古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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 古村治彦です。

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閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫)

 角田房子著『閔妃暗殺 朝鮮王朝末期の国母』を読んだ。閔妃暗殺事件とは、1895年に、当時の朝鮮王朝第25代国王高宗(ゴジョン、こうそう、1852-1919年、67歳で死)の王后・閔妃(びんひ、ミンピ、1851-1895年、43歳で死)を、王宮に侵入した日本の軍隊、警察、民間人が殺害し、遺体を辱め、最後には焼き捨てた、という事件である。
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閔妃
 閔妃暗殺事件について高校の日本史で習う機会はある。しかし、その詳しい内容や登場人物について習うことはない。私も校内でのテストや入学試験に出てくる単語として「閔妃」や「大院君」という言葉は覚えていた。しかし、それだけのことだ。今回、角田房子著『閔妃(ミンピ)暗殺』を読むことで、1860年代から1890年代(日本が清国に勝利した日清戦争)までの国際関係と朝鮮半島についての歴史を学ぶことができた。

韓国の初代大統領である李承晩(イスンマン、りしょうばん、1875-1965年、90歳で死)は、朝鮮半島の世界政治における立場について、「朝鮮半島は二頭の大きな鯨(中国と日本)の間の小さな海老のようなもの」と評した。19世紀末の朝鮮半島は、ロシア、清国、アメリカ、フランス、イギリス、そして日本といった、欧米列強(western powers)と列強候補生である日本の思惑に翻弄されることになる。

日本と清国が戦った日清戦争の理由は朝鮮半島と朝鮮王朝に対する影響力をどちらが保持するかであり、日清戦争から10年後の1904年からの日露戦争は日本が朝鮮半島の実質的な支配権を確保するかどうか、そして朝鮮半島を確保するために可能ならば満州南部に進出できるかどうかが戦争理由であった。日清戦争では朝鮮半島は戦場になった。

 19世紀末の朝鮮王朝(13 年に李成桂が建国)に登場したのは、大院君(だいいんくん、テウォングン、1820-1898年、78歳で死)と閔妃だ。大院君とは国王の実父で国王ではなかった人物に与えられる称号で、歴史的には数名存在した。しかし、私たちが言う大院君は19世紀末に登場した大院君だ。同様に閔妃とは「閔氏出身のお妃」という意味の言葉で(金氏出身だと金妃、趙氏出身だと趙妃となる)、こちらも複数存在した。私たちが口にする閔妃ももちろん19世紀末の朝鮮国王高宗のお妃様である。19世紀末に活躍した閔妃の正式な名前は「明成皇后閔妃(めいせいこうごうみんぴ、ミョンソンファンフミンピ」」であり、大院君は「興宣大院君(こうせんだいいんくん、フンソンデウォングン)」だ。
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大院君
 朝鮮王朝第25代哲宗(チョルジョン、1831-1864年 在位:1849-1864年)は跡継ぎを残さないまま、危篤に陥った。この時代の朝鮮王国は勢道(セド)政治と呼ばれる、国王の外戚の一族が政治を牛耳っていた。日本の藤原氏と同じだ。朝鮮王国の主要なポストを占めていたのは、安東金(アンドン・キム)氏だった。第23、24、25代の国王のお妃は金氏から出ていた。23代国王純宗の息子、孝明世子は金氏の血を引く王太子であったが20歳で早逝した。孝明世子の王太子妃は金氏ではなく、豊壌趙(プンヤン・ジョ)氏の出身で、孝明世子は父の意向を受け、摂政として金氏の専横を抑えることに苦心した。しかし、孝明世子の息子の24代憲宗の妃も金氏から出た。憲宗もまた父と同じく20代前半で早逝し、男子がいなかったため、王族の哲宗が後を継いだが、こちらも後継者を残さずに亡くなった。

 1863年末、新国王を決める際に力を持ったのが、孝明世子の妃だった神貞王后趙氏だった。神貞王后趙氏に以前から根回しをしていたのが、大院君だった。大院君は王族ではあったが、貧しい暮らしを強いられ、自身が描いた絵を金一族の政府高官に売って生活をしていた。「乞食王族」とも呼ばれた。しかし、大院君は息子の李命福を国王の座に就けるために、安東金氏に反感を持つ人々への根回しを続けていた。また、乞食王族の気安さもあり、庶民の生活にも親しんだ。
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高宗
 神貞王后趙氏の決定で、大院君の息子である李命福が第25代国王高宗に即位した(1863年末)。大院君は事実上の執政の地位に就いた。大院君は国内政治では金氏の専横を抑え、人材登用や汚職の摘発、士大夫階級である両班への課税などを実施した。対外政策では攘夷政策を実施し、アメリカ船やフランス戦の打ち払いに成功した。大院君は排外主義を維持した。これは衛正斥邪(えいせいせきじゃ)と呼ばれる。しかし、大院君の独裁政治と国防費をはじめとする国費は増大し、更に1872年に大飢饉まで発生し、宮廷内や国民の間で不満が高まった。

 高宗(在位:1863-1897年[朝鮮国王]、在位:1897-1907年[大韓帝国皇帝])は即位から前国王の喪に服したが、服喪期間が明けた後の重大事はお妃の選定だった。安東金氏の行ったような同族政治、勢道政治を復活させる訳にはいかない大院君は慎重だった。そして、大院君の妻の出身である驪興閔氏の娘で、既に両親がいない少女をお妃に決めた。これが閔妃だ。後に大院君と政争を繰り広げることになる。1866年、閔妃は結婚し、王宮に入った。

 閔妃は聡明な女性で、読書家であり、中国の歴史書『春秋』『左氏伝』を愛読していた。これは天璋院篤姫が頼山陽の『日本外史』を熱心に読んでいたというエピソードと重なる。閔妃は自身と義母(大院君の妻、高宗の母)の出身である閔妃や反大院君勢力のネットワーク化を進めた。そして、1873年、高宗の成人に伴い、王の親政を宣言させ、大院君を失脚させた。閔妃は気が弱くて平凡な高宗の後ろの御簾(みす)の後ろに座り、助言(命令)を下した。皇后や王后のような女性が政治を行うことは垂簾聴政(すいれんちょうせい)と呼ばれる。閔妃は出身の閔氏や排除されていた金氏を登用した。閔氏による勢道政治が開始された。

 閔妃は1874年に後に大韓帝国第2代皇帝純宗(じゅんそう、スンジョン、1874-1926年、52歳で死 在位:1907-1910年)となる坧(たく、チョク)を生んだ。すでに側室が生んだ王子もいたが、清国に働きかけて、賄賂まで贈り、王太子とすることに成功した。1880年に高宗の側室李尚宮と、李尚宮が生んだ長男・完和君李墡が急死した。これは閔妃による毒殺という見方が大半だ。

閔妃はそのまま清国に頼り続けるかと思えば、日本やロシア、アメリカも利用しようとするなど、閔妃は鋭い政治感覚を持っていた。高宗の親政が始まり、朝鮮の対外政策は鎖国から開国へと移っていった。1876年には日朝修好条規、1882年には米朝修好通商条約も締結された。日本でもそうだったが、開国後は貿易量が増え、国内経済はインフレに陥り、人々は「開国したために暮らし向きが悪くなった」という不満を持つようになった。この時代は日本が貿易を独占していたが、朝鮮からは米や金(きん)が輸出され、日本はイギリスの綿製品が中継されて輸出されていた。そのため、人々の怨嗟の声は日本にも向けられた。また、閔妃のぜいたくな暮らしや国費濫用も問題となった。

 1882年に旧式の武器が支給されていた旧軍(日本式の最新鋭の武器を持つ軍隊「別技軍」とは別)に対する俸給未払いや不正支払い事件が起き、旧軍が反乱を起こした。これを壬午軍乱(じんごぐんらん、イモグルラン)と呼ぶ。生活に困窮している民衆も加わり、王宮や日本公使館が襲われた。閔妃は辛くも王宮から脱出したが、生死不明の状態となった。この暴動事件のさなか、失脚していた大院君が担ぎ出され、王宮に入った。この事件について、大院君が首謀者だという説もあるが確定されてはいない。大院君は一時権力を掌握するが、閔妃は密かに宮中と連絡を取り合い、清国の袁世凱に鎮定を依頼し、清国が軍隊を派遣し、暴徒を鎮圧、反乱の首謀者として大院君を拉致し天津に連れ去った。閔妃は再び権力を掌握した。一方、日本公使館員や民間人が多く殺害されたことで、日本も態度を硬化させ、最終的には済物浦条約を締結、賠償金支払いと邦人保護のために軍隊を駐屯させることになる。朝鮮半島内に清国軍と日本軍が駐屯する形になった。

 閔妃は清国への事大を強めていくが、その中で一時は重用した親日派・開化派は冷遇されていく。近代化政策も頓挫する。そうした中で、1884年、開化派の中心人物、金玉均(きんぎょっきん、キムオッキュン、1851-1894年、43歳で死)は焦りからクーデターを敢行した。これを甲申政変(こうしんせいへん、カプシンジョンビョン)と呼ぶ。金玉均らのクーデターは日本の協力もあり成功するかに見えたが、最終的には清国軍の介入もあり、失敗に終わった。日本軍と清軍による小競り合いもあった。閔妃をはじめとする朝鮮王宮内は、排日、親清、更に、ロシア公使夫妻が閔妃に取り入ったことで、親露ということになった。

1882年に清国によって拉致された大院君は、清国によるロシア牽制の意図もあり、1885年に帰国を果たした。閔妃たちとしてはいつ自分たちへの反抗の旗頭になるか分からない大院君はできるだけ長く清国にとどめておいて欲しかったが、様々な働きかけに対しても、清国は「親不孝」をしてはいけないと退けた。大院君は帰国を果たしたが、監視付きの軟禁状態に置かれることになった。また、1885年4月には、甲申政変の後処理のために日清間で天津条約が締結された。この時、「両国のうちどちらかが挑戦に軍隊を派遣する場合には通知する」という条項が入れられた。

1894年、甲午農民戦争(こうごのうみんせんそう)が起きた。これは東学党の乱、東学農民運動(とうがくのうみんうんどう、トンハンノンミヌンドン)とも呼ばれている。韓国南西部・全羅道から発生した、東学党が率いる農民反乱は朝鮮王国軍を破る勢いだった。そこで、閔妃は清国軍の来援を求めたが、日本には支援を求めなかった。しかし、日本は天津条約の条項に則ると主張し、軍隊を派遣した。朝鮮半島における日清間の緊張は高まり、日清戦争が勃発した。閔妃をはじめとする朝鮮政府は日本に協力することを迫られたが、内心では清国が勝利することを期待していた。しかし、期待は打ち砕かれ、日本が勝利し、1895年に下関講和条約が締結された。朝鮮に対する日本の影響力が強まることになった。しかし、遼東半島の割譲を巡り、ドイツ、フランス、ロシアによる「三国干渉」が起き、日本の威信は傷つけられた。

 この時期、閔妃は日本に対抗するためにロシアを引き入れることに腐心していた。日本の影響力が減少する中、日本公使が井上馨から三浦悟楼に交代した。三浦は密かに閔妃殺害を心に決めていた。また、朝鮮に住む日本人たちの間でも、日本の影響力を維持するために閔妃を殺害し排除しなければならないという声が大きくなっていた。そして、ついに1895年10月8日、日本軍、警察、民間人が王宮に乱入し、閔妃を殺害した。この事件を乙未事変(いつびじへん、ウルミサビョン)という。

 閔妃を殺害された高宗は日本への抵抗を続けた。1896年2月、ロシア兵が王宮に入り、高宗と王太子はロシア公使館に逃げ込み、そこで執務するという状態になった。これを露館播遷(ろかんはせん、ノグァンパチョン)という。1897年に王宮に戻るまで、欧米列強と様々な投資契約を結び、鉄道施設権や鉱山の採掘権を与えた。1897年には朝鮮王国は清国の冊封からの独立を宣言し、大韓帝国と名称を変更し、高宗が初代皇帝となった。閔妃には明成皇后の名称が追贈された。

 角田房子は自虐に陥ることなく、淡々と事実を書き、疑わしいところは疑わしい、分からないところは分からないと書いている。「誰が閔妃を殺害したのか」「致命傷を与えたのか」という点は、混乱状況の中で明らかになっていない。また、関与した複数の人物が「自分が殺害した」と主張している。この点で、「閔妃を殺害したのは日本人だ」「いや、日本人ではなく、朝鮮人だ」ということを言い争っても永遠に解決しない。

 問題は、日本の軍隊と警察が民間人と一団になって、日本が「独立国」と認めた国の王宮に許可もなく泥棒のように侵入し、王妃を殺害した、その巻き添えで2名の女官も殺害された、そして、この事件を日本で裁くはずが、時間関係者全員が免訴になった、ということだ。そして、日本人がこのことを知らないし、深刻に捉えていないこと、想像力を働かせていないこと、これもまた問題だ。日本に引き写して考えてみれば、どれほど重大で深刻な事件を日本が起こしたかということが分かるはずだ。

 閔妃が殺害されて以降、朝鮮王国は日本による支配が強化されていき、「保護国(Protectorate)」化が進み、遂には1910年の併合(annexation)に至った。高宗は日本に抵抗し(ハーグ密使事件など)、最後には毒殺されたとも言われている。こうして、朝鮮王国は滅亡した。そして、日本の植民地支配となった。「日本は朝鮮半島の近代化に貢献した」と声高に言い募るだけでは駄目で、歴史を知り、謙虚に接することが隣国との関係を改善する道だ。

 『閔妃暗殺』は大変読みやすい本であり、19世紀末の東アジアの国際関係、朝鮮王朝末期の歴史を知るには最適な本だ。

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。

 新型コロナウイルス感染拡大という事態を受け、米中関係は非難合戦の様相を五呈している。ドナルド・トランプ大統領をはじめとする政権幹部たちはウイルス感染拡大を中国の対応のまずさのせいにしている。世界各国で約1000万人が感染し、約50万人が死亡した。感染者数における死亡率は約5%である。今年1月から3月にかけて中国の武漢市を中心に感染が広がった。中国国内の深刻な様子が報道されていたが、現在のところ、中国国内の感染者は約8万3500名、死亡者は4634名だ。アメリカの感染者は約267万名、死亡者は12万名となっている。日本は感染者約18900名、死亡者は971名だ。

 アメリカは新型コロナウイルス感染拡大への対応が遅かったということになるだろう。都市部の人口密度や経済活動などの理由はあるだろうが、中国には人口1000万人を超える大都市が5つもある。日本にも東京、大阪、名古屋、横浜など大都市圏が存在する。

 下の記事は、新型コロナウイルス感染拡大の中で、大統領選挙の選挙運動が勧められており、共和党の現職ドナルド・トランプ大統領、民主党の内定候補者ジョー・バイデン前副大統領が共に相手を「中国に対して弱腰だ」という批判を行っている。こうした状況では、中国との協力は難しいが、それでも、様々な分野で競争相手となる米中両国であるが、疾病の世界的感染拡大、感染爆発という事態には協力して対処しなければならないと主張している。下の記事の著者であるアルバート・ハントはケネディ・大統領の言葉を引用している。その言葉とは、「ライヴァル同士のパートナーシップ(rival partnership)」だ。

 冷戦期、アメリカとソ連は東西両陣営に分かれて鎬を削ったが、徹底的な対決は回避した。これをアメリカの歴史家ジョン・ルイス・ギャディスは「長い平和(Long Peace)」と呼んだ。代理戦争を戦わされた朝鮮半島、ヴェトナム、アフガニスタンの人々にとってはどこが長い平和なのかと怒りを持つであろうが、世界大戦がなかったという意味である。

 21世紀の米中関係に関しても新冷戦という言葉が使われ始めている。下の記事でも取り上げられているが、シンクタンクであるブルッキングス研究所所長を務めるジョン・アレン(退役海兵隊大将)は、アメリカは「自由主義的資本主義」のモデルを提示し、中国は「権威主義的資本主義」のモデルを提示して世界にアピールしている、と述べている。これが新しい冷戦の軸ということになるだろう。

 ソ連は自国の経済を崩壊させ、消滅した。一方、中国は経済力を急速に伸ばし、それにつれて政治力と軍事力を増強している。経済力での米中逆転は視野に入っている。こうした状況になり、冷たい戦争が覇権交代をめぐる熱い戦争にならないためにも、ライヴァル同士のパートナーシップとアメリカの軟着陸が21世紀中盤の重要な要素となるだろう。

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パンデミック下の政治と中国との協力(Pandemic politics and cooperation with China

アルバート・ハント筆

2020年5月6日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/campaign/496354-pandemic-politics-and-cooperation-with-china

アメリカ政治で70年前に激しかった議論が形を少し変えて再び復活している。それは、誰に責任があるのか、もっと端的には「中国を失ったのは誰だ?」というものだ。

それが今では「誰が中国に対してより宥和的か?」だ。

トランプ大統領と、今年の秋にトランプ大統領と戦うことになるジョー・バイデン前副大統領は、お互いに相手が中国の支配者たちに対して下手に出ていると非難する攻撃的なテレビCMを流している。

中国はもう一つの世界の超大国として、経済、政治、軍事の分野での成長もあり、アメリカにとって既に政治上の重大な問題となっている。中国から始まった新型コロナウイルス感染拡大は、中国側の1月にわたる隠蔽もあったが、アメリカ国内では党派性を持った批判合戦のテーマとなっている。

トランプ大統領は数週間にわたり中国の新型コロナウイルス対策を評価し、アメリカの対策の遅れを誰の責任にするのかを探していた。それがここにきて新型コロナウイルスを「中国のウイルス」とレッテル張りをし始めた。ホワイトハウスにいる政権幹部の中には、トランプ大統領を見習って、「カン・フルー(Kung Flu)」と呼んでいる(訳者註:Fluはインフルエンザのこと、カンフー[Kung Fu]にかけている)。トランプ大統領は、アメリカ国内で感染拡大が激しくなるにつれて、攻撃を激化させている。そして、選挙での対抗馬であるバイデンを弱腰だと攻撃している。

民主党の候補者に内定しているバイデンは、アメリカ国内で感染が拡大したのは初期段階でのトランプ大統領の無関心のせいだと非難し、自分が大統領であればより早い段階でより厳しい措置を取ったと主張している。

グラハム・アリソンはハーヴァード大学の学者で、国防総省に勤務した経験を持ち、米中対決の可能性と危険性についての著作を持っている。アリソンは新型コロナウイルス感染拡大への対処のために、米中両国は両国関係を変化させるべきだと述べている。アリソンは、米中両国は貿易、民主的な価値観、サイバー上と国家の安全保障に関しては、「厳しいライヴァル関係」となるだろうが、同時に、気候変動、テロリズム、そしてとくに感染症対策ではパートナーとなるべきだと主張している。

米中が協力することは現時点では、政治的に無理な状況だ。トランプ陣営、バイデン陣営ともに来るべき大統領選挙本選挙に向けて、これからの6カ月間は中国に対して宥和的な姿勢を取ることはできない。

バイデン前副大統領は、トランプ大統領が中国側の新型コロナウイルスに関する発表を鵜呑みにして「中国に丸め込まれた」と攻撃している。トランプ大統領は3月中旬まで危険性を否定していた。対照的に世界各国は中国がやっと1月中旬になって危険性を認識し、発表した段階で素早く対応した。

トランプ大統領は3月13日の時点までは中国の習近平国家主席は状況に対してうまく対応していると一貫して称賛してきた。また、危険を示す証拠を信用しなかった。

トランプ大統領陣営は現在、反中国攻撃を大統領選挙本選挙の中心的な要素にしていることは明らかだ。トランプ大統領は、バイデンが中国に「強い態度で臨む」ことに失敗し、オバマ政権の対中国融和政策の策定に関わったと攻撃している。

トランプ大統領に対する中国への攻撃は日々激しくなっている。関税引き上げや不手際に対する裁判提起、更に負債の支払いを拒絶などをと脅している。いつものトランプ大統領のように、この一部はブラフである。しかし、中国攻撃はトランプ大統領の選挙に影響を与えるが、失敗に終わる可能性もある。トランプ大統領は危ない橋を渡っている。

トランプ政権は、全ての選択肢を留保している。マイク・ポンぺオ国務長官が対中政策を主導している。ポンぺオ国務長官は中国に対しては、外交官というよりも党派性の強いガンマンのように振舞っている。

アメリカ連邦議会においては、共和党側の対中国攻撃の急先鋒はアーカンソー州選出のトム・コットン連邦上院議員だ。コットン議員は1月末にウイルスの脅威と中国の隠蔽に対して警告を発した。コットン議員は攻撃を止めていない。そして、ウイルスの発生源は武漢の食肉マーケットではなく、中国のある実験ラボから広がって感染拡大を招いたという理論を支持し、中国を批判している。コットン議員はまた、中国に対する法的手段を取ることを許可する法律の制定や中国人学生がアメリカの大学で科学を学ぶことを禁止する措置を提案している。

しかし、コットン議員は感染拡大ではなく、党派性の強い中国叩きに興味を持っているように見える。彼は中国が感染拡大について1カ月にわたり嘘をつき続けてきたと攻撃していた。しかし、2月25日の時点で、コットン議員はトランプ大統領がウイルスへの対処を「最重要事項」としていると発言した。これは極めて間違っている主張だ。

中国国民はアメリカとの争いを恐れていない。中国は、トランプ大統領が自身の失敗に対する言い訳として、「他の人々を非難している」と批判している。中国国内のSNSでの人々の書き込みを見て見ると、歪曲された内容もあるが、明白にアメリカを非難している。中国は感染拡大に見舞われている国々に医療や医療品の提供を行っている。初期段階ではアメリカに対しても支援を行った。

米中関係の悪化が危険を伴う理由は、世界の超大国2か国は感染拡大への対処のようないくつかの極めて重要な分野でお互いに協力しなければならないがそれができなくなる、というものだ。

ブルッキングス研究所所長で退役アメリカ海兵隊大将(four star general)であるジョン・アレンは米中間の緊張関係の深刻化は避けられないと評価している。アレンは次のように述べている。「中国はアメリカとは別のモデルに沿っている。それは、権威主義的資本主義(authoritarian capitalism)である。これは中国の成功もあり、世界のいくつかの国々にアピールしている。私たちは、私たちのより素晴らしいモデルを使って対抗することになるだろう」。しかし、今回の危機において継続的に中傷を続け、対立することは「世界にとっての最大の危機を解決する為のエネルギーの多くを無駄遣いすることだ」とアレンは述べている。

アレンは別の機会では、「中国を解決に向けて要素に入れなければ、今回のコロナウイルスとの戦いで勝利することはできない」とも述べている。医療分野と科学分野でのつながりを断絶することはったくもって合理的ではない。

アレンはまた次のようにも述べている。新型コロナウイルス対処によって米中両国のライヴァル関係や緊張が和らぐことはないが、冷戦期にジョン・F・ケネディ大統領が述べた「ライヴァル同士のパートナーシップ(rival partnership)」という考えを両国は持つべきだ。

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(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。

 アメリカ大統領選挙本選挙の情勢について現在までの各種世論調査の結果を軸にして見ていく。その前にアメリカ大統領選挙について簡単に説明する。アメリカ大統領選挙の投票日は「11月の最初の日曜日の次の火曜日」と決まっている。連邦下院全議席(435議席)、連邦上院議席の一部(100議席の約3分の1)で同時に選挙が実施される。

 アメリカ大統領選挙は、民主、共和両党がそれぞれ指名する本選挙候補者を決めるための予備選挙から始まる。予備選挙を勝ち上がった候補者が夏の全国大会で党の指名を受け、本選挙候補者となる。そして、11月の本選挙を迎える。

 アメリカ大統領選挙の仕組みは有権者の得票総数で決まるのではなく、各州で配分された選挙人を取り合う形になる。一つの州で一票でも多く上回った候補者が選挙人を総取りできる、「勝者総取り方式」を取っている。メイン州とネブラスカ州は勝者にある程度の選挙人を配分し、得票率によって敗者にも選挙人が配分されることもある制度を採用している。全米50州に首都ワシントンDCに人口に比例して合計で538名の選挙人が配分されている。最小の州には3名、最大の州カリフォルニア州には55名が配分されている。

 現在のアメリカ政治の特徴は、何と言っても「青い州(Blue States)」と「赤い州(Red States)」に分かれていることだ。青色は民主党のイメージカラーであり、青い州は民主党が強い州、赤色は共和党のイメージカラーであることから、赤い州は共和党が強い州である。これはなかなか動かない。青い州は、アメリカの東西両岸地域に多く、人口が多い都市部を抱えている。赤い州は、アメリカ中西部と南部に多く、農業が産業の中心になっている。

しかし、2016年の大統領選挙で共和党の候補者ドナルド・トランプが大方の予想を覆して民主党の候補者ヒラリー・クリントンを破ったのは、青い州の代表格と見られていた、アメリカ北部五大湖周辺の労働組合が強い工業地帯(ラストベルトと呼ばれる)であるウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルヴァニア州、オハイオ州でトランプが勝利を収めたからだ。

 今回、私なりに過去の大統領選挙の結果や現在の世論調査の結果を考慮して、全米50州とワシントンDCを以下のように分類した。以下の分類からは、現状では、ジョー・バイデンがドナルド・トランプ大統領を大きくリードしているということになる。トランプ大統領が優勢なのは21州で選挙人の合計が142名、バイデンが優勢なのは18州で選挙人の合計が208名となっている。世論調査やこれまでの結果を考慮してどちらとも言えない激戦州(赤色と青色を混ぜた紫色、Purple Statesと呼ばれている)は12州で選挙人の合計が188名となっている。

 トランプ優勢州とバイデン優勢州はよほどのことがない限り、結果は動かない。そうであるならば、大事なのはどちらとも言えない12州だ。これらの州の情勢を見ていけば大統領選挙の結果は予想しやすい。アメリカ国内でもこれらの州は激戦だ、もしくは重要だということで複数回にわたり、定期的に世論調査が実施されている。トランプ、バイデン両者の優勢州では世論調査が実施されていないか、されていても少ない数だ。

 どちらとも言えない州での世論調査の結果から見ていくと次のようになる。バイデン優勢は、・アリゾナ州、コロラド州、フロリダ州(Florida)、ミシガン州、ミネソタ州、ネヴァダ州、オハイオ州、ペンシルヴァニア州、ウィスコンシン州で、選挙人合計は129名、一方、トランプ大統領が優勢なのはアイオワ州、ノースカロライナ州、テキサス州で、選挙人合計は59名だ。そうなると、トランプ大統領の獲得選挙人は201名、バイデンの獲得選挙人337名ということになる。過半数は270名なので、バイデンが圧倒的優勢ということになる。

 しかし、これはあくまで現状のしかも世論調査の数字だけを見ての分析である。世論調査は調査対象者の数(サンプル数)や質問方法、質問の言葉選びなどが重要な要素であり、それらは改善が行われているが、まだまだの部分もあり、あくまで大きな動向を掴むための道具であると私は考えている。従って、世論調査にだけ頼ることは危険である。しかし、アメリカにも住んでいない場合には、全米を調査に回るほどの費用もない中では、アメリカの報道や世論調査の結果を見るしかない。

 今回の大統領選挙では、民主党が前回失った五大湖周辺4州を再奪取できるか、南部の大票田であるテキサス州とフロリダ州でバイデンがどこまで戦えるか、ということが注目される。現在のところ、テキサス州を除いた5州の各種世論調査でバイデン優勢の結果が出ている。そのために単純に足し上げをするとバイデンが圧倒的優勢という分析になる。

しかし、あと4カ月以上も時間がある。トランプ大統領が不利な状況、現職大統領が敗れるというような状況であれば、連邦議会選挙にも悪影響が出る。トランプ陣営と共和党は巻き返しに躍起となるだろう。トランプ大統領としては新型コロナウイルス感染拡大でダメージを受けた経済の回復を最優先したい。民主党はバイデンの弱いイメージの払しょくと党内分裂の回避に力を注ぐ。両党の全国大会からいよいよラストスパートとなる。

(貼り付けはじめ)

■大統領選挙代議員数:538名(過半数270名)

●トランプ[共和党]優勢州(red states

・アラバマ州(Alabama:9名

・アラスカ州(Alaska):3名

・アーカンソー州(Arkansas):6名

・ジョージア州(Georgia):16名

・アイダホ州(Idaho):4名

・インディアナ州(Indiana):11名

・カンザス州(Kansas):6名

・ケンタッキー州(Kentucky):8名

・ルイジアナ州(Louisiana):8名

・ミシシッピ州(Mississippi):6名

・ミズーリ州(Missouri):10名

・モンタナ州(Montana):3名

・ネブラスカ州(Nebraska):5名(4名はトランプ、1名はバイデン)

・ノースダコタ州(North Dakota):3名

・オクラホマ州(Oklahoma):7名

・サウスカロライナ州(South Carolina):9名

・サウスダコタ州(South Dakota):3名

・テネシー州(Tennessee):11名

・ユタ州(Utah):6名

・ウエストヴァージニア州(West Virginia):5名

・ワイオミング州(Wyoming):3名

・合計:141名(+1)、21州

●トランプ・バイデン激戦州

・アリゾナ州(Arizona:11名(バイデン優勢)

・コロラド州(Colorado):9名(バイデン優勢)

・フロリダ州(Florida):29名(バイデン優勢)

・アイオワ州(Iowa):6名(トランプ優勢)

・ミシガン州(Michigan):16名(バイデン優勢)

・ミネソタ州(Minnesota):10名(バイデン優勢)

・ネヴァダ州(Nevada):6名(バイデン優勢)

・ノースカロライナ州(North Carolina):15名(トランプ優勢)

・オハイオ州(Ohio):18名(バイデン優勢)

・ペンシルヴァニア州(Pennsylvania):20名(バイデン優勢)

・テキサス州(Texas):38名(トランプ優勢)

・ウィスコンシン州(Wisconsin):10名(バイデン優勢)

●バイデン[民主党]優勢州(blue states

・カリフォルニア州(California):55名

・コネティカット州(Connecticut):7名

・デラウェア州(Delaware):3名

・ハワイ州(Hawaii):4名

・イリノイ州(Illinois):20名

・メイン州(Maine):4名(3名はバイデン、1名はトランプ)

・メリーランド州(Maryland):10名

・マサチューセッツ州(Massachusetts):11名

・ニューハンプシャー州(New Hampshire):4名

・ニュージャージー州(New Jersey):14名

・ニューメキシコ州(New Mexico):5名

・ニューヨーク州(New York):29名

・オレゴン州(Oregon):7名

・ロードアイランド州(Rhode Island):4名

・ヴァーモント州(Vermont):3名

・ヴァージニア州(Virginia):13名

・ワシントン州(Washington):12名

・ワシントンDCWashington, District of Columbia):3名

・合計:207名(+1)、18州

(貼り付け終わり)
(終わり)

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