古村治彦です。

 アメリカの歴代政権は外交戦略の基礎となる「国家安全保障戦略」と題する文書を発表する。これがガイドラインとなって、外交政策が策定されることになる。非常に重要な文書ということになる。最近の歴代政権、バラク・オバマ政権、ドナルド・トランプ政権、ジョー・バイデン政権の「国家安全保障戦略」における対中姿勢を比較するというのが、下に掲載した記事の内容だ。

 簡単に言えば、対中姿勢に関しては、オバマ政権とバイデン政権では、同じ民主党、政権の顔ぶれは多く重なっている(バイデンがオバマ政権で副大統領だった)のに、全く異なっていて、バイデン政権は共和党のトランプ政権の方とよく似ている、ということだ。オバマ政権は「平和で反映する中国の台頭を歓迎する」という姿勢であったが、バイデン政権は「中国とは責任ある態度で競争する」という姿勢になった。トランプ政権は「大国間競争の復活」を強調した。オバマ政権の「関与(engagement)」からトランプ政権とバイデン政権は「競争(competition)」へと変化したということだ。

 ここで重要なのは、戦略文書の文言なのか、実際の行動なのかということだ。バラク・オバマ政権については拙著『』で私は分析をしている。オバマが目指していたのは、所属する党は違うが、ジョージ・HW・ブッシュ元大統領とジェイムズ・ベイカー国務長官の行ったリアリズム外交であった。しかし、党内のバランスなどの点から、ヒラリー・クリントンを国務長官に起用せざるを得なかった。ヒラリーは、人道的介入主義派の頭目であり、人道的介入主義派はネオコンの民主党版ということになる。ヒラリーは「ピヴォット・トゥ・エイジア(Pivot to Asia)」を掲げ、アメリカのアジアでの地位を再び強めることを目指した。そうなればどうしても台頭してくる中国とぶつかることになる。アメリカはアジアから手を引くつもりはなく、インド太平洋という地域概念を打ち出して、中国と競争する姿勢を示した。それは今も続いている。

 トランプ政権は中国との激しい言葉の応酬があった。関税問題でお互いに報復をし合う形になった。交渉でも激しいやり取りがあった。しかし、トランプ大統領の真骨頂は「ディール(取引)」である。彼は対立してケンカ別れをすることではなく、交渉事をうまくまとめて、できるだけ自分の利益を大きくするということで人生を生き抜いてきた人だ。トランプ大統領はアメリカ国内への投資を促進してきた。こうして見ると、言葉遣いは激しいが、対立ではない方向性を目指していたことになる。中国としても輸出過剰になっているので、そこはアメリカに譲歩する部分もあった。

 「国家安全保障戦略」という歴代政権が出している文書の言葉遣い、文言と実際の政策のどちらが、政権の姿勢をより雄弁に語っているかということになれば、それは実際の政策ということになる。オバマ、トランプ、バイデンと並べてみれば、イメージが良いのは、オバマ、バイデン、トランプということになるだろう。しかし、中国との対立関係を演出し、世界を不安定にしているのは実はイメージが良い方だということに私たちは気づいておかねばならない。イメージで実態が見えなくなってしまうことは怖いことだ。

(貼り付けはじめ)

バイデンの新しい国家安全保障戦略:トランプの要素が多く、オバマの要素は少ない(Biden’s New National Security Strategy: A Lot of Trump, Very Little Obama

-大国間競争への新たな焦点はアメリカの考え方に大きな変化をもたらすものとなる。

デイヴィッド・アデセニック筆

2022年10月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/10/17/national-security-strategy-nss-biden-trump-obama-china-russia-geopolitics/?tpcc=recirc_trending062921

「アメリカは、安定し、平和で、繁栄する中国の台頭を歓迎する(The United States welcomes the rise of a stable, peaceful, and prosperous China)」。バラク・オバマ政権の「2015年版国家安全保障戦略(2015 National Security Strategy)」に記載されていたこれらの言葉は、既に過ぎ去った時代に属している。水曜日に、この戦略文書が起草された時に副大統領だったジョー・バイデン米大統領は、自身の「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」を発表した。そして、これ以上ないほど異なるトーンで書かれている。この文書では、「中国に対する永続的な競争力(a enduring competitive edge)を維持することを優先する」と公約し、「世界をリードする大国になろうとしている」中国を非難している。ロシアについてもまた、バラ色の言葉である潜在的なパートナー(potential partners)としてではなく、世界の平和と安定に対する「直接的かつ持続的な脅威(immediate and persistent threat)」と説明されている。簡潔に言えば、バイデン戦略は前民主党政権(オバマ政権)から180度転換(a 180-degree turn)したものである。それどころか、新しい戦略文書は、ドナルド・トランプ政権が2017年の戦略で最初に結論づけたことを肯定している。それは「大国間競争は復活した([G]reat power competition [has] returned)」。

トランプ政権とバイデン政権が提示した診断が類似しているからといって、アメリカの政策に対する処方箋が同じであるとは言えない。それでも、医学的な診断と同様に、戦略的な診断は治療のための選択肢を狭めることになる。2009 年、当時のオバマ大統領は国連総会での最初の演説で、「人類の歴史のどの時点よりも、現在は国家と人民の利益は共有されている」と宣言した。2010年に発表されたオバマの最初の戦略は、ソ連崩壊後、「平和な民主政治体制の輪が広がり、核戦争の危機が去り、諸大国は平和になり、世界経済が成長した」と報告している。このような背景から、関与(engagement)に重点を置いた戦略が現実的であると思われた。そのため、オバマ大統領の青写真では、「中国、インド、ロシアを含む他の重要な影響力の中心地と、より深く効果的なパートナーシップを構築するために取り組んでいる」と説明されている。

その後、世界が根本的に変わったという訳ではない。2008年の米大統領選で、オバマの対抗馬であった共和党候補のジョン・マケインは、その時には全く異なる戦略的展望を提示していた。マケインは、他の多くの人々と同様、その当時には既にロシアのウラジミール・プーティン大統領を、現在の多くのアメリカ人が見ているように見ていた。2008年の選挙のわずか数カ月前に、モスクワはグルジアに侵攻していた。マケインの中国に対する見方も同様で、インドのような民主政治体制国家を、修正主義的な独裁国家(中国)と同じカテゴリーの潜在的パートナー(potential partners)に位置づけることはなかっただろう。このような見解の相違は、オバマのハト派的なアプローチ(dovish approach)に対して、マケインが外交政策のタカ派(a foreign-policy hawk)であったというのが通常の説明であろう。しかし、タカ派とハト派という比喩は誤解を招きやすい。両陣営の違いは、対立への準備(readiness for confrontation)の違いであると考えるからである。タカ派は敵意を感じ、ハト派は潜在的なパートナーを見るのである(the hawks sense hostility where the doves see potential partners)。

トランプとバイデンの戦略は、脅威に対する認識において、大国間の対立(great-power rivalry)という極めて重要な問題に完全に収斂している。しかし、同じ脅威であっても、冷戦時代の様々な戦略が「封じ込め(containment)」に分類されるように、その対処方法は多様である。バイデンの48ページに及ぶ戦略文書は、政策のレヴェルにおいても、彼のアプローチがドナルド・トランプ前大統領と異なるのか、またどのように異なるのかを示すものが驚くほど少ない。68ページに及ぶトランプの戦略文書は、政策の道筋を明確に示してはいない。この曖昧さの理由は構造的なものだ。冷戦後の国家安全保障戦略はどれも、達成可能な目標に行動方針を合致させる訓練というよりは、願望を羅列したようなもので、国内の批評家や海外の敵対者が読むことになる公的戦略には、この曖昧さが最も期待されるものとなる。より具体的な決定がなされれば、政策が実行に移される前に、反対派が活発に批判する機会を得るようになる。また、世界規模の詳細な行動計画について政権内のコンセンサスを得るには、省庁や国家安全保障上の様々なグループの間で数え切れないほどの意見の相違を裁くことが必要となる。これらが曖昧さを生む要因となる。

それでも、「これは共和党ではなく民主党の大統領の戦略である」ことを示すマークがまだたくさんある。

そのため、バイデンの対中戦略の3つの柱は曖昧なままだ。第一の柱は、「自国の強さの基盤、すなわち競争力、イノベーション、レジリエンス、我が国の民主政治体制に投資すること(“to invest in the foundations of our strength at home—our competitiveness, our innovation, our resilience, our democracy)」である。この政治版「母性とアップルパイ(訳者註:アメリカとアメリカ人を象徴する革新的価値観)」に異論を唱える人がいるだろうか? 第二の柱は、「同盟諸国やパートナーのネットワークと私たちの努力を一致させること(to align our efforts with our network of allies and partners)」である。これは一見、多くのアメリカの友人やパートナーと敵対することを喜んでいるように見えたトランプからの逸脱のように見えるが、70年以上のNATOの歴史の中で、同盟内で争いが常態化していたことを思い出すまでは、そうとは言えない。最後の柱は、この戦略では、アメリカは「私たちの利益を守り、将来のビジョンを構築するために、中国と責任を持って競争する(compete responsibly with [China] to defend our interests and build our vision for the future)」と述べている。これは、「戦略を持つことが戦略だ」と言っているようなものだ。

歴代の各政権では、大統領とスタッフの間の緊張があった。その緊張関係によって、立案された戦略が実際の政策に対しては、信頼性の低いガイドにしかならないこともあった。今回もその可能性がある。トランプの公的な場所での発言、特に西側世界の多くに衝撃を与えた2018年のフィンランドでのプーティンとの共同記者会見は、ロシアが「アメリカの価値と利益に反した世界を形成したいと考えている」と主張した2017年の戦略文書でトランプのスタッフが書いた内容とは全く対照的な内容となった。一方、バイデン自身のスタッフは、中国の侵略があった場合、アメリカの公式な政策ではない台湾を防衛するというシナリオにはない公約を受けて、現在4回も訂正している。新しい国家安全保障戦略では、台湾に関するスタッフの見解が優先されている。だからと言って、それで台湾に関する論争が解決したと考えることができる理由は存在しない

アメリカが直面している最も深刻な脅威について、トランプとバイデンの戦略はほぼ同じ診断をしているかもしれないが、これが共和党ではなく、民主党の大統領の戦略であることを示す指標はまだたくさんある。国連やあらゆる多国間機構に対する懐疑論(skepticism)ではなく、伝統的な温かさ(traditional warmth)がある。同様に、バイデンの戦略では、気候変動に20回、気候危機にも11回言及しているのに対し、トランプでは、気候政策よりもビジネスや投資環境についての言及が多く、気候に関する言及は1回にとどまっている。バイデンは既に3700億ドルの気候関連支出をアメリカ連邦議会に斡旋している。それでも、外交における気候外交の役割については、落胆が感じられる。バイデンの大統領就任直後に発表された暫定的な安全保障戦略では、ホワイトハウスは中国に対する厳しい表現と、「気候変動のような、私たちの国家の運命が絡み合う問題に対する中国政府の協力を歓迎する」構えとのバランスを取っていた。これとは対照的に、新しい戦略文書では中国の「大規模な石炭発電の使用と増強」に対して厳しい言葉が並んでいる。批評家たちが指摘するように、バイデンが就任するずっと前からこれは明白だった。

国家安全保障戦略の内容を深読みするのは危険である(It is perilous to read too much into any National Security Strategy)。その重要性は、アメリカの安全保障政策の基調を定め、その方向性を示すことにある。したがって、民主党政権が共和党の前任者の見解と完全に一致し、現政権の多くを占める前回の民主党ホワイトハウスの見解と大きく異なる診断を示した場合、アメリカの考え方が大きく変化したことを意味する。しかし、対立が寸前で止まると言われるアメリカの外交政策に党派性がなくなると思ったら大間違いである。冷戦時代を振り返れば分かるように、互いに認め合う脅威にどう対処するかという問題は、同じように分裂しかねないのである。

※デイヴィッド・アデセニック:民主政治体制防衛財団の上級研究員兼研究部長。ツイッターアカウント:@adesnik

(貼り付け終わり)

(終わり)

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