アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 2015年3月17日にイスラエルで総選挙が行われ、劣勢が伝えられていたベンヤミン・ネタニヤフ首相率いるリクードが第一党となりました。これでネタニヤフ首相は続投となります。

 

 2014年12月の日本の総選挙でも、自民党が300議席に迫る勢いで勝利を収めましたが、この時の衝撃と似ています。

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選挙前のクネセトの議席数 


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選挙後のクネセトの議席数
 

 日本では北朝鮮、イスラエルではイラン(もしくはイスラム国)が「攻めてくる」という恐怖感を煽って、好戦的な政党と政治家が選挙で勝利を収めています。「人々が右傾化している」というよりも、人々が脅されていると言えるのでしょう。

 

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金輪際ネタニヤフを信頼するな(Never Trust Netanyahu

―イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの最近の政治的な行動が示しているのは、彼が最悪の種類の機会主義者であるということだ。アメリカは彼がこれ以上最悪の行動を取ることを許してはならない。

 

リサ・ゴールドマン筆

2015年3月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/19/never-trust-netanyahu-israel-election-obama/

 

 ここ数週間、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは権力の座に留まるためなら何でもやる人間であることを示し続けてきた。彼が権力に固執することで、イスラエルの最大の同盟国であるアメリカとの関係を弱めることになっても、彼は構わずに権力を握り続けることに拘る。人種差別的な、昔アメリカに存在したジム・クロウ法のような差別的な選挙法を推し進めることになっても、彼は何も気にせずにそれを推し進めるだろう。彼は判断力があって知識もある人々に向かって嘘をつき続けることになっても、嘘をつき続けることだろう。ネタニヤフの人格を理解する上で重要なことは、彼が自己を満足させるために2つのことを気にかけていることを理解することだ。1つは権力の座に留まることであり、もう1つはゴラン高原とパレスチナ占領地域に対するイスラエルの支配を継続することだ。

 

 2015年3月17日、ネタニヤフは総選挙で勝利した。イスラエル国内のリベラル派と外国の専門家たちは選挙結果に衝撃を受けた。選挙戦を通じて、彼らは一般有権者が安全保障問題やネタニヤフが3月3日に行ったアメリカ議会演説よりも、経済問題により大きな関心を持っていると考えていた。更には、ネタニヤフの3月3日のアメリカ連邦議会での演説は賛否両論を巻き起こしたが、これによってネタニヤフは支持率を引き上げることに失敗し、アメリカとの関係を傷つけたことで、反対票が投じられることになると考えていた。ネタニヤフが「人目を引くような行動」をいくらやっても挽回は無理だろうと私の同僚の一人は語っていた。選挙日直前の最終の世論調査では、ネタニヤフ率いるリクードは20議席を獲得し、主なライヴァルであるザイオニスト・ユニオンは24議席を獲得すると見られていた。ネタニヤフは権力の座に長くい過ぎたために、有権者を理解できなくなっているのではないかと思われていた。

 

 実際には、ネタニヤフは誰よりも有権者を理解していたということになった。選挙直前、ネタニヤフは低俗な、人種差別的な大衆煽動ばかりを行ったのだ。彼は有権者の持つ恐怖感と部族(「リクード族」)への所属感を刺激した。彼らは、イギリス人が贔屓のサッカーチームに対するのと同じように、リクードに対して忠実である。

 

 イスラエルのインターネットのニュースサイトであるNRG(アメリカの大富豪シェルドン・アデルソンが所有している)とのインタビューで、ネタニヤフは、「自分の目の黒い内はパレスチナ国家の成立を許さない」と明確に述べた。フェイスブック、ツイッター、SMS,自動ヴォイスメールを通じて、有権者たちに次のように訴えた。「私は皆さんと左翼が率いる政府の間に立っています。左翼政府はエルサレムを分割し、1967年の段階の国境にまで撤退しようとするでしょう。テルアヴィヴとベン・グリオン空港を見下ろすヨルダン川西岸地区を開放することでそこにイスラム国が入り込んでくるでしょう」

 

 選挙日当日、ネタニヤフはフェイスブックに30秒間の酷い内容の動画を掲載した。その中で、彼は中東の地図を背にして立ち、予備役将兵に対して国家安全保障の緊急事態が起きているかのように訴えた。枯れは次のように述べた。「右派の政府は危機に瀕しています。アラブ人たちが町中の投票所に押し寄せています。左派のNGOがバスを使って彼らを投票所に運んでいるのです」。ネタニヤフは、軍隊の緊急時を示す用語である「ツアヴ8」という言葉を使いさえしたのだ。

 

 イスラエルの有名なジャーナリストであるハノク・ダウムがフェイスブックに挙げた文章を多くの人々がシェアした。そこには、超正統派とパレスチナ人の有権者の票を除くと、3人に1人がリクードに投票したことになると書かれていた。そして、クネセトの過半数の議席は、右派とナショナリズム勢力が占めているとも書かれていた。

 

 イスラエル以外の国々で衝撃が走った。しかし、実際にはイスラエルはもはや右派的な社会となり、人種差別的な言辞が普通に使われるようになっている。例えば、「アラブ風」という言葉は、低俗でけばけばしい意味で使われている。イスラエル国会クネセトの右派的な議員たちはここ数年、アラブ系の議員たちに対して、彼らが演説をしている際に、暴力をふるうようになっている。西洋諸国のリベラル派にとっては衝撃的な事例が数多く起きている。しかし、イスラエル国内では無視されている。クネセトの議員たちは、スーダンからの移民たちを「私たちの体に巣食う癌細胞」などと演説の中で言ってしまう始末だ。

 

 同様に、世界中のマスコミは、ネタニヤフのパレスチナ国家の樹立を拒絶発言に関して、ほとんど取り上げてこなかった。昨年7月、イスラエル国防軍が駐留しない限り、パレスチナ国家の樹立を容認しないとネタニヤフは演説の中で述べた。「イスラエル国防軍の駐留」は別の形での軍事占領である。彼の演説は世界中のマスコミが取り上げず、イスラエル国内のマスコミもほとんど報道しなかった。NRGとのインタビューでネタニヤフは、かなり率直な言葉遣いであった。ここがある種の転換点であった。3月3日のアメリカ連邦議会演説でネタニヤフはバラク・オバマ米大統領を大いに侮辱した。このインタビューはそれに続くものであった。

 

 ホワイトハウスは、2国共存を否認することでイスラエルは外交分野において厳しい状況に追い込まれると示唆した。数カ月前、ハアレツは漏えいしたとされるEUの公式文書をすっぱ抜いた。そこには、イスラエルがヨルダン川西岸地区から撤退すること、パレスチナ国家の樹立の交渉を公式に拒絶した場合には、イスラエルに特別な経済制裁を科すと書いてあった。ネタニヤフはやり過ぎだと世界が見ていることを示していた。

 

しかし、ネタニヤフは態度を豹変させた。総選挙の2日後の2015年3月19日(木)、ネタニヤフはMSNBCの記者に対して穏やかな態度で、2国共存の解決法を否認はしなかった。ネタニヤフは「現実が変化したのだ」と述べた。更には、パレスチナのマウムード・アッバス議長は、イスラエルをユダヤ国家として承認することを拒否し、彼はハマスとの間にイスラエルを破壊するための協定を結んだ、とも述べた。

 

 2つの発言は共に実質的には嘘である。2009年にアッバス議長に対してイスラエルをユダヤ国家として承認するという条件を押し付けて状況を変えたのはネタニヤフ自身である。それまでのパレスチナ側との交渉でこうした条件は持ち出されたことはなく、全く新しい条件であった。ハマスとPLOの間に存在すると言われている協定からすれば、この条件は受け入れがたいものであった。ネタニヤフはただ単に嘘をついたのだ。しかし、彼の発言はもっともらしいものである。ネタニヤフはアメリカのマスコミに対応し、簡単な質問に答える時にその準備をしっかりやっている。ネタニヤフが何年もイスラエルのマスコミからの取材を受けつけずに、アメリカのテレビや新聞の取材には積極的に応じてきたのは何の不思議もない。

 

問題は、アメリカがこれからもネタニヤフの行動を許容し続けるかどうかである。ネタニヤフは、ヘブライ語で「自分の目の黒い内はパレスチナ国家の樹立を許容することはない」と明確に言い切った。それから2日後、彼は穏やかな態度でアメリカ人のジャーナリストたちに対して、英語で、そのようなことは言っていないと述べた。彼は流ちょうな英語を話し、英語を母国語としない人にありがちなアクセントもない。

 

 イスラエルはほぼ50年間にわたってヨルダン川西岸地区を占領してきた。ほぼ10年にわたり軍隊を使って、ガザ地区を封鎖してきた。イスラエルはそうした政策を変更する意図を全く見せていない。これは継続可能な状況ではない。イスラエルが支配する地域には約1300万人が暮らしているが、800万人しか投票権を持っていない。「アメリカとイスラエルは価値観を共有している」と主張するアメリカ人はイスラエルに対して、ジム・クロウ法も共有する価値観なのかどうかを尋ねる必要がある。セルマ自由行進50周年の記念式典で、エドマンド・ペタス橋の上で行ったオバマ大統領が行った演説の感動から考えて、ジム・クロウ法はアメリカの価値観でもなんでもない。オバマ政権はもうネタニヤフが自分たちに嘘をついているなどとは考えてないなどと振る舞うことは止めるべきだし、ネタニヤフが信頼できない人物であるかどうかは分からないなどと言う姿勢を取ることも止めるべきだ。オバマ政権がやるべきことはただ一つ、「イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは歓迎されざる人物(persona non grata)だ」と宣言することだ。

 

(終わり)