古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。


アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、『昭和の三傑 憲法九条は「救国のトリック」だった』(堤堯著、集英社文庫、2013年)を皆様にご紹介したいと思います。

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 著者の堤堯(つつみぎょう、1940年~)は、東大卒業後、文藝春秋社に入社。『諸君!』『文芸春秋』の編集長を歴任した人物です。子供の時に太平洋戦争を経験し、その記憶が残っている人です。

 

 本書で取り上げられているのは、鈴木貫太郎(1868~1948年)、幣原喜重郎(1872~1951年)、吉田茂(1878~1967年)の三名の首相経験者です。それぞれは毀誉褒貶が激しい、もしくは低評価の人々です。そうした低評価や批判に対して、著者の堤堯は反論をしています。

 

 鈴木貫太郎に対する最大の批判は、「もっと早く降服していれば、原爆投下とソ連の参戦を招かずに済んだはずだ」というものです。特にポツダム宣言が発表された後、鈴木首相が「黙殺する(ignorereject)のみ」としたために、アメリカは原爆投下を決定したという批判は今でもあります。

 

 堤堯は、昭和20年春の段階で終戦(敗戦)にまでもっていくのは大変なことで、軍からの抵抗が激しく、とても尋常な方法では終戦まで持っていくことはできなかった。戦う姿勢を示しながら、それでも終戦に向かうためには、鈴木首相の胆力と演技力と、大胆な発想(最後は天皇の決断である「聖断」を仰ぐ)、「腹芸」が必要であったと主張しています。鈴木首相の腹芸がなければ、日本は米ソによって分割統治されていたかもしれないと指摘しています。

 

 幣原喜重郎に関しては、「日本国憲法第九条はアメリカ側(ダグラス・マッカーサー元帥率いるGHQ)に押し付けられたのか、日本側から言い出したものなのか」という疑問が常に付きまとい、保守派からは低い評価しか受けない人物です。

 

 堤堯は、当時の諸外国の対日世論は強硬であり、特に天皇に対して何らかの責任を取らせる、もしくは退位や流罪、処刑を求める声が大きかったことを指摘しています。しかし、現場(日本占領)の最高指揮官である、ダグラス・マッカーサーは、日本の占領統治のためには天皇の存在が不可欠であるということは分かっていて、何とかしたいと思っていたということです。そこで、幣原は、天皇の存在を守るために、そして、米ソ冷戦、代理対決の危険を予測して、日本はそれには巻き込まれないようにするために、「戦争放棄をマッカーサーに進言し、一世一代の名演技で、驚き渋るマッカーサーを籠絡した」と堤堯は書いています。そして、米ソの対立の激化、朝鮮戦争の勃発で、マッカーサーをはじめとするアメリカ側は「幣原にやられた」と気付くことになるのです。

 

 一つ興味深かったのは、幣原喜重郎の自伝が発刊された際に、幣原の息子があとがきを書いているのだそうですが、徹頭徹尾、「憲法九条はアメリカから押し付けられたもので、父が発案したものではなく、父は苦しんでいた」と主張しているのだそうです。幣原家に対しては保守派からの相当の攻撃があり、家族も嫌なめに遭遇したのだろうということが想像できます。そう思うと、日本を救うことになる憲法九条を発案した幣原喜重郎を再評価し、家族の労苦をしのぶことが必要だと私は考えます。

 

 吉田茂は毀誉褒貶が激しい人物ですが、「アメリカ占領中は再軍備にひたすら反対しながら、晩年は核武装まで言い出した」という「極端な姿勢の変化」を批判されることがあります。また、吉田首相の政権運営が独断的であり、時に周囲を計算高く利用していたために、人々の人気はありませんでした。

 

 堤は、吉田首相がアメリカらの日本の再軍備(と朝鮮戦争への派兵)を頑なに拒否できたのは、憲法九条があったからだと書いています。また、サンフランシスコ講和会議の後に締結された日米安保条約もアメリカを「番犬」として使うための方便であったということになります。

 

 しかし、この点に関しては、日米安保条約は吉田茂だけがプレシディオの米海軍基地(現在は映画監督スティーヴン・スピルバーグが率いるドリームワークスの本拠地となっています)に引き立てられるように連れて行かれ、下士官食堂で署名「させられた」ということがどうも真実に近いのではないかと言われています。帰ってきて「池田君、大変なことになった」とぶるぶる震えながら吉田首相が話したという証言もあります。アメリカも馬鹿ではありませんから、憲法九条と引き換えに、米軍駐留を認めさせられた、仇を取られたというのが正しいのではないかと考えます。著者の堤堯は、吉田茂をやや神格化して書いているのではないかと思います。

 

 本書のサブタイトルである「憲法九条は『救国のトリック』だった」こそが堤堯の言いたいことです。憲法九条があったことで、戦後日本はアメリカの戦争に付き合わずに済み、アメリカを「お番犬」として利用できたのです。アメリカからの再軍備(と朝鮮戦争への派兵)を吉田首相がとことん拒否できたのは憲法九条があったからだと堤堯は書いています。この点は全くその通りだなと肯定できます。しかし、そこからがいけません。

 

 著者の堤堯は、憲法九条は「トリック」であり「擬態」であるのだから、国力もついた現在は、その変更もやむなしという主張です。しかし、私は堤の「憲法九条ができた時に、これで自分は戦争に行かないで済むと思った」という心からの叫びこそを重視したいと思います。彼もまた子供時代に戦争を体験し、空襲の中を逃げまどい、大きくなったら戦争に行って死ぬんだと思っていたそうです。この時代の子供たちの多くはそう思っていたことでしょう。そのような安堵感を持った堤は実際に戦争に行かずに70歳を超える年齢まで生きることが出来ました。これから戦争が起きても、まず最前線に行く必要はないし、一流出版社の重役まで務めた人物ですから年金もたくさんもらえるでしょう。

 

 そうした人物が「若者たちよ、死んで来い」と言う訳です。これはズルいことだし、卑怯なことです。石原慎太郎にも感じることですが、自分たちが助かったら、あとは知らないという独善的かつ卑怯な言動や振舞いをすることがこの世代の保守派にはあります。国を憂い、偉そうなことを述べていますが、「結局自分たちがいちばんおいしい思いをした」という思いを胸に死んでいくだけの人々です。

 

 それなら、自分の真情を少しでも吐露して、自分たちの化けの皮を剥いで新で行って欲しいと思います。堤堯は「憲法九条ができて、助かった、自分は戦争に行かずに済むと思った」と書いています。この一行があるだけで、まだ石原慎太郎よりはずっとましです。しかし、結局は偉そうなことを書く。だから本当の意味で信頼も得られないし、胡散臭さを消すことができないのだと思います。

 

 私は、日本がアメリカの属国である以上、擬態、トリックを続けていくことが重要であると思います。「戦争放棄」「他国の領土には侵攻しないしできない」と言い続けることが、現在でも、大きな負担や他国からの恨みを避けるために有効であると考えます。そのためにこそ、憲法九条は改正する必要はないし、集団的自衛権の行使容認も認めるべきではありません。ここが崩れてしまえば、堤防にあいた小さな穴となって、アメリカの下請け化がどんどん進んでいくということになります。それこそが日本にとって大きな不幸になります。

 

 日本の保守派の中には、自分たちのことをリアリスト(現実主義者)だと自称する人々が数多く存在します。彼らは集団的自衛権の行使を容認し、「アメリカと一緒になって」中国に対抗して、いざという時には中国と一戦交えることも辞さない、昔の言葉で言えば「暴戻支那は膺懲すべし!」と意気軒昂です。日本単独では無理なので、アメリカと一緒になってという点が味噌です。

 これはアメリカにとって渡りに船で、「じゃぁ色々とやってもらいますよ。今まで通りに米軍基地も置いておいてもらいますし、思いやり予算(
host nation’s support)も続けてもらいますし、加えて自衛隊の米軍統合運用(米軍下請化)もやってもらえるそうで、ありがたいこと」ということになります。なぜ近隣諸国との緊張を高め、負担を自ら増やして何の得も利益も得られないことをすることが、「リアリスティック(現実的)」なのでしょうか。日本語の格言に「損して得取れ」というものがありますが、今の状態は「損してもっと損しろ」です。自分たちの思いこみや希望、他人任せの、他人を犠牲にしての愛国心を満足させる行為のために、国全体を危機に陥れ、滅亡に進ませるという点で、彼らはリアリストでもなんでもなく、「夢想主義者」でしかありません。

 

(終わり)







 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 

 古村治彦です。

 

 今回は、『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』を皆様にご紹介いたします。本書は、副島隆彦先生と弟子たちが一章ずつを担当した本で、このように、先生と弟子たちが共同執筆して出す本(論文集)としては7冊目になります。これまでも環境問題や放射能問題について論文集を出してきましたが、今回は歴史をテーマにしています。

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 副島先生は歴史の本を何冊も出していますが、今回のテーマは明治維新から以降の日本の歴史となっています。私たちは重要人物を取り上げて、裏面を描くことで、これまでの通説を覆す「人物評伝」となっています。

 

本書で取り上げている人物たちは、福澤諭吉、新島襄、榎本武揚、板垣退助、森鴎外、新渡戸稲造、山尾庸三、西周、尾崎行雄、後藤新平、津田梅子です。そして、フリーメイソンとユニテリアンについて、ブリタニカ百科事典に掲載されている説明の翻訳も掲載しています。大変お得だと思います。

 

 本書で取り上げているユニテリアン教会とは、簡単に言うと、「キリスト教の神格、三位一体の教義を認めない」という思想を掲げたキリスト教の一派です。アメリカのエリートや学者たちの中に多くの信者がいます。

 

 本書を貫くテーマになっている「ユニテリアン教会」に早くから目を付けていたのは、「福沢諭吉」の章を書いた、SNSI副島国家戦略研究所研究員の石井利明(いしいとしあき)氏です。石井氏は「福沢は慶應義塾を日本(東洋)のハーヴァード大学にしたいという希望を持ち、ユニテリアンを利用した」ということを証拠付きで明らかにしています。その他にも重要なことを幾つも書いています。詳しくは是非本書をお読みください。

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福沢諭吉
 

石井氏は長年にわたり軽井沢などの外国人コミュニティの研究に従事され、その研究の成果を少しずつまとめ始めています。その一環が今回の福沢諭吉の章に結実しました。石井氏はこれから研究の成果を次々と発表していくことになると思います。本書は石井氏の本格デビュー、攻撃開始の狼煙となります。是非ご期待ください。


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尾崎行雄
 

 私(古村治彦)は、「尾崎行雄」について一章分書きました。尾崎行雄は、大正デモクラシー期に活躍し、「憲政の神様」と呼ばれた政治家です。私は様々な観点から尾崎行雄の実像に迫りました。是非、手にとってお読みください。

 

 歴史研究は副島先生と私たち弟子たちに課せられた使命です。今後も、通説にとらわれない、斬新な切り口の歴史研究を続けていく所存です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

(終わり)







 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、アメリカの首都にあるシンクタンクであるヘリテージ財団(The Heritage Foundation)についての論稿をご紹介いたします。ヘリテージ財団と言えば、2012年に当時の東京都知事・石原慎太郎が講演を行い、尖閣諸島の一部を都で買い上げるとぶち上げたシンクタンクです。日本と中国、台湾の間で大きな争いの種を蒔いてしまった場所です。

 

 このヘリテージ財団に関しては、アメリカ国内でも信頼感がなくなっているようです。同じ保守陣営にいるはずのジョン・マケイン(John MaCain、1936年~)連邦上院議員(共和党、アリゾナ州選出)がヘリテージ財団について批判をしています。

 

 それではお読みください。

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ヘリテージ財団を批判するマケイン(MCCAIN AGAINST HERITAGE

 

ライアン・リッザ(RYAN LIZZA

2013年6月27日

ニューヨーカー(New Yorker)誌電子版

http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2013/06/mccain-vs-heritage.html

 

 2013年6月25日(火)、政治誌『ナショナル・レビュー』誌は、ヘリテージ財団が

上院の超党派で結成されているギャング・オブ・エイト(Gang of Eight 訳者註:2013年に移民法の包括改革案を提出した超党派の上院議員8名)が提出した移民法案を廃案にしようとして動いたことを記事にした。記事の著者であるベッツィー・ウッドロフは、オバマ政権発足当初からヘリテージ財団が平凡なシンクタンクから変質しているということを取り上げた。

 

大統領が主導した健康保険改革についての議論が行われている時、ヘリテージ財団の代表者たちは自分たちの手が501(c)(3)条項のステイタスに縛られていると感じていた。ロビイストたちはシンクタンクに比べてより多くの道具を持ち、その結果としてより大きな影響力を持つ。従って、保守派の中で大きな存在であるヘリテージ財団はシンクタンクとしての業務だけではなく、「ヘリテージ・アクション」という行動を開始した。ヘリテージ財団が影響力を持った時のことを考えてみて欲しい。

 

 ヘリテージ財団の議会対策の上級ストラティジストのトリップ・ベアードは、農業法改正法案について共和党と衝突を起こした。そのベアードは次のように語っている。「3年か4年前なら私たちはそのような活動をすることを躊躇したことだろう」。彼は続けて次のように語っている。「今までの私たちだったら次のように言っていたことだろう。“共和党も良いことをやっているじゃないか。この法案は気に入らないけど、共和党がやろうとしているのだろうから良い法案なのだろう”と。しかし、私たちは長い間、左翼や中道を批判してきたが、共和党も批判の対象になってしまった。私たちは何かを言わなければならなくなった。厳しいことを言わねばならなくなったのだ」

 

 2013年5月、私は、ヘリテージ財団が学術的なシンクタンクから圧力団体に変質したことを記事にした。私は、ギャング・オブ・エイトについて記事を書いたが、この記事を書くための取材中、共和党所属の連邦上院議員たちにインタビューしたのだが、彼らは異口同音にヘリテージ財団とヘリテージ財団の戦術について口にした。ヘリテージ財団は、現在の不法移民を合法化するコストについてレポートを出した。私は、記事の中で、マケインがこのレポートがいかに恥ずべきものであるか熱く語っている部分を引用した。『ワシントン・ポスト』紙は、このヘリテージ財団のレポートの執筆者の1人が過去にヒスパニックの移民を受け入れるべきではないということを主張していたことを記事にして報道している。

 

マケインは、ヘリテージ財団が出した移民政策改革に反対するレポートがどれほど邪魔になったかを話し始めたら、止まらなくなった。マケインは大きな声で次のように述べた。「バーンという感じだね。あれは神から与えられた贈り物だった」。ヘリテージ財団の会長を長年務めたエドウィン・J・ファールナーは引退し、共和党所属の連邦上院議員を務め、ティーパーティー運動の指導者のひとりのジム・デミントが会長に就任した。マケインは、「アメリカの保守主義の歴史の中で、ヘリテージ財団は重要な機関の一つであったが、その存在感が希薄になりつつある」と主張した。

 

 マケインのヘリテージ財団に関する発言全てを記事に収録することはできなかった。しかし、政治に関心を持つ人々であれば、マケインが何を話したか、その全てを知りたいと思うことだろう。ここに私たちがヘリテージ財団について交わした会話の内容を掲載する。

 

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マケイン:私たちは2007年に起きた事件から教訓を得た。このようなことが起きないようにしなくてはいけない。私はデミントを批判するつもりはない。しかし、ヘリテージ財団の会長であるデミントは、移民政策改革に強く反対していることで知られている。このことはよく知られている。デミントの前に会長であったファールナーには信頼感があったよ。ファールナーは移民政策改革に反対ということはなかった・・・。

 

ブライアン・ロジャース(マケインのコミュニケーション担当責任者):ヘリテージ財団はかつて移民政策についての研究と分析を得意としていましたよね。

 

マケイン:彼らがそこまで素晴らしい成果を出したことはないと思うけどね。ただファールナーは素晴らしかったよ。彼は学者で、政治的な動きをする人物じゃなかった。

 

リッザ:私は、ヘリテージ財団が学術的なシンクタンクから、ポピュリズム的な草の根の圧力団体に変化したと考えています。

 

マケイン:彼らは明らかに変化している。彼らは明らかに変質しているね。ヘリテージ財団は、アメリカ・エンタープライズ研究所(A.E.I.the American Enterprise Institute)やその他の右派から中道に位置するシンクタンクのいくつかと同じような存在として、君は話しているよね。しかし、もはやそう言えないよ。君は恐らくアメリカ・エンタープライズ研究所の立場に同意しないだろうね。しかし、アメリカ・エンタープライズ研究所には、シンクタンクとしての信頼があるだろう。左派から中道に位置するブルッキングス研究所も同じく、人々から大きな信頼感を得ている。アメリカ・エンタープライズ研究所とブルッキングス研究所はお互いに全く反対の主張を行っている。ブルッキングス研究所はきちんとした研究と分析を行っている。それに私たちは関心を持つ。アメリカ・エンタープライズ研究所も同じくきちんとした研究と分析を行っている。それに私たちは関心を持つ。しかし、ヘリテージ財団にはこのような信頼感を持つことはもはやないね。

 

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 ヘリテージ財団は、シンクタンクとしての信頼感を低下させながらも政治の分野全体での影響力を増大させようという賭けをしているのである。にもかかわらず、上院での議論に影響を与えようとしたが見事に失敗してしまった。しかし、ヘリテージ財団は共和党所属の連邦下院議員たちに対して大きな影響力を持っている。連邦下院ではこれから移民政策改革の議論が始まる。

 

(終わり)






 

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