古村治彦です。
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 今回は、カルロス・ゴーンについての記事をご紹介する。カルロス・ゴーンは日本で訴追され、現在保釈中であるが、2019年12月30日に関西国際空港からプライベートジェットで出発、イスタンブールを経て、レバノンの首都ベイルートに到着した。ゴーンはその後、ベイルートで記者会見を開き、日本の司法制度を批判し、日産自動車のクーデターに日本政府まで関与していると述べた。
下に紹介する記事に出てくる「big in Japan」という言葉は、欧米で使われる言葉で、「アメリカなどでは全く売れていないのに、日本では売れている」バンドや小説を馬鹿にした言葉である。どのバンドだったかは失念したが、中には日本で人気になって、日本のファンが支え、そこからアメリカなどで大人気になるというパターンがあったと記憶している。
レバノンといえば、アーレント・レイプハルト(Arend Lijphart、1936年―)の提唱した「多極共存型民主政治体制(Consociational Democracy)」を思い出す。レイプハルトの著書The Politics of Accommodation: Pluralism and Democracy in the Netherlands (1968)は、オランダの政治を論じたものであるが、この中で、一国内に様々な分裂線、たとえば言語や文化、民族の違いがある場合に(多言語、多文化、多民族国家である場合に)、民主政治体制が維持しづらいと言われている中で、それぞれのグループを代表するエリートたちがうまく調整して民主政治体制を安定させてきた、ということをレイプハルトはオランダの事例から主張した。これを多極共存型民主政治体制と呼ぶ。これに当てはまるのがレバノンだ。
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レバノンは多くの宗教が共存する国で大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派から選出されるのが慣例となっている。国会議員数も各宗派の人口に応じて定められており、マロン派34名、スンニ派とシーア派はそれぞれ27名となっている。レバノン内戦(1975―1990年)以降はそのようにして国家を安定させてきた。
元々は「同じ日に海水浴とスキーができる」と言われ、首都ベイルートは「中東のパリ」とも呼ばれるなど豊富な観光資源を持つ美しい国であるが、現在は経済状態が厳しいようだ。そうした中で、現在の成否や政治エリート層に対する抗議活動も盛んにおこなわれているようだ。
 レバノンに帰国したゴーンであるが、レバノン国内では歓迎する人々と批判する人々がいるようだ。歓迎する人たちは、ゴーンが世界有数の国際企業である日産自動車のCEOとして会社を立て直した成功者、立志伝中の人物と捉え、彼の経験をレバノン経済立て直しに活かして欲しいと考えているようだ。一方、批判する人々は、レバノンのエリート層は腐敗を極めているのに、そこあらたにお金のことで容疑をかけられている人が入ってくる、それをエリート層が暖かく迎えるのはおかしい、と批判しているようだ。
 ゴーンの逃亡劇によって、日本の司法制度について考えてみるという動きも起きている。そもそも日本では警察が逮捕した時点で容疑者とは呼ばれるが、実際には犯人として処罰されるような状態になる。長期間の拘留、人権に配慮のない取り扱いが問題になっている。そもそも推定無罪(裁判所の判決が出るまでは無罪)の原則が守られていると考えられない。私たち国民の側も「お上がお縄にした悪い奴」という前近代的な考え方を改めねばならない。そして、国家が行うことに対して厳格さを求め、制限をかけるということを考えるべきだ。
 ゴーンの逃亡は議論を始める奇貨とすることが重要だと思う。
(貼り付けはじめ)
日本では有名な「コストカッター」が帰国(Big in Japan, ‘Le Cost Killer’ Comes Home)
―カルロス・ゴーンのベイルートへの奇怪な帰還は抗議と危険の状態にある国からの複雑な反応を引き起こした
レベッカ・コラード筆
2019年1月10日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/01/10/carlos-ghosn-escape-lebanon-protests-nissan/
ベイルート発。水曜日に実施された2時間にわたった記者会見の中で、元日産自動車CEOカルロス・ゴーンは自身の無実を繰り返し訴えた。そして、自身の元の雇用者と日本の司法による共同謀議についての概要を説明した。
ゴーンは日本での自宅軟禁状態から脱した。しかし、100名以上のジャーナリストたちが記者会見に詰めかけた。ジャーナリストたちは、伝説のマジシャンであるフーディーニのマジックのように日本からトルコを経てレバノンに入国した詳細について聞きたがった。しかし、ジャーナリストたちの希望は失望に終わった。
その代わり、ゴーンは、自身の無実を証明すると主張する文書と2018年11月に東京の空港で突然逮捕された時の状況の説明を含む、熱心な説明を行った。2018年11月の突然の逮捕について、ゴーンは1941年の日本によるアメリカへの奇襲攻撃になぞらえた。1941年12月に日本軍はハワイのパールハーバーの海軍基地を奇襲攻撃した。
ゴーンは次のように述べた。「私に質問する人たちがいますが、私の突然の逮捕について疑いを持っているんでしょうか?パールハーバーで何が起きましたか?」。
ゴーンはレバノンの政治エリート層から快く受け入れられている。2019年12月30日にベイルートに突然入国した直後に、レバノン大統領ミシェル・アウンと会談を持ったと報じられている。しかし、一般のレバノン国民からは全面的に受け入れられてはいない。そうした人々は、既存の政治エリート層に対する抗議活動が激しくなっている国であるレバノンに数百万ドル規模の資金を盗んだ容疑で告訴されている人物を受け入れる必要があるのかという疑問を呈している。
ゴーンは最初に所得の過少申告と日産自動車からの資金の引き出しの容疑で逮捕された。その後、ベイルートには彼の顔とスローガンが掲載された大きな宣伝広告版が設置された。それには「私たちはみんなカルロス・ゴーンだ」と書かれていた。ゴーンが子供時代の大部分を過ごした国レバノンの国民の多くは、ゴーンは成功物語の主人公と見なしていた。ゴーンは世界的大企業のCEOになり、倒産の危機から利益を生み出すまでに引き上げた。
記者会見「今日、私はレバノン人であることを誇りに思っています。この人生の厳しい時期に私の傍らに寄り添ってくれる国はただ一つ、レバノンです」と述べた。ゴーンはブラジルとフランスの国籍も持っている。フランス国籍については、日本の自宅軟禁状態からレバノンへ逃れるにあたり、フランスのパスポートを使用したと考えられている。フランスのパスポート以外のパスポートは全部取り上げられており、フランスのパスポート1冊だけが鍵付きのケースに入れられて渡されていた。
ゴーンはレバノンに入国した。レバノンは経済的、エネルギー的危機に直面している。レバノン国民の中には、レバノンの状態を改善するために彼に役割を果たして欲しいと望む声が出ている。巨額な負債を抱え、通貨価値は不安定で、日常的に停電が頻発する中で、レバノンは経済破綻に向かっていると考えられている。レバノン国民の多くは。「コストカッター」と呼ばれているゴーンについてレバノン経済を立て直せる人物だと考えている。レバノン経済は非効率な官僚制と全てのレヴェルでうまく機能させられていない政府によってこのような悲惨な状態に陥っている。また、腐敗も深刻な状況になっている。
レバノンのドゥールーズ教徒の指導者ワリード・ジャンブラットはツイッターに投稿し、ゴーンを救国の手助けをしてもらおうと主張した。
ジャンブラットは次のように書いた。「私はゴーンをエネルギー担当大臣に任命すべきだと提案したい。エネルギー省はマフィアにコントロールされ、改革を拒絶し、そのために巨額の赤字を出すようになっている。カルロス・ゴーンは帝国を築いた。おそらく彼の経験から利益を得ることができるだろう」。
ゴーンのベイルートの邸宅の近くの通りで文房具店の店主ジコ・コウリーは「彼が選挙に出るなら投票しますよ。彼は素晴らしいビジネスマンです。レバノンの愛をしている。大臣になるべきです」と語った。
水曜日の記者会見の席上、レバノンが抱える諸問題を解決するために役割を果たすことができるかと質問され、ゴーンは用意周到に準備された内容を答えた。
ゴーンは「私は政治家ではありませんし、これまで政治的野心を持ったこともありません。しかし、もし私の経験をこの国のために使って欲しいと頼まれるならば、私は準備ができていると申し上げたいと思います」と述べた。
文房具店店主コウリーのようなレバノン国民の一部はゴーンに対する容疑はでっち上げだと考えている。コウリーは店に立ちながら、日常で起きている電力供給制限のために発電機をスタートさせながら、次のように語った。「大きな話については分かりません。みんなが税金についてごまかしているもんですよ。だからと言って牢獄にぶち込まれることはありません」。
レバノン内戦終結後にレバノンを支配してきた腐敗した政治的エリート層の退陣を求める反政府抗議活動が数カ月続いた。ゴーンの事件についてはインターネット上で詳細に調査された。彼が留置された際にはそのようなことは起きなかった。
あるツイッター利用者はジャンブラットのツイートに対して次のように反応した。「レバノンには腐敗した人間、国賊が既に多く存在している。そんな人間たちを更にまた外国から輸入したいと望むのか?」。
今週の初めの抗議活動で、参加者たちはゴーンについてのスローガンを使うようになった。そのスローガンはレバノンの政治家たちと中央銀行総裁に対して使われるものであった。そのスローガンとは、「泥棒、泥棒、カルロス・ゴーン、彼は泥棒だ」である。
税金だけがゴーンの問題ではない。2008年にゴーンはイスラエルを訪問した。ゴーンは同国においてイスラエル大統領で当時の首相だったエフード・オルメットと会談を持った。オルメットは2006年にイスラエルを率いてヒズボラと戦争を行った。戦争の結果、レバノン国内で約1200名の死者が出た。イスラエル訪問はレバノン国民にとっては違法行為である。首相と会談を持つこともまた然りである。複数のレバノンの弁護士たちは、ゴーンのイスラエル訪問について告訴を行った。しかし、レバノンの最高指導者たちは楽観的のように見える。ヒズボラでさえもゴーンの敵性国家イスラエルへの訪問を問題視していない。
ゴーンはレバノンへの帰還によって司法的にいくらかの安心を得ることができると考えている。木曜日、ゴーンはレバノンの検事総長に召喚され、記者会見よりも少し長い時間尋問を受けた。レバノン政府は日本政府に対してゴーンに対する告訴に関連する書類を提供するように求めている。しかし、インターポールが逮捕を模索している中でレバノン政府はゴーンを日本に引き渡す計画を持っていないことは明白だ。
レバノンは、ゴーンがフランスのパスポートを使って合法的に同国に入国したと発表した。木曜日、レバノンはゴーンに対して出国禁止を申し渡した。レバノン国内では、ゴーンに対する出国禁止措置は制限というよりも彼の安全の確証のようなものだというジョークが話されている。
ゴーンは、日本の司法ではなく、迫害から逃れてきたと述べている。独房での監禁、弁護士の同席なしの長時間にわたる取り調べ、妻キャロル・ゴーンとの会話の禁止といったことをなされていたと発言した。ベイルートでの記者会見中、ゴーンは妻キャロルを常にそばに置いていた。キャロルには日本で逮捕状が出されている。
ゴーンは自身に対して公平な聴取がなされる場所ならばどこでも裁判を受ける準備があると述べた。ゴーンは繰り返し日本の高い有罪率について言及した。「99.4%!」と。ゴーンはレバノンの司法当局への協力を約束した。
今週、レバノン・ブロードキャスティング・コーポレイション・インターナショナルとのインタヴューの中で、ゴーンは「私は、日本の司法システムとよりもレバノンの司法システムとの方がより快適に感じる」と述べた。
多くのレバノン国民は腐敗したエリートに嫌気がさしていることは問題である。司法の独立の欠如は抗議運動にとっての重要な批判点となっている。法的諸権利擁護グループは、レバノンの司法システムは政治エリート、ビジネスエリートから深刻な影響を受けている。こうした人々はゴーンを擁護する立場に立つと見られている。
レバノンの別のツイッター利用者は「もちろん、レバノンであなたはより快適でいられることだろうね、エリートたちはあなたが楽に過ごせるようにしてくれるだろうよ」とツイートした。
(貼り付け終わり)