古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。





アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 今回は今週水曜日にウエストポイント(米陸軍士官学校)で行ったオバマ大統領の演説についての論稿をご紹介します。オバマ大統領は任期残り2年でもう一度現実主義的(リアリスト)な外交政策に戻ろうとしているようです。オバマ大統領の現実主義的な外交政策志向については、拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)を是非お読みくださいませ。

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 彼はアイクのようだ(He's Like Ike

オバマは、戦争に足を取られながら、欺瞞に対して疑いを持っている。オバマはアイゼンハワーの外交政策をなぞっている。

 

ピーター・ベイナート(Peter Beinart)筆

2014年5月29日

ジ・アトランティック(The Atlantic)誌

http://www.theatlantic.com/international/archive/2014/05/like-ike-the-key-to-understanding-obamas-foreign-policy/371795/

 

 バラク・オバマ大統領とタカ派の批判者たちとの間の論争は次のように要約される。昨日のウエストポイント(米陸軍士官学校)での演説の中で語ったように、オバマ大統領は、アフガニスタンとイラクでの戦争に「足を取られている」状態にある。オバマ大統領を批判するタカ派は、「オバマ大統領が戦争に足を取られている」という事実に拘っている。

 

 この核心的な分裂は、アメリカの外交政策の歴史をどのように読むかの違いがその根本にある。タカ派にとって、アメリカの戦後の歴史75年は次のようになる。フランクリン・ルーズヴェルト、ハリー・トルーマン、ジョン・F・ケネディを通じて、アメリカは、強さのみを求め、国際主義的な、そして道徳志向的な外交政策を追求した。そして、アメリカの指導者たちは、ヴェトナム戦争の敗戦によって、アメリカの力と理想に対する信頼を失った。その結果、ロナルド・レーガンが大統領に就任し、アメリカの力と誇りを再建するまで、ソ連が冷戦を優位に進めることになった。それでも、アメリカは冷戦に勝利した。アフガニスタンとイラクの戦争の失敗によって、アメリカの指導者(オバマ大統領)はアメリカの力に対する信頼を失っている。自由に敵対する敵たちは再び強さを取り戻しつつある。彼らは、レーガンのような人物が出てきて救ってくれるまで、その強さを増大させ続けるだろう。

 

 このような歴史解釈の中で、ヴェトナム、イラク、アフガニスタンでの戦争は歴史の中で深刻な問題とはならなかった。これらの戦争は勝てる戦争ではあったが、意志の力の弱さとアメリカの力の限界や使用の誤りのために敗れてしまったということになる。問題は戦争それ自体ではない。問題はアメリカの指導者たちの戦争に対する対応の仕方が問題なのである。ジミー・カーターの犯した罪は、ヴェトナム戦争を通じて、共産主義運動に対する軍事的介入について疑問を持ってしまったことだ。オバマ大統領の罪は、イラクとアフガニスタンでの戦争を通じて、テロ活動と反米的な独裁者たちに対する軍事的介入について疑問を持っていることだ。

 

対照的に、オバマ大統領にとって、ヴェトナム、イラク、アフガニスタンでの戦争は特異な現象ではない。これらの戦争は、アメリカの傲慢さが生み出す、繰り返されるパターンを象徴している。オバマ大統領はウエストポイントの卒業生たちに向かって次のように語っている。「第二次世界大戦以降、私たちアメリカが犯した多くの犠牲を出した過ちのいくつかは、私たちの抑制的な態度からではなく、結果を考えない軍事的な冒険主義に殺到してしまったことから起きてしまったことだ。」オバマ大統領は、このような傲慢さによって、アメリカの敵国が持つ恐怖が増幅されていると考えている。こうした国々はアメリカによって真綿で首を絞められるように徐々に崩壊させられるのではないかという恐怖心を持っている。彼らは、アメリカが自分たちに対抗するための同盟を構築し、民主政体の正当性と経済的な強さを見せつけることで攻撃してくると考えている。これは実際にウクライナで起きていることである。そして、アメリカの傲慢さは戦争を起こすしかないという過度な攻撃性を生み出す。そして、戦争がひとたび勃発してしまうとアメリカのコントロールが全く利かない状況になってしまうのである。

 

 オバマ大統領は、ウエストポイントでの演説でドワイト・アイゼンハワー(愛称アイク)の演説から一節を引用したが、それは何も驚くべきことではない。オバマ大統領と同様に、アイクもまた、大統領在任期間中に、「アメリカの敵たちは力をつけてきているのだから、アメリカは国防により多くの予算を割くべきだ。軍事的な介入を行うべきだ」という批判を行う人々と戦うことに多くの時間を割いた。アイクは批判者たちの言うことを肯定しなかった。アイクはソ連がアメリカを軍事面で追い越すことではなく、アメリカがソ連に対して過度に反応して軍拡競争をして経済的に破綻してしまうことを恐れた。アイクは、「ソ連は、アメリカと自由世界に属する各国に過度な安全保障の負担を負わせて、最終的に経済的に破綻させたいと願っているのだ」と述べている。

 

 アイゼンハワーは、NSC68文書を承認することで、世界規模での共産主義との戦いに無制限に予算を投入することになることを何よりも恐れた。トルーマン政権は、第二次世界大戦中にソ連が欲するものは何でも与えていた。アイゼンハワーは、国家安全保障会議が開かれる度に、財務長官と予算局長を同席させることで、浪費に対抗した。オバマ大統領も同じようなことをしている。アフタニスタンにおける米軍駐留に課する会議が開かれる時、オバマ大統領は、予算管理局長のピーター・オルザックを必ず出席させた。アイクは国防予算を低く抑えることに奮闘した。その結果、三軍(陸軍、海軍、空軍)を代表する統合参謀本部副議長3名が辞任してしまった。共和党の指導者たちは、戦争の継続と深化を求めたが、アイクは朝鮮戦争を終結させた。そして、ヴェトナムにおけるフランスの苦境を救うためにヴェトナムに派兵することを拒否した。

 

 アイクのやったことは明らかにオバマ大統領のモデルとなっている。犠牲が多く、勝利を見込めない戦争を終わらせる。新しい戦争を始めない。アメリカの力の経済的基盤を再建する。これがアイクとオバマに共通している点だ。ここ数十年の間、多くの歴史家たちがアイゼンハワーの外交政策を賞賛してきたという事実をオバマ大統領が受け入れるかどうかは分からない。ある学者は論文の中で、アイクを外交政策の「天才」と呼んだ。その学者は大きな影響力を持つ人物であった。

 

 しかし、残念なことに、アイゼンハワーは現職の大統領であった時期、受け身で弱腰だと批判され続けた。歴史家アーサー・シュレジンジャー・ジュニアは、アイゼンハワーを「疲労した政治」の執行者と呼んだ。アイゼンハワーについては次のようなジョークもあった。「張り切って初めてみてものの、8年間何もしなかった」

 

 アイゼンハワーの問題は、彼の外交政策が英雄主義的ではなかったことだ。オバマ大統領は「アイゼンハワーは単打を打つことで満足してしまった」と述べている。アイゼンハワーは、浜辺やヨーロッパの牧草地で、血まみれの英雄主義を象徴する人物であった。ウエストポイントでの演説で、オバマ大統領は、アイゼンハワーが述べた「戦争は人類が犯す最も悲惨な悲劇であり、馬鹿げた誤りである」という言葉を引用した。現在の外交政策における議論では、軍事力の行使を求める傾向を「理想主義」と呼ぶようになっている。これは、軍事力の行使を軽蔑するという傾向を象徴している。

 

 私はオバマ大統領がアイクと同じように感じているのかについては疑いを持っている。しかし、オバマ大統領はアフタニスタンでの戦闘で亡くなった士官学校の卒業生たちに就いて次のように語っている。「私は亡くなった人々や負傷した人々のことをいつも考えている」

 

 オバマ大統領は確かに常に死傷した人々について考え続けるべきだ。私たちもまた常に考え続けるべきだ。それは、イラクでの戦闘やタリバン(アルカイーダと対立している)との戦いに、アメリカの若い男女を送り込み、死なせるだけの価値など全くなかったからだ。私たちは、アメリカを無駄な軍事作戦に追い込み、新たな悲劇を生み出すということを考慮せずに強硬な主張をしている人々の存在を心配すべきなのだ。

 

ウエストポイントで、オバマ大統領はアメリカを新たな戦争に巻き込むことはないと述べた。アイクはこのオバマ大統領の発言を誇りに思うことだろう。

 

(終わり)






 









アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 

 古村治彦です。

 

 今回は、ご好評いただいております『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(オーヴィル・シェル、ジョン・デルリー著、古村治彦訳、ビジネスは、2014年)の、ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」に掲載した宣伝を転載します。

 

 お読みいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。


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「宣伝文0011」 オーヴィル・シェル、ジョン・デルリー著『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(古村治彦訳、ビジネス社、2014年)が発売中です。 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2014年5月25日

 

 ウェブサイト「副島隆彦の論文教室」管理人の古村治彦です。

 

 本日は、現在、発売中の『野望の中国近現代史 帝国は復活する』を皆様にご紹介いたします。この本は、私にとって初めての中国関連の翻訳となります。本書は、中国の近現代史、具体的には1840年の第一次アヘン戦争から現在に至るまでの、中国の近代化を彩った知識人と政治家たち11名を取り上げ、その人物に焦点を当てながら、歴史を分かりやすく書いた本です。

 

 本書は原著も400ページを超える大部で、翻訳も精一杯努力しましたが、480ページ近くになってしまいました。その分、お値段も高くなってしまい、皆様には申し訳なく思っております。しかし、ページ数、内容から考えて、2冊分以上の価値はあると私は胸を張って申し上げることができます。

 

 以下に欧米の一流メディアに掲載された書評をご紹介いたします。参考にしていただき、本書をお読みいただけますようにお願い申し上げます。

 

 

 

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ニューヨーク・タイムズ紙 2013年7月18日

 

http://www.nytimes.com/2013/07/21/books/review/wealth-and-power-by-orville-schell-and-john-delury.html?pagewanted=all

 

「書評:面目を失い、そして大躍進を行った―オーヴィル・シェル・ジョン・デルリー著『野望の中国近現代史 帝国は復活する』」

 

ジョセフ・カーン(Joseph Kahn)筆

 

 中国古代史の代表作である『史記(Records of the Grand Historian)』には、越王勾践が恨みの感情をどのように涵養していったかの話が取り上げられている。紀元前5世紀、勾践は越を統治し始めた時、勾践の宿敵が越を攻撃し、勾践は捕虜となった。宿敵は勾践を奴隷とした。勾践は3年間の奴隷生活の後、解放されて、王座に戻ることが許された。しかし、勾践は王としての優雅な暮らしを避け、農民たちが食べるような粗末な食事をし、質素な生活に徹した。彼は薪を積み上げただけのベッドで眠り、天井から苦い肝を吊るし毎日嘗めた。中国には「臥薪嘗胆(sleeping on sticks and tasting gall)」という警句がある。この警句は、勾践が恥辱を忘れずに、恥辱をバネにして自分を強くしたという故事を賞賛しているのである。

 

 『野望の中国近現代史』の中で著者オーヴィル・シェルとジョン・デルリーは中国の現在の台頭の知的、文化的源泉について丁寧に描き出している。シェルとデルリーは、勾践の物語を大元帥(Generalissimo)・蒋介石は大好きだったと書いている。蒋介石は中国を統一しながら、後に台湾に追われた。著者たちは、現代中国の重要なテーマとして「恥辱」を挙げている。19世紀初めの魏源から昨年(2012年)に中国国家主席に就任した数近平に至るまで、恥辱という概念が共通するのである。魏源は、全能の中華帝国が根本から衰退しつつあると主張した中国初の知識人である。著者たちは、「中国は過去150年間にわたり外国からの侵略を受けて恥辱を被ってきたが、その屈辱感が中国の統一を維持するための接着剤の役割を果たした」と主張している。

 

 多くの国々は勝利にこだわり、その勝利の上に歴史を作ってきた。アメリカは独立戦争の勝利の上に成立した。イギリス人たちは今でも第二次世界大戦に関するドキュメンタリーを見るのが大好きだ。しかし、中国人たちにとっては今でも1842年に第一次アヘン戦争に敗れたという事件が心理的に大きな傷となっている。中国は現在、3兆ドルの外貨準備を誇るまでになっているが、それをもってしてもこの傷を癒すことはできない。第一次アヘン戦争の後、中国はまずヨーロッパ列強に、後に日本によって傷つけられ、破壊され、分割されてしまった。中国の兵士たちが日本軍を追い出し、中国が再統一したのは60年以上前のことだ。しかし、中国人たちは中国が蒙った苦しみを歴史の中にウもさせるのではなく、記憶していくという決心をした。

 

 屈辱感はたいていの場合、行動を抑制するものとなる。本書は11名の人物を取り上げ、その人生を詳しく描いている。本書の中で、シェルとデルリーは、近現代の知識人や政治指導者たちにとって恥辱は刺激となったと主張している。ある意味で、その証拠を探すことは難しいことではない。天安門広場にある国立博物館は2011年にリオープンされたがその記念イベントのタイトルは「復興への道(The Road to Rejuvenation)」というものであった。このイベントの中で、アヘン戦争は現在の中国を作った出来事として扱われている。またイベントでは、中国共産党がどのようにして中国の偉大さを取り戻したかをディズニー風に展示していた。不平等条約の一つである南京条約が締結された静海寺の敷地内にある記念館には、次の言葉が飾られている。「屈辱感を感じることは、勇気を生み出す」。恥辱は中国共産党の宣伝にとっての重要要素となっている。

 

本書の著者シェルは、中国で経済改革が始まって以降の政治と社会について報告を続けてきたヴェテランのジャーナリストである。デルリーは中国と北朝鮮の政治の専門家である。著者であるシェルとデルリーは、中国共産党が屈辱感をアピールすることの裏側にある意図を正確に理解している。しかし、本書『野望の中国近現代史』は、このような感情は中国人の心理において深い傷を残していると主張している。そして、現在の中国の政治指導者たちの文化的な遺伝子の中にはこの傷が残っているのである。中国を愛するということは、19世紀に苦しんだ面目を失うことになった様々な事件を乗り越え、過去に苦しんだ苦い敗北を繰り返さないという情熱を共有することである。

 

 アヘン戦争の残したものや中国のナショナリズムの源流を探った本は本書が最初ということではない。しかし、本書『野望の中国近現代史』が読者に提示しているのは、「西太后から鄧小平まで、中国の最重要の知識人たちと政治指導者たちは恥辱を雪ぐという国家規模の希望を叶えようとしていたという点で共通している」という主張である。彼らは屈辱を感じ、その屈辱をバネにして「富強」の途を突き進んだのだ。

 

 中国の近現代史において知識人や政治指導者たちが行ったことのほとんどは無残な結果に終わった。150年以上にわたり、中国は帝国、軍閥、共和制、共産主義と支配者が次々と変化した。中国の支配者たちは封建主義、ファシズム、全体主義、資本主義を利用してきた。シェルとデルリーは、このような衝突し合うシステムやイデオロギーの中から中国を形成したものは出てこなかったし、指導者たちも何かに固執するということもなかったと主張している。著者たちは、中国の近現代史は、国家の復興(restoration)のために何かを追い求めた歴史であると書いている。

 

19世紀初めの改革者たちは、中国史上初めて、「中国は巨大であるが弱体である」と宣言した人々である。彼らの主張は正しかったが、19世紀当時、彼らは異端となってしまった。初期の改革者たちが提案した解決策は、「自強(self-strengthen)」であった。それは、西洋の技術と方法から中国に合うものを選び出して採用することであった。しかし、何度かのより深刻な後退を経験した20世紀初頭、学者や知識人たちの主張はより大胆になった。梁啓超は「恥辱感覚協会」の創設者となった。彼は「中国文化は中国人を小心にした」と主張した。梁啓超は中国伝統の儒教的な「核」を破壊し、西洋から輸入した思想によって国を再建したいと望んだ。

 

 中国国民党の指導者であった孫文と蒋介石もまた西洋の理想を追い求めた。彼らは西洋の政治、文化、経済的原理を追い求めて苦闘した。彼らは中国を復活させるために苦闘した。シェルとデルリーは、梁啓超の唱えた「創造的破壊(creative destruction)」という考えは、毛沢東までつながっているとも主張している。

 

 毛沢東が遺した破壊、階級の敵とされた人々の殺害、膨大な数の餓死者を出した大躍進運動、破壊と無秩序をもたらした文化大革命について、本書の著者たちは、こうした毛沢東の施策を急進的なマルクス主義からではなく、受動的な儒教の伝統の排除を試みたのだという観点から見てみることを読者に提案している。毛沢東は特に、「調和」という伝統に基づいた理想を消し去りたいと考えた。そして、「永続的な革命(permanent revolution)」の追求を人々に植え付けようとしたのだ。毛沢東は、中国の伝統文化を打ち破ることで、中国の持つ生産力を解き放つことができるようになると信じていた。

 

 著者であるシェルとデルリーは、「毛沢東は鄧小平と朱鎔基をはじめとする彼の後継者たちのために進む道にある障害を綺麗に取り除く意図を持っていた」などとは主張していない。鄧小平の後継者たちは、鄧小平が計画したことを忠実に実行し、成功を収めた。しかし、鄧小平が推進した市場志向の諸改革は、たとえ毛沢東が鄧小平に破壊され尽くした状態の中国を譲り渡していなくても、様々な抵抗に遭っていたであろうということを著者たちは証明しようとしている。毛沢東の行った、流血の惨事をもたらした様々な闘争やキャンペーン与党である中国共産党は疲弊し、人々は中国に古くから伝わる秩序という概念を追放した。鄧小平の採用した戦術は毛沢東のそれは全く正反対であったかもしれないが、毛沢東、鄧小平、そして鄧小平の後継者たちが追い求めた目標は一部ではあるだろうが、全く同じ内容であった。

 

 本書のタイトルは『野望の中国近現代史(原題は、富と力を意味するWealth and power)』であるが、本書は中国の台頭に関しては決定的な説明を行っているものではない。著者のシェルとデルリーは、本書の中で、中国経済に関してはほんの数ページを割いているだけに過ぎない。中国が大国として台頭していることを描いている他の本では、中国経済が中心テーマとなっている。しかし、シェルとデルリーは、中国の現在の成功を生み出した、政治と知的な活動とその基盤となる中国文化が如何に機能して、過去の苦境を乗り越えることができたかを丁寧に描いている。中国文化は、しかし、より豊かにそしてより強力になった中国にとってより大きな挑戦を用意している。この戦いは厳しい。それは一度打ち破られた幽霊であるはずの中国の伝統文化と戦い続けることなどできないからだ。

 

(終わり)

 

エコノミスト誌 2013年8月3日

 

http://www.economist.com/news/books-and-arts/21582489-great-power-still-licking-old-wounds-marching-forward

 

中国の偉大さの復活:前進し続ける

しかし、超大国は今でも過去の傷にこだわり続けている

 

 現代中国の基礎となった精神的傷を中国人たちは1842年に受けた。イギリス軍は、南京条約によって屈従することになった中国の喉にアヘンを押し込むことになった。アヘン戦争の結果として軍事的、外交的な敗北を喫したが、現在の中国では、アヘン戦争の敗北は新しい夜明けの前の暗闇となったと考えられている。

 

 実際、中国は、他国が勝利を祝うように、敗北を賞賛する。中国は、アヘン戦争の敗北後の数十年間に多くの恥辱を被った。ひとたびは世界最高の帝国であった中国(清帝国)はヨーロッパ列強によって、そして日本によって浸食された。この「中国は外国勢力によって恥辱を被った」という事実は現在の中国を支配している中国共産党の歴史観の中心的要素となっている。恥辱の歴史を強調することで、中国共産党が「富強(fuqiangwealth and power、富と力)」を回復させる上で果たした役割がより印象的となる。

 

 しかし、恥辱は中国という国家の成り立ちの中に組み込まれている。紀元前5世紀、越王勾践は治めていた国と自由を失う結果となった敗戦を忘れないと決心し、薪できたベッドに寝て、苦い肝を天井から吊るして毎日嘗めた。この苦い味を毎日感じることで、恨みを忘れず、後に復讐を成功させるための強さを身に付けた。苦いものを食べるという「吃苦(Chi ku)」は中国ではよく使われる表現である。

 

 『野望の中国近現代史』の著者オーヴィル・シェルとジョン・デルリーはそれぞれ、ベテランの中国ウォッチャーであり、若手の中国・朝鮮半島専門家である。著者シェルとデルリーは中国の経済的成功の源流を本書の中で探っている。中国史学者の中でも最長老のジョナサン・スペンス流に、著者たちは、1842年以降に中国を変化させようと奮闘した、11名の知識人と政治指導者たちを取り上げ、彼らの人生を詳述している。本書を貫くテーマは、悪評の高い西太后から改革志向の国務院総理であった朱鎔基に至るまで、中国の指導者たちは全て、中国の恥辱の歴史を転換しようとして、自分たちなりに奮闘してきた、というものである。

 

 中国が失った富と力を回復するためには正当な儒教の教えを乗り越える必要があった。儒教は国家よりも家族を、物質主義よりも精神性を、そして経済的な利益よりも祭礼の儀式を重視するように主張してきた。こうした儒教の教えが余りに根強かったために、中国は西洋列強からの脅威に対応できなかった。実際、富強の追求は、儒教のライヴァルである法家によって初めに主張された。法家思想の哲学者であった韓非子は2000年前に次のように主張した。「賢い指導者が富強の道を習得したら、彼は望むものは何でも行うことができるだろう」

 

 中国の「復興」の実現を目指して、本書『野望の中国近現代史』で取り上げられている人物たちは、新しいスタートにこだわった。彼ら改革者たちは、西洋から学んだことや思想を中国に試そうとした。中国の近代化の道筋は、様々な「主義」に彩られていた。立憲主義(康有為)、社会ダーウィン主義(厳復)、啓蒙専制主義(梁啓超)、共和主義(孫文)を試すように知識人たちは主張した。中国の伝統的な儒教にこだわった蒋介石すらも、レーニン主義とムッソリーニが始めたファシズムに魅了された。蒋介石が魅了されたレーニン主義とファシズムはしかし彼にとっては良い結果をもたらすことはなかった。独裁者は内戦に敗れ、台湾に逃亡する結果になってしまった。

 

 西洋のモデルを中国に適用しようとした試みのほとんどは悲惨な結果として終わった。中国の持つ歴史の力は近代性を否定しているかのようであった。この点で、著者であるシェルとデルリーは毛沢東について再評価をしようとしている。著者たちは、毛沢東が主導し、悲惨な結果に終わった大躍進運動と文化大革命についてなんら幻想も持っていない。また、毛沢東は自分の死後に起きた奇跡の経済成長を予見していたなどとも主張していない。しかし、著者たちは、毛沢東の永続革命に向けた情熱によって、まっさらな状態の中国を、中国の繁栄の設計者である鄧小平に引き継ぐことができたと主張している。毛沢東は大躍進運動や文化大革命を通じて中国の伝統文化を破壊した。毛沢東は、鄧小平の「改革開放という偉大な試み」のために「あとはショベルを入れるだけの」建設現場を準備したのである。

 

 これは議論や反論を呼ぶ主張である。他の国々は中国が経験したような心理的な傷、流血の惨事、苦境を経験せずに経済的成功を収めた。そして、中国は経済力、軍事力、外交力を増強し続けている。著者たちはこうした現状を書くだけで満足していない。彼らは、中国が手に入れた力で何をしようとしているのかという疑問を著者たちは提示しているのである。

 

 劉暁波はノーベル平和賞受賞者であるが、現在投獄されている。彼はこれまでにも何度も投獄されてきた。劉暁は本書の中で取り上げられた人々の中で最も示唆に富んだ人物である。劉暁波は、中国が富強を追い求める姿勢の裏側にある意図に対して、最も辛辣な批判をしてきた人物である。彼は中国の指導者たちが西洋を追い越すべきだと主張することを「病的だ」と批判した。劉暁波は、中国にとって必要なしかし耳の痛い疑問をいくつか提示している。それらは、「中国のナショナリズムが仕える対象は誰なのか?国家の誇りというものが一般の人々の犠牲の上に成り立っている独裁的な統治を正すのはいつのことか?」というものだ。

 

 魯迅は中国が各国に浸食されていた20世紀初頭における偉大な作家であった。魯迅は、「中国人は強い人間の前では奴隷のように行動し、弱い人の前では主人のように行動する」と批判した。中国は現在権威主義体制を採用している。そして、対外的には軍事力を増強し続けている。多くの人々は、苛められてきた子供が苦しみの中で成長して、力を手に入れて周囲を苛めるようになるのか、豊かで強力になった中国が国内と世界に平和をもたらすのか、懸念を持っている。これが現在の世界において最も議論されている問題である。

 

(終わり)

 

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(終わり)







 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 

 古村治彦です。

 

 今回は少し遅くなりましたが、オバマ大統領のアジア歴訪に合わせてニューヨーク・タイムズ紙に掲載された、呉心伯(WU XINBO)復旦大学教授による、尖閣諸島問題についての論稿を掲載します。同じ日にマイケル・グリーン・ジョージタウン大学准教授の論稿が掲載されたので、対比となる論稿です。

 

 この論稿は中国の立場で書かれたもので、結論は「尖閣諸島は日米中が争う価値があるような重要な島々ではない。棚上げすべきだ」というものです。また、「アメリカが日本に軍事支援を行うと約束することで、日本がより攻撃的な姿勢を取るようなことにならないようにすべきだ」とも主張しています。

 

 マイケル・グリーンの論稿に比べて、大変に抑制的であり、現実的です。また、アメリカがこの尖閣諸島問題をもたらした要因であることが分かります。また、このブログでもご紹介しましたが、スティーヴン・ウォルト・ハーヴァード大学教授の論稿にもあるように、アジアの諸問題は結局米中問題なのです。日本は一つの駒に過ぎません。

 

 こうしたことをしっかりと理解することが現実的であり、重要であると私は考えます。

 

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①東シナ海に浮かぶ小さな群島の主権(sovereignty)を巡り中国と日本は争っている。この争いにおいてアメリカは不安定をもたらす要因となっている。アメリカ政府は1971年にこの群島の行政権を恣意的に日本に返還した。それだけではく、アメリカはこの小さな群島について日本との安全保障同盟が適用されると述べているために、日本政府は中国政府に対してより攻撃的な態度を取っている。

 

②日中両政府は、日本側が尖閣、釣魚島と呼ぶ小さな群島が誰に属するのかを合意できないでいたが、それを棚上げする(shelve)ことに同意した。このようなにして状況は数十年間にわたり忘れ去られた状態になっていた。

 

③しかし、日本政府は2012年9月に尖閣諸島を国有化するという決定を行った。これは、元東京都都知事で右翼政治家の石原慎太郎によって促進された動きであった。そして、それまで維持された状況が大きく変化し、眠った犬をそのままにしておくという二ちゅう両政府間の暗黙の理解が侵害された。中国としては強硬な対応を取る以外に選択肢はなかった。中国政府は釣魚島周辺の領海にパトロール船を送った。そして、主権が中国にあることを主張し続けることを目的に定期的にパトロールを行っている。

 

④アメリカは尖閣諸島を巡る主権の問題で日中どちらかの立場に立つべきではないし、仲介者の役割を果たそうとするべきでもない。アメリカ政府は、尖閣諸島の問題に関して、日本に対して軍事的な支援を行うと約束するべきではない。そのような約束を行えば、安倍政権は、アメリカの軍事的支援を白紙の小切手だと考えて、中国に対してより強硬な姿勢を取る可能性が高い。

 

⑤アメリカが行うことができる最も建設的なことは、日本政府を動かして、主権を巡る争いがあることを認めさせることだ。

 

⑥日中間の争いを解決するための、最も効率的なそして現実的な長期にわたる方法は、主権を巡る疑問を棚上げするというものだ。つまり、1970年代初めにそうしたように、日中両国は不同意があることに合意し、そのままの状態で置いておくようにすべきだ。

 

⑦釣魚島は、戦略的、経済的にはほとんど利用価値はない。世界第1位から第3位までの経済規模を誇る3か国が争う価値がある存在ではない。今こそ、箱の中に片づけて置いておく時だ。

 

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(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

The Opinion Pages | Op-Ed Contributor

 

America Should Step Back from the East China Sea Dispute

 

By WU XINBO APRIL 23, 2014

http://www.nytimes.com/2014/04/24/opinion/america-should-step-back-from-the-east-china-sea-dispute.html?action=click&contentCollection=Opinion&module=RelatedCoverage&region=Marginalia&pgtype=article

 

SHANGHAI — The United States has been a destabilizing force in the dispute between China and Japan over the sovereignty of a small chain of islands in the East China Sea. Not only did Washington create the problem in 1971 by arbitrarily returning the administrative rights of the islands to Japan, but America’s claim that its security alliance with Japan applies to the tiny islands has emboldened Tokyo to take a more aggressive stance toward Beijing.

 

A peaceful resolution of the issue ultimately depends on the willingness of the Japanese government to acknowledge the dispute and pursue more reconciliatory policies toward China. But a major factor is whether Washington will shift its strategy to help rein in Japan and adopt a more reasonable stance that accommodates Beijing’s concerns about its maritime interests and security environment.

 

When Chinese-Japanese relations moved toward normalization after Richard Nixon’s visit to China in 1972, Tokyo and Beijing agreed to shelve the disagreement over who owned the islands, called the Senkaku by Japan and the Diaoyu by China. The situation was largely ignored for decades.

 

But Tokyo’s decision to nationalize the islands in September 2012, prompted by the right-wing former governor of Tokyo, Shintaro Ishihara, was a major change to the status quo and a violation of the tacit understanding between Beijing and Tokyo to let sleeping dogs lie. China had no choice but to react strongly: Beijing sent its patrol boats to the territorial waters surrounding the Diaoyu and has since maintained regular patrols there aimed at asserting its claim to sovereignty.

 

Prime Minister Shinzo Abe of Japan, a tough-talking nationalist who’s been in office since December 2012, takes an uncompromising position and denies that there is any question over the islands’ sovereignty. This stance, coupled with a more active security policy and other confrontational policies toward China, shows how Japan has transformed under Mr. Abe into a more assertive power. This shift reminds Chinese people of Japanese aggression in the World War II era, which is a very sensitive issue in China.

 

The United States has acted as Japan’s enabler. Washington supports efforts in Tokyo to reinterpret the country’s post-World War II pacifist Constitution to allow the military to act in conjunction with allies beyond Japanese territory. Washington encourages Mr. Abe to pursue a more active and assertive security policy, including the buildup of the Japanese military, which may lead to a further strengthening of Japan’s already advanced air and naval forces. And Washington asserts that the United States-Japan security alliance applies to the East China Sea island dispute; the American military has intensified its cooperation with the Japanese military in the area.

 

These policies suggest that the United States, while claiming to be neutral, not only supports the Japanese position over the islands but, more importantly, prods Japan to be more aggressive toward China. Beijing feels pressure to sustain, and even step up, its patrols in the East China Sea so as to resist the combined American-Japanese power.

 

The immediate concern, before any long-lasting peace is addressed, is to prevent a minor clash from spiraling out of control. Beijing and Tokyo should give their patrol boats strict guidelines on how to avoid provoking each other. The Chinese and Japanese coast guards should establish a hotline and maintain close contact, so as to avert misjudgment and escalation when an incidental conflict threatens to occur. The two countries should strictly prohibit their citizens from landing on the islands as such actions would certainly invite like reactions from the other side.

 

Washington is the key to helping establish the environment for a long-term agreement, which ultimately Japan and China have to reach on their own. In this case, for the United States, it is a matter of inaction, rather than action. Washington can help by avoiding a direct role in the dispute. It should not take sides on the sovereignty issue, nor attempt to serve as an arbitrator. Washington should refrain from pledging overt military support to Japan as the Abe administration may regard such support as a blank check to take an even stronger position against China.

 

The most constructive thing the United States could do is to use its sway to get Tokyo to officially acknowledge the sovereignty dispute.

 

The most efficient and realistic long-term way to solve the conflict is to reach an agreement that simply puts the sovereignty question aside. In other words, as they did in the early 1970s, China and Japan should agree to disagree, and carry on.

 

Japan should take the first step and acknowledge that the sovereignty of the islands is in dispute. Were Tokyo to take this leap, Beijing could then suggest shelving the disagreement altogether. To maintain this status going forward, Beijing and Tokyo could establish a “Three No” formula: no entry into the disputed waters, no landings on the islands, and no flight over them.

 

President Obama’s visit to Tokyo this week is an opportunity to set an agreement in motion. Short of encouraging words from Mr. Obama, a Chinese-Japanese standoff in the East China Sea is likely to continue, undermining regional stability and constraining United States-China relations.

 

The Diaoyu Islands, which are of little real strategic or economic use, are hardly worth disrupting relations among the world’s three largest economies. It is time to put the issue back into a box.

 

Wu Xinbo  is director of the Center for American Studies, Fudan University, China. He is a contributor to “Debating China: The U.S.-China Relationship in Ten Conversations.”

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)





 

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