古村治彦です。

 ドナルド・トランプ大統領とメラニア夫人が新型コロナウイルス陽性反応で自主隔離、トランプ大統領は軽い症状が出てウォルター・リード陸軍病院に入院し、大統領として病院で執務を行うというニュースが駆け巡った。このことについては後ほど、記事をご紹介するが、今回は大統領選挙第1回討論会についての記事をご紹介したい。このことはすっかり吹き飛んでしまったようではあるが、かなり異例な討論会であったことは間違いない。

 2020年大統領選挙の民主、共和両党の候補者による第1回討論会がオハイオ州クリーヴランドで開催された。90分間の討論会は、プロレスの試合だった。

年齢の高い人たちにしか分からないたとえになって恐縮だが、ジャイアント馬場対タイガー・ジェット・シン(アブドラ―・ザ・ブッチャーでも可)のベルトをかけた試合で、シンが最初から大乱闘で、ジャイアント馬場は何とかルールを守って試合をしようとするも、シンの狂気攻撃で流血し、最後は怒って場外乱闘、両者リングアウトで無効試合、というところだった。どちらが勝った、負けたということは言えない試合だった。

確かに多くのテレビ局で討論会後に視聴者にアンケートを実施し、CNNでは「68%対27%」、CBSでは「48%対41%」でバイデン勝利ということになった。混乱を招いたのはトランプということで、そういう判定になったのだろう。
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トランプが場外乱闘を仕掛けてくるのは明白であり、それに対して、バイデンが冷静に対応しようとしていることは明らかだった。トランプはバイデンを苛立たせて失言を引き出そうとしたが、これはうまくいかなった。

バイデンはいわゆるカメラ目線で、有権者に語り掛けるという方式を取った。私はこれに対して違和感を持った。発言の際に何度も下を向いて原稿を確認するということが繰り返され、その間にトランプに割り込みを許していた。私にはバイデンの姿が弱弱しく映った。「いじめられっ子の優等生対いじめっ子のガキ大将」という構図で、バイデンの弱さが際立つことになってしまった。カメラ目線は何か救いを求めるような姿に映った。「クラスメイトのみんな、助けてよ」という風に。これで弱さが際立つことになってしまった。
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 面白いことに、アメリカ国内のスペイン語放送専門チャンネル「テレムンド」のアンケートでは、今回の討論会の勝者はトランプという判定の方が多かった。これは、バイデンの弱さを見て取った、スペイン語を話す視聴者が多かったということになる。バイデン陣営は、スペイン語話者を含む(ヒスパニックと呼ばれる)、ラティーノ系への働きかけを強めているが、テレムンドのアンケートの結果はバイデン陣営にとっては歓迎できないものである。

 CBSテレビは討論会の視聴者に対して「どのように感じたか」という質問をしたところ、69%が「イライラした(annoyed)」、31%が「面白かった(entertained)」、19%が「悲しかった(pessimistic)」、17%が「情報が多かった(informed)」という結果が出た。
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 「面白かった」「悲しかった」という反応は私が感じた反応そのままである。そもそも討論会だと思うから間違いで、プロレスの試合なのだと思えば、面白いという反応は当然に出てくる。また、悲しかったという反応も、いろいろなことを考えればそう思うだろうなということになる。こんな人たちしかアメリカ大統領になれないのか、国内問題だけを語るだけで、アメリカの世界唯一のスーパーパワーの矜持はどこに行ったのか、という思いを持った視聴者も多かったことが推察される。

私は、討論会を見ていて、「アメリカも終わっていくなぁ」という感想を持った。まず、討論会のテーマに外交も防衛も貿易も入っていなかった。全てが国内問題であった。アメリカは世界の超大国であり、アメリカ大統領は世界の指導者のはずだ。しかし、アメリカ以外の国々に住む人々に何もメッセージを発することができなかった。

また、数多くの人々が選挙戦に参加して、残り2人の候補者となった訳だが、この2人の70代の高齢者たちが元気なのは結構なことだが、何ら生産的な行為も出来ていないということはどういうことだ、民主党側はもっとましな候補者を立てることができなかったのか、ということを思えば、こりゃ駄目だ、ということになった。

もし私がアメリカ国民ならば、今回は棄権しただろう。アメリカ国民以外の日本人としてならば、トランプ大統領の方がまだまし、と考えている。しかし、自分がアメリカ国民ならば、「こんな人たちしか大統領になれないのか」と思えば、悲しさと呆れで棄権してしまうだろう。CBSの調査で「悲しかった(pessimistic)」と答えた19%に私は同調する。

今回の大統領選挙では全米各地の投票所や開票所では、トランプ支持派と反対派が集まって、小競り合いや衝突が起きるだろう。そのために軍隊まで派遣されるということになるだろう。アメリカはデモクラシー(民主政治体制)の理想を世界に輸出するという使命を自認してきた。しかし、その本家本元で衝突というような事態が起きれば、アメリカの掲げた理想は崩れてしまう。

「デモクラシーは最善ではないが、次善の体制だ」という理念が壊れた先に何があるのか。中国の姿がますます大きく見える。20世紀末、「歴史の終わり」という議論で、「民主政治体制と資本主義が最終的に勝利した」という主張が華々しかった。あの時代は幸せだったのだとノスタルジーを感じている。民主政治体制も資本主義も変化し、衰退し、崩れ去っていく運命にあるのだろう。

(貼り付けはじめ)

トランプ対バイデンの討論会での衝突についての5つのポイント(Five takeaways from Trump-Biden debate clash

リード・ウィルソン筆

2020年9月30日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/518893-five-takeaways-from-trump-biden-debate-clash?__twitter_impression=true

トランプ大統領とジョー・バイデン前副大統領との間の耳ざわりで無秩序な衝突は、アメリカ国民に対して、自分の選択肢について検討するための第1回目の機会となった。ホワイトハウスをめぐる戦いは現在までのところ、安定的に推移してきている。

コロナウイルス感染拡大のために、両者はぎこちない、そしておそらくやりたくない握手をしなくて済んだ。握手ができていたとしても、その後の討論会もやはり叫び声からスタートしたことだろう。

ミズーリ大学政治コミュニケーション研究所所長ミッチェル・マキニーは討論会終了直後、「我が国の歴史において最も無秩序で、攻撃に満ちた大統領選挙候補者討論会だった」と述べた。

クリーヴランドでの衝突についての5つのポイントをこれから挙げていく。

(1)トランプはチャンスを逸した(Trump missed a chance

トランプは今年の大統領選挙の3回の討論会の一つを無駄にした。現在、全国規模、激戦諸州での各種世論調査において劣勢に置かれている選挙戦を討論会によってかき回すことができたのだが、そのチャンスを逸した。

トランプは、バイデンと司会者クリス・ウォレスの発言に対して、休みなく割り込みを続けた。このために討論会はまとまりがなく、発言が良く分からないようになってしまった。しかし、トランプがバイデンに対して連続攻撃を行っても、バイデンにダメージを与えることができなかった。

トランプは討論会の中でウォレスに次のように述べた。「彼じゃなくて、あなたと討論をしているかのようだよ。しかし、それでもOKさ。驚きはしない」。

その後、バイデンを馬鹿者と呼んだ。トランプは「君に部分などどこにもないけどね、ジョー」と述べた。

トランプ大統領は、前任者たちに比べて、自身の大統領としての業績を挙げていくという伝統的な手法に頼らなかった。そして、トランプ大統領の熱狂的な支持者たちは、トランプ大統領がいつも通りに通常の政治のやり方を破壊することを支持している。しかし、トランプ大統領の相手に一撃を与えるパフォーマンスによって、トランプ大統領が選挙に勝利するために必要な有権者たちを説得することができなかった。

11月の選挙について構想を練っている共和党関係者たちは、トランプ大統領が自身の熱心な支持者たちにだけ集中していることに不満を募らせた。

しかし、2016年の大統領就任式以来の最大の聴衆を前にして、トランプは火曜日の夜を再びその少数の人々にだけ語りかける結果となった。

ミシガン大学の討論会担当部長アーロン・コールは次のように述べた。「トランプ大統領は二期目に向けて楽観主義と前向きな姿勢を促すことで、穏健的な有権者、都市部郊外の住む有権者たちを自身の支持に動かす必要がありました。しかし、トランプ大統領が示したのは、この国で起きている犯罪と人種間の緊張関係についての悲観的な将来でした」。

(2)バイデンは冷静さを維持した(Biden kept his cool

これまでの数カ月、民主党系のストラティジストたちは、バイデンが冷静さを失い、トランプの罠に引っかかるってしまうのではないか、特に彼の息子ハンター・バイデンに話が及んだ時にそうなるのではないかという懸念を持っていた。

トランプはハンター・バイデンを標的にして攻撃を仕掛けてきたが、これはここ数カ月の共和党が仕掛けてきたものと同じだった。ハンターのウクライナのガス会社とのかかわりから他国での投資事業についてまで攻撃されてきた。しかし、トランプは新しい深みにまで達した。彼はハンターの過去の薬物使用に踏み込んだ。

バイデンは、2008年から2020年までの間に、2度の副大統領候補者として一対一の討論会を経験しているヴェテランであり、また民主党大統領選挙予備選挙で更に多くの討論会を経験してきた。バイデンは今回の討論会で穏やかさを保っていたが、トランプの退役軍人と現役軍人たちを馬鹿にする発言を取り上げた時には怒りをにじませた。

彼の末息子について話が及ぶと、この致命的となるはずだったパンチをバイデンはうまくかわして、次のように述べた。

「私の息子は、多くの人々と同じく、アメリカ国内の多くの人々と同様に、麻薬使用に関する問題を抱えていました」。

マキニーは次のように述べた。「今晩の討論会で、ジョー・バイデンは大きな失言も失敗もしませんでした。もしそのようなことがあれば、トランプは、バイデンが年をとり過ぎていて、大統領を務めるのに不適格だと宣伝したことでしょう」。

(3)バイデンのカメラに向かい姿勢についての戦略(Biden’s to-camera strategy

候補者2人がそれぞれどこに目を向けていたかで、大きな違いがあった。

トランプは演壇につかまって寄りかかり、バイデンに目を向けて、攻撃の機会をうかがっていた。

バイデンは繰り返しカメラを見て、家でテレビを通じて視聴している有権者たちに発言を行った。

「皆さん、おうちにいらっしゃると思いますが、どれだけの数の皆さんが今朝起きて、テーブルの近く置いてある誰も座ることのない椅子に目を向けたことでしょう?その椅子に座るはずの人は新型コロナウイルスのために亡くなったのです」とバイデンは問いかけた。その後、バイデンはトランプについて次のように語った。「彼は皆さん方、アメリカ国民が必要としていることについて話したがりません」。

トランプは攻撃的な割り込みの勢いを鈍らせていったが、バイデンの発言は冴えを見せるようになっていった。上院議員を長く務め、自分を激しく非難する人物さえも友人と呼ぶバイデンが減益大統領を「馬鹿者」や「道化師」と呼んだ。そして、トランプの終わることのない一人語りに対応して、頭を振りながら「いいか、口を閉じていろよ」とさえ言い放った。

民主党予備選挙での討論会では、この種の発言はバイデンに対しての攻撃となって返ってきたが、トランプに対してだと、驚きは少なった。

(4)討論会によって多くの人の考えが変わることはない(The debate is unlikely to change many minds

火曜日夜のごたごたによってまだ投票する候補者を決めていない有権者の数を減らしたが、その数はかなり少ないものである。

実際のところ、実際に投票に行くと考える有権者の数を減らすような結果になることは珍しい。共和党系の世論調査専門家フランク・ランツは討論会の開催時間中に、インターネット上で複数の有権者に集まってもらってグループ討論をしてもらった。その中で、誰に投票するかを決めていなかった有権者の中から、「自分は投票に行かないと決めた」と発言する人たちが複数出た、とランツは述べている。

ランツはツイッター上に次のように書きこんだ。「私は棄権するという有権者の反応を生み出すような討論会をこれまで見たことはありません」。

選挙戦の最終盤になって行われる討論会で有権者の考えが大きく変わるということはあまり起きていない。討論会の専門家たちは、人々がテレビをつけて討論会を見るのは、自分たちが選んだ候補者についてさらに支持の気持ちを高めることが必要なのでその補強のためだと指摘している。どちらの候補者に入れるかを決めるためではないのだ。

共和党全国委員会の広報部門の責任者を務めたダグ・ヘイは「大変に醜い討論会でしたが、討論会の中で選挙戦の基本的な流れを変わるようなことは何も起きませんでした。トランプは後れを取っており、バイデンを倒すためには、パンチを当てる必要がありましたが、彼にはできませんでした」と述べている。ちなみにヘイはトランプを支持していない。

火曜日の討論会の前でも、各種世論調査の結果を見ると、誰に投票するかについてまだ決めていないという有権者は少なかった。トランプ大統領に何か得意技があるとするならば、それは、世論を自分の言葉で巧みに表現することである。ホワイトハウスの現在の主であるトランプに対して、大変に好意を持つか、大変に嫌悪感を持つか、それ以外の艦上を持つアメリカ人はほとんどいない。

カタウバ・カレッジの政治学者マイケル・ビッツアーは次のように述べた。「1時間15分の間に常に割込みがある討論会をたとえうまく管理できていたとしても、これから説得可能な有権者はほとんどいません。その数少ない説得可能な有権者も、今回の討論会では、何も考えることができなくて、テレビを途中で消したことでしょう。既に誰に投票するかを決めているアメリカ人の大多数の中で、今回の討論会で投票する候補者を変えるような人はいるだろうかと疑問に思っています」。

(5)討論会が再び開催されるだろうか?(Will there be another debate?

討論会の最後がぐちゃぐちゃで終わり、上記の疑問が人々の間に生まれたけれども、この問いに対する答えは「イエス」である。

バイデン選対の副責任者ケイト・べディングフィールドは記者たちの電話取材に対して次のように答えた。「皆さん、私たちはこれからも討論会をやりますよ。これまでとはどれくらい違うやり方になるかについては分かりませんが。私たちは討論会には必ず出席すると申し上げます」。

ここ数カ月、バイデン陣営は早い段階から、頻繁に、記録に残る形で、バイデンは討論会の壇上でトランプと相まみえると発表してきているのに、トランプ陣営はバイデンが討論会に出てくるのかどうかという疑問を呈してきた。

トランプが討論会に出てこないということの方があり得そうだと人々は考えていた。2015年の共和党大統領選挙予備選挙の討論会で、トランプは司会者の選定に抗議するということで実際に討論会を欠席した。今年の大統領選挙に残った最後の2人の候補者のうち、実際に討論会を欠席したことがあるのはトランプだ。

しかし、実際のところ、どちらの候補者も、10月15日と10月22日に予定されている残り2回の討論会に出ない方が良いという考えにはならない。

トランプは現在のところ、全国規模と激戦諸州での各種世論調査でバイデンを追いかける展開になっている。そのために選挙戦を彼に有利な方向に再編しなければならない。そして、そのための時間は残されていない。バイデンは、彼自身の精神的な強さに疑念を呈するトランプに反撃をしなければならなかった。彼は保守的な言動から時に外れることがあっても、それを守り、支持者を増やさねばならない。

討論会はこれからも続くだろう。アメリカにその準備ができているかいないかに関係なく。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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