古村治彦です。

 

 私が以前ご紹介しましたように、民主党内部は今、分裂状態にあります。内部闘争と言ってよいでしょう。それが激化しています。その理由は来年の選挙です。来年はアメリカ大統領選挙が実施され、そちらに注目が集まっていますが、同時に連邦上院議員の一部、州知事の一部、そして連邦下院議員全員の選挙が実施されます。

 

 連邦上院議員は6年に1度、州知事は4年に1度、選挙が実施されます。連邦下院議員は2年に1度選挙が実施されます。現在連邦下院議員を務めている人々は2018年11月3日の選挙(中間選挙)で当選し、2019年1月から任期が始まった人々です。新人で当選した人々は連邦下院議員になって7カ月ほど経過しただけのことですが、もう次の選挙について心配をしなくてはならない、ということになります。これはヴェテランでもそうですが、連邦下院議員は選挙がすぐにやってくるので、資金的、精神的、肉体的にかなりの消耗を強いられます。まず自分の所属する党の予備選挙で勝ち、本選挙で勝たねばなりません。

 

 また2年に1度選挙があるということで、挑戦者がどんどん出てくるということになります。現職が共和党議員だった場合、共和党内から予備選挙で挑戦する人が出てきますし、本選挙では民主党の候補者と戦うことになります。長期間に連続で当選しているような人には挑戦者は出にくいですが、それでも、多選批判が選挙区内であるような場合には、盤石だと思われていた人もあっさり予備選挙で負けたり、本選挙で負けてしまったりということが起きます。

 

 連邦下院の議長(Speaker)や多数党(Majority)、少数党(Minority)の院内総務(Leader)や幹事(Whip)になる、連邦下院の党指導部を形成するような議員は長年当選を重ねて、選挙に強い議員たちということになります。そこまでいかない連邦下院議員は4期か5期(8年から10年)務めたら引退して別の仕事(議会関係のロビイストなど)に就く場合があります。また、連邦上院議員や州知事を目指すこともあります。


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 このブログでもご紹介しているアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio=CortezAOC、1989年―、在任:2019年―)は、2016年のアメリカ大統領選挙で、バーニー・サンダース連邦上院議員(ヴァーモント州選出、無所属)の選挙運動に参加し、それが機縁となって、2018年の中間選挙で、連邦下院議員ニューヨーク第14選挙区で選挙に挑戦することになりました。そして、2018年6月の民主党の予備選挙で、10期連続当選、次はいよいよ連邦下院議長だと言われていたジョセフ・クローリーを大差で破り、民主党の候補者となり、11月の本選挙でも大差をつけて当選、という大番狂わせを演じました。選挙資金は数百万円、クローリーはウォール街の金融機関などからの献金数億円でしたが、かえってこのことが選挙区の有権者の怒りを買ってしまったという結果になりました。

 

 AOCの選挙戦を支えたのは、ジャスティス・デモクラッツ(Justice Democrats)という組織です。この組織は2016年の米大統領選挙に出馬したサンダースの考えを拡大しようという目的で同年に設立された組織で、自分たちの考えに賛成している人々を選挙に立候補させて当選を目指すという活動を行っています。


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2018年の中間選挙では、AOCの他、アリゾナ州第3選挙区のラウル・グリジャルヴァ(Raúl Grijalva、1948年―、在任:2013年―)、カリフォルニア州第17選挙区のロウ・カンナ(Ro Khanna、1976年―、在任:2019年)、マサチューセッツ州第7選挙区のアイアナ・プレスリー(Ayanna Pressley、1974年―、在任:2019年―)、ミシガン州第13選挙区のラシーダ・トレイブ(Rashida Tlaib、1976年―、在任:2019年―)、ミネソタ州第5選挙区のイルハン・オマル(Ilhan Omar、1982年―、在任:2019年―)、ワシントン州第7選挙区のプラミラ・ジャヤパル(Pramila Jayapal、1965年―、在任:2017年―)といった人々がジャスティス・デモクラッツの支援を受けて連邦下院議員に当選しました。


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この連邦下院議員たちは「進歩派(Progressives)」と呼ばれていますが、日本風に言えば「バーニー・サンダース派」ということになります。この議員たちはジャスティス・デモクラッツの考え、もっと言えばバーニー・サンダースの考えである国民皆保険「メディケア・フォ・オール(Medicare for All)」や最低時給15ドル、学費ローンの帳消し、公立大学の無償化、グリーン・ニューディールの実現のために活動を行っています。

 

 このジャスティス・デモクラッツ、進歩主義派の議員たちと争っているのが民主党内部の主流派です。そして、現職の連邦下院議員たちです。この文章の前の方でも書きましたが、連邦下院議員は選挙ばかりで議席を守ることは大変なことです。お金集めも大変、いつも挑戦者の影におびえ、有権者の風向き一つで今までの努力が水の泡ということになります。それに対して、ジャスティス・デモクラッツは各選挙区で自分たちの考えに賛成する人たちを民主党の予備選挙に立候補させてきます。現職議員たちは、いつ自分が無名の新人AOCに敗れたジョセフ・クローリーみたいになるか、次の連邦下院議長と呼ばれるところまで10期連続当選という実績を積み重ねたクローリーがあっさり負けてしまった様子を見ていますから、ジャスティス・デモクラッツと進歩主義派に警戒感を持っています。

 

 現職議員たちは、民主党連邦議会活動・選挙運動委員会(Democratic Congressional Campaign CommitteeDCCC)という組織を結成しています。この組織は現職の議員たちの再選を進めるための組織で、ジャスティス・デモクラッツと争いになるのは当然のことです。

 

 こうした動きに対して、今年5月、バラク・オバマ前大統領がヨーロッパで行った講演会で、「銃殺隊(firing squads)を動き回らせるな」という言葉を使って、進歩主義派とジャスティス・デモクラッツをけん制しました。民主党の現職議員の落選運動のようなことをするなと批判しました。オバマ大統領は今でも民主党内で隠然たる力を持っており、今回の大統領選挙ではジョー・バイデン前副大統領を支援するものと見られています(まだ正式に発表していません)。これに対して、AOCをはじめとする進歩主義派とジャスティス・デモクラッツはバイデン攻撃、その裏にあるオバマ攻撃を激化させています。「オバマ時代が良かったなんて幻想だ」という論法で攻撃を仕掛けています。


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 進歩主義派は連邦下院民主党執行部とも対立しています。国境の不法移民問題について、民主党が過半数を握る連邦下院は収容所の不法移民の子供たちの処遇を改善するための予算案を可決しましたが、共和党が過半数を握る連邦上ンではこの予算案が否決されました。上下両院は妥協し、国境警備に関する予算を増額することで合意しましたが、子供たちの処遇には予算は使われないということになりました。

 

この妥協に、AOC、アイアナ・プレスリー、ラシーダ・トレイブ、イルハン・オマルの新人女性議員たちが反対を表明しました。この4名は「分隊(Squads)」と呼ばれています。この4名が連邦下院のナンシー・ペロシ議長と対立しています。ペロシや民主党多数派からすると、進歩主義派の政策は過激すぎて実行不可能、もし実行すると行き詰って有権者の支持を失い、選挙に負けてしまうということになります。


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 この状況の中、トランプ大統領が4名の議員を名指しはしていないものの、「自分たちの出身国の政府は危機的状況にあるのだから、それらの国々に帰れ」という趣旨のツイートを投稿しました。AOCは母親がプエルトリコからの移民、トレイブはパレスティナ系、プレスリーはアフリカ系ですが、全員アメリカで生まれています。ということは、生まれながらにアメリカ市民ということになります。オマルはソマリア難民としてアメリカに入国し、後にアメリカ市民となっています。

 

 この「それぞれの国に帰れ」という言葉は極めて短絡的で、思考停止を伴う言葉です。それをアメリカ大統領が簡単に使う時代になったのか、という嘆息が出てしまいますが、これによって、民主党は一致団結して、トランプ大統領に対峙するということになりそうです。共和党の一部からも批判の声が出ていますが、はっきりと「人種差別的だ」という声もありますが、「そんなことを言うべきではなかった」というはっきりしない批判の声が多いです。

 

 共和党は自由貿易を標榜している政党ですが、トランプ大統領は関税の引き上げや相手国に管理貿易を求めるなど、自由貿易に反する政策を実施しています。加えて、共和党の金城湯池となっている地方の農業州は、米中貿易戦争の結果、中国への農産物輸出が減少していることに不満を持っています。トランプ大統領の米中貿易戦争に声援を送っていたのが民主党の連邦議員たちということを考えると、ここに大きな捻じれが起きているということになります。しかし、共和党側にはトランプ大統領を大っぴらに批判できないという忸怩たる思いがあります。

 

 ここにポピュリズム(一般有権者がワシントンの政治に怒りを表明して自分たちの代表を送り込む)を入れて考えると、民主共和両党で、ポピュリズムによる大きな捻じれが起きていると言うことが出来ます。人々の怒りがそれぞれ民主共和両党に及び、どちらの主流派にも相容れない過激な考えが党内で大きな勢力となりつつあるということになります。このポピュリズムに対する警戒感はアメリカでも日本でも根強く、特に反体制を気取ったエリートたちに多く見られる特徴があるように思います。

 

 トランプ大統領の4名の議員たちに対する言葉は、ポピュリズムに内包される差別主義、排外主義を示す言葉ですが、それをかけられたのがやはりポピュリズムを体現する議員たちであるということが興味深い点です。私から見れば、どちらも同根ということになります。

 

(終わり)

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