古村治彦です。

 2020年1月3日、イラクのバグダッドの空港においてカシーム・スレイマニ(Qasem Soleimani、1957-2020年、62歳で殺害)イスラム革命防衛隊少将がアメリカ軍の空爆によって殺害された。アメリカのドナルド・トランプ大統領の命令で作戦は実行された。2019年末にイラクのバグダッドにあるアメリカ大使館に対して、カタイブ・ヒズボラ(シーア派の武装勢力)の人員殺害に抗議するデモが激化していた。
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スレイマニ
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スレイマニらの殺害現場

1月3日の空爆ではカタイブ・ヒズボラの宗教指導者アブ・マフディ・アル・ムハンディスも殺害されており、中東情勢は不安定化していくだろう。

 2020年はアメリカにとっては大統領選挙の年である。トランプ大統領は再選を目指し、民主党側はホワイトハウスの奪還を目指す。現在、予備選挙の選挙運動の真っただ中であり、1か月後にはアイオワ州から予備選挙の投票が始まる。

 トランプ大統領に対する支持は経済状況が良いこと、具体的には株価が高く、失業率が低いことが理由となっている。選挙のある2020年も何とか株高と低失業率を維持したい。しかし、米中貿易戦争の影響は大きく、2019年のGDPの伸び率は2%台前半にとどまるだろうし、2020年も経済成長は見込み薄だ。そうした中で、株価を高い水準のままこれから10カ月間も維持することは不可能だ。何度か下げて、そこから上げてを繰り返すことになる。

 年初はまだまだ株価を下げても良い時期だ。米中貿易戦争に加えて、中東情勢の不透明化による石油価格の高騰となれば株価は下がるだろう。しかし、トランプ大統領にとってはこの時期の株価下落はまだまだ大丈夫ということになる。そのためにこの時期にスレイマニの殺害ということになったのだろう。

 それではスレイマニとはどういう人物であったのか。そこで下の記事を読んで欲しいということになる。下の記事の執筆者はアメリカ軍の特殊部隊の司令官をしていたスタンリー・マクリスタル米陸軍大将(退役)だ。この記事が書かれた当時、スレイマニはまだ存命中だった。特殊部隊の経験が長く、アフガニスタン駐留軍の司令官を務めていたが、2010年に当時のバラク・オバマ政権を批判したために、オバマ大統領によって司令官職を解任され退役となった。スレイマニとはカウンターパートの位置にあった。
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マクリスタル
 スレイマニについてマクリスタルはスレイマニを「姿の見えない操り人形使い」、コッズ部隊を「アメリカで言えばCIAと特殊部隊を一緒にしたような組織」と呼んでいる。スレイマニはイラクやシリアでイランの代理勢力を使いながら、イランの影響力維持を図った、イランの同盟者であるシリアのアサド大統領を守ったとマクリスタルは評価している。スレイマニは優秀な軍人、軍司令官というだけではなく、諜報や政治活動もできる人物だったようだ。そのような人物はアメリカにとっては脅威ということになる。イランにとっては、イラン・イラク戦争で英雄となった優秀な軍人であり、政治的な動きもできる人物を失ったということで大きな痛手ということになる。
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コッズ部隊
 アメリカとイランの角逐がどの程度まで深刻化するかは不透明だ。しかし、アメリカが直接イランを攻撃すれば、大規模な戦闘状態ということになり、下手をすればイランのミサイルがイスラエルやサウジアラビアまで飛ぶということになりかねない。あくまで限定的ということになるだろうが、それでかわいそうなのはイラクだ。イラク国内でアメリカとイランが戦う、しかも代理を立ててとなれば、傷つくのはイラクということになる。そんなことをすれば、イラク国内での反米感情はますます高まり、イラク国内の情勢も一気に不安定化する。アメリカの中東介入には良いことはない。

 日本に引き付けて考えれば、これは他人事ではない。今年は東京でオリンピック・パラリンピックが開催される。この時期まで中東情勢が不安定化していれば、東京オリンピックを平穏な状態で開催することは難しい。特に開会式や閉会式にトランプ大統領が訪日するとでもなったら、警備は史上最大、最高のレヴェルにしなければならない。イランが日本を敵視していないということは救いだが、大変な負担になることは間違いない。

 戦争状態にならねば良いが、アメリカがルビコン川を渡ってしまった以上、事態がどのように転ぶかを注視するしかない。

(貼り付けはじめ)

イランの危険な操り人形使い(Iran’s Deadly Puppet Master

―スタンリー・マクリスタル将軍によるカシーム・スレイマニがどうしてそこまで危険な存在なのかについての正確な説明

スタンリー・マクリスタル筆

『フォーリン・ポリシー』誌2019年冬季版

https://foreignpolicy.com/gt-essay/irans-deadly-puppet-master-qassem-suleimani/

何も行動しないという決断は行うことが最も難しいもので、常に正しいということにはならない。2007年、私はイランからイラク北部に入る車列を目撃した。その当時、私はアメリカ軍統合特殊作戦コマンド(JSOC)司令官を務めて4年目だった。そして、地域を破壊しているテロリズムを根絶するために働いていた。私は厳しい選択を行うことに慣れてしまっていた。しかし、2007年1月のある夜、私が行う選択は複雑なものとなった。その選択とは、カシーム・スレイマニがいる車列を攻撃するかどうかであった。スレイマニはイランのエリート部隊であるコッズ部隊の司令官だった。コッズ部隊とは大雑把な言い方になるが、アメリカのCIAJSOCを合わせたような組織ということになる。

スレイマニを排除するための理由はあった。その当時、スレイマニが制作し、ばら撒き設置したイラン製の道路沿い用爆弾によってイラク国内全体に展開していたアメリカ軍将兵の生命を脅かした。しかし、銃撃戦とその後に起きるであろうと考えられた政治状況を避けるために、車列に対して即座に攻撃するのではなく、監視を継続すべきだと私は決断した。車列がイラク北部の都市アルビールに到着するまで、スレイマニは暗黒に陥る可能性があったのだがそれをうまく脱したのだ。

最近になっても、スレイマニは裏舞台で活動を続けていた。スレイマニは軍司令官から姿の見えない傀儡子(操り人形使い、a ghostly puppet master)へと成長した。イランの国際的な影響力を強めるために狡猾さと気概をもって活動を行っている。彼の優秀さ、能力の高さ、母国イランへの献身は味方からは尊敬を受け、敵方からは非難されてきた。その程度はどちらとも同程度だ。 しかしながら、全ての人々が同意するだろうと考えられるのは、謙虚な指導者スレイマニの安定した指導によってここ数十年のイランの外交政策は動いてきたということ、そして彼の戦場における成功は誰も否定できないということだ。スレイマニは現在の中東地域において最も有力でかつ最も行動において制限をしない人物だと言われている。アメリカ国防総省の幹部たちは、スレイマニが独力でシリア内線をイランの代理勢力を使って戦っていると報告している。

柔らかな話し方をするスレイマニの優秀さは若い時から明らかになっていた。イラン東部の山岳地帯の貧しい家庭に生まれたスレイマニは幼いころから圧倒的な記憶力の良さと頑健さを示した。彼の父親が負債を返済できなくなると、13歳だったスレイマニは父親に代わって労働をして借金を返済した。余暇の時間には重量挙げにいそしみ、現在のイランの最高指導者アリ・ハメネイ師の弟子による宗教講義に出席するのが常だった。若者のスレイマニはイラン革命に魅了された。1979年、弱冠22歳のスレイマニはイランの軍事組織を通じて優秀さを示し始めた。彼はイランの西部アゼルバイジャン県での初陣の前にただ6週間の戦術訓練を受けただけだった。しかし、スレイマニの本領が発揮されたのは翌年に始まったイラン・イラク戦争の時期だった。スレイマニはイラク国境への侵入作戦での戦闘で血まみれの英雄となった。そして、更に重要なことは自信に満ちた、能力のある指導者として登場した。

スレイマニはただの戦士ではなくなった。彼は戦略などの計算ができ、実行力のある戦略家となった。スレイマニは非常にかつ全てを犠牲にして、中東地域におけるイランの地位を高めるために長期に継続する関係を構築した。スレイマニ以上に、レヴァント地方におけるシーア派の同盟者を提携させ、力を強めることに成功した人物はいない。スレイマニはシリアのバシャール・アル=アサド大統領を堅固に防衛している。イスラム国やシリアの反政府勢力を前進させないようにしている。スレイマニが実行しているのはアサド大統領を権力の座にとどめ、イランとの堅固な同盟を維持させることだ。重要な点は、スレイマニの指導の下、コッズ部隊は能力を拡大させていることだ。スレイマニの洞察力に満ちた実行主義によって、コッズ部隊はイラン国外での諜報、財政、政治各分野において大きな影響力を持つようになった。

しかし、スレイマニの成功をより広範な地政学的な文脈に位置づけることなしに研究することは賢いことではない。スレイマニは独特のイランの指導者である。1979年のイラン革命に続くイランの原理の産物だ。イランの利益と諸権利についてのスレイマニの拡大解釈はイランのエリート層に共通するものである。中東地域に対するアメリカの関与に対してイランは抵抗している。アメリカの中東への関与に対するイランの抵抗はイラン・イラク戦争に対するアメリカの関与の直接的な結果である。イラン・イラク戦争の時期にスレイマンの世界観は形成された。結局のところ、スレイマニは、イランの国民と指導者層の活力となっている熱烈なナショナリズムによって動かされている。

スレイマニの業績はその大部分がイランの外交政策に対する長期的なアプローチのために実行されたものだ。アメリカは国際的な諸問題に対して発作的な対応をする傾向にあるが、イランはその目的と行動が一貫している。スレイマニがコッズ部隊の司令官になって長い年月が経っている。彼が司令官に就任したのは1998年のことだった。この長期にわたる司令官在職ということももう一つの重要な要素である。イランの複雑な政治状況の副産物として、スレイマニは長期にわたり行動の自由を享受してきた。これにはアメリカ軍関係者や諜報関係者の多くが羨望の念を持つほどだった。指導者の力は究極的には指導される人々の目に映るものであり、将来の力の可能性によって増大するものである。そのために長期にわたって司令官を務めるスレイマニは短期の司令官であるよりも高い信頼を勝ち得て行動することができるのだ。

この観点からすると、スレイマニの成功は彼自身の才能と彼の権力の座にいる期間によってもたらされたものである。このタイプの指導者は現在のアメリカでは存在することはできない。アメリカ国民は軍事分野やその他の分野において、最も高い地位に数十年単位で同じ人が座り続けることを許すことはない。その理由は政治的なものでありまた経験上のものだ。J・エドガー・フーヴァーは長期にわたり公職に就き、そのために非公式の影響力を強めたことがあったが現在ではそのようなことは認められない。

スレイマニの物事をすぐに実行できる自由に対して私は羨望の念を持っていた。しかし、すぐに実行ができない、制限があるというのはアメリカの政治システムの強さであると私は確信している。チェックされない熱心な行動を重視する考えは善を促進する力となる可能性はある。しかし、間違った利益や価値観にとらわれてしまえば、その結果は酷いものとなるだろう。スレイマニは非常に危険な存在だ。彼はまた中東の将来を形作るための重要な立場に立っている。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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