古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2014年06月




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、アメリカの首都にあるシンクタンクであるヘリテージ財団(The Heritage Foundation)についての論稿をご紹介いたします。ヘリテージ財団と言えば、2012年に当時の東京都知事・石原慎太郎が講演を行い、尖閣諸島の一部を都で買い上げるとぶち上げたシンクタンクです。日本と中国、台湾の間で大きな争いの種を蒔いてしまった場所です。

 

 このヘリテージ財団に関しては、アメリカ国内でも信頼感がなくなっているようです。同じ保守陣営にいるはずのジョン・マケイン(John MaCain、1936年~)連邦上院議員(共和党、アリゾナ州選出)がヘリテージ財団について批判をしています。

 

 それではお読みください。

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ヘリテージ財団を批判するマケイン(MCCAIN AGAINST HERITAGE

 

ライアン・リッザ(RYAN LIZZA

2013年6月27日

ニューヨーカー(New Yorker)誌電子版

http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2013/06/mccain-vs-heritage.html

 

 2013年6月25日(火)、政治誌『ナショナル・レビュー』誌は、ヘリテージ財団が

上院の超党派で結成されているギャング・オブ・エイト(Gang of Eight 訳者註:2013年に移民法の包括改革案を提出した超党派の上院議員8名)が提出した移民法案を廃案にしようとして動いたことを記事にした。記事の著者であるベッツィー・ウッドロフは、オバマ政権発足当初からヘリテージ財団が平凡なシンクタンクから変質しているということを取り上げた。

 

大統領が主導した健康保険改革についての議論が行われている時、ヘリテージ財団の代表者たちは自分たちの手が501(c)(3)条項のステイタスに縛られていると感じていた。ロビイストたちはシンクタンクに比べてより多くの道具を持ち、その結果としてより大きな影響力を持つ。従って、保守派の中で大きな存在であるヘリテージ財団はシンクタンクとしての業務だけではなく、「ヘリテージ・アクション」という行動を開始した。ヘリテージ財団が影響力を持った時のことを考えてみて欲しい。

 

 ヘリテージ財団の議会対策の上級ストラティジストのトリップ・ベアードは、農業法改正法案について共和党と衝突を起こした。そのベアードは次のように語っている。「3年か4年前なら私たちはそのような活動をすることを躊躇したことだろう」。彼は続けて次のように語っている。「今までの私たちだったら次のように言っていたことだろう。“共和党も良いことをやっているじゃないか。この法案は気に入らないけど、共和党がやろうとしているのだろうから良い法案なのだろう”と。しかし、私たちは長い間、左翼や中道を批判してきたが、共和党も批判の対象になってしまった。私たちは何かを言わなければならなくなった。厳しいことを言わねばならなくなったのだ」

 

 2013年5月、私は、ヘリテージ財団が学術的なシンクタンクから圧力団体に変質したことを記事にした。私は、ギャング・オブ・エイトについて記事を書いたが、この記事を書くための取材中、共和党所属の連邦上院議員たちにインタビューしたのだが、彼らは異口同音にヘリテージ財団とヘリテージ財団の戦術について口にした。ヘリテージ財団は、現在の不法移民を合法化するコストについてレポートを出した。私は、記事の中で、マケインがこのレポートがいかに恥ずべきものであるか熱く語っている部分を引用した。『ワシントン・ポスト』紙は、このヘリテージ財団のレポートの執筆者の1人が過去にヒスパニックの移民を受け入れるべきではないということを主張していたことを記事にして報道している。

 

マケインは、ヘリテージ財団が出した移民政策改革に反対するレポートがどれほど邪魔になったかを話し始めたら、止まらなくなった。マケインは大きな声で次のように述べた。「バーンという感じだね。あれは神から与えられた贈り物だった」。ヘリテージ財団の会長を長年務めたエドウィン・J・ファールナーは引退し、共和党所属の連邦上院議員を務め、ティーパーティー運動の指導者のひとりのジム・デミントが会長に就任した。マケインは、「アメリカの保守主義の歴史の中で、ヘリテージ財団は重要な機関の一つであったが、その存在感が希薄になりつつある」と主張した。

 

 マケインのヘリテージ財団に関する発言全てを記事に収録することはできなかった。しかし、政治に関心を持つ人々であれば、マケインが何を話したか、その全てを知りたいと思うことだろう。ここに私たちがヘリテージ財団について交わした会話の内容を掲載する。

 

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マケイン:私たちは2007年に起きた事件から教訓を得た。このようなことが起きないようにしなくてはいけない。私はデミントを批判するつもりはない。しかし、ヘリテージ財団の会長であるデミントは、移民政策改革に強く反対していることで知られている。このことはよく知られている。デミントの前に会長であったファールナーには信頼感があったよ。ファールナーは移民政策改革に反対ということはなかった・・・。

 

ブライアン・ロジャース(マケインのコミュニケーション担当責任者):ヘリテージ財団はかつて移民政策についての研究と分析を得意としていましたよね。

 

マケイン:彼らがそこまで素晴らしい成果を出したことはないと思うけどね。ただファールナーは素晴らしかったよ。彼は学者で、政治的な動きをする人物じゃなかった。

 

リッザ:私は、ヘリテージ財団が学術的なシンクタンクから、ポピュリズム的な草の根の圧力団体に変化したと考えています。

 

マケイン:彼らは明らかに変化している。彼らは明らかに変質しているね。ヘリテージ財団は、アメリカ・エンタープライズ研究所(A.E.I.the American Enterprise Institute)やその他の右派から中道に位置するシンクタンクのいくつかと同じような存在として、君は話しているよね。しかし、もはやそう言えないよ。君は恐らくアメリカ・エンタープライズ研究所の立場に同意しないだろうね。しかし、アメリカ・エンタープライズ研究所には、シンクタンクとしての信頼があるだろう。左派から中道に位置するブルッキングス研究所も同じく、人々から大きな信頼感を得ている。アメリカ・エンタープライズ研究所とブルッキングス研究所はお互いに全く反対の主張を行っている。ブルッキングス研究所はきちんとした研究と分析を行っている。それに私たちは関心を持つ。アメリカ・エンタープライズ研究所も同じくきちんとした研究と分析を行っている。それに私たちは関心を持つ。しかし、ヘリテージ財団にはこのような信頼感を持つことはもはやないね。

 

==========

 

 ヘリテージ財団は、シンクタンクとしての信頼感を低下させながらも政治の分野全体での影響力を増大させようという賭けをしているのである。にもかかわらず、上院での議論に影響を与えようとしたが見事に失敗してしまった。しかし、ヘリテージ財団は共和党所属の連邦下院議員たちに対して大きな影響力を持っている。連邦下院ではこれから移民政策改革の議論が始まる。

 

(終わり)






 

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  古村治彦です。

 

 今回は私の故郷、鹿児島県議会で起きたことを皆さんにご紹介したいと思います。

 

(事件の概要)

 

・2007年6月、当時中学3年生だった女性が所属している部活動の副顧問をしていた、通っていた中学校の校長に、部活動の練習後にドライブに誘われ、車内で「かわいいなあ」「嫁にしたいなあ」などと言われ、太ももを触られたり、キスをされたりした事件が起きました。

 

・2007年10月、当時中学3年生の女性が通っていた中学校の校長を強制わいせつ容疑で県警鹿屋署に告訴しました。任意で捜査が行われ、鹿児島地検は2009年2月に「立証は困難」として不起訴(嫌疑不十分)と判断しました。鹿児島検察審査会の「不起訴不当」議決を受け、地検は再捜査した上で2010年3月に再び不起訴(嫌疑不十分)となりました。

http://blog.livedoor.jp/damekyoshi/archives/1387748.html

 

・2010年6月、女性側が元校長と市を相手取り、計1500万円の損害賠償請求訴訟を鹿児島地裁に起こしました。元校長は「やっていない」と否認していく姿勢を示しました。2012年2月、鹿児島地裁は市に約67万円の支払いを命じる一方、元校長個人への請求を棄却しました。判決ではわいせつ行為を認定しましたが、計約1700万円の請求に対し、市に約67万円の支払いを命じました。元校長については「公務員の行為は公共団体が賠償の責任を負う」とする最高裁判例を引き、個人への請求を棄却しました。

http://blog.livedoor.jp/damekyoshi/archives/1781174.html

 

・2013年10月、最高裁は原告(元女子生徒側)の上告を棄却し、判決が確定しました。鹿屋市は遅延損害金を含めた約186万円を女性に支払いました。

http://blog.livedoor.jp/damekyoshi/archives/1948915.html

http://blog.livedoor.jp/damekyoshi/archives/1953753.html

 

・2014年2月、県は、「懲戒免職に相当する行為があった」と認定しましたが、判決が元校長の定年退職後に確定したために、元校長に退職金返納命令書を出しました。2014年6月20日の鹿児島県議会一般質問で、大園清信(おおぞのきよのぶ)県議会議員(自民党所属、鹿児島市・鹿児島郡区選出)が「(女子生徒の)小さな嘘から始まった冤罪事件」という発言を行いました。大園議員は「元校長は一貫して(わいせつ行為を)否定している。県教委は十分な調査をし、適切に対応したのか」と質問。「民事訴訟の判断が真実なのか大変疑問」と主張しました。大園議員は取材に「元校長は無実を訴え、退職金は返さないと言っている。生徒側の主張は疑問点が多い」と話した。生徒側への事実確認は「していない」と述べました。元生徒側は6月24日に大園議員に対して公開質問状を提出、大園議員は発言を撤回しました。

http://hisafumi-foot.blog.so-net.ne.jp/2014-06-24-5

 

(私の考え)

 

①私は2014年6月21日付の南日本新聞の記事のタイトル「鹿屋校長わいせつ「生徒のうそ」」が気になりました。この記事のタイトルだと、元女子生徒が嘘を言って、元校長を陥れたということになります。しかし、記事の内容とタイトルには乖離があり、そのようなことを大園議員は主張しているということになっています。タイトルの付け方が極端に下手なのか、そのような印象を読者に与えたいのか、南日本新聞の意図は分かりませんが、記事の内容に即したタイトル付けということを記者もデスクも勉強された方が良いのではないかと思います。

 

 南日本新聞で思い出すのは、鹿児島市役所の前にあった立派なビルなんですが、もっと鮮明に思い出すのは、南日本新聞には申し訳ないのですが、子供の頃、天文館に行くたびに見た「ペンの暴力 ペンのダニ 南日本新聞」という看板です。近くの乾物屋さんからの匂いと共にいまだにこの看板の文字を強烈に覚えています。子供心にオドロオドロシイ感じがしながら、大人の世界というのは大変なことがあるんだということを思いつつ、怖かったので周りの大人にもどうしてあんな看板があるのかということを聞けなかったことを覚えています。関係ない話で申し訳ありません。

 

②大園県議は2014年6月25日に県議会の一般質問における発言を撤回しました。しかし、「発言は撤回するが、元校長の“無実”を信じて支援していく」と述べたそうです。また、鹿屋の元中学校長が勤務していた中学校のPTA関係者が元校長を支援していくということを表明しているようです。元中学校長と支援を表明されている人々は、県の退職金返納命令の撤回のために、県との間で裁判を起こすことが一番ではないかと思います。女子生徒との間には刑事事件にはなっておらず、民事訴訟では最高裁で棄却されて判決が確定している訳ですから、彼らは県(県教育委員会)を訴えて、返納命令所は撤回しろと主張すべきです。

 

 鹿児島県としては裁判の原告になれば、返納命令の正しさを証明するという作業をすることになるでしょう。民事訴訟で確定した判決がその根拠となるでしょう。更には、県教育委員会は元校長に聞き取り調査も行った上で処分を決めているということです。ですから、元校長と支援者の方々はよほど周到な準備をして訴訟をしなくてはならないでしょう。その際に希望したいことは、元女子生徒をこれ以上傷つけないで欲しいということです。

 

③そもそもの話として、「一般的に先生が女子生徒とドライブに行くという行為をするだろうか」という疑問が起きます。私が聞いた話では、元校長は女子生徒と二人きりでドライブに行ったということです。この行為が発覚後、中学校の教頭と担任教師が女子生徒の家に謝罪に行きました。その際、中学校長は同行を拒んだということです。その他にも色々と聞いていますが、これ以上は書かないでおきます。新聞記事で元校長は「わいせつな行為」は否定していると書いてありますが、ドライブ行為自体は否定していないようです。

 

 軽々しくドライブに行く、などという行為に及んだこと自体が教師にあるまじき行為です。教師と生徒との間には親しさや尊敬があるべきなのは当然ですが、そこでも一線を引かねばなりません。学校時代に皆さんも経験があると思いますが、同級生に対して、「あいつは勉強ができるから依怙贔屓されている」とか「あの人は家がお金持ちだから依怙贔屓されている」なんて考えたことがあると思います。そのほとんどは被害妄想だったりします。

 

しかし、教師側は依怙贔屓があったと思われないように慎重に行動します。そうしなければ学級経営がうまくいかず、クラスが崩壊してしまうことにもなるからです。また、依怙贔屓的な行為をしてしまい、「黙っておいて」と言っても、秘密が保たれることはありません。依怙贔屓された学生は優越感も手伝って、秘密を漏らしてしまうものです。ですから、依怙贔屓と取られる行為は本能的に避けるのが普通の教師です。二人でドライブ、など言語道断、教師失格です。

 

この元校長を支援する方々は、自分の娘や親族、知り合いの女子中学生から「今度の日曜日に校長先生と二人でドライブに行くんだ」と言われた時に、「そうなの、それは楽しみだね、行ってらっしゃい」と言えるでしょうか。「ええ、なんで?」と思わないでしょうか?そんな教師はおかしいとは思わないでしょうか?

 

④今回の大園議員の発言(既に撤回)には、担任教師が女子生徒の嘘を見抜けなかったと批判し、そして、組織の関与があるという発言もあったそうです。この組織とは鹿児島県教職員組合のことだと言われています。鹿教組批判をされるのは結構ですが、このような元女子生徒と元校長の人権も絡む微妙な問題を使っての組合批判は余りにも酷いものです。自分の主張のためなら何を使っても良いということにはなりません。また公開質問状に対してなんらまともに答えることもできずに撤回してしまうほどに根拠薄弱な主張というのは情けない限りです。

 

 私はこの問題を鹿児島に住む母から知らされました。地方議会を巡っては都議会の野次問題もありましたが、こうしたことは氷山の一角で多くの地方議会で様々な問題があるのだろうと思っていました。そうしたところ、実家の母から鹿児島県議会でもこんなことがあったのよ、ということを知らされ、悲しく思いながらこの文章を書きました。私の親族は教育関係者が多いということもあって、今回の問題はより迫るものがありました。まとまりに欠ける文章になりましたが、今の考えは自分なりにまとめることができたと思います。

 

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 今回はハーヴァード大学のスティーヴン・ウォルト教授の国際関係論(International Relations)に関する論稿をご紹介します。

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スティーヴン・ウォルト

 お読みいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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5分間だけで国際関係論の学士号を取得するには(
How to Get a B.A. in International Relations in 5 Minutes

 

ゼミに出たり学生ローンを借りたりしなくも大丈夫。ここに大学卒業後に卒業生たちが覚えていることが全て書かれている。

 

スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2014年5月19日

フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌

 

http://www.foreignpolicy.com/articles/2014/05/19/how_to_get_a_ba_in_international_relations_in_5_minutes

 

 私が住むニューイングランド地方は遅い春を迎えている。この時期は多くの大学で卒業シーズンということになる。子供たちの卒業を誇りに思う親や卒業できてホッとしている学生たちはお祝いに忙しい。私は、そうした学生たちの多くが卒業に際して後悔の念をひそかに持っていると考えている。それはどうしてか?それは、彼らの多くが国際関係論の分野の授業を十分に履修することなく卒業してしまうことに忸怩たる思いを持っていると考えるからだ。コンピューターサイエンス、生物学、経済学、応用数学、工学は全て素晴らしい学問分野である。歴史学、英文学、社会学も素晴らしい。しかし、これらの学問分野で、私のような人間を研究に駆り立てる世界情勢、グローバライゼーション、外交政策、その他の刺激的なテーマについてどれほど教えてくれるだろうか?

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 恐れるなかれ。私には解決策がある。数十年前、CBSの人気番組「サタデー・ナイト・ライヴ」に出演していたファーザー・グイド・サルダッチ(別名・ドン・ノヴェロ)は「5分間の大学(Five Minute University)」というコーナーを持っていた。このコーナーは素晴らしいほどに単純なものであった。サルダッチは、5分間で大学の卒業生が卒業して5年後に覚えていることを教えるとした。たとえば次のように。「経済学?簡単だよ。需要と供給さ。これで終わり」「神学?神はお前を愛している」などとサルダッチは語った。

 

 あなたが金融についての学位を取ることにかまけて、本当に面白い授業を取らなかった、つまり、時間を無駄にしたとしても、大丈夫、私が国際関係論の「5分間の大学」をやってあげる。私の「5分間の大学」では国際問題が山積する世界についてあなたが知る場合に必要となる5つの基本的な概念を教える。あなたが字を読むのが苦手でゆっくりとしか読めないという人でなければ、全部を読み切るのに5分もいらないだろう。

 

①アナーキー・無政府(Anarchy

 

 国際政治と国内政治との間にある違いは、中央的な権威が存在しないことにある。あなたはリアリストにならなくてもこのことを認識できるはずだ。国際政治には警察官はいないし、国家がアピールすることができる裁判官はいないし、法廷もないし、何かトラブルに巻き込まれた時にかける緊急電話といったものもない(この問題についてはウクライナ、レバノン、ルワンダの人々に質問してみたらよく分かる)。中央的な権威の欠如の中で、それぞれの国家が自国の安全を守るために、諸大国は自国の安全を守ると同時に世界でトラブルが起きないように監視しなければならない。こうした状況下では、協力や利他主義に基づいた行動といったものは起きないと考えられる。ここまで見てくると、安全な状態というのは貴重なものであり、恐怖は国際情勢全体に大きな影響を与えていることが分かる。アナーキーは「諸国家が作り出している」ものかもしれないが、諸国家が作り出しているのはたいていの場合、トラブルである。

 

②勢力均衡(The Balance of Power)・もしくはさらに専門的な概念として脅威の均衡(the balance of threats

 

 アナーキーの中にいると、諸国家はどの国家が自分よりも強いのか、どの国家が自分に追いつきつつあるのか、もしくは国力を落としているのかを気にする。そして、どのようにすれば永続的な劣勢状態を避けることができるのかを考える。勢力均衡という概念は私たちに、諸国家がどのようにして潜在的な同盟関係を認識するのか(どの国が味方になりどの国が敵となるのか)、そして、戦争が起きる可能性が高いのかそれとも低いのかということを教えてくれるのだ。勢力均衡の大きな変更はたいていの場合危険である。それは、台頭しつつある大国は現状維持に挑戦し、すでに大国である諸国家は現状維持の変更を阻止するために予防的な戦争を起こすからであるし、単純にどの国がより強くなるのかを知ることは難しいので計算間違いが起きやすくなるからでもある。勢力均衡の正確な意味についての議論は長年にわたり続けられてきたが、勢力均衡に言及することなしに国際関係論を理解しようとすることは、バットを持たずに野球をやろうとするようなものであり、バックビートなしにブルースを演奏しようとするようなものである。

 

③比較優位(Comparative Advantage)・別名「貿易から生み出される利益(gains from trade)」

 

 あなたが国際経済学の授業を履修しなかったにしても、自由貿易に関する自由主義的な理論の基礎となる比較優位に関する基本的な考え方を理解しなければならない。比較優位という考えは単純だ。それぞれの国家が有利に生産できる製品に特化し、そのように生産された製品を交換するというものだ。ある一つの国が全ての製品を有利に生産できる場合(全てに絶対優位を持っている)でも、比較効率性がいちばん高い製品をそれぞれの国が生産することがうまくいくのである。この主張の論理は否定できないものだ。しかし、この比較優位という概念が広く受け入れられるまでには2、3世紀かかった。重商主義(かその一部)の否定とより開かれた貿易の受容は、現在のグローバライゼーションの起源であり、2世紀前に比べて現在の世界がより繁栄していることの理由である。そして、あなたが比較優位というこの基本的な現実を把握していなければ、巨大で繁栄した国際的な商業ネットワークを理解することはできないのである。

 

④誤った認識と計算間違い(Misperception and Miscalculation

 

 私の友人に賢い人がいる。その人は「国際政治のほとんどは3つの単語でまとめることができる」と言いたがる。その3つの単語は、恐怖(fear)、強欲(greed)、そして愚かさ(stupidity)である。私は最初の2つについては既に述べた(アナーキーと勢力均衡は恐怖についてであり、自由貿易とは強欲のプラスの効果についてである)。しかし、3番目の愚かさもまた同じくらいに重要なのである。国家指導者たち(時には国全体)はよくお互いを誤解し、馬鹿なことをするということを認識せずに、国際政治と外交政策を本当に理解できない。ある国は脅威を感じ、防衛的な対応をする。他国はこの行為を見て、その国が巨大で危険な野心を抱いているので、対決しなければならないと誤った結論を出す。しかし、また別の対応を引き出すこともある。侵略の意図を持っている国がその野心が制限的なものだと他国を欺くこともある。もしくは利己的に行動し、過去についてきれいごとしか言わない(私たちは他国に対して何も悪いことをしたことがないが、敵国は常に過ちを犯している)ということもある。そして、他国が歴史を全く違うように見ているということに驚いてしまうのである。

 

 国際関係論を専攻して大学を卒業した人たちは、「国家指導者たちは物事をパーにすることがよくある。彼らの周りに訓練されたアドヴァイザーが多数いて、巨大な政府機関や情報機関の支援を受けている場合であっても、馬鹿なことをする」ということを知って卒業していなければならない。それはなぜか?それは情報が完璧ではなく、他国ははったりをかましたり、うそを言ったりするからだし、官僚や政策アドヴァイザーたちは人間が共通して持つ欠点(臆病さ、出世第一主義、そして不完全な合理性)を持っているからだ。貴方はこれらについて細かいことを5年後まで覚えていることはないだろうが、これだけは覚えておいて欲しい。責任ある立場にある人々はたいていの場合、自分たちが何をやっているか分かっていない。

 

⑤社会構成主義(Social Construction

 

 私は社会構成主義者ではない。しかし、私は国家間の相互作用や人間社会は規範とアイデンティティの変化によって形作られる。そして、これらの規範とアイデンティティは神聖なものでもなく、固定されたものではない。その反対に、そうしたものは人間の相互作用の産物である。私たちの日常生活での行動だけでなく、話すことや書くことが考えや信条を進化させるのである。社会的な現実は物理的な、物質的な実際の世界とは違うということを理解することなしに、ナショナリズム、奴隷制の廃止、戦争法規、マルクス=レーニン主義の興亡、同性愛結婚に対しての人々の姿勢が変化していることやその他の重要な世界規模での現象を理解することはできない。社会的な現実は、人々が行動し、話し、考えながら作り出され、作り直されていくものだ。私たちは、人々の態度、規範、アイデンティティ、信念がどのように進化していくかを予測することはできない。しかし、国際社会のこの側面に注意を払うことで、全く揺るぎもしないと考えられていた、正統とされる考えが完全に消え去ってしまって途方に暮れるということはなくなるのだ。

 

 これで「5分で分かる国際関係論」を終わりにしたい。国際関係論の分野全体にはまだ話さねばならないことがたくさんあるが、終了時刻になってしまったようだ。あなたがこれら5つの概念をきちんと理解できたら、卒業して5年後の学部レベルで国際関係論を専攻した人々(彼らが卒業後に生活費を稼ぐために忙しくて勉強を何もしていないとすると)と同じことを知っているということになる。

 

 はっきりさせたいのは、これら5つの概念だけで国際関係論の分野全体を網羅できると主張しているのではない。国際関係論分野の真の専門家になるためには、抑止力と強制力、機構、選択効果、民主平和理論、国際金融、その他の主要な概念について知る必要がある。国際的な歴史についての有用な知識もまた専門家になるためには有効である。また、特定の政策分野の詳細な経験なども必要だ。

 

 しかし、このレベルの知識を得るには、大学院レベルの訓練を受けることを考えねばならない。そのために更に少なくとも5分間が必要になる。とにかく、あなた(もしくはあなたの子供)が今年大学を卒業することに関して、私は心からの祝意を表したい。そして、あなたが国際関係分野で学位を取得し、国際関係分野で働くことを計画しているのなら、「心配しないで」と申し上げたい。私が所属する世代は、あなたたちが取り組むべき理論上の諸問題をたっぷりと残しているし、あなたたちは私たちよりもうまくやってくれるだろう。

 

(終わり)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

 今回は、アメリカ政治の重要論文をご紹介します。

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ランド・ポールにとっての秘密兵器:ヒラリー・クリントン(
Rand Paul's Secret Weapon: Hillary Clinton

 

もしヒラリーが2016年の大統領選挙出馬を早めに決定する場合、民主党支持と支持政党を持たない有権者たちが共和党の予備選挙に参加することになるだろう。そして、彼らはケンタッキー選出の連邦上院議員を支持するだろう。

 

ピーター・ベイナート(Peter Beinart)筆

2014年4月9日

ジ・アトランティック(The Atlantic)誌

http://www.theatlantic.com/politics/archive/2014/04/rand-pauls-secret-weapon-hillary-clinton/360409/

 

 私はこのシリーズに関連する論稿をいくつか掲載してきた。私の主張は「ランド・ポールが共和党の予備選挙に勝利し、大統領選挙候補になるだろう。笑わないで欲しい」というものだ。


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ランド・ポール

 

 私はこれまで掲載した論稿の中で、ランド・ポールは、父親であるロン・ポールが成功したアイオワとニューハンプシャーでの予備選挙の戦い方と構造を受け継ぐことができると書いた。これは彼のライヴァルたちにはないものである。私は、ランド・ポールが共和党に高額の献金を行う支持者たちとインターネットで献金する少額の献金者たちの両方から多額の献金を集める能力があると書いた。そして、私は、予備選挙が早く行われる各州に住む共和党支持者たちは、ランド・ポールを急進的なリバータリアンではなく、保守本流であると考えているということも書いた。

 

 ランド・ポールが持つその他の大きな、そして知られていない強みというものがある。それは、ヒラリー・クリントンの存在である。物事は常に変化し続けるが、2016年の民主党の大統領選挙候補者は、現職の大統領が出ない予備選挙の中で最も競争がない予備選挙で選ばれることになるだろう。ヒラリー・クリントンに挑戦する人物たちは、バーニー・サンダースやブライアン・シュバイツアーのようなドンキホーテのような人々になるであろう。挑戦者たちは政治的基盤や多額の献金を集める能力を持たない人たちとなるだろう。

 

 ランド・ポールにとっては、これは僥倖となる。民主党支持と支持政党を持たない有権者たちの多くが共和党の予備選挙に参加することになるだろうからだ。彼らはヒラリーに対する反対のために何か行動を起こしたいと考え、その場所が共和党の予備選挙になる。そして、流れてきた有権者たちのほとんどがランド・ポールに投票することになるだろう。

 

 経済における政府の役割というテーマに関して言うと、ランド・ポールの考えは民主党支持、もしくは民主党支持に近い有権者たちの考えとは真逆となる。しかし、共和党内の彼のライヴァルたちとも反対なのである。そして、ランド・ポールは、ライヴァルたちとの間で、政府によるスパイ活動、軍事介入、収容所への収容といった重要な諸問題についての考えが異なるのである。そして、ランド・ポールの考えは、民主党員の多くにとって受け入れられるものであるばかりでなく、支持できるものなのである。例えば、NSAの調査に関して言えば、ランド・ポールは、ワシントンにいる民主党の政治家たちの多くに比べて、リベラルなグラスルーツグループの活動家たちの多くの考えを代表していると言える。ランド・ポールは、ヒラリー・クリントンに比べて、米軍を死地に送り込むことを躊躇している。最近、公開された演説の中で、ランド・ポールは、ディック・チェイニーがイラク戦争を推進したのは、関係するハリバートン社に利益をもたらすためであったと述べている。

 

 リベラルな人々が現時点でランド・ポールが彼らが支持できる考えを持っていることを知らないとしても、2016年までには知ることになるだろう。民主党の予備選挙が退屈なものとなると、マスコミは共和党の予備選挙に多くの時間を割くことになるだろう。ランド・ポールはライヴァルたちから、異端とも言うべき国家安全保障の考えに対して容赦ない攻撃を受けることだろう。しかし、彼の考えが明らかになることで、リベラルな民主党員や支持政党がない有権者たちから共感を得ることができるだろう。

 

最良のモデルとなるのが2000年の大統領選挙だ。この時、多くの点で典型的な共和党の政治家であるジョン・マケインが民主党員たちを刺激し、彼らの指示を集めたのである。マケインは選挙資金制度の改革を主張し、ジョージ・W・ブッシュの富裕層向けの減税計画を批判した。共和党内部のエリートたちがマケインを批判すればするほど、民主党員と支持政党を持たないリベラル派はマケインが正しいことをするだろうと考えるようになった。2000年のニューハンプシャーでの予備選挙に参加した有権者のうち、3分の1を占めたのが支持政党なしの有権者であった。彼らはマケインを支持しており、ブッシュとの差は42ポイントにもなった。ミシガン州の場合、それまで共和党の予備選の参加者の3割ほどが民主党支持や支持政党なしの有権者であったが、2000年の予備選では50%以上の参加者が民主党支持や支持政党なしの有権者であった。そして、彼らの第+がマケインを支持した。

 

 2000年のジョン・マケインと2012年のランド・ポールとの間には相違点があるのは当然のことだ。マケインは大統領本選挙に出馬しても勝利する可能性がある強力な候補者になると考えられていた。共和党の既存の支持層にとってマケインの快進撃を止めることが難しかった。しかし、最終的には彼を候補者にすることを阻止することができた。ランド・ポールは対照的に、共和党版のジョージ・マクガヴァーン(George McGovern、1922~2012年)だと考えられている。ランド・ポールは経験不足のイデオローグであり、クリントンに負けてしまうだろうと考えられている。しかし、ランド・ポールがマクガヴァーンと違うところは、共和党内部に熱烈な支持者たちを一定数持っている。ティーパーティー運動が盛り上がったこの時代、15年前に比べて、共和党内部のエリートたちの力は弱まっている。

 

 数年前から、専門家たちは、「帝国主義的な道徳を強制する右派(imperialistic, morally coercive right)」に対抗する「リベラル・リバータリアン連合(liberal-libertarian alliance)」について研究し始めている。これまでのところ、このリベラル・リバータリアン連合というテーマは主要メディアで取り上げられず、個人のブログに書かれている程度である。しかし、2016年になれば、リベラル・リバータリアン連合が主要メディアに取り上げられることになるだろう。そして、このリベラル・リバータリアン連合の存在が、常識が間違っていることを示す理由なのである。ランド・ポールは、2016年の大統領選挙の共和党候補者となれる人物なのである。

 

(終わり)








 

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 古村治彦です。

 本日は、皆様にお詫びを申し上げたく、ブログを更新します。

 2014年6月18日に私が掲載しました「一緒に笑っていると地獄に連れて行かれることだろう」というタイトルの記事に不正確な記述がありました。私はインターネット上で入手した写真(安倍晋三総理と麻生太郎副総理が国会の委員会の議場で爆笑している写真) から集団的自衛権についての文章を掲載しました。

 この写真は 集団的自衛権を審議している時に撮影されたものではないことが判明し、写真と文章が不正確なものとなりました。

 この度は、不正確な記述を行い、お読みいただいた皆様にご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。今後はより正確な調査を心がけ、正しい記述を行うようにいたします。

 上記記事の該当部分はすぐに削除いたします。(追記:2014年6月20日午後5時46分に削除しました)

 この度は大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。
 
 (終わり) 
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