古村治彦です。

 

 今回は磯田道史著『素顔の西郷隆盛』をご紹介いたします。現在、NHKの大河ドラマ「西郷どん」が放映中ですが、そこまで話題になっていません。鹿児島で生まれ育った私としては少し残念な気持ちですが、それでも今年の夏はさすがに多くの観光客が鹿児島を訪れたようです。

 

 鹿児島は2011年に九州新幹線が開通して以降、中国、韓国、台湾、更には東南アジア各国からの観光客が多く訪れるようになっています。昨年、帰省した折、実家の近くにある照国神社(薩摩藩の名君・島津斉彬公を祀っている)という鹿児島では一番に参拝客があるであろう神社まで朝の散歩に出かけました。照国神社には数分おきに観光バスが到着し、中国からの観光客がガイドに先導されて照国神社に来ていました。ほぼ中国人だけの空間になっているほどでした。

 

 その他にも桜島や仙巌園(薩摩藩主島津氏の邸宅)といった観光名所では、中国や韓国語が飛び交っており、時代は変わったなぁ、国際化しているなぁと思わされることばかりでした。

 

 大河ドラマ「西郷どん」は時代考証がしっかりしており、また、細かい点が良く描かれているという話を聞く一方で、郷土史家の人々からは演出がおかしいという批判も寄せられているそうです。まぁドラマですから、という言い訳をしているようですが、郷土史家から見ればおかしいことはあるのでしょう。それはどの大河ドラマでもあることなのでしょう。

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素顔の西郷隆盛 (新潮新書)


 『素顔の西郷隆盛』の著者である磯田氏は大河ドラマ「西郷どん」の時代考証に参加しており、その磯田氏が、西郷隆盛に関する様々な逸話を紹介し、解釈を行っているのが本書『素顔の西郷隆盛』です。磯田氏は『西郷隆盛詳傳 第一・第二・第三篇』(村井弦斎・福良竹亭、春陽堂、1899~1903)を中心として、多くの書籍や文献、資料にあたって、西郷隆盛像を構築しています。


 

 磯田氏が書いている逸話には、鹿児島で生まれ育ち、他の場所よりも西郷や大久保利通について教えられてきた私も知らないことが多く、面白く読みました。しかし、これらの逸話の中には噂話の域を出ないものもありますが、それでも西郷についてそのように言われていた、考えられていたということを知るためには意義があると思います。

 

磯田氏の西郷隆盛像が大河ドラマの演出にも反映されていることは容易に想像できます。磯田氏は西郷隆盛について、次のように書いています。

 

(貼り付けはじめ)

 

 後年の伝記では何かと神格化される部分が多い西郷ですが、実際には聖人君子ではなかったようです。ただ、私欲や狭い地域主義を乗りこえる大きな「公」の心をもっていたことは間違いありません。

 

 子供みたいな純真な側面がありながら、策謀を始めるといくらでも悪辣なことを考えられる頭脳、自分が思う世の中を作ると決めたら、それに必要な作業へと機械的に変換できる天才的な革命家、人を選ぶことの抜群の上手さ。そして理不尽な身分制や差別に対する怒り、いずれ人間は死ぬのだという諦観―これらを考え合わせると、西郷の友は同時代の現世にはいなかったようにも思われるのです。

 

 その意味では、とても孤独な人だったのではないでしょうか。

 

(『素顔の西郷隆盛』、266-267ページ)

 

(貼り付け終わり)

 

 磯田氏は西郷が完全無欠の聖人君子でヒーローということではなく、様々な顔を持つ人間であったことを描き出そうとしています。ただ、あまりにも振り切れている人間であったために、周囲の人々は振り回され、迷惑であっただろうとも書いています。西郷の兄弟のうち、次弟・吉二郎は戊辰戦争で奮戦し戦死、末弟・小兵衛は西南戦争で戦死しています。また、後に元老となった西郷従道は兄隆盛について、否定的な言葉を残しています。

 

 『素顔の西郷隆盛』は、西郷の再評価について知りたい、分かりやすく知りたいという人には適した本と言えるでしょう。

 

 鹿児島で生まれ育った人なら原口泉氏の名前を知っている人は多いでしょう。父・原口虎雄氏も薩摩藩史の第一人者として有名で、息子である泉氏も長く鹿児島大学で教鞭を執り、鹿児島の歴史についてのローカル番組ではハンサムな風貌と落ち着いた語り口で人気を集めています。原口氏も西郷隆盛の書籍『西郷(せご)どんとよばれた男』(NHK出版、2017年8月)を出版していますが、こちらはより読みやすくて、鹿児島で生まれ育った人たちが書きたい西郷隆盛像という形になっています。

 

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西郷どん(せごどん)とよばれた男


 大河ドラマ「西郷どん」は明治維新に進み、やがて悲しい結末に向かっていきます。西郷隆盛についての本もたくさん出ていますが、是非いろいろと読んでいただけばと思います。

 

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※私が編集のお手伝いをした副島隆彦先生の『真実の西郷隆盛』(コスミック出版、2018年5月)をよろしくお願いいたします。

 

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真実の西郷隆盛

 

(終わり)