古村治彦です。
第二次世界大戦後、世界の秩序はアメリカを中心とする陣営とソヴィエト連邦を中心とする陣営に分かれて相争うという形になった。二極化された世界(bipolarity)となり、アメリカとソ連が直接争うことはなかったが、代理戦争(proxy
wars)が戦われる「冷戦(Cold War)」の時代となった。冷戦はソ連解体で決着し、アメリカのみが超大国として君臨する一極化(unipolarity)の世界が始まった。その後、21世紀に入り、中国の台頭が続いている。アメリカの衰退もあり、米中の差は縮まり、世界は「G2」体制ということになりつつある。下の論稿では、アメリカとの関係の変化に伴う、中国の大戦略の変化が丁寧にまとめられている。中国のエリートたちの共通した認識は、「アメリカは衰退し続けており、世界をリードする力と意欲は残っていない」というものだ。
トランプ政権誕生以来、この考えは強まっており、バイデン政権になっても基本的には変わっていない。ここからアメリカが巻き返すとは考えにくいということになる。今回のロシアによるウクライナ侵攻も、ロシアのウラジミール・プーティン大統領や側近たちのアメリカ認識が中国と同様のものであり、「NATOがロシア国境まで迫ってきているが、それに反撃するのは今だ」ということで進行に踏み切ったということも考えられる。私は以前に、今回のロシアのウクライナ侵攻はこれまでの世界秩序の終わりの始まりではないかと書いたが、そのような認識をますます強くしている。
以下の論稿はタイトルとは違い、より重要で、よりまとまった内容になっている。是非読んで、自分のこれからの世界観の形成に役立てていただきたい。
(貼り付けはじめ)
北京はトランプがアメリカの衰退を促進していると確信している(Beijing
Believes Trump Is Accelerating American Decline)
-中国の2020年アメリカ大統領選挙における望ましい結果に関する公開されている情報分析は話の半分しか伝えていない。
ラッシュ・ドシー
2020年10月12日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/10/12/china-trump-accelerating-american-decline/
今年8月、アメリカ国家情報長官事務局は、「中国政府が行動の予測を不可能と見ているドナルド・トランプ大統領の再選を望んでいるものの、彼は勝利しないだろうと見ている」と公に主張した。しかし、こうした評価は話の半分に過ぎず、中国の公開情報源は、よりニュアンスの異なる見方の必要性を示唆している。
中国の指導者たちは、ドナルド・トランプ大統領の最近の攻撃性からの解放を望むかもしれないが、同時に、彼がアメリカの力を弱め、アメリカの衰退を加速させたとも考えている。この後半の判断こそ、より重要なものであり、北京がアジア地域だけでなく世界規模でワシントンに挑戦することを後押ししている。
近刊の『ザ・ロング・ゲーム:アメリカ中心の秩序に取って代わる多ための中国の大戦略(The
Long Game: China’s Grand Strategy to Displace American Order)』の中で私が論じたように。中国の指導者たちは、常にアメリカのパワーを評価分析し、判断を見直してきた。冷戦終結後、各指導者は、中国の大戦略を「多極化(multipolarity)」や「国際規模の力の均衡(the international
balance of forces”)」といった概念に公式に結びつけてきた。これらは、本質的には中国とアメリカの力の相対的バランスを示す丁寧な婉曲表現である。アメリカの力に対する中国の認識が変化すると、中国の戦略は変化するのが一般的だ。
これまでの30年間に、このようなことが2度起こり、2つの戦略が生み出された。1度目は天安門事件後、ソ連の崩壊によって、中国はかつて冷戦の準敵国であったアメリカを、強力でイデオロギー的に脅威を与える敵(powerful and ideologically threatening adversary)と見なすようになった時である。これに対して、鄧小平や江沢民といった中国の指導者たちは、「能力を隠して時を待つ(hide its capabilities and bide its time 訳者註:韜光養晦[とうこうようかい])」ことを推進した。この中国の最初の戦略は、アメリカの地域的影響力を静かに鈍らせることを目的としていた。北京は、非対称的な能力を用いてアメリカの軍事力を妨害し、貿易協定によってアメリカの経済的威圧を抑制し、地域機関のメンバーとしてアメリカのルール設定と連合構築を停滞させることに成功した。
2回目の転換は、その20年後、2008年の世界金融危機によって、北京は米国の弱体化を確信するようになった時に起きた。当時の中国の指導者であった胡錦濤は、インターネット時代の中国の戦略を修正し、「積極的に何かを成し遂げる(actively accomplishing something)」ことを強調した。この第二の戦略は、地域の秩序を構築すること(building regional order)である。中国政府は、地域に介入するためのパワープロジェクション(戦力投射、戦力展開)能力を公然と追求し、「一帯一路」構想(the Belt and Road Initiative)と経済国家安全保障(economic
statecraft)を駆使して他国に対する影響力を生み出し、地域のルールを設定するための国際機関を構築するようになった。
私たちは今、3回目の戦略転換期を生きている。このプロセスは、4年前にイギリスがEU離脱を決定し、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に選出された時に始まった。北京は、世界で最も強力な民主政治体制国家であるアメリカとイギリスが、自分たちが築き上げた国際秩序から離脱することに衝撃を受けた。中国中央党校(China’s Central Party School)の陳潔敏(Chen Jimin)が観察したように、中国の再興(China’s rejuvenation)を促進するという意味で、「トランプ政権とイギリスのEU離脱(Brexit)はスター級のパフォーマンスを見せた "となる。
その後まもなく、中国共産党が慣れ親しんだアメリカのパワーに対する婉曲表現は全て、トランプ時代がアメリカの相対的な衰退を助長するだけでなく、加速しているという信念を指し示す言葉となった。「多極化」は、今や最高レベルで頻繁に不可逆的な現象と見なされるようになった。「国際規模での力の均衡」は、「より均衡する」と意味で使われるようになった。しかし、最も重要なことは、2017年初頭のトランプ大統領就任のわずか1週間前に、中国がその戦略を導く新しいフレーズを発表したことだ。それは、清朝時代の屈辱(humiliation)の言葉を逆転させ、習近平時代の上昇について言葉に変化させたことだ。それは、世界は「100年に一度の大変化」を経験している(The world was experiencing “great changes unseen in a century”)、というものだ。
この包括的なフレーズは、習近平の主要な演説のほとんど、公式白書、中国の戦略家や学者による何千もの論文で誇りをもって使われている。この発言の背後にある自信は、2016年以降、中国共産党の権威ある情報源によく見られるようになった。中国指導者の重要な外交政策演説について党幹部向けに書かれたある公式解説書では、「西側諸国の政権はパワーを掌握しているように見えるが、世界情勢に介入する意欲と能力(their willingness and ability to intervene in world affairs)は減退し続けている。アメリカはもはや世界の安全保障と公共財の提供者であることを望まず、単独で、さらにはナショナリズムに基づいた外交政策を追求するかもしれない」と指摘している。そして、習近平自身が2018年に開催された、国の歴史上ほんの一握りの回数しか開催されていない外交政策集会で述べたように、「中国は近代以来最高の発展期にあり、世界は100年に一度の大変革期にあり、この2つのトレンド(潮流)は同時に織り込まれ、相互に作用している(simultaneously
interwoven and mutually interacting)」ということだ。
中国の著名な外交政策学者は、この時期、さらに鋭い指摘をしている。彼らは、「100年に一度の大変化」の「最大の変化」は、中国と米国のパワーバランスの変化であると主張してきた。例えば朱峰は、西側諸国がポピュリズムに飲み込まれると、"東が立ち上がり、西が倒れる "と断じた。厳学東は、"トランプは米国主導の同盟システムを台無しにした "と主張し、"冷戦終結以来、中国にとって戦略的に最高のチャンスの時期が到来した
"と述べた。呉信博は、米国は "精神的に疲弊し、肉体的に弱く、もはや世界を担うことができない "と評価した。金寛容は、公式見解を修正し、「世界の構造は、1つの超大国、多くの大国から、2つの超大国、多くの大国へと変化しつつある」と指摘した。
中国の著名な外交政策研究者たちは、この時期、より鋭い指摘をしている。彼らは「100年に一度の大変化」の中で「最大の変化」は中国と米国の力の均衡(パワーバランス)の変化であると主張している。例えば朱峰は、西側諸国がポピュリズムに飲み込まれると、「東が立ち上がり、西が倒れる(the East rises and the West falls)」と断じた。厳学東は、「トランプはアメリカ主導の同盟システムを台無しにした」と指摘し、「冷戦終結以来、中国にとって戦略的な最良の時期が到来した」と述べた。呉信博は、アメリカは「精神的に疲弊し、物理的に弱く、もはや世界を担うことができない」と評価した。金寛容は、公式見解を修正し、「世界の構造は、1つの超大国、多くの大国、2つの超大国、多くの大国へと変化しつつある」と指摘した。
米国に対するこのような認識の変化は、新型コロナウイルス感染拡大の大流行に先行していた。そして、過去のアメリカのパワーの再評価が戦略的調整の引き金となったように、今回の再評価もそうだった。トランプ大統領の就任1年目に、習近平は一連の主要な演説を行い、「能力を隠して時を待つ(hiding capabilities and biding time)」時代を「捨て(leave
behind)」、これからは「世界の中心舞台(world’s center stage)」に向かう時であることを示唆したのである。
この第三の中国の大戦略は、拡張(expansion)に重点を置いている。中国の影響力をアジアの外にまで拡大し、アメリカ中心の世界秩序の基盤に対抗しようとするものである。習近平はトランプ当選後、「グローバル・ガバナンス・システムの改革を主導すること(lead in the reform of the global governance system)」、「様々な国際的課題に対して中国的な解決策を提示すること(offer “Chinese solutions” to various international challenges)」を繰り返し強調しており、これらは今や中国のシンクタンクや大学で最優先の研究課題となっている。このようなグローバル化の一環として、北京は、海外に拠点を持つグローバルな軍事力を追求し、ソヴリン・デジタル通貨(sovereign digital currencies)でアメリカの金融力に直接挑戦し、地域だけでなく世界規模の制度を再構築し、第4次産業革命の技術で自意識的な競争し始め、これらは全て増大するアメリカの空白(U.S. void)を埋めることを視野に入れたものである。
しかし、「100年に一度の大変革」は、報酬だけでなく、リスクも伴う。アメリカの衰退を確信する一方で、衰退したアメリカが危険な行動に出るのではないかという不安もある。習近平の演説や中国の公式白書には、アメリカによる「包囲網、束縛、対立、そして脅威」(American “encirclement, constraint, confrontation, and threat”)を警告する見方が反映されている。これは、北京のトランプに対する評価にも反映されている。トランプは、短期的な高いリスクを代償に、中国に長期的な利益をもたらすと中国政府は見ているのである。
中央党校のある学部長が述べているように、北京は確かにワシントンが「エレガントでまともな方法で覇権の衰退を実現」することを望んでいるが、望まなくてもそのような結果が転がりこんでくる。他の多くの人々は、アメリカの抵抗は中国の覇権獲得を遅らせることはできても、阻止することはできないと信じている。また、北京の一部の人々にとって、今度のアメリカの選挙はそれほど重要なものではなく、特に軌道修正が不可能な場合は重要ではない。ある学者は、アメリカ人はもはや「アメリカの持つ“自己修正能力(capacity for self-rectification)”に関する幻想を抱いている場合ではない」と主張している。
2020年の新型コロナウイルスの感染拡大に対するアメリカの対応は、20万人以上の死者と数百万人の感染者を出した。アメリカの政治指導者の多くが病気で動けなくなったことから、アメリカの機能不全と衰退に関する中国の既存の見解を補強するものとなった。中国国家安全部(Ministry of State Security)のシンクタンクの責任者である袁鵬は、新型コロナウイルスに対するアメリカの対応の稚拙さは「アメリカのソフトパワーとハードパワーへの打撃であり、アメリカの国際的影響力は深刻に衰退している」と主張しており、この新型コロナウイルス感染拡大は世界政治にとって大国間の戦争と同様の意味を持つものだ。このような自信から、北京は近隣諸国に対してより積極的になり、香港での弾圧の影響や、ますます不快感を与える外交のダメージに対する懸念が薄らいでいることだろう。
特に中国が人口増加の減速、外交上の挫折、中所得国の罠(middle-income
trap)に直面する中、この過信は消え去ってしまうかもしれない。また、その自信は、客観的な分析というよりはむしろプロパガンダに近い、重要なテキストや学術的な論評に再現された中国共産党の路線の産物であり、いささか人為的なものであるかもしれない。それでも、北京の自信は、正当なものであろうとなかろうと、公的な許可(imprimatur)を受け、中国の戦略を形成し、北京に危険なリスクを取らせることになる。それを否定することはできない。
中国のトランプに対する見方は複雑だが、その背後にある論理は、トランプ政権やジョー・バイデン政権下における、対米政策の立案に関してかなり分かりやすい道筋を示している。北京にとって、海外での関与に消極的で、国内での分裂が激しく、新型コロナウイルス感染拡大対策や経済競争力に無関心と考えられるアメリカは展望がない(dim prospects)国家ということになる。中国の戦略を形成する最も重要な変数は、常にアメリカのパワーを評価である。そのため、ワシントンでは、アメリカが末期的な衰退に陥っていないことを北京に証明する対外政策、そして国内政策の立案と実施が急務となっている。
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ビッグテック5社を解体せよ
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