古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 アメリカの外交誌『フォーリン・ポリシー』誌に掲載された、日本の謝罪についての記事を皆様にご紹介します。

 

 私がつまらないことを書くよりも、是非すぐにお読みいただければと思います。

 

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戦時中の行動について日本が謝罪するかどうかが問題であろうか?(Does It Matter Whether Japan Says Sorry for Its Wartime Behavior?

―安倍晋三首相は第二次世界大戦における日本の侵略について重要な演説を行おうとしている。しかし、東京では歴史が歴史として受け止められていない

 

デニー・ロヤウガスト筆

2015年8月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/08/13/does-it-matter-whether-japan-says-sorry-for-its-wartime-behavior-shinzo-abe-world-war-2-china-south-korea/

 

 

どれほどの謝罪をすれば十分なのか?2015年4月、日本の首相安倍晋三は日本のテレビ番組に出演し、日本の過去の行動に関する過去の謝罪の基になっている「基本的な考え」は踏襲するとしながらも、「謝罪を繰り返す必要はない」と述べた。当然のことながら、この発言に対して中国と韓国の国民の多くは激怒した。彼らの親族や祖父母たちは、戦時中の日本の犯した過ちの犠牲となり、怒りを感じていた。2015年8月14日に第二次世界大戦がアジアで集結して70周年を記念する演説を安倍首相が行うことが予想されている。その前日、『フィナンシャル・タイムズ』紙は、安倍首相が「個人的には気に入らない言葉遣いではあるが、歴代首相が使ってきた言葉に極めて近い言葉を使って演説を行う可能性が高い」と報じた。中国と韓国、それぞれとの関係が悪化している中で、安倍は彼が基盤としている保守派と怒りを募らせている東アジアの近隣諸国との間で板挟みとなっている。

 

 中国と韓国に対して謝罪をすることの重要性は理解されている。両国は20世紀の日本の侵略の下で苦しんだ。日本政府は1895年から1945年の太平洋戦争終結まで朝鮮半島を支配した。この時期を朝鮮半島の人々は暴力的で、収奪的な暴政が行われた時期として記憶している。1920年代から、日本は中国東北部を植民地化し、1937年には中国の中心部に侵略した。その結果、数百万の中国人が亡くなり、日本軍は多くの暴虐を行った。特に、日本軍は数千の朝鮮と中国の女性たちを強制的に性的な奴隷労働に従事させた。こうした人々は「慰安婦」と呼ばれた。韓国人と中国人は今でも日本軍の行為に対して深い怒りを持っている。韓国と中国の人々は、アメリカが最近、過去の悪行を頑固に反省しない日本をアジア地域における、より積極的な戦略的アクターに仕立てようとしている動きに対して不快の念を持っている。

 

 日本が抱える歴史問題に関して言うと、部分的には1945年から1952年にかけてのアメリカによって占領されていた時期のアメリカの政策に一貫性を欠いていたことが原因となっている。ダグラス・マッカーサー大将の下でアメリカに占領されていた時期、アメリカの占領政府は、日本社会は戦時中の政治的な抑圧にうんざりし、祖国に災いをもたらした愛国主義的主戦論に幻滅していることを発見した。しかしながら、日本国内の保守派のエリートたちは、社会の安定性を維持し、国家の誇りを取り戻し、天皇崇拝のような伝統を維持することが日本の復興の基礎になると確信していた。

 

 占領当局は当初、政治的な自由化に集中した。アメリカは日本に市民の自由を導入した。そして、貧困者救済プログラム、女性の地位の向上、国家と宗教の分離、財閥の解体、労働組合結成の権利の保証、高質を中心とする国家主義的な要素を教育から排除することを通じて、民主的な公民文化を促進し

 

 アメリカとソ連の関係が悪化し続けていた1948年に、アメリカの占領当局は、日本を冷戦におけるアメリカの同盟国として強化する方向に転換した。財閥解体は中止され、新法によって経済に対する国家の統制は強化され、アメリカ政府は日本の戦時中の政府の要人たちの数人を表舞台に復帰させた。安倍の祖父、岸信介は戦時中、商工大臣だったが、戦争犯罪の容疑で収監されていた。彼は刑務所から出て10年もしないうちに首相の地位にまで登りつめた。

 

 アメリカの占領当局は不完全な革命を推進した。アメリカは日本に自由な報道システムと反軍事的な教育システムを設立した。しかし、保守主義者たちを権力の座に残した。そのため、日本はイデオロギー的に分裂し、左派と右派の間で長年にわたり争いが続いた。平和主義の諸原理と戦時中の行為の反省を主張し、アメリカとの同盟関係に反対していた日本社会党からの強力な挑戦に対抗するために、保守政党2党は1955年に合併し、自由民主党、つまり自民党を結成した。自民党は、日本の戦時中の歴史に関する修正主義者の避難所になっている。この自民党がずっと日本政治を支配している。結党以来、4年を除いて、国会の過半数を占め続けている。

 

 今日、自民党所属の国会議員のほとんどと安倍内閣の閣僚の大多数は、日本会議に加入している。日本会議は超国家主義者たちのグループであり、第二次世界大戦における慰安婦の役割と日本の犯罪について修正主義的な立場を取っている。日本の保守派は、彼らが「自虐的な(masochistic)」歴史と呼ぶものを非難している。彼らは、日本は戦争に負けただけなのに、不当に非難を浴びていると主張している。戦時中の日本政府の行動は、実際には西洋諸国の植民地主義からアジアを解放するためのものであったが、日本の敵たちは戦時中の暴虐を誇張したり、でっち上げたりしていると主張している。

 

 これまで保守派からの抵抗もあったが、日本の重要な地位にある人々は、外国からの圧力を受けて、複数回にわたり、戦時中の日本の侵略と暴虐について謝罪をしてきた。過去の謝罪で重要なものは2つある。1つは1993年に官房長官であった河野洋平が行った謝罪と1995年に首相であった村山富市が行った謝罪である。これらは安倍の演説に対する評価の基準となっている。河野談話は、「自分の意思に反して」慰安婦となることを矯正された人々に対する「心からの謝罪と反省」を表明した。しかし、河野は、女性たちの誘拐について、日本政府ではなく、「民間の業者」に責任があるとした。村山談話では、日本の「植民地支配と侵略」を認め、そのためにアジア地域に対して「多大な被害と苦しみ」を与えたと明記した。これについて、村山は「深い後悔」を感じ、「心からの謝罪」を行った。「侵略」という言葉を使用することは、日本の謝罪において重要であり、日本の植民地支配の下での苦しみに言及することは朝鮮の人々にとって重要だ。

 

 こうした主要な表現を繰り返すことは、歴代の首相にとって基準となった。しかし、この自分に鞭打つような態度に対して、国内の人々の中で怒りを持っている人たちがいる。日本の保守派は繰り返し、日本を批判する人々に対していくら謝罪をしても許してもらえないのだ、と不平を漏らしている。日本側が謝罪をしたとしても、2012年に起きた日中関係の急激な悪化を止めることが出来なかった。

 

 しかし、第二次世界大戦中の日本の行動が、東アジアにおいて戦略的な転換をしようとする際に、日本の足かせとなっている。共に民主国家である日本と中国は中国の地域支配を恐れている。しかし、韓国民の多くが日本とのより深い防衛関係の構築に反対している。韓国の朴槿恵大統領と安倍首相はこれまで2人だけで首脳会談を行っていない。中国政府は歴史問題を利用して、米韓と日本を分裂させようとしている。歴史問題が存在することで、中国政府は日本が地域の指導者となることに不適格だと主張し続ける機会を得ている。更に、中国は軍事志向の外交政策を採用し、それによって近隣諸国は不安を覚え、国家安全保障の面での協力関係を構築しようとしている。中国政府は日本の歴史問題を利用し、こうした状況から人々の関心をそらすことが出来る。日本叩きを行うことで、中国の国家主席である習近平は、中国国民のナショナリスティックな感情を背景にして、国内において強力な指導者として自分の正統性を強化している。

 

 アメリカにとって、安倍の主張は痛しかゆしのところがある。アメリカ政府は、長年にわたり、日本政府に対して集団的自衛の原理を採用するに求めてきた。これによって、っク最適な紛争において、日本の自衛隊がアメリカ軍と一緒になって戦うことができるようになる。これまでは日本に対する防衛のみであったが、それを越えることになる。2014年7月、安倍内閣は日本国憲法の新解釈を採用し、これによって、日本は同盟国の防衛を援助できるようになった。この安全保障に関する姿勢を明文化した2つの法案が最近衆議院を通過した。参議院で否決されてもそれを覆せるだけの議席数を安倍の率いる自民党は有している。アメリカ政府は集団的自衛の実施を歓迎しているが、安倍が進めるプログラムに付随している歴史修正主義はアメリカ政府の頭痛の種となっている。韓国の国民は日本の集団的自衛に関して反対している。歴史問題の激化はアメリカ政府を更に困難な立場に置いてしまう。米中間の緊張に対処することがより困難になってしまう。日本の再軍備に対して、中国はアメリカ政府に対して苦情を申し立てている。日本の再軍備は、安倍のような歴史修正主義者の政権の下で行われていることが、これは中国政府にとってより脅威となっている。

 

 しかし、お先真っ暗と言うことでもない。韓国メディアの中には日本に対して激しく怒りを持って報道をしているものもあるが、朴槿恵は歴史問題をもっと重視することはないと述べている。中国政府は経済状況が減速している中で、日中間の経済関係を再び重視する動きが出ているように見える。習近平と安倍が9月初めに首脳会談を行う可能性がある。

 

 日韓関係、日中関係はそれぞれ継続的に回復させるためには、安倍は少なくとも河野談話と村山談話の主要なポイントを再確認する必要がある。そしてできるならば、日本にとってより居心地の良い国際環境ができることの方が日本にとって利益になり、それによっていくら保守派を怒らせることになっても、それを正当化することが出来るのである。

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
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2014-05-23
 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 2022年の冬季オリンピック・パラリンピックが北京で開催されることになりました。北京と最後まで争ったアルマトイとカザフスタンに関する記事を皆様にご紹介します。カザフスタンはこれから「来る」国であると私は考えます。2000年代中盤からそのことを書き続けている副島先生はやはり凄いと思います。

 

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カザフスタンは尊敬を集める(Kazakhstan Can’t Get No Respect

―しかし、2022年のオリンピック開催を認められるか?

 

リイド・スタンディッシュ筆

2015年7月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/07/30/kazakhstan-cant-get-no-respect-olympics-2022-nazarbayev/

 

 中央アジアにある産油国カザフスタンにある都市アルマトイを初めて見た人は、世界最大のスポーツ・イヴェントを開催できるなんて思えないだろう。

 

 アルマトイは旧ソ連の国の都市にありがちな、無味乾燥した巨大なアパート群と道幅の広い大通りを持つ灰色の都市である。アルマトイは地震がよく起こるという弱点もある。更には人権状況が芳しくない。また、カザフスタンの首都でもない。1997年にもっと栄えていたアスタナに首都の座を奪われた。アルマトイは、古代のシルクロードの中継地の一つであった。そして、変化にとんだ歴史を持っている。ロシアによって植民地とされ要塞が築かれ、後にはソ連に属するカザフスタンの首都となった。しかし、それ以降、アルマトイはカザフスタンの金融の中心地として栄え、繁栄はこれからも続いていくだろう。

 

 7月31日、静まり返ったアルマトイ、そしてカザフスタン全体は、政府関係者たちが「伸るか反るか、勝つか負けるか」の大勝負に臨むことになる。

almaty001
アルマトイ
 

 カザフスタンは、ユーラシア大陸内陸部に位置し、世界の多くの人々がどの国がどこにあるのか分からない中で、旧ソヴィエト連邦に属した中央アジアの「スタンの付く国々」とひとまとめにされる国だ。カザフスタンは独立して24年経過したが、これまで国際的な舞台で勝利を得る機会をほぼ手にしたことがなかった。しかし、カザフスタンは2022年の冬季オリンピックの開催地として中国と共に最後の2か国まで残ることが出来た。しかも今回は西洋諸国のお気に入りで強力な経済を持つことが条件の招致レースでただの負け犬ではなく、ひょっとしたら勝利を得られるかもしれない候補となっているのだ。

 

 カザフスタンは北京と争うことになったオリンピック開催への長い道筋においてこれまでないような経験をしてきた。アルマトイの競争相手は次々と自滅していった。まずウクライナ東部の紛争のせいでリヴィヴが脱落した。次にスウェーデン政府が予算的に援助できないと声明を出したことでストックホルムが立候補を辞退した。ポーランドのカラコウの場合は世論調査で70%の市民が2週間にわたるイヴェント開催に興味を持っていないことが明らかにされ、脱落した。そして、2014年10月1日、ノルウェーの首都オスロは、豊富な石油資金と国際的にクリーンなイメージがあることから有力候補であったのに、国際オリンピック委員会に対して「興味を失った」として丁寧に立候補辞退を申し出た。その結果、最終的には事実上2つの立候補地が残ることになった。それが北京とアルマトイだった。このシナリオを「人権問題に関して言うと悪夢のような選択」と呼ぶ人々もいた。国際オリンピック委員会はどうしようかと頭を抱えることになった。

 

 北京は最初、このアルマトイとの競争でかなり有利な立場に立っていると見られていた。しかし、カザフスタン側からの強力なプレゼンが行われた結果、差は詰まってきていた。カザフ側は、アルマトイは冬季になれば確実に雪が降るという有利な条件を押し出した。北京の場合、雪は人工のものに頼らざるを得ない。人手が入らなかったことで、アルマトイは素晴らしい自然に囲まれている。雪を山頂にいただいた山々やその麓には深い森が広がっている。6月に85名の国際オリンピック委員会の委員たちを前に行ったプレゼンで、アルマトイの関係者たちは市が環境の持続可能性を維持するために努力していること、腰まで埋まってしまう程にたくさんの雪が降ることをアピールし、委員たちの評価を得ることに成功したとメディアでは報じられた。

 

 カザフスタンは過去四半世紀にわたり、ソ連崩壊の灰燼から国を建設しようと奮闘してきた。オリンピック開催が決まればそうしたイメージが大きく変えられ、イメージを良くしようと躍起になっているカザフスタン政府にとっては大きなチャンスとなる。カザフスタンのアーラン・イドリソフ外務大臣は、本誌の取材に対して「独立してわずか24年の若い国がこれまでに成し遂げたことを世界にお見せしたいと思っています」と答えた。カザフスタン政府の掲げる目標は2050年までにカザフスタンを世界のトップ30の経済大国にすることだ。カザフスタンの現在の位置は46位である。この目標の達成のためには、世界中からの投資が必要となる。イドリソフ外相はオリピック開催が投資を集める手助けになると語っている。彼は次のように述べている。「様々な国際イヴェントを招致すること、その中には2022年の冬季オリンピックも含まれていますが、これはそうした戦略の一部なのです」。

 

 オリンピックは今やある国が経済的に力を付けて世界の舞台にデビューするための舞踏会のようになっている。2008年の北京オリンピックは中国の経済力と組織運営能力を見せる意図をもって開催された。2014年のソチオリンピックはロシアが偉大さを回復していることをアピールするものになった。そして、ブラジルは2016年のサンパウロオリンピックで経済大国であることを世界にアピールするつもりである。2022年は、カザフスタンにとってこうした目的とそれ以上のものを手にするために重要な年となるであろう。投資と観光客の誘致にとっての新たな機会となり、自国民に対しては、24年に渡る厳しい政治的コントロールによって経済発展と国際的な威光を手に入れることが出来たのだということをアピールすることになる。

 

 300年に渡る外界からのコントロールの後に独立を果たしたことはカザフスタンにとって大きな試練となった。1991年に主権国家として独立した時、カザフスタンは国家としてのアイデンティティを欠いていた。元鉄鋼労働者で共産党の指導者だったナルスルタン・ナザルバエフ大統領は、ソ連時代の党幹部から新しい国家指導者にうまく転身し、カザフスタンの国家建設プロジェクトを始めた。カザフ語の重要性を訴え、70年に及ぶソ連による支配から脱して、モンゴルとチンギスハンの遠征にまで遡る国の歴史物語を強調するようになった。ナザルバエフが行った最も野心的なプロジェクトはカザフスタンの新しい、未来型の首都アスタナの建設であった。これにはロシア人が多く住むカザフスタン北部を固めるという戦略上の意味があった。グラスゴー大学の中央アジア専門家ルカ・アンセッチは「カザフスタンの過去24年間の対外、国内政策は全て国家の独立を守るためのものであった」と述べている。

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ナザルバエフ 

 

 ナザルバエフの努力の甲斐もなく、カザフスタンの世界的な評判は低いままだ。石油のお蔭で経済的には僥倖に恵まれているが停滞している、というのが多くの人々の考えだ。カザフスタンは世界でも厳しい地域で頭角を現そうとし、中国、ロシア、そしてアメリカの戦略的な同盟国となっている。しかし、これらの国々との同盟国であるという役割がそこまでアピールできていない。しかし、近隣諸国が機能不全であるために、相対的にうまくやっているようには見えている。ナザルバエフは独裁者であるかもしれないが、トルクメニスタンのグルバングリー・ベルディムハメドフのような全体主義者ではないし、ウズベキスタンのイスラム・カリモフの野蛮な支配者ではない。カリモフ政権は、反対者たちを生きたまま釜茹でにしたことで知られている。カザフスタンは、キルギスタンやタジキスタンのような不安定な国ではない。キルギスタンはここ10年で2回の革命を経験し、タジキスタンは1990年代に内戦を経験し、現在はイスラム武装勢力との戦いに足を取られている。

 

 オリンピック招致活動はカザフスタンの名声と尊敬を求める道筋の最新のステージである。カザフスタンは2010年にヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE)の議長国になろうと奮闘した。しかし、OSCEの実施した自由で公正な選挙の結果、議長国になることはできなかった。過去10年、カザフスタンは国連安全保障理事会の非常任理事国の座を求め続けてきた。ナザルバエフは、ウクライナ紛争やシリア内戦のような国際問題に対して、平和をもたらす仲介者の役割を演じようとしてきた。ナザルバエフは2013年にイランとアメリカとの間の核開発を巡る交渉でも数回にわたり交渉の場を設定した。カザフスタン政府は、イメージアップを図るために国名につく「スタン」を外すことを検討している。また、2010年にナザルバエフが訪米する際には、広告会社と契約し、ワシントン市内の全てのバス停にナザルバエフが地域の非核化のために働いたことをアピールするポスターを貼るということも行った。

 

 まだソ連の一部であった1989年からカザフスタンを統治しているナザルバエフにとって、今回にオリンピック招致は重要だ。オリピック招致成功によって、カザフスタンの発展を示し、経済的に力を持つエリート諸国に受け入れてもらえるだけでなく、年老いた支配者にとっての最高の遺産となる。ナザルバエフはカザフスタンの「国父」であり、「パパ」と呼ばれているが、彼の支配も終盤に差し掛かっている。

 

 しかし、正統性を求めることは逆風を招く可能性もある。ソチオリンピックの場合、安全保障問題とLGBTの権利侵害がクローズアップされた。更にはロシアによるクリミアの併合にも影響を受けた。同様に、北京オリンピックの場合は、中国における環境汚染に国際的な注目が集まった。一方、2000年のシドニー五輪ではオーストラリアの先住民族の苦難にスポットライトが当たった。灌漑によるアラル海が干上がりつつあること、政府高官の汚職、政府が抑圧的であることといったカザフスタンの醜い部分がオリンピック開催によって広く報道されることになる。2011年にはカザフスタン政府は自国民に対して武力を行使した。石油施設があるシャナウゼンという町と近郊の村で給料と待遇の改善を要求するストライキが行われていたのだが、それが過激化し暴動になってしまい、少なくとも15名の人々が殺害されてしまった。この暴動と鎮圧に関する詳細は今でも明らかにされていない。しかし、このストライキの後、ナザルバエフを批判していたある人物が、政府転覆を目指して石油労働者たちを煽動したとして7年の実刑を受けて服役している。

 

 ナザルバエフ政権は、オリンピック開催に伴って行われる精査がもたらすリスクがあるにしても、オリンピック開催に向けての動きを維持している。「国内におけるナザルバエフの権力基盤は、カザフスタンは正統な国家であり、世界に受け入れられているということを国民に示すことである。無視できないほどの大きな国だということを示すことなのだ」とアンセッチは語っている。世界に存在をアピールするという希望によって動いている国カザフスタンにとって、「無視できないほどの存在感」こそが本当に手に入れたいものである。

 

(終わり)





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古村 治彦
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 古村治彦です。

 

 昨日、自由民主党の稲田朋美政調会長は、東京裁判に関する検証を行う組織を設置することに言及しました。東京裁判での判決について異議を申し立てる、もしくは間違っていたという結論にはしないとしながらも、裁判の手続き、事後法の遡及適用問題、東京裁判で認定された南京事件の被害者数約20万について、そして占領期のGHQの政策や憲法制定過程について検討を加えるということです。

 

 まず基本的なこととして、裁判では証拠や証言の正当性が認められなければ、被告は無罪となります。違法な手続きで判決を出されたら、それは冤罪となります。東京裁判も裁判である以上、手続きに瑕疵があるとなった以上、「冤罪」となり、戦争指導者たちは既に全員が死亡していますが、「免罪」となります。「戦争は不幸なことであり、被害に遭った人々は不運であったが、満州と中国を侵略し、東南アジアを蹂躙する計画を立てた指導者たちは無罪だ」ということになります。

 

 私はこの冤罪のロジックによって、靖国神社のA級戦犯合祀問題を突破しようと自民党は考えているのではないかと思います。靖国神社にはA級戦犯として処刑された7名の人々が祀られています。彼らが祀られて以降、昭和天皇は靖国神社への参拝を止めましたし、今上天皇も靖国神社への参拝を行っていません。昭和天皇が靖国神社への参拝を止めた理由を「A級戦犯が合祀されたため」とされる「富田メモ」が発見されたことは記憶に新しいところです。

 

 私もA級戦犯と処刑された人々の中にはどうして処刑されねばならなかったのか、と思う人たちはいます。また、東京裁判では天皇に塁が及ばないようにすることが1つの大きな目標でしたから、そのために証拠調べや証言調べが杜撰になった例があるように思います。また「天皇陛下の“醜の御楯”となった点ではA級戦犯も一緒ではないか」という主張も出てくると思います。これをもう一歩進めると、「昭和天皇のためにA級戦犯として犠牲になった人たちは冤罪であり、冤罪であることが分かった以上は、今上天皇陛下には参拝していただく、していただかねばならない」ということになります。

 

 東京裁判の手続きが正しくないとなると、7名のA級戦犯は冤罪であり、彼らの靖国神社への合祀は間違ったことではないとなり、それなら政治家たちが堂々と参拝できるし、天皇陛下にも参拝していただけるではないかということになります。明治維新で薩長側は天皇を「玉」と呼び、玉を抑えた方が勝つということで、偽の詔勅を出すなどの手段で幕府を倒しました。日本政治においては「玉」を取ることが勝ち組に回るために必要なことになります。

 

 天皇陛下に参拝していただけない靖国神社は、保守の牙城でありながら、天皇陛下から認められていないという点で、正統性に欠ける存在になってしまいます。ですから、天皇陛下に参拝していただくことを求めています。稲田氏が立ち上げようとしている検証組織は、そのための地ならしをしようと言うことだと思います。
 
 

 検討組織では、南京事件の犠牲者数(東京裁判では約20万と認定)について検証するということです。南京事件(南京大虐殺)については被害者の数は様々に出てきます。どの数字が決定的なのかは分かりません。これからも恐らくわからないでしょう。自民党の検討組織が出した結論が正当であるということもないでしょう。そして、恐らく検討組織では、かなり低い数字が出るでしょう。

 

 しかし、日本兵の残虐行為があったことは日本軍の将官レヴェルでも頭痛の種になっていたことは明らかです。陸軍士官学校でも国際法などの授業はほとんどなかったことは明らかになっていますから、最前線の尉官レヴェルでも捕虜や民間人の取扱いについて知識はなかったのですから、私刑や暴行などが頻発しました。将官たちは「日露戦争までの日本軍の軍規はしっかりしていたのに、どうしてこうなっているのか」と頭を抱えていたことは電機や人気などを読めば分かります。「生きて虜囚の辱めを受けず」で悪名高い戦陣訓も軍規粛清のために作られたものです。

 

 南京事件があった、なかったではなく、数字の問題にすることで、「そこまで酷いものではなかった」ということにするのでしょうが、こうした動きは外から見れば、一見真実を見るための真摯な活動のように見えながら、歴史修正主義的な動きに見られてしまいます。

 

 与党の自民党は、憲法改正と歴史の修正をアメリカと取引しようとしています。それはつまり、「アメリカのための憲法改正でもあるんだから、この際、少しくらいの歴史の修正は認めて欲しい」ということです。ですから、東京裁判の決定に公式に異議は唱えないけれども、少しはおかしいところがあったということは私たちに言わせて欲しいということになります。しかし、アメリカからすれば東京裁判の正当性が損なわれる動きは、アメリカの戦後世界支配の基盤の基礎となる部分を傷つけることになるので、容認しがたいことでしょう。

 

 ですから、自民党側としては、アメリカ側に対して瀬踏みをして、どこが「虎の尾」なのかを探っていることでしょう。しかし、こうした動き自体がアメリカ側の警戒を呼ぶことになります。「属国は黙って属国らしくやっておけ」ということになります。

 

 安倍首相やその周辺は国際環境の変化という言葉を盛んに口にしています。私は、彼らの言う意味での国際環境の変化(中国をやっつけてやる、自衛隊の米軍肩代わり)ではなく、世界は大きく動いており、このままでは日米孤立、しかもアメリカにそそのかされて抗議的な態度を取ることで、現在の北朝鮮のような孤立に追い込まれることまで心配しています。ですから、稲田氏がやろうとしている児戯に等しいことにうつつを抜かしている暇はないと考えます。

 

 

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「稲田氏「東京裁判検証」の党内組織検討…懸念も」

 

読売新聞 89()930分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150809-00050007-yom-pol

 

 自民党の稲田政調会長が戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)などを検証するため、党内組織の設置を検討していることに、与党内から懸念の声が出ている。

 

 検証の内容次第では、国際社会から「歴史修正主義」との批判を招きかねないためだ。

 

 稲田氏は7月30日の記者会見で、「東京裁判で認定された事実関係を日本人自身が検証、反省し、将来に生かすことが出来ていない」と述べ、検証の意義を強調した。

 

 ただ、稲田氏は東京裁判の判決は争わない姿勢は明確にしている。検証対象は、裁判で「戦争犯罪」と認定された事実に関する立証の妥当性などに限る考えだ。

 

 憲法制定過程への連合国軍総司令部(GHQ)の関与など、戦後占領政策も幅広く検証する。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)





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