古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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カテゴリ: ヨーロッパ政治

 古村治彦です。

 イギリスの女王エリザベス二世が2022年9月8日に96歳で亡くなった。1952年に即位以来、約70年間もイギリス国王の座に君臨した。現在のイギリス国民の大部分はエリザベス女王の在位期間に生まれた人々ということになる。第二次世界大戦後の歴史と共に彼女の人生はあった。彼女の歴史は衰退し続けるイギリス、大英帝国の歴史であったとも言えるだろう。そして、彼女が死を迎えた2022年が、西側諸国(the West)とそれ以外の国々(the Rest)との戦いで西側諸国が敗れつつあるという大きな転換点であったということが何とも象徴的だ。西側諸国の優位の喪失とエリザベス二世の死がリンクする。

 19世紀から20世紀、1914年の第一次世界大戦までの大英帝国の繁栄は世界各地に築いた植民地からの収奪によって成されたものだ。その代表がインドと中国である。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)と呼ばれる新興大国の中核を形成しているのはインドと中国である。大英帝国に収奪された2つの元植民大国が、西側以外の国々(the Rest)を率いて西側諸国に対抗する構図というのは何とも皮肉なものであり、「因果は巡る糸車」ということになる。

 後継のチャールズ三世時代には、英連邦(the Commonwealth)から離脱する国々が次々と出てくるだろう。これらの国々は元々植民地であり、イギリスに収奪された負の歴史を持っている。そうした負の歴史に光を当てさせずに、イギリスの素晴らしい面にばかり光を当てるという役割をエリザベス二世は担った。女王自身がイギリスのソフトパウア(Soft Power)の大きな構成要素(その他には、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ジェイムズ・ボンドなど)となった。イギリスのイメージアップに大きく貢献したということになる。しかし、その時代も終わる。イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」であり、「the United KingdomUK)」ということになる。その内のスコットランドでは独立運動が盛んである。特にイギリスのEU脱退によって、この動きはより活発化している。英連邦の諸国の中から、国家元首をイギリス国王にする制度を止めて、共和国になろうという動きも出ているようだ。英連邦に入っていてもメリットがなく、新興諸大国(emerging powers)に近づいた方が良いと考える国々も出てくるのは当然だ。

 エリザベス二世の死は西側諸国の衰退とリンクし、それを象徴するものだ。西側近代500年の終焉の始まりとも言えるだろう。あの厳かな国葬は大英帝国の最後の弔いであった。そして、西側諸国の終わりを告げる鐘の音であったとも言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

英国女王エリザベス二世は彼女の帝国の数々の道義上の罪から逃れられるものではなかった(Queen Elizabeth II Wasn’t Innocent of Her Empire’s Sins

-亡くなった女王は国家とそのシステムを売り込むための権化となり、それを見事にやり遂げたが、その一方で、その過去を批判したり謝罪したりすることはなかった。

ハワード・W・フレンチ筆

2022年9月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/09/12/queen-elizabeth-ii-british-empire-colonialism-legacy/

1550年代後半、イギリスのエリザベス女王は、ヨーロッパの情勢を詳細に見て、ヨーロッパ大陸の近隣諸国が進めている新しい競争、すなわち遠く離れた場所での帝国(empire)建設に取り残されることを心配するようになっていた。

ポルトガル人とスペイン人は、早くからこの分野で優位に立っていた。ポルトガル人とスペイン人は、15世紀後半から西アフリカ人と金を取引して財を成し、その後、小さなサントメ島でプランテーション農業(plantation agriculture)と人種に基づく奴隷制(race-based chattel slavery)を組み合わせて熱帯産品を生産するという画期的な方法を完成させ道を示していた。砂糖の栽培と奴隷にされたアフリカ人の商業取引を基盤とする彼らのモデルは、瞬く間に大西洋の経済生活を数世紀にわたって支配するようになり、ヨーロッパ経済を活性化させ、西洋が他の国々に対して台頭する原動力となったのである。

エリザベス一世の時代までのイングランドの帝国主義的な史は、隣国アイルランドを支配することにとどまっていた。しかし、私たちが作家ウィリアム・シェイクスピアを主に連想する時代の君主エリザベス一世は、はるかに大きな舞台に憧れ、貴族やジョン・ホーキンスのような海賊に、英仏海峡を越えてポルトガルやスペインの船を襲い、西アフリカ沿岸から採取した金と人間の戦利品を手に入れるよう奨励した。

そうすることで、エリザベス一世は、後に大英帝国となる国家の初期の基礎を築いた。彼女の後継者たちは、1631年にロンドンの冒険商人組合(Company of Merchant Adventurers of London)というカラフルな名前の会社を設立し、その取り組みを更に推し進めた。ここでいう冒険とは、熱帯地方で金や奴隷を激しく追い求めることであった。やがて組合は、主要な地理的目標から全ての謎を取り除く形で、新たなブランドを立ち上げた。その名も「王立アフリカ貿易冒険家会社(王立アフリカ会社、the Company of Royal Adventurers Trading to Africa)」で、アフリカ大陸での有益な貿易を1000年間独占するという野心的な目標を掲げていた。

それと同じ10年間に、私は著書『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカ人、近代国家の形成、1471年から第二次世界大戦まで』』で論じたのだが、大英帝国建設の最も重要な基礎となる行為は、大西洋の反対側で形作られたのである。そこでイギリスはバルバドス島を植民としたが、この島はカリブ海東部にある小島で、現在のロサンゼルス市の面積の3分の1ほどの大きさだ。

バルバドスでは、ポルトガル人がサントメ島で考案した道徳的には無防備だが経済的には無敵の経済モデルを、イギリス人はすぐに実行に移した。17世紀半ばまでに、白人の年季奉公人(white indentured servants)が、アフリカから鎖につながれて連れてこられ、意図的に死ぬまで働かされた奴隷男女とほぼ完全に入れ替わったが、その数は、北米本土にもたらされた奴隷の数とほぼ同数であり、バルバドスの砂糖栽培は事実上の金儲けのライセンスと化したのである。

西洋諸国の学校で一般的に教えられているヨーロッパの新世界帝国に関する初期の物語は、インカやアステカといった偉大なアメリカ先住民文明に対するスペイン人征服者たち(Spanish conquistadors)の有名な略奪行為で占められており、ガレオン船(galleons)に驚くほどの量の銀や金を積み込んでいたと教えられている。しかし、イギリス人がバルバドス島で証明したように、カリブ海で始まったアフリカ人奴隷を酷使したプランテーション農業は、更に大きな利益をもたらすものとなった。

カリブ海地域の黒人が奴隷制度によって受けた恐怖の大きさから、イギリスは伝統的に自分たちの帝国はインドを本拠としたと考えることを好んできた。しかし、ラジ(Raj、訳者註:イギリスによるインド支配)のはるか以前から、カリブ海地域、いわゆる西インド諸島は、経済史上最も豊かな植民地が次々と誕生することになった。1791年に始まったアフリカ人の反乱は、奴隷として働かされていた人々を解放し、アメリカ大陸で2番目に古い共和国であるハイチが誕生することになった。

ヨーロッパが近代において世界で最も豊かで強力な地域として台頭するために奴隷制度がいかに重要であったかについて、ヨーロッパでは長い間、そしてイギリスほどではないにせよ、歴史的な否定をするお題目として家内工業(cottage industry)の重要性の私的が存在してきた。家内工業を重視する陣営からは、奴隷の売買そのものは決して儲かるビジネスではなく、プランテーション農業はヨーロッパの成功にとってごくわずかな重要性しかなかったというメッセージが発せられてきた。

一見すると馬鹿げているように思える。しかしそのように主張するための理由はたくさんある。まず、かつてのフランスの指導者ナポレオン・ボナパルトが、非常に収益性の高い植民地サン=ドマングでの奴隷の反乱を鎮圧するために、フランス史上最大の大西洋横断遠征を行い、その結果、部隊が敗北した事実から始めるのが一般的だ。この奴隷社会の支配がいかに豊かな機会をもたらすかを知っていたスペインは、サン=ドマングのアフリカ人を打ち負かそうとしたが、同じ運命に見舞われることになった。

そして、この時代の大帝国を代表するイギリスは、この最高の獲物を手に入れるために、それまでで最大の海洋遠征隊を組織した。イギリス軍もまた、アメリカ独立戦争で失った犠牲者を上回る不名誉な敗北を喫した。しかし、イギリスでは、この時の遠征軍の連隊旗はどこにも掲げられていないし、ほとんどの学校でも、この歴史について触れることはない。

(もちろん、フランスは諦めなかった。すでに一度敗北を喫したナポレオンは、奴隷にされた人々を拘束し続けようと、サン=ドマングに再び遠征軍を送り込んだ。これも敗れ、その後すぐにフランスはルイジアナ購入権を当時のアメリカ大統領トマス・ジェファーソン率いるアメリカ政府に売却せざるを得なくなり、それによって若いアメリカの国土は2倍になった)

エリザベスという名を持つ二番目のイギリス女王の生涯を祝うために、奴隷制度が話題になることはあったが、それは彼女が大英帝国の終焉と20世紀に起こった脱植民地化(decolonialization)の波を統率していたことを指摘するためのものであった。かつて植民地化された人々の世界で長いキャリアを積み、奴隷制度とそれが世界に及ぼした多くの影響について多くの著作を残してきた人間として、帝国とその根源である奴隷化、支配、人間と天然資源の採取の詳細を急いで見過ごすことは非常に奇妙に感じられることなのである。

このコラムのほぼ全ての読者と同じように、私もまた、エリザベス二世の時代に全てを生きてきた。多くの人がそうであるように、彼女の穏やかで自信に満ちた表情はあまりにも稀であり、絶えず変化し、しばしば混乱する世界において拠り所となっていたことを認めるのは難しいことではない。私は、彼女の死後、彼女を悪く思ってはいない。しかし、彼女の帝国と、より一般的な数々の帝国については、また別の問題である。

現在、多くのイギリス人が、帝国以降の新たなイギリス政府が人種や民族の多様性を新たな高みに到達させたことに誇りを感じているのは良いことだ。しかし、このことも、テレビで流される強制的な記念行事も、その歴史のほとんど全てにおいて、イギリスが実践してきた「帝国」が隠しようのない人種至上主義(racial supremacy)と同義であったことを忘れさせるものであってはならない。事実、人種至上主義は大英帝国の中心的な前提の一つだった。

私たちまた、この帝国を民主政治体制と結びつけようとする口先だけの浅はかな論評に惑わされないようにしよう。これには優れた英単語がある。「たわ言(poppycock)」、つまりナンセンスという意味だ。この国の保守党の財務大臣は、新しい多様性の象徴であるクワシー・クワルテングである。彼は子供時代の1960年代にイギリスの植民地だったガーナから移住してきた。彼は2011年に出版した『帝国の亡霊:現代世界におけるイギリスの遺産』の中で次のように書いている。「民主政治体制という概念は、帝国の統治者たちの頭から遠く離れたところにあるはずはない。彼らの頭の中は、緩やかに定義された階級、知的優位性(intellectual superiority)、父権主義(paternalism)という考えでいっぱいだった」。

クワルテングが大英帝国を「良性権威主義(benign authoritarianism)」の一例と表現したが、そこから彼と私の考え方が分かれる。この持続的で利己的な神話は、そのほとんどが、あまり深く考えないという意図的な行為の結果として存続している。どちらかといえば、その歴史の圧倒的な大部分を通じて、奴隷制度(enslavement)から生まれたこの帝国は、民主政治体制に比べても、より人権とは無縁のものであった。

私は頻繁にアフリカについて書いているので、この議論を裏付けるためにアフリカ大陸の数多くの事例で埋め尽くすことができる。しかし、ここでは、大英帝国が無差別に他の人種を蹂躙したことを示す方が有益だろう。例えば、イギリスがアヘン貿易の軍事的拡大を通じて貿易のバランスを取り、中国に対する支配を拡大することを目的とした長期的な麻薬密売政策について、クワルテングはどう発言するだろうか?

この点を明らかにするのに重要な著作が2冊ある。1冊は既に古典であり、もう1冊は新刊である。1冊目は2000年に出版された壮大で画期的な著作『ヴィクトリア朝後期のホロコースト:エルニーニョ現象による飢饉と第三世界の構成(Late Victorian HolocaustsEl Niño Famines and the Making of the Third World)』である。この本の中で、歴史家マイク・デイヴィスは、19世紀後半にイギリスが一連の記録的な干ばつを利用して、遠く離れた多くの民族に対する領土拡張と政治支配の計画をいかに進めたかを記録している。

インドは特にターゲットとなった。ロバート・ブルワー=リットンやヴィクター・ブルース(後者はエルギン卿としてより有名)のようなイギリスの全権を持つ植民地当局者たちが、アフガニスタンや南アフリカでの戦争に必要な資金のために、食料の大量輸出と地方税の増税を厳しく監督し、一連の極めて壊滅的な飢饉をインドで引き起こした。その一方で、植民地行政官たちは、社会的・経済的に余剰な存在として蔑視する貧困層への救済プログラムを廃止した。人道的援助に反対する多くの人々は、このようなプログラムは瀕死の農民を怠惰にさせるだけだと主張した。

しかし、この本の中で最も大英帝国が非難される内容は、おそらく次の文章に集約されている。「イギリスのインド支配の歴史が1つの事実に集約されるとすれば、それは1757年から1947年までインドの1人当たりの所得が増加しなかったということである」。

もっと最近の本は、アフリカ研究専門家のキャロライン・エルキンス教授の新刊『暴力の遺産:大英帝国の歴史(Legacy of Violence: A History of the British Empire)』である。私は以前にもこの本を紹介したが、この本は20世紀に焦点が当てられており、エリザベス二世の時代に起こった大英帝国の蛮行が数多く含まれている。その中には、ケニアのキクユ族を支配するために、キクユ族を国内の最良の農地から追い出し、100万人以上を「大英帝国史上最大の収容所と捕虜収容所の群島」に閉じ込めた作戦も含まれている。

エルキンスの新作で最も目を見張る部分は、ケニアにおけるこれらの措置が、残忍な抑圧方法の長期にわたる実験の成果であることを彼女が説得的に示している点である。19世紀末から20世紀にかけて同じ植民地監督官が植民地を転勤しながら実行した。インド、ジャマイカ、南アフリカ、パレスティナ、イギリス領マレー、キプロス、現在のイエメンにあたるアデン植民などで暴力の使用、拷問、反乱の厳罰化といった技術の新たな創造や改良がおこなわれた。それらの技術はサントメからブラジルへ、そしてそこからカリブ海の弧を北上してアメリカ南部へと移動していった奴隷制に基づくポルトガルのプランテーションモデルが着実に改良されていったのと同じような方法の模倣であった。

もちろん、エリザベス二世を賞賛する多くの人々が言うように、エリザベス二世は、この名を冠した最初のイギリス女王とは異なり、国政に関する権力を持たなかったことは事実である。しかし、エリザベス二世は多くの旅を通じて、自国とそのシステムを売り込み、その一方で、過去のいかなる側面についても批判したり、謝罪したりすることはなかった。エリザベス二世の在位中に、世界はほぼ完全に脱植民地化され、多くの旧植民地が民主政治体制国家となり、国民の権利をある程度、真剣に考えるようになったことも事実ではある。

しかし、イギリスの支配が温和であったからとか、ロンドンの帝国臣民の権利(London’s imperial subjects)が「帝国」の本質と大いに関係があったなどと主張すべき時はとうに過ぎ去ってしまっているのだ。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学ジャーナリズム専攻大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新刊は『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカ人、近代国家の形成、1471年から第二次世界大戦まで』。ツイッターアカウント:Twitter: @hofrench

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(終わり)

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 今回、ロシアによるウクライナ侵攻について、感情的になって「ロシアは許さない」「ウクライナ頑張れ」となるのは自然なことだと思う。しかし、少し落ち着いて国際政治を俯瞰して眺めてみると、何とも残酷な現実が見えてくる。それは、「国際政治は大国間政治(power politics)でしかない」ということだ。そのことを私たちに教えてくれるのは、『戦争と国際法を知らない日本人へ』(小室直樹著、徳間書店、2022年)だ。この本は『世紀末・戦争の構造』(徳間文庫、1997年)の再刊だ。何とも時機を得た再刊となった。

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戦争と国際法を知らない日本人へ ニュー・クラシック・ライブラリー

小室直樹(1932-2010年、77歳で没)については著者紹介を引用する。「1932年、東京都生まれ。京都大学理学部数学科卒。大阪大学大学院経済学研究科中退、東京大学大学院法学政治研究科修了。マサチューセッツ工科大学、ミシガン大学、ハーバード大学に留学。 1972年、東京大学から法学博士号を授与される。2010年没。 著書は『ソビエト帝国の崩壊』『韓国の悲劇』『日本人のための経済原論』『日本人のための宗教原論』『国民のための戦争と平和』他多数。 渡部昇一氏との共著に『自ら国を潰すのか』など」。
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 小室直樹は経済学、社会学、政治学など社会科学百般をその一身で「統合」した、不世出(ふせいしゅつ)の偉大な社会科学者だった。『戦争と国際法を知らない日本人へ』には巻末に副島隆彦先生による解説と小室直樹文献一覧が付いている。是非お読みいただきたい。

※ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」内の「今日のぼやき・広報ページ」で公開中↓

http://www.snsi.jp/tops/kouhou/2311

1944年にアメリカの首都ワシントンのジョージタウン地区にある、ダンバートン・オークス・ガーデン(Dumbarton Oaks Garden)にアメリカ、イギリス、ソ連、中華民国の代表が集まり、国際連盟に代わる新たな国際機関の創設が決定した。それが国際連合(国連)である。この4か国にフランスが加わって、国連の中核メンバー国である、そして、安全保障理事会常任理事国(The United Nations Security Council Permanent Members)となった。第二次世界大戦の戦勝国クラブと言っても良い。以下のポスターを見てもらいたい。国連は連合国のことである。

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 国連安全保障理事会の常任理事国の圧倒的な力(拒否権、veto)を前にして、それ以外の国々ができることはほぼない。国連改革と言って、常任理事国(permanent members)の数を増やすとか、制度自体を廃止するということは現在の五大常任理事国にとっては利益を損なわれることであるし、第二次世界大戦の勝利と大きな犠牲の面からもそれはできない。それならば国連総会の権限を強化し、安保理決議も多数決でできるようにするということも考えられるが、それはそれでやはり常任理事国が反対するだろう。

 国連安全保障理事会での決議(resolution)には加盟国を拘束する力があるが、国連総会(The United Nations General Assembly)での決議は勧告であり、拘束力を持たない。朝鮮戦争において北朝鮮の朝鮮人民軍(+中国人民志願軍[抗美援朝義勇軍])との戦いで、アメリカ軍が主体となって国連軍(United Nations Command)が形成されたのは、国連安保理で非難決議が可決されたからだ(常任理事国のソ連が反対ではなく棄権したため)。現在の状況であれば、ロシア非難決議に対してロシアが反対するだろうから決議は可決されない。

 小室直樹は『』第4章で国連こそは「むき出しの列強政治(naked powers politics)」だと喝破した。この本のポイントはここにある。列強政治、大国間政治の前には私たちは何とも無力な存在である。ポイントについては副島先生が引用しているので、私もそれを使って引用する。

(貼り付けはじめ)

昭和6年(1931年)9月18日、日本軍は突如として行動を開始し、まもなく、満州を占領した。(引用者注。これが満州事変。世界はこれを日本の中国侵略だと決断した。この日が、いわゆる「日中15年戦争」の始まりの日 ) 

 さあ、国際連盟が騒いだの騒がないのって。……日本は(中国に関する)九カ国条約違反であると非難された。1922年に結ばれた九カ国条約とは、日、米、英、仏、伊、蘭、中、ベルギー、ポルトガルとの間で結ばれた条約であって、中国の独立と領土を保障している。……

 ……国際連盟を牛(ぎゆう)()っている英仏の肚(はら)は、日本ごとき軍事大国がひとたび決意した以上、その軍事行動を押しとどめる力なんか、どこの国にもないことをよく知っていた。

 ……だが、ここで、国際連盟の二面性──表ではウィルソン(米大統領)流の原理主義、裏では列(れっ)(きょう)政治──が、その(国際連盟の)命取りになった。

……連盟が健在のときにおいてすら、国際政治の本質はやはり大戦以前と同様、列強政治であった。仮面をかぶった列強(パウアズ)政治(disguised powers politics ディスガイズト・パウア・ポリティックス)と称される所以(ゆえん)である。国際連盟の機能が麻痺するにつれて、列強政治はますますその正体をあらわにしてきた。(158-166ページ)

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 戦争という非常事態に際して、当然のことながら、列強政治の色彩は、さらに決定的に強まった。カイロ会談、テヘラン会談、ヤルタ会談、ポツダム会談など。戦後世界を決定する会議は、米英ソの三者によって意思決定がなされた。ときたまフランスの参加が許され、まれにちょっぴり中国の発言がみとめられる。そのほかの諸国にいたっては、連合国の一員であろうがなかろうが、全くのお呼びなし……。

 国連は、軍事同盟である。国連の本質は、日本とドイツに対する軍事同盟である。

 ……1942年1月1日、日独伊枢軸国と交戦中の26カ国は、個別的休戦を結ばないことを宣言、同盟関係を確認しあった。この軍事同盟を国際連合と呼んだ。これが、国際連合の濫觴(らんしょう。始まり)。

 国際連合は、対枢軸(すうじく)軍事同盟として生まれた。(中略)国際連盟が、仮面をかぶった列強政治(disguised powers politics)だとすれば、国際連合は、むき出しの列強政治(naked[ネイキッド] powers[・パウアズ・] politics[ポリティックス])である。(176-180ページ)

(貼り付け終わり)

 国際政治はどんなに取り繕ってみても列強政治、大国間政治でしかない。国連はそのむき出しの場所だ。見かけがきれいであっても、その下には硬質の、残酷な大国間の駆け引きと論理が存在する。私たちはそのことを理解しておかねばならない。

(貼り付けはじめ)

●「安保理常任理事国からのロシア解任、「選択肢」と英」

3/1() 23:04配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/088f06b5433bd13f426021bdd8e902f8794adb05

AFP=時事】英国のボリス・ジョンソン(Boris Johnson)首相の報道官は1日、ロシアのウクライナ侵攻を受け、5か国で構成する国連安全保障理事会(UN Security Council)の常任理事国からロシアを解任する案を、英政府として議論する用意があると表明した。

 報道官は記者団に対し、「首相はこれに関して立場を示していない」としながらも、「われわれはロシアが外交的に孤立することを望んでおり、それを達成するために全ての選択肢を検討するということは言える」と述べた。【翻訳編集】 AFPBB News

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●「ロシア非難決議否決 日本など80カ国超賛同も―国連安保理」

202202261116

https://www.jiji.com/jc/article?k=2022022600292&g=int

 【ニューヨーク時事】国連安全保障理事会は25日午後(日本時間26日午前)、ロシアによるウクライナ侵攻を非難し、即時撤退を求める米国主導の決議案を採決に付したが、ロシアが拒否権を行使し否決された。理事国15カ国中、米欧など11カ国が賛成し、中国、インド、アラブ首長国連邦(UAE)は棄権した。

 米国は否決を見据え、決議案への賛同を示す共同提案国を理事国以外にも広く募り、日本を含む80カ国以上が名を連ねた。ロシアの国際的孤立を強調するのが狙いだ。

 トーマスグリーンフィールド米国連大使は、採決前、「簡単な投票だ。国連憲章を支持するなら『イエス』、ロシアの行動に同調するなら『ノー』か棄権だ」と迫った。

 結果、動向が注目された中国だけでなく、日米オーストラリアとの連携枠組み「クアッド」の一角であるインドも棄権に回った。インドのティルムルティ国連大使は「外交の道が断念されたのは遺憾だ」と理由を説明した。

 ウクライナのキスリツァ国連大使は会合での演説中、出席者に犠牲者への黙とうを要請。約10秒間祈りをささげた後、議場からは自然と連帯を示す拍手がわき上がった。ロシアのネベンジャ国連大使は鼻で笑ったが、ロシアの孤立を印象付けた。

 安保理決議案は否決されたが、米欧などは意思表示のため、国連総会で同内容の決議採択を目指している。ただ、総会決議に法的拘束力は無い。

 安保理は2014年にも、ウクライナ南部クリミア半島のロシア併合をめぐる住民投票を無効とする決議案採択を目指したが、ロシアが拒否権を発動して否決された。その際も中国は棄権している。

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ウクライナをめぐり国連を舞台にして米露が世界の世論を争う(U.S. and Russia Battle for World Opinion at U.N. Over Ukraine

-ブリンケンは今でも外交上の出口を探している。

コラム・リンチ、ロビー・グラマー、ジャック・デッチ筆

2022年2月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/02/17/us-russia-un-ukraine/

アメリカは、クレムリンがウクライナの首都キエフの占領を目指し、空、海、陸軍を派遣してウクライナへの侵攻を準備していると警告しており、アメリカとロシアは木曜日の国連安全保障理事会で緊迫した言葉による戦闘を展開した。

アントニー・ブリンケン米国務長官は、ミュンヘン安全保障会議のためにベルリンを訪れていたが一時的にニューヨークに戻り、ロシアのセルゲイ・ベルシニン外務副大臣が輪番議長を務める国連安全保障理事会で演説を行った。これは事態の緊急性を示すものだった。

ブリンケン氏は15カ国が参加した安全保障理事会の席上、「今日、私たちは会議を開いているが、平和と安全に対する最も差し迫った脅威は、ロシアによるウクライナへの侵略である。アメリカの情報諜報機関の報告によれば、ウクライナに対する攻撃が今後数日のうちに行われることを示唆している」と述べた。ブリンケンは続けて「これは、何百万人もの人々の生命と安全、そして国連憲章(United Nations Charter)とルールに基づく国際秩序(rule-based international order)の根幹を脅かす危機的状況である」と発言した。

ブリンケン国務長官の国連安全保障理事会の出席は、「国連安全保障理事会を、ロシアに対する国際世論を結集し、その外交的孤立を演出するための世界に向けた劇場(global theater)として利用する」というアメリカの戦略の一部である。国連安保理はロシアにウクライナの国境を尊重するよう強制する力をほとんど持たない。ブリンケン国務長官は、ウクライナ国境から軍を撤退させるというロシアの主張を否定し、ロシアのメディアが「国民の怒りを最大化(maximize public outrage)」し、「戦争の正当化の根拠を作り上げる(lay the groundwork for an invented justification of war)」ための大規模な偽情報キャンペーンを行っている兆候など、米国が考えるロシアの戦争戦略について詳細に説明した。

ブリンケン長官は次のように予測した。「ロシア政府は、ロシア国民やウクライナ国内のロシア系住民を守るために、ロシアが対応しなければならないという宣言を出すだろう。ロシアのミサイルや爆弾はウクライナ全土に落下するだろう。通信は妨害され、サイバー攻撃によってウクライナの主要機関が機能しなくなるだろう。その後、ロシアの戦車と兵士は、すでに詳細な計画が立てられ、明確に設定された重要な目標に向かって前進するだろう。その目標には、280万人の市民が暮らす、ウクライナの首都キエフも含まれると考えている」。

バイデン政権は、ロシアの軍事計画を白日の下に晒すことによって、モスクワに戦争のための信頼できる口実を与えず、ウラジミール・プーティン大統領を説得して、外交的出口を選択させることができるという希望を表明している。ブリンケン国務長官は、来週ヨーロッパでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談することを提案した。また、NATO・ロシア協議会と欧州安全保障協力機構(Organization for Security and Co-operation in EuropeOSCE)の会合を提案し、重要な国々の指導者たちによる首脳会談への道筋をつけることを目指している

ロシア代表のベルシニンは、「欧米諸国がロシアはウクライナを攻撃するとの根拠のない非難を行っている」と述べ反撃した。ベルシニンは安保理理事会の出席者たちに、「カメラに向かって大見得を切りたいという誘惑に負けないように」、そして「この会議をサーカスのようにしないように」と訴えた。

ベルシニンは、2月16日にロシアがウクライナに侵攻するという米国のリーク情報を嘲笑し、「いわゆる侵攻が行われるとされた日付は既に過ぎている。私たちからのあなた方への助言としては、厄介な状況に自ら進んで飛び込まないということだ」と述べた。

今月の国連安全保障理事会の議長を務めるロシアは、ウクライナ東部の一部を支配するロシアに支援された分離主義勢力と政治的な協議を行うことを政府に要求している、ミンスク合意をウクライナ側が遵守していないとを強調するために木曜日に会議を召集した。ベルシニンは「明らかなことを見ようとしない西側諸国のダチョウのような姿勢に、私たちは非常に失望していると言わざるを得ない」と述べた。

ウクライナに駐在しているミッコ・キンヌネン欧州安全保障協力機構特別代表は、ミンスク合意の全締約国が完全に合意内容を履行できていないと指摘し、一方の締約国に責任を押し付けるのは「適切ではない」と述べた。

ロシアのパブリック・ディプロマシー(public diplomacy)は、過去のアメリカの情報諜報活動の失敗(intelligence failure)によって利益を得ている。特にジョージ・W・ブッシュ(息子)元大統領が第一次湾岸戦争後、サダム・フセインが大量破壊兵器(weapons of mass destruction)を保有しているという誤った主張に基づいてイラクを侵攻したことから利益を得ている。当時のコリン・パウエル米国務長官が2003年2月に行った安全保障理事会での説明で、炭疽菌の模擬瓶を振り回して、イラクが大量の生物兵器をテロ兵器として使用する能力があると虚偽の説明をしたことを、ロシア当局者は頻繁に引き合いに出している。

ブリンケンは、アメリカの情報の信頼性に対する懸念に直ちに反論し、「アメリカの情報諜報活動が結果的にうまくいかなかった過去の事例を思い起こすことで、アメリカの情報に疑問を投げかける人がいることは承知している。しかし、明確にしておく。私が現在ここにいるのは、戦争を始めるためではなく、戦争を防ぐためなのだ」と述べた。

木曜日の会議に先立ち、ロシアは、ウクライナのドンバス地方でロシア語を話す人々に対して、ウクライナ軍が「大量虐殺」を行ったとする報告書を国連に提出したドンバス地方は、現在、ロシアの支援を受けた分離主義勢力が実効支配している。バイデン政権の最高幹部たちはこの主張に疑問を投げかけ、ロシアの侵攻の口実になる可能性があると指摘した。

ブリンケンは国連で次のように発言した。「ロシアはこの出来事を民族浄化(ethnic cleansing)や大量虐殺(genocide)と表現するかもしれない。この議場にいる私たちが重要視している概念、そして私の家族の歴史に基づいても非常に重要な概念を馬鹿にしている」。 ブリンケン米国務長官の継父はホロコーストの生存者だ。

アメリカ国務省のネッド・プライス報道官は、国連での会議に先立つ水曜日、記者団に対し、「過去数週間にわたり、ロシア当局者とロシアのメディアが、侵略の口実になるような話を数多く報道機関に植え込んでいるのを目撃してきた。こうした行動は、ロシアがウクライナに対する軍事行動の口実にするために展開している偽りの物語(false narrative)である」と述べた。

一方、アメリカ連邦議会の指導的立場にある議員たちからは、戦争回避のための外交努力が挫折し、プーティンが侵略計画を続けるのではないかという懸念の声が上がっている。連邦上院外交委員会委員長ロバート・メネンデス連邦上院議員は木曜日にMSNBCの番組に出演し次のように述べた。「これはプーティン理解入門初歩であるが、残念ながら、プーティンによって外交の窓が閉ざされつつあり、彼が前進することはウクライナ人にとっても、ロシアにとっても悲劇的な間違いである。私は状況についてますます懸念を強めている」。

バイデン政権と西側諸国の政府高官たちによる戦争への警告が熱を高まる中で、ブリンケン米国務長官の演説は行われた。ワシントンとその同盟諸国は数週間前から、ロシアの偽旗作戦(false-flag operations)による侵攻の可能性を指摘し、ロシアのウクライナ攻撃を防ごうとしてきた。しかし、これまでのところ、ウクライナの首都キエフに近い隣国ベラルーシを含むウクライナの国境付近でのロシア軍の増派と展開は継続中だ。

ロイド・オースティン米国防長官は2月17日に、ブリュッセルのNATO本部で演説を行いその中で、ロシアが将兵やヘリコプターを増派し、黒海での態勢を強化し、血液バンクを前線に移動させたと述べ、軍事行動が迫っている可能性を示唆した。これは、民間企業マクサーの衛星画像と一致し、この48時間でロシア軍がベラルーシに野戦病院(field hospitals)を建設し、ウクライナ国境に届く範囲に攻撃ヘリを増派していることを示したものだ。

木曜日の朝、ウクライナ軍は、ロシア連邦議会が独立を認めるよう推進しているドネツク州とルハンスク州で、親ロシア派の分離主義勢力が発射した砲弾が少なくとも32発となったと発表した。キエフからポーランド国境に近い西部の都市リヴィウに移転した在ウクライナ米国大使館は、分離主義勢力が幼稚園と高校を襲い、少なくとも教師2名が負傷し、村の電力が途絶えたが、こうした攻撃はロシア軍が行ったものとして非難している。「ドンバスにおける侵略者は明らかだ。それはロシアだ」と駐ウクライナ米国大使館はツイッター上に投稿した。米国大使館は、この攻撃をミンスク合意の「憎むべき違反(heinous violation)」と呼んだ。

ヨーロッパ諸国の指導者たちもこのような意見に同調している。木曜日にキエフを訪れたリズ・トラス英外相は、現地でこの攻撃を知った後、「これはクレムリン作成の作戦書からそのまま出てきたものだ」とツイートした。

クレムリンがここ数カ月、ウクライナ国境付近での軍備増強を加速させて以来、ワシントンとモスクワの関係は確実に悪化している。先週、モスクワはアメリカ大使館で2番目に高い地位にある外交官をロシアから追放した。米国大使館のバート・ゴーマン次席公使は、視察が終わる前に国外退去を余儀なくされた。米国務省の報道官は、「ロシアによる我が国の次席公使に対する取り扱いは全くもって正当な根拠を欠いたものであり、私たちはこれをエスカレートした措置とみなし、対応を検討している」と述べた。

ロシアは昨年、ロシア駐在を許可するアメリカからの外交官の数を制限した。そのため、アメリカ政府はロシア国内の複数の米国領事館を閉鎖し、モスクワの米国大使館も人員削減を余儀なくされた。それに対して、バイデン政権はアメリカ駐在のロシアからの外交官の数を減らすという報復措置は取っていない。

(貼り付け終わり)

(終わり)


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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。
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 ウクライナ情勢は緊迫の度を深めており、「全面戦争(full-scale war)」に進むのではないかという声が大きくなっている。全面戦争とは、ウクライナ対ロシアということになる。欧米諸国、つまりEUNATO加盟諸国はウクライナを応援し、軍隊を送ることまではしないが、物資や武器を送るということになる。ロシア軍は独立承認した2つの地域にロシア軍を派遣する。そこで衝突が起きるだけではなく、ロシア軍がウクライナの首都キエフに侵攻するということが全面戦争のシナリオということになりそうだ。

 ロシアがキエフにまで侵攻してウクライナを併合することにメリットがあるとは考えにくい。しかし、ロシアの行動の根底には西側の論理とは異なる、「不安感」と「被害者意識」があるので、ウクライナを併合したいとは考えているだろう。それでもそれを実際に行うかどうかは別問題だ。

ウクライナがNATOEUに加盟しないという確約ができれば、ロシアは併合という手段を取らないだろう。ウクライナがヨーロッパ、西側諸国とも政治的には距離を取り(経済的には緊密につながっても)、かつロシアに対してもある程度のつかず離れずということになれば、それが一番の落としどころということになる。

 話は横道にそれたが、それではウクライナとロシアとの間で全面戦争(ロシアがウクライナを降伏に持ち込むための戦争)となるかどうか、である。ウクライナとロシアとの間で全面戦争になって喜ばしいのは、金融市場関係、石油産業、武器産業、金(きん)関連産業だろうが、彼らが戦争を望めば、戦争になるだろう。戦争を演出するだろうし、戦争になるように追い込むだろう。しかし、ロシアのプーティン大統領が彼らの仕掛けに乗るとも考えにくい。今回は、「欧米諸国はいざとなったら何もしない、本気で助ける気はないのだ」ということを十分に世界に見せつける効果が得られればそれ以上のことをしないのではないか、それがプーティンにとっての未来への布石になるだろうと考える。

 アメリカが米軍を数万単位でウクライナに派遣し、首都キエフの防衛のために犠牲を払うという姿勢を見せれば、アメリカの勝ちであるが、そうでなければ、アメリカも大したことがないということを示すことになる。今のところ、アメリカは経済制裁でお茶を濁す姿勢だ。そうなると、アメリカの負け、ロシアの勝ちということになる。

(貼り付けはじめ)

プーティンがウクライナ東部をめぐる動きで緊張を高めている(Putin ratchets up tension with moves in eastern Ukraine

ブレット・サミュエルズ、ローラ・ケリー、モーガン・チャルファント筆

2022年2月21日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/595238-tensions-between-russia-ukraine-escalate-as-putin-lays-groundwork-for

ロシアとウクライナの緊張関係は月曜日に劇的に悪化し、ロシアのウラジミール・プーティン大統領は、人口4千万人以上の国であるウクライナへの軍事侵攻の準備ができたと多くの専門家たちが見ている。

バイデン政権とアメリカの同盟諸国は、ヨーロッパでの戦争の引き金となりかねないロシアの侵攻を回避するため、数週間にわたり外交的な出口(offramp)を追求してきた。

しかし月曜日にプーティンが、ウクライナのドンバス地方にある、ドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国と呼ばれる地域の独立を認める法令に署名したことで、外交的な窓は閉じられたと考えられる。両地域では分離主義勢力とウクライナ軍が長年にわたって戦ってきた。

数時間のうちに、ロシアの指導者プーティンはロシア軍にこれらの地域で作戦を実施するよう指示した。専門家たちは、ロシア軍がウクライナ領内で本格的な作戦を開始し、ウクライナ全域に対する更なる侵攻の前段階となることを予見させるものだと警告している。

ローズ・ゴッテモラー元NATO事務次長は、本誌とのインタヴューで、「まるで音楽で言うところのクレッシェンドが高まっているようだ」と語った。

プーティンは、両地域の独立承認に関する1時間ほどの発言の中で、西側諸国の専門家たちが分析しているように、ウクライナの独立性を疑い、歴史的・文化的にロシア的な国家であるとする歴史の書き換えを行ったのである。プーティンは、ウクライナは西側に利用されていると主張し、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領政権に矛先を向けた。

この高官は「私たちは戦車が出動するまで外交を続けるが、次に何が起こるかは分かるなどという幻想は抱いていない」と述べた。

欧州安全保障協力機構(Organization for Security and Cooperation in EuropeOSCE)担当米国大使マイケル・カーペンターは、月曜日のプーティンの行動を「ウクライナに対するロシアの全面戦争(a full-scale Russian war against Ukraine)」を仕組むものだと呼んだ。

カーペンター大使は、ウィーンのOSCE本部に提出した声明の中で、「ロシアが何を主張しようとも、冷厳な真実は、ロシアが今まさに軍事行動の口実を作ろうとしていることだ」と述べた。

プーティンの演説の直後、バイデン大統領は、ドネツクとルハンスク地域への米国の投資、貿易、資金の流入を禁止し、同地域で活動する個人に対して制裁を科す権限を付与する大統領令に署名した。

記者団の取材に応じたアメリカ政府高官は、月曜日に更なる制裁が火曜日に行われる可能性があると示唆したが、詳細は明らかにしていない。ヨーロッパ連合(EU)もプーティン大統領の決定に関連した制裁を科すと表明している。

ホワイトハウスは数週間前から、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を再開した場合、懲罰的な経済制裁を科すと表明しており、月曜日の動きを受けて、その圧力は高まる一方だ。

前述のバイデン政権高官は、何がロシアの新たなウクライナ侵攻を構成するかという質問には直接答えず、アメリカは今後数時間から数日の間にロシアが取る措置を分析評価した上で、それに応じて対応するとだけ述べた。

この高官は「これから数時間、一晩中、ロシアの行動を観察し、評価するつもりだ。私たちは、ロシアが取る行動に対して、適切と思われる方法で対応するつもりだ」と述べた。

この高官は、ロシアは8年間ドンバスに軍隊を駐留させていると指摘したが、月曜日のプーティンの命令を受け手、ロシア軍がより露骨に活動するだろうと示唆した。

アメリカの制裁措置の発表と同時に、リンダ・トーマス=グリーンフィールド国連米大使は、ロシアのウクライナに対する脅威について国連安全保障理事会(U.N. Security Council)が緊急会合を開くようウクライナが要求していることを支持すると発言した。

会合は、安全保障理事会がロシアとの危機に焦点を当てるのがこの1カ月弱で3回目となり、ロシアが2月の安保理の輪番議長を務めている間に行われることになる。

トーマス=グリーンフィールドは声明の中で次のように述べている。「全ての国連加盟国は、次に何が起こるかに関心を抱いている。ロシアの行動は、第二次世界大戦以来、ある国が他国の国境を一方的に変更することはできないという原則を掲げてきた国際秩序を脅かすものだ。この原則は国連憲章(UN Charter)に明記されており、全ての加盟国が守ることを制約している」。

前述の政権高官は月曜日、「アメリカはロシアに対して、世界の平和と安定の維持に責任を負う最も重要な国際機関の場において、今日彼らが取った行動に対する答えを出すことを強制するために安保理を再び開催することには価値があるのだ」と述べた。

ホワイトハウスは、日曜日の夜遅く、外交への扉を開いたままにしておくことを示唆していた。その数時間前には、ホワイトハウス当局者がウクライナへの暴力的で破壊的な侵略の可能性を警告していた。

ジェン・サキ報道官によれば、バイデンは、ロシアがウクライナに侵攻しない限り、プーティンと会談することに「原則的に」同意したという。しかし、月曜日のモスクワの行動によって、米露首脳会談はテーブルから取り除かれてしまったようだ。

前述のバイデン政権高官は「ウクライナの北、東、南の各地域において、私たちが現場で目撃している全ての事実に基づいて、私たちの強い感覚は、ロシアが今後数時間から数日の間に起こりうる軍事行動の準備を続けていることだ」と述べた。

アントニー・ブリンケン国務長官は、木曜日にヨーロッパでロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣と会談する予定だ。ラブロフは月曜日の早い段階でブリンケン国務長官と会談することを示唆したが、バイデン政権はロシアの最近の行動から外相レヴェル会談を進めるべきかどうかを議論しているようだ。

ジョージ・W・ブッシュ政権下で3年間にわたり、ヨーロッパ・ユーラシア問題担当の国務次官補代理を務めたデビッド・クレイマーは、ロシアの次の動きは様々な形を取りうる可能性が高いと警告した。モスクワが大規模なサイバー攻撃を行い、ウクライナを通るパイプラインを寸断しようとしたり、ウクライナ領内にさらに軍を送り込んだりする可能性があるとクレイマーは指摘している。

外交政策を専門とする非営利団体ヴァンダーバーグ・コアリション(Vandenberg Coalition)の諮問委員を務めるクレイマーは、「多くの危機が存在する」と語った。クレイマーは更に「しかし、第二次世界大戦以来のロシアによる最新の領土の強制的な奪取に対して何もしないことは妥協できるものではない。それはここで妥協すれば、プーティンの欲望が高まる一方になってしまうからだ」と述べた。

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バイデン大統領が、プーティン大統領が独立国家として承認したウクライナの分離地域への投資・貿易を禁止(Biden blocks investment, trade in areas of Ukraine recognized as independent by Putin

モーガン・チャルファント筆

2022年2月21日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/administration/595209-biden-to-block-investment-trade-in-areas-of-ukraine-recognized-as

ジョー・バイデン大統領は月曜日、ロシアのウラジミール・プーティン大統領がモスクワが支援している分離主義勢力が支配する2つの地域の独立を認める法令に署名した数時間後に、ウクライナ国内の両地域にアメリカが新規に投資、貿易、融資を行うことを禁止する大統領令(executive order)に署名した。

プーティンが独立承認決定について長い演説を行った直後、ホワイトハウスが詳述した大統領令には、いわゆるドネツク人民共和国およびルハンスク人民共和国で活動すると判断した「いかなる人物に対しても制裁を科す(impose sanctions on any person determined to operate in)」権限をバイデンに与えるものでもある。

ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は声明の中で、「我々はロシアからのこのような動きを予期しており、直ちに対応する準備が整っている」と述べ、プーティンの行動を「ロシアの国際公約に対する露骨な違反(blatant violation of Russia’s international commitments)」と呼んだ。

バイデンは、月曜日に国家安全保障ティームと会談し、状況の最新情報を受け取っていたが、月曜日の午後遅くに命令に署名した。

制裁を科すという決定は、現在の危機を外交的手段で解決する窓口が閉じつつあることをアメリカが認めていることの兆候である。

バイデン政権は1週間以上前から、ロシアによるウクライナ侵攻がいつ起きてもおかしくないと警告しており、バイデン大統領は金曜日に記者団に対し、プーティンはウクライナ侵攻の決意を固めたと確信していると語った。アメリカは、ロシアがウクライナとその周辺に19万人規模の軍隊を派遣していると推定している。

しかし、バイデン政権は依然として外交の扉は開いており、日曜日にはバイデン大統領が、ロシアが侵攻を開始しない限り、プーティンとの会談に「原則的に(in principle)」同意したとさえ述べていた。その会談が実現するかどうかは不透明である。

新たな制裁が2つのウクライナから離脱した両共和国にどれほどの影響を与えるかは不明だ。

バイデン政権はヨーロッパの同盟諸国と協力し、ウクライナへの軍事侵攻があった場合にロシアに科す、より厳しい制裁枠組を別途用意している。

サキ報道官は次のように述べた。「次のことを明確にしておきたい。これらの措置は、ロシアがウクライナにさらに侵攻した場合に、同盟諸国やパートナー諸国と連携して準備してきた迅速かつ厳しい経済措置とは別のものであり、それに追加されるものである」。

サキ報道官は続けて、「私たちは、ウクライナを含む同盟諸国やパートナー諸国と、次のステップやロシアがウクライナとの国境沿いで続いている事態の悪化について、引き続き緊密に協議している」と述べた。

月曜日遅くに記者団の取材に応じたあるバイデン政権高官は、詳細は明かさなかったが、早ければ火曜日にも更なる措置が取られることを示唆した。

アントニー・ブリンケン国務長官は、プーティンの決定を非難する声明を発表し、ミンスク合意の下でのロシアの約束の拒否を意味し、「ウクライナの主権と領土の完全性に対する明確な攻撃」であると述べた。

ブリンケン国務長官は、新しい大統領令について「ロシアがこの露骨な国際法違反で利益を得ることを防ぐためのものだ」と述べた。

「今回の制裁はウクライナの人々やウクライナ政府に向けられたものではなく、これらの地域における人道的活動やその他の関連活動を継続することができる。ウクライナの主権と領土保全、そしてウクライナ政府と国民に対する我々の支持は揺るぎない」とブリンケン国務長官は述べた。

ホワイトハウスがこの計画を発表すると同時に、EUもウクライナのドンバス地方に属するドネツクとルハンスクの独立国家承認に関与した者に制裁を科すと発表した。

欧州委員会のウルスラ・フォン・ダー・ライエン委員長と欧州議会のシャルル・ミシェル議長は声明で、「ヨーロッパ連合は、国際的に認められた国境内におけるウクライナの独立、主権、領土保全への揺るぎない支持を改めて表明する」と述べた。

プーティンは月曜日に長時間にわたり、不穏な内容の演説を行った。その中でウクライナは歴史的に見てロシアの一部であると主張し、ロシアによるウクライナ侵攻の正当性を訴えたように見えたが、明確に侵攻を命じたわけでもなかった。

ロシアの指導者プーティンはドネツクとルハンスクの独立を宣言する命令に署名し、「友好」と相互援助協定を批准したとも述べた。

プーティンは次のように語った。「キエフで権力を掌握し維持している者たちに、敵対行為を直ちに停止する(stop hostilities immediately)よう要求する。さもなければ、血の海が続く可能性に対する全責任は、キエフを統治している政権の考えに帰することになる。これらの決定を宣言することで、私はロシアの全愛国的勢力の支持を得られると大きな自信を有している」。

その後、プーティンは「平和維持活動(peacekeeping operations)」を行うため、分離地域に軍隊を派遣することを命じ、緊張と紛争が差し迫ることへの恐怖をさらに増幅させた。

プーティン大統領の演説中、バイデン米大統領はウクライナのゼレンスキー大統領と電話で会談し、その後、フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相と電話会談を行った。

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 古村治彦です。

 

 イギリス首相テレーザ・メイが総選挙実施を発表した時、野党に対して責任のある行動を取るように求めました。この選挙であなた方は罰を受けるのよ、という感じでした。しかし、実際に罰を受けてしまったのはテレーザ・メイ率いる保守党でした。総選挙実施発表直後は、保守党が大勝するという予想が出ていましたが、その後、過半数は維持するだろうとなり、更には過半数確保は難しいとなっていきました。選挙結果では保守党が勝利し、連立政権を組むことでメイ政権は続くことになりますが、勝利者はイギリス労働党と、時代遅れの社会主義者として冷遇されてきたジェレミー・コービン党首でした。

 

 アメリカではジョージ・W・ブッシュ、日本では小泉純一郎がリーダーであった時代、イギリスではニューレイバー(新しい労働党)を掲げたトニー・ブレアが首相でした。伝統的な労働党の路線を棄て、より中道的な政策へと転換しました。それが新しいものだと考えられてきました。古臭い社会主義の臭いのする政策は失敗だったとヘイリの如く捨てられました。

 

 日本でも新しいリベラル勢力として、一部保守的な政治家も取り込んで、民主党が生まれました。民主党は若い政党としてあっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながらもなんとか野党として存在感を出し、参議院では自民党を追い越す議席を獲得することができるようになりました。そして、「国民の生活が第一」を掲げて、総選挙に大勝して、鳩山由紀夫政権が誕生しました。

 

 しかし、民主党内部、そして官僚、自民党からの攻撃の前に、鳩山政権は1年で瓦解し、その後は、自民党とどこが違うのか分からない、中途半端な菅直人政権、野田佳彦政権と続き、財務省の言いなりになり、増税一本槍となり、民主党は政権を失いました。また、国民からの支持も失い、この状況は現在も続いています。

 

 安倍政権がどれほどの失敗やスキャンダルを起こしても、「民進党よりもまし」と思われているというのは、民進党が国民に貢献していないということであって、このことは厳しく糾弾されるべきです。政権獲得から喪失までを分析し、反省しなければなりませんが、この時期に中心的役割を果たした人々が無反省に指導部に居座っているようでは話になりません。

 

 今回のイギリス労働党の躍進は民進党のお手本になるものです。緊縮財政に反対し、対外強硬、排外主義に反対し、「国民の生活が第一」の旗をもう一度掲げるべきです。

 

 また、イギリス労働党の再生(resurrection)は、党内の「異分子」と言われ、冷遇されてきた勢力が中心となったという点は自民党にもお手本になるものと思います。現在、自民党は安倍一強時代と言われています。安倍氏に代わって指導者になれる人材がいない(あれだけ国会議員の数がいるのに)という状況にあり、かつ官邸が力を持ち、異論を許さない状況にあります。そういった意味では、恐怖で支配する「一枚岩」という状況ですが、「一枚岩」は、状況の大きな変化に対応できません。イギリス労働党がブレア路線の人々ばかりであったなら、保守党との差異を打ち出すことができずに、潰れていたことでしょう。それと一緒で、安倍路線で一枚岩では、大きな変化の際に対応できる人材がいないということになります。

 

 ですから、少数派や異論を述べる人々は組織の中で必要とされます。今の自民党では、そのような多様性がないように見えますが、それでも、ジェレミー・コービンのように異論を堂々と語り続けることができる人が出てこなければ、自民党は変化に対応できないということになるでしょう。わが世の春はいつまでもは続かないということは歴史が証明しています。

 

 アメリカやイギリスで起きた動きは、やがて遅れて日本にもやってくるでしょう。日本の有権者や国民は愚かだという言説には私は与しません。変化を感じ取ってそれを行動で示すことができるものと確信しています。

 

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労働党はジェレミー・コービンのものとなった(The Labour Party now belongs to Jeremy Corbyn)―ブレア時代は6月8日に本当の終焉を迎えた

 

『エコノミスト』誌

2017年6月10日

http://www.economist.com/news/britain/21723193-blair-era-truly-ended-june-8th-labour-party-now-belongs-jeremy-corbyn

 

テレーザ・メイは8週間前に総選挙の実施を発表した時、ジェレミー・コービンは、1983年のマイケル・フット以降、もしくは1935年のジョージ・ランズブリー以来、最弱の指導者であると多くの人々が考えていたコービン氏は番狂わせを演じ、復活した。イギリス議会におけるキングメイカーとなる可能性を持ち、労働党の強力な指導者となっている。

 

コービン氏が連立政権を組むことができる可能性は低い。イギリス国民は保守党に過半数に少し足りない議席を与えた。常識で考えれば、現在の与党が政権に就く第一のチャンスを持つ。しかし、スコットランド民族党と自由民主党といった野党勢力の多くが保守党よりも労働党と条件交渉をして連立政権を作る可能性も存在する。保守党が連立政権を構築できる場合、コービン氏は強力な野党勢力の強力な指導者となるだろう。コービン氏は過半数を少し超えただけの議席しか持たない連立政権率いる首相に圧力をかけ続けることができるだろう。

 

コービン氏はイギリスの左派を革命的に変化させている。1980年代中盤以降、労働党は、中道に進むことが政権獲得のための唯一の方法だと確信してきた。左翼的な政策である産業の国有化や「国家規模での解放の闘争」の支援を取り下げ、市場と西側の同盟諸国を重視する政策を掲げるようになった。コービン氏はこのような主張に反対する少数の議員の一人であった。トニー・ブレアと側近たちはコービン氏を、人々をイラつかせるような、過激な人物として処遇してきた。

 

労働党の国会議員たちの大多数はついこの間までブレアの採用した方法を支持してきた。2015年、コービン氏は労働党党首に選ばれたが、彼が勝つなど誰も考えていなかった。2016年、労働の国会議員の4分の3はコービン氏の留任に反対票を投じたが、このクーデターは失敗した。多くの議員たちにとって、コービン氏は占領軍のようであった。そして、少数の信念を持つ強硬左派の人々によってコービン氏は支えられていると考えられていた。コービン氏の首席ストラティジストである有名なセウマス・ミルンと労働組合連合(UNITE)の指導者レン・マクラスキーがコービン氏を支えてきている。また、最近まで労働党以外に所属していた活動家たちが作る草の根の圧力団体もコービン支援に参加し、勢いが出た。

 

労働党の国会議員たちは根本的に考え直すことになるだろう。コービン氏は可能性の限界を再構築し、可能性を拡大することに成功した。コービン氏は労働党が中道に進むよりも、労働党が真に信じているものを主張することで、選挙でうまくやることができるということを示している。労働党の前党首エド・ミリバンドは2015年の総選挙で敗北した。その理由の一つはミリバンドが弁解や謝罪ばかりしているように見えたからだ。

 

対照的に、コービン氏は常に社会主義者であり続けてきたことに誇りを持ってきた。彼はまた、タブロイド紙が、労働党が恐れるロットワイラー犬ではないということを示した。コービン氏とアイルランド共和国軍との関係についての記事が多く出され、その多くが真実であったが、有権者の多く、特に若い人たちにとってそれは気にするべきことではなかった。 ブレア時代は6月8日に本当に終焉したのだ。

 

コービン氏はこれから厳しい挑戦を受けることになる。労働党が連立政権を構築する場合、コービン氏は連立相手に対して妥協しなければならないだろう。野党である立場を選択する場合、党内から厳しい批判を受けることになる。労働党内部からは、コービン氏以外の指導者であれば選挙に勝てていただろうという声が上がっている。結局のところ、経済は弱いままで、人々は耐乏生活を強いられている。全国健康サーヴィスは繰り返し危機的状況に陥っている。 それにもってきて、テレーザ・メイは最近の歴史の中で、最悪の選挙戦を展開した。

 

こうした条件が揃っていたのだが、それでも労働党の躍進を予測することは難しかった。コービン氏は全ての予測を覆す強力な選挙戦を展開した。彼は選挙に勝てなかったが、保守党の指導者とは異なり、勝利者のオーラを身にまとっている。

 

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(終わり)

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






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 古村治彦です。

 

 『フィナンシャル・タイムズ』紙に、今回のフランス大統領選挙の結果についての分析記事が掲載されていました。学歴、所得、失業、反エスタブリッシュメント意識といった要素からの分析がなされていました。以下に箇条書きした内容の要約をご紹介します。

 

 マクロンに投票したのは、教育程度が高く、社会的に恵まれている人々であり、ルペンに投票したのは、不平不満、フラストレーションを抱えている人々でした。ルペンに投票した人々は、イギリスのEU離脱の国民投票で離脱に投票した人々と同じような特徴を示す人々でした。

 

 既存の保守政党である共和党のフィヨン、リベラル政党である社会党のアモンを支持した有権者のほとんどはマクロンへ投票し、極左のメランションの支持者も多くはマクロンに投票したようです。ルペンは第1回目の投票から支持を10%ほど伸ばしましたが、これはメランションの支持者から流れたと見られています。

 

 ルペンに投票した人々は、反EU、反ドイツ中心、反移民の考えを強く持っている人々ということになります。極右で危険なファシストと罵倒されるルペンが3割の支持を得たということは右傾化という言葉だけでは片づけられないと思います。

 

 近年の西洋諸国の政治状況を見てみると、左派・リベラル政党の退潮が顕著に見られます。イギリスの労働党、オランダの労働党、フランスの社会党、アメリカの民主党、日本の民進党(旧・民主党)といった、政権を担当したこともある諸政党は勢力を落としています。これは、グローバライゼーションが生み出すひずみや格差、マイナスに対処するための政策を打ち出すべきであったこれらの諸政党が、グローバライゼーションを促進する役割を果たしたり、人々の生活を苦しめるような内容の政策を最悪の対民で打ち出してしまったりで、人々の信任を失ったためと考えられます。

 

 こうした左派・リベラル政党の支持者の一部が更に左翼的な政党やポピュリズム(既存の政党や政治に対する怒り)へと移行しているのが現在の状況です。これは「右傾化」という言葉では片づけられないと考えます。低所得やマイノリティの有権者はリベラル政党の再分配政策を支持してきました。社会の高学歴化と都市化と中流化が進み、リベラル政党がこうした恩恵に浴する有権者からの支持を得ようとしてグローバライゼーションを受け入れ、促進する政策を選択するようになり、政権に就くことになりましたが、元は再分配重視の政党ですから、中途半端に終わり、かえって有権者の支持を失っているということが現在起きていることだと思います。

 

 日本で言えば、安倍政権は、本質的には戦前回帰、反米、反国際協調主義なのでしょうが、グローバライゼーションを促進すると主張しています。それであるならば、野党第一党である民進党は、グローバライゼーションによるひずみを解消する、格差を拡大させない、固定化させない政策を主張すべきで、それが旧・民主党が掲げた「国民の生活が第一」というスローガンであったと思います。そして、昨年、ドナルド・トランプは「アメリカ・ファースト!」を掲げて、下馬評を覆して当選しました。トランプが言う「アメリカ」は、普通の一般国民(昔、日本でもパンピー[一般ピープル]なんて言葉が使われましたが)のことですので、旧・民主党のスローガンは時代を先取りしていたということが言えます。

 

 フランスの大統領選挙は、中道マクロンの勝利ということになりましたが、彼がどんな「中道」であるのか、これからはっきりしてくるでしょう。

 

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French election results: Macron’s victory in charts(フランス大統領選挙の結果:マクロンの勝利をチャートで見る)

 

2017/5/8

Financial Times

https://www.ft.com/content/62d782d6-31a7-11e7-9555-23ef563ecf9a

 

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●総評

 

・マクロンは大差をつけて勝利した(66%対34%)。

・マクロンは、第一次投票で左派の候補だったメランションとアモンの支持した有権者の過半数の支持を受けた。中道右派のフィヨンの支持者の半数の支持も得た。

 

・ルペンの増加分はフィヨンを支持した有権者とメランションの支持者の10%の支持であった。

・メランションの支持者の3分の1は棄権したが、これが大勢に影響を与えることはなかった

 

●学歴

 

・学士号を持つ人々の数が多い地域ほど、マクロンへの投票が多かった。

・学歴が高い人が多く住む地域ではマクロンへの投票が多く、低い人々が住む地域ではルペンへの投票が多かった。

 

・このパターンは2016年のイギリスのEU離脱国民投票、アメリカの大統領選挙、オランダの総選挙でも見られた。学歴はポピュリズムに基づく投票行動を示す指標になる。学歴が低い人ほどポピュリズムを選び、学歴が高い人ほどそうではない。

 

●所得

 

・所得が高い人々ほどマクロンに投票すると予想されていた。富裕層を代表するマクロン対貧困層を代表するルペンという構図になっていた。

 

・学歴と所得とは相関関係にある。

・所得が高い人ほど都市部に住む傾向がある。都市部の場合は収入以外の社会的要因が投票行動に影響を与える。

 

・オランダの総選挙でも所得は重要な要因となった、所得が低い地域ではポピュリストのゲルト・ウィルダースへの投票が多かった。イギリスの国民投票でも同様のことが起きた。所得が低い地域ほど離脱への投票が多かった。

 

●労働者階級

 

・学歴に次いで、有権者に占める労働者階級の割合がルペンへの投票の指標となった。特にサーヴィス部門における単純作業に従事する非熟練労働者の数が顕著な指標となった。

 

・労働者階級、特に非熟練労働者は、エスタブリッシュメントに見捨てられたグローバライゼーションの被害者として語られた。

 

・しかし、FTの分析では、学歴と年齢を指標に比べると、労働者階級の人口に占める割合は有意な指標とはならなかった。

 

・大学教育を受けた人々は高い技術を必要としない仕事に就かない傾向にあり、大学教育を受けた人々の数は増加している。

 

・肉体労働者の多い地域では移民の割合も高いが、そうした人々は投票権を持っていないことが多い。

 

●失業

 

・低所得と同じく、失業問題もまたグローバライゼーションのために放置されているとルペンは主張していた。

 

・第1回投票でメランションに投票した有権者は、ルペンに投票した人々よりも失業問題を重視していた。第1回目の投票でマクロンを支持しない理由として失業問題を挙げる人の割合が多かったが、第2回目ではその割合は減少した。マクロンへの支持を巡って、こうした有権者は分裂した。

 

・ルペンは都市部で苦戦した。都市部の低所得者、失業者は第1回目の投票ではメランションに投票した。こうした人々は決選投票でルペンに投票しなかった。

 

●福利と悲観主義

 

・ルペンの支持者たちは将来についてより悲観的だという調査結果が出た。将来に対して楽観的な有権者はマクロンに投票した。

 

・親の世代よりも自分たちは恵まれないという認識を持っている人々はルペンに投票した。

 

●平均寿命

 

・マクロンに投票した地域では人々の平均寿命が長いことが分かった。

 

・平均寿命とマクロンへの投票との間には正の関係があると解釈される。平均寿命が長く福利に恵まれていると考える人々はルペンのマイナスの感情への訴えを拒絶し、マクロンのポジティヴな主張を支持した。

 

●移民

 

・移民の数とルペンへの投票との間で相関関係は発見できなかった。ルペンの支持者たちは移民を重要な問題だと考えている。

 

・イギリスのEU離脱国民投票とよく似ている。移民に対して否定的な考えを持つ人々はEU離脱に投票した。更に言うと、このような考えを持っている人々の方が投票に向かった。

 

●反エスタブリッシュメント意識

 

・左派を支持した有権者はマクロンに投票した。自分を「極左」だと分類した有権者は、「左派」「左派に近い」とした有権者よりもルペンに投票した人が多かった。

 

・西側諸国に長く続いた左右対決というパターンに変化が出てきている。それは、エスタブリッシュメント(中道)対過激勢力との間のイデオロギー上の戦いというものだ。

 

(終わり)





アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22

 
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