古村治彦です。
1990年代から流行したグローバライゼーションは人々を不幸にした。ジョセフ・スティグリッツという経済学者は『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(2002年)を書いて警鐘を鳴らした。しかし、主流派経済学が唱えるグローバライゼーションが日本を含む世界中を席巻した。日本の失われた30年、デフレが進行した時代と重なる。
グローバライゼーションによって国際的分業が進めば人々の幸福は増進する、という主張は正しくなかった。先進国では製造業が発展途上国、新興工業国との競争に敗れた。その結果として、労働者たちは失業し、賃金は下がり、消費は伸びず、日本ではデフレ・スパイラルに陥り、そこからいまだに脱却できていない。競争に敗れた人間は「努力の足りない敗残者」であり、「非正規雇用になったり、失業したりするのは自己責任」だとして片づけられた。
しかし、これは正しいことではなかった。主流派経済学者たちは自由市場を信奉し、市場に任せていればすべてがうまくいくという、ナイーブ(馬鹿げた)な「信仰」に基づいて、世界を壊した。そして、主流派経済学者たちの中からそうしたことを反省する人間たちが出てきている。その代表格がポール・クルーグマンだ。私たちはクルーグマンの反省の弁に耳を傾けてみる必要がある。

経済学という人類を不幸にした学問: 人類を不幸にする巨大なインチキ
(貼り付けはじめ)
「経済学者たち(私も含まれる)がグローバライゼーションについて間違ってしまったこと(What
Economists (Including Me) Got Wrong About Globalization)」
―1990年代に発展途上諸国からの輸出が与える影響を測定するために経済学者たちがよく使用していた複数のモデルはどれも雇用と格差に与える影響を過小評価するものだった。
ポール・クルーグマン(Paul Krugman)筆
2019年10月10日
『ブルームバーグ』誌
https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2019-10-10/inequality-globalization-and-the-missteps-of-1990s-economics
※ポール・クルーグマンはニューヨーク市立大学大学院センターで教鞭を執り、『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニストを務めている。2008年、国際貿易と経済地理学に関する研究でノーベル経済学賞を受賞した。
この論説は『グローバライゼーションに対する様々な挑戦に直面して(Meeting
Globalization’s Challenges)』(プリンストン大学出版局)の一つの章を短くまとめたものである。『グローバライゼーションに対する様々な挑戦に直面して』は2017年10月11日に国際通貨基金(International Monetary Fund)が開催した学会で発表した様々な学者たちの論文を集めたものだ。この本は2019年11月4日に発刊される。
グローバライゼーションによる望ましくない効果についての懸念は最近になって出てきたものではない。1980年代、アメリカ国内の収入格差(income inequality)が大きくなり始めた時期、多くの専門家やコメンテイターたちは収入格差の拡大という新しい現象をもう一つの新しい現象につなげて論じた。そのもう一つの新現象とは、新興工業諸国(newly industrializing countries)からの工業製品輸出の増大だった。
経済学者たちは収入格差の拡大に深刻な懸念を持った。国際貿易の標準的なモデルでは、国際貿易は収入の配分に大きな効果を持つ、とされる。1941年に発表された有名な論文では、労働力豊富な国家との貿易によって国全体の収入総額は上がっても労働者一人当たりの収入額は減るプロセスが示された。
その後、1990年代に入り、私自身を含む多くの経済学者たちは国際貿易の状況が変化することが格差拡大にどれほど影響を与えるかについて理解しようと試みた。経済学者たちは、影響は比較的穏やかなもので、収入格差を広げることになる、中心的な要素ではないと徐々に結論付けるようになった。その結果として、国際貿易が与えるマイナスの影響の可能性についての学者たちの関心は消え去ることはなかったが、小さくなっていった。
しかしながらここ数年、グローバライゼーションについての懸念と不安は様々な問題のトップに浮上している。グローバライゼーションについての新たな研究結果が出るようになり、ブレグジスト(Brexit、訳者註:イギリスのEU離脱)とドナルド・トランプ米国大統領が与えた政治的衝撃のために、グローバライゼーションに対する不安が大きくなっている。1990年代のコンセンサスである、「国際貿易の増加は格差を増大させるのは真実だがその影響は穏やかなものだ」という考えの形成に貢献した人間の一人として、この時期に私たちが何を見落としたのか、見落としてきたのかを問うことは適切なことだと私は考える。
●1990年代のコンセンサス(The 1990s Consensus)
1990年代中盤、貿易が人々の収入に対してどのように影響を与えるかを評価するためにデータをどのようにして利用するかで混乱が起き、議論も起きた。ほとんどの研究は貿易量と労働力の量、その他の輸出入に伴う様々な資源についてというものが中心的なテーマであった。経済学者の中にはこのようなアプローチに反対する人たちも出た。こうした人々は量(quantity)よりも価格(price)を中心的に研究することを選んだ。
徐々に姿を見せ始めたのは「~がなかったら(but for)」アプローチだった。これは、発展途上諸国からの工業製品輸出が増大するという現象がなかったとしたら、そうした場合の賃金は実際の賃金に比べてどれほど異なるものとなるかという問題設定を行うものだ。発展途上諸国からの輸出増加は1970年には小さいものであったが、1990年代半ばまでに急増した。発展途上諸国からの工業製品輸入は過去に比べればかなり大きくなっているが、先進諸国の経済規模に比較すれば小さいものであった。だいたいGDPの2%だった。この程度では相対賃金に中程度の変化を与えるにも十分ではない。その影響は瑣末ではないが、経済において中心的な役割を果たすまでに大きなものとは言えなかった。
●ハイパーグローバライゼーション[過剰なグローバライゼーション・超グローバライゼーション](Hyperglobalization)
国際貿易が与える影響力に関するこうした評価は1995年前後になされたものだ。これらの評価の基となるデータは必然的にそれよりも前の数年間のものとなる。国際貿易の与える影響力は穏やかなものとなるという研究結果が出るのは間違ったことではなかった。しかし、振り返ってみれば、1990年代初めの国際貿易の流れは、より大きな現象、もしくは経済学者アルビンド・スブラマニアンとマーティン・ケスラーが2013年に発表した論文で「ハイパーグローバライゼーション(hyperglobalization)」と呼んだ現象の始まりでしかなかった。
1980年代までは、「第二次世界大戦後の国際貿易の増加は戦争前に設定された貿易障壁の廃止が主な理由であった」と論じることも可能であった。戦後の国際貿易が世界のGDPに占める割合は1913年の時点よりも少し高いくらいのものだった。しかし、80年代以降の20年間で、国際貿易の量と性質は未知の領域に踏み込むことになった。
下のグラフはこの変化の1つの指標を示している。発展途上諸国からの工業製品輸出が世界のGDPの占める割合を測定したものだ。これを見ると1990年代初めに貿易力における大変動が発生し、それが始まりに過ぎないものだったということが分かる。
■何かが起きていたのだ
世界GDPにおける発展途上諸国による工業製品の輸出に割合(%)
ソース:世界銀行
1990年代に国際貿易が急増した理由は貿易における新たな形式のためであったのだろうか?この疑問に対する答えは技術と政策の混合ということになるだろう。飛行機によるコンテナ輸送(freight containerization)は最新の技術という訳ではなかったが、この技術によって輸送コストが減少することで製造業における労働集約が必要な部門を海外に移転させることが可能なのだということをビジネス界が認識するまでにしばらく時間がかかった。その時期、中国は中央計画(central planning)から輸出に特化した市場経済(market
economy focused on exports)へと大きな変化を遂げた。
発展途上諸国からの工業製品輸出の世界GDPに占める割合を測定すると、現在の数値は1990年代半ばに比べて3倍になっている。それでは発展途上諸国の輸出が収入配分に与える影響力もそのまま3倍になっていると結論付けることになるだろうか?少なくとも2つの理由からそうではないということになる。
第一の理由は、発展途上諸国からの輸出の増大の多くの部分は、近代化しつつあるアジア、アフリカ、ラテンアメリカの各国間の貿易量の増大を反映しているというものだ。これは重要な事実であるが、先進諸国に住む労働者たちに与える影響にとっては大きいものではない。更に重要な第二の理由は次の通りだ。この貿易拡大が含む本質は、「非熟練と熟練の2つのタイプの労働者による製品が同時に存在し、南北貿易に関与している労働者の労働価値(訳者註:賃金のこと)の増大が貿易量の増大に比べて早くない(訳者註:労働者の給料が上がらない)」ということである。
バングラデシュからの衣服の輸入と中国からのiPhoneの輸入、という2つのケースを考えてみよう。バングラデシュからの衣服の輸入は、言い換えるならば教育水準の低い労働者たちのサーヴィスを輸入し、アメリカ国内の教育水準の低い労働者に対する需要を引き下げる圧力がかかるということである(訳者註:アメリカ国内の低賃金の労働者の仕事がなくなる)。中国からのiPhoneの輸入の場合は、iPhoneの価値(訳者註:値段)の大部分は、日本のような高収入で、より教育水準の高い国々で行われた労働を反映しているものだ(訳者註:だから値段が高い)。中国からのiPhoneの輸入は言い換えるならば熟練と非熟練の2つのタイプの労働を輸入するということであり、収入配分に与える影響はより小さくなるということである。
これら2つの理由があったが、1995年から2010年にかけての発展途上諸国からの輸出増加は、1990年代のコンセンサスが可能だと想像したよりも、より大きいものとなった。この輸出増加はグローバライゼーションについての懸念をぶり返させることになった理由であろう。
●貿易不均衡(Trade Imbalances)
学者たちがグローバライゼーションの与える影響を測定する方法と、トランプ大統領のアプローチをはじめとする一般の人々がグローバライゼーションを見る方法は対照的なものだ。大きな違いが見られるのは貿易不均衡についてだ。一般の人々は貿易黒字もしくは赤字が国際貿易における勝者と敗者を決定する要因だと見る傾向がある。しかし、1990年代のコンセンサスの基盤となっている国際貿易に関する経済学のモデルでは、貿易不均衡は何の役割をも果たさないということになる。
各経済学者が採用する単一のアプローチは長期的に見れば正しいと言える。それは、各国は自分の力で何とかしなければならないし、貿易不均衡は主に雇用における貿易関連部門と非貿易関連部門の配分率に影響を与えるが、労働に対する総需要に明確な影響を与えないからだ。しかし、貿易不均衡における急速な変化は調整という面で深刻な問題を引き起こす。より広範囲にわたるテーマにはこのコラムではすぐに戻ることにする。
ここでは、アメリカの石油以外の貿易収支(その大部分は工業製品が占める)とアメリカ国内の製造業における雇用についての比較について特に考えてみよう。
■2000年の輸入ショック
2000年代に工場関連の雇用の多くが失われた。この理由として貿易赤字の悪化が挙げられる
ソース:アメリカ経済分析局;アメリカ労働統計局
1990年代末までに、製造業における雇用は雇用全体に占める割合は下落し続けていたが、絶対数で見れば安定していた。しかし、製造業における雇用は2000年を境に崖(cliff)を落ちるかのように急落した。この急落は石油以外の貿易赤字の急増に対応するものだった。
貿易赤字の急増は雇用の落ち込みを説明するものだろうか?その通りだ。理由の大部分を占める。
次の推定評価はきちんとした根拠があるものだ。1997年から2005年にかけて貿易赤字の増大によってGDPに占める製造業の割合は1.5パーセンテイジポイント低下した。言い換えるならば、製造業の産出量自体では同時期に10%以上も下落した、ということになる。製造業の雇用がおよそ20パーセント低下したということの原因の半分以上をこれで説明できる。
この推定評価は、比較的短い期間における製造業の雇用が雇用全体に占める割合ではなく、製造業の雇用の絶対数に焦点を当てている。製造業経済からサーヴィス経済への長期的な変動について、貿易赤字を使ってもほんの一部しか説明はできない。しかし、輸入の急増はアメリカの労働者の一部に衝撃を与えた。この衝撃はグローバライゼーションに対する反撃を引き起こす理由となった可能性が高い。
●急速なグローバライゼーションと崩壊(Rapid Globalization and
Disruption)
1990年代のグローバライゼーションを肯定するコンセンサスは、国際貿易は格差拡大にほぼ影響を与えないというものだった。このコンセンサスが基盤とした諸モデルは貿易量の増大が、大学に進学しなかった労働者など広範な層の労働者たちの収入にどれくらい影響を与えるかを問うものだった。長期的にみてこれらのモデルが正確であると考えることは可能であり、おそらく正しい。1990年代のコンセンサスを受け入れていた経済学者たちは、特定の産業部門と地方の労働者たちに注目する分析的な方法に目を向けなかった。この方法を経済学者たちが採用していれば短期的な動向をより良く理解できたことだろう。この方法に目を向けなかったことについて私は大きな間違いであったと確信している。そしてこの間違いを犯すことに私も協力したのだ。
グローバライゼーションをめぐる政治は、国際貿易がブルーカラーとホワイトカラーの報酬格差、もしくはジニ係数として知られる格差を測定するための広範な統計的方法にどのように影響するかという大きな疑問よりも、貿易の流れの大変動によって利益を得た、もしくは損失を被ったそれぞれ個別の産業部門の経験によって、より影響を受けているということが明確に示されるべきであったのだ。
2013年に発表され、今ではすっかり有名になっているデイヴィッド・オーター、デイヴィッド・ドーン、ゴードン・ハンソンの論文『チャイナ・ショック(China Shock)』の中でなされた分析が人々の耳目を集める余地がここにあった。この本の著者たちが主に行ったのは、国際規模の収入配分に関する広範で様々な疑問を投げかけることから急速な輸入の増大がアメリカ国内の各地方の労働市場に与える影響についての疑問を提示することであった。そして、著者たちはその影響は巨大で永続的なものだと結論付けた。この結論付けは新たなそして重要な示唆を与えるものとなった。
こうした様々な問題について、25年前には考察することもできなかった私たちのような経済学者たちのために弁解するならば、1990年代に始まったハイパーグローバライゼーションについて知る方法がなかった、もしくはそれから10年後に貿易赤字の急増が起きることなど分からなかった、ということになる。ハイパーグローバライゼーションと貿易赤字の急増ということが一緒になって起きなければ、チャイナ・ショックの規模はより小さいものとなったことであろう。私たちは物語の極めて重要な部分を見逃してしまったのだ。
●保護主義を擁護する十分な論拠となるか?(A Case for
Protectionism?)
1990年代のコンセンサスが見逃したものは何か?それはたくさんある。発展途上諸国からの工業製品輸出はコンセンサスが形成された時点でのレヴェルをはるかに超えるものにまで成長した。輸出の拡大と貿易不均衡の拡大が同時に起こったのだが、これはグローバライゼーションが1990年代のコンセンサスが想像したよりもより大きな崩壊とコストを(訳者註:アメリカ国内の)労働者の一部に与えた、ということを意味した。
それではグローバライゼーションが与えた崩壊とコストは、トランプ大統領の主張は正しく、貿易戦争はグローバライゼーションによって傷つけられた労働者たちの利益となるであろうということになるだろうか?
答えは「ノー」だ。保護主義という答えは自由貿易に対する厳格な関与よりも、グローバライゼーションが与えた損失を基にしている。急速に拡大し続けるグローバライゼーションに伴う問題点とは、歴史上最も急速な変化による崩壊が起きている中で労働に対する需要が変化していることではない。急速な変化は私たちに迫っている。多くの指標が示しているのは、ハイパーグローバライゼーションは一時的な現象だったのであり、国際貿易は世界のGDPにおいて比較的安定してきているということだ。上にある1つ目のグラフを見れば横ばいになっていることが分かる。
結果として、現在の貿易体制からの離脱ではなく、グローバライゼーションを逆行させようという試みによって現在の大崩壊は起きている。現時点では、どこに生産設備を建設するか、どこに移動して仕事に就くかなどについて膨大な数の決断は、開かれた世界貿易システムがこれからも存続していく、という前提の上に行われている。関税を引き上げることや世界貿易量を収縮させることでこの前提が間違っていると示すことは、これまでとは違う形で新たな勝者と敗者を生み出す新しい崩壊の波を発生させることになる。
グローバライゼーションがもたらす影響についての1990年代のコンセンサスが称賛されなくなってはいるが、グローバライゼーションに欠点があるからと言って、現在の保護主義が正当化されることはない。私たちは1990年代の時点で将来何が起きるのかを分かっていたならば、実際にやってきたこととは違ったことをやったであろう。しかし、時計の針を戻すことを正当化するだけの理由は存在しない。
(貼り付け終わり)

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