古村治彦です。
今回は、アメリカの現状を理解するうえで重要な論稿の前半分をご紹介します。次回に後半部をご紹介します。筆者は私も尊敬しているピーター・ベイナートです。
この論稿で、ベイナートは暴力行為をいとわない左派グループの台頭について論じています。antifaという運動について取り上げています。「antifa」という言葉は、「反ファシスト(antifascist)」や「反ファシスト行動(Anti-Fascist Action)」を縮めた言葉で、ファシズムやファシズムを信奉するファシストに反対する、ということです。antifaの活動家たちは、人種差別主義者や白人優越主義者、ネオナチ、トランプ支持者たちを攻撃しています。それに対して、攻撃を受けている側も反撃しており、現在のアメリカの暴力的な雰囲気がこうして生み出されています。
ベイナートは現在の戦闘的左派antifaと人種差別主義者や白人優越主義者、ネオナチ、トランプ支持者たちのぶつかり合いについて具体的なケースを取り上げています。ポートランド、カリフォルニア大学バークレー校、ミドルベリー大学で起きた事件を取り上げています。そして、戦闘的左派antifaが出現してきた歴史について概観しています。
この論稿ではファシズム(Fascism)や権威主義(Authoritarianism)といった政治学上、大変に重要な言葉が使われています。しかし、その定義については書かれていません。これらの言葉を厳密に定義することは難しいのですが、難しいと言っているだけでは、この言葉を使うことができなくなります。ですから存在する以上は荒っぽくてもなんでも定義をして使わなければなりません。
ファシズムは1920年代から1940年代半ばにイタリアやドイツで出現した政治体制を支えるイデオロギー(政治思想)です。反自由主義、反個人主義、反資本主義、反共産主義を掲げる思想です。権威主義という言葉は、戦後に政治学で出てきた言葉です。フアン・リンツという政治学者が、フランコ将軍支配下のスペインの研究から生み出した概念です。権威主義体制は、ファシズム体制や共産主義体制のようなイデオロギーはなく、政治的な動員も大きくないが、政治的多様性は低いものです。全体主義(Totalitarianism)という政治思想の言葉もありますが、これは個人が全体に従属する、という考えで、ファシズム政治体制と共産主義一党独裁体制は全体主義に分類されます。全体主義の対義語は個人主義です。これらすべての体制は非民主的体制(nondemoractic regimes)となります。
antifaはファシズムと戦うということになりますが、具体的には、非民主的、自由主義、個人主義を否定する考えを信奉する人々と戦うということになります。ベイナートも論稿の中で書いていますが、ヨーロッパとは異なり、アメリカではファシズムや共産主義が大きな勢力になったことがないために、これらと戦うという伝統はありません。しかし、人種差別主義(Racism)や白人優越主義(White Supremacy)と戦う、公民権運動のような伝統は存在したので、まず人種差別主義との闘いが始まりました。その後、ヨーロッパとの反ファシズム運動との交流を経て、アメリカでも反ファシズム運動antifaが始まりました。
そして、現在、活動を活発化させている白人優越主義者や人種差別主義者との闘いにantifaが参加しています。そして、antifaの活動家たちは、ベイナートの論稿のサブタイトルにもありますが、「アメリカの右派の中で勢力を増している権威主義と戦っている」と主張しているそうです。私は、antifaの活動家たちがファシズムや権威主義といった言葉をどれだけ真剣に定義づけしているのか、はなはだ疑問です。なぜなら、彼ら自身が主張していることを敷衍していくと、非民主的で、危険な考えにまで行きついてしまうからです。
現在ある人種差別・白人優越主義や人種差別に伴って起きる事件について対応し、その改善や解決のために戦うということは素晴らしいことです。ファシズムや権威主義という定義の難しい、人によって定義が異なる言葉で、なおかつ大変に危険な感じを受ける言葉を使うということが大変危険なことであると私は考えます。
(貼り付けはじめ)
暴力を伴う左派の台頭(The Rise of the Violent Left)
―Antifaの活動家たちは、「私たちはアメリカの右派の中で大きくなっている権威主義と戦っているのだ」と述べている。彼らは権威主義の火に油を注いでいるのではないか?
ピーター・ベイナート筆
『ジ・アトランティック』誌
2017年9月号
https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2017/09/the-rise-of-the-violent-left/534192/
オレゴン州ポートランドでは1907年からローズ・フェスティヴァルというお祭りが始まった。2007年からはポートランドの82番街でのパレードが始まった。2013年からはマルトノマウ郡(ポートランドもここに含まれる)共和党がパレードに参加するようになった。今年になってこうした状況が変化することになった。
パレード開催の数日前、「ダイレクト・アクション・アライアンス」というグループは、「ファシストが町中を行進しようと計画している」と宣言し、「ナチスがポートランドの町中を何の反対もなく行進することなどできないだろう」と警告を発した。このグループは、マルトノマウ郡共和党自体に反対しているのではなく、人々の中に影響力を浸透させようと計画している「ファシスト」に反対しているのだと主張している。しかし、彼らは、参加者たちが「トランプの旗」と「トランプのかぶっていた赤い帽子(red maga hats〔red “Make America Great Again”〕 hats)」を持つことは非難すると述べた。そうした人々は女性に性的嫌がらせをし、ヘイト、人種差別、偏見を増長させているオレンジ色の肌をしている大統領への支持を普通のことにしてしまうことになるから、私たちは反対するのだと主張している。もう一つのグループである「オレゴン・ステューデンツ・エンパウアード」は、「ファシズムを壊滅せよ!ポートランドにナチスは存在させない!」と主張している。このグループはフェイスブックを通じて結成された。
続いて、パレードの主催者に一通の匿名のEメールが届けられた。そこには、「トランプ支持者」や「ヘイト的な言辞」を叫ぶ人間たちがパレードに参加する場合、「私たちは200名以上でパレードに乱入し、そうした人間たちをパレードから叩き出す」という警告が書かれていた。ポートランド警察ではパレードの安全をしっかり守れるだけの力がないと主催者側に伝えたので、パレードは中止されることになった。この出来事は次に起こることに兆候そのものであった。
進歩主義者にとって、ドナルド・トランプはただの共和党から出た大統領という存在ではない。サフォーク大学が昨年9月に行った世論調査の結果によると、民主党支持者の76%がトランプを人種差別主義者だと考えているということであった。昨年3月、ユーガヴが行った世論調査によると、民主党支持者の71%がトランプの選挙運動には「ファシズムの含意」が存在していると述べた。こうした中で、進歩主義者たちをイライラさせている一つの疑問が存在する。アメリカ大統領が影響力を持つ人種差別主義者で、弱い立場にある少数派たちの声明ではなく、諸人権を脅威に与えているファシスト運動の指導者だと確信するならば、あなたはそれを阻止したいとどれくらい望んでいるか?
ワシントンでは、この疑問に対して、連邦議員たちがどのようにトランプの政策に反対できるのか、どのようにして民主党が連邦下院の過半数を再奪取するか、いつどのように大統領に対する弾劾を仕掛けるか、という形の反応が出ている。しかし、アメリカ全体としては、戦闘的な左派グループのいくつかが全く異なる形の答えを出している。大統領就任式当日、顔をマスクで隠した活動家が白人優越主義者グループの指導者リチャード・スペンサーを殴打した。今年2月、カリフォルニア大学バークレー校でマイロ・イアンノポウラスがスピーチが予定されていたところ、反対者たちが激しく抗議し、スピーチの邪魔をした。イアンノポウラスはブライトバートの編集に携わった人物だ。今年3月、保守派で過激な主張を行う政治学者チャールズ・マーレーがヴァーモント州にあるミドルバリー大学で講演を行ったところ、反対者たちは彼の体をこづき回し建物の外に押し出した。
こうした出来事が自分たちとはどんなに縁遠く、また別々の事件だと思われても、こうした出来事の間には共通する要素が存在する。ポートランドの82番街のパレードにマルトノマウ郡共和党が参加することに反対したグループのように、こうした活動家たちは「antifa」と呼ばれる運動に関連していることが明らかになっている。「antifa」は、「反ファシスト(antifascist)」や「反ファシスト行動(Anti-Fascist Action)」を縮めた言葉だ。この運動は秘密性が高く、その活動を分類することは難しい。しかし次のことは確かに言える。antifaの力は増大している。活動的な左派の反応次第ではトランプ時代の道徳を決定することになる。
antifaのルーツは1920年代から30年代にまで遡ることができる。この当時、ドイツ、イタリア、スペインの町中では戦闘的な左派の人々がファシストと戦っていた。第二次世界大戦後にファシズムが退場した時、antifaもまた退場していった。しかし、1970年代から80年代にかけて、ネオナチのスキンヘッドたちがイギリスのパンクの世界に浸透し始めた。ベルリンの壁が崩壊した後、ドイツにおいてネオナチが影響力を持つようになった。こうした状況に対して、左派の若い人々、その中にはアナーキストやパンクのファンも多くいたが、彼らはストリートレヴェルでの反ファシズムの伝統を復活させた。
1980年代末、アメリカ国内の左派のパンクファンたちは先例に従い始めた。彼らは自分たちのグループを「反人種差別行動」と称した。理論的には、アメリカ人はファシズムよりも人種差別主義との戦いに慣れている、ということである。出版間近の『ANTIFA:反ファシストハンドブック』の著者マーク・ブレイは、こうした活動家たちは1990年代に人気のあるバンドのツアーについて回り、ネオナチがバンドのファンを自分たちに勧誘しないようにさせた。2002年、白人優越主義者のグループ「ワールド・チャーチ・オブ・ザ・クリエイター」の代表のペンシルヴァニアでの講演中にこうした人々が乱入した。この時の乱闘で25名が逮捕された。
2000年代になって、インターネットが発達したことで、アメリカとヨーロッパの人々の間で交流が盛んになった。そうした交流を通じて、アメリカの活動家たちは運動をantifaと呼ぶようになった。しかし、戦闘的な左派にとって、antifa運動は中心的なものとはならなかった。クリントン、ブッシュ、オバマ時代の左派の多くにとっては、ファシズムよりも、規制が撤廃された国際資本主義の方がより大きな脅威であった。
トランプがこうした状況を変化させている。Antifaは爆発的に成長している。「ニューヨークantifa」によると、このグループのツイッターは2017年1月の最初の3週間でフォロワー数がほぼ4倍になったと発表した。今年の夏までに15,000を超えた。トランプの台頭によって、主流派左派の中にもantifaに対して新たに親近感を持つ人々が出てきている。antifaにつながる雑誌『イッツ・ゴーイング・ダウン』誌は、「左派全体から厄介者扱いされ、脇にどかされていたアナーキストとantifaが突然、リベラル派と左派の人々から、“あなたたちが正しかったのだ”と言われるようになった」と書いている。『ザ・ネイション』誌に掲載されたある記事の著者は、「トランプ主義をファシスト的だと言うためには、氷人的なリベラル派がトランプ主義に対して成果が上がるような戦いをしていないし、結果としてトランプ主義を封じ込めることに成功していないと認識することだ」と書いた。またAこの著者は急進左派は「この政治的に重要な局面において実践的でまじめな対応を行っている」と主張している。
こうした対応は流血を伴っている。「antifa運動」は主にアナーキストたちによって構成されているので、活動家たちは国家の存在を信頼していない。彼らは「国家はファシズムと人種差別主義と共犯関係にある」と考える。antifaの活動家たちは直接行動を好む。彼らは白人優越主義者たちが会合を開きそうな場所に対して圧力をかけ、会合を阻止しようとする。彼らは雇い主に対して白人優越主義者を解雇するように、また家主に対して彼らを追い出すように圧力をかける。
人種差別主義者やファシストが集会を開くと思われる場合に、antifaの活動家たちはその場に行って集会を破壊しようとする。阻止活動には時には暴力が伴う。
このような戦術に対して主流派左派から実質的な支援が行われている。大統領就任式当日にスペンサーを殴った覆面のantifa活動家の映像が撮られた。『ザ・ネイション』誌は、この活動家のパンチは「活動的な美しさ」から出た行為と描写した。『スレイト』誌は、この行為を褒めたたえる面白おかしいピアノバラードを紹介する記事を掲載した。ツイッター上では、様々な曲がつけられた映像が拡散された。バラク・オバマ前大統領のスピーチライターを務めたジョン・ファヴロウはこの映像の拡散について次のようにツイートした。「リチャード・スペンサーが殴られる映像にどれくらいの数の歌がつけられるか分からないけど、どの歌で映像を見ても私は笑い続けるだろう」。”
暴力は、スペンサーのような人種差別主義を公言している人物たちにだけに対して振るわれているわけではない。昨年6月、カリフォルニア州サンノゼでのトランプの選挙集会において、それに反対するデモ参加者たち、その中には「antifa」に関係している人たちがいたが、彼らがトランプの選挙集会で興奮している人々を殴りつけ、卵を投げつけた。「イッツ・ゴーイング・ダウン」誌のある記事では、この暴力を「道徳的に正しい殴打」と呼んだ。
反ファシズム運動の活動家たちはこうした行為を防衛的だと主張している。弱い立場の少数派に対するヘイトスピーチは、少数派に対する暴力にまでつながると彼らは主張している。しかし、トランプの支持者たちと白人優越主義者たちは、antifaの攻撃を自分たちの自由に集まる権利の侵害であると考え、権利を守ろうという動きに出ている。結果として、1960年代以降、アメリカ国内でみられることがなかった町中での政治的の激しい闘いが続くことになった。サンノゼでの乱闘の数週間後、白人優越主義の指導者の一人が、トランプの選挙集会における攻撃に抗議するためにサクラメントでデモを行うと発表した。「サクラメント反ファシズム活動」はこのデモに対する反対デモを行うと発表した。結果として乱闘が起き、10名がナイフで刺されて負傷した。
同じような事件がカリフォルニア大学バークレー校でも起きた。今年2月、カリフォルニア大学バークリー校で計画されていたイアンノポウラスの講演に抗議する覆面をした反ファシスト活動家たちがデモ行進中、商店のショーウィンドウを破壊し、警備をしていた警察に対して火炎瓶と石を投げつけた。大学当局は「聴衆の安全に懸念がある」ことを理由にして講演を中止した。この出来事の後、白人優越主義者たちは、「言論の自由」を支持するために「バークリーでの行進」を行うと発表した。当日のデモ行進に、41歳になるカイル・チャップマンが参加していた。チャップマンは、野球のヘルメット、スキーのゴーグル、すね当て、覆面を身に着けていた。チャップマンはantifaの活動家の頭を木の杭で打った。トランプ支持者たちはこの様子を収めた映像を拡散した。極右グループが運営するクラウドファンディングのあるウェブサイトでは、チャップマンの裁判費用のために瞬く間に8万ドル以上を集めた。今年1月、このウェブサイトは、白人優越主義者の指導者スペンサーを殴った反ファシズム活動家の身元を明らかにするために報奨金を提供した。政治現象化した闘争文化が出現しつつある。antifaと白人優越主義者の両社にそれぞれ応援団が付き、闘争を彼らが煽り立てているのだ。『イッツ・ゴーイング・ダウン』誌の編集者ジェイムズ・アンダーソンは、『ヴァイス』誌の取材に対して、「この胸糞悪い闘いは傍観者たちにとっては面白いのだ」と述べた。
(貼り付け終わり)
(つづく)
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