古村治彦です。

 

 ブラジルでは、「ブラジル版トランプ」と呼ばれる、ジャイル・ボルソナーロが大統領選挙に勝利しました。ボルソナーロがどのような人物かについて、少し古い記事をご紹介します。以下の記事は、ジャイル・ボルソナーロがナチスのやり方を踏襲している、というものです。

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 ボルソナーロは「ブラジル版トランプ」と呼ばれていますが、トランプ大統領よりも表現がより過激で、かつ、民主政治体制については恐らく否定的な考えを持っているでしょう(トランプ大統領はさすがに否定しないでしょう)。

 

 今回ご紹介する記事で、著者のフィンチェルスタインは、ボルソナーロこそがナチス式のやり方を踏襲しているが、ボルソナーロはそれを否定している、それどころか反対している左派の方がナチス的だと非難しているが、こうしたやり方こそがナチス式のやり方だという少し複雑な主張を行っています。

 

 南米諸国の政治は、いろいろと変転をしてきました。ポピュリズムという大衆迎合主義の要素が入った政治、クーデターによって軍部が政権を掌握した軍部独裁、軍部が実権を官僚にゆだねた官僚的権威主義といった様々な形態を経験しています。民主的な機構が制度化され、それが定着して間もないという点で、民主政治体制がまだまだ脆弱ということが言えると思います。

 

 そうした中で、ボルソナーロが大統領に当選したということと、アメリカでトランプ大統領が当選したということを一緒くたにしてしまうことは実態を見えにくくしてしまうのではないかと思います。最も大きな違いは民主政治体制を肯定するか、否定するか、民主政治体制の定着の度合いということになります。

 

 現在のブラジルの状況はアメリカと似ている部分もあります。それは、近代的な政治思想の諸原理、自由、平等、寛容といったものに対する「疲れ」と言うべきものです。この疲労感から、人種差別や性的差別、宗教差別のような敵対的な言辞や行動が増えているのではないかと思います。

 

 しかし、民主政治体制が制度化され、定着しているかどうか(英語では、オンリー・ゲーム・イン・タウンと表現します)、という点ではアメリカとブラジルでは大きく異なります。ブラジルのような経済発展も著しい南米地域の大国で、いきなり民主政治体制が廃絶されることはないでしょうが、実態として毀損されるということはあり得ます。

 

 ボルソナーロの大統領当選はそうした点で、人々に心配を生じさせているということになります。

 

(貼り付けはじめ)

 

ジャイル・ボルソナーロのモデルはムッソリーニではない。それはゲッベルスだ(Jair Bolsonaro’s Model Isn’t Berlusconi. It’s Goebbels.

―ブラジルの極右指導者はただの保守的ポピュリストではない。彼のプロパガンダキャンペーンはナチスのやり方をそのまま真似ている。

 

フェデリコ・フィンチェルスタイン筆

2018年10月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2018/10/05/bolsonaros-model-its-goebbels-fascism-nazism-brazil-latin-america-populism-argentina-venezuela/

 

10月7日、ブラジル国民は大統領選挙の一次選挙に投票を行う。現在のところ、極右の候補者ジャイル・ボルソナーロが勝利すると予測されている。ボルソナーロはブラジル版のトランプとも言われている。最近は、スティーヴ・バノンが選挙運動で助言を行っている。数週間前に起きた暗殺未遂事件のために現在も入院中であるが、ブラジルのポピュリストは暴力と厳格な方策を混合し発信している。ボルソナーロの選挙運動は人種差別、女性差別、厳格な法と秩序優先主義が入り混じったものだ。

 

ボルソナーロは、犯罪者は裁判にかけるよりも射殺すべきと主張している。彼は先住民族を「寄生虫」と呼び、差別的で優生学的な産児制限を主張している。ボルソナーロはハイチ、アフリカ、中東からの避難民がもたらす危険について警告を発し、彼らを「人間の屑」と呼び、軍隊に対処させるべきだと主張した。

 

ボルソナーロは恒常的に人種差別的、女性差別的発言を行っている。例えば、アフリカ系ブラジル人は肥満になりやすく怠惰だと発言し、子供たちが同性愛者にならないように肉体的に刑罰を与えるべきだと述べた。ボルソナーロは同性愛者を児童性愛者と同じだと述べ、ブラジル国家のある議員に対して、「お前をレイプすることはないだろう、お前にはその価値すらない」と言い放った。

 

一連の発言において、ボルソナーロの言葉遣いは、ナチスが主導した迫害と虐待の政策の裏にある言葉を思い出させる。しかし、ナチスのように聞こえることが彼をナチスにするだろうか?彼が選挙に参加し、選挙を行うことに信念を持っている以上、彼はナチスではない。しかし、ボルソナーロが大統領に選ばれたら、物事は急速に変化する可能性が高い。最近、ボルソナーロは選挙で負けても敗北を受け入れないだろうと発言し、軍隊も彼の考えを同意するだろうと示唆している。これは民主政治体制に対する明確な脅威である。

 

ボルソナーロはクーデターの可能性を示唆している。彼は南米諸国の独裁政治と汚い戦争の伝統を支持し、チリのアウグスト・ピノチェトやそのほかの独裁者たちを称賛している。

 

1970年代のアルゼンチンの「汚い戦争」に関与した将軍たちやアドルフ・ヒトラーと同様、ボルソナーロは、反対勢力には正当性(正統性)はないと考える。これは暴政をもたらす権力を求めるものだ。先月、ボルソナーロは政治的反対者である労働党のメンバーたちを処刑すべきだと発言した。

 

ボルソナーロは、左派は民主政治体制のアンチテーゼを示すものだと主張している。左派の躍進について、ボルソナーロは政治の「ヴェネズエラ化」だと述べている。しかし、実際のところ、南米諸国の様々な左派ポピュリズムは、ヴェネズエラでもそうだが、独裁的な方向に進んでも、人種差別や外国人排斥には関与していない。

 

左派のポピュリストの多くは、より伝統的な右派ポピュリストと同様、民主政治体制を破壊しない。彼らは民主政治体制の制度を軽視し、腐敗に手を染め、民主政治体制を縮小させてしまうが、彼らは選挙に負けたら選挙の結果を受け入れる。

 

左派ポピュリストは民主政治体制を受け入れている。例えば、アルゼンチンのネストル・フェルナンデス・デ・キルチネル政権とクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル政権、エクアドルのラファエル・コリア政権がそうであった。右派には伝統的なポピュリストが多くいる。その中にはアルゼンチンのカルロス・メネムとイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニが含まれる。彼らは民主政治に反対していない。

 

ボルソナーロは民主政治体制を支持していない。民主政治体制を支持し、暴力と人種差別を拒絶してきたこれまでの左派、右派ポピュリズムとは異なり、ボルソナーロのポピュリズムはヒトラーの時代にルーツを遡ることが出来る。

 

先月、ブラジルのドイツ大使館のウェブサイトには、ナチズムは社会主義だと主張する書き込みが殺到したのは偶然の出来事ではない。批判者たちは、極右のナショナリスト傾向のためにボルソナーロをナチスだと批判している。一方、ドイツ大使館のウェブサイトに殺到した怒れる人々は、元軍人ボルソナーロの支持だった。

 

右派ポピュリスト、ジャイル・ボルソナーロが負った肉体的傷は癒されるだろうが、ブラジルの政治はそのようにはいかない。

 

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ元大統領は、2018年4月7日にサンパウロのサンベルナルド・ド・カンポ地区にある金属労働組合本部で、支持者の前に姿を現した。この時、裁判所はルーラに対する逮捕状を発行していた。元大統領は群衆に向かって、「私は逮捕状に従うつもりだ」と述べた。ルーラは敗れたが、ブラジルの民主政治体制は勝利した。刑務所に収監されるまで、前大統領は法の支配への敬意を発し続けた。

 

ブラジルをはじめ世界各地において、右派ポピュリストはナチスが行ったような行動を取っている。同時に、彼らは受け継いだナチスの伝統を否定し、左派こそがナチスの伝統を受け継いでいると非難している。オルトライト派のファシストのメンバーは、ナチスのように行動しながら、敵対者こそがナチスのようだ、と非難しているが、それは何の矛盾もないことだ。実際、左派ナチズムという考えは政治における神話に過ぎず、この神話こそがナチス式のプロパガンダの方法から生み出されたものだ。

 

ブラジル国内の右翼とホロコースト否定派は、ナチズムの復活に脅威を与えているのは左翼だと主張している。もちろん、このような主張は、ナチス式の思考方法から生み出された誤ったものだ。ファシストは常に彼ら自身がファシストであることを否定し、彼らの特徴と全体主義的政治的志向こそが彼らの反対者の特徴だと決めつける。

 

ヒトラーはユダヤ教がアメリカとロシアの裏にある力だと非難し、ユダヤ人は戦争を始め、ドイツを消滅させたいと考えていると述べた。しかし、実際に第二次世界大戦を開始したのはヒトラーであり、ヨーロッパのユダヤ人を消滅させようとし大量虐殺した。ファシストはいつも現実をイデオロギーから生まれたファンタジーに置き換えている。ボルソナーロが左派の指導者たちをヒトラーの現代版だと非難している理由はまさにここにある。実際のところ、ボルソナーロこそがスタイルと実質がヒトラー総統に近い候補者なのである。

 

現在、ドイツでもそうであるが、極右のデモ参加者たちはデモの中でナチス式の敬礼を行う。

ドイツで2番目に支持を集めている「ドイツのための選択肢」の指導者たちはナチズムを否定している。同時に、彼らは独立系メディアを利用するために、ヒトラーの悪名高き侮辱を使い、プロパガンダを行う戦略を採用している。ナチスの指導者ヒトラーが行ったように、彼らもまたメディアを「嘘つきマスコミ」と呼んでいる。

 

アメリカにおいては、2017年にドナルド・トランプ大統領がネオナチと白人優越主義者の中には「大変に素晴らしい人たち」がいると発言したことはよく知られている。トランプ大統領は大統領就任後に、CIAがナチスのように行動していると批判したことがあった。原題の極右の多く(その多くは白人優越主義者とネオナチ)は、ナチスのプロパガンダの諸原理に従い、イデオロギー上の先達との関係を否定し、自分たちに反対する人間たちこそが本物のナチスだと主張している。南米諸国の新たに出現している右派ポピュリストたちもその流れに沿っている。

 

ボルソナーロの対抗馬の候補者が彼を「熱帯のヒトラー」と非難した時、ボルソナーロは、ナチスの指導者の称賛したのは自分ではなく、対抗馬の方だと返した。2011年、ボルソナーロは、同性愛者になるくらいなら、批判者たちからヒトラーのようだと言われる方がましだと述べたことがあった。フェイクニュースとあからさまな虚偽という新しいポピュリストの時代に入り、ナチズムについてのこの種の虚偽は目立つようになっている。ナチズムとファシズムは左派に見られる現象だというねじ曲がった考えが目立つようになっている。

 

現代の極右とポピュリストの指導者たちは、人種差別を主張しているが、彼らの言動はこれまでになくナチズムに近いものとなっている。このような時代の中で、極右とポピュリストの指導者たちの多くは、社会主義的左派こそがナチズムなのだと非難するための単純な主張を行うことで、自分たちはヒトラーの伝統に連なるものではないと印象付けようとしている。これは、以前のファシストによる運動によく似た忌むべきプロパガンダ戦術である。

 

ヒトラーが台頭しつつあった時期、ナチスのプロパガンダ担当者たちは常に、ヒトラーは平和を愛し、反ユダヤ主義、人種差別、国家と国民の擬人化に対して、過激ではなく、穏健な考えを持っていると主張していた。簡潔に述べると、ヒトラーは寛大さに欠けた政治からかけ離れた指導者、ということになる。歴史家であればよく知っているように、こうした印象付けは、酷い虚偽であり、こうした虚偽によって長年にわたるナチズムの支持者が生み出されることになった。実際にはヒトラーは全く反対の人物だった。最も過激な戦争愛好者であり、歴史上屈指の人種差別主義者だった。ヒトラーの発言や行動と同じように見える現代の指導者たちは、ヒトラーと同じことをしているのだ。

 

ナチスの隆盛期、説明は言葉の繰り返しに取って代わられた。ナチズムの歴史的な遺産の無視(もしくは意図的な見落とし)によって、現代のプロパガンダに長けた人々は、右翼ナショナリストの特徴を左派の特徴にすり替えることが可能となる。ナチス党は、「国家社会主義」という混同しやすい名称を使い、意図的に労働者を混乱させ、ファシストに投票させるように誘導した。その後、ナチス党はすぐに社会主義的側面を放棄した。

 

「ファシズムと社会主義はイコールだ」と主張するために歴史を単純化する人たちは、意図的にファシズムが社会主義(と憲法体制上の自由主義)と戦っていたことを意図的に忘れる。ファシズムは人々の社会正義と階級闘争への関心をナショナリスト的、帝国主義的侵略にすり替えたのだ。歴史家ルース・ベン= ギアットは、ファシストの暴力の歴史を捻じ曲げられていることは、「右派の歴史を浄化する」ことを目的としていると述べている。

 

南米諸国ではファシズムにヒントを得た政治が行われたことがある。その典型例が1970年代のアルゼンチンに存在した汚い戦争と呼ばれたものだ。この時期、アルゼンチン政府は数千人の一般市民を虐殺した。よく知られているように、ボルソナーロは1999年に、ブラジルで独裁政治が確立されたら、国会議員からフェルナンド・ヘンリケ・カルドソ大統領を含む3万人を殺さねばならないと発言した。彼以前のファシストと同様、ボルソナーロはこの種の独裁政治こそが真の民主政治体制だと主張している。ただこの体制には選挙は存在しない。ボルソナーロの新しい点は、それまでの軍事独裁主義者と異なり、彼は市場ファシズムを民主政治体制だとしている点だ。

 

ボルソナーロは、自分が大統領に当選しても民主政治体制にとっては「ゼロリスク」だと主張しているが、多くのブラジル国民は彼の主張に同意していない。先週末に行われたボルソナーロに反対するデモの後、世論調査におけるボルソナーロの支持率は上昇している。ブラジル政治の専門家の中には、女性や少数民族からの激しい反対が彼の支持率を上昇させてしまっていると分析している人たちがいる。これと同じことが1930年代のドイツでも起きている。

 

ナチスの過激さがより既存の体制に反対し、暴力的になるにつれて、ヒトラーに対する人々の支持は大きくなっていった。権威主義に対する支持が上昇し、最近の世論調査で53%の国民が警察を「秩序を強制することを任務とする神の遣わした戦士」と見なすようになっているブラジルでは、ボルソナーロの主張は人気を博している。

 

ボルソナーロのような政治家はドイツのファシズム独裁者ヒトラーとの親和性を否定し、彼らの敵となる左派を本物のナチスだと非難する。しかし、歴史が私たちに教えているように、世界規模で新たに出現している右派ポピュリストを理解するための道筋にとって、彼らの政治手腕とプロパガンダのルーツがファシズムにあることを無視することはできない。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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