古村治彦です。

 私事で恐縮ですが、2021年7月19日に父が老衰のために急逝しました。20日に通夜、21日に告別式を無事に執り行いました。多くの皆様に丁重なお言葉、お心遣いをいただきましたことを厚く御礼申し上げます。

 父は私が生後6か月の時に、30歳でくも膜下出血を発症し、一命は取り止めましたが、その後は左半身に麻痺が残り、言語も不明瞭という状態になりました。私の年齢の期間、療養生活ということになりました。父は長年施設でお世話になりました。私は高校を卒業して地元を離れるまで、私たち家族は、毎週日曜日に面会に行くということを続けました。

 20代の若さで障害の残った夫と乳飲み子を抱えた母の苦労を思うと言葉になりません。母は教員採用試験を受け合格し中学教員となりました。また、高校の国語教師としての生活や未来をたった一度の病ですべて失ってしまった父が何を考え、どう感じてしたのかを考えても、やはり言葉になりません。

 自分の中の父は希薄な存在でした。しかし、今回葬儀に参列する中で、多くの方々から父の思い出を聞き、また、「あなたはそっくりだ」ということを言われて、自分の中に父がいるのだということを人生で初めて強く認識することができました。

 このブログの更新が滞ってしまい、読んでいただいている方々にはご迷惑をおかけすすることになり、申し訳ございません。まだ、疲れが取れないと言いますか、ボヤっとしてしまっている感じで、何かいろいろなことに手が付かない状態です。自分の中での父の存在が希薄だったために、父が亡くなってまさか自分がこんな状態になるとは考えていませんでした。しばらくご猶予をいただけますようにお願いいたします。

 この文章を用意しておりましたところ、ある出版社からお仕事をいただき、しばらくはそちらに注力いたしたいと存じます。重ねてご寛恕をいただけますようお願い申し上げます。

(終わり)