古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


 古村治彦です。



 今回は、オバマ大統領によって新しく駐日大使に任命されたキャロライン・ケネディ氏について考えたことをお知らします。



 キャロライン氏は、故ジョン・F・ケネディ元米大統領の長女として誕生し、「華麗なる」ケネディ家の一族です。アメリカには王族も貴族もいませんが、ケネディ家は米民主党系の名家であり、言ってみれば「王侯貴族」なのです。



 王侯貴族ですから、現実政治に本気で関わろうとすると、実力者たちから痛い目に遭います。ジョン・F・ケネディ元大統領、弟のロバート・ケネディ元司法長官は暗殺、そのまた弟のエドワード・ケネディ元上院議員は、マサチューセッツ州選出の連邦上院議員ではありましたが、スキャンダルに見舞われ、大統領になることはありませんでした。上院議員は、日本の昔で言えば殿様(大名)みたいなものですから、殿様くらいにはならせてもらいますが、それ以上を目指すと物理的に、もしくは政治的に殺されることになります。



 キャロライン氏の弟はジョージ・ケネディというハンサムな男性で、『ジョージ』という雑誌を創刊して、そのすぐ後に結婚式に向かう途中に飛行機事故で結婚相手とともに死亡してしまいました。この悲劇についても色々な噂話がありました。



 キャロライン氏はしかし、ケネディ家の「長女」としてケネディ家を支える存在のようです。そのケネディ氏は今度バラク・オバマ大統領から駐日大使に任命されました。これは言ってみれば、オバマ大統領による日本へのご褒美とも言えるものです。オバマ大統領は安倍晋三首相を嫌っていると言われてきましたが、どうも何か裏取引があったようです。そして、そのご褒美が東京オリンピック招致成功とキャロラインの駐日大使就任と言うことができるでしょう。


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オバマ大統領とキャロライン・ケネディ

 私が2012年に出した著作『アメリカ政治の秘密』で書いた通り、アメリカの日本管理路線は、ジョン・F・ケネディ大統領から始まりました。そして、ケネディが日本に送り込んできたのが、「元祖ジャパンハンドラー」であるエドウィン・O・ライシャワーでした。このハーヴァード出身者コンビが日本管理路線を完成させました。



 そして時が流れ50年後に、再びケネディ家が日本に関わろうとしています。しかし、キャロライン氏が裏の汚い仕事をするわけではないでしょう。表向きの、建前の、綺麗な「アメリカ」を日本人にアピールすることになるでしょう。裏の汚い仕事をするための人材がジャパンハンドラーズなのですから。



 私たちはこれからマスコミ(テレビ局と新聞社)で、キャロライン氏の華麗な生活を見せられ、「日米同盟の重要性」を「再教育」されることになるでしょう。このように書くとどぎついですが、あくまで綺麗なものとして、です。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「「父も訪日を望んでいた」ケネディ新大使が日本到着」



朝日新聞電子版 201311151612

http://www.asahi.com/articles/TKY201311150167.html



 米国の新しい駐日大使に就任するキャロライン・ケネディ氏(55)が15日午後、成田空港に到着した。



 キャロライン氏は1963年に暗殺されたジョン・F・ケネディ元大統領の娘。空港内の記者会見場に夫を伴って現れ、「父は米国大統領として初めて訪日することを望んでいた。日米両国の緊密な関係強化に取り組めることは、私にとって特に名誉なことだ」と声明を読み上げた。数週間以内には子どもたちも合流するという。



 キャロライン氏はハーバード大卒業後、弁護士資格を得て、非営利の活動や慈善事業にかかわってきた。環太平洋経済連携協定(TTP)交渉や沖縄県の米軍基地問題といった課題について、日米両政府のパイプ役を果たすことが期待されるが、政治や外交の実務に携わった経験がなく、外交手腕は未知数とされる。



 日本とのかかわりについては過去のインタビューで、20歳の時に広島を訪れ「より良い平和な世界の実現に貢献したいと願うようなった」と話している。また、「仕事をしたい国として、日本以上の国は思いつかない」といい、女性の地位向上や日米の若者の交流に取り組みたいという。



 出国前の12日に駐米大使公邸で開かれた記者会見では、改めて「日米の同盟や相互理解が深まるよう全力を尽くす」と抱負を述べていた。



(新聞記事転載貼り付け終わり)

(終わり)




新米駐日大使キャロライン・ケネディ氏の日本国民へのメッセージ。


幼い日のキャロライン氏にインスピレーションを受けてできた曲「スゥイート・キャロライン」。今ではボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークで流される曲となりました。ボストンを代表する曲。ケネディ家がボストンの「王家」であることを示しています。ライバルのニューヨーク・ヤンキースの本拠地ではフランク・シナトラの「ニューヨーク、ニューヨーク」が流されます。イタリア系のマフィアと関係があったシナトラの曲。ニューヨークを象徴しています。

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 古村治彦です。


 今回は、楠木誠一郎著『石原莞爾 「満洲国」建国を演出した陸軍参謀』(PHP研究所、2002年)を皆様にご紹介します。

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石原莞爾

 この本を手に取ったのは全くの偶然で、本を処分したいという友人から貰ってきたたくさんの本の中にあった一冊です。石原莞爾については、「満州事変を画策し、満州国建国を実現した人物」「世界最終戦論、日米による世界戦争を目指し、そのために日本がアジアを主導することを目指した異色の軍人」ということしか知りませんでした。


 この本は、石原莞爾が小説仕立てになっており、1928年に関東軍参謀になって以降、特に1931年から1932年の満州事変のほとんどのページを割いています。石原の人生のハイライトが満州事変から満州国建国にあるのでこれは当然のことと言えましょう。


 私は、デモクラシーを信奉する人間として、そして政治学を勉強した人間として、石原莞爾の行動を容認することはできません。どのような思想や考えを持つのも個人として自由ですが、軍人として武力を持って人間が、国家の掣肘を離れて、独自の考えで行動するのは許されません。また、文中にも出てくるのですが、彼は何かあると「統帥権干犯」を持ち出しますが、自分が行っていることが統帥権干犯、命令不服従であるという意識はありません。

 英雄譚を喜んで読むのは楽しいことだし、大きな構想を持つ人間には魅力を感じます。しかし、その手段が間違っていたということについては批判を加えねばなりません。軍人は政治に興味を持つべきではないし、その点で周囲から見て「そこまでやらなくても」というくらいに自制をしなければならないと考えます。現在でもこれは変わらないと思います。これは親族から数名の帝国軍人将官を出した人間としてもそう思います。

何か大きな発見があるとか、新しい解釈がこの本でなされているのではありません。主要な登場人物である板垣征四郎や本庄繁との会話でストーリーが進められ、その合間にト書きのようにその時の状況やが書かれています。そして、著者の楠木が忖度したのであろう感情(怒りや喜び、諦観など)が書き連ねてあります。その点で、この本は小説と言うことができます。しかし、美文調でもなく、また吉村昭のような徹底的な記録文学という訳でもない、中途半端さもまた感じられてしまいます。


それでも読者は様々な理由で本を読みます。満州事変についてとってりばやく知りたい人、難しい言い回しや無味乾燥な歴史書が苦手な人たちにとっては読みやすいし、小説仕立てになっていることで大まかなところを掴むためには手ごろだと思います。

(終わり)

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 古村治彦です。

今回は、2013年11月8日に発売されました副島隆彦先生の『説得する文章力』(KKベストセラーズ、2013年)を皆様にご紹介いたします。

 この『説得する文章力』は、副島先生が文章の書き方を具体的な文例を使って教えるという本です。副島先生はこれまで130冊以上の本を出版されましたが、「文章の書き方を教える」という内容の本を今回初めて出されました。

 この本を読んで私が感じたことは、「文は人なり」「神は細部に宿る」ということです。

 私も弟子の一員として、副島先生に指導していただいております。しかし、正直に申し上げまして、この本のようにまとまった形で教えていただいたことはありませんでした。この本を読んでみて、「あの時に厳しく言われたことはそういうことだったのか」と改めて気付いたことがいくつかありました。

 その中でも特に気づかされたのは「断定する、逃げない、曖昧な言い回しをしない」ということの大切さです。これらは、副島先生が文章を書かれる場合に最も大切にしている点です。これは副島先生の考え方、生き方にも通じています。先生は自分で考えたことを人々に伝えようとして「説得(persuasion)」をしようとし、そこで逃げずに人々に対峙してきました。それが文章となり、私たちを惹きつけてやまないのです。まさに「文は人なり」です。


 私は、人生の途中まで学界で生きていきたいという大きな希望を持っていました。今でもその希望を棄て去れないでいます。しかし、自分の能力の限界もあり、その方向には進まないという決心をしました。しかし、それでも、滲み出てくるのが「大論文を書きたい」「難しいことを書きたい(そして頭が良い人だと思われたい)」という思いです。大学院教育では意外なことにあまり文章指導はありません。難しい専門用語をつなげて文章にしていけばとりあえずOKという感じになります。私は学界に生きるという希望を捨てた身ですが、それでもなかなか難しく、回りくどく、揚げ足を取られない書き方の癖が抜けません。ここは自分自身との闘いの最前線になると思います。

 「神は細部に宿る(God is in the details)」という言葉があります。「何事も細かな小さな部分までおざなりにせずに大事にしなければならない」という意味で使われますが、「芸術作品などの細かい部分にこそその作品の真骨頂がある」という意味でも使われることがあります。副島先生は人々を説得するために「細かい部分」に至るまで、「これで読んでくれる人に分かってもらえるだろうか」と考え、推敲を加え、赤ペンで訂正を施します。更には、本書の中で時々出てくる先生の若い時のお話は読者の皆さんにとっても興味深いものであると思います。先生が「ライター(安い報酬で文章を書く人は”百円ライター”と揶揄されたそうです)」になるかどうかの選択の話、自分がどのようにして物書きになったのかの話は皆さんにとって面白く感じられる部分であると思います。

 『説得する文章力』、是非、手にとってお読みいただきたいと思います。宜しくお願い申し上げます。

(終わり)

  
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