アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 

 古村治彦です。

 

 金銭スキャンダルで経済再生担当大臣を辞任した甘利明衆議院議員(神奈川13区選出、甘利グループ)の退任のあいさつ全文を自民党の“機関紙”である産経新聞が掲載しました。「自分のせいではない秘書のやったことに対して、潔く辞任して安倍政権を支えようとする、素晴らしい政治家である甘利明」を宣伝しようという意図が透けて見えます。

 

 あいさつの全文を読むと、ところどころでお笑い用語で言う突っ込みを入れたくなります。

 

 以下の2つの記事が今回の甘利氏の金銭スキャンダルを理解するのに役立ちます。

 

①「安倍政権史上、最大の政治スキャンダル!甘利大臣は「シロ」か「クロ」か - 山本洋一」

→ http://blogos.com/article/156231/

②「甘利大臣が辞任を表明「閣僚・甘利明にとっては誠に耐え難い事態」」

→ http://blogos.com/article/157437/

 

 ①の記事の著者、山本洋一氏は日本経済新聞の記者として長く政治の世界の取材をしてきたヴェテランだそうです。山本氏によると、今回の甘利氏のスキャンダルの問題点は2つあって、1つ目は、甘利氏が、問題の建設会社(S社と表記)のお願いを受けて、国土交通省の所管である都市再生機構(UR)に口利きをして、S社の利益となるような結果を導き出して、その結果としてお礼としてお金を受け取った、つまり賄賂を受け取ったのかどうか、ということだそうです。国会議員が口利きなどをしてその見返りで金品を受け取ると「あっせん利得処罰法」違反ということになります。

 

 昔であれば、職務権限の有無、が問われたので、「自分の職務とは関係ない」という言い逃れもできたそうですが、現在は、職務権限は問われないようになっているそうです。

 

 政治資金として適正に処理してあれば問題は言い訳は立つのだそうですが、そこがいい加減だと処罰される可能性が高くなるということです。このスキャンダルを報じた『週刊文春』誌の記事の内容では、秘書が個人的に使ってしまったと可能性が高いということになります。

 

2つ目の問題点は、S社からもらったお金を政治資金収支報告書にきちんと記載したかどうかという点になるそうです。

 

週刊文春の記事によると、「最初に事務所に持参した500万円のうち、200万円分は政党支部への献金として処理されているが、残り300万円はどこにも記載がない」ということだそうです。

 

「甘利事務所は記事中で、甘利氏に渡された50万円やその他の現金について「パーティー券で処理している」などと答えている」のだそうですが、S社側は否定しているのだそうです。お金を出したS社が否定しているのに、甘利事務所側がパーティー券を買ったことにして政治資金収支報告書に記載すると、これは虚偽記載(嘘の内容を政治資金収支報告書に記載した)ということになります。

 

 賄賂を貰ったのかどうか、政治資金収支報告書にきちんと記載したのかどうか、という点が問題になっています。「賄賂としてもらった訳ではない、政治資金としてもらったのだが、秘書が一部を個人的な目的のために使ってしまった」という説明を甘利氏はし、監督責任を取り、安倍政権へのダメージを食い止めるというということで大臣を辞任しました。

 

 それについて、甘利氏は「やせ我慢」だとか「美学」だとかそういう大仰な言葉を使いました。数百万円のお金を受け取っておいての「やせ我慢」というのは何ともおかしな話ですし、「美学」というと、なんだかとても崇高なもののために自分を犠牲にするという響きがありますが、こちらもなんだかおかしな感じがします。

 

こうしたおかしな日本語の使い方の裏には、「自分は罪なくして(冤罪で)大臣の座を去らねばならない。しかし、それについて言い訳も恨み言も言わない」というある種のヒロイズム、悲劇のヒーロー気取りがあります。しかし、実際にはあっせん利得処罰法や政治資金規正法に違反している可能性があることをすっかり忘れてしまっています。

 

 今回のスキャンダルでは甘利氏と秘書がそれぞれお金を受け取って、甘利氏は自分が受け取ったお金は政治資金としてきちんと処理したと述べていますが、そもそも政治資金収支報告書に虚偽の記載をした可能性(受け取った分を全額記載しなかったこと、お金を渡した側が否定しているのにパーティー券の購入代金として記載したこと)があります。

 

 「やせ我慢」や「美学」という言葉を使い、政治活動を一からやり直すということならば、中途半端なことはせずに議員辞職をして一からやり直すのが筋ではないかと思います。政治家の出処進退はその人だけが決めることですから、甘利氏がどのような決断をするのかは甘利氏の良心に従った決定を尊重すべきですが、「やせ我慢」だの「美学」だのと大見得を切ったのに、他の政治家と変わらない大臣だけの辞任ということになると、大見得を切った分だけ出処進退の「潔さ」の度合いは小さくなりますし、そもそも「やせ我慢の美学」がある人は、大見得を切ることなく、出処進退を静かにするものではないかと思います。

 

 大臣退任のあいさつで、「日本の官僚は世界一」という歯の浮くようなお世辞を残しました。官僚が「世界一」だから、今のほとんどの政治家たちのような「世界一」の質ではない、政治家を稼業にしているだけの二世、三世の人物たちが代議士になり、大臣をやっても国が何とかやっていけているのだろうという憎まれ口を叩きたくなります。

 

 また、今残っている問題を全て解決するまで安倍政権が存続すべきだという発言も気にかかります。安倍政権の閣僚だった人ですから、安倍政権の存続を願うのは当然でしょうが、いま日本が抱えている問題を全て解決するのに必要な時間はどれくらいのものでしょうか。1年、2年で済むものはないでしょう。たとえば、安倍晋三総理大臣が前回の首相在任時に「消えた年金」問題について、「私の政権で最後のおひとりまで救う」と選挙運動で述べたことがありましたが、これは解決しているでしょうか。財政赤字も問題とするのならば、それがここ1、2年で解消するものでしょうか。

 

甘利氏の退任のあいさつで気になったのは、「本当に身命を賭して突っ込んで」という表現です。もちろん物理的に、具体的に命を差し出すということではないのは分かっています。しかし、後半の安倍政権が今存在する問題をすべて解決するまで続くべきだという主張と併せて考えると、とても「狂信的な」感じを受けます。宗教的な熱狂と言ってよいかもしれません。「沖仲士の哲学者」と呼ばれた、アメリカの社会思想家エリック・ホッファーは主著『大衆運動』で、大衆運動の中心的な役割を果たす人々を「トゥルー・ビリーヴァーズ(True Believers)」と呼びました。この人々は大義や正義のためには命もいらないと考える人々ですが、こうした存在のために社会運動が得てして先鋭化してしまい、支持を失っていくということはこれまでも散々繰り返されてきました。冷静さを欠く、ある意味の熱狂が安倍政権の中にあるということになるとすると、安倍政権は穏健な保守政権というよりは、急進的な右翼反動的政権ということになります。甘利氏の発言からはそのようなことが読み取れると私は考えます。



 一つの内閣で問題が1つでも2つでも解決出来たらそれはそれで大したものですし、長期政権となるとどうしても緊張感がなくなり、弛緩してしまう部分が出てきます。特に今の自民党の体質では長期政権になると、緊張感を持続させることは難しいでしょう。

 

 今回の甘利氏のスキャンダルに関しては、「はめられた」とか「ゲスの極み」といった感想や批判が自民党の幹部から出ています。甘利氏を失脚させる「陰謀」があったということを言いたいのでしょうが、問題は誰がその「陰謀」を成就させるためにシナリオを書いたかということです。そこのところをはっきりさせねば、スキャンダルの発生を止めることはできません。しかし、自民党自体がこうしたスキャンダルの仕掛け人とか発生源とかに対して対処したという話は聞きません。

 

 今回はこれ以上は書きませんが、それはこうしたスキャンダルを仕掛ける「陰謀」の仕掛け人が海の向こうの意向を受けているということだからではないかと私は推察しています。簡単に言ってしまえば、「属国の悲哀」ということになるでしょうか。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

甘利氏退任あいさつ全文「私なりのやせ我慢の美学」「安倍内閣と一緒に使命を果たして」

 

産経新聞 129()132分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160129-00000540-san-pol

 

 

 自らの金銭授受問題の責任を取り辞任した甘利明前経済再生担当相は29日、内閣府で職員に退任のあいさつを行った。あいさつの全文は以下の通り。

 

           ◇

 

 「このたびは私どもの不祥事により、世間をお騒がせし、皆さんに大変なご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思っています。責任の取り方に対し、私なりのやせ我慢の美学を通させていただきました」

 

 「この3年余りの間、いろんな仕事をさせていただきました。日本経済全体の指揮をとるという大役をお任せいただきました。この3年間を通じて、痛感したことは、やっぱり日本の官僚は世界一だということでした」

 

 「ただ、今までその官僚の力を思う存分発揮できなかったのは、政権が毎年、毎年、代わる。政権が代われば指示が変わる。働くものは下された指示を、本当に身命を賭(と)して突っ込んでいっていいのか、不安になる。それが素晴らしいポテンシャルを、宝を持ちながら、必ずしも十二分に発揮ができなかったことだと思いました」

 

 「安倍内閣はまだまだ続きますし、続けさせなければならないと思います。そしてその間に、日本が解決しなければならない課題はすべて、全部解決をすると。そのつもりで総理は邁進(まいしん)されています。それを信じて、一片の疑いもなく、その使命を安倍内閣と一緒に果たしていただきたいと思います」

 

 「重ねて、ご迷惑をおかけいたしたことをおわびします。本当に申し訳ありませんでした。そしてありがとうございました」

 

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)