古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

2015年12月







アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12

 

古村治彦です。

 

 2015年も大晦日になりました。本年は9月末に突発性難聴を患い、現在も人の声は判別できない状態が続いております。改めて、健康が大切だと実感させられました。来年は健康に気を付けつつ、仕事を頑張ってまいりたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


 今回は、私が翻訳しました『アメリカの真の支配者コーク一族』(ダニエル・シュルマン著、古村治彦訳、講談社、2015年12月)に関連して、この本のテーマである、コーク家という現代アメリカを代表する大富豪でしかも現実政治に影響を与えている一族の物語を皆様にご紹介したいと思います。皆様には是非本を買って読んでいただきたいと思いますが、大部になり、細かい点に言及しているところもありますので、この論稿を読んでいただいて、大づかみなところを知っていただいて、お読みいただければ、より理解しやすく、楽しんで読んでいただけるものと思います。


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日本ではまだあまり知られていませんが、コーク兄弟のお金がアメリカ政界に大きな影響を与えています。昨年の話になりますが、当時連邦上院で過半数を占めていた民主党のハリー・リード(Harry Reid、1939年―、75歳)院内総務(ネヴァダ州選出)は、「共和党の政治家たちはコーク中毒の状態にある」と発言しました(2014年3月4日付『ワシントン・ポスト』紙、“Harry Reid: ‘Republicans are addicted to Koch’”)。コーク兄弟は共和党の大口献金者であり、彼らから政治資金の寄付を受ければ、その意向を無視することはできません。そのことをリードは告発した訳です。コーク家が「現代版のロックフェラー家」と呼ばれている理由はここに集約していると思います。

 

※ワシントン・ポスト紙の記事のアドレスは以下の通りです。→

http://www.washingtonpost.com/blogs/post-politics/wp/2014/03/04/harry-reid-republicans-are-addicted-to-koch/

 

「コーク(Koch)」という発音は、清涼飲料水の「コーク(Coke)」と同じですが、この「コーク」は麻薬「コカイン」の俗称でもあります。現職の連邦議員が1つの言葉にいくつもの意味をかけて、コーク兄弟の資金にアメリカ政界が「汚染されている」と訴えたことの意味は重大です。加えて、このエピソードは、コーク兄弟のアメリカ政界における存在感の大きさを示しています。「ロックフェラー家やケネディ家と同様、コーク家は現代のアメリカにおいて最も影響力を持つ“王朝”だ」と言われています。しかし、日本ではこのコーク兄弟についてあまり知られていません。

 

コーク兄弟のお気に入りは、ニュージャージ州知事のクリス・クリスティ(Chris Christie、1962年―)とウィスコンシン知事のスコット・ウォーカー(Scott Walker、1967年―)です。コーク兄弟は自分たちが主催する集まりに2人を招待し、彼らのために資金集めの場を提供してきました。この集まりのことは「コーク・プライマリー(Koch Primary)」と呼ばれています。この会合に呼ばれると、参加者たちから多額の寄付が期待できます。今年の2月に行われたコーク・プライマリーには、マルコ・ルビオ、テッド・クルーズ、ランド・ポールが招待されたということです。2012年の米大統領選挙では、コーク兄弟は、「現職のオバマ大統領に勝利できる唯一の候補者」としてクリス・クリスティを応援していました。

 

クリスティとウォーカーに共通しているのは、州知事として強力な州公務員組合と対決し、保守派の喝采を浴びたことです。2016年のアメリカ大統領選挙については、「今日のぼやき」の別稿に書きましたので、そちらをお読みいただきたいと思います。現在、共和党の大統領候補として有力視されているのが、元のフロリダ州知事で父と兄が米大統領を務めたジェブ・ブッシュ(Jeb Bush、1953年―)、スコット・ウォーカー(2016年大統領選挙からの撤退を表明)、クリス・クリスティ、それぞれ連邦上院議員のマルコ・ルビオ(Marco Rubio、1971年―)、テッド・クルーズ(Ted Cruz、1970年―)、ランド・ポール(Rand Paul、1963年―)です。彼らのうち、ジェブ・ブッシュを除いた全員が、コーク兄弟の「世話」になっているということになります。ここからも、コーク兄弟のアメリカ政界、特に共和党に対する影響力の大きさが分かります。

 

 それでは、コーク兄弟について簡単に説明します。彼らは、非上場の大企業「コーク・インダストリーズ」を経営しています。石油、化学、日用品の総合企業コーク・インダストリーズの企業規模は、非上場企業では全米第2位(第1位は農薬・肥料メーカーのカーギル社)です。2013年の売り上げがグループ全体で1150億ドル(約13兆8000億円)、従業員数は約10万人を誇ります。コーク・インダストリーズは、兄弟の父フレッドが始めた石油精製事業と牧場経営からスタートし、そこから規模を急速に拡大してきました。それを主導したのが二代目で次男のチャールズ、三男のデイヴィッドです。

 

コーク・インダストリーズという名前は、アメリカでも一般的にはあまり知られていません。それでも、ジョージア=パシフィック社という老舗名門の製紙会社を所有しており、アメリカ人にとっては身近なブランドであるンジェルソフト・トイレットペーパーやディクシー紙コップを作っています。こうした複合大企業コーク・インダストリーズの株式の過半数を握っているのが、チャールズ・コークとデイヴィッド・コークでそれぞれが42%ずつ株式を保有し、それ以外も親族が株式を保有しています。コーク・インダストリーズは、株式を市場公開していない非上場企業(private company)ですので、株主に遠慮することなく、兄弟の思うままの経営ができるのです。

 

 コーク・インダストリーズは、コーク兄弟の父フレッド・コーク(Fred Koch、1900―1967年)によって、カンザス州ウィチタで設立されました。父フレッドは、オランダ系移民の子孫としてテキサス生まれで、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of TechnologyMIT)で石油化学を学んだエンジニアでした。フレッド・コークは、石油の熱分解技術を開発し、それを売り込むことで彼の会社は成長していきました。しかし、「出る杭は打たれる」で、既存のロックフェラー系の石油会社から嫌われ、狙われることになりました。フレッドは、熱分解技術をめぐり、裁判を起こされ、厳しい時期もありました。この時期、フレッド・コークはソ連に招聘されて、バクーなどで石油プラント建設の仕事をしました。この時にソ連の悲惨な現実に触れて、反共産主義を信条とするようになりました。また、既得権益を持つエスタブリッシュメントと巨大企業に対する反感を募らせていきました。フレッドは、「自分の息子たちをカントリークラブにたむろして遊んでばかりいる、金持ちのバカ息子にはしない」と決心し、息子たちには子供のころには厳しく接し、どんどんきつい肉体労働をさせました。

 

1958年、フレッドは、反共産主義の極右団体「ジョン・バーチ協会(John Birch Society)」の創設に参加しました。フレッドは「ドワイト・アイゼンハワー(Dwight Eisenhower、1890―1969年)大統領は共産主義者だ」とか「国際連合は共産主義者による陰謀によってできたものだから、アメリカはすぐに脱退せよ」といった主張を展開しました。ジョン・バーチ協会は1960年代から70年代にかけて勢力を拡大させましたが、冷戦終了後の1990年代以降、勢力を縮小させています。

 

 フレッドには4人の息子たちがいます。長男のフレッド(Fred、1933年―、81歳)は、同性愛者で芸術を愛し、政治にも会社の経営にも全く関心を持ちませんでした。フレッドはハーヴァード大学を卒業後、米海軍に入隊し、その後、イェール大学演劇学部で修士号を取得しました。華やかな学歴ですが、その後、定職に就かず、美術品収集と歴史的建造物の修復を趣味として生きています。マスコミが「コーク兄弟」と呼ぶ場合、長男フレッドの存在は省かれる場合が多いのですが、これは彼が会社経営にも政治活動にも参加していないからです。また、弟たちからも孤立しているようです。ニューヨークに住んでいるので、同じニューヨーク在住のデイヴィッドとパーティーであってもほとんど話もしないそうです。

 

共和党や政治的保守派に大きな影響を与える「コーク兄弟」と呼ばれ、マスコミで騒がれるのは、次男チャールズ(Charles、1935年―、79歳)、双子のデイヴィッド(David、三男、1940年―、74歳)とビル(Bill、四男、1940年―、74歳)の中で、チャールズとデイヴィッドです。彼ら3名は皆、父と同じマサチューセッツ工科大学で学士号を取得し、チャールズは機械工学(原子力)と化学工学でそれぞれ修士号、デイヴィッドは化学工学で修士号、ビルは化学工学で修士号と博士号を取得した後に、エンジニアとなり、父の会社であるコーク・インダストリーズの経営に携わることになりました。

 

次男チャールズは家長として、またコーク・インダストリーズの総帥(会長)として、父フレッドの影響を最も受けた人物です。チャールズは父の作ったジョン・バーチ協会に入会し、その後、ヴェトナム戦争に対する対応(ジョン・バーチ協会はヴェトナム戦争に賛成の立場を取りました)を巡り、退会しました。彼は父フレッドが始めたジョン・バーチ協会のメンバーであった。チャールズにとっての興味深いエピソードとしては、彼の友人が遊びに来た時、アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway、1899―1961年)の『陽はまた昇る』を持っていたのですが、チャールズは、「ヘミングウェイは共産主義者だから」と言って、友人の持っていた本をドアの外に置かせてそれから家に招き入れたということです。

 

チャールズは表舞台に立つことを好まず、コーク・インダストリーズの本社があるカンザス州ウィチタにずっと住んでいます。そうしたところから、「神秘的な人物」だと考えられています。ちなみにウィチタは20世紀になって航空産業が盛んになり、「世界の空の都(The Air Capital of the World)」と呼ばれるようになりました。また、農業や牧畜業も盛んで、油井があることから石油関連産業も発展しました。コーク・インダストリーズの創始者であるフレッドはテキサス生まれですが、大学時代の友人の父親がカンザス州で石油ビジネスを展開しており、大学卒業後に誘われたので、生まれ故郷のすぐ北側にあるカンザス州に向かい、拠点としました。1920年代のカンザス州はまだまだビジネスチャンスが多く、野心的な若者にとっては魅力的な場所でもありました。

 

 デイヴィッドは、兄を助けてコーク・インダストリーズの急成長に貢献しました。いつもはニューヨークにあるニューヨーク支社におり、コーク・インダストリーズの化学部門の責任者を務めています。デイヴィッドはニューヨークで暮らしており、兄チャールズに比べて社会活動の場面に積極的に姿を現しています。また、慈善事業や社会貢献にも特に熱心で、母校MITに癌研究センターを寄付したり、ニューヨークのメトロポリタン美術館やアメリカン・バレエ・シアターの後援をしたりしています。その額は数百憶円に上っています。頑固な兄チャールズと我儘で自由奔放な双子の弟ビルとの間を何とか取り持とうとして尽力してきた人物です。

 

 末っ子ですが、三男デイヴィッドとは双子となるビルは、常に兄たちに対して負けん気を持って成長しました。彼もまたMITを卒業し、博士号を取得し、コーク・インダストリーズに入社しました。その手腕を発揮し、会社の売り上げを伸ばしましたが、後に会社経営の実権を握ろうとして、兄たちと対立関係に陥り、やがて会社を離れました。ビルは自分の会社であるエネルギー関連企業オックスボウ社(Oxbow)を起業し成功を収めました。趣味にも熱心で、それが嵩じて、世界最高峰のヨットレースであるアメリカズ・カップのアメリカ代表になり、1992年に優勝カップを勝ち取りました(彼がヨットチームに投じたお金は総額で6500万ドル)。その他にも多くの女性たちと浮名を流し、ワイン収集家としても知られています。

 

ビルは若い時からミット・ロムニー(Mitt Romney、1947年―)と交流があり、2011年には、ロムニーの当選を目指すスーパーPAC「レストア・アワ・フューチャー(Restore Our Future)」に750万ドルの寄付をしたり、母方の親族で民主党から立候補した人物の応援を行ったりして、兄たちに比べて政治的な主張やイデオロギーに関してはそこまでこだわりを持ってはいません。

 

 ビルは、コーク・インダストリーズの実権を握ろうとして失敗し、会社を離れました。そして、自分の会社であるオックスボウ(Oxbow)を立ち上げ、成功しました。しかし兄たちに対する恨みが消えることはなく、復讐を果たそうとして、訴訟を起こしました。ビルは兄たちが会社を恣意的に経営して会社に損害を与えていること、株式を上場していないことによって、自分の持つ株式の値段が本当の価値よりも低く抑えられていることを理由にして兄たちを裁判所に訴えました。ビルの側には、長兄であるフレデリックがつきました。彼は会社の経営などには全く関心がなかったのですが、自分が遺産としてもらったコーク・インダストリーズの株式の価格が高い方が良いという理由もあって、末弟ビルの味方をすることになりました。裁判は20年以上も続きましたが、2001年になって兄弟たちはしこりを残しつつも、和解しました。

 

 コーク兄弟の信奉するイデオロギーはリバータリアニズム(Libertarianism)です。リバータリアニズムについて詳しく知りたい方は、副島隆彦先生の『リバータリアニズム入門』や『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』といった著作を是非お読みください。リバータリアニズムは、徹底的に個人の自由を尊重する考えです。

 

チャールズ・コークは1978年に発表した論稿の中で、既成政党である共和党を批判しています。「共和党は“ビジネス”のための党だと宣伝しているが、彼らの言う“ビジネス”のための党とは、補助金と政府とのつながりを意味するのである」と彼は書いています。彼ら(チャールズとデイヴィッド)は政府が規制をかけることや補助金を出すなど民間の経済活動に絡んでくることに徹底的に反対します。リバータリアンである彼らからすると、既成政党である共和党もそうした点で不十分であり、不満を持っているのです。それでも、コーク兄弟は民主党から攻撃を受けているので、共和党からすれば「敵の敵は味方」ということになります。

 

1977年、チャールズ・コークは、リバータリアニズム系のシンクタンクであるケイトー研究所(Cato Institute)を設立しました。また、チャールズは、弟デイヴィッドを説得し、更には資金を提供して、リバータリアン党(Libertarian Party)の副大統領候補として出馬させました。彼らは当選を目指したのではなく、リバータリアニズム思想の浸透を目指しました。しかし、彼らの強引さはリバータリアン党内部で嫌われてしまいました。そして生まれた言葉が「コクトパス(Kochtopas)」です。この言葉は、コークと「タコ(octopus)」を合わせた言葉です。この言葉は現在でもコーク兄弟を批判する時に使われています。

 

 1990年代にクリントン政権からコーク・インダストリーズが、環境問題で狙い撃ちにされて連邦政府から訴えられたり、罰金を科されたりした経験から、より現実的な選択として、共和党を応援するという選択をすることになりました。それでも2000年代は共和党のジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush、1946年―)政権でしたから、コーク兄弟にとっては「平穏な」時代でした。しかし、2008年の大統領選挙で民主党のバラク・オバマ(Barack Obama、1961年―)が大統領に当選したことで、彼らは危機感を募らせました。その危機感から生まれたのが、ティーパーティー運動(Tea Party Movement)でした。

 

ティーパーティー運動の組織化と資金提供に関して言うと、コーク兄弟と深いつながりがあり、資金提供を受けていますが、そのことを進んで公表しない政治活動団体アメリカンズ・フォ・プロスペリティ(Americans for Prosperity)がティーパーティー運動の全国組織化の最前線に立ち、運動を牽引しました。兄弟の政治アドヴァイザーであるリチャード・フィンク(Richard Fink)は、コーク兄弟が資金援助したジョージ・メイソン大学で教鞭を執ったことで、兄弟の知己を得て、コーク・インダストリーズに入社しました。現在はコーク・インダストリーズの副会長を務めています。彼が現在のコーク兄弟の政治面での活動の最高責任者となっています。

 

 コーク兄弟の知名度を上げたのは、皮肉にもオバマ大統領でした。2012年の米大統領選挙で、現職大統領であるオバマ陣営は、選挙コマーシャルでコーク兄弟は「秘密主義の石油で財を成した秘密主義の大金持ち」と攻撃し、話題となりました。オバマ政権はティーパーティー運動とオバマ大統領に対する攻撃に対して、反撃を行った訳ですが、その標的が共和党ではなく、その「資金源」のコーク兄弟になりました。このことで、逆にコーク兄弟のアメリカでの知名度は一気に上がりました。共和党の主流派とはうまくいっていなかったのですが、共和党支持者たちの間で、兄弟の評価は上がりました。その結果、コーク兄弟の現実政治への影響力が増大することになりました。

 

 ここまでだいぶ長くなりましたが、コーク家、コーク兄弟について簡単にご紹介しました。『』の中にはたくさんのエピソードが収められています。兄弟同士の争いや裁判、彼らの結婚や女性関係に関する記述もあります。この本は、アメリカのお金持ちのプライヴェートな部分とアメリカの保守思想史を網羅した稀有な本となっています。これから2016年の大統領選挙本番に向けて、アメリカ政治は盛り上がっていきます。一種のお祭り状態になる訳ですが、このアメリカメリ化政治を遠く日本から眺めるにあたり、もっと面白く見るための知識がこの本には詰まっています。是非、お手に取ってお読みください。

 

(終わり)

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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23
 
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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




 

 古村治彦です。

 

 今回は、私の先輩・友人であるSNSI・副島隆彦を囲む会の研究員である、中田安彦(なかたやすひこ)氏と吉田祐二(よしだゆうじ)氏の本をご紹介します。


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『暗殺の近現代史』



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『天皇家の経済学』


 

 お手に取ってお読みいただけましたら幸いです。よろしくお願い申し上げます。

(終わり)














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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

古村治彦です。

 

 今回は、2016年1月22日に発売となります、『BIS(ビーアイエス)国際決済銀行 隠された歴史』(アダム・レボー著、副島隆彦監訳・解説、古村治彦訳、成甲書房、2016年)を皆様にご紹介いたします。

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 以下に海外のメディアで紹介された書評を掲載します。参考にしていただき、ご購入いただけましたら幸いです。

 

 宜しくお願い申し上げます。

 

=====

 

ブルームバーグ電子版 2013年6月10日

  

http://www.bloomberg.com/news/2013-06-09/shadowy-bank-in-basel-funded-nazis-pushed-euro-books.html

 

「バーゼルにある秘密銀行がナチスに資金提供をし、ユーロ導入を推進した」

 

ダニエル・アクスト(Daniel Akst)筆

 

もしあなたが国際決済銀行(BIS)をただの地味な国際機関だと考えておられるなら、アダム・レボーの新刊はあなたのそのような考えが間違いであることを気づかせてくれるものになる。

 

『バーゼルの塔』はスイスに本部を置くBISを全面的に攻撃する内容である。しかし、BIS側から著者に対して何の抗議も回答も寄せられてはいない。

 

レボーは、ナチス・ドイツの侵略にBISが資金を提供した様子を克明に描いている。これはBISの歴史における汚点として良く知られている。レボーは更に、テクノクラートたちが主導する戦後ヨーロッパの復興にもBISが関わったと批判的に書いている。BISは現在危機的状況を呈しているユーロの産婆役を務めたといことである。レボーは、BISの閉鎖、もしそれが不可能ならより透明性を高めることを求めている。

 

レボーはきちんとした調査を行っている。しかし、それはあくまでもきちんとしているだけのことだ。BISは1930年に創設された。それには二人の伝説的な中央銀行総裁が中心的な役割を果たした。イングランド銀行総裁のモンタギュー・ノーマンとドイツ帝国銀行総裁のヒャルマー・シャハトである。BISはドイツの第一次世界大戦に関する賠償金支払いを管理するために創設された。ケインズやその他の有識者たちは、国家経済を傾けるような過度の賠償金支払いを課すことは間違った考えだと主張した。そして、BISが創設されてすぐに、ドイツは賠償金支払いを停止してしまった。

 

しかし、BISはその後も存続し続けた。各国間の同意に基づいて大きな自律性も認められている。スイスに存在する安全な避難所となっている。中央銀行間の取引を仲介することで得られる手数料で大きな収入を得ている。それだけではなく、国際金融における取引と中央銀行関係者たちの協調を促進する役割を果たしている。ナチスにとって、国際金融で大きな存在感を持つBISはとても使い勝手の良い機関となった。

 

●ナチスが略奪した金

 

第二次世界大戦中、BIS総裁はアメリカ人であった。それにもかかわらず、BISは厳格なまでに中立にこだわった。戦争当事諸国全てとの取引を継続できるように、政治的な側面には全く関わらないようにし、技術的な側面にこだわった。しかし、これが不幸にして、ナチの恐るべき行為を助長する結果となってしまった。

 

BISはナチスが略奪した金を受け入れた。この金を元にしてドイツは必要な戦時物資を購入し続けた。ドイツはチェコスロヴァキアに侵攻後、チェコスロヴァキアの保有する金を横取りしようとした際、BISはそれに許可を与えた。

 

第二次世界大戦中、BISは恥ずべき行為を行った。そのため、BISはアメリカやその他の国々の中にいたBISに対する敵対者たちによって「解散すべきだ」という攻撃を受けた。しかし、BISはこうした攻撃に負けず、戦後世界で新たな役割を果たすことになった。アメリカはヨーロッパ再建に力を注ぐことになったが、BISはそれを金融面で支えることになった。また、ヨーロッパ統合プロジェクトを促進するという役割を果たすことになった。

 

●現代ヨーロッパ

 

ユーロの実現に至るまでの過程もまたレボーの批判の対象となっている。レボーは、現代ヨーロッパの国家を超える統合というアイディアはブリュッセルとバーゼルにいる官僚たちによって主導されたものだと主張している。そして彼らのヨーロッパ統合というアイディアは、ナチスのヨーロッパ統合というアイディアとほぼ同じであり、各国の有権者たちの承認を得たものではないとも書いている。

 

BISは世界各国の中央銀行によって所有され、運営されている。そして、現在のBISは 2カ月に1度、中央銀行の総裁たちはBISに集まり、高級な食事を楽しみ、完全に秘密が守られた状態で、議論を行っている。BISはまた、国際金融に関して精度の高い調査・研究も行っている。

 

これがそこまで悪いことなのだろうか?レボーは悪いことだと考えている。そして、「BISは秘密主義、エリート主義、反民主的な機関であって、二十一世紀という時代には全くふさわしくない存在だ」と非難している。

 

たぶん彼が正しいのだろう。しかし、本書の副題にあるような「世界を動かす秘密銀行」という、BISに対するレボーの非難はいささか誇張が過ぎていると私は思う。レボーがBISの業務についてもっと詳しく調べていれば、そこまでの非難はできなかったのではないかと思う。BISの業務が重要かどうか、彼らの仕事を他の機関が簡単に肩代わりできるかどうかを判断するのは彼にとってもたやすいことであったであろう。

 

不幸なことに、レボーはBISの機能をぞんざいにしか扱っていない。BISが秘密主義であるのは議論の余地がない。しかし、BISの融資がどのようなものであるかはレボーも書いているし、BISの資本と利益がどのようにして生み出されているかについても書いている。BISは2011年から2012年にかけての年度だけで10億ドル以上の税金のかからない売り上げを上げている。

 

BISは廃止されないようにするために、改革を行う必要がある。レボーはいくつかの改革案を示し、その中には透明性を高めることと利益の一部を社会慈善事業に回すことというものがある。しかし、このような改革を行う前に、バーゼルの塔(BISの本部がある円形のタワービル)にいる人々は、最善の行動を取るようにすべきなのだ。

 

(終わり)

 

=====

 

フィナンシャル・アンド・ディヴェロップメント誌(IMFが発行している雑誌) 第50号第2巻2013年6月

 

http://www.imf.org/external/pubs/ft/fandd/2013/06/books.htm

 

「書評:BISの歴史を網羅した書」

 

ペーター・アコス・ボッド(Peter Akos Bod、ブダペスト・コルヴィヌス大学教授)筆

 

●過ちを隠蔽し続けた歴史

 

BISは銀行関係者以外にとっては曖昧な存在でしかない。BISが何の省略形なのか分からない人も多い。しかし、新聞の金融面を読むような人にとってはスイスにある都市バーゼルはお馴染みの名前である。それは、銀行業監視に関するバーゼル委員会が定める銀行の自己資本比率とその他の勧告が良く報道されるからだ。そして、このバーゼル委員会の実務を取り仕切っているのが国際決済銀行(Bank for International Settlements)、略称BISなのである。現代ヨーロッパの様々な問題をテーマにしているジャーナリストであり作家のアダム・レボーは、BISという、バーゼルにある近代的なタワービルに本部を置く、一般にあまりよく知られていない国際銀行についての300ページを超える著作を発表した。彼の調査は行き届いたものである。

 

この本の背表紙には「世界で最も秘密主義の国際機関の歴史についての初めて調査の結果を記した本」と記載されている。私は、本書は示唆に富んでおり、数多くの情報も含まれている。しかし、著者レボーの感情が色濃く反映した内容の本となっている。レボーは多くの書籍を読み込み、多くの人々に話を聞き、多くの文書を渉猟してこの本を完成させた。

 

しかし、これは退屈な歴史書などではない。本書の言いたいことは題名に表現されている。それは、「世界を動かす秘密銀行の隠された歴史」ということである。

 

レボーは調査をする価値のある問題を見つける能力を持っている。今回、彼が取り組んだBISはまさにそのようなテーマである。1930年の創設以来、BISの歴史は波乱万丈であった。このBISという興味をそそる機関について徹底的な調査がなされ、その結果を広く知らしめるために本にして発表されることは長年待ち望まれてきた。BISの存在意義と現在の機能を平易な言葉で書くことさえ難しいのである。BISは第一次世界大戦後、実行が困難な使命を実行するために創設された。その使命とは、ヴェルサイユ条約によって決定された敗戦国ドイツに対する賠償金支払いを円滑に進めるということであった。資金調達、事務手続き、実際の支払いといった技術的なことを円滑に進めるには専門の金融機関が必要であった。

 

従って、BIS(ドイツ語ではBIZ)は、第一次世界大戦の戦勝国(ベルギー、フランス、イタリア、そしてイギリス)の中央銀行だけでなく、ドイツ、日本、連邦準備制度に代わってアメリカを代表した三つの銀行代表団が創設した。その後すぐにオーストリア、チェコスロヴァキア、ハンガリーやその他のヨーロッパの小国がBISに加盟した。それは、中央銀行間、もしくは民間銀行との金融取引における隙間を埋めることを目的としていた。しかし、歴史はすぐに大きな転換点を迎えた。ドイツの賠償金支払いは停止されたのだ。しかし、BISは活動を継続した。BISの株主たちには交戦国同士の中央銀行が存在したが、戦時中においてもその機能を停止させることはなかった。

 

レボーは、BISが第二次世界大戦前、そして戦時中において中立ではなかったと確信している。レボーは、BISの総裁や主要な地位の人々がドイツ人ではなかったにもかかわらず、実質的にドイツにコントロールされる銀行になっていたと考えている。レボーは、BISに関わる主要な人々の人生やその活動について詳しく書いている。その主要な人々とは、ドイツ帝国銀行総裁ヒャルマー・シャハト、イングランド銀行総裁モンタギュー・ノーマン、戦時中のBIS総裁でアメリカ人のトーマス・マッキトリックだ。レボーは、ノーマンとマッキトリックが裏切り行為を拡大させたとして非難している。レボーは、第二次世界大戦中に重要な役割を果たした人々の人生を描くことで、第二次世界大戦が外交面、金融経済面、そして政治面で複雑に錯綜していることを読者に示している。

 

彼が取り上げている人物には米国戦時情報局(OSS)スイス支部長アレン・ダレス、米財務長官ヘンリー・モーゲンソー、米財務次官ハリー・デクスター・ホワイト、西ドイツの「経済的奇跡」の設計者と言われているルードビッヒ・エアハルトがいる。それぞれの人生が生き生きとしたエッセイ風の文体で描かれている。そしてそれらには説得力がある。しかし、私は、これらの短いエッセイでは主要な人々に対して十分に正当な評価を加えることはできないと考えている。また、本書は、BISが第二次世界大戦後から現在のような成功を収めるに至った理由とその原動力について全く書いていない。1990年代はじめ、私はハンガリー中央銀行総裁を務めていた。私は毎月BISで開催される総裁会議に出席していた。私の個人的な経験から言えば、BISの役割は重要だし、その存在は必要不可欠である。レボーが「BISは曖昧な存在であるが、エリート主義で、反民主的な存在でもある。そして21世紀にふさわしくない機関である」と結論付けているが、私はこれは厳しすぎるし、正当化できない主張だと思う。

 

BISは、激しく変化を続ける国際環境において新たな役割を見つけねばならない国際機関である。BISが行っている銀行業に関するデータの収集、高度な調査・研究、有効な助言の提供は、現代の金融が正しく機能する上で重要な貢献となっているのだ。ヨーロッパ統一通貨ユーロの導入と欧州中央銀行の創設は、BISに対する新たな挑戦となった。現在、いわゆるBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)やその他の新興諸国はその重要性を増し、各国の中央銀行はBISに対して意見が反映され、考慮されることを望むようになっている。BISは、国際金融の要求に対して、その全存在を賭けて革新的に、かつ効果的に対応ができる限り、存続し、繁栄し続けることができるだろう。

 

(終わり)

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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





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第11回 副島隆彦の“予言者”金融セミナー

『再発する世界連鎖暴落』発刊記念~講演会~

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開催日:2016年3月20日(日)

開演:12時(開場・受付11時)途中、休憩あり

終了:17時00分(予定)

受講料:15,000円(税込)/指定席

会場:東京証券会館

   東京都中央区日本橋茅場町1-5-8

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アクセス:東京メトロ東西線・東京メトロ日比谷線 茅場町駅8番出口直結

企画・運営:ブレイントラスト企画

主催:(有)アールシステム

 

お問い合わせ

(有)アールシステム ブレイントラスト企画

101-0051 東京都千代田区神田神保町3-2-1 サンライトビル601

電話:03-6261-5465(平日10~18時)[2015年12月26日~2016年1月5日は冬期休業]

ファックス:050-3153-2488

Eメール:bt-soejima@nifty.com



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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23
 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 

 今回は、ヘリテージ財団のウェブサイトに掲載された文章をご紹介します。この文章によると、2015年10月にヘリテージ財団の研究員たちが訪日し、早稲田大学でのパネルディスカッションに参加し、防衛省を訪問したそうです。

 

 こうした機会にどういう話があったのかは分かりませんが、「東アジアにおける安全保障環境は悪化している。従って、日本はより大きな負担と責任を負うようにすべきだ」というこの文章の内容から、何となくどういう話があったのかは推測できます。

 

 より厳しい2016年になっていきそうです。

 

==========

 

日本におけるエネルギーと安全保障(Energy and Security in Japan

 

ライリー・ウォルターズ(Riley Walters)筆

2015年11月23日

ヘリテージ財団ウェブサイト

http://dailysignal.com/2015/11/23/energy-and-security-in-japan/

 

 今年の10月、ヘリテージ財団所属の研究者たちの代表団は日本を1週間にわたって訪問する機会を得た。同時期、日本はエネルギーの多様性を高めることとアジア地域における安全保障環境の変化と挑戦について専門家たちが知識を得ることが国益の増進につながることが明白な状況であった。

 

日本国際協力センターを通じて、研究者たちは「カケハシ・プロジェクト:ザ・ブリッジ・フォ・トモロー」に参加した。このプロジェクトに参加することで、ヘリテージ財団の研究員たちは多くの官僚や学者たちと会う機会を得た。

 

 東京にある早稲田大学で一連のパネルセッションが開催された。学者と官僚は、日本の安保法制に関する反対の考え、批判を発表した。日本政府は地域と国際的な安全保障におけるより積極的な役割を果たすことが出来るようになり、集団的自衛権を認める法律を成立させた。日本国民の中には、日本を国際的な紛争に巻き込ませてしまう立法における変化について懸念を持っている人々がいる。早稲田でのセッションでも多く表明された考えがこうした懸念を反映していた。

 

 代表団は日本の防衛省を訪問する機会を得た。この時、代表団はアジア地域における安全保障に関して日本が直面する真の懸念を知ることが出来た。中国、ロシア、北朝鮮それぞれによる軍備増強、軍事予算の拡大、戦略的な軍備配置がそうした懸念を引き起こしている。南シナ海における安全保障環境を一例として挙げたい。日本が輸入する石油と天然ガスの3分の2は南シナ海を通っている。この地域は日本の国益にとって重要である。特に2011年以降、エネルギー輸入量が増加している状況でその重要性は増している。

 

2014年、日本の航空自衛隊は東シナ海と北方領域における中国とロシアの航空機の侵犯に対応するために900回以上のスクランブル発進を行った。

 

 アメリカの政府関係者たちは、日本の安全保障政策の変化を長年待ち望み、その変化を歓迎している。そして、この変化のおかげで日米二国関係が強化されるだろうと述べている。「2016年版インデックス・オブ・USミリタリー・ストレングス」に書かれているように、アジア地域の環境は「好ましい」状況にコントロールされてはいるが、アジア地域に駐留するアメリカ軍の装備は時代遅れになりつつあり、厳しい状況になっている。中国とロシアはアメリカの国益にとってのリスクであり続ける。一方で、北朝鮮の脅威は深刻な状況だ。北朝鮮政府は核開発プログラムを継続している。こうした事態に対応して、東アジア地域のアメリカの同盟諸国は、地域の安全保障に対してより大きな責任を共有することが重要になっている。

 

 アメリカと日本は60年以上にわたり同盟関係を堅持している。そして、これからも同盟関係が堅持され続けることは疑いないところだ。アジア・太平洋地域において古くからの、そして新しい脅威が存続している状況で、脅威に対応するためにアメリカと日本がアジア地域にある他の同盟諸国と緊密に協調することが何よりも重要だ。

 

ライリー・ウォルターズ:ヘリテージ財団付属デイヴィス記念国家安全保障・外交政策研究所研究アシスタント

 

(終わり)







 
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