古村治彦です。
大変古い記事で申し訳ないが、国際関係論におけるリアリズムとリベラリズムという2つの学派の考え方を現実問題に当てはめてみたらどのような分析になるかという内容の論稿をご紹介したい。著者はリアリズムの代表的な学者でハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルトだ。
ここ最近の世界的な大事件と言えば、新型コロナウイルスの世界規模での感染拡大だ。各国はどのように新型コロナウイルスに対応するのかという分析記事である。国際関係論におけるリアリズムとは、国際政治においては国家が主役であり国益のために行動し、それぞれのパワー(力、国力)を前提として、国際関係を分析するが、国家間の協力よりは競争、更には均衡状態が実現しやすいという考え方である。リベラリズムとは、世界各国は国益を実現するために協力を行い、相互依存関係を深化させる。そして、国家以外の主体(国際機関やNGOなど)も重要なアクターであるとするものだ。
今回の新型コロナウイルス感染拡大で各国政府は様々な分野で役割を果たした。国家の存在、役割が改めて認識されることになった。その点で言えば、リアリズムの分析が有効ということになる。リアリズムは国益を国家の生存と定義し、各国家の体制の違いにはあまり注目していない。どの形の国家であっても、国家の生存を第一とするということになる。各国家は滅亡しないように生存を最優先して行動する。これが前提となる。
グローバライゼーションが深化して、国家以外の主体、国際機関やNGOなどが重要な主体となっているということが盛んに喧伝されたが、今回の新型コロナウイルス感染拡大ではそこまでの存在感を示すことはできなかった。やはり各国家が、他の国々の対応を横目で見ながら対応するということになった。
2016年のドナルド・トランプの米大統領選挙当選、イギリスのEUからの離脱(ブレグジット、Brexit)はグローバライゼーションへの大きな反撃となったが、新型コロナウイルスもまたグローバライゼーションを止めるための要素となった。「アイソレイショニズム(Isolationism)」「アメリカ・ファースト(America First)」という言葉が改めて実感を持って認識されることになった。
日本国内でもグローバライゼーションによる格差拡大、各レヴェルの政府の役割の縮小が進んでいた中で、新型コロナウイルス感染拡大対策が後手に回ったと言わざるを得ない。日本でもグローバライゼーションに対する揺り戻しがこれから進んでいくだろう。グローバライゼーションの推進勢力である自民党、公明党の連立政権と与党補完勢力(ゆ党)の日本維新の会に対する支持率の低下はそのことを示していると言えるだろう。
新型コロナウイルスは世界の進む方向とそのスピードを変えるほどの大きな影響があったということになる。
(貼り付けはじめ)
コロナウイルス感染に対するリアリズム的ガイド(The Realist’s Guide
to the Coronavirus Outbreak)
-グローバライゼーションはICU(集中治療室)に向かっている。そして、増大する国際的な危機の性質に関するその他の外交政策に関する洞察にも向かっている。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2020年3月9日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/03/09/coronavirus-economy-globalization-virus-icu-realism/
国際政治と外交政策に対するリアリズムのアプローチは、新型コロナウイルスの発生のような潜在的な感染拡大の問題にあまり注意を向けない。もちろん、全てを説明する理論は存在しない。リアリズムは主に、無政府状態の制約効果(constraining effects of anarchy)、大国同士が優位性を競う理由(reasons why great powers compete for advantage)、国家間の効果的な協力に対する永続的な障害(enduring obstacles to effective cooperation among states)に焦点を当てている。種間ウイルス感染、疫学、または公衆衛生の最善の形態についてはほとんど語られていないため、リアリストたちに在宅勤務を開始する必要があるかどうかを尋ねるべきではない。
これらの明白な限界があるにもかかわらず、リアリズムは、新しいコロナウイルスの発生が提起しているいくつかの問題に対して、有益な洞察を提供することができる。たとえば、トゥキディデスのペロポネソス戦争に関する記述(リアリズムの伝統の基礎となった文書の1つ)の中心的な出来事が、紀元前430年にアテネを襲い、3年以上にわたって続いたペストであることは、記憶しておく価値がある。歴史家たちは、このペストはペリクレスのような著名な指導者を含むアテネの人口の約3分の1を殺害し、アテネの長期的な力の可能性に明らかにマイナスの影響を及ぼしたと考えている。リアリズムとは、私たちが現在置かれている状況について、何か示唆を与えてくれるものではないだろうか?
第一に、最も明白なことは、現在の緊急事態(present emergency)は、国家(states)が依然として世界政治の主役であることを思い起こさせるということだ。数年ごとに、学者や評論家たちは、世界情勢において国家の存在意義が薄れつつあり、他の主体や社会勢力(非政府組織、多国籍企業、国際テロリスト、グローバル市場など)が国家の主権を弱め、国家を歴史のごみ箱に押し込んでいると指摘している。しかし、新たな危険が生じた時、人間は何よりもまず国家に保護を求める。911同時多発テロの後、アメリカ人はアルカイダから自分たちを守るために、国連やマイクロソフト社やアムネスティ・インターナショナルに頼らず、ワシントンと連邦政府に頼った。そして、それは今日も同じである。世界中で、市民は公的機関に権威ある情報を提供し、効果的な対応策を講じるよう求めている。先週、ジャーナリストのデレク・トンプソンがツイッター上で書いていたように、「パンデミックにリバータリアンは存在しない(There are no libertarians in a pandemic)」。これは、より広範なグローバルな取り組みが必要でないということではなく、グローバル化にもかかわらず、国家は依然として現代世界の中心的な政治的アクターであることを思い出させるものである。現実主義者たちはこの点を何十年にもわたって強調してきたが、コロナウイルスはそれをまたもや鮮明に思い出させるものである。
第二に、より構造的なリアリズムでは、相対的なパワーを除いて、国家間の差異を軽視する傾向があるが、コロナウイルス感染への対応を通じて、異なるタイプの政権の強みと弱点が露呈していることだ。硬直した独裁国家は飢饉や伝染病などの災害に対して脆弱であると、学者たちは以前から指摘してきた。これはまさに中国やイランで起こったと思われることである。警鐘を鳴らそうとした人々は沈黙させられ、あるいは処罰され、トップはそれに対処するために迅速に動員する代わりに、何が起こっているのかを隠そうとした。権威主義的な政府は、資源を動員して野心的な対応をすることが得意である。北京が都市全体を隔離し、広範囲に及ぶ規制を行ったのはそのためだが、トップに立つ人々は何が起こっているのかを把握し、認識した後でなければならないのである。
民主政体国家では、独立したメディアや下級役人が処罰されることなく警鐘を鳴らすことができることもあり、情報がより自由に流れるため、問題の発生をより的確に把握することができるはずだ。しかし、民主政体国家においては、時宜を得たな対応策を策定し、実行に移す際に問題が生じる可能性がある。特にアメリカでは、緊急事態に対応する第一対応者(first responder)やその他の機関が、多くの州政府や地方政府の管理下に置かれているため、この欠陥が深刻になる可能性がある。事前に十分な計画を立て、ワシントンから効果的な調整が行われない限り(最善の状況でこれを行うのは容易ではない)、正確で時宜を得た警告であっても、効果的な緊急対策は生まれないかもしれない。ニューオーリンズのハリケーン・カトリーナやプエルトリコのハリケーン・マリアへの対応の失敗がその具体例だ。
残念なことに、ミシェル・ゴールドバーグが最近の『ニューヨーク・タイムズ』紙の論稿で指摘したように、「ドナルド・トランプのコロナウイルスへの対応は、独裁と民主政体の最悪の特徴を兼ね備えており、不透明さとプロパガンダと指導者不在の非効率性が混在している」のである。以前、連邦政府全体とホワイトハウス自体の災害対策を格下げしたトランプは、一貫してコロナウイルス発生の深刻さを軽視し、資格を持つ科学者の評価を覆し、あるいは挑戦し、効果的な連邦政府の対応を調整できず、前線にいる地方公務員と喧嘩をし、全てを退任して3年以上になる前任者バラク・オバマのせいにしてきた。分権的な民主政体システム(decentralized democratic system)の責任者に権威主義者を据え、更に深刻な緊急事態が重なれば、このような事態も予想される。
明るい兆しはあるのだろうか? リアリズムはわずかながらあるのかもしれないと提案している。競争の激しい世界では、国家は他国が何をしているかに警戒心を抱き、成功を真似ようとする大きな動機がある。例えば、軍事上の技術革新はすぐに他国に採用される傾向がある。適応に失敗すれば、遅れをとって脆弱になるからだ。このような観点から、いくつかの国がコロナウイルスに対してより効果的な対応をとれば、他の国もすぐにそれに追随することが予想される。このプロセスは、各国が正確な情報を共有し、情報を政治的に利用したり、利益を得るために利用したりすることを控えれば、より迅速に実現することができる。
残念なことに、リアリズムは、この問題に関して効果的な国際協力を実現することは、その必要性が明らかであるにもかかわらず、容易ではないことも指摘している。リアリストたちは、協力(cooperation)は常に起こるものであり、規範(norms)や制度(institutions)は、国家が協力することが自国の利益になる場合には、それを助けることができると認識している。しかし、リアリストたちは、国際協力は往々にして脆弱であると警告する。その理由は、他国が約束を守らないことを恐れたり、協力が自分たちの利益よりも他国の利益になることを心配したり、コストの不釣り合いな負担を避けようとしたりすることにある。このような懸念があるからといって、各国が互いに協力してこの地球規模の問題に取り組むことを妨げるとは思わないが、これらの懸念のいずれか、あるいは全てが、集団的対応(collective response)の効果を低下させる可能性がある。
最後に、外交政策上のリアリズムは、もしこの新型コロナウイルス感染拡大が(2003年のSARSの流行のように)迅速かつ多かれ少なかれ永久に沈静化しないならば、既に進行中の脱グローバリズムへの拡大傾向を強化することになるとも指摘している。1990年代、グローバライゼーションの使徒たち(apostles of globalization)は、貿易、旅行、グローバル金融統合、デジタル革命、そして資本主義的自由民主政治体制の明白な優位性によって、世界はますます緊密につながり、ますますフラットでボーダレスになっていく世界で、私たちはみな豊かになるために忙しくなるだろうと信じていた。過去10年以上、この楽観的なヴィジョンは着実に後退し、自律性(autonomy)と大切な生活様式の維持のために、効率、成長、開放性を交換しようとする人がどんどん増えている。イギリスのEU離脱賛成派(Brexiteers)が言うように、彼らは「コントロールを取り戻したい」ということなのだ。
リアリストにとっては、この反発は当然のことである。リアリストのケネス・ウォルツがその代表作『国際政治の理論(Theory of International Politics)』で書いているように、「国内の命令は『特殊化する(specialize)』」であり、国際的命令は『自分のことは自分でやれ!(Take
care of yourself !)』」なのだ!」。キリスト教的リアリストのラインホールド・ニーバーも1930年代に同様の警告を発し、「国際商業の発展、国家間の経済的相互依存(economic interdependence)の増大、技術文明(technological
civilisation)の全装置は、国家間の問題や課題を、それを解決する知性(intelligence)が生まれるよりもはるかに急速に増大させている」と書いている。
リベラル派の理論家たちは、国家間の相互依存の高まりが繁栄の源泉となり、国際的な対立を阻害すると主張してきた。これに対し、リアリストたちは、緊密な関係は脆弱性(vulnerability)の源でもあり、紛争の原因となり得ると警告している。ウォルツとニーバーは、国家間の結びつきが強くなればなるほど、解決できる問題と同じくらい多くの問題が発生し、時には解決策を考えるよりも早く問題が発生する、と言っているのだ。そのため、国際政治の重要な構成要素である国家は、互いの取引に制限を設けることでリスクと脆弱性を軽減しようとする。
従って、リアリズムの観点からすれば、新型コロナウイルスは国家にグローバライゼーションを制限する新たな理由を与える可能性がある。超グローバライゼーションは、世界の金融システムを危機に対してより脆弱にし、雇用の奪い合いによる深刻な国内政治問題を引き起こしたが、現在我々が目撃しているような国際規模の感染拡大に文字通りさらされる機会も増加した。
明確にしよう。リアリズムは、経済的自立への後退や、2つの世界大戦と世界恐慌の結果として起こったのと同じレヴェルの脱グローバリズムを予測するものではない。現代の国家は、新型コロナウイルスのようなものに直面しても、全ての関係を断ち切る訳にはいかない。しかし、現代のグローバライゼーションの高水準はもはや過去のものとなり、2つの種類の境界を越えたウイルスが、国家間の境界(borders)をもう少し高くする理由の1つになるのではないかと私は推測している。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt
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