古村治彦です。
ウクライナ戦争についてその原因と責任について議論されることがある。その際に注意にしたいのは「時間の長さ」と「考えるもしくは分析するレヴェル」だ。キエフ・ルーシ、モスクワ・ルーシと呼ばれていた時代から考え始めるのか、20世紀から考え始めるのか、それもソヴィエト連邦成立(1917年)から考えるか、それとも、ソヴィエト連邦崩壊(1991年)から考えるのか、2022年2月23日から24日にかけての48時間で考えるのか、だいぶ異なった主張が出てくるだろう。どの時間軸を取るかということだ。
そして、「分析レヴェル」だ。3つの分析レヴェルというのは、国際関係論の泰斗ケネス・ウォルツが『人間・国家・戦争』という著書の中で示した考え方だ。また、外交政策分析においても個人レヴェル、国内レヴェル、国際システムレヴェルで分析することが出来る。こうした手法を用いると、色々な説明ができる。
個人レヴェルで言えば、ロシアのウラジミール・プーティン大統領やウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領、更には欧米諸国の指導者たちに焦点を当てて、彼の経歴や権力掌握後からこれまでの行動を心理学的、社会学的な手法を用いて分析するということができる。国内レヴェルで言えば、国内の政治体制やどのようなアクター(政治家や政党、団体など)がどのような活動を行っているか、力を持っているかということを分析して説明することができる。国際システムレヴェルは国際関係論のリアリズムとリベラリズムという理論を用いて分析するということになる。
社会における現象の多くは単一の原因で起きることはない。複数、しかもかなり多くの原因で起きる。それら様々な原因の与える影響の度合い、強さ、大きさは異なる。例えば、ある植物(小学校の時に朝顔の観察日記を奴休みの宿題でやった人は多いだろう)の種を地面に埋めてそこから芽が出る、という現象について考えてみると、その原因は多くある。気温、湿度、日光、肥料(その中にもいろいろな成分ある)、水など素人が考えても様々出てくる。
人間社会の減少もそれと同じで数多くの原因がある。社会科学はそのうちのどれに焦点を当てるか、どこを強調してモデルを作るかということになる。個別の研究から共通点や法則性を見つけ出して抽象度を高めていき、仮説や理論を生み出して、この仮説や理論がどれだけ当てはまるか、説明する力を持っているかを検証し、試していくということになる。
話がだいぶ逸れてしまったが、「ウクライナ戦争はロシアが悪い」という言葉は非常に粗雑な言葉だということを私は言いたい。戦争開始を決定したのはウラジミール・プーティンで、ウクライナ国内に侵攻したのはロシア軍だ。それは間違いない。この現象がどうして起きたのか、ということを上記のように順序だてて考えていかねばならない。単純にプーティンが独裁者で奇矯な人物だからだ、ロシアという国は昔から好戦的なのだということでは済まない。「ロシア人たちが非合理的に周囲からの攻撃を心配し、自分たちの安全に関して病的になっている」と馬鹿にするのも間違っている。ロシアの不安を煽り続けたことはなかったか、という視点も必要だ。矛盾した言い方になるが、社会科学は法則を見つける作業ではあるのだが、対象の人間や社会があまりにも複雑であり、人間の理性はあまりにも無力であるのでそのような作業はうまくいかない。従って、今できることは、分析の段階を整理して、落ち着いて考え続けることだ。
(貼り付けはじめ)
ロシア・ウクライナ戦争の原因はロシアか、NATOか?(Who caused the Russo-Ukrainian war, NATO or Russia?)
アレクサンダー・J・モトリル筆
2022年7月5日
『ザ・ヒル』誌
https://thehill.com/opinion/international/3543012-who-caused-the-russo-ukrainian-war-nato-or-russia/
悪い論調の中にはなくなるべきであるにもかかわらず、なくならないものがある。その1つが、ローマ教皇フランシス、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー、コロンビア大学のジェフリー・サックスらが最近行った、NATOがウクライナの加盟除外を断固拒否したためにロシア・ウクライナ戦争が起こったという主張である。言い換えれば、この戦争はロシアとウクライナの問題ではなく、ロシアに隣国への攻撃と侵略を強要した西側の愚かな政策の問題であると主張する人々がいるのだ。
この主張を、ソヴィエト連邦の人々がかつて「歴史の灰の山(ash heap of
history)」と呼んだような場所に捨てる上で、少なくとも9つの説得力のある理由が存在する。そしてそれは早ければ早いほどいい。西側諸国の存続がかかっているのだ。それらについてこれらを考えてみよう。
(1)ウクライナが今後20数年の間にNATOに加盟する可能性がゼロであることは、誰もが知っていた。それは、アメリカ人も、ヨーロッパ人も、ウクライナ人も、ロシア人も含めてそうだった。そして、ウクライナにとってNATO加盟は非現実的であったため、アメリカがウクライナの港に船を停泊させたり、ウクライナの東部国境にミサイルを設置したりする可能性もゼロであった。
(2)1991年にNATOの宿敵であったソ連が崩壊して以来、ほとんど全てのNATO加盟諸国の軍隊が資金不足に陥り、それが無視されてきたことは周知の事実である。そのようなNATOがロシアの安全保障に脅威を与えるという考えは、特にロシアが軍隊の近代化のために何十億ドルも費やしてきたことを考えると、馬鹿げていたということになる。
(3)ヨーロッパを訪問してみると、東ヨーロッパのNATO加盟諸国がロシアから攻撃される場合、他のヨーロッパ諸国が軍隊を派遣してそれらを防衛することは考えられないことが理解できる。2017年に行われたヨーロッパの諸国民を対象とした世論調査で、攻撃された場合に自国のために戦う気があるかどうかを尋ねたところ、この点を立証している。ドイツ人の18%が「はい」と答えた。イタリア人の20%、スペイン人の21%、フランス人の29%が同様に「はい」と答えた。
(4)そして悪名高い第5条(NATO条約の相互防衛条項)が存在する。これは、ある加盟国に対する攻撃には、他の加盟国が軍事的対応をとることを保証するものとされている。しかし、そんなことはない。第5条は明確にこう言っている。「締約国は、一国又は複数の締約国に対する武力攻撃は、全ての締約国に対する攻撃と見なすことに同意し、その結果、かかる武力攻撃が行われた場合には、各締約国は、武力の行使を含む必要と認める行動を直ちにとることにより、攻撃を受けた締約国を支援することに同意する」。言い換えると、攻撃された時にどう対応するかは、個々の国家が必要かどうか考える問題なのである。ポーランドは軍隊を派遣するかもしれないし、ドイツは平和行進を組織し、フランスは会議を開くかもしれない。
(5)より詳しく見てみると、NATO、西側諸国、そしてアメリカがロシアにウクライナとの戦争を強要したという主張は根拠のないロシア人像を前提としている。この主張では、ロシアの指導者たちは悪名高くタフな集団であるが、実際には非常に敏感で、ほとんどヒステリックになっている。NATO拡大に関する約束違反やウクライナのNATO加盟の可能性に関する約束がないことに対して、彼ら独特の効用計算に従ってコストと利益を計算するのではなく、感情的に、ほとんど子供のようにふて腐れることによって反応しているのは確かだ。ロシア人、特にプーティン大統領が、現実の、あるいは想像上の侮辱に対して、西側諸国に仕返しするために戦争を起こし、大量虐殺に乗り出すと、誰が本当に信じるだろうか?
(6)フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を目指したのは、プーティンの対ウクライナ戦争がきっかけだった。同じように、ウクライナもロシアの攻撃を恐れてNATO加盟を目指した。現在進行中の戦争が示すように、ウクライナの恐怖は完全に正当化された。このような恐怖は誇大妄想(パラノイア)の産物ではなく、17世紀半ばに始まり今日までほとんど衰えることなく続いてきたロシアの侵略と搾取の長い歴史的経験によるものだった。NATO加盟は、ウクライナの求める安全保障を提供するかどうかは別として、ウクライナが存立の危機に直面しているという信念を示すものであった。
(7)ミアシャイマー、サックス、ローマ法王は主張の中で、ロシアの歴史的・現代的帝国主義、プーティン率いるロシアの政治システムの本質、ロシアの帝国主義・権威主義的政治文化の露骨な現実を無視して議論している。あたかもロシアが反応はするが主導権を持たない受動的な行為者であるかのように語っている。このようにして、彼らはロシアから主体性を奪い、その指導者を非理性的な子供にして、それによって戦争の全ての責任を幼稚なロシアから父権的な西洋に転嫁することに成功したのである。
(8)少なくとも14世紀以降、モスクワ大公国(Muscovy)は帝国主義を実践し、ピョートル大帝(Peter the Great)が生み出したロシア帝国はモスクワ大公国の足跡を引き継いでいる。このような帝国主義が長く続いた背景には、ロシアが歴史的に独裁体制であったことと国内外での攻撃的な行動に価値を置く政治文化を持っていることがある。独裁者は、自らの支配を正当化する手段として、外国に対する拡張と侵略を行う。この点で、プーティンはピョートル大帝やイワン雷帝(Ivan the Terrible)と何ら変わるところはない。帝国主義的な政治文化は、拡張と侵略を正常で望ましいこと、ロシアの歴史的運命の一部であるかのように思わせることによって、拡張と侵略を促進させるのである。
(9)ウクライナは確かにロシアに対して脅威を与える。それは、ウクライナが理論上2050年にはNATO加盟国になっている可能性があるからではない。そうではなくて、ロシアとその神話から独立しようとする民主政体国家としてのウクライナの存在自体が、ロシアの帝国主義、ロシアの権威主義、ロシアの政治文化を脅かすからである。プーティンとそのプロパガンダ担当者はそのように言っており、それを信じない理由はない。現在進行中の戦争における彼らの大量虐殺行為は、この点を強調しているに過ぎない。
これらのことは政策にとってどのような意味を持つのだろうか?
第一に、一部の人々が喧伝する単純化された世界観は危険なほど間違っており、脇に置くべきだということである。第二に、ロシアは子供ではなく、領土の拡大、政治的独裁、社会的支配に深くコミットする冷静な計算高い大人である。そして第三に、もしロシアがウクライナの占領に成功すれば、ロシアは拡大を続けるだろう。なぜなら、その帝国主義的プログラム、ファシスト的政治体制、帝国主義的政治文化は、拡大を必要とし、促進するからである。エルミタージュ美術館の館長が簡潔に述べたように、「私たちは皆、軍国主義者であり、帝国建設者である」ということだ。
もしくは、ウクライナが陥落するならば、次はヨーロッパだ。
※アレクサンダー・J・モトリル:ラトガース大学ニューアーク校政治学教授。ウクライナ、ロシア、ソヴィエト連邦、ナショナリズム、革命、帝国、政治理論の専門家。ノンフィクション10冊の著書。著書は『帝国の終焉:諸帝国の衰退、崩壊、復活』と『諸帝国の再現の理由:帝国の崩壊と帝国の復活の比較視点』がある。
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