古村治彦です。



 2013年12月26日に安倍晋三総理大臣が靖国神社に参拝しました。これに対して、中韓、EU、アメリカなどが抗議や懸念を表明しました。安倍首相が特に重視していると思われるアメリカは、国務省報道官が「失望した(disappointed)」という表現を使って、懸念を表明しました。政府関係者の中には「ここまで言われるのか」と驚いた人々がいたという報道や、アメリカ政府関係者の発言として「アメリカの意向に反した参拝であった」という報道がなされました。



 私がこのブログでご紹介した安倍首相の靖国神社参拝に関連した2つの文章について改めて考えてみたいと思います。一つは、米誌『アトランティック・マンスリー』に掲載されたジェームズ・ファローズの文章で、もう一つは駐日アメリカ大使館が発表した、安倍首相の靖国神社参拝に関する声明です。



 ファローズの文章のポイントは、「戦争犯罪人(war criminals)が祀られていること」「遊就館の説明書き」のところだと思います。戦争犯罪人云々のことは、これまでにも言われてきたことですので、私は取り上げません。ファローズのもう一つのポイントである「遊就館の説明書き」の方を取り上げたいと思います。



 靖国神社には「遊就館」という歴史資料を展示した博物館があります。この遊就館には、日本古来の武器や武具から太平洋戦争時の資料や武器が多数展示されています。館内にある展示には、「日本が太平洋戦争の戦端を開いたのは、アメリカによる圧力があり、仕方ないことであった」という説明がなされています。



 松平氏によるA級戦犯として処刑された人々の合祀(これには東京裁判の否定の意図がありました)と遊就館の展示の説明は、「アメリカが戦後に行った東京裁判は間違いである、もしくは国際法に則ったものではない」という主張が根底にあります。私はこの主張は正しいものと考えます。日本は仕方なく戦争をさせられたのでしょう。そのために動いた人物たちが日本国内にもいたことでしょう。私は海軍がそうではなかったかと疑っています。「海軍善玉・陸軍悪玉説」がありますが、私は海軍こそが悪玉であったのではないかと思います。



 しかし、アメリカの戦後世界コントロールにおいて、戦後世界の始まりともなった戦後の裁判の正当性が疑われる、もしくは全くないということは、アメリカの「建前」としては絶対に認められないものです。アメリカが構築した「戦後世界」は、アメリカが正義の味方として、悪であった「枢軸国(Axis )」である日本、ドイツ、イタリアをやっつけたことから始まり、その後、共産主義という悪と戦い、その後はテロリズムという悪と戦うということで成り立ってきました。その始まりが揺らぐ訳にはいきません。



 アメリカの「本音」としては、「戦争が終わって、復讐心もあってあのような裁判をしたけど、ソ連との冷戦が起きる前だったからそうしたけど、ソ連との対抗上、ちょっとまずかったよな。日本にはちょっとやりすぎたよな、実際」というのがあったし、今でもあると思います。実際に、1945年から1952年までアメリカは日本を占領しましたが、占領下の政策は、前半と後半では異なります。「逆コース(reverse course)」と呼ばれます。「建前」「理想主義的」なもの(Democratization・民主化、Demilitarization・非武装化、Decentralization・財閥による経済集中の排除の3Dとアメリカでは呼ばれています)から「本音」「現実主義的」なものに変更されました。



 「歴史的に見て日本は戦争をさせられた被害者なのだ」という考えとこのアメリカの「本音」とが合わされば、靖国神社に総理大臣が参拝することは何の問題もなく、アメリカは何も抗議なり、憂慮なり、失望なりする必要などない訳です。しかし、安倍首相の靖国神社参拝を支持する言論人の多くはアメリカの失望に対して曖昧な態度を取ります(中韓に対しては「中間ごときは無視せよ」という言葉遣いも見られるほどですが)。



 それは、「日本は被害者」と「アメリカの本音」は、表立っては言ってはいけないことだということが分かっているからです。これらは、アメリカが作り上げた戦後の「素晴らしい」世界、日本もその恩恵を受けた戦後世界の正当性を揺るがすことになるということが分かっているからです。



 そして、そのことを一番よく分かっている(いた)のが、今上陛下であり、昭和天皇でありました。戦後しばらくは昭和天皇も靖国神社に参拝されていたのに、松平宮司による合祀があって以降、参拝はありませんでした。今上陛下も参拝していません。それは、個人的に不快だとか、A級戦犯になった人たちを許せないからというような小さなことが理由ではないのだろうと私は考えます。日本が組み込まれてその中で生きていかねばならない戦後世界の秩序の正当性を揺るがすようなことはできないと昭和天皇は考えられて、参拝をしなくなったのでしょうし、今上陛下もそうお考えなのではなないかと考えます。大変慎重かつ細心の行動、最も安全な方策を選んだということが言えるでしょう。



 アメリカ大使館の生命を読んで、アメリカは「建前」と「本音」をうまく使い分けている、という印象を私は受けました。うまくバランスを取っていると思いました。「建前」で批判をしておいて、しかし同時に日本をうまく利用しているなという感じが見えました。



 それは、声明文の最後の2行、「私たちは、安倍首相が過去に対して悔悟の念を表し、日本が平和構築のために関与していくことを改めて表明したことを注視している。」(拙訳)から伺えます。



 戦後世界を構築したアメリカにとって、この戦後世界の秩序に挑戦する国や組織は、「平和を乱す」敵・悪と認定してきました。冷戦が終わって以降はテロリズムを敵としていますが、もう一つの脅威は中国です。中国とは経済的な関係が深いので、アメリカも敵とは言いませんが、自分たちが追い抜かれるのではないかという恐怖感は持っています。



 世界史上、覇権国はいつか衰退し、別の覇権国が出てきます。現在の状況で言えば、アメリカは覇権国ですが、いつか中国に取って代わられるのではないかという懸念を持っています。アメリカは覇権国であるから衰退から免れているという面があり(覇権国だから世界からお金が集まってくる)、できるだけ衰退のスピードを遅らせたい、覇権国の地位から転落する時期を遅らせたい、しかも低コストで、ということで現在のアメリカは行動していると思います。



安倍晋三首相は、アメリカの「本音」を知っている人ですから参拝をしましたが、その後、「建前」に背くつもりはないし、それを明らかにするために「平和構築のために関与する」という発言をしました。これは言ってみれば、言質を取られたということになります。



 アメリカは、「そうですか、それなら私たちが築いた戦後世界秩序内の平和を守るためにご尽力いただけるということなのですね、積極的な姿勢をお示しになった訳ですから、それを実行されることを望みます」と言っている訳です。



 そして、「実行されるためには、いろいろと条件整備が必要ですね。武器輸出三原則緩和とか、憲法改正とか」と続く訳です。



 安倍晋三首相の靖国神社参拝は、アメリカにとっては、「分かっているようで分かっていない」日本の指導者をひっかけて、「うまく言質を取った」ということになるのだろうと思います。昨日、そして今日とこのように考えました。



 さて、私事で恐縮ですが、年末年始はやり残した仕事を優先するために、年内のブログの更新は今日で最後といたします。年明けは1月6日からといたします。お読みいただいている皆様には本当にお世話になりました。ありがとうございます。良いお年をお迎えくださいませ。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(終わり)