古村治彦です。

 

 今回はスパイ手段装置を取り扱う企業についての記事をご紹介します。

 

 記事の著者バムフォードは、人権や自由を標榜するアメリカの企業がスパイ手段を抑圧的な各国政府に売りつけている矛盾を指摘しています。この矛盾は、アメリカ全体が抱えている矛盾そのものです。

 

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スパイ産業経済(The Espionage Economy

―アメリカの企業は独裁者たちにスパイウェアを売りつけて巨額の利益を上げている。

 

ジェイムズ・バムフォード筆

2016年1月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/01/22/the-espionage-economy/

 

 リカルド・マルティネリはフロリダのビスケイ湾にある最高級高層マンションであるジ・アトランティスのコンドミニアムに住んでいる。ビスケイ湾はテレビドラマの『マイアミ・ヴァイス』で有名になった。がっちりとした体躯で白髪の富豪マルティネリは63歳で、数年前には南米で最も人気のある指導者であった。2009年から2014年にかけて、マルティネリはパナマの大統領であった。しかし、彼は現在贅沢な生活をしているが、司直の手から逃れて逃亡者なのである。

 

 パナマの最高裁判所がマルティネリ政権に対して汚職に関する捜査を行うと発表する数時間前にマルティネリは2015年1月28日にパナマから逃亡した。マルティネリに対する様々な容疑の中に、政治的なスパイ活動というものがあった。これで有罪になると21年の懲役が宣告される可能性があった。マルティネリは違法に150名以上の人々の電話を盗聴し、Eメールを盗み読みしたという容疑が掛けられた。彼が対象にしたのは、パナマの野党の指導者、ジャーナリスト、裁判官、ビジネス上のライヴァル、閣僚、アメリカ大使館の職員、ローマ教会の大司教、マルティネルの愛人と言われた女性であった。

 

 マルティネリが関与したとされる違法な活動は、軍隊が使うレヴェルのスパイウェアを民間企業が取り扱うことになって可能になった。2011年、『ウォールストリート・ジャーナル』紙は監視手段の小売市場はここ10年で全く存在しない状態から年間50億ドルの規模で拡大し続けていると報じた。監視手段取引市場の動きは全く規制されてこなかった。そして、2013年にアメリカ国家安全保障局の盗聴スキャンダルが発覚した。それでもアメリカの連邦議員や政策立案者は外国政府に対して監視手段を売りつけるアメリカ企業の動きに対して注意を払っていない。

 

 パナマのスキャンダルは、スパイ手段の輸出ビジネスがどれだけ危険な存在になっているかを示す具体例となっている。規制をかけなければ、スパイ手段産業がもたらす危険性は高まるばかりである。より多くの国々が汚職を続け、人権を侵害するための道具を手に入れることになる。

 

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 パナマの検察当局はマルティネリに対しての訴追を準備しているが、マルティネリの弁護士ロゲリオ・クルズはこの訴追を「カフカの文学作品の内容のようだ」と語った。クルーズは、彼の顧客マルティネリはアメリカに亡命することを求めているが、彼に掛けられている容疑に関して全て無罪だと主張している。しかしながら、ウィキリークスが暴露した2009年の外交公電によると、マルティネリは大統領に就任直後、アメリカ政府に対してアメリカ麻薬取締局が使っている盗聴設備を送ってくれるように依頼した。彼は盗聴設備を国家安全保障に対する脅威に使う意図があると伝えた。当時の駐パナマ米国大使バーバラ・スティーヴンソンが出した公電には、「マルティネリは盗聴をやりたいと躍起になっている」と書かれている。スティーヴンソンは、マルティネリの依頼を拒絶したと書いている。その理由として、スティーヴンソンは「マルティネリは正当な安全保障上の対象と政治的な敵対者との区別がついていない」ということを挙げている。外交公電は、「マルティネリは、他の政府や民間部門に対して盗聴能力を手に入れることで敵を服従させたいと考えているようだ」と結論付けている。

 

 この情報は正しいようだ。パナマの地元紙は、マルティネリが電話を盗聴し、Eメールを盗み読みするための手段に少なくとも1340万ドルを支払ったと報じた。『パンナム・ポスト』紙は、貧困者向けの食糧プログラム予算の一部を流用してスパイ手段購入に当てたと報道している。マルティネリが使った会社の一つがNSOグループテクノロジーズ(NSO Group Technologies)だ。NSOグループテクノロジーズは、アメリカ企業フランシスコ・パートナーズ(Francisco Patners)が所有するイスラエルの情報企業である。NSOのプロモーション資料によると、システムは「ペガサスと名付けられており、強力で個性的な監視手段を提供する。これによって、遠隔操作と捕捉不能の監視が可能であり、遠隔操作と追跡不可能な手段によって対象の装置からデータを全て抽出できる」ということである。イタリアの有害ソフト販売業者ハッキング・ティームの内部メモがウィキリークスによって昨年の夏に暴露された。このメモによると、このシステムを使えば、対象の電話に対して、「ショートメッセージを送り、それを使って電話を捜査することができる」ということであった。この機能が使用可能となるには、電話の所有者がショートメッセージを読まなければならない。

 

(続く)