古村治彦です。

 ウクライナ戦争勃発後、中立政策を採用してきたスウェーデンとロシアの隣国でソ連時代からロシアとは微妙な(絶妙な)関係を築き、こちらも西側と東側の間で中立のような状態にあったフィンランドがNATO加盟の意図を表明した。これはロシアからの安全保障上の脅威に対抗するためと見られている。
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ヨーロッパの地図

 ここで、下記の論稿のウォルト教授は、これまで成功してきた中立政策をここにきて放棄する理由、特にスウェーデンはNATOに正式加盟していないがこれまでNATOと緊密な協力関係を持ち、加盟国の責務を果たさずに利益を得てきたが、加盟することで義務が生じるのにどうして加盟するのか、ということを設問として提示している。その前提として、ロシア軍は旧ソ連軍時代よりも弱体化しており、ウクライナ一国を短期間で占領する力はなく、西側の援助があればそれは猶更である。それならば、わざわざNATOに加盟しなくてもよいではないかということになる。

 これについて、ウォルト教授は「脅威(threat)」という言葉で説明している。スウェーデンとフィンランドにとっては、「ロシアがウクライナに侵攻した」という事実が重要ということになる。NATOの加盟国であれば、ロシアが侵攻してくれば、NATO加盟諸国は義務として、侵攻された国を支援して、ロシアと戦うということになる。そうなればロシアは国家体制を変更させられるほどの痛手を被るか、核兵器を使用するかということになるが、そのような状況で核兵器を使用すれば国家体制は崩壊させられることになるだろう。

 スウェーデンとフィンランドはロシアからの「脅威」を感じてNATO加盟の考えを表明した。これによって、ヨーロッパ、特にバルト湾岸地域の状況は大きく変化する。ウクライナ戦争におけるプーティンの誤算はここにあると考えられる。NATOの北方拡大もまたロシアにとっては脅威となる。北極海、バルト海から黒海までの地域はヨーロッパの火薬庫になる可能性がある。

(貼り付けはじめ)

スウェーデンとフィンランドは何を考えているか?(What Are Sweden and Finland Thinking?

-ヨーロッパ諸国の指導者たちはロシアの意図を再評価し、プーティンが領土の現状維持に与えている脅威に対してバランスをとっている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年5月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/05/18/nato-sweden-finland-russia-balance-threat/

優れた理論の長所の一つは、他の方法では意外に思えたり、少なくとも多少不可解に思えたりするような事象を理解できるようにすることである。例えば、スウェーデンとフィンランドが長年にわたる中立の伝統を捨て、NATOへの加盟を申請する決定を下したことがその例となる。

一見したところ、この決断の説明内容は明白である。ロシアは第二次世界大戦以降、ヨーロッパで最も破壊的な戦争を始め、かなりの残虐性をもってその戦争を遂行してきた。ウクライナ戦争が長引き、破壊的な膠着状態に陥る恐れがあるため、スウェーデンとフィンランドは安全保障環境が悪化していると判断し、NATO加盟によってもたらされると思われる、より大きな保護を選択したのである。大学で国際関係論を学んだ人なら、これは力の均衡理論(balance-of-power theory)の典型的な例と見るかもしれない。

それでも、この説明にはいくつかの疑問が残る。長い間成功してきた中立政策を放棄することは大きな一歩であり、将来的に大きなコストとリスクを伴う可能性がある。特にスウェーデンの場合、長年NATOと緊密に協力し、既に加盟国としての責務をほとんど果たすことなしに、多くの利益を受けることができた。この点は特に重要だ。それなのに、何故今になって方針を転換するのか?

もっと重要なことは、ウクライナにおけるロシアの惨めな軍事的パフォーマンスによって、スウェーデンやフィンランドは安全が損なわれるどころか、むしろ向上していると感じたかもしれない点だ。この戦争で、ロシア軍の能力では他国を征服することが難しいということが明らかになった。西側の制裁、戦争自体のコスト、そして人口が減少し高齢化する中で優秀な若いロシア人たちが海外に流出し続けることが重なり、ロシアの持つ潜在能力は今後何年にもわたって低下し続けるだろう。冷戦時代、ソ連の力が絶頂にあった時にスウェーデンは中立を保っていたことを考えると、少なくともスウェーデン(とフィンランド)がこのタイミングでNATOの保護を必要としたことは不可解ということになる。

私が長年主張してきたように、従来の力の均衡理論が不完全であることを認識すれば、このような不可解はなくなる。各国家は力の均衡(パワーバランス)に細心の注意を払っているが、各国家が本当に気にかけているのは脅威についてである。ある国家が他国に与える脅威のレヴェルは、その国家の総合的なパワーだけでなく、特定の軍事能力(特に他国を征服または害する能力)、地理的な近接性、および認識された意図の関数ということになる。

一般に、自国の近くにある国家は、遠くにある国家よりも危険である。同様に、征服に最適化された軍隊を持つ国家は、自国の領土を守ることを主目的とする軍隊を持つ国家よりも危険であるように見える。また、現状に満足しているように見える国家は、現状を修正しようとしているように見える国家よりも警戒心を抱かせない傾向がある。

脅威の均衡理論(balance-of-threat theory)は、1990年にイラクがクウェートを占領した際、崩れた経済基盤と三流の軍事力を持つイラクを凌駕する連合軍が誕生した理由を説明する。また、ヨーロッパがロシアのウクライナ侵攻にあれほど強力に対応しながら、遠く離れた中国の台頭にささやかな対応しかしていない理由もこの理論で説明できる。中国はロシアよりはるかに強く、長期的にはより大きな課題となりそうだが、ユーラシア大陸の反対側にあり、ヨーロッパ自体を脅かすに足る軍事力は持っていない。

スウェーデンとフィンランドの場合、転機となったのは明らかにロシアの意図に対する見方が変わったことだ。スウェーデンのマグダレナ・アンダーソン首相が週末に記者団に語ったように、スウェーデンがNATOへの加盟を決めたのは、ロシアの「暴力を行使する」「多大なリスクを負う」意思に対する見方が変わったからだ。ロシアがウクライナに侵攻した動機は、スウェーデン人にとって中心的な問題ではないことに注意したい。ロシアのプーティン大統領が根っからの拡張主義者であるか、深い不安感に大きく動かされているかは問題ではない。重要なのは、プーティン大統領が戦争に踏み切ったことである。

スウェーデンとフィンランドの反応(そして一般的な西側諸国の反応)は、国家が脅威をどのように認識し、どのように対応するかについて多くのことを教えてくれる。一般に、国家は、自国内の努力によって力を増すが、その力を現状変更のために使ったり、他の国から領土を奪ってより強くなろうとしたりしていない国に対して、どのように対応したらよいかを考えるのに苦労するものである。

この傾向には例外がある。19世紀にアメリカが北米大陸に力を拡大し、メキシコを解体することができたのは、他の大国と巨大な海によって隔てられていたことと、ヨーロッパ諸国が新興のアメリカにではなく、互いに照準を合わせていたことが理由である。しかし、台頭してきた国家が威張り散らさない限り、他の国家は増大する富から利益を得ようとする可能性が高く、それを封じ込めることは比較的少ない。

各国家は台頭する国家に対して疑いの目を向けるだろうが、その国が力を直接的に行使する意思を明確に示さない限り、反応は薄いものとなるだろう。中国が「平和的台頭(peaceful rise)」という戦略で成功を収めたのはそのためであり、結果として習近平がより積極的な行動を取るようになり、各国のより大きな懸念を引き起こしたのである。

プーティンの動機についてどう考えようが、彼がいくつかのレヴェルで大きな誤算を犯したことは、今や極めて明白である。プーティンはウクライナのナショナリズムを過小評価し、ロシアの軍事力を過大評価した。他の失敗した侵略者たちと同様に、彼は外交政策のリアリズムの重要な教訓を理解することができなかった。国家は脅威に対してバランスをとる。現状を打破するために武力を行使することは、一国がなし得る最も脅威を与える行為にほかならない。

戦争は時に必要であり、時には、戦争を始めた国にとって大きな利益をもたらす。しかし、戦争を始めると、必ず他の国々に警戒心を抱かせ、危険を封じ込めるために協力するようになるのが自然である。プーティンは、ヨーロッパが分裂しており、ロシアの石油とガスに依存しているため、自分の行動に反対することはできないと考えたのだろう。そこで彼は、目的を迅速に達成し、最終的には通常通りのビジネスに戻ることができることに賭けた。しかし、プーティンの得た結果は、ヨーロッパ諸国がロシアの意図に対する評価を改め、古典的なリアリスト的バランス(均衡)をとる行動をとったことだ。ウクライナ国内のネオナチの存在の可能性を過度に非難したこととロシア兵士の残忍な行動は結果として、スウェーデンとフィンランドの決断を容易にしただけのことだった。

ストックホルムとヘルシンキで起こっていることはこれで全てだろうか? おそらくそうではないだろう。NATOがウクライナに最新鋭の軍備を迅速に供給したことは、紛れもなく物流機能の優秀さを示すものであり、加盟することの価値を高めたかもしれない。西側諸国によるウクライナへの支援の高まりに対してロシアがエスカレートしなかったことも、ロシアの反撃についてのスウェーデンやフィンランドの懸念を和らげたと思われる。ロシアが弱体化すると同時に好戦的になっているのを見て、厳格な中立を放棄することがより安全な選択肢に見えたのかもしれない。

理由はどうであれ、世界の指導者の多くにとって、心に刻むべきより大きな教訓がある。国家は権力に敏感であるが、その権力の行使方法には更に敏感である。大きな棒を持つならば、穏やかに話すことが賢明である。ある国がその力を賢く使うことはあまりないのである。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

(貼り付け終わり)

(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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