古村治彦です。

 アメリカ外交分野の重鎮にして最長老のヘンリー・キッシンジャー(98歳)が『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタヴューに登場し、ウクライナ戦争と国際情勢についての分析を話した。ヘンリー・キッシンジャーは米中G-2路線の主導者である。一方で、「中国をここまで強大な敵に育て上げたのはキッシンジャーだ」という非難の声もアメリカ国名には根強い。
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ヘンリー・キッシンジャー

 キッシンジャーは5月上旬、イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタヴューを受けた。キッシンジャーはウクライナ戦争勃発を受け、自分が活躍した冷戦時代とも異なり、ソ連崩壊後のポスト冷戦時代とも異なる「全く新しい時代を私たちは生きている」と述べた。そして、核戦争の可能性(第三次世界大戦の可能性)にも言及している。

 キッシンジャーはヨーロッパがロシアを排除することで、中国との関係をより永続化し、緊密化することに警告を発した。ヨーロッパ(西側諸国全体)に対して、「中露が緊密な関係を築いてしまえば、ユーラシア半島の西の端で圧迫を受けるのはヨーロッパだがそれで良いのか(戦争はウクライナだけでは済まないぞ)」ということを言いたいのだろう。

 中国の上海協力機構(SCO)を基盤とした一帯一路計画はヨーロッパを取り込むことも掲げているが、それが切れてしまうということは、ヨーロッパがユーラシア大陸の中で孤立してしまうということだ。中東までが「西側以外の世界(the Rest)」に入っているとなると、孤立は深まるばかりだ。ロシアと切れてしまえば、これから有望な海上輸送路となるであろう北極海を使えないとなり、世界経済の成長にとっての重要なエンジンとなる北東・東南アジア地域へのアクセスも厳しいということになる。世界は「西側(the West)」がいなくても機能する方向に動きつつある。

 それが日本を含む西側諸国にとって良いこととは言えない。個人レヴェルならば、感情や正義感で判断しても全く構わない。しかし、世界管理や国家運営となればそういう訳にはいかない。方程式はより複雑になる。より複雑な数式の答えが「ロシアとの関係を切らない」「ロシアに譲歩する」というものになることは理解されにくいものだと思う。しかし、個人のレヴェルと国家運営、世界管理の観点は全く異なるということは理解されるだろうと思う。多くの人たちにとってキッシンジャーは全くもってけしからんことを言っているということになるだろう。しかし、冷酷な国際政治の舞台ではこういう答えになる。

(貼り付けはじめ)

「私たちは現在全く新しい時代の中で生きている」-ヘンリー・キッシンジャー(‘We are now living in a totally new era’ — Henry Kissinger

冷戦の戦略家が、ワシントンDCで開催された「FTウィークエンド・フェスティヴァル」でロシア、ウクライナ戦争、そして中国について論じた

エドワード・ルース(インタヴュアー)、ワシントンDCにて

2022年5月9日
『フィナンシャル・タイムズ』紙

https://www.ft.com/content/cd88912d-506a-41d4-b38f-0c37cb7f0e2f

この記事は、5月7日にワシントンで行われた、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官・国家安全保障問題担当大統領補佐官に対して、『フィナンシャル・タイムズ』紙米国版編集者エドワード・ルースが行ったインタヴューを編集したものである。

フィナンシャル・タイムズ:今年の初め、私たちはニクソン訪中50年記念を迎えた。もちろん、あなたは中国とアメリカの合意形成の組織者、調整者だった。そして、米中合意は冷戦において非常に大きな変化であった。あなたはロシアから中国を分離させた。それは、180度の転換ということを私たちに感じさせている。そして現在、ロシアと中国は非常に緊密な関係に戻っている。私からあなたへの第一問目の質問は次のようなものだ。私たちは、中国との新たな冷戦の中にいるのか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちが中国に対して国を開いた際、ロシアはアメリカにとって第一の敵だった。しかし、米中関係は最悪だった。敵が2つ存在する場合、2つとも同じに扱うことは賢いことではないというのが対中国交回復における私たちの考え方だった。

対中国交正常化をも成功させたのは、ロシアと中国の間で自律的に発展した緊張関係であった。旧ソ連のレオニード・ブレジネフは、中国とアメリカが一緒になるとは考えなかった。しかし、毛沢東は、アメリカに対してイデオロギー的な敵意はあっても、対話を始める準備はできていた。

原則的に中露同盟は既得権益に反するもので、今は成立している。しかし、私には、それが本質的に永続的な関係であるようには見えない。

フィナンシャル・タイムズ:私はロシアと中国の距離をさらに広げることがアメリカの地政学的利益になると考えている。これは間違っているのか?

ヘンリー・キッシンジャー:ウクライナ戦争が終わった後、世界の地政学的状況は大きく変化するだろう。そして、予見される全ての問題で、中国とロシアが同じ利害関係を持つことは不自然なことだ。不一致の可能性は生まれないと思うが、状況はそうなると考えている。ウクライナ戦争後、ロシアは最低限ヨーロッパとの関係や、NATOに対する一般的な態度を見直す必要が出てくるだろう。敵対する2国に対して、彼らを追い込むような形で敵対的な立場をとるのは賢明ではないと考える。ヨーロッパとの関係や内部の議論においてこの原則に従えば、歴史は全く異なるアプローチを適用する機会を与えてくれるだろう。

そうではあるが、中露のどちらかが西側の親しい友人になる訳ではなく、具体的な問題が発生したときに、異なるアプローチを採用するという選択肢を残しておくということだ。これからの時代、ロシアと中国を一括りにして考えるべきではない。

フィナンシャル・タイムズ:ジョー・バイデン政権は地政学的な課題として、「民主政治体制対独裁政治体制」を掲げている。私は、それが間違った枠組であることを暗に示唆しているように考えているがいかがだろうか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちはイデオロギーの違い、解釈の違いを認識しなければならない。体制転換(regime change)を政策の主要な目標とする覚悟がない限り、対立の主要な問題とするのではなく、問題が生じたときにその重要性を分析するために、この意識を活用すべきだ。技術の進化と、現在存在する兵器の巨大な破壊力を考えると、体制転換を求めることは他者の敵意によって押し付けられるかもしれないが、私たち自身の態度によってそれを生み出すことは避けるべきだろう。

フィナンシャル・タイムズ:あなたはおそらく、核武装した2つの超大国間の対立をどのように管理するかについて、今生きている誰よりも多くの経験を持っていることだろう。しかし、プーティン大統領や周囲の人々から次々と発せられる今日の核攻撃に関する発言について、私たちが今日直面している脅威の観点からどのように考えるか?

ヘンリー・キッシンジャー:私たちは今、交流の速さと発明の繊細さによって、想像すらできなかったレヴェルの大惨事を生み出しうるテクノロジーに直面している。そして、現在の状況の奇妙な側面は、武器が双方で増殖し、その精巧さが年々増していることだ。

しかし、その兵器が実際に使用されたらどうなるかという議論は、国際的にほとんどなされていない。私が一般的に訴えているのは、どの立場であれ、私たちは今、全く新しい時代に生きていることを理解し、その点を軽視して逃げてきたということだ。しかし、テクノロジーが世界に広がれば、本来そうであるように、外交も戦争も別の内容が必要になり、それが課題になってくるだろう。

フィナンシャル・タイムズ:あなたはプーティンと20~25回会っていると聞いている。ロシア軍の核ドクトリンでは、体制が存続の危機に瀕していると感じれば核兵器で対応するとしている。この状況において、プーティンのレッドラインはどこにあると考えるか?

ヘンリー・キッシンジャー:私は国際政治を学ぶ者として、15年ほど前から年に1回ほどプーティンに会い、純粋に学術的な戦略論議をしたことがある。彼の基本的な信念は、ロシアの歴史に対する一種の神秘的な信仰であり、その意味で、特に我々が最初に何かした訳ではなく、ヨーロッパと東洋との間に開いたこの大きな隔たりに不快感を覚えているのだと考えている。ロシアはこの地域全体がNATOに吸収されることに脅威を感じていたため、プーティンは不快に思い、脅威を感じていた。しかし、これは言い訳にはならないし、私は独立国を乗っ取るような大規模な攻撃を予測した訳でもない。

彼は国際的に直面した状況について誤算していたと考えている。このような大事業を維持するロシアの能力についても明らかに誤って認識していた。和解の時が来たら、全ての人はこのことを考慮に入れる必要がある。以前の関係に戻るのではなく、今回の件でロシアの立場が変わるのだ。

フィナンシャル・タイムズ:プーティンが正しい情報を得ていると考えるか?もしそうでなければ、私たちはどれほどのプーティンの誤算に備えるべきか?

ヘンリー・キッシンジャー:このような危機的状況では、相手にとってのレッドラインが何であるかを理解する必要がある。このエスカレーションはいつまで続くのか、さらにエスカレートする余地はどのくらいあるのか、というのが明白な疑問だ。あるいは、彼は能力の限界に達しており、戦争をエスカレートさせることが、将来、大国として国際政策を行う適性を制限するほど、彼の社会を緊張させることになるのはどの時点なのかを判断しなければならないのだ。

私は、彼がいつその時点に到達するのかを判断することはできない。その時、彼は70年間一度も使われたことのない兵器のカテゴリーに移行することでエスカレートするのだろうか?もしその一線を越えてしまったら、それは非常に大きな出来事となるだろう。というのも、私たちは次の分水嶺が何であるかを世界的に検討してこなかったからだ。私たちができないことの一つはそれをただ受け入れることだというのが私の意見だ。

フィナンシャル・タイムズ:あなたは中国の習近平国家主席や前任者たちに何度も会っており、中国をよく知っている。中国は今回の戦争からどのような教訓を得ているだろうか?

ヘンリー・キッシンジャー:中国の指導者は現在のところ、プーティンが陥ったような事態をいかに避けるか、また、いかなる危機が生じたとしても、世界の主要な地域から敵視されないような立場に立つにはどうすればよいかを考えているのだろうと考えている。

ワシントンのジェイムズ・ポリティがインタヴューを文字起こししまとめた。
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ヘンリー・キッシンジャーがウクライナ戦争をプーティンが終結させなければならない時点を予言(Henry Kissinger Predicts Point at Which Putin Will Have To End Ukraine War

ギウリア・カーボナロ筆

2022年5月10日

『ニューズウィーク』誌

https://www.newsweek.com/henry-kissinger-predicts-vladimir-putin-end-russia-ukraine-war-1705194

ヘンリー・キッシンジャーは、ウラジミール・プーティン大統領はウクライナへの侵攻を開始した際、国際情勢とロシア自身の能力を見誤っていた、と確信している。プーティン大統領は、ロシアが将来も大国である可能性が事実上消滅した時点で、戦争を終わらせなければならないだろう、と元国務長官キッシンジャーは予測している。

1970年代にリチャード・ニクソンとジェラルド・フォードの両政権に仕えたキッシンジャーは、週末の『フィナンシャル・タイムズ』紙のイヴェントで、紛争が核戦争の領域にまで発展することを懸念していると述べた。

キッシンジャーは冷戦時代、アメリカの外交政策形成に重要な役割を果たした。キッシンジャーの主導により、米ソ間の緊張は緩和され、特に米中間の緊張は1972年のニクソン大統領の歴史的な北京訪問につながったのである。

土曜日にワシントンで開催された「FTウィークエンド・フェスティヴァル」で、キッシンジャーはフィナンシャル・タイムズ紙の米国版担当編集者であるエドワード・ルースに、2つの敵を異なる形で扱うことによって、モスクワと北京を分断することに成功したと話した。ヨーロッパでの敵対関係の中で、アメリカは今一度同じことを試みるべきだと、キッシンジャーは言った。

元国務長官キッシンジャーは中国とロシアの両方に対して「敵対的な立場」を取ることで、両者を接近させることにならないよう警告した。「ウクライナ戦争の後、ロシアは最低でもヨーロッパとの関係やNATOに対する一般的な態度を見直す必要があるだろう」と述べた。

ウクライナ戦争は11週目に入り、ロシアは今のところウクライナ国内で大きな目的を達成することができないでいる。4月上旬、キエフ周辺に展開していたロシア軍は、クレムリンによってウクライナ南東部に方向転換し、ドンバス地方の「完全解放」を新たな目標とした。その結果、ウクライナ軍は北部の大部分を再び支配下に置くことができた。

西側諸国の情報機関や国際政治の専門家たちは、ロシアが5月9日にソヴィエト連邦のナチス・ドイツに対する敗北を祝う戦勝記念日のパレードを行うため、月曜日にプーティンが重大な発表を行うことを期待していた。しかし、驚くべきことに、ロシア大統領はウクライナへの全面戦争宣言や総動員を発表することを控えた。この動きはロシア国民が耐えられるかどうかをプーティンが警戒している表れではないかと分析されている。

現段階では戦争の結末を予測するのは難しい。戦争の結末にはどのようなものがあるかについて質問され、キッシンジャーはインタヴュアーのルースに対して、「ロシアはウクライナ紛争で軍事力と資源を消耗し、大国としての地位を失うまで戦い続けるだろう」と述べた。

キッシンジャーは次のように語った。「このエスカレーションはいつまで続くのか、更にエスカレートする余地はどのくらいあるのかというのが明らかな疑問だ。あるいは、能力の限界に達し、戦争をエスカレートさせることが、将来、大国として国際政策を行う適性を制限するほど社会を緊張させることになるのがどの時点なのかを判断しなければならないのか?」。

その時、ロシアが戦争を終わらせるために核兵器に頼るかは予測できないとキッシンジャーは言った。彼は「冷戦時代とは全く異なる時代に私たちは生きている」と述べた。

冷戦時代にキッシンジャーが目指した「核災害の回避」に関しても、ここ数十年で状況は大きく変化し、核兵器使用の潜在的な意味について、まったく新しい議論が必要になっているとキッシンジャーは述べた。

キッシンジャーは「テクノロジーが世界に広がるにつれ、本来そうであるように、外交も戦争も異なる内容を必要とするようになり、それが課題となるだろう」と述べた。

「私たちができないことの1つはそれをただ受け入れることだ、というのが私の意見だ」と結論付けた。
(貼り付け終わり)
(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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