古村治彦です。

 

 アメリカ大統領選挙ですが、共和党の予備選挙はドナルド・トランプがリードし、後は、混戦という状況になっています。

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ドナルド・トランプ

 

私は先日の共和党の候補者討論会で、ドナルド・トランプが使った言葉が気になりました。それは、“I am a common sense conservative” というものです。直訳すれば、「私は常識を持った、常識的な保守主義者だ」となります。ここで使われている、common sense

という言葉は、日本語では「常識」と訳されることが多いです。分解してみると、commonは、「共通の、同じ」となり、senseは「感覚、考え方」となり、「皆が共通して持つ感覚や考え方」ということになります。

 

 アメリカ政治史で最も重要なcommon senseという言葉の使われ方は、1776年にトマス・ペイン(Thomas Paine、1737~1809年)が出版した政治パンフレット『コモン・センス(Common Sense)』であると思います。このパンフレットは、イギリスからの政治的、経済的独立を訴えた書物であり、これに鼓舞された北米植民地の人々が、イギリスからの独立を果たし、アメリカ合衆国が誕生しました。彼らは、「王様」とか「世襲の権威」というものを完全に否定して、民主政治体制に基づいたローマ以来の伝統ある共和国(王様のいない国)を建国しました。

 

 トランプは、「ジェブ・ブッシュにしても、ヒラリー・クリントンにしても“王朝”ではないか」「テッド・クルーズやマルコ・ルビオが支援を受けている金持ちたち、コーク兄弟にしたって世襲じゃないか」と言外に訴えているようです。「『コモン・センス』で否定されて、それに基づいたアメリカという共和国。しかし、実際は富裕な家族が実質的な王朝や世襲の権威になっている。これが共和国の実態ではないか」ということを訴えて、支持を受けているのです。

 

 それでは、トランプを支持している人たちとはどんな人たちなのかということについて、記事をご紹介したいと思います。

 

 2015年12月31日付のニューヨーク・タイムズ紙にネイト・コーンという人が書いた「ドナルド・トランプの最強の支持者たち:民主党員の一つのタイプに分類される人たち(Donald Trump’s Strongest Supporters: A Certain Kind of Democrat)」という記事が掲載されました。

 

Donald Trump’s Strongest Supporters: A Certain Kind of Democrat

Nate Cohn  DEC. 31, 2015

 

http://www.nytimes.com/2015/12/31/upshot/donald-trumps-strongest-supporters-a-certain-kind-of-democrat.html

 

コーンは、民主党系のデータ会社「シヴィス・アナリティクス」のデータを使って、トランプを支持しているのはどんな人たちなのかを分析しています。コーンによれば、トランプを支持しているのは、「教育程度が高くなく、選挙にあまり行かない。共和党の支持者でありながら、ある時期までは民主党支持として登録していた。南部各州、アパラチア山脈、北部の工業地帯に住んでいる」人たちであると結論付けています。

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トランプ支持が多い州は色が濃くなる 


 トランプに関しては、年齢が高く、白人で南部に住む人々が多く資しているという結果が出ています。しかし若い人々や非白人に支持を広げることは難しそうだと記事では書いています。地域的には、「メキシコ湾岸の各州からアパラチア山脈を通ってニューヨークに至る」地域でトランプへの支持が高く、州レヴェルではウェストヴァージニア州で次にニューヨーク、ノースカロライナ、アラバマ、ミシッシッピー、テネシー、ルイジアナ、サウスカロライナの各州ということになります。

 

 トランプへの支持が減るのは西部各州です。ミシシッピー州から西の各州では支持が高くありません。これは1992年の大統領選挙で第三党として出馬したロス・ペローとは全く逆のパターンだということです。

 

 南部各州には保守的な「サザン・デモクラッツ」と呼ばれる人々(民主党支持だが保守的)がいました。彼らは、共和党を支持するようになっています。そういった人々がトランプを支持しています。彼らは、有権者登録の際に「民主党支持」と登録しながら、実際には共和党に投票するという行動を取るようになっています。そして、現在はこうした複雑な状況が少なくなり、共和党支持と登録するようになっています。

 

 それでも、いまだに民主党支持という登録をしている人たちも多く、そういう人たちがトランプを支持しています。記事によると、そうなると、フロリダ、ペンシルヴァニア、ニューヨークといった州では、そうした人たちは共和党の予備選挙に参加できない(共和党支持者として登録されていないため)ということになります。これがトランプが抱える弱点になると記事は述べています。また、これまで選挙にきちんと行ったことがない人たちでもあるというのが2つ目の不安だということです。更には、本選挙になって、トランプが共和党の候補者になって支持を拡大できるのかということも言われています。

 

 トランプの支持層は、中流以下の白人の人々ということです。彼らは金持ち優遇の共和党にも、福祉やマイノリティ政策重視のリベラルな民主党にも反感を持っています。トランプはそうした反感をうまく吸い上げています。そうした人々は、2008年、2012年の大統領選挙では民主党の予備選挙ではヒラリーを支持し、本選挙では共和党の候補者ミット・ロムニーとジョン・マケインを支持しました。

 

 それは大統領選挙でどの州をどの候補者が取ったかを見れば一目瞭然です。私がこのブログで既に書きましたように、大都市を抱える西部湾岸各州、東海岸の北部各州、五大湖周辺の各州はオバマ大統領で勝利を収め、共和党は人口の少ない農業州で勝利を収めました。この傾向は今回の大統領選挙でも変わらないと思います。

 

 昨日、以下のような新聞記事が出ました。メキシコ訪問中のローマ法王がトランプを批判し、これに対して、トランプ陣営が皮肉で返したというものです。

 

(新聞記事貼り付けはじめ)

 

●「ローマ法王、トランプ氏を批判「壁を造るのはキリスト教徒ではない」 陣営は皮肉で返す」

 

The Huffington Post  |  執筆者:Christina Wilkie

投稿日: 20160219 1750 JST 更新: 20160219 1750 JST

http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/19/pope-francis-donald-trump-christian_n_9271072.html

 

 

2016年アメリカ大統領選で、共和党の指名争いトップを走るドナルド・トランプ氏が、信者であるカトリックの最高峰から「教徒ではない」と批判された。

 

メキシコを訪問中のローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は218日、専用機の中で、不法入国の防止のため、メキシコとの国境に壁を建設しようというドナルド・トランプ氏の主張について記者に問われ、以下のように答えた。

 

「壁を造ろうとばかり考える人は、それがなんであれ、橋を架けようと考えない人は、キリスト教徒ではない」

 

法王は、アメリカの有権者に対し、特定の候補を支持するよう呼びかけるものではないとしながら、重ねて「そんなことを言ったのであれば、その男はキリスト教徒ではない」と、トランプ氏を批判した。

 

トランプ氏は即座に反応した。陣営から以下のようなコメントを出した。

 

「宗教指導者が、特定の人の信仰を疑うのは恥ずべきことだ」

 

ただ、トランプ氏は、自身が共和党で指名を争うテッド・クルーズ氏について「こんなに噓つきで不誠実な人が、本当にキリスト教福音主義者なのか?」と疑ったことは、都合良く忘れているようだ。

 

法王の言葉がソーシャルメディアで拡散すると、トランプ氏のソーシャルメディア・ディレクター、ダン・スカヴィーノ氏は、こんなツイートを投稿した。

 

「バチカンは100%、巨大な壁に囲まれているのに、法王のコメントは驚きだ。」

 

ちなみに、メキシコとの国境に壁を建設しようと主張しているのは、トランプ氏だけではない。共和党のテッド・クルーズ氏、ジョン・ケーシック氏、ベン・カーソン氏、マルコ・ルビオ氏もみんな、同様のことを言っている。

 

ベン・カーソン氏の広報担当者も18日、トランプ氏を擁護した。NBCニュースに対し「国境の守りを固めようと言っても、キリスト教徒であることを否定されるわけではない」と述べた。ルビオ氏も報道陣に「バチカン市国は出入国者を管理している。アメリカも同じことをする権利がある」と話した。

 

CNNの討論会で、トランプ氏は、法王のコメントが「メディアに誤解された」との考えを明らかにした。

 

「私は法王と争うのは嫌だ。メディアの報道より、もっと穏やかな言い方だったんじゃないか。おそらくメキシコ政府から一方的なことを聞かされたんだろう」

 

トランプ氏は、法王が好きで、機会があればいつでも会うと述べた。

 

「法王は人格者だ。特別な人だ。とてもいい仕事をしている。おそらく間違った情報を与えられて、間違って伝えられたんだろう」

 

(新聞記事貼り付け終わり)

 

 ローマ法王の発言に対して、他の候補者たちも反論しています。国境警備や出入語句管理といった内政問題にローマ法王が絡むことは許さないという態度です。これは、アメリカが建国以来、ローマ法王の影響力について懐疑や警戒を抱いてきたという歴史があるからです。

 また、宗教的迫害から逃れた清教徒(ピューリタン)たちが海を渡り、やってきたアメリカという歴史的な前提からすると、「ローマ法王が信者について個別に批判すること(信仰を疑うこと)は迫害ではないか」という言い方も成り立ちます。

 

ハーヴァード大学教授で、『文明の衝突』や『第三の波』などの著作を遺した政治学者サミュエル・ハンチントンは、最後の大著『分断されるアメリカ』で、アングロ・プロテスタントの伝統がアメリカの基盤であり、その基盤の上に平等、自由、個人尊重といった「アメリカの信条」が築かれ、その上に社会、経済、政治の各制度が成り立っていると主張しました。そして、「マイノリティがアングロ・プロテスタントの伝統に同化せずに、それぞれの伝統や文化に固執すれば、アメリカはアメリカではなくなる」と警告を発しました。簡単に言えば、「アメリカ国内で、“文明の衝突”が起きる」と警告した訳です。

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 プロテスタントは文字通り、カトリック、ローマ法王に対する「抵抗・反抗」から生まれたものです。カトリックとプロテスタントの争いで、血で血を洗う殺し合いまで起きました。「アメリカはプロテスタントの作った共和国だ」というのが、アメリカのアングロ・プロテスタントの伝統ということになります。こうして考えると、ローマ法王は警戒される存在でした。今ではそのような宗教対立はない訳ですが、何かの拍子にそれが出てくることになります。これは、フランス革命後のフランスでも人々を支配してきたカトリック教会、ローマ法王に対する反感や忌避が明確になりました。


 「共和国」であるフランスとアメリカは、ともに革命を経て、人類普遍の価値(自由や平等、基本的人権など)を基盤とする国になったという共通点を持っています。そして、そうした考えからすると、無知蒙昧な人々をたぶらかして、支配してきたカトリック、ローマ法王に対する反感というものが出てきます。今はもうそんなに激しい敵意は出てこないと思いますが、何かの拍子に顔を出すのだろうと思います。

 

 トランプを支持する人たちは、アングロ・プロテスタントの伝統とアメリカの信条に忠実な人々です。トランプ自身はカトリックだそうですが、その考えと発言、行動は、ハンティントンの言う「同化」に成功したアメリカ人そのものです。ですから、最も「アメリカらしさ」を求める人々から支持されるということになります。

 

 アメリカは人口が増えていますが、その中で存在感を増しているのがヒスパニックと呼ばれる人々です。中南米からの合法、不法の移民でスペイン語を話し、カトリックです。そうした中で、白人(プロテスタント)も黒人も人口に占める割合をどんどん小さくさせています。アメリカを建国し、主人公であった白人(プロテスタント)たちは、主役の座を奪われるのではないかという不安を持っています。その不安が怒りとなり、その怒りをトランプがすくい上げている、ということになります。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23