古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2017年01月

 古村治彦です。

 

 昨日はある会からお招きを受けて、横須賀市に行きました。そこで、2時間半ほどの講演会でお話しする機会をいただきました。アメリカの日本管理・支配体制の確立、アメリカの外交政策の潮流、アメリカ大統領選挙とトランプ新政権についてお話をしました。

 

 私は翻訳本を数冊出版しています。このブログでも紹介しましたが、丸山真男と加藤周一やベネディクト・アンダーソンも述べているように、翻訳というのは大変重要な作業でありますが、同時に大変難しい作業で、日本語にない言葉をどのように日本語と分かるものに置き換えるかという点はいつも苦労します。また逆に、既に辞書に載っている、もしくは日常的に使われている言葉があっても、それが英語の意味を正しく反映していない場合にそれをいかに使わないか、修正していくかについても苦労します。

 

 2016年のアメリカ大統領選挙をめぐる報道では、「アメリカ・ファースト!」「アイソレーショニズム」といった言葉が誤解されやすい形で紹介されていました。

 

 アイソレーショニズムを「孤立主義」と訳すのは間違いです。世界最大の経済力と軍事力を持つアメリカが世界から孤立することはあり得ません。貿易や人々の流れを完全に遮断することは不可能です。日本の鎖国の時だって、日本は世界から孤立していた訳ではありません。

 

 アイソレーショニズムとは「アメリカ国内に存在する多くの問題の解決を優先する、外国のことにあれやこれやと介入しない」という意味であって「国内問題解決優先主義」と訳すべきです。

 

 そして、「アメリカ・ファースト!」は第二次世界大戦でアメリカが参戦する前、空の英雄チャールズ・リンドバーグが、アメリカの参戦に反対する主張の中で使った言葉です。これは「アメリカが一番だ!」とか「アメリカが世界でもっとも偉大な国なのだ!」ということを言っているのではありません。

 

 「アメリカ・ファースト!」は、「アメリカ国内のこと、アメリカ人のことを最優先で考えよう」ということです。日本では、面白おかしく「じゃぁ、日本は何番目なんですか」などと、浮気された人のようなことを言っているメディアもありましたが、そういうことではありません。「アメリカ・ファースト!」という言葉は、アイソレーショニズムから出てきた言葉で、アメリカが外国のことにまで要らぬくちばしをさしはさんだり、おっとり刀で首を突っ込んだりすべきではない、ということを言っています。

 

 私は昨日の講演の中で、この「アメリカ・ファースト!」という言葉は、日本人にも実はわかりやすい、なじみのある言葉と共通しているのです、ということを申し上げました。それは、2009年の総選挙で民主党が圧勝した時に掲げたスローガンである「国民の生活が第一」という言葉です。「アメリカ・ファースト!」という言葉を実感で分かるには、「国民の生活が第一」という言葉と同じことを言っているのだということが分かれば良いのです、と私は講演の参加者の皆さんに申しあげました。

 

 今はなんにでもファーストをつけるのが流行っているようです。都民ファースト、カスタマー・ファーストなどなど。その本家本元である「アメリカ・ファースト!」という言葉を日本に置き換えたら、「国民の生活が第一」ということになります。

 

私は、次の選挙で、今はバラバラになっている野党勢力が国民の生活が第一という理念のもとにまとまって欲しいものだと思います。「誰がこれを言い出した」とか「自分たちが言い出した言葉ではない」とかそんな些末なことでまとまりを欠くようであれば、それは国民に対する裏切りになると考えます。

 

(終わり)







アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22
 

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 古村治彦です。

 

 今回はちょっとまとまりのない、分かりにくい日本関連の記事をご紹介します。

 

 今回の記事では、日本が初めて軍事衛星を打ち上げたことで、「日本の積極的平和主義」は進められているということを述べています。記事には、ワシントンにあるCSIS(戦略国際問題研究所)の日本部長ザック・クーパーが登場しています。クーパーは、スタンフォード大学卒、修士号と博士号はプリンストン大学というエリートです。日本部長をしていますが、博士論文(“Tides of Fortune: The Rise and Decline of Great Militaries”)の指導教授はアーロン・フリードバーグです。CSISの日本部長ということで、マイケル・グリーンCSIS副理事長の部下ということになります。クーパーは、「日本が積極的な平和主義を追求しているのは、平和主義的な姿勢を維持するためである。また、日本は“普通の国”になろうとしているのだ」と説明しています。

 

 日本では大きすぎる問題のためにかえって論じられることがはばかられてしまう天皇の退位と譲位についてですが、今上天皇の姿勢を「積極的平和主義」と対比させて描いているところは、外側からの目の方が重要な点を掴みやすいものなのだと感じました。

 

(貼りつけはじめ)

 

日本にとって、新しい軍事衛星が後になって新しい天皇になるかもしれない(For Japan, a New Military Satellite and, Maybe Later, a New Emperor

 

エミリー・タムキン筆

2017年1月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/01/24/for-japan-a-new-military-satellite-and-maybe-later-a-new-emperor/

 

日本の戦後の平和主義のゆっくりとしたしかし確固とした変化が火曜日に促進された。この日、日本政府は初めての軍事通信衛星を打ち上げた。

 

現在、日本の自衛隊が使用している非軍事用の衛星に代わる3つの軍事衛星の最初の衛星であるきらめき2号が打ち上げられた。新しい衛星は、高速の高性能の通信能力を持ち、自然災害に対してより効果的にかつ効率的に監視を行えるようになるが、それは同時に増大しつつある安全保障上の挑戦に対する対応もできるようになる。

 

アジア地域のアメリカの同盟諸国はアメリカの後退について懸念を持っている。一方、日本の政治家たちは、南シナ海と東シナ海における中国の攻撃的な姿勢と核兵器10発を製作できるだけのプルトニウムを持つと考えられている北朝鮮に備えようとしている。より良い通信能力を獲得することで、日本の軍事力は増強されることになるだろう。日本の自衛隊は現在海外での活動を認められているが、軍事衛星によって海外における平和維持活動に貢献することになる。

 

CSISの日本部長であるザック・クーパーは、新しい衛星群は再軍備を意味するものではないと本誌の取材に対して述べている。クーパーは、「日本は、憲法が認めた、積極的な平和主義を追求しているのであって、攻撃的な軍事増強を行っているのではない。日本はより“普通の国”に戻ろうとしているのだ」と語っている。

 

日本の安倍晋三首相が行っている積極的平和主義に向けた動きはこれだけに留まらない。2016年12月、日本政府は海上保安庁の予算を2100億円(18億ドル)に増額し、新たに5隻の巡視船と200名以上の要員の増加を決めた。また同時期、日本は5年連続で防衛予算を増加させ、総額は440億ドルに達している。

 

クーパーは、「アジア各国、特に中国が防衛予算を増額させることで、日本の防衛力の増大も阻害されている」と語った。火曜日、高分3号SAR衛星が実働を始めた。この衛星によって、領土紛争が起きている地域での様々な活動を監視することができる。クーパーは、「数隻の巡視船の投入と予算の微増は、周辺地域の安定が危機に直面している中で、平和主義的な姿勢を維持し続けるための方策に過ぎない」と述べた。

 

実際のところ、東シナ海で日本と領有権を争っている岩礁である尖閣諸島(中国では魚釣島)を包囲している。中国政府は南シナ海の大部分の領有を主張している。 ドナルド・トランプ米大統領とレックス・ティラーソン国務長官は、もし必要となれば武力を使ってでもこれらの地域のアメリカの国益を守るという強迫的な言辞を使って、中国に対して強硬姿勢を取っている。トランプ政権の強硬な姿勢について、日本では紛争に巻き込まれるのではないかという懸念を持つ人々が出ている。

 

トランプ政権は日本と協力することに特に関心を持っていないのではないかという懸念を持っている人々がいる。大統領になっての最初の行動として、トランプはアメリカのTPPからの脱退に署名した。TPPは多国間の貿易協定で、日本の安倍首相とアメリカのバラク・オバマ前大統領が主導してきた。

 

日本では政治の面で大きな変化が起きる可能性がある。月曜日、政府の審議会は、日本の国会に対して、今上天皇の退位を認める答申を出した。現在83歳になる今上天皇が息子である56歳の皇太子徳仁親王に天皇の地位を譲ることになる。現在までの2世紀の中で、日本の天皇が上位を行うのは初めてとなる。

 

付言すると、クェーカー教徒によって教育された今上天皇の天皇在位期間は、1989年に始まったのだが、この期間の多くの期間で、激戦地や戦争の爪痕を残す場所を訪問することで特徴づけられている。今上天皇はアジアにおける戦禍を目撃し続けてきた。日本の軍事力を整備した平和主義が追求されているが、皇太子がこの立場を取らねばならないということではない。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)








アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22


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 古村治彦です。

 
『元老―近代日本の真の指導者たち』(伊藤之雄著、中公新書、2016年)を皆さまにご紹介します。 


 日本の戦前の政治において、重要な役割を果たしたのが元老(げんろう)です。主に内閣総辞職後の後継総理大臣に関して天皇から諮問を受けて、候補者を奉奏するという役割を果たしました。また、国家にとって重要な決定にも参画しました。

 

 この元老は大日本帝国憲法にもまた法律にも規定がない「地位」でした。元老と考えられているのは、伊藤博文(長州、総理大臣)、黒田清隆(薩摩、総理大臣)、山縣有朋(長州、総理大臣)、松方正義(薩摩、総理大臣)、井上馨(長州、外務卿・内務大臣)、西郷従道(薩摩、海軍元帥・海軍大臣)、大山巌(薩摩、陸軍元帥・陸軍大臣)、西園寺公望(公家、総理大臣)です。明治維新をけん引した「元勲」の中でも、第1世代である、維新の三傑である西郷隆盛、大久保利通、木戸孝充以外の、第1.5世代、第2世代が元老となっています。元勲と元老は重なっていますが、元勲が全て元老になっていません。

 

 私は出身が早稲田大学で、どうしても身びいきで大隈重信は元老であったのかどうか、が気になります。維新直後、大隈が築地に構えた屋敷に居候した井上馨、隣に住んで朝食のたびに大隈家に来ていた伊藤博文は、大久保利通系で、大隈が兄貴分でありました。しかし、明治14年の政変で大隈は失脚(それまで筆頭参議兼大蔵卿として日本の最高実力者でした)してしまい、それ以降は在野の政治家として立憲改進党から憲政党まで、英国流の立憲君主制を主張しました。大隈は明治の元勲たる資格(明治維新に参加、薩長土肥の一角である肥前のリーダー、大蔵卿として通貨「圓」の導入など)はあると思いますが、元老とはなっていません。

 


 元老とは、時代別には伊藤博文、山県有朋、西園寺公望といった有力者が他の有力者を選び出して、元老として遇し、内閣総辞職後の後継内閣の総理大臣について天皇から下問され、それに対して適任者を奉答するという役割を果たしました。大隈は2回目の総理大臣退任後に天皇から詔勅を受けてはいますが、他の元老とは異なった文面の詔勅であり、かつそれ以降、後継総理の奉答に加わっていないために、元老とは言えないようです。大隈は更に、自分が総理大臣を退任するに当たり、後継として加藤高明を推薦し、その実現を通して元老に対して挑戦しようとしましたが、この企ては成功しませんでした。

 

 元老たちはやがて年齢を重ね、次々と鬼籍に入っていきました。その間に、日本は弱小国から国際連盟の常任理事国となり、軍事力の面でも英米から警戒され、軍縮会議では3巨頭国の1国となりました。内政面では、政党政治が整備され、政友会と民政党の二大政党が議会での多数を争い、内閣を組織するようになりました。憲政の常道という状態が出てきました。こうなると元老の仕事はないようなものです。多数党の代表者を総理大臣にするだけのことですから、何もあれこれ悩む必要もないのです。

 

 最後の元老となった西園寺は元老を補充するのではなく、天皇の側近くに仕える内大臣と枢密院議長などが話し合って天皇に総理大臣の候補者を推薦するという非公式な制度、更には前官礼遇を受ける総理大臣経験者や枢密院議長経験者たちといった「重臣」が話し合って決める制度を作りました。政党政治が機能していれば、このような制度は必要はないですし、二大政党制が日本でも定着して発展していくと西園寺は考えていたのではないかと思います。

  


 憲法に規定がない、非公式な、「非立憲的な」存在である元老が、「憲政の常道」に従った政治の運用を行い、政党政治が確立するまでの時間を稼ぎ、橋渡しをしようとしたというのが、著者伊藤教授の主張です。更に言うと、元老は、天皇が立憲君主制下の君主として行動する際の指針を示し、必要な場合には、歯止めとなってきました。

 

 しかし、1930年代の危機の時代に入り、西園寺が期待をかけた政党政治は自滅の途を進みます。民政党は金解禁で日本経済を失速させ、政友会は陸軍に癒着してファシズムの進行に手を貸しました。五・一五事件で犬養毅首相が暗殺され、衆議院の多数党が内閣を組織するという政党政治(憲政の常道)は終わりました。その後、斎藤実、岡田啓介と穏健な海軍大将が政党によらない内閣を組織しました。政友会、民政党両党ともに、ライヴァルに選挙で勝利するために、それぞれ、岡田内閣の内閣審議会に参加して与党化する(民政党)、天皇機関説攻撃と憲政の常道違反で岡田内閣倒閣と民政党攻撃する(政友会)ということを行い、結局、政党政治の途を閉ざすことになりました。


 こうした姿を最晩年の西園寺は病を抱えながら、無力感を持って眺めていたことでしょう。『元老』で伊藤教授は、1937年の段階で、西園寺は老齢などを理由にして元老としての責務を果たすことを放棄したようだと述べています。そして、フランスでの留学生活以降、彼が確信していた国際協調、世界の流れとしてのデモクラシー、政党政治、議会政治が日本で定着するように細心の注意を払いながら行ってきた努力が水泡に帰す様子を眺めながら、最後の元老としてこの世を去ることになることに無常を感じたのではないかと思います。私は、西園寺が目指した「上からの民主化」路線はやはり不自然であったのではないかと思います。しかし、大正デモクラシーからの政党政治の経験が戦後に活かされたという見方も出来ると思います。

 

 元老は憲政と国際協調という2つの原理を日本政治に植え付けるための存在であり、そうした存在が亡くなった時点で戦前の日本は失敗を犯しました。現在、元老のような存在はありません。日本が再び失敗を犯さないようにするためには、私たち自身が賢くならねばなりません。

 

(終わり)


 
アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22




 

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 古村治彦です。

 

 今回は、丸山真男・加藤周一著『翻訳と日本の近代』(岩波新書、1998年)をご紹介します。私はこの本を年末年始に読みました。本書では、明治維新前後における西洋の書物の「翻訳」について、誰が、何を、どのように翻訳したのかということを出発点にして、碩学・丸山眞男と加藤周一が話をする対話形式で話が進められています。大変読みやすい形式です。内容は多岐にわたっています。



 日本で学問といえば長年にわたり儒教でした。中国の古典(四書五経)を学び、解釈し、理解するのですが、中国語の原文(漢文)を日本語に読み下す形式でした。「有備無患」とあれば、「備え有れば患い無し」と訳し、「何かの時のために準備をしておけば心配することはない」と理解するという形式です。これに対して、荻生徂徠は、「原文で理解しなければ、漢字の本当の意味が分からない。訳したものでは変な解釈が入っていて本当に分かったとは言えない」と主張しました。彼は、中国語を学習し、原文で理解したり、漢字の本来の意味を古典という古典を渉猟して集めた辞書を作ったりしました。こうした学問に加えて、蘭学も発達して言った訳ですが、日本の学問は外国からの受容を基本としており、その点では翻訳に対する「心構え」や「姿勢」が既に長年にわたり準備され、洗練されていたと言うことができます。



 ウェスタン・インパクト呼ばれる西洋列強の到来によって、アジアは大きな変貌を遂げます。中国(清)は1840年にアヘン戦争に敗れ、イギリス、そして西洋列強に屈することになります。日本もペリー来航によって開国することになりました。この開国は阿部正弘や堀田正睦といった穏健で現実的な幕閣がリードしました。この時期、ヨーロッパではクリミア戦争が起き、アメリカでは南北戦争が起きたために、日本は「ほっておかれた」ため、植民地化されずに済みました。その間に、武士階級は西洋列強の文化や知識を吸収しようとしました。この時に役立ったのは翻訳です。こうした翻訳に従事したのは、幕府が作った蕃書調所の俊英たちでした。丸山と加藤は、中国の知識人(科挙に合格して政府高官や軍司令官になる)と日本の武士階級との比較から、日中の近代化のスピードを比較しています。中国の知識人にとっては、古代の聖王や彼らが治めた国が理想となり、それ以外を認めることは出来ず、西洋の知識や技術を受け入れることに抵抗を示しました。一方、日本の武士階級はかなわないとなると、すぐに「変わり身の早さ」で、西洋流の近代化を貪欲に推進することになりました。彼らにとっては、中国の知識人のような理想主義はなく、現実主義的でありました。そして、武士階級が明治維新を成功させました。

 

 明治時代になって早速翻訳されたのは、西洋の歴史書でした、ギボンの『ローマ帝国盛衰記』やバックルの『英國開化史』が翻訳されました。明治時代の知識人たちは、まず歴史を学ぶことで、西洋諸国の発展を「実践的に」捉えようとしました。中国の古典では古代の理想的な王国や王たちの事績を学ぶことに重点が置かれ、それが真理となります。多分に演繹的な方法論と言えますが、明治の知識人たちは、中国の理想ではない、実践的な国家発展の方法を学ぼうとしたと言えます。

 

 西洋の言葉(英語やフランス語)からの翻訳となると、大きな問題は訳語をどうするかということです。漢語はそのまま熟語にしてしまえば何とか対処できますが、アルファベットとなるとそうはいきません。漢文のように返り点などを付けるというやり方もできません。日本語では単数形と複数形の区別が曖昧です。自由民権運動という言葉に含まれている民権という言葉についても、福澤諭吉によれば、単複の区別がない為に、「人権と参政権の区別」がつかない、という事態が起きた、ということです。

 

 日本の社会科学系の訳語を生み出したのは、西周(にしあまね)です。Philosophyに「哲学」、Scienceに「科学」という訳語を当てました。西周については、私も参加した『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』(副島隆彦+SNSI副島国家戦略研究所著、成甲書房、2014年)の中の第4章をご参照ください。



 私は翻訳書を複数出版しております。その中で、いつも戸惑ってしまうのは、主語と単複の区別です。日本語は主語をはっきりさせない言語なので、IHeSheTheyをそのまま訳していくと、文章がくどくなって読みづらくなります。また、単複の区別がないということも痛感させられます。人権(human rights)について言えば、諸人権、様々な権利と訳すとくどくなってしまいます。

 

 日本は歴史的に翻訳を通じて文化を受容してきました。そして、明治以降は翻訳を通じて西洋流の近代化を行ってきました。そして、日清戦争後、中国はたくさんの留学生を日本に送り出してきました。彼らは文字が近い日本語を通じて西洋文化を受容しました。そして、訳語を持ち帰りました。有名な話ですが、「中華人民共和国」という言葉のうち、「中華」以外の、「人民(People)」「共和国(Republic)」は日本語の訳語です。

 

 私が尊敬する政治学者である故ベネディクト・アンダーソンは、翻訳の重要性を指摘しています。一方的な受容だけではなく、発信という点もこれからの日本には重要な事になるでしょうし、世界の変化に伴い、西欧言語以外の著作からの翻訳も重要性を増していくことでしょう。こうした中で、日本が培ってきた翻訳文化が活きてくるということになるでしょう。



(終わり)





アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






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 古村治彦です。

 

 今年に入って、中国・上海郊外の義烏市からロンドンまでの貨物輸送鉄道が開通したそうです。7500マイル(約12000キロ)を16日間でつなぐというものだそうです。

 

この鉄道線は、中国が2011年に発表した「一帯一路(One Belt, One Road)」構想の一環であり、この一帯一路構想は、シルクロードと海のシルクロードの再構築、という中国のユーラシア大陸とアフリカ大陸、インド洋を「獲得する」ための大構想です。

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 以下に紹介する文章にもありますが、太平洋でアメリカと日本から受ける圧力を受け流すために、後背地として中央アジア、そして遠くヨーロッパ、アフリカまで包含する大構想です。 

 

 一帯一路構想は鉄道だけではなく、道路やパイプライン、航路でもつながるということであって、まさにこれから、「ユーラシアの時代」がやってくるという予感がします。
 


(貼りつけはじめ)

中国の「新シルクロード」急行、出発進行(
All Aboard China’s ‘New Silk Road’ Express

:太平洋からロンドンまでの中国の鉄道は、アメリカとの関係が緊張を増す中でヨーロッパ志向になっていることを示す

 

ロビー・グレイマー筆

2017年1月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/01/04/all-aboard-chinas-new-silk-road-express-yiwu-to-london-train-geopolitics-one-belt-one-road/?utm_content=buffer9f622&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

 

中国の「新しいシルクロード」は輝かしい新しい道を獲得した。中国東部の浙江省からロンドンまでつなぐ鉄道サーヴィスが始まる。中国鉄路総公司は1月2日に、上海市郊外で人口100万を抱える都市である義烏市から初めて貨物輸送列車が出発したと発表した。これは、物流における素晴らしい企てだ。この鉄道は全長7500マイルを誇り、16日間をかけてヨーロッパ各国の大都市や首都をつなぐ。

 

より重要な事は、義烏・ロンドン鉄道線は、中国の「一帯一路」政策という地政学的な野心をあらわにするものだ。この一帯一路政策は、中国と中央アジア、中東、ヨーロッパを繋いだ古代の貿易ルートである「シルクロード」を再び作り上げることを目的にしている。アメリカは中央アジアに安全保障をもたらそうという野心を持っている。そして、米中の貿易関係が悪化し、ドナルド・トランプ次期大統領と彼の政権移行ティームが示しているように、中国に対して厳しい姿勢を取っている。この「新しいシルクロード」は、中国にとってより重要性を増すものとなる。

 

古い貿易ルートであるシルクロードを通じてアジアとヨーロッパを繋ぐという中国の目標は、「ベルト・アンド・ロード・イニシアティヴ」など多くの名前で呼ばれている。これは、世界人口の60%を占める65の国々の間で貿易がやりやすくするということなのである。中国は鉄鋼やセメントといった主要な産業部門で生産力過剰に苦しんでいる。そこで、中国は経済を健全なペースで成長させるために必要な新たな市場を探している。

 

ブルガリアの財務大臣や世界銀行幹部を歴任したシメオン・デジャンコフは、「中国は、自国の労働力と建設資材を輸出しているのだ」と述べている。

 

また、中国の国営銀行はそれぞれ、輸送と建設インフラのために2500億ドルの融資を行っている。ピーターソン国際経済研究所の報告によると、「一帯一路」プロジェクトに対する投資は最大で4兆ドルにまで達すると見込まれている。

 

この鉄道はお金の面だけではなく、中国の外交政策にとっても僥倖である。オランダ国際関係研究所の欧中関係専門家であるフラン=ポール・ヴァンダー・パッテンは、「新しいシルクロードは、中国が外交政策面で持っている多くの目的を混合して含んでいる」と述べている。ヨーロッパと環インド洋地域のエネルギー、鉄道、港湾に対する中国の投資は、経済的な利益よりも地政学的な利益を中国にもたらす可能性が高い。

 

ヴァンダー・パッテンは「投資によって、中国はアジア、アフリカ、ヨーロッパでの外交的な影響力を強めることができる。東アジア地域でアメリカと日本から受けている地政学的な圧力に対してそれで対抗することができる」と述べている。

 

中国は、アメリカとの関係が緊張感を増していく中で、ここ数年、国内消費を増加させようとしているが、現在でも輸出に依存している。このプロジェクトは中国にとってさらに重要になっていくことだろう。トランプは自由貿易を声高に批判し、自分の周りに中国を叩く経済学者や貿易に関するアドヴァイザーを集めている。彼らは中国がアメリカ経済を苦しめていると非難している。このことは中国の指導者たちを心配させている。アメリカ貿易通商代表部によると、2015年の米中の貿易関係は合計で6594億ドルに達するものとなっている。

 

アメリカが関税率を上げ、通貨戦争を起こすようなことがあると、ヨーロッパに向けた新しいシルクロードは、中国にとっての格好の避難所となるだろう。

 

デジャンコフは次のように述べている。「トランプ次期政権が貿易面で厳しい態度を取ると、中国は、“ヨーロッパは我々にとっての主要な貿易パートナーである”と言ってインフラを建設することになるだろう」。

 

鉄道輸送サーヴィスは大量輸送の面で最も効率的な輸送方法ではない。しかし、中国鉄路総公司は、ドイツのハンブルク、イタリアのミラノ、スペインのマドリッド向けの鉄道輸送サーヴィスを提供している。義烏・ロンドン鉄道線はコンテナ200個しか輸送できない。巨大な輸送船ならば2万個のコンテナを運べることを考えるとこの数は大変に小さい。しかし、ある種の財物であれば十分に利益を出せるものである。

 

イギリスに本社を置く輸送サーヴィス会社ブリューネル・プロジェクト・カーゴ社のマイク・ホワイトは、「ロンドンまでの鉄道輸送は、海上輸送に比べて半分の距離で済み、空路輸送に比べてコストを半分にできる」と述べている。ブリューネル・プロジェクト・カーゴ社は義烏・ロンドン鉄道線に参加している。ホワイトは、「義烏・ロンドン鉄道線の実現によって、中国との輸出入にかかわる輸送業者や荷主の多くが輸送方法について考え方を変えることになるだろう」と述べている。

 

義烏・ロンドン鉄道線は象徴的な記念碑的事業となっている。前出のデジャンコフは、「“一帯一路”構想が2011年に初めて発表された時から、この構想はヨーロッパの中心とロンドンにつながることを目的とした計画となって具体化したし、それが実現しつつある」と述べた。

 

経済大国であるイギリスは、2014年だけで6630億ドル分の輸入を行った。イギリスは、中国の輸出を基盤とした経済にとって魅力的な対象となる。ここ数年、中国はイギリスの産業とエネルギーに対する投資を増加させている。そして、中国は少なくともつい最近までは、世界第二位の経済大国への経済的なアクセスを熱望するイギリスの指導者たちから熱烈な歓迎を受けた。EU離脱後にヨーロッパとの貿易における優位を失う可能性が出てきたことで、イギリスは、中国との貿易関係を更に深めたいという希望を持つようになるだろう。

 

「一帯一路」はただ鉄道だけのことではない。「帯」は中央アジアを貫く道路とパイプラインを含む陸上のつながりを意味するものだ。「路」は、中国産の絹をローマ帝国各地の市場に送るためにインド洋で開拓された古い海のシルクロードを再び作り出すことを意味している。

 

しかし、中国の習近平国家主席は鉄道投資を最優先政策としている。国有鉄道に2020年までに5030億ドルを投資し、規模を拡大して、新たな輸出市場につなげようとしている、とブルームバーグは報じている。デジャンコフは「鉄道は新しいシルクロードにとって最重要の構成要素となる」と語っている。

 

迎える側となるヨーロッパは、義烏・ロンドン鉄道線が提供するであろうサーヴィスについて歓迎している。特に経済的に遅れていて、輸送、エネルギーなどに投資を必要としているヨーロッパ内部の周辺部は熱いまなざしを向けている。

 

ヴァンダー・パッテンは、中国の新たな鉄道ザーヴィスによって資金を得られることになるので、「ヨーロッパ各国の政府と企業は鉄道サーヴィスに対して大きな期待を持っている」と語っている。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)



アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22




 

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