古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。






 古村治彦です。



 今回は、最近起きた楽天を巡る2つのニュースについて書きたいと思います。私が1月に出版する本の中でも楽天、三木谷会長、桑田真澄氏について書きました。もうゲラを出してしまい、印刷に回ってしまいましたので、こちらで最新情報を書いておきたいと思います。



 一つ目は、新任のキャロライン・ケネディ米駐日大使が楽天本社を訪問し、三木谷浩史会長と会見を行ったというニュースです。


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(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「ケネディ大使が楽天・三木谷社長を訪問 異例の単独会談、出し抜かれた経済3団体」



2013年12月6日 MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131206/biz13120612350004-n1.htm



 ケネディ駐日米大使は6日午前、東京都品川区の楽天本社を訪れ、三木谷浩史会長兼社長と会談した。ケネディ大使は出迎えた三木谷氏に「楽天イーグルス日本一おめでとう」と笑顔で声をかけ、握手を交わし、記念撮影に収まった。大使は約一時間、同社の施設を見学した後、東北復興やネット関連ビジネスの振興策などで意見交換した。



 訪問は大使館側の要請で実現した。11月の着任以来、ケネディ大使が単独で日本企業を訪問するのは異例で、三木谷氏と親交が篤かったルース前大使の紹介によるものとみられる。



 三木谷氏はネットビジネスの経済団体・新経済連盟の代表幹事も務めており、ケネディ大使が日本の経済団体のトップと単独会談したのも初めて。経団連は米倉弘昌会長との会談は「年明けになる」としている。



(新聞記事転載貼り付け終わり)



 このニュースの肝は、記事のタイトルにもあるように、「出し抜かれた経済3団体」ということです。経済3団体とは、日本経団連、日経連、日商を指しますが、日本の主要企業は日本経団連に加盟しています。財界、経済界を動かしてきたのはこの経済団体です。しかし、楽天の三木谷氏は、日本経団連から脱退し、新経済連盟(新経連)を立ち上げ、代表幹事になりました。そして、着任早々で忙しいキャロライン・ケネディ大使がまず会った経済人が三木谷氏ということになりました。



 ケネディ大統領の訪問は、アメリカ大使館側から持ちかけられたものであると記事では書かれています。米大使は着任早々、まず経済3団体のトップと会うのが通例であり、常識というものでしょう。しかし、アメリカは楽天を、三木谷氏を選んだということになります。これはアメリカ側が三木谷氏を重要人物として扱っていることの証拠となります。



 ここら辺のことは2014年1月に出版する私の新刊『ハーヴァード大学の秘密』に書いてありますので、是非手にとってお読みいただきたいと思います。



 次に楽天を巡るニュース(楽天が大きな要素を占めるものではありませんが)として、元東京読売巨人軍の大エースであった桑田真澄氏と読売新聞社の渡辺恒雄会長の確執についての記事を取り上げます。



(記事の転載貼り付けはじめ)



●「桑田真澄「中日&楽天に監督売り込み」発覚で巨人が絶縁通告」



あさげいぷらす



2013123()957分配信 アサ芸プラス

http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/agp-20131203-18070/1.htm



KKコンビ」はある意味、やはり通じ合っているのか。桑田真澄氏(45)も清原氏同様、現場復帰をもくろんでとんだ失態を犯し、古巣から絶縁を言い渡されていたのだった。



「今シーズン、球界関係者を介して最初に『監督をやりたい』と売り込んだ先は楽天でした。何しろ、もし優勝しても星野仙一監督(66)は契約満了との理由で勇退する、との情報が流れていましたから」



 こう明かすのは、スポーツ紙遊軍記者である。



「ところが予想外の快進撃で、いつの間にか星野監督の去就はペンディングとなり、桑田氏は宙に浮いた」



 時を同じくして、桑田氏は、成績しだいで中畑清監督(59)のクビが寒くなりそうだったDeNAにも売り込みをかけていたのだという。遊軍記者がさらに続ける。



「つまり、監督が交代しそうな球団に狙いをつけたわけですね。恐らく、古巣・巨人の監督になる目はあまりないだろうと察知してのことでしょう」



 その理由を、読売グループ関係者が解説する。



「原辰徳監督(55)がまだ指揮を執っているというのに、『監督をやらせてほしい』と、チョロチョロ動いたんですよ。時には『原さんじゃダメですよ』と悪口めいたことも言いながら、最高権力者たる渡辺恒雄球団会長(87)に面会し、取り入ろうとした。それで渡辺会長は『こいつは信用できんなぁ』と敬遠するようになったんです」



 そんな折、中日内部ではポスト高木を巡る論議が始まっていたが、白井オーナー一派とは別のグループの球団幹部から、「桑田監督がいいのではないか」との声が上がったのだという。中日グループ関係者が声を潜めて明かす。



「夏頃からですね、桑田氏の名前が飛び交い始めたのは。『桑田監督、立浪ヘッドコーチ』という案です。そうした話を耳にした桑田氏が、これ幸いとアプローチをかけた、ということだと思いますね。だって中日と桑田氏の接点なんて、まったくないわけですから。ただ、その立案者には人事権はないうえ、そうした動きを知った白井オーナーが一時、『もう誰の名前も持ってくるな』と怒った。だって立浪ヘッドということは、桑田監督の後継者としての道筋がつくということでしょう。立浪氏の素行を問題視する白井オーナーが不快感を示すのも無理はない」



 この中日売り込みは、やがて渡辺会長の知るところとなる。そして烈火のごとく怒った──。



「今後、絶対に巨人の首脳にはさせん。巨人には出入り禁止だ!」



 巨人フロント関係者が言う。



「ナベツネさんは桑田に直接、そう通告したそうです。そもそも、ナベツネさんは今、『松井秀喜監督』擁立にご執心。さらにその後継は高橋由伸、阿部慎之助という青写真を描いている」



 桑田氏が働きかけたのがよりによって中日だったのがまずかった、との指摘も。



「楽天やDeNAだけなら大した話にはならなかった。読売新聞と中日新聞には部数拡大戦争があり、読売は中日が圧倒的な力を誇る東海地区に何度も挑んではじき返されている。しかし、また勝負を仕掛けたい渡辺会長にとって、東海地区での拡充を足がかりに、久しく1000万部を割っている部数を回復させることは悲願。それに水を差す行為は絶対に許されないのです」



 かくして桑田氏は渡辺会長の逆鱗に触れ、巨人から絶縁、追放宣告を受けてしまったというしだい──。



(記事の転載貼り付け終わり)





 桑田ほどの切れ者ならば、中日と読売の争いなどということはよく分かっているはずです。そして、本当に巨人の監督を狙っているのならば、原監督に対する倒閣運動的な行動を起こすはずもありません。そして、絶対に他球団の監督に色気を出すことはありません。巨人は生え抜き信仰がドグマとなっており、巨人に入団し、そして引退、他球団の監督になったことがない人間が監督になります。コーチ経験で言えば、故藤田元司監督が現役引退後、大洋の投手コーチを務めていますが、これは例外中に例外です。



藤田元司氏は慶応大学の出身で、当時の正力亨オーナーとは先輩後輩ということもあり、かつ長嶋解任の余波、王への禅譲に向けた中継ぎ的立場(王助監督、牧野ヘッドコーチのトロイカ体制を甘受しなくてはいけない)ということで引き受け手がなく、緊急避難的に藤田氏にお鉢が回ってきました。藤田氏は巨人OB会のドンであった川上哲治氏との関係も悪くなかったとういのもプラスに作用しました。現在の原監督は長嶋派と目されていますが、入団時の監督であった藤田氏を尊敬し、お手本にしているという話もあります。



その超ポジティヴキャラクターで巨人ファンに愛された中畑清氏も巨人の監督を目指し、他球団からの誘いも断り続けていましたが、恐らく、早くから巨人の監督の目を諦めていたV9戦士高田繁(日本ハム、ヤクルトの監督を歴任)現横浜DeNAジェネラルマネージャーからの説得もあり、横浜の監督となりました。入団の経緯から巨人ファンからもそこまで愛されなかった江川卓氏はテレビキャスターとしての安定した収入を捨てることもできず、現場への復帰はできていません。他球団からの誘いは毎年のように報道されますが、固辞しているようです。しかし、そこまで巨人を思っても、彼が監督になることはないでしょう。江川という人は怪物過ぎた故に、大きな悲哀を味わった人物です。



桑田氏も同じような流れにあります。入団の経緯もあって、そこまで巨人ファンに愛された人物かといわれるとそれは難しいかなと思います。努力家、理論家という点で尊敬を集めたのは事実ですが、監督候補というわけにはいきません。巨人から戦力外通告を受けて退団し、大リーグのピッツバーグ・パイレーツに移籍したという点から、生え抜きという条件から外れています。桑田氏は、よほどの緊急事態がない限り、自身が巨人の監督になる可能性が低いことはよく分かっているでしょう。



巨人側もポスト原監督の人材は豊富にいることは分かっているし、下手な期待を持たせないためにも桑田氏には監督の目がないことは伝えているでしょうし、桑田氏も頭の良い人ですから、そのことは言われなくても分かっているでしょう。それではなぜ、このような記事が出たのでしょう。巨人の監督の目がないならば、逆に言えば他の11球団の監督になりたいと就職活動をするのは自由であるはずです。巨人の監督にはしてやれないが、だからと言って他球団の監督になってもいけないというのは余りに横暴です。



巨人にしてみれば、巨人だけでOBをコーチや監督として面倒を見ることは難しいのですから、優秀なOBが他球団で評価を受けて、その人に他のOBを引っ張ってもらえば助かるという面があります。この点を考えれば、桑田氏は適任の人材です。あの名将・野村克也氏も桑田氏を高く評価しているのですから、他球団に就職活動をするのは当然です。



それではなぜ渡辺会長の逆鱗に触れたのかということになります。確かに中日に対して就職活動をしたとなると問題になるでしょうが、桑田氏が本当に就職活動をしたのかどうか疑問です。中日の監督候補でPL学園の後輩になる立浪和義氏が一芝居打った可能性も考えられます。



私が注目したいのは、桑田氏の就職活動先に楽天と横浜DeNAの名前があったことです。そして、この2球団に関しては、渡辺会長の逆鱗に触れた理由にはなっていません。私は、桑田氏が楽天の監督就任を望んでいるのは間違いないところだと思っています。それは、桑田氏と楽天の三木谷会長との間は、人脈としてしっかりつながっているからです。



私は渡辺会長が怒っているのは、恐らく楽天の三木谷氏に対してであると考えています。怒っているというよりは、恐れていると言った方が良いのかもしれません。三木谷氏をプロ野球の世界に参入させたのは渡辺氏です。しかし、今やプロ野球界で渡辺氏とは別の勢力が形成されつつあります。それはアメリカの代理人の新世代と言える人々です。ソフトバンクの孫正義氏、オリックスの宮内義彦氏、横浜DeNAの親会社DeNAの創業者南場智子氏といった人々は、アメリカ留学経験(アメリカで学士号や修士号を取得している)を持った人々です。アメリカの代理人であった渡辺会長は世代交代によって自分の力が剥奪されていくのを恐れているのでしょう。



楽天の三木谷氏の人脈に桑田氏はしっかり連なっています。そのことは2014年1月に出版する私の著書『ハーヴァード大学の秘密』で書きましたので、そちらをお読みいただきたいと思います。ここでは、渡辺氏は、桑田氏に対して怒りながら、本当はその先にいる三木谷氏に怒っている(本当は恐れている)ということになるのだと思います。



三木谷氏は、「アメリカの代理人」の新興勢力として力を増しているのでしょう。この文章で紹介した2つのニュースはいみじくもそのことを示していると私は考えています。



(終わり)

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(貼り付けはじめ)


>本よみうり堂>ニュース
総合トップ



2013年12月5日 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20131202-OYT8T00705.htm



フランシス・フクヤマ氏 ロングインタビュー



政治の起源が照らす劣化



 世界的な反響を巻き起こした『歴史の終わり』(1992年)で有名なアメリカの政治哲学者フランシス・フクヤマ氏。



 その2011年の大著『政治の起源』が邦訳された(会田弘継訳、上巻は既刊、下巻は12月下旬発売、講談社)。人類の始原からフランス革命に至るまで、中国、インド、イスラム圏を含む世界の政治の成り立ちや展開を掘り起こし、「政治制度の発展と衰退のメカニズム」を探る。壮大な試みから何が浮かび上がるのか、来日した氏に聞いた。



人間は社会的動物



 『政治の起源』は、刊行を準備する続編『政治の秩序と衰退』(仮題)と合わせ、政治制度を根本から問うという意味で『歴史の終わり』以来の重要著作になる。なぜ、「起源」に焦点を当てたのだろうか。



 実際的な関心からです。9・11テロの後、米政府はイラクやアフガニスタンに機能的な政府を作ろうとして苦労した。サダム・フセインのような独裁者を倒せば民主主義が実現すると考えるミスを犯しました。「強い政治制度はどうしたら生まれるか」ということへの理解不足だったのです。



 また9・11後に私が訪ねたパプアニューギニアなどメラネシアの島々は、まだ部族社会でした。国家制度を作ろうとしてもうまくいかない。どうしたら部族社会が国家に移行するかを考え始め、それが本を書くきっかけになりました。



 人類の始原からたどることで、氏は政治思想の見直しを迫る。人間の自然状態を「孤立した個人」と捉えたホッブズ、ロック、ルソーに対し、人間は始めから社会的存在だったとする。共同体的本性を持ち、制度を作る自然な傾向を持つ一方、暴力を振るう性向があると指摘。そして暴力の使用を集中させ、「国家」「法の支配」「民主的説明責任」の3要素を発展・均衡させることで政治制度は発展したと見る。



 近代の政治理論は、まず合理的な個人があって、自分の効用を最大化させるために行動するという前提で考えます。経済学もそうですが、これは偏った先入観です。生物学的にみて人間はもともと社会的動物です。ただ社会性はあるが、家族や友人を優遇する性質があり、政治もそこから見ていくべきだと考えます。



 「国家」以下の3要素は比較政治学者の多くが認めていることで、私のオリジナルではありません。私はこの学術的概念を一般に広げて書いたわけです。



中国法治の行方



 視野を広げることで、氏は新たな知見を提供する。例えば、「近代国家」は紀元前3世紀、中国に秦が成立して初めて出現したとする。西欧の「法の支配」確立には、11世紀にカトリック教会が皇帝に対し、聖職叙任権闘争で勝利したことが大きく影響したという。



 偏見を正してみれば分かることです。(世襲的・家産的ではない、能力主義の)官僚主義国家は中国で作られたのです。だが中国は「法の支配」「説明責任」に欠け、資本主義が2000年間発展しなかったため、国家のいち早い成立が正しく評価されなかったのです。



 「法の支配」確立には国家権力を抑制する対抗勢力の存在が重要ですが、カトリック教会はその役割を果たしました。同教会は部族が財産を世襲する慣習を破り、個人財産権を認めた点で、ヨーロッパの個人主義の始まりを作ったということもできます。



 最近は現代中国に「法の支配」が確立するかが問われていますが、法なしに経済成長できない状況や、薄煕来ボーシーライのような政治ライバルの動きを適切に管理する必要から、法治が採用される可能性はあると思います。



 政治制度の起源と展開を探ることで、逆に見えてくるのが政治の劣化だ。氏はその要因として制度の「硬直性」と「再世襲化」を指摘。制度が一度作られると変更困難になり新たな環境に対応できないことや、一族や利益集団が権益を世襲的に確保していくことで、制度が弱体化するという。



 政治の劣化は日米で見られます。金融危機が起きてもウォール街のロビー活動が強力で、適正な規制ができないといったことです。日本でも小さな業界の利益団体が政党と結びつき、規模に合わないほど大きな力を行使しています。



 ただ、民主主義にはこのゆがみを是正する仕組みがある。強力な利益集団に対し、国民が歯止めをかけることはできるのです。



共同体への責務



 ところで『歴史の終わり』では、人類の政治制度はリベラル民主主義に収斂しゅうれんしていくことで理念的に決着した、と氏は論じていた。今も近代民主主義社会こそが望ましいと考えるのか。



 実は二つの感情を抱いています。近代社会は、生活水準を上げ、健康を促進し、子供に多様な機会を与えるという意味で肯定できる一方、個人や共同体の存在価値や道徳的価値を失わせるため、いいことばかりではない。メラネシアの部族が伝統社会を捨てて近代社会に入った方がいいとは言い切れません。アメリカは個人主義が行き過ぎましたが、日本や欧州には共同体への責務の感覚が残っている。グローバル化にのみ込まれず、伝統的な生活を保持しながら近代社会をつくることはできると思います。(聞き手・文化部 植田滋)






アメリカ 衰退への憂慮



 【寸言】 原始人どころか類人猿の社会から説き起こし、政治制度の全人類的な展開をたどるフクヤマ氏の試みに、まずは圧倒される。各分野の専門家からすれば異論はあるだろうが、これほど広い視野からの叙述はなかなかあるまい。



 その展開は決して単線的・直線的ではなく、政治の劣化や、「国家」「法の支配」「説明責任」の不均衡の問題も描かれている。氏が近代社会の必然的な実現を信じる単純な進歩主義者ではないことは明らかだ。



 著作全体から感じ取れるのが、現代中国の台頭をどう見るかということと、アメリカ衰退への憂慮だ。来年、原著が出るという続編ではフランス革命から現代までをたどり、さらに政治の衰退を描くという。より精緻な衰退メカニズムの解明に期待したい。(植田)



フランシス・フクヤマ



 1952年、米シカゴ生まれ。論文「歴史の終わり?」(1989年)が世界的な大反響を呼び、著書となった『歴史の終わり』はベストセラーとなった。他の著書に『「大崩壊」の時代』『アメリカの終わり』など。





(貼り付け終わり)







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 古村治彦です。



 昨日、私は、オバマ大統領の自分撮り(selfie)について書きました。AFP通信が流した一枚の写真によれば、バラク・オバマ米大統領がデンマークのトーニング=シュミット首相とイギリスのデイヴィッド・キャメロン首相と並んで座り、スマートフォン(誰の所有物かは不明です)で、笑顔で自分たちを撮影していて、この時、ミシェル・オバマ夫人は憮然とした表情をしていました。



 これに対して批判が起こりました。それに対して、この写真を撮影した人物を登場させて、「ミシェルも周囲と笑顔で冗談を言っていた(笑顔は事実ですが、冗談を言っていたのかどうかは分かりません)」と発言させたのがワシントン・ポスト紙(Roberto Schmidt, POTUS selfie photographer, weighs in on reactions to Michelle Obama http://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/2013/12/11/e9a5adec-6289-11e3-aa81-e1dab1360323_story.html)です。「世界の指導者たちは人間らしく行動していた」と言わせています。



 私は何も笑うなとは言いません。冗談を言うなとも言いません。知り合いと会って、笑顔で挨拶をする、軽く冗談を言い合う、結構なことです。人間らしいことです。ホワイトハウスの写真には、エアフォースワンの中で、笑顔でジョージ・W・ブッシュ前大統領やヒラリー・クリントン前国務長官(元ファーストレディー)と笑顔で歓談している写真が掲載されていますが、それを悪いとは言いません。



 問題は、不適切な場所での自分撮りという行為だと思います。自分撮りという行為自体が悪い訳ではありません。しかし、それも適切な場所や時間での行為であるべきです。追悼式という場所であの行為が適切であったのかどうか。私は個人の考えとしてあれは間違っていると思います。一国を代表する指導者であるという自覚があれば、マスコミに一挙一投足を見られている公の場であのような行為をすることが適切でしょうか。いや、人間として適切でしょうか。「適切だ」とお考えになる方もたくさんおられるでしょう。そうお考えになることには反対しません。しかし、私個人はあれは適切ではなかったと思います。



 そして、上記のような見解がワシントン・ポスト紙に件の写真の撮影者の意見が掲載されましたが、私は考えたことを変えるつもりはありません。しかし、その人物の見解にある「人間らしさ」という点について、「人間は完璧ではなく、間違ったことをする」と言い換えるならば、それは全くその通りだと思います。オバマ大統領をはじめ、自分撮りに参加した指導者たちもまた人間であると言えるのであり、「人間らしさ」が出た一枚であると私は考えます。



(終わり)

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




 



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