(貼り付けはじめ)

 

金正恩は、クーデターを予防するための最も信頼を置ける方法は、恐怖であると確信しているようだ。彼は軍部と警察に対するこれまでにない大幅な粛清を行ってきた。有名な将軍たちがひとり、またひとりと公の場に姿を見せなくなり、参謀総長のような最高司令官たちや国防大臣が処刑された。

 

最近起きた金正恩の異母兄である金正男の殺害事件は、選択的なテロのパターンに合致するものである。金正恩は、エリートたちの不満を糾合できる存在は誰でも粛清する決心をしている。金正男は公の場で発言することがあり、金正恩のコントロールの中で生きていた。彼の存在は脅威であった。金一族の一員として、金正男は共同謀議で担ぎ上げられる存在となる可能性が高かった。彼は金一族の正統性を保つ人物であったし、多くの北朝鮮国民には不思議なオーラをまとう人物であった。金正男が中国の庇護を受けていたことは助けにならなかった。金正恩は中国を信頼しておらず、エリート内の不平葉を糾合する手助けをする可能性のある国だと考えている。

 

重要な点は、金正恩は非合理的な恐怖支配を指揮監督しているのではないということだ。一般的な北朝鮮国民が政治犯罪で逮捕される可能性が高まっている兆候はない。政治犯の数はきわめて多い。しかし、金正男の統治下、この数字は変化していない。祖父金日成時代と比べれば、その数はかなり少なくなっている。顕著なのは、粛清の対象が軍部と治安担当部門の最高幹部、「銃を持っている人々」に限られていることだ。経済部門の最高幹部たちの身の安全は保障されている。

 

言い換えるならば、金正男は、むきだしの恐怖を、彼を追い落とす理由と手段を持つであろう人々に向けているのだ。彼のやり方は過激であり、野蛮であるが、政権維持という点では非合理的ではない。金正恩はクーデターの成功の可能性をまずゼロにしようとしているのだ。

 

しかし、将軍たちが金正恩を追い落とすことはないだろう。三番目の脅威は、人々の反乱と蜂起だ。北朝鮮の最大にして唯一の問題は、低迷を続ける経済だ。1940年代、北朝鮮は、東アジア地域に置いて、日本を除いて、最も工業化が進んだ国であった。しかし、数十年間の運営の失敗のために、最も遅れた国となってしまった。北朝鮮と韓国の1人当たりのGDPの比率は、国境を接している2国間関係の中で最も大きいものとなっている。その比率は1対14とも1対40とも言われている。東ドイツと西ドイツの比率は1対2、もしくは1対3であった。

 

両国間の経済格差は大きい。これは、中国式の経済改革を進めようとする際の大きな政治的障害となる。中国の共産党政権は幸運であった。中国は隣に繁栄した資本主義で民主政体の同族国を持っていない。台湾は小さすぎて政権転覆の脅威とならない。北朝鮮で中国の「改革開放」政策を模倣する試みがなされれば、現在は外界から孤立させられている国民たちが韓国の信じられないほどの豊かさを認識するようになり、権威を恐れなくなる可能性がある。普通の国民は、数十年にわたり、国内の経済運営の失敗について金一族を非難してきた。そして、一晩で全ての問題を一気に解決する手段として、韓国政府主導で北朝鮮の韓国への速やかな統合を夢見るようになっている。その結果として、北朝鮮では、資本主義への移行への試みは中国式の経済ブームをもたらす可能性は低いということになる。 それよりも、韓国による急襲によって、東ドイツのような政治的な崩壊をもたらす可能性が高い。現在の北朝鮮のエリートたちは生き残ることが出来ても、完全に今の地位からは追われてしまうことになるだろう。

 

金正恩の父親である故金正日はこの脅威を認識していて、時代遅れのスターリン主義的システムが崩壊しつつあっても改革の導入を慎重に避け続けた。しかし、北朝鮮の市場経済は成長し始めていた。金正日の政権末期、民間ビジネスは非合法であったが、黙認されていたが、この部門は国家のGDPの25%から40%を占めると推計されていた。金正恩は、長期的に見て、「下からの資本主義」が自発的に始まってしまい、これによって彼の支配が打撃を受けることになることを恐れている。しかし、彼は父親とは違う政策を採用している。2012年から2014年にかけて、金正恩は1980年代に中国が採用した諸政策を次々と採用し始めた。

 

農業は家族を基盤としたシステムに移行している。農家では実物税を収めた後の収穫物のほとんどを保有することを許されるようになっている。実物税の税率は上限35%である。工業部門の管理職クラスは、ビジネス上の自由を認められるようになっている。市場価格で売買する権利や従業員の雇用と回顧の権利が認められている。民間の実業家たちと裏市場の運営者たちは、罰せられる危険性がなくなり、政府機関と協力して投資をするように促されている。彼らは数百ドル、数千ドルの規模から、数百万ドルの資金を持つ人たちまでいる。

 

この政策は経済の回復をもたらそうとしている。全員が一致しているわけではないが、専門家たちのほとんどは、ここ最近の北朝鮮の年間GDP成長率は3%以上を記録している。飢饉が席巻した時代は終わった。ピョンヤンだけでなく、北朝鮮全体で生活水準は上昇している。民間の資金が建設ブームを牽引しており、商店やレストランは新興の富裕層でいっぱいである。交通渋滞についても、以前はピョンヤンでも見られることはほぼなかったが、現在は大きな問題になりつつある。

 

しかし、こうした市場志向の改革は政治的な自由化によってもたらされている訳ではない。文化とイデオロギーの分野では、「北朝鮮化されたスターリン主義」は最高の価値とされている。また、北朝鮮は世界の中で政治犯の人口における割合が最も高い国だ。人口わずか2500万の国で約8万人の政治犯がいる。金正恩は経済成長と厳しい監視体制を組み合わせることで国民を従順にしようとしている。これは最終的に失敗する試みとなるだろう。しかし、合理的ではある。東アジアの「開発独裁主義」の創始者たち、中国の鄧小平、台湾の蒋介石、シンガポールのリー・クワン・ユーは幸せな最期を迎え、国民たちからの賞賛を受けた。

 

金正恩の時に野蛮に見える合理的な政策は、長期的に見て、政策を安定させることに成功するだろうか?彼の政策のほとんどはリスクを伴うものだ。核開発競争はアメリカによる先制攻撃を誘発する可能性がある。将軍たちに対する厳しい姿勢は政権転覆の共同謀議に走らせる可能性を高めることになるだろう。経済改革は金正恩の統制に服さない社会的な勢力を生み出す可能性もある。しかし、リスクが高いということと非合理的であるということはイコールではない。これまでのところ、金正恩の諸政策は機能しており、北朝鮮の指導者たちは自分たちの置かれている状況を認識しており、それら以外の選択肢はよりリスクが高いものとであると分かっている。これらの政策が機能するということは、世界はこれからも長期にわたって金一族と共存していかねばならないということだ。金一族はどのように生き残るかを知っており、これからもそれを実行していくことだろう。

 

これは私たちにとってどのような意味を持つだろうか?第一に、この問題は一気に解決することは不可能だということだ。北朝鮮の非核化は不可能だが、核開発プログラムを監督すること、更なる開発に制限をかけることは可能である。核開発によって抑止力を持つことができ、自分たちにはそれが必要だと金一族は考えている。もちろん、北朝鮮国民は、核開発プログラムの凍結によって寛大な条件を手にできると期待しており、核開発に固執してはいない。

 

外部の世界は、肯定的な変化を促すことができるし、そうすべきだ。その一つが経済成長であり、現在の北朝鮮で起きていることだ。まとめると、世界は北朝鮮国民が情報に接することができるようにすべきなのだ。北朝鮮にとって最も希望に満ちた将来は、下からの圧力による変化である。金政権が生き残りのために人々との間で妥協をする必要を感じるか、金政権の完全な打倒となるかはともかく、国境の外の暮らしを知った人々による圧力で変化すべきだ。金一族は、北朝鮮の国民が合理的であるように、おそらく合理的であるだろう。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)





アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22