古村治彦です。
2018年6月12日、シンガポールのセントーサ島でアメリカのドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談が開催されました。一対一の会談、拡大会合、ワーキングランチと続き、最後に共同宣言に両首脳が署名をし、会談は終了しました。その後、トランプ大統領だけが記者会見に応じ、金委員長はその頃には既に中華航空機でシンガポールを後にしていました。
「包括的」な合意は、結局何も具体的なことは盛り込まれていませんでした。アメリカが執拗に求めたCVID(complete, verifiable, irreversible
denuclearization)、「完全な検証可能な不可逆的な非核化」という言葉も出てきませんでした。「朝鮮半島における完全な非核化(complete denuclearization of the Korean Peninsula)」という金委員長が使い続けた言葉が出て来ています。いつまでに、誰が、どのような形で非核化を検証するということもはっきり明記されていません。トランプ大統領は他人事みたいに「15年くらいかかると言う専門家もいる」と述べています。これに対して、アメリカのドナルド・トランプ大統領による北朝鮮に対する「安全の保証(security guarantee)」という言葉は明記されています。こちらは、アメリカが北朝鮮を軍事的に攻撃することはないということを意味します。
こうしてみると、アメリカはCVIDを引っ込めた上で、北朝鮮の主張を受け入れたということで、北朝鮮の勝利ということになり、更に言えば、中国の勝利ということになります。トランプ大統領は大統領選挙期間中から在韓米軍の撤退や日本や韓国の核武装を容認ということを述べていました。
韓国にしてみれば、安全保障上の脅威はなくなり、言葉の障壁のない安い労働力と生産拠点を手に入れられる可能性が高まり、曖昧な形で決着したことで、北朝鮮は核保有国のまま、もしくはその疑惑の余地が残るまま(金正恩委員長や北朝鮮の「約束」「決意」を額面通りに受け取るお人よしは世界でも少数だと思います)となり、韓国は実質的に核保有国としてのステータスを手に入れることになります。北朝鮮と韓国は「一体化」し(自由主義的民主政治体制国家と奇妙な世襲制抑圧的スターリン主義国家が「統一」できるとは考えられません)、経済発展と軍事力を手に入れることになるということになります。懸念は、韓国企業が大規模に北朝鮮に進出することが出来るのか、そんなことをすれば、世襲制の首領に対する個人崇拝をしている北朝鮮国民の強固な思想に影響が出るのではないか、韓国企業の輸出品に対して、「人々を抑圧している北朝鮮の国民に作らせた製品」ということで、反対運動が起きるのではないかということです。
トランプ大統領は記者会見で在韓米軍の撤退についても言及しました。これで勝利を得るのは中国です。朝鮮戦争は韓国と北朝鮮の戦い(内戦)ですが、中国人民志願軍とアメリカ軍との戦いでもありました。中国はユーラシア大陸の東の地上からアメリカ軍を追い出すことに成功しました(期日は決まっていませんが)。北朝鮮をずっと支援してきて、核兵器を持たせるまでにエスカレートさせたことに対する責任がありながら、その責任に対して、何らの行動もせずに、アメリカに任せて、それに便乗してアメリカの朝鮮半島からの撤退を勝ち取りました。
ここで厳しい状況に置かれるのは日本です。下に記事を貼りましたが、米朝首脳会談の直前、アメリカ政府は「日本にプルトニウム削減要求」を行いました。その理由は「
核不拡散で懸念」ということです。北朝鮮の核兵器開発問題に関してアメリカ議会で証言を求められたヘンリー・キッシンジャーが「北朝鮮の核武装自体は恐れていない。しかし、これによって連鎖的に韓国と日本が核武装することが怖い」という発言をしたことは既にこのブログでもご紹介しました。アメリカは従属国である日本に原子力発電所を売りつけて、プルトニウムを保有させながら、これが核兵器に転用されることを恐れて保有量を削減するように求めてきました。これは、アメリカが朝鮮半島は放棄するが、日本列島は放棄しない、アメリカ軍の駐留経費を払ってくれ、その他にも金を貢いでくれる従属国である日本を手放す気などないということを高らかに宣言しているようなものです。
トランプ大統領は非核化の費用を日韓に負担させると述べました。安全保障上、この費用負担は日本にとって受け入れるべきものだと考えます。しかし、費用負担する以上、日本の企業に非核化のプロセスに関わらせることは当然だと思いますが、日本や韓国で実際に核兵器の解体に関わった人間は多くないでしょうから、どうしてもアメリカ、ロシア、中国といった企業が主導権を握り、日本や韓国は資金を出させられるだけということになるでしょう。更には、北朝鮮に対する経済支援でも日本はお金を出させられることになるでしょう。こちらもある程度の負担は仕方がないと考えますが、北朝鮮で主体的に活動するのは韓国企業や中国企業ということになって、日本企業が入る余地があまりないのではないかと考えられます。
米朝首脳会談の共同声明は、アメリカの衰退とそれでもアメリカは日本を手放さずに従属国として握りしめ、さらに絞り上げ続けるということを明確にしたものとなりました。朝鮮半島は全体で中国のものとなりました。韓国と北朝鮮にとっては歴史的に見て、中国の「冊封体制」に朝鮮半島が戻れたという面で喜ばしいことかもしれません。しかし、日本は従属国としての負担がさらに重くなるのだろうということで陰鬱な気分になります。
(貼り付けはじめ)
Full text of US-North Korea joint statement
in Singapore
June 12, 2018 (Mainichi Japan)
https://mainichi.jp/english/articles/20180612/p2g/00m/0in/100000c
The following is the full text of the
U.S.-North Korea joint statement released by the White House on June 12, 2018:
--
Joint Statement of President Donald J.
Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the
Democratic People's Republic of Korea at the Singapore Summit
President Donald J. Trump of the United
States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of
the Democratic People's Republic of Korea (DPRK) held a first, historic summit
in Singapore on June 12, 2018.
President Trump and Chairman Kim Jong Un
conducted a comprehensive, in-depth, and sincere exchange of opinions on the
issues related to the establishment of new U.S.-DPRK relations and the building
of a lasting and robust peace regime on the Korean Peninsula. President Trump
committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un
reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of
the Korean Peninsula.
Convinced that the establishment of new
U.S.-DPRK relations will contribute to the peace and prosperity of the Korean
Peninsula and of the world, and recognizing that mutual confidence building can
promote the denuclearization of the Korean Peninsula, President Trump and
Chairman Kim Jong Un state the following:
1. The United States and the DPRK commit to
establish new U.S.-DPRK relations in accordance with the desire of the peoples
of the two countries for peace and prosperity.
2. The United States and the DPRK will join
their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean
Peninsula.
3. Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom
Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the
Korean Peninsula.
4. The United States and the DPRK commit to
recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those
already identified.
Having acknowledged that the U.S.-DPRK
summit -- the first in history -- was an epochal event of great significance in
overcoming decades of tensions and hostilities between the two countries and for
the opening up of a new future, President Trump and Chairman Kim Jong Un commit
to implement the stipulations in this joint statement fully and expeditiously.
The United States and the DPRK commit to hold follow-on negotiations, led by
the U.S. Secretary of State, Mike Pompeo, and a relevant high-level DPRK
official, at the earliest possible date, to implement the outcomes of the
U.S.-DPRK summit.
President Donald J. Trump of the United
States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of
the Democratic People's Republic of Korea have committed to cooperate for the
development of new U.S.-DPRK relations and for the promotion of peace,
prosperity, and security of the Korean Peninsula and of the world.
DONALD J. TRUMP
President of the United States of America
KIM JONG UN
Chairman of the State Affairs Commission of
the Democratic People's Republic of Korea
June 12, 2018
Sentosa Island
Singapore
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● 「 米朝首脳会談 」北朝鮮、非核化を約束 声明に具体策盛らず 」
2018年6/12(火) 21:04配信 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180613/k00/00m/030/103000c
【シンガポール高本耕太、渋江千春】トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は12日午前9時(日本時間同10時)過ぎから、シンガポール南部セントーサ島のカペラホテルで会談した。
米朝首脳会談は史上初めて。両首脳は米国が北朝鮮に「安全の保証を提供」し、北朝鮮は「朝鮮半島の完全な非核化に対する揺るぎない約束を再確認」する共同声明に署名した。
しかし、日米韓が求める北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は言及されず、非核化協議のスタート地点に立ったとの位置付けにとどまった。
会談後の記者会見でトランプ氏は「完全非核化には技術的に長い時間がかかる」と述べた。両国は今後も合意の履行のための協議を継続することになっており、来週にもポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が非核化の詳細について、北朝鮮側と協議するという。
声明では米国と北朝鮮が「新たな関係を作る」と強調。休戦状態にある朝鮮戦争(1950~53年)の終結について「朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築に向け努力する」と記された。また、朝鮮戦争で死去した米兵の遺骨収集で協力することも確認した。
トランプ氏は記者会見で、非核化に向けた具体的なスケジュールや方策が定められなかったことについて「時間がなかった」と述べた。ただ、金委員長が会談で、ミサイルエンジンの実験施設を破壊すると約束したと説明。「これは大きなことだ」と指摘した。北朝鮮は弾道ミサイル発射実験の凍結については具体的な行動を米国側に伝えたことになる。
一方で、トランプ氏は、北朝鮮との対話が継続する間は米韓合同軍事演習を中止するとも示唆し、演習の費用が高額となることと共に「(北朝鮮に対して)挑発的だ」と、その理由を説明した。ただ、制裁については当面維持する方針を示した。
日本人拉致問題について、トランプ氏は「会談の中で提起した」と述べたが、共同声明には盛り込まれなかった。北朝鮮国内の人権問題についても、非核化に比べると短い時間だが協議はしたという。
この日の首脳会談は、会談場でトランプ氏と金委員長が握手をするところから始まった。最初に通訳のみを交えたトランプ氏と金委員長による1対1の膝詰め形式で約40分行った後、拡大会合には米国はポンペオ氏やボルトン氏、北朝鮮は党副委員長の金英哲(キム・ヨンチョル)、李洙墉(リ・スヨン)の両氏、李容浩(リ・ヨンホ)外相らが加わった。
両首脳は昼食後にホテルの敷地内を並んで歩くなど、友好ムードが演出された。共同声明の署名式でトランプ氏は「非常に重要で包括的な文書だ」と発言。金委員長は「過ぎ去った過去を覆い隠し、新しい出発を知らせる歴史的な文書に署名。世界は重大な変化を目にすることになる」と語っていた。
トランプ氏は金委員長がホワイトハウスへの招待を受け入れたとも述べた。 ポンペオ氏は首脳会談後、結果について日本の河野太郎外相、韓国の康京和外相に電話で説明した。
トランプ氏は12日午後6時半ごろ、帰国の途についた。一方、ロイター通信は、金委員長は同日午後9時、北朝鮮に向けて出発する見通しと伝えた。
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●「米、日本にプルトニウム削減要求 核不拡散で懸念、政府は上限制で理解求める」
2018/6/10付日本経済新聞 朝刊
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31583890Z00C18A6MM8000/
米政府が、日本が保有するプルトニウムの削減を求めてきたことが9日分かった。プルトニウムは原子力発電所から出る使用済み核燃料の再処理で生じ、核兵器の原料にもなるため、米側は核不拡散の観点から懸念を示す。日本は保有量の増加を抑える上限制(キャップ制)を導入し理解を求める。プルトニウムを再利用する核燃料サイクル(総合2面きょうのことば)を進める日本の原子力政策に影響を与えそうだ。(略)
(貼り付け終わり)
(終わり)

今の巨大中国は日本が作った
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