古村治彦です。

 

 今回は映画『椿三十郎』を見た感想を書きたいと思います。


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椿三十郎 

 映画『椿三十郎』のストーリーは次の通りです。藩上層部の不正に怒りを募らせる若侍たち。若侍のリーダー(加山雄三)は城代家老の甥で、城代家老に処分を訴えるが、うまくいきません。監察である大目付に訴えたところ、彼らと同調するという返事をもらい、喜んでいました。

 

 若侍たちが集まっている古い神社には先客がいました。それは一人の浪人者、椿三十郎(三船敏郎)でした。三十郎は若者たちの話を危険だ、大目付が実はワルなのだと忠告し、やがて参謀役兼助っ人として仲間に加わることになりました。大目付は、側近の室戸半兵衛(仲代達矢)を使い、城代家老を捕まえ、不正の罪を城代家老になすりつけようとします。

 

 若侍たちは三十郎たちに反発しながらも三十郎の慧眼に心服するようになります。最後には城代家老を救出し、大目付をはじめとする藩上層部の不正を暴くことに成功します。城代家老は祝宴を用意しますが、その席に三十郎が居並ぶことはありませんでした。

 

 『椿三十郎』と言えば、ラストシーンの椿三十郎と室戸半兵衛の居合抜きによる対決のシーンが有名です。人間を本当に斬ればあのように血が噴き出すというリアルさを描き切ったのは凄い、の一言です。白黒映画ですが、どす黒い血の感じがよく出ています。黒沢監督の色彩感覚と素晴らしさを改めて感じます。

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 この映画にはチェンジオブペースと言うか、デウスエクスマキナと言うか、そういう役割を果たす人物たちが出てきます。それが城代家老の妻と娘、そして、大目付の配下で若侍側に捕らわれた壮年の侍です。城代家老の妻はおっとりとした性格と行動で(今で言えば空気が読めない)、三十郎や若侍を困惑させますが、その一言は重いものがあります。

 

家老夫人は「良い刀とは鞘に入っているものですよ」という言葉を三十郎に発します。頭が切れて腕も立つ三十郎を一言で評した言葉です。そして、三十郎が最後に若侍に贈った言葉が「鞘に入っていろよ」というものでした。

 

 この映画は若者たちの正義感とその暴走がテーマになっていると思います。戦前の青年将校の暴走と1960年の安保闘争といった日本にとって重要な局面で、若者たちは正義感が強ければ強いほど、暴走して結果として悲惨な事件を起こしたり、状況を悪化させてしまうものです。

 

 城代家老は凡庸な人物として馬鹿にされているところもありますが、藩上層部の不正についてはきちんと把握しており、証拠を集め、この証拠を突き付けて当事者たちの隠居を迫る、という方針を持っていました。城代家老は穏便にかつ怪我人を出さないで事を収めるという大人の知恵を持っていました。しかし、若者たちからしてみれば、このような穏健なやり方は生ぬるく、かつ敵を利するとさえ思われるようなものです。

 

 この映画の主人公である椿三十郎は若い時に、若侍のような正義感でもって不正を正そうとして、大きな騒動を引き起こしてしまった、という苦い経験と傷を持っている、老革命家のように思われます。若者たちが道を踏み外して自分のようにならないように、という姿勢を貫いているかのようです。

 

 ラストシーンで、居合で室戸半兵衛を斬った三十郎に対して、若侍が「お見事」と声をかけたことに対して、「馬鹿野郎」と怒鳴ったところも印象深いです。三十郎はこれまでにも何十人も斬ってきたことでしょうし、映画の中でも何人も斬っています。しかし、人間を斬ってしまうというのは下策であって、褒められたものではない、ということもあって怒鳴ったのでしょう。

 

これはまた、若者にありがちな「頭でっかちな」言葉遣い、地に足がついていない実感のない空虚な言葉遣いに対するメタファーということも言えるでしょう。60年安保や学生運動に参加した若者たちが聞きかじりのマルクスの言葉を振り回していたことに対する皮肉ということになるのでしょう。1962年公開の映画ですから、60年安保が沈静化していく中で、黒澤監督が時代の雰囲気をとらえて撮影したのが『椿三十郎』ということになるでしょう。

 

 スピード感のある映像と展開で見ていて大変面白い映画です。

 

(終わり)

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