アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 

 今回は、11月に行われる沖縄県知事選挙について考えてみたいと思います。選挙の構図は、三選を目指す現職の知事・仲井眞弘多氏に対して、元那覇市長の翁長雄志氏、前衆議院議員で郵政担当大臣も務めた下地幹郎氏、前参議院議員で民主党県連の代表でもあったミュージシャンの喜納昌吉氏が新顔として立候補する予定です。

 

 仲井眞氏に対しては、自民党が応援で政権与党の公明党は自主投票となっています。翁長氏には那覇市議会で自民党会派から脱退した市議たちと、共産党、社民党、生活の党が支援を決めています。下地氏、喜納氏には特定の政党の応援はないようです。保守系の組織や団体の多くが仲井眞氏を支持し、革新系は翁長氏ということで、翁長氏は「保革協力」候補となります。幅広い人たちを自分の傘の下に集められると考えられると一般には思われると思います。

 

仲井眞知事は、普天間基地の移転に関して県外移設を訴えながら、任期中に辺野古への移転に賛成と立場を変えました。翁長氏は辺野古移転に反対、下地氏はまずは県民投票で是非を決める、喜納氏は辺野古移転に反対です。県経済の振興という点ではそこまでの違いはないでしょうから、辺野古移転が大きなテーマとなります。

 

 自民党本部は11月の沖縄県知事選挙を重要な選挙と位置付けています。福島では、民主党が推す候補に後から乗るという、不戦敗に近い形の相乗りで、惨敗を防いだ訳です。沖縄では、人気のない仲井眞氏を立てて、しかも普天間基地移設問題が最大のテーマの選挙ということで、自民党は苦しい戦いになりそうです。これに加えて、公明党も自主投票という形になり、更に苦しくなりました。

 

 しかし、今回の選挙のポイントは、立候補者の顔ぶれです。私はこの顔触れを見ていて、ふと、今年の2月に行われた東京都知事選挙を思い出しました。スクリプトが完全に同じわけではありませんが、あの選挙では、宇都宮健児氏と細川護煕氏が票を食い合いました。その結果、舛添要一氏が圧勝しました。今回の沖縄県知事選挙についてこれを敷衍して考えてみたいと思います。

 

 仲井眞氏は、経済振興を旗頭に選挙戦を展開するでしょう。「経済振興策や予算を中央から引っ張ってこられるのは、私だけ」と訴え、普天間基地移設に関しては、「世界一危険な基地をこれ以上放置できない」と訴えることでしょう。これで少しでも票が流れることを阻止します。もちろん、自民党所属の国会銀と地方議員、そして組織にはサボらないように徹底した締め付けが行われます。

 

 翁長氏は幅広い、保守(の一部)と革新が陣営にいる訳ですが、それぞれ下地氏と喜納氏に票を食われるということになります。翁長氏が本当に辺野古移転で一貫して頑張れるのかという不安、はしごを外されるのではないかという不安が一部にはあるようです。私もこのブログで指摘しましたが、翁長氏と菅義偉官房長官は法政大学法学部で2年違いの先輩後輩になります。仲井眞氏が上京して菅官房長官に面会した時、翁長氏は同席していました。

 

 こうなると、仲井眞氏以外の3候補は票を食い合って共倒れ、基礎票と組織を固めた仲井眞氏が有利となります。さらに穿った見方をすれば、翁長氏は、政府にとって許容可能な保険ということになります。いざとなれば、振興策と予算で締め上げ、菅氏との関係も使って懐柔し、はしごを外すこともできるだろうと考えた場合、仲井眞氏が余りにも不人気でダメだった場合には翁長氏が次善の選択ということになります。

 

 下地氏についても、普天間基地の辺野古移設では、V字案というものを提案していたこともありますし、県内第2位の大米建設が彼の実家なのですから、辺野古移設については、翁長氏よりも説得しやすいということもあると思います。

 

翁長、下地両氏とも元々は自民党所属だったということもここではよく考えるべきだと思います。私は、翁長、下地両氏の立候補を自民党側も促したのではないかと疑っています。

 

 こう考えてくると、自民党は、①候補者を乱立させて、仲井眞氏の当選を図る、②仲井眞氏が駄目でも、他の候補でも辺野古移設賛成に変更させる可能性は高いと踏んでいるのだと思います。

 

 ここで考えてみたいには、喜納氏がなぜ立候補したかです。彼の立候補によって、翁長氏とのリベラル、革新票が割れることになりました。翁長氏の辺野古移設反対の主張にはっきりしないものを感じて、喜納氏は出馬を決心したのでしょう。しかし、彼自身もそう思っているでしょうが、喜納氏が当選する可能性は低いものです。しかも、今の時点では、明確に辺野古移転に反対している翁長氏の当選の可能性も低くしてしまうのに、です。

 

 私は、喜納氏が誰かに「翁長氏の態度ははっきりしない。彼は実は隠れ賛成派だ」と囁かれた可能性があると見ています。その誰かとはリベラル派の人だと考えます。そして、もっと言うと、大田昌秀元知事・元参議院議員ではないかと睨んでいます。大田氏は知事時代に仲井眞氏を副知事としていました。大田氏と仲井眞氏は、沖縄が日本から切り離された時代に、東京の大学にまで行けたエリート仲間です。二人には関係があると見るべきです。そして、大田氏と喜納氏との間もリベラルということで関係があると見るべきです。

 

 選挙を乱戦に持ち込むということで、自民・仲井眞氏側から何らかの働きかけがあって、大田氏が喜納氏の出馬を促したということがあるのではないかと私は疑っています。大田氏の昔からの戦略は、沖縄の政治状況を複雑怪奇なものとし、日本政府に手強い、もしくは理解不能と思わせて、交渉の主導権を沖縄に引き寄せるというものですから、喜納氏の出馬によって、乱戦や保革の対立のようなそうじゃないような、訳の分からない状況を作り出したいということになるのだと思います。

 

 一見苦しそうな自民党なのですが、既に布石を打っており、保険をかけた状態で選挙に臨んでいるのだと思われます。こうした状況を作り出したのは、菅官房長官であり、沖縄の複雑な政治地図を菅官房長官が利用したのだろうと考えています。

 

(終わり)