アメリカのネオコンの拠点の1つである、戦略国際問題研究所(CSIS)が毎年発表しているグローバル予測の最新版から、所長のジョン・ハムレとジャパン・ハンドラーズの1人マイケル・グリーンの論稿をそれぞれ紹介します。ネオコン派がどのように考えているかが分かるものとなっています。
=====
2016年グローバル予測(2016 GLOBAL FORECAST)
クレイグ・コーエン(CRAIG COHEN)、メリッサ・G・ダルトン(MELISSA G. DALTON)編
戦略国際問題研究所(Center for Strategic and
International Studies、CSIS)
http://csis.org/files/publication/151116_Cohen_GlobalForecast2016_Web.pdf
アジアへの再接続(Reconnecting of Asia)
ジョン・J・ハムレ(JOHN J. HAMRE)筆
400年前、人類史上初めての純粋に国際的な国家間システムが出現した。この時以前、中国の各王朝と近隣諸王国との相互交流のような地域的な地政学システムはいくつか存在した。しかし、純粋に国際菜的な国家間システムは存在しなかった。国民国家が出現した際のウェストファリア体制は極めて斬新なものを生み出した。個人の忠誠心は王に対する忠節から国民としての意識と国家への同一化へと変化した。この時期、制限責任企業のような組織に関する新しい概念が生まれた。制限責任企業は幅広く資本を集め、対象となる商業的な冒険的試みに大量の資本を投入できるようになった。
これらのヨーロッパの国民国家は、大都市の発展を支えた大富豪を生み出すための世界規模の帝国を創設しようとして相争った。ヨーロッパを中心とする国際的な地政学的システムが生み出された。このシステムは、操作法則として力の均衡(balance of power)を基礎とし、商業主義的な諸原理によって動くものであった。
しかし、この発展には副作用も伴った。ヨーロッパの各帝国は世界各地に商業拠点を獲得しようと躍起になった。この世界システムの経済的ダイナミズムによって、アジアとアフリカの沿岸部にヨーロッパから企業家精神に溢れた人々が押し寄せるようになった。海上輸送が世界的な商業の基礎となった。アジア各地の沿岸部と主要航路沿いに巨大な都市が次々と誕生した。それから400年間、アジアにおいて地政学的に重要であったのは沿岸部であった。
それ以前、アジアにおける商業と地政学の点で重要であったのはユーラシア大陸内陸部であった。国家間の商業活動は、いわゆる「シルクルート(silk routes、シルクロード)」に沿って行われていた。
400年間にわたりアジアにおいては沿岸部に地政学的な中心が置かれてきたが、その状況は変化しつつある。巨大なユーラシア大陸が内陸部で再接続されつつある。ロシアは、極東とヨーロッパを結ぶ鉄道ネットワークを構築するという野心的な計画を明らかにしている。中国は「一帯一路(One Belt, One Road、OBOR)」構想に基づいて様々なもっと野心的な計画を発表している。この計画は、中央アジアと西アジアを貫く形で輸送ネットワークを劇的に拡大するというものだ。中国はその他にもアジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクルート基金のようなより衝撃的で野心的な計画を実行しようとしている。数十の社会資本建設・整備計画が既に発表され、この計画の方向性はすでに示されている。
一帯一路構想は、様々な議論を引き起こした。懐疑論を唱える専門家たちは、この計画は成長が遅れている中国内陸部の開発を促進するための試みだと述べている。また、個の計画は中国国内で建設ラッシュが一段落している建設業者たちに機会を与えるための経済刺激策だと主張する人たちもいる。更には、中央アジア諸国の中国に対する忠誠心を獲得し、属国関係として固定化するための地政学的な設計図に基づいて行われていると主張する専門家たちもいる。
一帯一路構想はアメリカにとってどのような意味があるものなのだろうか?これからの数十年間、中国はこの計画にエネルギーを使い、結果として東南アジアに対する圧力が弱まることになるのだろうか?それとも、巨大なアジア大陸全体に中国の覇権を及ぼすという究極的な目標を反映したものなのだろうか?一帯一路構想はアメリカにとって良いものなのだろうか、それともアメリカの国益にとって脅威となるのだろうか?
新しいシルクルートという話はこれまで長い間流布されてきたものだ。インターネットで、「シルクロード」というキーワードを入れて調べてみると、ヒットするものの半数以上はトルコ発のもので、トルコの商業に関するものである。一帯一路構想が地政学的な側面を持っていることは疑いようのないところだが、その根底にある商業的な大きな動きを見逃すと、分析を間違うことになる。アジアの製造業をヨーロッパの市場に結び付けるための最も効率の良い方法は、海上輸送であると思われてきた。しかし、長距離鉄道網を使えば輸送時間を2倍から3倍も短縮することはたやすい。輸送時間を劇的に短縮することで、投資する資本が何も生み出さない時間を減少させることによって、必要な資本を減らすことが出来るのだ。
アメリカ政府はこの巨大な展開を評価するための能力に欠けている。官僚たちは世界を分割してそれぞれ担当しているが、それによってより明確なビジョンを掴むことが出来ないようになっている。米国務省は世界を4つの地域に分けてそれぞれに、東アジア・太平洋担当、ヨーロッパ・ユーラシア担当、近東担当、南アジア・中央アジア担当という担当部局を置いている。国防総省は太平洋司令部を置いており、中国はそこの担当になっている。しかし、その他のアジアは、中央司令部とヨーロッパ司令部の担当になっている。
官僚主義的な機関は創造的な思考には不向きだ。世界を4つに分割し、それぞれの中で見ていれば、この巨大な流れを見逃すことになる。新しい大きな流れの特徴を古い歴史的なフィルターを通じてみてしまうことになる。
ユーラシアの再接続の重要性を見過ごすことは大きな過ちとなる。そして、この動きをアメリカの脅威としてしまうことは危険なことでもある。この巨大な展開においてアメリカの果たすことが出来る役割は限られている。しかし、それは私たち自身がそのようにしてしまっているためなのだ。私たちはこの大きな新しい流れを客観的に評価し、判断しなくてはならず、それには時間が必要だ。一帯一路構想に対処することは次の大統領の政策課題ということになるだろう。
(終わり)
=====
私たちが生きる現代にとって正しい戦略を追い求めて(Seeking the Right
Strategy for Our Time)
マイケル・J・グリーン(MICHAEL J. GREEN)筆
アメリカは現在世界のいたるところで守勢に回っているように見える。中国は南シナ海において侵略的な土地埋め立てと島の要塞化計画を進めている。また、アメリカの同盟諸国への影響力を強めることになる、新しいユーラシア秩序の構築を求めている。ロシアはウクライナとシリアに軍隊を派遣することでNATOを侮蔑している。イランはアメリカとの間で内容の乏しい核開発合意を締結したが、中東各地の代理となる諸勢力に武器を与え、衰えることの野心を見せ、宗教的な統一という目標のために動いている。イスラミック・ステイトは暴力的で抑圧的なカリフ制度を求めて活動している。その活動力は落ちているが、規模を縮小させるまでには至っていない。更には、気候変動に関する国際的な協力は、2015年12月にパリで開催されたCOP21の開催前に既に失敗していた。これは、オバマ政権の成立当初からの目的の達成失敗ということになる。
アメリカにとっての大戦略が必要な時期はこれまでほとんどなかったが、今はまさにそのタイミングだ。しかし、現在のアメリカが大戦略を構築し、それを実行することは可能だろうか?大戦略には様々な脅威と障害についての明確な定義が必要だ。努力を向ける目的の優先順位をつけることと、目的の達成のために外交、情報、軍事、経済といった分野の力を統合することが必要である。トクヴィルが明らかにしたように、アメリカの民主政治制度は、そのような意思決定と権威を一つの政府機関に集権化することを阻害するように設計されている。
民主政治体制は、様々な障害が存在するが、何とかして、重要な事業の詳細を規制し、固定化された設計を保ち、その実行を行っている。民主政治体制では秘密で様々な手段を実行することはできないし、長い時間、忍耐を持って結果を待つこともできない。
それにもかかわらず、アメリカは、共和国としての歴史の中で、これまで何度も大戦略を成功させてきた。アメリカ建国の父たちはヨーロッパ型の機構と策謀に大きな疑念を持ちそれをアメリカのシステムに反映させたが、それでも大戦略が成功したことがたびたびあった。アメリカ政府は、19世紀末までに西半球において自分たちに都合の良い国境を策定することができた。19世紀から20世紀に移行する次期、アメリカは太平洋における主要な大国としての地位を獲得した。第二次世界大戦後、ヨーロッパとアジアの民主諸国家との間で同盟関係を固めることができた。そして、25年前にソヴィエト主導の共産主義体制を流血の惨事を引き起こすことなく打ち倒すことが出来た。これらの大戦略が一人の人物によって実行されたことは少ない。それでもセオドア・ルーズヴェルトとヘンリー・キッシンジャーはそれに成功した。しかし、たいていの場合、アメリカの大戦略は、「目的と手段を効率的ではなく、効果的に結びつける巨大なプロセス」から生み出されたのである。ジョン・アイケンベリーが述べているように、戦後に海外で成功したアメリカの戦略は、アメリカ国内における公開性と諸政治機関の競争性によって生み出された。それらによってアメリカ主導の国際秩序において利害関係を持つ参加者たちの力を増大させ、安心感を与えることが出来たのだ。トクヴィルが致命的な弱点だと考えたものが、実際には大きな長所となった。
しかしながら、現在では、アメリカの民主政治体制の政治過程が、同盟諸国やパートナーに対して、安心感ではなく、より厳しいものとなり、警戒感を与えることになっている。また、アメリカの政治指導者たちが、「アメリカは国際的な諸問題で世界を指導できる能力を持っているのか」という疑念を起こさせている。第一次世界大戦とヴェトナム戦争の後、アメリカは大きく傷ついた。アメリカ国民はこれらの時期、世界に対してアメリカが関与していくことを基礎とする地政学を求める指導者を選んだ。イラク戦争後、アメリカの全体的なムードも同じような流れになった。アメリカの外交政策戦略の主要なテーマが「アメリカの世界的な評価を回復する」ということになった。アメリカ政府は地政学ではなく、国際的な脅威に関心を払うようになった。「戦争」か「関与」かの単純な二者択一で政策を行うようになっている。また、「バカなことはやらない」という考えに基づいて受け身的な事なかれ主義になっている。
イラク戦争後のこうした流れによって、伝統的な国民国家、勢力均衡、アジア、東欧、中東に出現しつつある地域的な秩序に関する競争の重要性は減退した。中国、ロシア、イランは、アメリカの影響力を小さくし、アメリカの同盟諸国の力を小さくするための強制的な戦略を用いることで、戦争と関与との間にある「グレーゾーン」を埋めている。同じようなことは南米についても言える。しかし、南米で現在の国際システムに異議を唱えている国々の国際的な秩序に与える脅威はより小さいものと言える。アメリカとの間で相互利益がある地域における
ロシア、中国、イランの関与はそれぞれの国益にかなうものであるが、この関与を「大戦略」と呼んでしまうと、オバマ政権が「これまでの国際秩序を作り変えようとする諸大国に地域的な秩序作りを任せてしまっている」という印象を世界中に与えることになってしまっている。一方、これらの大国に対して純粋に競争的な戦略を採用すべきと主張しているリアリストたちは、アメリカの同盟諸国やパートナーの置かれている複雑な立場を分かっていない。これらの国々のほとんどは、特にロシアと中国に対して、冷戦期のような立場をはっきりさせるような戦略を採れないような状況にある。アメリカの大戦略は国家間関係の根本的な理解のために地政学を復活させねばならない。しかし、同時に国際社会で指導的な立場に立つには、信頼されるに足るだけの外交的、経済的、軍事的、価値観に基づいた選択肢を提供する必要があることもアメリカは認識しなければならない。世界の国々に近隣の新興大国、既存の国際システムに異議を唱える大国関係を持たないようにさせようとしても無駄である。
言うまでもないことだが、海外で指導的な役割を果たすためには、国内での経済成長を維持することは欠かせない。しかし、それがアメリカの縮小のための言い訳になってはいけない。アメリカは、これから数年の間、競争が激しい世界秩序から撤退し、世界がボロボロになった後に戻ってくる、などということをやってはいけない。実際、多くの国際協定が締結間近であるが、これらは海外におけるアメリカの影響力を強化するだろうが、アメリカの国内経済を大きく動かすことにもなる。環太平洋経済協力協定(TPP)と環大西洋貿易投資協定(TTIP)によって、アメリカの貿易を促進され、ヨーロッパと太平洋地域をアメリカとより緊密に結びつけることになる新しいルールを構築されることになる。より良い統治の促進、女性の地位向上、法の支配、市民社会が強調されることで、諸外国ではより正義に基づいた、安定した、そして繁栄した社会が生み出されることになる。消費は促進され、知的財産権はしっかり保護されることになる。違法行為を終わらせ、保障関係のパートナーシップを強化することで、各企業はよりまともな戦略を立てることが出来、同盟諸国やパートナー諸国との間で新しいシステムと技術に関してより生産的な発展を進めることが出来る。多くの国々がアメリカとの間の更なる経済的、軍事的な協力関係を望んでいるのだ。実際のところ、近現代史を通じて、現在ほどアメリカとの協力が求められている時期はないのだ。ここで大きな問題となるのは、アメリカ政府は、この新しい流れを利用して、経済、規範、軍事の関与に関するあらゆる手段に優先順位をつけ、それらを統合することが出来るのかどうか、ということである。
この問題に関しては、アメリカ国民の考え方ひとつだ。この問題に関して、歴史は大きな示唆を与えてくれる。1920年代初めに行われたギャロップ社の世論調査では、アメリカ国民の大多数が、第一次世界大戦に参戦したことは間違いであったと答えた。1930年代、連邦議会は国防予算を減額し、保護主義的な関税を導入した。1930年代末、日本とドイツがヨーロッパと太平洋の既存の秩序に脅威を与えるようになった。この時期、ギャロップ社の調査で、数字が逆転し、大多数のアメリカ国民が第一次世界大戦にアメリカが参戦したことは正しかったと答えた。フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領は、互恵通商法を成立させ、海軍の再増強に乗り出した。1970年代半ば、アメリカ国民はヴェトナム戦争に反対するようになった。この時、連邦議会は防衛予算を減らし、大統領の外交政策遂行に制限を加えた。それから10年もしないうちに、ソ連が第三世界に対してそれまでにない拡張主義で臨むようになると、アメリカ国民は国防予算を増額し、ソ連の進出を阻止し、冷戦の終結につながる動きを促進する政策を支持した。
最近の世論調査の結果は、アメリカ人の中に国際主義が再び復活しつつあることを示している。国家安全保障は共和党支持者たちにとって最も重要な問題となっている。一方、ピュー・リサーチセンターの世論調査では、大多数のアメリカ国民がTPPを支持している。問題解決は指導者の力量にかかっている。民主、共和両党の大統領候補者予備選挙の始まりの段階では、むちゃくちゃなポピュリズムの旋風が起きている。それでも、国際的な関与を主張する候補者が最終邸には勝利を得られるだろうと考えるだけの理由は存在するのだ。
(終わり)
コメント