古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2016年03月

 古村治彦です。

 

 アメリカのネオコンの拠点の1つである、戦略国際問題研究所(CSIS)が毎年発表しているグローバル予測の最新版から、所長のジョン・ハムレとジャパン・ハンドラーズの1人マイケル・グリーンの論稿をそれぞれ紹介します。ネオコン派がどのように考えているかが分かるものとなっています。

 

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2016年グローバル予測(2016 GLOBAL FORECAST

 

クレイグ・コーエン(CRAIG COHEN)、メリッサ・G・ダルトン(MELISSA G. DALTON)編

 

戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS

http://csis.org/files/publication/151116_Cohen_GlobalForecast2016_Web.pdf

 

 

アジアへの再接続(Reconnecting of Asia

 

ジョン・J・ハムレ(JOHN J. HAMRE)筆

 

400年前、人類史上初めての純粋に国際的な国家間システムが出現した。この時以前、中国の各王朝と近隣諸王国との相互交流のような地域的な地政学システムはいくつか存在した。しかし、純粋に国際菜的な国家間システムは存在しなかった。国民国家が出現した際のウェストファリア体制は極めて斬新なものを生み出した。個人の忠誠心は王に対する忠節から国民としての意識と国家への同一化へと変化した。この時期、制限責任企業のような組織に関する新しい概念が生まれた。制限責任企業は幅広く資本を集め、対象となる商業的な冒険的試みに大量の資本を投入できるようになった。

 

 これらのヨーロッパの国民国家は、大都市の発展を支えた大富豪を生み出すための世界規模の帝国を創設しようとして相争った。ヨーロッパを中心とする国際的な地政学的システムが生み出された。このシステムは、操作法則として力の均衡(balance of power)を基礎とし、商業主義的な諸原理によって動くものであった。

 

 しかし、この発展には副作用も伴った。ヨーロッパの各帝国は世界各地に商業拠点を獲得しようと躍起になった。この世界システムの経済的ダイナミズムによって、アジアとアフリカの沿岸部にヨーロッパから企業家精神に溢れた人々が押し寄せるようになった。海上輸送が世界的な商業の基礎となった。アジア各地の沿岸部と主要航路沿いに巨大な都市が次々と誕生した。それから400年間、アジアにおいて地政学的に重要であったのは沿岸部であった。

 

 それ以前、アジアにおける商業と地政学の点で重要であったのはユーラシア大陸内陸部であった。国家間の商業活動は、いわゆる「シルクルート(silk routes、シルクロード)」に沿って行われていた。

 

 400年間にわたりアジアにおいては沿岸部に地政学的な中心が置かれてきたが、その状況は変化しつつある。巨大なユーラシア大陸が内陸部で再接続されつつある。ロシアは、極東とヨーロッパを結ぶ鉄道ネットワークを構築するという野心的な計画を明らかにしている。中国は「一帯一路(One Belt, One RoadOBOR)」構想に基づいて様々なもっと野心的な計画を発表している。この計画は、中央アジアと西アジアを貫く形で輸送ネットワークを劇的に拡大するというものだ。中国はその他にもアジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクルート基金のようなより衝撃的で野心的な計画を実行しようとしている。数十の社会資本建設・整備計画が既に発表され、この計画の方向性はすでに示されている。

 

 一帯一路構想は、様々な議論を引き起こした。懐疑論を唱える専門家たちは、この計画は成長が遅れている中国内陸部の開発を促進するための試みだと述べている。また、個の計画は中国国内で建設ラッシュが一段落している建設業者たちに機会を与えるための経済刺激策だと主張する人たちもいる。更には、中央アジア諸国の中国に対する忠誠心を獲得し、属国関係として固定化するための地政学的な設計図に基づいて行われていると主張する専門家たちもいる。

 

一帯一路構想はアメリカにとってどのような意味があるものなのだろうか?これからの数十年間、中国はこの計画にエネルギーを使い、結果として東南アジアに対する圧力が弱まることになるのだろうか?それとも、巨大なアジア大陸全体に中国の覇権を及ぼすという究極的な目標を反映したものなのだろうか?一帯一路構想はアメリカにとって良いものなのだろうか、それともアメリカの国益にとって脅威となるのだろうか?

 

 新しいシルクルートという話はこれまで長い間流布されてきたものだ。インターネットで、「シルクロード」というキーワードを入れて調べてみると、ヒットするものの半数以上はトルコ発のもので、トルコの商業に関するものである。一帯一路構想が地政学的な側面を持っていることは疑いようのないところだが、その根底にある商業的な大きな動きを見逃すと、分析を間違うことになる。アジアの製造業をヨーロッパの市場に結び付けるための最も効率の良い方法は、海上輸送であると思われてきた。しかし、長距離鉄道網を使えば輸送時間を2倍から3倍も短縮することはたやすい。輸送時間を劇的に短縮することで、投資する資本が何も生み出さない時間を減少させることによって、必要な資本を減らすことが出来るのだ。

 

 アメリカ政府はこの巨大な展開を評価するための能力に欠けている。官僚たちは世界を分割してそれぞれ担当しているが、それによってより明確なビジョンを掴むことが出来ないようになっている。米国務省は世界を4つの地域に分けてそれぞれに、東アジア・太平洋担当、ヨーロッパ・ユーラシア担当、近東担当、南アジア・中央アジア担当という担当部局を置いている。国防総省は太平洋司令部を置いており、中国はそこの担当になっている。しかし、その他のアジアは、中央司令部とヨーロッパ司令部の担当になっている。

 

 官僚主義的な機関は創造的な思考には不向きだ。世界を4つに分割し、それぞれの中で見ていれば、この巨大な流れを見逃すことになる。新しい大きな流れの特徴を古い歴史的なフィルターを通じてみてしまうことになる。

 

 ユーラシアの再接続の重要性を見過ごすことは大きな過ちとなる。そして、この動きをアメリカの脅威としてしまうことは危険なことでもある。この巨大な展開においてアメリカの果たすことが出来る役割は限られている。しかし、それは私たち自身がそのようにしてしまっているためなのだ。私たちはこの大きな新しい流れを客観的に評価し、判断しなくてはならず、それには時間が必要だ。一帯一路構想に対処することは次の大統領の政策課題ということになるだろう。

 

(終わり)

 

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私たちが生きる現代にとって正しい戦略を追い求めて(Seeking the Right Strategy for Our Time

 

マイケル・J・グリーン(MICHAEL J. GREEN)筆

 

 アメリカは現在世界のいたるところで守勢に回っているように見える。中国は南シナ海において侵略的な土地埋め立てと島の要塞化計画を進めている。また、アメリカの同盟諸国への影響力を強めることになる、新しいユーラシア秩序の構築を求めている。ロシアはウクライナとシリアに軍隊を派遣することでNATOを侮蔑している。イランはアメリカとの間で内容の乏しい核開発合意を締結したが、中東各地の代理となる諸勢力に武器を与え、衰えることの野心を見せ、宗教的な統一という目標のために動いている。イスラミック・ステイトは暴力的で抑圧的なカリフ制度を求めて活動している。その活動力は落ちているが、規模を縮小させるまでには至っていない。更には、気候変動に関する国際的な協力は、2015年12月にパリで開催されたCOP21の開催前に既に失敗していた。これは、オバマ政権の成立当初からの目的の達成失敗ということになる。

 

 アメリカにとっての大戦略が必要な時期はこれまでほとんどなかったが、今はまさにそのタイミングだ。しかし、現在のアメリカが大戦略を構築し、それを実行することは可能だろうか?大戦略には様々な脅威と障害についての明確な定義が必要だ。努力を向ける目的の優先順位をつけることと、目的の達成のために外交、情報、軍事、経済といった分野の力を統合することが必要である。トクヴィルが明らかにしたように、アメリカの民主政治制度は、そのような意思決定と権威を一つの政府機関に集権化することを阻害するように設計されている。

 

 民主政治体制は、様々な障害が存在するが、何とかして、重要な事業の詳細を規制し、固定化された設計を保ち、その実行を行っている。民主政治体制では秘密で様々な手段を実行することはできないし、長い時間、忍耐を持って結果を待つこともできない。

 

 それにもかかわらず、アメリカは、共和国としての歴史の中で、これまで何度も大戦略を成功させてきた。アメリカ建国の父たちはヨーロッパ型の機構と策謀に大きな疑念を持ちそれをアメリカのシステムに反映させたが、それでも大戦略が成功したことがたびたびあった。アメリカ政府は、19世紀末までに西半球において自分たちに都合の良い国境を策定することができた。19世紀から20世紀に移行する次期、アメリカは太平洋における主要な大国としての地位を獲得した。第二次世界大戦後、ヨーロッパとアジアの民主諸国家との間で同盟関係を固めることができた。そして、25年前にソヴィエト主導の共産主義体制を流血の惨事を引き起こすことなく打ち倒すことが出来た。これらの大戦略が一人の人物によって実行されたことは少ない。それでもセオドア・ルーズヴェルトとヘンリー・キッシンジャーはそれに成功した。しかし、たいていの場合、アメリカの大戦略は、「目的と手段を効率的ではなく、効果的に結びつける巨大なプロセス」から生み出されたのである。ジョン・アイケンベリーが述べているように、戦後に海外で成功したアメリカの戦略は、アメリカ国内における公開性と諸政治機関の競争性によって生み出された。それらによってアメリカ主導の国際秩序において利害関係を持つ参加者たちの力を増大させ、安心感を与えることが出来たのだ。トクヴィルが致命的な弱点だと考えたものが、実際には大きな長所となった。

 

 しかしながら、現在では、アメリカの民主政治体制の政治過程が、同盟諸国やパートナーに対して、安心感ではなく、より厳しいものとなり、警戒感を与えることになっている。また、アメリカの政治指導者たちが、「アメリカは国際的な諸問題で世界を指導できる能力を持っているのか」という疑念を起こさせている。第一次世界大戦とヴェトナム戦争の後、アメリカは大きく傷ついた。アメリカ国民はこれらの時期、世界に対してアメリカが関与していくことを基礎とする地政学を求める指導者を選んだ。イラク戦争後、アメリカの全体的なムードも同じような流れになった。アメリカの外交政策戦略の主要なテーマが「アメリカの世界的な評価を回復する」ということになった。アメリカ政府は地政学ではなく、国際的な脅威に関心を払うようになった。「戦争」か「関与」かの単純な二者択一で政策を行うようになっている。また、「バカなことはやらない」という考えに基づいて受け身的な事なかれ主義になっている。

 

 イラク戦争後のこうした流れによって、伝統的な国民国家、勢力均衡、アジア、東欧、中東に出現しつつある地域的な秩序に関する競争の重要性は減退した。中国、ロシア、イランは、アメリカの影響力を小さくし、アメリカの同盟諸国の力を小さくするための強制的な戦略を用いることで、戦争と関与との間にある「グレーゾーン」を埋めている。同じようなことは南米についても言える。しかし、南米で現在の国際システムに異議を唱えている国々の国際的な秩序に与える脅威はより小さいものと言える。アメリカとの間で相互利益がある地域における ロシア、中国、イランの関与はそれぞれの国益にかなうものであるが、この関与を「大戦略」と呼んでしまうと、オバマ政権が「これまでの国際秩序を作り変えようとする諸大国に地域的な秩序作りを任せてしまっている」という印象を世界中に与えることになってしまっている。一方、これらの大国に対して純粋に競争的な戦略を採用すべきと主張しているリアリストたちは、アメリカの同盟諸国やパートナーの置かれている複雑な立場を分かっていない。これらの国々のほとんどは、特にロシアと中国に対して、冷戦期のような立場をはっきりさせるような戦略を採れないような状況にある。アメリカの大戦略は国家間関係の根本的な理解のために地政学を復活させねばならない。しかし、同時に国際社会で指導的な立場に立つには、信頼されるに足るだけの外交的、経済的、軍事的、価値観に基づいた選択肢を提供する必要があることもアメリカは認識しなければならない。世界の国々に近隣の新興大国、既存の国際システムに異議を唱える大国関係を持たないようにさせようとしても無駄である。

 

 言うまでもないことだが、海外で指導的な役割を果たすためには、国内での経済成長を維持することは欠かせない。しかし、それがアメリカの縮小のための言い訳になってはいけない。アメリカは、これから数年の間、競争が激しい世界秩序から撤退し、世界がボロボロになった後に戻ってくる、などということをやってはいけない。実際、多くの国際協定が締結間近であるが、これらは海外におけるアメリカの影響力を強化するだろうが、アメリカの国内経済を大きく動かすことにもなる。環太平洋経済協力協定(TPP)と環大西洋貿易投資協定(TTIP)によって、アメリカの貿易を促進され、ヨーロッパと太平洋地域をアメリカとより緊密に結びつけることになる新しいルールを構築されることになる。より良い統治の促進、女性の地位向上、法の支配、市民社会が強調されることで、諸外国ではより正義に基づいた、安定した、そして繁栄した社会が生み出されることになる。消費は促進され、知的財産権はしっかり保護されることになる。違法行為を終わらせ、保障関係のパートナーシップを強化することで、各企業はよりまともな戦略を立てることが出来、同盟諸国やパートナー諸国との間で新しいシステムと技術に関してより生産的な発展を進めることが出来る。多くの国々がアメリカとの間の更なる経済的、軍事的な協力関係を望んでいるのだ。実際のところ、近現代史を通じて、現在ほどアメリカとの協力が求められている時期はないのだ。ここで大きな問題となるのは、アメリカ政府は、この新しい流れを利用して、経済、規範、軍事の関与に関するあらゆる手段に優先順位をつけ、それらを統合することが出来るのかどうか、ということである。

 

 この問題に関しては、アメリカ国民の考え方ひとつだ。この問題に関して、歴史は大きな示唆を与えてくれる。1920年代初めに行われたギャロップ社の世論調査では、アメリカ国民の大多数が、第一次世界大戦に参戦したことは間違いであったと答えた。1930年代、連邦議会は国防予算を減額し、保護主義的な関税を導入した。1930年代末、日本とドイツがヨーロッパと太平洋の既存の秩序に脅威を与えるようになった。この時期、ギャロップ社の調査で、数字が逆転し、大多数のアメリカ国民が第一次世界大戦にアメリカが参戦したことは正しかったと答えた。フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領は、互恵通商法を成立させ、海軍の再増強に乗り出した。1970年代半ば、アメリカ国民はヴェトナム戦争に反対するようになった。この時、連邦議会は防衛予算を減らし、大統領の外交政策遂行に制限を加えた。それから10年もしないうちに、ソ連が第三世界に対してそれまでにない拡張主義で臨むようになると、アメリカ国民は国防予算を増額し、ソ連の進出を阻止し、冷戦の終結につながる動きを促進する政策を支持した。

 

 最近の世論調査の結果は、アメリカ人の中に国際主義が再び復活しつつあることを示している。国家安全保障は共和党支持者たちにとって最も重要な問題となっている。一方、ピュー・リサーチセンターの世論調査では、大多数のアメリカ国民がTPPを支持している。問題解決は指導者の力量にかかっている。民主、共和両党の大統領候補者予備選挙の始まりの段階では、むちゃくちゃなポピュリズムの旋風が起きている。それでも、国際的な関与を主張する候補者が最終邸には勝利を得られるだろうと考えるだけの理由は存在するのだ。

 

(終わり)

メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31




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 民間市場からスパイウェアを購入した政府はパナマ政府だけではない。イギリスを拠点とする監視団体プライヴァシー・インターナショナルが発表した2015年の報告書によると、アメリカが所有するイスラエル企業ヴェリント(Verint)は、コロンビアの治安当局に先進的な調査システムを供給した、ということだ。報告書には、「2005年以降、ヴェリントは、コロンビアの大量盗聴能力の発展において中心的な役割を果たした」と書かれている。2015年2月、コロンビアの元治安責任者は、2002年から2010年にかけてのアルヴァロ・ウリベ大統領の在任時に違法な盗聴に関わったとして訴追された。

 

 ヴェリントとイスラエルの技術企業ナイス・システムズは、カザフスタンとウズベキスタンに対してスパイ手段のハードウェアとソフトウェアを売却した、とプライヴァシー・インターナショナルと報告している。これによって両国の抑圧的な政府は、電話線、携帯電話、インターネットに対してスパイ活動が行えるようになり、政治的反対者たちに対しての弾圧が行えるようになった。報告書の共同執筆者エディン・オマノヴィッチは、2014年に『ヴァイス』誌のインタビューで次のように語った。「権威主義的諸国の野蛮で冷酷な秘密警察は、全ての国民の私生活を対象とでいる監視能力を手に入れることで、力を増している。スパイ手段産業が規制のないままに無責任な活動を続けているために、これは避けようのない悪夢のシナリオなのだ」。

 

 プライヴァシー・インターナショナルは、ヴェリントがカリフォルニアを拠点とする企業ネトロノーム(Netronome)に接触した、と指摘した。ヴェリントはネトロノームが持っている、フェイスブック、Gmail、その他のウェブサイトの暗号化を無効化できる技術をウズベキスタン政府に提供しようとした。この試みが成功したかどうかははっきりしない。この報告書が出された後、ネトロノームは声明を発表した。その中で、「我が社は人権や個人のプライヴァシーに対するいかなる侵害行為にも加担していない」と述べ、事業を展開している各国の法律を遵守していると発表した。

 

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しかし、ここに問題がある。監視手段の大衆化と私有化は、脆弱な輸出管理と侵入的なスパイ手段に関しての自発的な国際合意の結果である。スパイシステムを規制する唯一のメカニズムは、ヴァッセナール合意である。この合意によって参加国は、通常兵器と軍民共用の道具と技術の移動に関しての情報を定期的に交換できるようになった。しかし、アメリカを含む締約国41か国を法的に拘束するものではないし、イスラエルはこの合意に参加していない。

 

 ワシントンでは、クリス・スミス連邦下院議員(ニュージャージ州選出、共和党選出)は、2013年に「アメリカ企業が、人々を弾圧する外国政府がインターネットを検閲と監視の道具に変えてしまうようなことに協力することを防ぐ」ことを意図した法案を提出した。この法案は小委員会で否決されてしまった。スパイ手段の規制に関して共和党全体の関心は低いままであるがこれは驚くに値しない。

 

 昔は、技術は市民の側に立っていた。アナログコミュニケーションが主流だった時代、大量監視は労働力投入を必要とするものだった。多くの人々と多くの電話線が対象となって捌ききれなかった。盗聴や監視をするための人員はあまりにも少なかった。しかしながら今日、進んだデジタル技術は抑圧者の側に立っている。 時計の針を基に戻すことはできない。しかし、スパイ手段に関しての厳格な規制を実施するのに遅すぎることはない。実際に実施している例が2つある。2012年、アメリカとEUは、シリアとイランに対してのスパイ手段の売却、供給、輸送、輸出を禁止した。

 

 より多くの国々が大量監視手段システムを大量破壊兵器の一つだということに合意しない限り、ジョージ・オーウェルの『1984年』の内容が現実のものとなるだろう。「あなた方は、あなた方が起こす全ての音が聞かれ、暗闇を除き、全ての動きを精査される習慣がやがて本能とまで昇華する中で生きてきた」。

 

(終わり)



野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

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 古村治彦です。

 

 今回はスパイ手段装置を取り扱う企業についての記事をご紹介します。

 

 記事の著者バムフォードは、人権や自由を標榜するアメリカの企業がスパイ手段を抑圧的な各国政府に売りつけている矛盾を指摘しています。この矛盾は、アメリカ全体が抱えている矛盾そのものです。

 

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スパイ産業経済(The Espionage Economy

―アメリカの企業は独裁者たちにスパイウェアを売りつけて巨額の利益を上げている。

 

ジェイムズ・バムフォード筆

2016年1月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/01/22/the-espionage-economy/

 

 リカルド・マルティネリはフロリダのビスケイ湾にある最高級高層マンションであるジ・アトランティスのコンドミニアムに住んでいる。ビスケイ湾はテレビドラマの『マイアミ・ヴァイス』で有名になった。がっちりとした体躯で白髪の富豪マルティネリは63歳で、数年前には南米で最も人気のある指導者であった。2009年から2014年にかけて、マルティネリはパナマの大統領であった。しかし、彼は現在贅沢な生活をしているが、司直の手から逃れて逃亡者なのである。

 

 パナマの最高裁判所がマルティネリ政権に対して汚職に関する捜査を行うと発表する数時間前にマルティネリは2015年1月28日にパナマから逃亡した。マルティネリに対する様々な容疑の中に、政治的なスパイ活動というものがあった。これで有罪になると21年の懲役が宣告される可能性があった。マルティネリは違法に150名以上の人々の電話を盗聴し、Eメールを盗み読みしたという容疑が掛けられた。彼が対象にしたのは、パナマの野党の指導者、ジャーナリスト、裁判官、ビジネス上のライヴァル、閣僚、アメリカ大使館の職員、ローマ教会の大司教、マルティネルの愛人と言われた女性であった。

 

 マルティネリが関与したとされる違法な活動は、軍隊が使うレヴェルのスパイウェアを民間企業が取り扱うことになって可能になった。2011年、『ウォールストリート・ジャーナル』紙は監視手段の小売市場はここ10年で全く存在しない状態から年間50億ドルの規模で拡大し続けていると報じた。監視手段取引市場の動きは全く規制されてこなかった。そして、2013年にアメリカ国家安全保障局の盗聴スキャンダルが発覚した。それでもアメリカの連邦議員や政策立案者は外国政府に対して監視手段を売りつけるアメリカ企業の動きに対して注意を払っていない。

 

 パナマのスキャンダルは、スパイ手段の輸出ビジネスがどれだけ危険な存在になっているかを示す具体例となっている。規制をかけなければ、スパイ手段産業がもたらす危険性は高まるばかりである。より多くの国々が汚職を続け、人権を侵害するための道具を手に入れることになる。

 

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 パナマの検察当局はマルティネリに対しての訴追を準備しているが、マルティネリの弁護士ロゲリオ・クルズはこの訴追を「カフカの文学作品の内容のようだ」と語った。クルーズは、彼の顧客マルティネリはアメリカに亡命することを求めているが、彼に掛けられている容疑に関して全て無罪だと主張している。しかしながら、ウィキリークスが暴露した2009年の外交公電によると、マルティネリは大統領に就任直後、アメリカ政府に対してアメリカ麻薬取締局が使っている盗聴設備を送ってくれるように依頼した。彼は盗聴設備を国家安全保障に対する脅威に使う意図があると伝えた。当時の駐パナマ米国大使バーバラ・スティーヴンソンが出した公電には、「マルティネリは盗聴をやりたいと躍起になっている」と書かれている。スティーヴンソンは、マルティネリの依頼を拒絶したと書いている。その理由として、スティーヴンソンは「マルティネリは正当な安全保障上の対象と政治的な敵対者との区別がついていない」ということを挙げている。外交公電は、「マルティネリは、他の政府や民間部門に対して盗聴能力を手に入れることで敵を服従させたいと考えているようだ」と結論付けている。

 

 この情報は正しいようだ。パナマの地元紙は、マルティネリが電話を盗聴し、Eメールを盗み読みするための手段に少なくとも1340万ドルを支払ったと報じた。『パンナム・ポスト』紙は、貧困者向けの食糧プログラム予算の一部を流用してスパイ手段購入に当てたと報道している。マルティネリが使った会社の一つがNSOグループテクノロジーズ(NSO Group Technologies)だ。NSOグループテクノロジーズは、アメリカ企業フランシスコ・パートナーズ(Francisco Patners)が所有するイスラエルの情報企業である。NSOのプロモーション資料によると、システムは「ペガサスと名付けられており、強力で個性的な監視手段を提供する。これによって、遠隔操作と捕捉不能の監視が可能であり、遠隔操作と追跡不可能な手段によって対象の装置からデータを全て抽出できる」ということである。イタリアの有害ソフト販売業者ハッキング・ティームの内部メモがウィキリークスによって昨年の夏に暴露された。このメモによると、このシステムを使えば、対象の電話に対して、「ショートメッセージを送り、それを使って電話を捜査することができる」ということであった。この機能が使用可能となるには、電話の所有者がショートメッセージを読まなければならない。

 

(続く)

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 古村治彦です。

 

 今回は、その勢いでアメリカ政治を揺るがしているドナルド・トランプ(Donald Trump、1946年―)の選対の幹部スタッフを皆様にご紹介したいと思います。


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トランプ
 

 幹部スタッフを見ると、東部の一流大学、アイヴィーリーグ出身者はいません。そして、草の根保守市民運動団体アメリカンズ・フォ・プロスペリティの活動家をしていた人たちが多いです。一方で、各種選挙で手腕を発揮したヴェテランの選挙のプロも選対の要所要所に配置されています。

 

 トランプ陣営の幹部たちの配置を見ていると、「非エリート」たちが「素人くささ」と「過激さ」を演出しつつ、裏で選挙のプロたちが実務を仕切っているという姿が見えてきます。こうしてトランプは、エリートやエスタブリッシュメントに対して反感を持っている、怒れる白人たちを惹きつけることに成功したということが分かります。

 

 外交政策に関しては過激な言動ばかりが取り上げられるトランプ陣営ですが、まだきちんとした外交政策の専門家たちを集めてのティーム作りはできていないようです。ただ、ティームのトップに現職の連邦上院議員ジェス・セッションズ(Jeff Sessions、1946年―)が就任しました。彼はワシントンでも5本の指に入る保守派議員であり、いくつかの舌禍事件を起こしたことでも知られています。

 

※トランプ陣営の幹部スタッフはこちらのアドレスで紹介されています

http://www.p2016.org/trump/trumporg.html

 

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●選挙対策本部長:コーリー・R・ルワンドウスキー(Corey Lewandowski、1973年―)


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ルワンドウスキー

ルワンドウスキーは、トランプの選挙対策本部を仕切っている人物です。ルワンドウスキーと政治のかかわりは古く、マサチューセッツ大学ローウェル校在学中にマサチューセッツ州上院議員選挙に立候補し敗れました。その後も様々な選挙に関わりました。1997年にアメリカン大学修士課程修了(政治学修士)した後、コーク兄弟が資金提供を行っている団体シティズンズ・フォ・サウンド・エコノミーのスタッフとなりましたが、数カ月後には、オハイオ州選出の連邦下院議員のアシスタントとなりました。2001年には共和党全国委員会の北東部地域立法部政治部長となり、そこからニューハンプシャー州選出の連邦上院議員ボブ・スミスの選挙対策本部長に就任しました。しかし、2003年の選挙でボブ・スミスは共和党の予備選挙で、ジョン・スヌヌに敗れてしまいました。そこから業界団体や広告代理店を経て、2008年から2014年まで、コーク兄弟がスポンサーの保守系草の根市民団体アメリカンズ・フォ・プロスペリティの幹部スタッフとして活動しました。トランプ陣営の激しい言葉遣いや過激なスタイルはこのルワンドウスキーのスタイルが反映されていると言われています。

 

●選挙対策本部副本部長:マイケル・グラスナー(Michael Glassner

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グラスナー 

 

 グラスナーは、1985年にカンザス大学卒業(政治学士)しました。1986年から2001年まで大物連邦上院議員だったボブ・ドールのスタッフ、側近を務めました。ボブ・ドールの連邦上院議員選挙や大統領選挙出馬で手腕を発揮しました。また、選挙コンサルティングとして、2008年の米大統領選挙では共和党側のジョン・マケイン、サラ・ペイリンのために働いています。2014年からは全米最大のユダヤ系アメリカ人団体AIPAC(American Israel Public Affairs Committee、アメリカ・イスラエル公共問題委員会)の南西地域担当政治部長を務めました。AIPACは、私も翻訳に関わりました『イスラエル・ロビーⅠ、Ⅱ』(ジョン・ミアシャイマー・スティーヴン・ウォルト著、副島隆彦訳、講談社、2007年)でも書かれている通り、全米最強のロビー団体であり、親イスラエル(政府)系として、アメリカ政府のイスラエル政策に大きな影響を与えています。ボブ・ドールとのつながり、選挙での経験と全米最大のロビー団体での活動から、グラスナーは、トランプ陣営の中で選挙のプロとして実務を取り仕切っていると考えられます。

 

●全国活動部長:スチュアート・ジョリー(Stuart Jolly


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ジョリー

 サウスカロライナ州にあるシタデル(サウスカロライナ軍事大学)を卒業し(政治学士)、イースト・カロライナ大学で国際関係論と経営学で修士号を取得しました。アメリカ陸軍に入隊し、第一次湾岸戦争に従軍、中佐にまで昇進しました。その後は、セントラル・オクラホマ大学の軍事学の教授を務めました。2006年からは、アメリカンズ・フォ・プロスペリティのオクラホマ州支部を立ち上げ、責任者を務めましたが、2013年からは、エデュケイション・フリーダム・アライアンスの上級部長を務めました。

 

●全国スポークウーマン:カトリーナ・ピアソン(Katrina Pierson

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ピアソン
 

 ピアソンは、父親が黒人、母親が白人ですが、両親が早くに離婚し、シングルマザーの母親の下、貧しい生活を経験しました。彼女自身も若くして結婚し、子供にも恵まれましたが、すぐにシングルマザーとなりました。20歳の頃には万引きで逮捕もされています。ピアソンは、テキサス大学ダラス校を卒業しました(生物学士)。テキサス州ガーランドでティーパーティー運動グループを立ち上げ、2014年からはティーパーティー・リーダシップ・ファンドのスポークスウーマンを務めました。更には2014年の米連邦下院議員選挙でテキサス州第32区の共和党予備選挙に立候補しましたが、落選しました。現在は自身の会社ピアソン・コンサルティング・グループのオーナーも務めています。ピアソンは叩き上げの人物で、テレビのニュース番組に出演した時、銃弾で作ったネックレスを身に着けており、注目と非難を浴びました。トランプ陣営の過激な性格を体現している女性であると思われます。

 

●ソーシャル・メディア担当部長:ダニエル・スカヴィーノ・ジュニア(Daniel Scavino Jr.


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スカヴィーノ

 ダニエル・スカヴィーノがドナルド・トランプに近づくことが出来たきっかけはゴルフでした。ピッツバーグ州立大学在学中に、ニューヨークにあったゴルフ場のキャデイをしていて、そこでトランプとコカ・コーラ社の会長と知り合いました。大学卒業後の1998年、スカヴィーノはコカ・コーラの地域マネージャーとして入社しました。2003年にはトランプがスカヴィーノと知り合ったゴルフ場を買収し、「トランプ・ナショナル・ゴルフ・クラブ」と改名し、スカヴィーノは副支配人となりました。その後、トランプ・オーガナイゼ―ションのゴルフ部門の責任者となりました。スカヴィーノはトランプの腹心の1人となりました。スカヴィーノはトランプ陣営のソーシャル・メディア担当となりましたが、主な仕事はツイッターにメッセージや写真、動画を掲載することで、討論会などでは他の候補者たちの発言に対して、日本風に言えば、突っ込みを入れるというようなことをやっています。

 

●全国委員会共同委員長兼政策顧問:サム・クローヴィス(Sam Clovis、1949年―)


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クローヴィス

クローヴィスは、1971年空軍士官学校を卒業しました(政治学士)。そして、25年間、アメリカ空軍に勤務し、大佐で退役しました。そして、ゴールデン・ゲイト大学で経営学修士号、アラバマ大学で公共政策博士号をそれぞれ取得しました。その後は、ラジオショーの司会者、大学教授などをしていました。政治とのかかわりは、アイオワ州財務長官選挙、アイオワ州選出の連邦上院議員の共和党予備選挙に挑戦し、それぞれ敗れていることです。また、2012年の米大統領選挙ではリック・サントラム支持で動いたことも挙げられます。今回の大統領選挙では、リック・ペリーの選対本部のアイオワ州責任者をしていましたが、トランプの政策顧問へと転身しました。保守的な立場で、トランプの「イスラム教徒の入国禁止」発言を擁護しました。

 

●上席顧問:サラ・ハッカビー・サンダース(Sarah Huckabee Sanders


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サンダース
 

 サラ・サンダースは名前で分かるのですが、元アーカンソー州知事で、共和党の大統領選挙予備選にも出馬したマイク・ハッカビーの娘です。クアチタ・バプティスト大学を卒業した後の2002年、父親マイク・ハッカビーの知事選挙再選のために働き始めました。2年ほど、教育省に勤務し、2008年の米大統領選挙の共和党予備選挙に出馬した父ハッカビーの選対幹部を務めました。2010年の連邦上院議員選挙では、アーカンソー州のジョン・ブーズマンの選対本部長を務め、ブーズマンは当選しました。2011年には、大統領選挙予備選に出馬を表明したティム・ポーレンティー選対の上級政治顧問を務めました。更には、2014年にはアーカンソー州の連邦上院議員選挙でトム・コットン陣営の上席顧問を務め、新人のコットンを勝利に導きました。夫のブライアン・サンダースは、ハッカビーの大統領選挙では政策部長を務め、現在は共和党専門の選挙コンサルティング会社ザ・ウィッカーズ・グループのリトルロック(アーカンソー州)事務所長を務めています。選挙のプロであり、父親を通じて幅広い人脈を形成していることは疑いの余地がありません。また、父親のハッカビーは、トランプを応援し、共和党の政治家たちを批判するコメントを出しています。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 先週発売されました『週刊朝日』2016年3月18日号23ページに、拙訳『アメリカの真の支配者 コーク一族』(ダニエル・シュルマン著、講談社、2015年)の翻訳者としてコメントを掲載していただきました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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