古村治彦です。

 今回は、福祉国家(welfare state)に関する、少し古くて短い論稿をご紹介する。福祉国家とは、人々の生活の安定を図るために、福祉の拡充を行う国家ということで、それまでは、国防や治安維持に重きを置かれていた国家の役割を拡大するということである。1970年代以降、先進諸国を中心に取り入れられてきた考えであるが、現在は、財政赤字や非効率のために評判が悪い。

 下の論稿では、市場万能論では駄目で、国民生活安定のために福祉国家論も必要であり、それが資本主義の生き残りの方策だというものだが、現在、多くの先進諸国で共通の課題となっている高齢化(aging)と移民(immigration)については変革をしなければならないと主張している。高齢者と移民に対する寛大な福祉政策は温めるべきだという主張である。

 現在、世界の中で最も高齢化が進んでいるのが日本だ。日本は「高齢化社会」という段階から更に進んで「高齢社会」となっている。更に言えば、平成の30年間に経済成長もなく、若い世代では、子どもを複数持つことは贅沢、結婚することも躊躇してしまうようになり、少子化も進んでいる。日本の総人口が約1億2600万人、65歳以上の人口は約3600万人で、人口比は約28.4%、75歳以上の人口は1849万人で、人口比は14.7%だ。15歳未満の人口は約1520万人で、人口比は12.1%だ。
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15歳以下の子供たちは同世代の平均の数は108万人となる。65歳から74歳までの人口は1740万人、人口比は13.8%、同世代の平均の数は174万人となる。65歳まで至らずに亡くなった人たちを考えると、現在15歳以下の子供たちと比べると、同世代の人数は2倍ほどあったものと考えられる。日本は急速な少子高齢化が進み、国全体が老衰しているということになる。

 そうした中で、これまでのような高齢者に対する福祉はできない(財源と人手がない)ということになる。日本は現在、団塊の世代(欧米で言えばベイビーブーマーズ[baby boomers])が高齢者となっている。この人たちがどんどん数が少なくなっていっても、今度は団塊ジュニア(アメリカで言えばX世代[X Generations])と呼ばれる人々が高齢者となっていく。高齢者福祉の負担はこれからも半世紀近く続いていくことになる。その間に人口は減り、生産人口も減少していく。日本は人口の面で言えば小国へと変化していく。その調整過程にある。そこで高齢者福祉の漸進的な削減、「自分で老後の資金を準備しましょう、目安は2000万円です」ということになるが、団塊ジュニア世代で果たしてどれほどの人たちが2000万円のお金を用意できるだろうか。

 日本における外国人労働者数は年々増加している。これは生産年齢人口の減少に伴って起きている現象だ。非熟練労働においては、日本人がやりたがらない仕事を外国人、特に発展途上国からの人々が担っているという現実がある。アメリカでも不法移民が安い給料で働くことで、農産物や食料品の価格が安く抑えられているという現実がある。日本ではこれからも外国人労働者の数が増えていく。そうなれば、日本に住み、家族を作るという人たちも増えていく。日本の少子高齢化問題と移民数の増加はリンクしている。
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 こうした中で、外国人労働者や移民に対する日本人の見方は厳しい。受け入れ賛成と反対は拮抗している。また、移民よりも自国民優先をと考える人たちの割合も高い。しかし、これはどこの国においてもそうだ。
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下の論稿にあるように、移民に対する福祉を行うべきではないという極端な考えを持つ人は少ないにしても、過剰な福祉は行うべきではないと考える人は多いだろう。問題は「過剰」の線引きだ。どこまでが適正で、どこからが過剰なのか、日本国民と全く同じ福祉を、国籍や永住権を持たない外国人に与えるべきなのかどうか、ということになる。

 経済格差があまりにも拡大すると、社会に分断と亀裂が起きる。豊かな人たちはより豊かになり、貧しい人たちはより貧しくなるということでは、社会は維持できない。そうなれば、政治において極端な主張を行う勢力が台頭することになる。社会の分断と格差の拡大によって、政治や民主政治体制への失望も拡大していく。ナチスドイツを思い起こす人も多いだろう。資本主義を守り、民主政治体制を守るためには、行き過ぎた格差の是正や強欲資本主義に対する制限が必要となる。下の論稿の主張には首肯できる点が多い。

(貼り付けはじめ)

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資本主義は生き残るために福祉国家を必要としている。しかし、高齢化と移民に対処するために福祉は改革しなければならない。

2018年7月12日

『エコノミスト』誌

https://www.economist.com/leaders/2018/07/12/capitalism-needs-a-welfare-state-to-survive?fsrc=scn/tw/te/bl/ed/capitalismneedsawelfarestatetosurvivebacktobasics

左派と右派両方の神話では、福祉国家(welfare state)は社会主義(socialism)の作品である。しかし、福祉国家の知的伝統は自由主義に最も依存している。イギリス版の福祉国家の設計者であるウィリアム・ベヴァリッジは、国家権力を福祉国家のために使うことを望んでいなかった。重要なことは、あらゆる人たちが自分の好きな人生を歩むことができるように、安心感を与えるということだ。そして、リベラル派の改革者たちは、「創造的破壊(creative destruction)のリスクの一部から人々を守ることで、福祉国家は、自由市場に対する民主的な支持を強化する」と考えていた。

1942年にベヴァリッジが重要な報告書を発表して以来、数十年の間に福祉国家は拡散し、拡大し、複雑になり、そしてしばしば人気を失ってきた。この変化にはさまざまな原因がある。その1つは、福祉国家がその基盤となる自由主義的な原則からしばしば逸脱してきたことだ。この原則を再確認する必要がある。

世界各国はより豊かになれば、公共サーヴィスとベネフィットに国家収入のより高い割合を支出する傾向にある。富裕な国々における年金、失業保険、生活困窮者たちに対する支援のような「社会的保護(social protection)」への支出は、1960年の段階では5%だったが、現在では20%になった。医療や教育への支出を含めると、その割合は約2倍になる。これらの福祉国家の規模の大きさが、改革の十分な理由になるという人々も存在する。

しかし、福祉国家が何をしているかの方が、その規模よりも重要だ。福祉国家は各個人が自身で選択ができるようにすべきだ。スカンジナヴィア諸国で行われている親たちの復職支援やイギリスで行われている障碍者たちが自身のサーヴィスを選択できるパーソナル・べネフィッツ、シンガポールで行われている失業者たちが新しいスキルを身につけるための学習支援を通じて、選択が実行されるべきだ。

誰もが生きていくためには十分な量を手にすることを必要とする。雇用市場で落ちこぼれた人々やギグ・エコノミー(gig economy 訳者註:インターネットを通じて行われる単発の仕事)で働く人々の多くは、生活を営むのに苦労している。貧困層への支援は、残酷で非効率的、父性的で複雑な方法で行われることがあまりにも多い。富裕な国々の一部では、失業者が仕事を始めると、給付金がなくなるために限界税率が80%以上になる。

福祉改革には、制度のコストと、貧困対策への効率化、就労への動機付けとの間にプラスマイナスが生じる。どの制度も完璧ということはない。しかし、基本となるのは負の所得税(negative income tax)であり、これは所得基準以下の労働者には補助金を出し、それ以上の労働者には課税するというものだ。負の所得税は全ての人を対象とする最低収入と結合することができる。これは、税率が高すぎない限り、働くインセンティブを維持しながら貧困をターゲットにする、比較的シンプルで効率的な方法となる。

しかしながら、改革のためには、ベヴァリッジがあまり気にしていなかった2つの課題にも取り組まなければならない。一つ目の問題は高齢化(aging)だ。富裕な国々の現役世代と退職者の比率は、2015年には約41だったのが、2050年には21になると予測されている。また、国が高齢化すると、福祉支出が高齢者に偏るようになる。世代間格差の拡大を緩和するためには、高齢者への最も寛大な給付を削減し、退職年齢を着実に引き上げることが有効な手段となる。

二つ目の問題は移民(immigration)だ。ヨーロッパ全体で、「福祉愛国主義(welfare chauvinism)」が台頭している。福祉愛国主義は、より貧しい国民と自国で生まれた国民に対して手厚い福祉を行うことを支持しているが、移民には及んでいない。ポピュリストたちは、貧しい国から豊かな国へ人々が自由に移民できると、福祉国家が破綻すると主張している。自由主義的な移民政策は、福祉へのアクセスを制限することにかかっていると主張する人々もいる。つまり、物理的な国家ではなく、福祉国家の周りに壁を作るということだ。各種世論調査によると、新たに入国してきた人々から医療や子供のための学校へのアクセスをすぐに奪いたいと思っている、自国生まれのヨーロッパ各国の国民はほとんどいないということだ。しかし、アメリカやデンマークですでに実施されているような、現金給付に対する何らかの制限が必要かもしれない。

ベヴァリッジのようなリベラル派が認識したように、自由市場への支援を確実にする最良の方法は、より多くの人々に自由市場にかかわる利害関係を与えることだ。福祉国家とは、貧しい人々に靴やスープを与えたり、老後の生活を保障したりするだけのものではないと見なければならない。民主主義社会では、福祉国家は資本主義を擁護するためにも重要だ。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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