかし、円安によって輸入品の値段が上がり、物価はどんどん上昇しており、給料の伸びが追いついていない状況です。株価が上がっても、株式を頻繁に取引する人たち以外にはまず関係のない話です。日本国民の8割以上は株式取引をしたことがないのです。

 

 「円安にして輸出を増やす」ということも、今の日本では難しいです。なぜなら、1980年代から円高基調になって、各メーカーは生産拠点を海外に移しているからです。日本国内にも製造工場がありますが、日本列島全体が生産工場ということはありません。円安で輸出を増やすということはできるはずがありません。

 

 また、日本人の人件費も高度経済成長のおかげで伸びていきました。どんどん豊かになりました。簡単に言えば、昔は日本人の給料は世界に比べても安くて、その上高品質の製品を作ることができたので、低価格で良いものを世界中に売りまくることができました。しかし、今は人件費が上昇し、円安をいくら進めてもそこまで低価格にはできないのです。

 

 それでは、円安で輸出を増やすということをやるためには何が必要になるかというと、低賃金で働く人々です。アメリカにおける移民の立場はまさにそうです。しかし、日本ではなかなか移民受け入れは難しいのが現状です。そうなると低賃金層は日本国民の中に作らねばなりません。

 

 現在のアベノミクスがやろうとしていることは、低賃金層を生み出そうということです。お金持ちがいきなり低賃金層になることはありませんから、中間層から脱落していく人たちが増えていきます。低賃金で働かざるを得なくなる人たちが増えていきます。

 

 私がこの部録の記事で指摘したように、中間層は民主政治体制(デモクラシー)にとって重要な要素となります。中間層がいなくなれば、民主政治体制は脆弱になります。

 

 若者の非正規雇用やマイルドヤンキーといった現象はこうした中間層がいなくことを示しています。お金持ちと貧困層の二極化が進みます。そして、貧困層は政治になど関心を持たなくなります。そうなれば支配者層とつながるお金持ちたちに都合の良い支配体制となります。それが自民党の一強多弱時代です。

 マルクスの理論では、資本主義がどんどん発展していくと、格差が拡がり、労働者(プロレタリアート)階級がブルジョア階級を倒す階級闘争(クラス・ストラグル)にまでいくということになります。しかし、現在の日本では、そうした自分の状況に関心を払うことも、政治に関心を払うこともできない状況になっています。また、低賃金層の団結も妨げられ、孤立化も進んでいます。

  
私は、財政の再配分機能を利用して、つまり、人々の家計にお金が直接入るような政策を行うことを支持します。 

 

 今回の総選挙で自民党の一強時代はしばらく続きそうです。そうなれば、日本はますますお金持ちと低賃金層の二極化、中間層の脱落が進んでいくことになります。そうした状況を変えるためにも、野党勢力にはしっかりとしていただきたいと思います。

  

(週刊誌記事転載貼り付けはじめ)

 

安倍自民大勝もアベノミクスが落とし穴

 

(週刊朝日 20141226日号掲載) 20141219()配信

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20141219-2014121700087/1.htm

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20141219-2014121700087/2.htm

 

 選挙で予想通りに大勝した自民党は、来週にも新内閣を発足させ、向こう4年間の長期政権をスタートさせる。

 

 憲法改正まで見据え、着々と足場を固めていく安倍首相。だが、今後の政権運営には、多くの落とし穴が待ち構えている。まずは年明けにも想定される原発再稼働だ。

 

 今回の衆院選で首相はあまり触れなかったが、九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)は早ければ2月にも、再稼働する。他の原発も原子力規制委員会の基準を満たせば再稼働していく。

 

 今年7月の集団的自衛権行使を認めた閣議決定に沿った安全保障関連法案も来年の通常国会に提出される。自民党の高村正彦副総裁は「すぐに安保法制の大枠を作る作業に入りたい」と話しており、作業を加速させる考えだ。

 

 関連法案の審議の時期は統一地方選後になりそうだが、自衛隊がこれまでより危険にさらされるだけに、国会の内外で再び大きな反発が起こることも予想される。

 

 安倍首相が政権公約集の表紙に掲げた「景気回復」も足元は心もとない。

 

 選挙期間中、今年7月から9月までのGDPの改定値が発表されたが、速報値の年率マイナス1.6%からマイナス1.9%に下方修正。4月の消費税8%への増税は、結果として内需を冷え込ませ、予想以上に深刻になっている。

 

 自民党ベテラン議員は言う。

 

「アベノミクス3本目の矢の成長戦略も妙案がなく、みな困り果てています。すでに掲げた医療・雇用の規制緩和や農業改革などは、自民党の支持団体の抵抗にあってスムーズに進んでいない。

 

1月以降に景気回復が進まなければ、国民の期待は一気に怒りに変わるでしょう。統一地方選にも打撃となります」

 

 同志社大学大学院の浜矩子教授は「来年1月以降の経済はさらに厳しくなる」と予測する。

 

「消費や設備投資は低調で、どの指標を見ても景気上昇のきっかけが見られない。物価上昇の影響で実質所得もマイナスになっている。円安で輸入製品の価格が上がり、生活コストも上昇しています。これでは消費が伸びるはずがありません。実際に痛みを感じている中低所得者層に直接、働きかけることをしないと、経済はなかなか回復しない」

 

※週刊朝日  20141226日号より抜粋

 

(週刊誌記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)








 

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