古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2022年05月

 古村治彦です。

 スイスの保養地ダヴォスで開催された世界経済フォーラム(WEF)に、インターネット(オンライン)を通じてヘンリー・キッシンジャーが登場した。キッシンジャーはウクライナ戦争勃発以前の状態に戻り、そこから交渉を始め、ウクライナは領土に関して譲歩すべきだ、そうやって戦争を終結させるべきだという考えを述べた。戦争以前の状態とは、2014年のロシアによるクリミア併合とウクライナ東部のドンバス地方でロシア系住民の多い地域の自治という状態から始めるということだ。キッシンジャーはクリミアとウクライナ東部(どの程度の広さまでを含むかは不明瞭)についてウクライナは譲歩(割譲)すべきだと述べたということになる。

 ウクライナ側では当然のことながらこれに対して反発が出ている。ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は「全ての領土を回復するまで戦う」と発言した。これは非常に重要な発言だ。ゼレンスキーの述べる「全ての領土」には2014年以降、ロシアに併合されているクリミア半島、自治区となっている東部地域も完全に回復するということになる。2014年以降に抱えた問題をこの戦争の機会を利用して一気に武力解決する、そのために戦争を継続するということになる。

2014年以降、ウクライナがこうした地域の回復のために武力をしようとすれば西側諸国は反対し、武器を供与するということに躊躇しただろう。しかし、現在はそうではない。西側諸国はそこまでの想定はしていないだろう。とりあえずロシア軍を撤退させることで戦争終結と考えているだろう。しかし、ウクライナの現政権にとっての戦争終結はクリミアと東部地方の回復である。と言うことは、戦争はより長期化し、より激戦化するということになる。ウクライナにしてみれば、敵(ロシア)を追い出すだけではなく、機会を捉えて敵を追おうということだ。

 ロシアのウラジミール・プーティン大統領の核兵器使用を含む確固とした姿勢を受け、『ニューヨーク・タイムズ』紙ですら、「もう戦争を止めたら(ウクライナが譲歩して)」ということを言い出した。アメリカ国内に向けた核攻撃の可能性が出てきて震えあがっているのだ。調子に乗って威勢のいいことを言ってみても、これでは何とも情けない限りだ。EUもまたロシアはいつでも隣人だと言い出した。そのうちにEUに入っていないウクライナを助ける義理はないなどと言い出すだろう。ヨーロッパ諸国が歴史的にやって来たことを見ればこれくらいのことはずるいとも悪辣とも言われない、日常茶飯事のことだ。

 ウクライナが全領土を回復することは不可能だ。西側諸国もそこまでのことには付き合いきれない。自分たちの身だって危うくなるのだ。そんな不可能なことを言い出して戦争を継続するということに何の正当性があるのか。かえって戦争を拡大し非常に危険なことだ。

(貼り付けはじめ)

ゼレンスキーはキッシンジャーによるウクライナが領土の一部をロシアに譲歩するという提案を拒絶(Zelensky rips Kissinger over suggestion Ukraine cede territory to Russia

ブラッド・ドレス筆

2022年5月25日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/news/3502032-zelensky-rips-kissinger-over-suggestion-ukraine-cede-territory-to-russia/

ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は水曜日、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が今週初め、平和の名の下にウクライナの一部の領土をロシアに譲渡するよう示唆したことを非難した。

水曜日の演説で、ゼレンスキーはキッシンジャーが「遠い過去から姿を現し、ウクライナの一部をロシアに与えるべきだと発言した」と述べた。キッシンジャーは「カレンダーは2022年ではなく1938年だ」(これは、ナチスドイツがチェコスロヴァキア西部の土地を併合することを認めたミュンヘン協定にちなむ)と語った。

ゼレンスキーは次のように発言している。「ウクライナに対してロシアに何かを譲るよう助言する人々のこうした地政学的な思惑の裏にあるのは、“偉大な地政学者たち”は常に普通の人々を見ようとしないということがある。平和という幻想と交換しようと提案する領土に実際に住んでいる何百万人もの人たちがいるのだ。常に人々を見なければならない」。

月曜日にスイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムで、98歳のキッシンジャーは、モスクワとキエフの間で「平和に関する交渉を始める必要がある」と述べ、「理想的には、国境線は現状(status quo ante)に戻すべきだ」と述べた。

ロシアは2014年にウクライナからクリミア半島を併合し、東部のドネツク州やルハンスク州で分離主義運動を煽動した。ロシアのプーティン大統領は、ウクライナに軍を移動させ、本格的な攻撃を開始する前に、これらの地域の独立を宣言した。

ロシアはキエフ占領の野望を少なくとも一時的に縮小しているため、プーティンは戦争を終わらせる前に少なくとも東部のいくつかの地域を支配下に置きたいと考えているだろうと多くの人が見ている。

ゼレンスキーは水曜日、プーティンを指して「独裁者との再会を急ぐ人たち」には耳を貸さないと述べた。

ゼレンスキーは次のよう述べた。「ロシアが何をしようと、“その国益に配慮しよう”という人が必ずいる。今年もダヴォス会議でそうした声が聞かれた。何千発ものロシアのミサイルがウクライナを攻撃しているにもかかわらず、だ。何万人ものウクライナ人が殺されたにもかかわらず」。

ロシアがウクライナに侵攻したのは、プーティンが、ウクライナが加盟への関心を高めていた30カ国からなる安全保障ブロックであるNATOの勢力拡大を恐れたからでもある。しかし、戦争が始まって3カ月以上が経過し、プーティンの侵略は安全保障意識の高い北欧諸国のフィンランドとスウェーデンを刺激し、両国は西側の安全保障同盟に加盟する動きを見せている。

ロシアはウクライナ戦争で何度も敗北し攻勢が停滞した。その後、NATOはウクライナがロシアとの戦争に勝つことができると主張している。

ゼレンスキーは、ウクライナは「全ての領土を取り戻すまで」戦うと宣言し、最新の演説では、「国家を守る全ての人々は、東部におけるロシア軍の極めて激しい攻勢に抵抗している」と述べた。

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キッシンジャー発言の後ゼレンスキーがウクライナは全ての領土を回復するまで戦い続けると述べる(Zelensky says Ukraine will fight until it regains all its territories after Kissinger remark

キャロライン・ヴァキル筆

2022年5月25日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/3501584-zelensky-says-ukraine-will-fight-until-it-regains-all-its-territories-after-kissinger-remark/

ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、水曜日に開催された世界経済フォーラムで、ウクライナは全領土を取り戻すまで戦うと述べた。これは、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が、ウクライナの国境はロシアの侵攻開始前と同じであるべきだと発言した後の発言である。

ゼレンスキーは「ウクライナが全領土を取り戻すまで戦うと言うとき、その意味はただ1つだ。それは独立と主権の話だ」と語った。

ウクライナ大統領の発言は、月曜日に世界経済フォーラムで発言したキッシンジャーが異なる結果を示唆した後のものだ。

キッシンジャーはウクライナとロシアとの国境線について次のように発言した。「私の考えでは、交渉と和平交渉に向けた動きは、戦争の結果の概要を説明するために、今後2ヶ月の間に開始する必要がある。しかし、その前に、特にロシア、グルジア、ウクライナのヨーロッパに対する最終的な関係の間に、克服するのがますます難しくなる動乱と緊張を生み出す可能性がある。理想的には、国境線は現状に戻るべきだ」。

2014年、ロシアはクリミアを併合したが、この動きはアメリカをはじめとする多くの国が違法と見なしている。侵攻開始のわずか数日前、ウクライナ東部の2つの離脱地域がロシア政府によって独立国家と認められた。

今回の発言は、ロシアのウクライナ侵攻が3カ月に及んでいることを受けてのものだ。ゼレンスキーは水曜日、ウクライナはロシアとの話し合いに前向きであるが、モスクワがそうし

ゼレンスキーは「少なくともロシア側が血みどろの戦争の段階から外交に移行する意欲を示していることを理解すればこの段階に移行することができる」と述べた。

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キッシンジャーは僭称を終結させるためにウクライナは領土を譲歩すべきだと述べる(Kissinger says Ukraine should cede territory to Russia to end war

ティモシー・ベルタ筆

2022年5月24日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/world/2022/05/24/henry-kissinger-ukraine-russia-territory-davos/

ヘンリー・A・キッシンジャー元米国務長官は月曜日、ロシアからの侵略を終わらせるためにロシアに領土の一部を譲歩すべきだと述べた。戦争が4カ月目に入る中、ウクライナ人の大多数が反対している立場を提示した。

スイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムでの会議に登場し、キッシンジャーは、ウクライナでロシアに屈辱的な敗北を求めないようアメリカと西側諸国に促し、ヨーロッパの長期的安定を悪化させる可能性があると警告した。

西側諸国は、ヨーロッパにおけるロシアの重要性を思い起こし、「その場の雰囲気に流されない」ようにすべきだと述べた。続いて、キッシンジャーはまた、西側諸国がウクライナに「status quo ante」(以前の状態を意味する)の交渉を受け入れさせるよう推し進めることを求めた。

『デイリー・テレグラフ』紙は次のように報じている。98歳になるキッシンジャーは次のように述べた。「簡単に乗り越えられないような動乱や緊張を生み出す前に、これから2ヶ月の間に交渉を始める必要がある。理想的には、分水嶺は現状復帰(status quo ante)であるべきだと述べた。その先まで戦争を追求すると、ウクライナの自由のためではなく、ロシアそのものに対する新たな戦争が起きてしまう」。

リチャード・M・ニクソン大統領とジェラルド・フォード大統領の時代に国務長官を務めたキッシンジャーが言及した「現状維持(status quo ante)」とは、ロシアがクリミアを正式に支配し、ウクライナの最東端のルハンスクとドネツクの2つの地域を非公式に支配する状況を回復させることを指す。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアとの和平交渉に入るための条件として、侵攻前の国境線を回復させることを強調している。

キッシンジャーの発言は、ロシアによるウクライナ戦争が「国際秩序全体に疑問を投げかけている」と各国首脳が指摘する中でなされた。ヨーロッパ委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長はダヴォス会議で、この戦争は「ウクライナの生存の問題」や「ヨーロッパの安全保障の問題」だけでなく、「国際社会全体の課題」であると述べた。ライエンは、ロシアのウラジミール・プーティン大統領の「破壊的な怒り」を嘆きながらも、ロシアが「民主政治体制、法の支配、国際ルールに基づく秩序の尊重に戻る道を見出せば、いつかヨーロッパにおける地位を回復できるだろう。それはロシアが私たちの隣人だからだ」と述べた。

和平と引き換えに土地を手放さないという点では、ウクライナ人の多くがゼレンスキーに同意している。キエフ国際社会学研究所が今月行った世論調査の結果によると、ウクライナ人の82パーセントが、たとえ戦争が長引くことになっても、ウクライナの土地を手放す用意はないと答えている。5月13日から先週水曜日にかけて行われた世論調査によると、侵略を終わらせるために土地を手放すことは価値があると考える人はわずか10%で、8%はどちらとも言えないと答えたということだ。

この世論調査の対象者には、クリミア、セヴァストポリ、ドネツク州とルハンスク州の一部地域など、2月24日以前にウクライナ当局の支配を受けなかった地域の住民は含まれていない。また、2月24日以降に海外に出国した国民も含まれていない。

キッシンジャーの発言は、ウクライナが和平を実現するためには「痛みを伴う領土問題への決断」が必要だとする『ニューヨーク・タイムズ』紙編集部の最近の論説に続くものだ。

ニューヨーク・タイムズ紙の編集部は木曜日に掲載した論稿の中で次のように述べている。「結局のところ、厳しい決断をしなければならないのはウクライナ人である。ロシアの侵略に対して戦い、死亡し、家を失ったのは彼らなのだ。戦争の終結がどのようなものかを決めなければならないのも彼らである。もしこの紛争が本当の交渉につながれば、ウクライナの指導者たちは、妥協案が要求する痛みを伴う領土問題を解決しなければならないだろう」。

この論説記事は、ゼレンスキー大統領の顧問を務めるミハイロ・ポドリャクなどの反発を受けた。彼らは「ロシアへの譲歩は、平和への道ではなく、数年先送りの戦争につながる」と指摘した。

キッシンジャーは月曜日のコメントの中で、各国が道徳や原則よりも現実的な目的を優先させる現実政治優先的アプローチ(realpolitik approach)を長年提唱しており、ヨーロッパの指導者たちに対して、ヨーロッパにおけるロシアの位置を見失わないように、そして、ロシアが中国と永久に同盟を結ぶリスクを冒してはならないと促した。

デイリー・テレグラフ紙は、キッシンジャーが「ウクライナ人が示したヒロイズムに知恵を添えてくれることを期待する」と発言したと報じている。

批評家たちは、キッシンジャーの発言を、ある人が使った言葉である「不幸な介入(an unfortunate intervention)」と形容している。ウクライナ議会議員であるイナ・ソヴスンは、キッシンジャーの立場を「本当に恥ずべきことだ!」と糾弾している。

「アメリカの元国務長官が、主権国家の領土の一部を放棄することが、どの国にとっても平和への道だと信じているなんて何と哀れなことか」とソヴサンはツィートした。

ポドリャクは、たとえ和平につながるとしても、ウクライナは領土を譲ることはできないとの主張を繰り返し、「誰かの財布を満たすために主権をその代償にすることはない」と述べた。ポドリャクは火曜日にキッシンジャーがプーティンと握手している古い写真をツイートし、戦争を戦っているウクライナ人がこの老いぼれた外交官の提案に耳を傾けなかったことに感謝していると述べた。

ポドリャクはツィートの中で次のように述べた。「キッシンジャー氏は戦争を止めるためにロシアにウクライナの一部を与えることを提案する。それと同じくらい簡単に、ポーランドやリトアニアをロシアが奪うことを許可するだろう。塹壕の中のウクライナ人たちがダヴォス会議のパニッカーたち(錯乱している人間たち)の発言に耳を傾ける時間がないのは良いことだ。彼らは自由と民主政治体制を守るのに今のところ少しばかり忙しいのだから」。

(貼り付け終わり)
(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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 古村治彦です。

 アメリカ外交分野の重鎮にして最長老のヘンリー・キッシンジャー(98歳)が『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタヴューに登場し、ウクライナ戦争と国際情勢についての分析を話した。ヘンリー・キッシンジャーは米中G-2路線の主導者である。一方で、「中国をここまで強大な敵に育て上げたのはキッシンジャーだ」という非難の声もアメリカ国名には根強い。
henrykissinger516
ヘンリー・キッシンジャー

 キッシンジャーは5月上旬、イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタヴューを受けた。キッシンジャーはウクライナ戦争勃発を受け、自分が活躍した冷戦時代とも異なり、ソ連崩壊後のポスト冷戦時代とも異なる「全く新しい時代を私たちは生きている」と述べた。そして、核戦争の可能性(第三次世界大戦の可能性)にも言及している。

 キッシンジャーはヨーロッパがロシアを排除することで、中国との関係をより永続化し、緊密化することに警告を発した。ヨーロッパ(西側諸国全体)に対して、「中露が緊密な関係を築いてしまえば、ユーラシア半島の西の端で圧迫を受けるのはヨーロッパだがそれで良いのか(戦争はウクライナだけでは済まないぞ)」ということを言いたいのだろう。

 中国の上海協力機構(SCO)を基盤とした一帯一路計画はヨーロッパを取り込むことも掲げているが、それが切れてしまうということは、ヨーロッパがユーラシア大陸の中で孤立してしまうということだ。中東までが「西側以外の世界(the Rest)」に入っているとなると、孤立は深まるばかりだ。ロシアと切れてしまえば、これから有望な海上輸送路となるであろう北極海を使えないとなり、世界経済の成長にとっての重要なエンジンとなる北東・東南アジア地域へのアクセスも厳しいということになる。世界は「西側(the West)」がいなくても機能する方向に動きつつある。

 それが日本を含む西側諸国にとって良いこととは言えない。個人レヴェルならば、感情や正義感で判断しても全く構わない。しかし、世界管理や国家運営となればそういう訳にはいかない。方程式はより複雑になる。より複雑な数式の答えが「ロシアとの関係を切らない」「ロシアに譲歩する」というものになることは理解されにくいものだと思う。しかし、個人のレヴェルと国家運営、世界管理の観点は全く異なるということは理解されるだろうと思う。多くの人たちにとってキッシンジャーは全くもってけしからんことを言っているということになるだろう。しかし、冷酷な国際政治の舞台ではこういう答えになる。

(貼り付けはじめ)

「私たちは現在全く新しい時代の中で生きている」-ヘンリー・キッシンジャー(‘We are now living in a totally new era’ — Henry Kissinger

冷戦の戦略家が、ワシントンDCで開催された「FTウィークエンド・フェスティヴァル」でロシア、ウクライナ戦争、そして中国について論じた

エドワード・ルース(インタヴュアー)、ワシントンDCにて

2022年5月9日
『フィナンシャル・タイムズ』紙

https://www.ft.com/content/cd88912d-506a-41d4-b38f-0c37cb7f0e2f

この記事は、5月7日にワシントンで行われた、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官・国家安全保障問題担当大統領補佐官に対して、『フィナンシャル・タイムズ』紙米国版編集者エドワード・ルースが行ったインタヴューを編集したものである。

フィナンシャル・タイムズ:今年の初め、私たちはニクソン訪中50年記念を迎えた。もちろん、あなたは中国とアメリカの合意形成の組織者、調整者だった。そして、米中合意は冷戦において非常に大きな変化であった。あなたはロシアから中国を分離させた。それは、180度の転換ということを私たちに感じさせている。そして現在、ロシアと中国は非常に緊密な関係に戻っている。私からあなたへの第一問目の質問は次のようなものだ。私たちは、中国との新たな冷戦の中にいるのか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちが中国に対して国を開いた際、ロシアはアメリカにとって第一の敵だった。しかし、米中関係は最悪だった。敵が2つ存在する場合、2つとも同じに扱うことは賢いことではないというのが対中国交回復における私たちの考え方だった。

対中国交正常化をも成功させたのは、ロシアと中国の間で自律的に発展した緊張関係であった。旧ソ連のレオニード・ブレジネフは、中国とアメリカが一緒になるとは考えなかった。しかし、毛沢東は、アメリカに対してイデオロギー的な敵意はあっても、対話を始める準備はできていた。

原則的に中露同盟は既得権益に反するもので、今は成立している。しかし、私には、それが本質的に永続的な関係であるようには見えない。

フィナンシャル・タイムズ:私はロシアと中国の距離をさらに広げることがアメリカの地政学的利益になると考えている。これは間違っているのか?

ヘンリー・キッシンジャー:ウクライナ戦争が終わった後、世界の地政学的状況は大きく変化するだろう。そして、予見される全ての問題で、中国とロシアが同じ利害関係を持つことは不自然なことだ。不一致の可能性は生まれないと思うが、状況はそうなると考えている。ウクライナ戦争後、ロシアは最低限ヨーロッパとの関係や、NATOに対する一般的な態度を見直す必要が出てくるだろう。敵対する2国に対して、彼らを追い込むような形で敵対的な立場をとるのは賢明ではないと考える。ヨーロッパとの関係や内部の議論においてこの原則に従えば、歴史は全く異なるアプローチを適用する機会を与えてくれるだろう。

そうではあるが、中露のどちらかが西側の親しい友人になる訳ではなく、具体的な問題が発生したときに、異なるアプローチを採用するという選択肢を残しておくということだ。これからの時代、ロシアと中国を一括りにして考えるべきではない。

フィナンシャル・タイムズ:ジョー・バイデン政権は地政学的な課題として、「民主政治体制対独裁政治体制」を掲げている。私は、それが間違った枠組であることを暗に示唆しているように考えているがいかがだろうか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちはイデオロギーの違い、解釈の違いを認識しなければならない。体制転換(regime change)を政策の主要な目標とする覚悟がない限り、対立の主要な問題とするのではなく、問題が生じたときにその重要性を分析するために、この意識を活用すべきだ。技術の進化と、現在存在する兵器の巨大な破壊力を考えると、体制転換を求めることは他者の敵意によって押し付けられるかもしれないが、私たち自身の態度によってそれを生み出すことは避けるべきだろう。

フィナンシャル・タイムズ:あなたはおそらく、核武装した2つの超大国間の対立をどのように管理するかについて、今生きている誰よりも多くの経験を持っていることだろう。しかし、プーティン大統領や周囲の人々から次々と発せられる今日の核攻撃に関する発言について、私たちが今日直面している脅威の観点からどのように考えるか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちは今、交流の速さと発明の繊細さによって、想像すらできなかったレヴェルの大惨事を生み出しうるテクノロジーに直面している。そして、現在の状況の奇妙な側面は、武器が双方で増殖し、その精巧さが年々増していることだ。

しかし、その兵器が実際に使用されたらどうなるかという議論は、国際的にほとんどなされていない。私が一般的に訴えているのは、どの立場であれ、私たちは今、全く新しい時代に生きていることを理解し、その点を軽視して逃げてきたということだ。しかし、テクノロジーが世界に広がれば、本来そうであるように、外交も戦争も別の内容が必要になり、それが課題になってくるだろう。

フィナンシャル・タイムズ:あなたはプーティンと20~25回会っていると聞いている。ロシア軍の核ドクトリンでは、体制が存続の危機に瀕していると感じれば核兵器で対応するとしている。この状況において、プーティンのレッドラインはどこにあると考えるか?

ヘンリー・キッシンジャー:私は国際政治を学ぶ者として、15年ほど前から年に1回ほどプーティンに会い、純粋に学術的な戦略論議をしたことがある。彼の基本的な信念は、ロシアの歴史に対する一種の神秘的な信仰であり、その意味で、特に我々が最初に何かした訳ではなく、ヨーロッパと東洋との間に開いたこの大きな隔たりに不快感を覚えているのだと考えている。ロシアはこの地域全体がNATOに吸収されることに脅威を感じていたため、プーティンは不快に思い、脅威を感じていた。しかし、これは言い訳にはならないし、私は独立国を乗っ取るような大規模な攻撃を予測した訳でもない。

彼は国際的に直面した状況について誤算していたと考えている。このような大事業を維持するロシアの能力についても明らかに誤って認識していた。和解の時が来たら、全ての人はこのことを考慮に入れる必要がある。以前の関係に戻るのではなく、今回の件でロシアの立場が変わるのだ。

フィナンシャル・タイムズ:プーティンが正しい情報を得ていると考えるか?もしそうでなければ、私たちはどれほどのプーティンの誤算に備えるべきか?

ヘンリー・キッシンジャー:このような危機的状況では、相手にとってのレッドラインが何であるかを理解する必要がある。このエスカレーションはいつまで続くのか、さらにエスカレートする余地はどのくらいあるのか、というのが明白な疑問だ。あるいは、彼は能力の限界に達しており、戦争をエスカレートさせることが、将来、大国として国際政策を行う適性を制限するほど、彼の社会を緊張させることになるのはどの時点なのかを判断しなければならないのだ。

私は、彼がいつその時点に到達するのかを判断することはできない。その時、彼は70年間一度も使われたことのない兵器のカテゴリーに移行することでエスカレートするのだろうか?もしその一線を越えてしまったら、それは非常に大きな出来事となるだろう。というのも、私たちは次の分水嶺が何であるかを世界的に検討してこなかったからだ。私たちができないことの一つはそれをただ受け入れることだというのが私の意見だ。

フィナンシャル・タイムズ:あなたは中国の習近平国家主席や前任者たちに何度も会っており、中国をよく知っている。中国は今回の戦争からどのような教訓を得ているだろうか?

ヘンリー・キッシンジャー:中国の指導者は現在のところ、プーティンが陥ったような事態をいかに避けるか、また、いかなる危機が生じたとしても、世界の主要な地域から敵視されないような立場に立つにはどうすればよいかを考えているのだろうと考えている。

ワシントンのジェイムズ・ポリティがインタヴューを文字起こししまとめた。
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ヘンリー・キッシンジャーがウクライナ戦争をプーティンが終結させなければならない時点を予言(Henry Kissinger Predicts Point at Which Putin Will Have To End Ukraine War

ギウリア・カーボナロ筆

2022年5月10日

『ニューズウィーク』誌

https://www.newsweek.com/henry-kissinger-predicts-vladimir-putin-end-russia-ukraine-war-1705194

ヘンリー・キッシンジャーは、ウラジミール・プーティン大統領はウクライナへの侵攻を開始した際、国際情勢とロシア自身の能力を見誤っていた、と確信している。プーティン大統領は、ロシアが将来も大国である可能性が事実上消滅した時点で、戦争を終わらせなければならないだろう、と元国務長官キッシンジャーは予測している。

1970年代にリチャード・ニクソンとジェラルド・フォードの両政権に仕えたキッシンジャーは、週末の『フィナンシャル・タイムズ』紙のイヴェントで、紛争が核戦争の領域にまで発展することを懸念していると述べた。

キッシンジャーは冷戦時代、アメリカの外交政策形成に重要な役割を果たした。キッシンジャーの主導により、米ソ間の緊張は緩和され、特に米中間の緊張は1972年のニクソン大統領の歴史的な北京訪問につながったのである。

土曜日にワシントンで開催された「FTウィークエンド・フェスティヴァル」で、キッシンジャーはフィナンシャル・タイムズ紙の米国版担当編集者であるエドワード・ルースに、2つの敵を異なる形で扱うことによって、モスクワと北京を分断することに成功したと話した。ヨーロッパでの敵対関係の中で、アメリカは今一度同じことを試みるべきだと、キッシンジャーは言った。

元国務長官キッシンジャーは中国とロシアの両方に対して「敵対的な立場」を取ることで、両者を接近させることにならないよう警告した。「ウクライナ戦争の後、ロシアは最低でもヨーロッパとの関係やNATOに対する一般的な態度を見直す必要があるだろう」と述べた。

ウクライナ戦争は11週目に入り、ロシアは今のところウクライナ国内で大きな目的を達成することができないでいる。4月上旬、キエフ周辺に展開していたロシア軍は、クレムリンによってウクライナ南東部に方向転換し、ドンバス地方の「完全解放」を新たな目標とした。その結果、ウクライナ軍は北部の大部分を再び支配下に置くことができた。

西側諸国の情報機関や国際政治の専門家たちは、ロシアが5月9日にソヴィエト連邦のナチス・ドイツに対する敗北を祝う戦勝記念日のパレードを行うため、月曜日にプーティンが重大な発表を行うことを期待していた。しかし、驚くべきことに、ロシア大統領はウクライナへの全面戦争宣言や総動員を発表することを控えた。この動きはロシア国民が耐えられるかどうかをプーティンが警戒している表れではないかと分析されている。

現段階では戦争の結末を予測するのは難しい。戦争の結末にはどのようなものがあるかについて質問され、キッシンジャーはインタヴュアーのルースに対して、「ロシアはウクライナ紛争で軍事力と資源を消耗し、大国としての地位を失うまで戦い続けるだろう」と述べた。

キッシンジャーは次のように語った。「このエスカレーションはいつまで続くのか、更にエスカレートする余地はどのくらいあるのかというのが明らかな疑問だ。あるいは、能力の限界に達し、戦争をエスカレートさせることが、将来、大国として国際政策を行う適性を制限するほど社会を緊張させることになるのがどの時点なのかを判断しなければならないのか?」。

その時、ロシアが戦争を終わらせるために核兵器に頼るかは予測できないとキッシンジャーは言った。彼は「冷戦時代とは全く異なる時代に私たちは生きている」と述べた。

冷戦時代にキッシンジャーが目指した「核災害の回避」に関しても、ここ数十年で状況は大きく変化し、核兵器使用の潜在的な意味について、まったく新しい議論が必要になっているとキッシンジャーは述べた。

キッシンジャーは「テクノロジーが世界に広がるにつれ、本来そうであるように、外交も戦争も異なる内容を必要とするようになり、それが課題となるだろう」と述べた。

「私たちができないことの1つはそれをただ受け入れることだ、というのが私の意見だ」と結論付けた。
(貼り付け終わり)
(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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   古村治彦です。

 ウクライナ戦争において、ウクライナ政府のサイバー担当の若い副首相ミハイロ・フェドロフ(Mykhailo Fedorov、1991年-、31歳)についてはこのブログでもご紹介した。ウクライナはサイバー軍を創設し、サイバー戦争でロシア(強力なサイバー軍を保有している)に強力に対抗しているということは日本でも報道で紹介されている。ロシア国内の金融機関はインフラ施設に対するサイバー攻撃を行っている。

 ウクライナのサイバー軍はインターネット上で攻撃目標を公表し、世界中の協力者たち、ヴォランティアたちに攻撃を行うように「仕向けている」。協力者たちは世界中からロシアにサイバー攻撃を仕掛けている。

この攻撃に対して、ウクライナ政府は謝意を示しながらも、公式には支持しないという奇妙な態度を取っている。下の論稿から引用する。
(引用貼り付けはじめ)

ウクライナ国家特殊通信・情報保護局のヴィクター・ゾーラ副局長は次のように述べている。「もちろん、ロシア軍とロシア政府のインフラに対する攻撃活動は全てウクライナにとって有益なものだ。私たちは公式にヴォランティアによるロシアに対するサイバー攻撃を支持することはできない。しかし、攻撃を行えるヴォランティアに感謝している」。

(引用貼り付け終わり)

 ヴォランティアたちがロシア国内の攻撃目標に攻撃を仕掛けることには感謝するが、公式に支持はできないということはどういうことか。これは、「ロシア国内へのサイバー攻撃はヴォランティアが勝手にやっているだけのことで、ウクライナ政府は支持していないし指示していない」ということだ。それは、世界中のヴォランティアたちがサイバー攻撃、ハッキングなどは犯罪行為になるということだ。ウクライナ戦争という状況下、ロシア国内へのサイバー攻撃は黙認されているかもしれないが、冷静に見れば、ウクライナ国民でもない人間がロシアへのサイバー攻撃やハッキングをすれば犯罪行為ということになる。義勇軍を気取って、安全だからということでハッキングをしているのだろうが、これは犯罪行為ということになるだろう。だから、ウクライナ政府は慫慂も支持もできないが、勝手にやってくれたことには感謝するということになる。

 ウクライナ戦争勃発直後、ウクライナへ世界中から義勇兵が向かっているという報道もあった。日本からも数十人が渡航を希望しているという報道があった。しかし、日本政府は「私戦の禁止」を理由にしてそのようなことを行わないようにと釘を刺した。サイバー攻撃に参加するヴォランティアたちも同様である。従って、ロシアに対する義憤にかられるのは理解できるが、慎重な対応を行う、赤十字などへ寄付を行うなど穏健な対応をすべきということになるだろう。
(貼り付けはじめ)
ウクライナのインターネット上のヴォランティアたちはロシア国内の複数の攻撃目標をつけ狙っている(Ukraine’s Online Volunteers Go After Russian Targets

-キエフはサイバー攻撃を支持していないと述べているが、サイバー攻撃を行っている人々に感謝している。

ジャスティン・リン筆

2022年5月3日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/05/03/ukraine-it-army-hackers-russia-war/?tpcc=recirc_latest062921

2022年4月20日、ウクライナIT軍の公式「テレグラム」チャンネルで、「今日は金融データ運営会社を攻撃する」と宣言された。そこには、ロシアとベラルーシの金融機関のウェブサイトのリストと、そのウェブサイトの構成に関する重要な情報が添付されていた。

それから24時間以内に、これらのウェブサイトの多くがオフラインになった。「テレグラム」チャンネルは「よくやってくれた」と報告した。そして、新たな攻撃目標のリストが添付されていた。数時間のうちに、それらもオフラインになった。

ウクライナの巨大なサイバー軍団は、ウクライナで急成長している技術部門の労働者と世界中から集まったヴォランティアの両方によって構成され、専門家たちが誰も予想もしなかった方法でロシアに対して逆転のための攻撃を仕掛けた。

ウクライナの副首相兼デジタル変換担当大臣ミハイロ・フェドロフは次のように述べた。「ロシアの本格的な侵略以前は、数多くのサイバー攻撃にさらされていたにもかかわらず、私たちが行ったのは明らかに防御的なものだった。それが、ロシアの戦車が走り始めてから、劇的に変わった」。

2月下旬にロシアがウクライナへの侵攻を開始した時、多くのアナリストたちがロシアの軍事的勝利を予想したように、モスクワもその定評ある攻撃的サイバー能力でウクライナの技術基盤を破壊するだろうという予測が多くあった。

しかしそうはならなかった。

それどころか、ウクライナは自国の重要インフラに対する大量のサイバー攻撃を積極的に撃退し、ロシアに闘いを挑んでいる。

フェドロフは「私たちは実際に反撃を開始した」と述べた。

ウクライナ政府関係者はロシアに対するサイバー攻撃に感謝の意を表しているが、IT軍はキエフの指揮系統には属していない。

ウクライナ国家特殊通信・情報保護局のヴィクター・ゾーラ副局長は次のように述べている。「もちろん、ロシア軍とロシア政府のインフラに対する攻撃活動は全てウクライナにとって有益なものだ。私たちは公式にヴォランティアによるロシアに対するサイバー攻撃を支持することはできない。しかし、攻撃を行えるヴォランティアに感謝している」。

ロシアのハッカー組織は複雑で大規模である。そして、国家予算から多額の資金が出ている。「ノットペトヤ(NotPetya)」や「サンドウォーム(Sandworm)」といったサイバーウイルスの犯人とされるスパイ組織ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)に所属する国家レベルのハッカー、アメリカを標的とした「ファンシーベアー(Fancy Bear)」のようなハッカー集団、ロシア政府から暗黙の了解を得て活動する多くの犯罪ハッカー集団などが存在する。ウクライナの状況はロシアとは全く対照的なものだ。

しかしながら、ウクライナのヴォランティア・ハッカー軍団は、かなり規律正しく活動している。ハッカーたちは、ランダムな攻撃目標ではなく、意図的かつ慎重に選ばれた目標を攻撃していると主張している。IT軍団の「Q&A」には、「もし全員がランダム(無差別)の標的を攻撃し始めたら、攻撃力を失ってしまうことになる」と書かれている。

ここ数週間で、ハッカーたちが公共の利益になると信じてハッキングした情報を流出させる分散型秘密分散ポータル(ウェブサイト)は、ロシアの金融機関、不動産管理会社、旅行会社、鉄道会社、さらにはロシア政府自身から2テラバイト以上のハッキング資料をアップロードしている。ハッカーたちは、国営ガスプロム、ロシア中央銀行、教育省、さらにはロシア正教会から膨大な量の電子メールをハッキングした。

ウクライナのIT軍団のウェブサイトには、攻撃対象が記録されている。ある攻撃の際に標的となった64個のウェブサイトとサーヴァのうち、約43個が「死亡(オフラインになった)」となり、更に11個が「健康ではない」と評価されました。

ウクライナ戦争以前、ウクライナには強力なハイテク部門があり、年間40~50パーセントの成長率を記録し、比較的安価な労働力と高学歴の人々、そして技術科目を重視する学校のおかげでうまく機能していた。しかし、多くの技術者たちが国外に流出し、リモートで仕事をする者もいれば、職を失い、ロシアとの戦いに身を投じている者もいる。

しかし、全てのハッカーがウクライナ人ではない。ハッカー集団「アノニマス」はウクライナ政府への支援を表明し、ロシア国内の生活を混乱させるために世界的な活動を展開している。特に、ロシア国営テレビの膨大なプロパガンダを中断して、戦争の実像を映し出すなどの活動を行っている。

ウクライナ政府は、誰がロシアに対してサイバー攻撃しているにせよ、慎重に対応しなければならない。一つは、ロシアのデータを狙うことで、軍事目標と民間目標の境界線が曖昧にならないかという懸念がある。フェドロフは「ウクライナでは、国民一人ひとりの個人情報を非常に重視している」は述べている。ウクライナのデジタルサービス構築の責任者であるフェドロフは、ウクライナ政府が厳密に必要なデータのみを収集することを主張している。フェドロフは「ロシアでは、基本的に状況が逆だと思います。ロシアでは、国民のデータは国家が所有すると考えている。そして、国家は脆弱である。これが真実だ」とも述べている。

フェドロフは続けて「そのデータを流出させることで、より的を絞った介入、つまり詐欺やソーシャルエンジニアリングを使った操作や攻撃の可能性を可能にすることができる」と述べた。

調査団体「べリングキャット(Bellingcat)」は、ロシアの人気フードデリバリーサービスのハッキングにより、国家安全保障サーヴィスの従業員の身元が明らかになったことを報告した。このようなデータは、より専門的な国家のサイバーアクターが、特定のセキュリティや軍事関係者をターゲットにする際に有利に働く可能性がある。

2022年3月、ウクライナ側のハッカーはロシアの通信・メディア担当省庁であるロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)から大量のデータを流出させた。また3月には、『フォーブス』誌は、ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁が分散型サーヴィス妨害攻撃(ウェブサイトをアクセス不能にする大規模攻撃)に対する防御のための国家プログラムを構築するために、現在懸命に取り組んでいると報じた。

フェドロフは「これはロシアの情報システムに対する前例のない攻撃となった。ウクライナ政府によるIT軍の組織と専門性が高まっている。そして、今後しばらくは有効だと思う」と述べた。

ロシアの通信社インタファクス通信によると、ロシア政府は外国からのサイバー攻撃から防御しようとして、外国のインターネットトラフィックを制限しているということだ。しかし、今のところあまり効果は上がっていない。

フェドロフは次のように述べている。「IT軍の有効性はロシア人自身が言っていることから判断できる。そして、彼らが言っていることは、データ漏洩や重要な情報システムのダウンタイムが発生しているということだ」。

また、あまり対立的でない戦術もある。IT軍団は、「トリップアドバイザー(TripAdvisor)」をはじめとするクラウドソーシングの口コミサイトに、戦争に関する情報を発信するヴォランティアも派遣している。ヴォランティアたちは「残念なことに、プーティンはウクライナとの戦争を卑劣にも開始し、私たちの食欲を台無しにした」と言った書き込みをしている。ハッカーアクティヴィスト(hacktivists、ハクティビスト)たちは、ユーザーが無作為にロシアの携帯電話に親ウクライナのメッセージを送ることができるサイトも立ち上げている。

こうした行動は、西側諸国では広報分野における大きな一撃となるかもしれないが、ロシアではその影響ははるかに小さいだろう。世論調査のデータによると、ロシアのプーティン大統領と彼の戦争に対する支持は戦争が始まって以来、実際に上昇していることが明らかだ。

大西洋評議会が発行している『ウクライナ・アラート』誌の編集者ピーター・ディキンソンは次のように述べている。「ロシア人はプロパガンダの裏を読むことが得意であり、その気になれば簡単に別の情報源にアクセスできる。何千万人ものロシア人が、クレムリンのテレビが宣伝するオーウェル的な嘘を容易に受け入れ、この国の戦争応援団が表明する感情を共有しているというのが恐ろしい真実である」。

ロシアは国家、非国家、その中間に位置する様々なサイバーアクターを利用しているかもしれない。しかし、ウクライナはロシアに対して公式に攻撃的なサイバー活動を開始する予定はないようだ。

ウクライナ国家特殊通信・情報保護局のヴィクター・ゾーラ副局長は「ウクライナに対するサイバー攻撃を組織する彼らの能力を制限するために、私たちは防衛だけを行っている」と述べている。もしウクライナ政府がロシアのインフラへの攻撃を開始したいのであれば、ウクライナ国内の法的枠組みを採用する必要がある。

ゾーラは続けて次のように述べている。「NATOは、今サイバースペースで何が起きているのかを非常に注意深く見守っている。そしておそらく、攻撃的な作戦がどのように提供され、何が限界なのかを理解する上で何らかの変化が生じるだろう」。

現在まで、NATOはサイバーパワーの展開に慎重だった。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、大規模で高度なサイバー攻撃は同盟創設条約第5条を発動させ、集団的対応につながる可能性があると述べているが、その限界がどのようなものか、集団的対応とはどのようなものなのかは不明確だ。このように明確でないため、NATO加盟国はロシアに対するサイバー作戦を避けてきたし、少なくとも公式には認めず黙認してきた。

サイバーセキュリティの専門家であるエリカ・ロナーガンとサラ・モラーは、『ポリティコ』誌に発表した最近の論稿の中で、「大規模攻撃に至らないサイバー攻撃は、同盟諸国の問題ではなく、国家の問題として扱う」ように提唱している。そうすることで、5条を発動すべきタイミングが明確になり、各国がサイバー攻撃に対して「国家に合わせた対応」を取ることができるようになると彼らは主張している。

一方、ゾーラは、ウクライナ政府の要求はかなり単純なものだと主張している。彼は「まず武器。第二に制裁だ」と述べた。サイバーセキュリティに関しては、西側諸国はロシアとのデジタル関係を遮断し続ける必要があるとも述べた。彼はそれを「技術的ロックダウン(technological lockdown)」と呼んでいる。

ウクライナのロシアに対するサイバー攻撃の有効性は、モスクワがウクライナ国内のITインフラに対する砲撃を強化する動機となり得る。これまでウクライナは、IT産業の大富豪イーロン・マスクやアメリカ、ヨーロッパが提供するスターリンク端末のおかげで、ウクライナ国内の大部分をオンラインに保つことに成功してきた。これらの端末のいくつかは、既に砲撃の被害を受けている。ここ数日、ロシア軍はケルソン地方でのインターネット接続を遮断することに成功した。

ウクライナ政府は声明の中で、「今回の爆撃は、ロシアがウクライナに対して行っている戦争の進展に関する真の情報にウクライナ国民がアクセスできないようにし、ロシアで行われているのと同じように、彼らの偽情報によるプロパガンダを唯一の情報源にしようとするもう一つの敵(ロシア)による試みである」と述べた。

※ジャスティン・リン:トロントを拠点とするジャーナリスト。
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(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。
 世界が「西側世界(the West)対それ以外の世界(the Rest)」に分断していることがウクライナ戦争によって明らかにされた。ここで重要なのは大きな戦争を起こさないことだ。ウクライナ戦争から更に大きな戦争に向かう流れを遮断することだ。ここで重要なのは、「米中G-2Group of Two)」という考え方だ。G-2という考え方は一時期喧伝されたが、米中対立激化によって話題にされることが少なくなった。
 「西側対それ以外」の2つの陣営のリーダーはそれぞれアメリカと中国だ。西側は衰退を続け、それ以外の国々は成長を続けており、近い将来に力関係は大きく変化することになるだろう。成長と発展が止まった旧先進国とそれ以外ということになるだろう。世界の構造は大きく変化していく。こうした変化に伴って世界は不安定化していく。そうなれば世界全体で安全と平和を確保することが難しくなっていく。小さな戦争が頻発するということにもなりかねない。それが大きな戦争につながるということも出てくるだろう。

 こうした悪い方向への変化を抑制するために、米中G-2による世界管理が必要である。中国がここまで大きくなり、BRICsを中心とする発展途上諸国も力をつけている中で、これまでのようなアメリカ一極の世界管理、西側諸国中心の世界構造には限界が近づいている。私たちは自分たちの考え方、世界観を大きく変えねばならない。

 今回のウクライナ戦争はG-2を機能させるためのタイミングとなる。戦争当事国であるウクライナとロシアに対して、まずは停戦、それからお互いが譲り合えるポイントを探り、和平交渉を行えるようにし、講和条約を締結して平和を回復できるようにする。そのためには、ウクライナとロシアが属しているグループのそれぞれのリーダーである米中が出てこなければ済まない。中国は目立つようなことはあまりしたくないだろうが、米中G-2時代を確立するためにはここが1つのタイミングということになる。停戦と戦争が与える経済への悪影響の払しょくのために米中両国の果たすべき役割は大きい。
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ウクライナにとってのG-2時代を理解する(Grasping the G-2 moment for Ukraine

ジーチュン・ジュー筆

2022年49

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/blogs/congress-blog/3263053-grasping-the-g-2-moment-for-ukraine/

ウクライナで展開されている人道上の災厄を止めるために、イスラエルやトルコなど一部の国が仲介を試みている。しかし、実際に戦争終結に貢献できるのは、アメリカと中国という二大超大国だけだ。

ワシントンと北京の政策は結果的であり、ウクライナ戦争の結果を形成する。3月18日に行われたジョー・バイデンと習近平のヴィデオ通話は、正しい方向への一歩と言える。両首脳は外交的解決への支持を表明したが、具体的な方策の提示には至らなかった。今こそ、取り組みを強化し、関係者全てを交渉のテーブルに着かせるべきだろう。

グループ・オブ・ツー((Group of Two)、いわゆるG-2は、2005年に経済学者のC・フレッド・バーグステンが提唱した概念で、中国の世界貿易機関(WTO)加盟後、中国経済が拡大する中で、アメリカと中国の経済関係を説明するためのものだ。この概念は、現代世界における米中関係の中心性を認識する用語として、外交政策分野で一定の評価を得た。元国家安全保障問題担当大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキー、歴史学者のナイオール・ファーガソン、元世界銀行総裁ロバート・ゼーリック、林義豪経済学者のジャスティン・イーフー・リンなどがG-2を評価し、唱導した。G-2の協力体制は、世界経済を安定させるだけでなく、国際安全保障にも貢献すると期待されていた。

2010年、中国経済は日本を抜いて経済規模で世界第2位となり、アメリカとの差が縮まった。中国の習近平が政権を握り、バラク・オバマ大統領が2期目を迎える頃には、米中関係の力学は変化していた。アメリカは、中国の急速な台頭に対応するため、「ピボット(pivot)」政策またはアジアへの戦略的重点の再調整を決定した。中国はアメリカの利益に対する挑戦であり、脅威であるとさえ見なされるようになった。二国間関係がより競争的になるにつれて、G-2 のコンセプトは静かに消えていった。

今日、G-2を復活させるべき時が来ている。それは、アメリカと中国が和解して世界の諸問題についての解決に関する考えが一致したからではない。米中二大国が世界を脅かすウクライナ危機を協力して直ちに食い止めなければならないからだ。

ロシアによる主権国家への正当な理由なき侵略は正当化できない。しかし、ジョージ・ケナン、ヘンリー・キッシンジャー、ジョン・ミアシャイマーなど多くの人々が指摘しているように、冷戦後、NATOの東方拡大に対するロシアの深刻な懸念をワシントンが無視したことが災いのもととなったのだ。つまり、アメリカは少なくとも部分的にはこの危機に責任があることは間違いなく、その汚名を晴らすために何か建設的なことをしなければならない。

ロシアのウクライナ戦争は、中国が最も大切にしている外交原則の1つである主権と領土の一体性の尊重の原則に反するものでもある。中国最高指導部はロシアの残忍な侵攻に驚かされたと伝えられている。中国はロシアの侵攻を支持せず、ロシアに関する国連決議にも棄権した。中露関係には「限界はない」と喧伝されているが、そこには国連憲章で定められた信条と原則という底辺がある。中国は平和的で責任ある大国であることを公約している。今こそ中国が輝く時である。

ウクライナ紛争を解決するために、中国は内外の制約を受けている。中国が調停に関心を示している以上、西側諸国、特に米国から何らかの励ましと誘惑があれば、中国がより深く関与する決断を下すのに役立つだろう。そのような前向きな姿勢には、中国の積極的な外交の結果、危機が終結すれば、中西部の関係は大幅に改善されるという北京への再保証が含まれる。制裁の脅威を振りかざしたり、公然と北京に圧力をかけたりすることは逆効果である。

China faces internal and external constraints for leading the efforts to end the Ukraine war. Since China has expressed interest in mediation, some encouragement and enticement from the West, particularly the United States, would be conducive to China’s decision to get more deeply involved. Such positive gestures could include reassurance to Beijing that relations between China and the West will significantly improve if the crisis is brought to an end as a result of active Chinese diplomacy. Brandishing threats of sanctions or publicly pressuring Beijing is counterproductive.

ヨーロッパ地域における戦争は、世界経済に深刻な打撃を与え、エネルギー価格は高騰している。ロシアもウクライナも今すぐ紛争から脱却するための出口が必要である。アメリカと中国は、世界の利益を第一に考えるべきだ。2000年代の北朝鮮に関する6カ国協議での協力や、2021年11月のグラスゴーでの気候変動に関する合意など、以前は両国の相違が大きな課題への協力を阻むことはなかった。

今こそバイデンと習近平は、それぞれNATOとプーティンに対する並々ならぬ影響力を行使して、紛争の実行可能な解決策を描くべき時である。アメリカと中国が主導する複数の関係国が参加するプラットフォームは、ロシアの安全保障上の懸念に配慮しつつ、ウクライナの主権を確保する、相互に受け入れ可能な解決策を見出すことを目指すべきだろう。アメリカと中国は、そのような結果に対する共同保証を提供し、ウクライナとロシアの戦後復興を支援する必要がある。双方の犠牲者が日々増えている今、逡巡している時間はない。

これこそがまさにG-2が輝く瞬間だ。バイデンも習近平もタイミングを逃してはならない。

※ジーチュン・ジュー:ペンシルヴァニア州バックネル大学政治学・国際関係論教授。

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 古村治彦です。
 ウクライナ戦争によって、ヨーロッパ地域を覆っていた偽善と「西側諸国(the West)対それ以外の世界(the Rest)」という分断が明らかになった。「○○(国名が入る)はウクライナだ」という粗雑な主張が展開され、「防衛のために防衛費の増額と装備の増強が必要だ」「先制攻撃を行えるようにすべきだ」という主張が雨後の筍のように出てきている。他人の不幸に便乗し、他人のふんどしで相撲を取る、なんとも恥ずべき主張だ。
 ウクライナ戦争を契機にして、核兵器保有を主張する政治家たちが北東アジア諸国、具体的には日本と韓国で出てきている。核兵器を保有していることでそれが抑止力となるという考えがその根底にあるが、果たしてそうだろうか。他国が攻撃してきて、進攻してきて、たとえば日本が核兵器を使用することができるだろうか。通常兵器で攻撃してきた相手に核兵器で応酬するというのは「過剰防衛」の謗りを免れない。核兵器は特に先進諸国にとって使えない最終兵器である。また、安全保障のジレンマという考え方がある。ある国(A国)が自国の防衛能力を増強すれば、隣国(B国)はそのことを脅威に感じ、こちらも更に防衛能力を引き上げる。そうなればA国はせっかく防衛能力を高めたのに、安心感が得られずに、更に防衛能力を高めるために無理をする。このような無理が続き、両国ともに破綻するということになる。
 アジア地域、特に東南アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)という素晴らしい枠組みがある。国家制度や経済制度が違う国々が集い、何か問題があれば拙速に断定などをせずに話し合う。このような制度こそが平和と安全を守るために重要だ。北東アジア地域の中国、韓国、北朝鮮、台湾、中国にもこのような枠組みを構築すべきだ。EUNATOのような偽善で過度な理想主義で粉飾された、本質的には戦争を誘発するような枠組みは必要ない。
 今回のウクライナ戦争を教訓は際限なき軍拡競争に走ることではない。外交と地域の枠組みによって平和と安定を守るということであるべきだ。
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ウクライナはアジアに戦争を考えさせる(Ukraine Has Asia Thinking About War
-大規模な紛争の再来はアジア諸国の軍備増強につながる。

ウィリアム・チューン筆

2022年4月29日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/04/29/ukraine-russia-war-asia-china-military-defense-spending-geopolitics/?tpcc=recirc_latest062921

ロシアによるウクライナ侵攻に伴って、都市の破壊と市民に対する残虐行為が発生した。これによって世界の多くの国々にハードパワーの優位性を再認識させることになった。春。ブランズは『ブルームバーグ』誌に寄稿した論稿の中で、ロシアのウラジミール・プーティン大統領はポスト冷戦時代の考え方、すなわち大規模で暴力的な紛争は過去のものになったという考え方を崩壊させた。

ウクライナ戦争は、アメリカの学者アーロン・フリードバーグがかつて「大国間紛争のコックピット」と呼んだ、「インド太平洋地域が最も不安定な武力紛争のリスクにさらされている」という広範な認識も覆した。ロシアがこれまで土地の強奪や紛争の扇動を何度か行ってきたが、これまでパワーバランス(力の均衡)に大きな影響を与えることはなかったが、制度がしっかりしているヨーロッパは概して安全な場所と見なされてきた。ヨーロッパに比べ、インド太平洋は、EUNATOのような平和や安全を増進する制度がなく、アメリカ、中国、インド、日本、ロシア、朝鮮半島にある韓国と北朝鮮と世界トップ7の軍隊が集結し、南シナ海、台湾、朝鮮半島、尖閣諸島などいくつかの不安定なホットスポットがあって、更に危険な場所であると考えられてきた。

ロシア・ウクライナ戦争の前から、冷戦終結後に衰退した軍事的な国家統治手段がアジアで復活しつつあることは、専門家の間で指摘されていた。これまでアジアでは、地域経済や地域制度の進化に注目が集まる一方で、ヨーロッパと同様に軍事力が地域の力学に果たす役割の重要性が過小評価される傾向があった。

現在、変化が起きつつある。ロシア・ウクライナ戦争は多くのアジア諸国が自国の防衛力の必要性を見直すきっかけとなっている。日本や韓国などのアメリカの正式な同盟諸国は、ロシアがウクライナに侵攻し、米英露が1994年のブダペスト覚書で約束した安全保障に関する合意を踏みにじっているにもかかわらず、アメリカがロシアと敵対することを拒否していることを正確に評価している。ソウルや東京から見ると、アメリカのエスカレートへの懸念は、NATO加盟諸国や日本、韓国といった条約上の同盟諸国を守る義務に優先するように見える。西側諸国の首都がエスカレートを恐れているのなら、なぜ同盟諸国を守ることに消極的にならざるを得ないのだろうか?

ロシア・ウクライナ戦争の前から、日本は中国の急速な軍拡と北朝鮮の核開発への懸念から、既に10年連続で防衛費を引き上げてきた。今、安倍晋三元首相は、ドイツの核シェアリング協定と同様に、日本国内でアメリカの核兵器を受け入れることを検討するよう提案し、古い議論を復活させた。安倍元首相は、ウクライナは1994年に核兵器を放棄したため、より強力で修正主義的な隣国ロシアに対して脆弱になってしまったと主張している。

韓国の防衛態勢の見直しは、韓国内の核兵器保有に対する意欲の高まりを反映している。

安倍首相の提案は、後任の岸田文雄首相によって即座に否定された。しかし、与党の自民党(LDP)内では一定の支持を得ている。自民党の意思決定機関(decision-making body)である総務会(General Council)の福田達夫総務会長は、この議論を「避けるべきでない」と述べた。自民党の高市早苗政務調査会長は、核兵器を持ち込まないというこれまでの鉄則についての議論について「抑制すべきではない」と述べた。自民党以外では、一部の保守系野党も核武装の選択肢を公に出すことを望んでいる。

韓国においても、政策立案者たちはアメリカの「核の盾」に依存し続けられるかどうかを懸念している。ユン・スギョル次期大統領は、韓国とアメリカの同盟関係の強化を公約に掲げ、先制攻撃のための能力開発を目指している。ソ・ウク国防相は、韓国は北朝鮮のミサイル発射台に対する攻撃を「正確かつ迅速に」実施することができると述べた。ユン次期大統領は、1991年に撤去されたアメリカの核兵器を韓国に戻すようアメリカに求める考えだと報じられている。その他の選択肢としては、核爆撃機や潜水艦の韓国への配備を求めることも考えられる。ユン次期大統領はまた、韓国に対弾道ミサイル防衛システムを追加配備すること(過去に中国の怒りを買った措置)や、ドナルド・トランプ前米大統領時代に中断していた年2回の米韓軍事演習(野外訓練を含む)の本格的な再開を要求している。

韓国の防衛態勢の見直しは、韓国において核兵器保有に対する意欲が高まっていることを反映している。今年2月の世論調査では、韓国人の71%が韓国独自の核開発を望み、56%がアメリカ軍による核兵器の再配備を支持している。大統領府政策企画委員会のチョ・ギョンファン委員は、ロシア・ウクライナ戦争は、「本当に危機に瀕している時には、頼るべきは自分の力しかない、自分で自分自身を守るしかないのだ」ということを思い知らされたと述べた。

台湾では、ロシアの侵攻に対するウクライナの執拗な抵抗によって、中国による水陸両用の侵攻のシナリオに新たな光を当てる結果になった。ウクライナの非対称戦法、例えば小型で携帯性に優れた対戦車ミサイル「ジャベリン」や対空ミサイル「スティンガー」は、台湾のアナリストが台湾軍の海・空における同様の戦術を強調するきっかけとなった。あるアナリストによると、トランプ政権発足後、台湾がアメリカから購入した18種類の武器のうち116種類は、高性能戦闘機や軍艦といった大規模なものではなく、こうした非対称能力の強化に重点を置いている武器だということだ。

その他の複数の措置も存在する。台湾のジョセフ・ウー外相は、アメリカの武器取引は更に発表されると述べた。国内では、台湾はミサイルの年間生産量を2倍以上にするつもりである。また、4ヶ月の徴兵期間を1年に延長する計画も存在する。

北東アジア地域に比べ、東南アジア諸国はウクライナ紛争を契機に軍事力を強化する動きは少ない。しかし、それでも、紛争時には外部からの支援よりも自助努力に頼るべきという考え方は、今回の戦争で後押しされているように見える。

シンガポールも戦略環境の変化を痛いほど実感している。リー・シェンロン首相は、ウクライナを自国のモデルと見ている。自国を守ろうとする意志は、「ウクライナ人が持ち続けているもので、この世界で自分たちの安全を守るために、シンガポール人が持たなければならないものだ」と記者たちを前にして語った。この発言は特定の国に向けられたものではないが、シンガポール軍は、島国への攻撃や、シンガポールが依存するシーレーンへの干渉を抑止することを目的としていると広く考えられている。アジアで最も高い一人当たりの国防費により、シンガポールの軍隊は既に東南アジアで最も優れた装備を保有している。

今年3月初め、シンガポールのン・エンヘン国防相は、シンガポール軍(SAF)が情報、サイバー能力、心理的防衛を組み合わせた新しいデジタル・インテリジェンス・サービスを立ち上げ、シンガポール軍をネットワーク化した部隊として再編成すると発表した。この決定はウクライナ情勢が原因ではないが、ロシアがウクライナで展開したようなハイブリッド戦争に対処するためにシンガポール軍を再構築すると述べた。

退任予定のフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領はプーティンを「個人的な友人」と呼んでいるが、ドゥテルテは3月、反米主義だった過去と決別し、ロシア・ウクライナ戦争がアジアに波及した場合にフィリピン軍の事施設の利用をアメリカに提案した。4月21日には、ドゥテルテはフィリピンの国軍と警察に対し、あらゆる事態に「備える」よう呼びかけた。

ヴェトナムは、モスクワとの良好な関係を持っていることから、ロシアを直接非難することを拒否している。しかし、ワシントンの出方次第では、ハノイがアメリカの言いなりになる可能性は十分にある。現在、ヴェトナムはロシア製戦闘機の購入を意図しており、アメリカによる制裁の対象になる可能性がある。フィリピンやインドネシアがロシアの武器購入計画を撤回したのと同じアメリカ制裁法に基づいているのだ。しかし、アメリカはヴェトナムが中国、特に南シナ海で対抗するために軍備を強化することに本質的な関心を持っており、ヴェトナムは安価なロシア製ジェット機を購入する意図を持っている。したがって、アメリカ・ヴェトナム合同軍事演習の再開に関連して制裁が免除される可能性もある。

アジア各国の政府は、アジア地域で戦争がすぐに起こるとは考えていない。しかし、中国は、例えば、南シナ海でグレーゾーンやハイブリッド戦法を用いることで、ロシアのやり方を模倣する可能性がある。南シナ海では、中国は既に自国の領有権主張について、ウクライナに関するロシアと同じような歴史物語を作り出している。アメリカのインド太平洋戦略に対する北京の主張は、NATOにウクライナへの攻撃を強いられたというモスクワの主張とも平行している。3月、中国の楽玉成外務次官は、NATOの拡大が戦争を引き起こしたというロシアの主張を支持し、米国のインド太平洋戦略は「ヨーロッパの東方拡大というNATO戦略と同じくらい危険だ。放っておけば、この地域は "奈落の底に突き落とされる」と述べた。ロシアがウクライナへの攻撃を正当化するために、このようなレトリックを用いたことを考えると、アジア各国の防衛強化への決意は強まっていく。

ヨーロッパは、ハードパワーの現実を残酷なまでに再認識させられた。アジアは、第二次世界大戦後、多くの紛争を経験しているので、そのような再認識は必要ない。しかし、アジアでも、ロシアの侵攻は、将来の紛争に備えるという新たな真剣さを各国政府に植え付ける結果となった。

※ウィリアム・チョン:ISEAS・ユソフ・イシャク研究所上級研究員兼研究所の論説ウェブサイト「フルクラム」編集長。「フルクラム」は東南アジアを専門としている。ツイッターアカウントは@willschoong
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※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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