古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 世界政治

 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。イスラエルとハマスの紛争についても分析してします。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカはイスラエルの建国以来、イスラエルを支援し続けている。イスラエルに対する手厚い支援は、アメリカ国内にいるユダヤ系の人々の政治力の高さによるものだ。そのことについては、ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策Ⅰ・Ⅱ』(副島隆彦訳、講談社、2007年)に詳しい。

 アメリカが世界帝国、世界覇権国であるうちは、イスラエルもアメリカの後ろ盾、支援もあって強気に出られる。今回、ハマスからの先制攻撃を利用して、ハマスからの攻撃を誘発させて、ガザ地区への過剰な攻撃を行っているのは、二国間共存路線の実質的な消滅、破棄ができるのは今しかない、アメリカが力を失えば、パレスティナとの二国間共存を、西側以外の国々に強硬に迫られ、受け入れねばならなくなる。その前に、実態として、ガザ地区を消滅させておくことが重要だということになる。

 アメリカは自国が仲介して、ビル・クリントン大統領が、パレスティナ解放機構のヤセル・アラファト議長とイスラエルのイツハク・ラビン首相との間でオスロ合意を結ばせた。二国共存解決(two-state solution)がこれで進むはずだった。しかし、イスラエル側にも、パレスティナ側にも二国共存路線を認めない勢力がいた。それが、イスラエル側のベンヤミン・ネタニヤフをはじめとする極右勢力であり、パレスティナ側ではハマスである。両者は「共通の目的(二国共存路線の破棄)」を持っている。そして、残念なことに、イスラエルの多くの人々、パレスティナの多くの人々の考えや願いを両者は代表していない。しかし、武力を持つ者同士が戦いを始めた。ハマスを育立てたのはイスラエルの極右勢力だ、アメリカだという主張には一定の説得力がある。

 アメリカとしてはイスラエルに対しての強力な支援を続けながら、ペトロダラー体制(石油取引を行う際には必ずドルを使う)を維持するためにも、アラブの産油諸国とも良好な関係を維持したい。しかし、中東地域の産油国の盟主であり、ペトロダラー体制を維持してきた、サウジアラビアがアメリカから離れて中国に近づく動きを見せている。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)がブリックスに正式加盟したことは記憶に新しい。

 こうしたこれまでにない新しい状況へのアメリカの対応は鈍い。これまでのような対イスラエル偏重政策は維持できない。しかし、アメリカは惰性でこれからも続けていくしかない。こうして、ますます中東における存在感を減退させ、役割が小さくなっていく。

(貼り付けはじめ)

バイデンの新しい中東に関する計画は同じことの繰り返しである(Biden’s New Plan for the Middle East Is More of the Same

-改訂されたドクトリンでは、変化はほとんど期待できない。

マシュー・ダス筆

2024年2月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/14/biden-middle-east-plan-gaza-hamas-israel-netanyahu/

2023年10月7日の同時多発テロを受け、ジョー・バイデン米大統領とバイデン政権は、10月7日以前の状況に戻ることはあり得ないと強調している。バイデン大統領は10月25日の記者会見で、「この危機が終わった時、次に来るもののヴィジョンがなければならないということだ。私たちの見解では、それは二国家解決(two-state solution)でなければならない」と述べた。

先月(2024年1月)、バイデン大統領は、長年にわたるお気に入りの、『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニストであるトム・フリードマンを通じて、新しい中東に関する計画の予告を発表した。フリードマンは、「ガザ、イラン、イスラエル、そして地域を巻き込む多面的な戦争に対処するため、バイデン政権の新たな戦略が展開されようとしている」と書いた。

フリードマンは、「もし政権がこのドクトリンをまとめ上げることができれば、バイデン・ドクトリンは1979年のキャンプ・デービッド条約以来、この地域で最大の戦略的再編成(strategic realignment)となるだろう」と書いている。

私はフリードマンの熱意には感心しているが、中東に対する「大きく大胆な」ドクトリンに関しては、彼の判断に大きな信頼を置くことはできないということだけは言っておきたい。フリードマンがこれほど興奮しているように見えたのは、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子の革命的ヴィジョンに熱中していたときが最後だった。フリードマンが提示するバイデンの中東に関する計画には、目新しいことや有望なものはほとんどなく、アメリカの政策が何十年も続いてきた同じ失敗の轍にとどめる危険性がある。

フリードマンが伝えるところによると、この計画には3つの部分がある。パレスティナ国家樹立のための再活性化、アメリカが支援するイスラエルとサウジアラビアの国交正常化協定(サウジアラビアとの安全保障同盟を含むが、最初の部分についてはイスラエルの支援が条件となる)、そしてイランとその地域ネットワークに対するより積極的な対応である。

第一に、ポジティヴなことに焦点を当てよう。アメリカが管理する和平プロセスの主な問題の1つは、それが概して弱い側であるパレスティナ人に結果を押し付けていることだ。イスラエルにはニンジン(carrot)のみを与え、パレスティナ人には主に棒(stick)を与える。現在、バイデン政権がこのパターンを変える準備ができているという兆候がいくつかある。ヨルダン川西岸の過激派イスラエル人入植者と彼らを支援する組織に制裁を課すことを可能にする最近の大統領令は、アメリカが最終的に双方に結果を課す用意があることを示す小さいながらも重要な兆候である。この命令が単なる粉飾決算(window dressing)であると主張する人は、米財務省金融犯罪捜査網(Financial Crimes Enforcement NetworkFinCEN)からの通知を見て、その内容について説明できる人を見つけるべきだ。

最近のホワイトハウスの覚書でも同様であり、軍事援助には国際法の遵守が条件となっており、バイデン大統領は以前この考えを「奇妙だ(bizarre)」と述べていた。覚書の必要性には疑問があるが、政府は援助条件を整えるために必要なツールと権限を既に持っている実際、そうすることが法的に義務付けられているため、それは正しい方向への一歩である。もちろん、バイデン政権がその方向に進み続けており、新たなプロセスをイスラエルによる人権侵害に関する信頼できる申し立てを書類の山の仲に隠すための単なる手段として扱っている訳ではない。

しかし、パレスティナ人への配慮を除けば、バイデンの2023年10月7日以降の計画は、バイデンの10月7日以前の計画とよく似ている。それは、根本的な優先順位が同じだからだ。バイデンの新たな計画は、中国との戦略的競争(strategic competition)、つまり、バイデン政権が外交政策全体を見るレンズである。アメリカとサウジアラビアの安全保障協定は、中国を中東地域から締め出すために必要なステップであり、バイデン政権にこのような協定を売り込む唯一の方法は、サウジアラビアとイスラエルの正常化協定(もちろん、両国が独自に追求する自由はある)というお菓子で包むことである。このような合意には多くの疑問があるが、重要な疑問がある。何十年にもわたるイスラエルとアメリカの緊密な関係と比類なき軍事支援によって、アメリカがガザでの戦争の行方に影響を与えたり、イスラエルの武器の誤用を抑制したりすることができなかったとしたら、ムハンマド・ビン・サルマン王太子との合意によって、サウジアラビアによる責任ある武器の使用が保証されるのだろうか?

ここ数カ月の出来事が、アブラハム合意の大前提である「パレスティナ人は全くもって重要な存在ではない」ということを、いかに完全に打ち壊したかを認識するために、時間を使うだけの価値はある。これは、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と、ワシントンにいる彼の同盟者たちにとって、彼らが長年主張してきたことの証明として提示されたものだった。それは政治的動機に基づく願望であることが判明した。これは驚くべきことではなかった。何しろネタニヤフ首相は、イラク侵略もイラン核合意からの離脱も素晴らしいアイデアだと断言した人物なのだ。彼は、この地域についてほとんど完璧なまでに間違っている。

バイデン政権は現在、アブラハム合意の論理を受け入れて、地域住民の間でのパレスティナ解放の永続的な重要性を大幅に過小評価していたことを理解している。これは歓迎すべき修正であるが、まだ不完全なままだ。 2023年10月以前の中東に関する計画は、パレスチティ人への永続的な弾圧を前提としていたという理由だけで欠陥があったのではない。この政策には欠陥があり、安定をもたらすと約束した虐待的で代表性のない政府による、アメリカ主導の地域秩序を再強化しようとして、地域の全ての国民に対する永続的な弾圧を前提としていたからだ。 10月7日に私たちは再び酷いことを学ばなければならなかったので、このような取り決めはしばらくの間は安定しているように見えるかもしれないが、そうでなくなる時期を迎えるだろう。

緊急の優先課題は、ガザでの殺害を終わらせ、ハマスが拘束している人質の解放を確実にすることだ。2023年10月7日の直後から、バイデン政権は「未来(day after)」についての対話には積極的だが、イスラエルが日々、無条件かつ絶え間ないアメリカの支援を受けながら、現場で作り出している恐ろしい現実がある。この現実こそが、アメリカが語る空想上の未来において、実際に何が可能かを決定することになることを、アメリカ側は十分に理解していないようだ。イスラエルの戦争努力は、殺戮の終了同時に自分の政治的キャリアが終わることを知っており、それゆえに戦闘を長引かせる動機を持っているネタニヤフ首相によって率いられているのだから、深刻に継続していくのである。

人命と家屋、地域と世界の安全保障、そしてアメリカの信用に与えたダメージの多くは、既に取り返しのつかない程度にまでなっている。デイヴィッド・ペトレイアスがアブグレイブの拷問スキャンダルについて語ったように、私たちの国の評判への影響は「生分解不可能[微生物が分解できない]non-biodegradable)」となっている。バイデン大統領が任期を越えてもこの状態は続くだろう。しかし、イスラエルとパレスティナの紛争に関するアメリカの政策を国際法に沿ったものに戻すことから始め、ダメージを軽減するために政権が選択することのできる措置はある。1967年に占領された地域が実際に占領地であると明確に表明することだ。これらの領土におけるイスラエルの入植は違法であるという国務省の立場に戻すことだ。ドナルド・トランプ大統領が閉鎖し、バイデンが再開を約束した在エルサレム総領事館を、パレスティナ人のための米大使館として再開することだ。ロシアのウクライナでの戦争と同様に、国際刑事裁判所があらゆる側面の戦争犯罪の可能性を調査することを支持することだ。国連加盟国の72%にあたる139カ国がパレスティナ国家を承認している。

結局のところ、パレスティナの解放を推進する真剣な取り組みには、バイデンがイスラエルに圧力をかける必要がある。それは避けられない。しかし同時に、バイデン政権が現在の危機を単に地域政策への挑戦としてだけでなく、政権が守ると主張する「ルールに基づく国際秩序(rules-based international order)」全体への挑戦として捉えることも必要だ。パレスティナ人への対処を前面に出しても、権威主義的支配の耐久性を前提とした安全保障戦略の論理に根本的な欠陥があることには対処できない。ジョージ・W・ブッシュの「フリーダム・アジェンダ(Freedom Agenda)」のバイデン版を私は求めていない。しかし、たとえブッシュの処方箋が間違っていたとしても、彼の基本的な診断、つまり抑圧的な体制に安全と安定を依存することは悪い賭けだということは、認識する価値がある。私たちの政策は、このことに取り組む必要がある。

※マシュー・デス:センター・フォ・インターナショナル・ポリシー上級副会長。2017年から2022年にかけて、バーニー・サンダース連邦上院議員の外交政策補佐菅を務めた。ツイッターアカウント:@mattduss

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行いたしました。ウクライナ戦争についても詳しく分析し、『週刊ダイヤモンド』誌2024年3月2日号で、佐藤優(さとうまさる)先生に「説得力がある」という言葉と共に、ご紹介いただいております。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ウクライナ戦争についてはあらゆる角度からの多種多様な論稿や記事が発表されている。今回ご紹介する論稿は、ロシア内戦介入戦争(シベリア出兵)についての著作を基にして、ウクライナ戦争との比較を行っている。日本ではシベリア出兵(Siberian Intervention)で知られるロシア内戦介入戦争(Allied intervention in the Russian Civil War)は、1917年にロシア革命(10月革命)で成立したボリシェヴィキと、ロシア帝国存続を目指す反ボリシェヴィキである白系ロシアによるロシア内戦に第一次世界大戦の戦勝諸国が介入した戦争を指す。日本もアメリカなどと共に、シベリア地方に出兵し、一部を占領した。ロシア内戦は白系ロシアの敗北、ボリシェヴィキの勝利で終わった。
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 今回のウクライナ戦争では、ウクライナに侵攻したロシアに対して、西側諸国がウクライナに資金や軍事装備を支援している。ウクライナ戦争については、ロシア側をボリシェヴィキ、ウクライナ側を白系ロシアに見立てている。この類推(アナロジー、analogy)がそのまま正しいと、ウクライナが戦争に負けることになる。

 この記事の著者セオドア・バンゼルは、ウクライナを勝利に導くためには、「西側諸国が、明確な長期戦略を策定し、緊密な連携を継続し、自国民に訴えかけることで国内の支持を強化することを続けることだ」としている。残念なことだが、バンゼルの挙げた条件を西側諸国が実行することはほぼ不可能だ。

まず、長期戦略を策定することが既にできていない。戦争の落としどころ、最終目標を決めてそれに向かって進むということができていない。場当たり的に、その場しのぎでウクライナに支援を与えているが、ざるに水を入れているようなもので、その効果は薄れ続けている。西側諸国が緊密な連携をしているということもない。取りあえず、金と適当な武器をウクライナに与えているだけ、誰(どの国)が音頭を取っているかもよく分からない。ヨーロッパの諸大国はアメリカ任せ、自分のところにとばっちり(ロシアからの攻撃、最悪のケースは核攻撃)がないようにしているだけのことだ。西側諸国の国民の間に「ウクライナ疲れ」「ゼレンスキー疲れ」が蔓延し、アメリカ国民の過半数が「ウクライナにはもう十分してやった」と考えているほどだ。これでは支援継続は難しい。

 こうしてみると、結局、ロシア内戦介入戦争と同様に、ウクライナ戦争は西側諸国の敗北ということになる。いまさら言っても詮無きことではあるが、長期戦になる前に、ウクライナは良い条件で停戦できるときに停船をすべきだった。私は2022年3月の時点でこのことを述べている。こうして見ると、人間は賢くない。謙虚に歴史から学ぶという姿勢が重要である。

(貼り付けはじめ)

西側諸国による最後のロシア侵攻からの大きな教訓(The Big Lesson From the West’s Last Invasion of Russia

-ロシア内戦への連合国の介入が今日のウクライナについて教えてくれること。

セオドア・バンゼル筆

2024年33

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/03/the-big-lesson-from-the-wests-last-invasion-of-russia/?tpcc=recirc_latest062921

ほぼ全員がミシガン州出身だったとは言え、アメリカ軍兵士にとってロシア北部は厳しい寒さに感じられたに違いない。1918年9月4日、4800人のアメリカ軍が北極圏からわずか140マイルしか離れていないロシアのアルハンゲリスクに上陸した。その3週間後、彼らはイギリス軍やフランス軍とともに、そびえ立つ松林や亜寒帯の湿地帯の中で赤軍(Red Army)との戦いに突入した。最終的に、2年間の戦闘で244人のアメリカ兵が死亡した。アメリカ軍将兵の日記には、最初の遭遇戦の悲惨な様子が描かれている。

「私たちは機関銃の巣に突っ込んで早々に退却した。[ボリシェヴィキはまだ激しく砲撃してくる。私の分隊のペリーとアダムソンは負傷し、銃弾は私の両肩を撃ち抜いた。ひどく疲れ、腹が減った。他の隊員もそうだ。この攻撃で4人が死亡、10人が負傷した]

これらの不運な魂は、ロシア内戦への連合国による介入という、広大かつ不運な事態の一端に過ぎなかった。1918年から1920年にかけて、アメリカ、イギリス、フランス、日本は、バルト海からロシア北部、シベリア、クリミアに数千の軍隊を送り込み、反共産主義の白系ロシアに数百万ドルの援助と軍事物資を送った。これは20世紀における外交政策の失敗の中でも最も複雑で忘れられがちなものの1つであり、アンナ・リードの新著『厄介な小さな戦争:ロシア内戦への西側の介入(A Nasty Little War: The Western Intervention Into the Russian Civil War)』では、鮮明にかつ詳細に語られている。

リードが参戦した将兵たちの個人的な日記と並行して見事に織り成す紛争の詳細は、しばしば別世界のように感じられる。日本軍はロシア極東のウラジオストクを占領した。当初は連合国の中で最もタカ派介入支持者だった、気まぐれなフランスはウクライナ南部の占領を主導し、ムイコラーイウ、ヘルソン、セヴァストポリ、オデッサといった読者にはおなじみの都市をめぐって赤軍と争った。 6万人の軍隊を含む介入に最も多くの資金を投入したイギリスは、迫りくるトルコ軍からバクーを守り、バルト三国でボリシェヴィキに対して海軍の破壊活動を行い、最終的には黒海の港から白人を避難させ、ロシアの周縁部全域を徘徊していた。赤軍の猛攻撃の前に崩壊した。

リードの優れた著書に漂う不穏な疑問は、西側諸国が歴史を繰り返す運命にあるのかということである。介入(intervention)は失敗に終わり、目を凝らして見ると、今日のウクライナへの介入も、物資、人的資源、政治的意志が無限に湧き出るように見える広大で断固としたロシアを前にすると、同様に無駄に見えるかもしれない。アメリカ連邦議会共和党の極右派、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相、ドナルド・トランプ元米大統領たちはそう信じ込むだろう。ロシア介入中にロシア北部の連合国軍のイギリス軍司令官エドマンド・アイアンサイドが語った絶望感は、「ロシアはあまりにも巨大なので、息が詰まるような気分になる」というものだった。

しかし、歴史的な反響が強いにもかかわらず、この2つの介入の違いは、その類似点よりも示唆に富んでいる。綿密な研究は、おそらく更に大きな問いを投げかけている。対外介入を成功させる条件とは何か? 確かに連合国は失敗を犯したが、公平を期すなら、失敗の大半は自分たちの手に負えないことが原因だった。最も制限的な要因は、白系ロシアの同盟者たちが無能かつ有害だったことだ。白系ロシアは反ボリシェヴィキの社会主義者と無能な元ツァーリ将校からなるバラバラのグループで、根っからの大ロシア独裁者(Great Russian autocrats)だった。白系ロシアはロシア国民の支持を得られず、また決定的なことに、ウクライナ人からバルト人に至るまで、少数民族の宝庫である帝室主義(Tsarist)ロシアをロシアの庇護下に置こうとしていた。

今日のウクライナの置かれた状況ははるかに有利だ。アメリカとヨーロッパ諸国は、目もくらむような道徳的明快さとの闘いにおいて、ヴォロディミール・ゼレンスキー政権のウクライナにおいて統一された断固たる支持者たちを擁している。ロシア経済は戦時中の状況にあるかもしれないが、全体として見ると西側諸国ははるかに多くの資源を手元に持っている。そして、この任務、つまりやる気に満ちたウクライナを敵対的な侵略から守るということは、世界最大の国の政府を打倒するという試みに比べるとはるかに野心的ではない。実際、この2つの介入を冷静に比較すれば、当時の西側諸国の首都のように今は衰えつつある自国の政治的意志が邪魔にならない限り、西側はウクライナを最後までやり遂げるという決意を強めるはずだ。

対外介入に欠かせないのは、明確で達成可能な目的、信頼できる現地の同盟者たち、攻撃可能な敵国、物質的手段、そして最後までやり遂げる政治的意志である。連合軍のロシアへの介入は、ほとんどすべての面で致命的に欠けていた。

リードの物語で最も印象的なのは、連合国軍がロシアで一体何をするつもりだったのかがしばしば不透明なことだろう。確かなことは、全ての西側諸国政府がボリシェヴィズムを嫌悪し、その膨張主義的で感染力のある可能性を恐れていたということだ。しかし、それ以上の戦略や目的はほとんど共有されていなかった。実際、西側諸国の軍隊は当初、ドイツ軍の手に渡ることを恐れたロシア北部と東部の鉄道と連合軍の軍事倉庫を警備するために派遣された。しかし、1918年11月にドイツが降伏した後、状況は少し複雑になった。ジョージ・F・ケナンがその名著『介入の決断(The Decision to Intervene)』の中で述べているように、「アメリカ軍がロシアに到着して間もない頃、ワシントンが考えていたアメリカ軍がロシアに駐留するほとんど全ての理由が、歴史によって一挙に無効にされた」のである。

現地にいた熱心なイギリス軍将校たちは、ウィンストン・チャーチル陸軍長官のような国内のタカ派閣僚に後押しされ、気まぐれなロシアの冒険を擁護して自らの政治資金をほとんど使い果たしてしまったが、すぐに積極的に介入して赤軍と戦うイニシアティヴを確保した。ウクライナ南部など他の地域では、現地の白軍を支援する任務が明確であったが、フランスは一連の挫折と反乱に見舞われたため、すぐに意気消沈し、1919年4月に帰国の途に就いた。

この曖昧さを象徴するのが、ウッドロー・ウィルソン大統領が1918年7月に個人的に書いたメモに書かれたアメリカ軍介入の指示である。ウィルソン大統領はこの決断に苦悩し、「ロシアにおいて、何をするのが正しく、実行可能かについて分かるために血の汗を流している」というのが特徴的だった。ウィルソンはメモの冒頭で、軍事介入は「ロシアの現在の悲しい混乱を治すどころか、むしろ助長する」と警告し、シベリアで活動するチェコ軍団を支援するためと、「北方でロシア人組織が組織的に集まるのを安全にする」ためにロシア北部に米軍を派遣することを約束した。これらは明確な内容とは言い難い。

アメリカ軍将校たちは、これらの指示を疑わしそうに受け止めた。シベリアで8000人の将兵たち(doughboys)を指揮していたウィリアム・グレイブス大将は、アメリカが紛争に関与していることに明らかに懐疑的であり、ウィルソンの指示を赤軍と戦うのではなく鉄道の警備のみを許可するものと解釈していた。グレイブス大将は後に回想録の中で、ワシントンが何を達成しようとしているのか全く分からなかったと書いている。これは全て、シベリアでのより介入寄りのイギリスの同僚たちとは反対の考えであった。彼らは代わりに、白軍の恐ろしく無能な「最高支配者(supreme ruler)」アレクサンドル・コルチャク提督を積極的に支援した。アレクサンドル・コルチャック提督はロシア黒海艦隊の元司令官であり、内陸のシベリアの奥地で、不得意な陸戦を展開していた。ちなみに、コルチャック提督を現ロシア大統領ウラジーミル・プーティンは熱烈に支持している。

ここから白系ロシアの話に移る。おそらく、外国介入、特にウクライナとロシア内戦の両方に対する西側介入のような野心的な介入の必須条件は、現地の同盟国である。それは、西側諸国によるリビア介入後の混乱と、バルカン半島への介入の成功との違いだ。この点で白系ロシアは惨めな失敗を喫した。

どこから始めたらいいのか分からない。コルチャックの他にも、ロシア南部で白軍を率いていた無能なアントーン・デニーキン将軍がいた。彼は、自分の監視下で白軍が行ったウクライナのユダヤ人に対するおぞましいポグロムについて、連合国政府に対して嘘を言ってごまかした。また、11の時間帯にまたがるロシアの全周囲を網羅する、ありえないほど広大でバラバラの戦線で活動する以上に、複雑怪奇な白軍の派閥は、基本的に軍閥(warlords)として行動し、忠誠心や協調性はほとんど存在しなかった。

白系ロシアにとって致命的だったのは、首尾一貫した、あるいは説得力のあるイデオロギーが存在しなかったことだ。アントニー・ベーバーは、彼の素晴らしいロシア内戦史の中で、白系ロシアの敗因を政治的プログラムの欠如と分裂的性質の両方にあると指摘している。「ロシアでは、社会主義革命家たちと反動的君主主義者たちのまったく相容れない同盟は、共産主義者の独裁一本やりにほとんど歯が立たなかった」。

これら全てを赤軍と比較してみる。彼らはモスクワとサンクトペテルブルクの工業の中心地を支配し、より強力な国内通信網を使って内外に活動した。このおかげでレオン・トロツキー政治局員、リードによれば、彼は「洞察力があり、決断力があり、限りなく精力的という、天才に近い戦争指導者として開花した」、白軍がロシア東部と北部から前進する中、劣勢な前線を強化するために装甲列車に飛び乗ることができた。ボリシェヴィキは、破滅的な経済政策を実施し、国内でテロの第一波を引き起こしたにもかかわらず、士気が高く、少なくともその時点では地元住民たちにある程度のアピールをする明確なイデオロギーを持っていた。

そして根本的に、彼らの意志は白系ロシアや西側諸国よりもはるかに強かった。第一次世界大戦の荒廃の後、連合国政府はボルシェビズムの蔓延を恐れたが、疲弊した国民を巻き込むことはできなかった。この点で、歴史的な反響は最も厄介である。国民の支持は当然のことながら低迷し予算は逼迫した。1919年、イギリスの『デイリー・エクスプレス』紙が、今日のアメリカ共和党のレトリックを利用して次のように述べた。「イギリスは既に世界の半分の警察官であるが、全ヨーロッパの警察官にはなれない。東ヨーロッパの凍てつくような平原は、イギリスの擲弾兵一人の骨にも値しない」。シベリアとロシア南部での白系ロシアの挫折は、棺桶に釘を打つようなものだった。当時も今もウクライナでは、介入に対する外国の政治的支持は、戦場での勢いの感覚に最も依存していた。

外交政策立案者たちの仕事は、自分たちがコントロールできるものとコントロールできないものを区別することだ。同盟諸国、地理、敵の脆弱性など、有利な条件を直観できる限り、戦略と目標、政治的意志の動員、努力を支援する資材の提供、調整など、自分たちが管理できる事柄に焦点を当て、同盟諸国とそれらを最適化することが課題ということになる。

現在、西側諸国の首都に蔓延している悲観論にもかかわらず、今日のウクライナ戦争は、ロシア内戦中に連合諸国が直面した状況とは異なり、政策立案者たちが望むことができる、より好ましい状況のいくつかを提示している。白系ロシアと異なり、ウクライナは価値ある有能な同盟国であり、意欲の高い国民を背景に領土を守るために戦っている。ウクライナの大義は正義にかなったものであり、二項対立の特質を西側諸国の国民に容易に説明できる。プーティン大統領の勝利への個人的な意志は強い一方で、ロシア社会を全面的に動員することへの躊躇とその行動を見れば、彼が国民に求めることの限界を感じていることは明らかだ。ロシアの人的資源と物資はウクライナよりも多いが、ウクライナの武装と戦闘を維持するために必要な量は完全に管理可能である。現在連邦下院の共和党極右派が停止させている、アメリカからの600億ドルの補助金は、その見返りに比べれば微々たるものである。ウクライナを擁護することで西側の価値観を擁護する。ロシアを戦略的な落とし穴にはまり込ませ、NATOの東側面の残りの部分を脅かすロシアの能力を低下させる。そして大西洋横断同盟を強化する。現在、西側諸国の首都は、1918年当時に比べてはるかに団結しており、各首都間の防衛連携も強固になっている。彼らはウクライナの終盤戦に対する共通の感覚を鋭くすることはできるが、紛争が何らかの交渉による解決で終わることは誰もが知っている――問題は誰の条件によるものか、である。

もしアメリカとその同盟諸国が、ロシア内戦への西側の介入の落とし穴を避けることができれば、つまり、明確な長期戦略を策定し、緊密な連携を継続し、自国民に訴えかけることで国内の支持を強化することができれば、プーティンに打ち勝つ可能性は十分にある。このような好条件を考えると、長期的な成功への主な、そしておそらく唯一の障害は、この仕事をやり遂げる政治的意志があるかどうかである。

※セオドア・バンゼル:ラザード社地政学顧問会議議長兼執行委員。駐モスクワ米大使館政治部門、米財務省で勤務した。

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。私は現職のジョー・バイデン大統領が、合法・非合法あらゆる手段を用いて、大統領に再選されると考えています。これを打ち破って、トランプ大統領が再び登場するとなれば、アメリカの民主政治体制も捨てたものではないということになりますが。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカの衰退基調は止められない。長期的な視点を持てばそれは明らかだ。短期に小さな変化があるにしても、衰退という流れを止められない。ジョー・バイデンが再選されようが、ドナルド・トランプが2度目の大統領になろうが、それは変わらない。トランプのスローガンである「Make America Great AgainMAGA)」は、「アメリカを再び偉大に」という意味であるが、「現在のアメリカは偉大ではない」という認識が根底にある。トランプとトランプ支持者にとっては残念なことであるが、アメリカが再び偉大になり、世界に冠たる超大国である状態にはもう戻れない。

西側以外の国々(ザ・レスト、the Rest)をリードする中国にとって、この長期的な視点から見ると、アメリカ大統領には誰がふさわしいのかということは一般的な常識とは異なる答えが出る。

 中国にとって、長期的な視点に立てば、トランプ大統領が望ましいということになる。トランプは前回の大統領時代に中国との貿易戦争を開始した人物であり、「そんな人物は中国にとってはふさわしくないのではないか、ジョー・バイデンの方がいいのではないか」と私たちは考えてしまう。しかし、長期的な視点では、トランプの方が良いということになる。
その理由を下に掲載した記事の著者デマライスは5つを挙げている。
 アメリカはもう世界を管理する力を失いつつある。「アメリカ(軍)は国に帰ろう」というのがトランプの考えだ。そうなれば、アメリカのグリップが緩む。世界システムは西側手動から大きく変化する。トランプはヨーロッパを「敵(貿易面では)」と呼び、かつ、アメリカからタダで守ってもらっている、安全保障をただ乗りしていると考えている。

トランプが大統領になれば、米欧間の不信感は大きくなる。トランプとロシアのウラジーミル・プーティンは仲が良い間柄だ。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、トランプ、プーティン、そして、中国の習近平の関係を「新しいヤルタ体制」と呼んだ。そうなれば、ヨーロッパは、「トランプとプーティンに挟まれている」という考えを持ち、焦燥感に駆られるだろう。そこに中国が付け込む隙ができるし、ロシアはエネルギー供給を利用して、ヨーロッパを取り込むこともできる。アメリカはヨーロッパ本土から駆逐されて、イギリスにまで下がる可能性がある。
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 アジア太平洋地域で見る場合に、大事なのは「列島線(island line)」である。最近では、「第3列島線」という言葉まで出ている。トランプとアイソレイショニスト(isolationists、国内問題解決優先派)は恐らく、第3列島線まで下がることを容認するだろう。バイデンをはじめとするエスタブリッシュメントは、第1列島線の固守にこだわるだろう。しかし、アメリカの長期的な衰退においては、第3列島線までの後退は避けられない。中国にしてみれば、トランプが大統領になって、米軍の縮小や撤退があれば好都合ということになる。
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 下の記事では、既に経済の最先端分野では中国が主導権を握っているものがあるということで、アメリカが輸出規制をしてくれれば好都合ということや、発展途上国からすれば中国の方が付き合いやすく、トランプが大統領になればその流れが加速するということが書かれている。こうしてみると、トランプこそはアメリカ帝国の解体を促すことができる、最有力の存在ということになる。

(貼り付けはじめ)

なぜ中国は熱心にトランプを応援しているのか(Why China Is Rooting for Trump

-中国政府の長期戦は、トランプの政策と、トランプが即死するアメリカ国内の分裂によって、はるかにうまくいくことになるだろう。

アガーテ・デマライス筆

2024年2月7日

https://foreignpolicy.com/2024/02/07/china-trump-biden-us-presidential-election-2024/

2017年1月にドナルド・トランプが米大統領に就任する前の世界の様子を思い出すと、印象的な光景が鮮明に思い出される。当時、北京が世界の安全保障に脅威を与えているという考えはワシントンでは主流ではなかった。ヨーロッパからの輸入品に関税を課すことは考えられなかった。そして、冷戦終結以降、徐々に使われなくなっていた技術輸出の規制は、一部の政策マニアの領域だった。

良くも悪くも、特にアメリカと中国の関係に関して言えば、トランプが世界を変えたことは否定できない

米中貿易戦争の激化を約束するなど、中国に対するトランプ大統領の扇動的な発言を考慮すると、中国の指導者たちが共和党大統領選挙候補となる可能性が高いトランプよりも現職のジョー・バイデン大統領を好むと考えるだろうというのは簡単に推測できることだ。

しかし、この見方はおそらく近視眼的(shortsighted)であり、全体像を覆い隠してしまう。おそらく中国はトランプを応援していることだろう。

中国政府は、トランプ政権下でもバイデン政権下でも、その他の米大統領の下でも、アメリカとの関係改善の見込みがないことを承知している。西側諸国に対する中国の長期戦の観点からすれば、トランプ大統領のホワイトハウス復帰は、少なくとも経済分野では中国に有利になる可能性が高い。その理由を5つ挙げていく。

(1)トランプはアメリカとヨーロッパの間の分断をさらに拡大するだろう。(Trump would increase divisions between the United States and Europe.

「貿易において、彼らが私たちにしていることから見て、ヨーロッパ連合(EU)は敵だと思う」 (トランプ、2018年7月)

2023年12月、『フィナンシャル・タイムズ』紙は、中国の諜報機関が元ベルギー上院議員フランク・クレイエルマンを何年にもわたってエージェントとして利用していたと報じた。彼を担当していた中国の当事者は、関係の目的について要約し、「私たちの目的はアメリカとヨーロッパの関係を分断することだ」と簡潔に語った。

中国政府の論拠は単純だ。共同輸出規制など、中国の利益を損なう大西洋横断政策の出現を防ぐには、アメリカとヨーロッパとの間に不信感を醸成し強固にすることが最善の方法だ。その観点からすれば、トランプの第二期大統領就任は中国の思う壺ということになる。トランプ大統領は2018年に「貿易において、彼らが私たちにしていることから見て、ヨーロッパ連合(EU)は敵だと思う」と述べたが、この考えが変わったこと示す兆候はない。

もしトランプが当選すれば、おそらく全面的に10%の関税を課すという公約を実行するなど、ヨーロッパとの貿易戦争を再開したいという衝動に抗うことはできないだろう。貿易戦争が起これば、中国の利益を損なう可能性のある措置に関するアメリカとEUの協力が停止する可能性が高い。もちろん、中国からの輸入品に最低60%の関税を課すというトランプの最近の約束も、中国にとっては苦痛となるだろう。しかし、大局的に見て、アメリカとEUの分裂が実現できるのであれば、中国政府はそのような代償を払う価値があると考えるかもしれない。

(2)トランプは対ロシア制裁について撤回する可能性がある。(Trump could make a U-turn on sanctions against Russia.

「彼らはロシアに対して制裁を行っている。ロシアと良い取引ができるか試してみよう」(2017年1月)

トランプの外交政策は予測不可能であるにもかかわらず、一貫しているのは、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領と良好な関係を築きたいという明らかな傾向である。これは2018年にフィンランドで行われた米ロ首脳会談で、トランプが自国の諜報機関よりもプーティン大統領の方を信頼していると示唆した際に最も顕著に表れた。プーティン大統領への称賛の気持ちが変わらなければ、トランプは大統領就任後すぐに対ロシア制裁の解除を決定する可能性が十分にあり、ヨーロッパ諸国に大きな懸念を持たせている。

このような状況はモスクワを喜ばせるだけでなく、中国にとっても有利となるだろう。ロシアと中国の無制限の友好宣言にもかかわらず、現実には中国企業はロシアとの取引に慎重になっている。中国のロシアへの輸出は2022年以降急増しているが、これは低いベースからのものであり、これまでのところ中国企業がロシアへの投資を急いでいるという証拠はほとんどない。

これは、アメリカ政府がモスクワに二次制裁を科し、世界中の企業がアメリカとロシアの顧客のどちらかを選択するよう迫られるのではないかとの懸念のためだ。このようなシナリオでは、ほとんどの中国企業にとってアメリカ市場に固執するのは当然のことだろう。その結果、中国企業はロシア企業との関係構築にはほとんど関心がなく、近いうちに断念する必要があるかもしれない。トランプが対モスクワ制裁を解除すれば、中国企業にとってこの問題は解決されることになるだろう。

(3)トランプ氏は中国による代替金融メカニズムの推進を後押しするだろう。(Trump would give a boost to China’s push for alternative financial mechanisms.

「中国は米ドルを人民元に置き換えたいと考えているが、それは私たちには考えられないことだ。考えられない。決して起こらないだろうし、起こってはならない。しかし、今、人々はそれについて考えている」(2023年8月)

中国は長年、非ドル化、西側管理のSWIFT世界銀行システムに代わる代替手段の創設、あるいは国境を越えた決済のためのデジタル人民元の計画などを通じて、アメリカの制裁から逃れようとしてきた。しかし、中国は単独でこの戦略を達成することはできない。中国の金融構造が確立された西側諸国の金融構造に取って代わるためには、中国の貿易相手国も同様に非西側の代替手段を選択する必要がある。そこに至るまでの道は険しいだろう。ほとんどの企業や銀行は、完全に機能する SWIFT を捨てて、はるかに小規模な中国製の代替手段を試す必要はないと考えている。

トランプが第二期大統領に就任すれば、この推論が変わる可能性がある。 2018年のロシアのアルミニウム生産会社ルサールの事件はその理由を物語っている。何の警告もなくルサールに制裁を加えた後、トランプ政権はその措置が世界に多大な波及効果をもたらすことを認識し、急いで制裁を撤回して解除しなければならなかった。

この話から得られる教訓は明らかだ。トランプ政権下では、どんなことでも起こる可能性があり、誰もが警告なしに制裁に晒される可能性がある。その結果、トランプがホワイトハウスに復帰した場合、多くの国はこうした措置から先制的に自分たちを守ろうとするだろう。現段階での最善の方法は、中国政府の代替金融メカニズムに切り替えることだ。それは中国にとってもう1つの勝利となるだろう。

(4)トランプが勝利すれば、新興国からの重要資材調達における中国の支配力が高まるだろう。(A Trump win would increase China’s domination for critical materials sourcing from emerging countries.

「なぜクソみたいな国からこんな人たちがここにやって来るんだ?」(2018年1月)

影響力をめぐる世界的な戦いにより、コバルト、銅、黒鉛、リチウム、ニッケルなど、グリーンエネルギーへの移行に不可欠となる原材料へのアクセスを確保するために、西側諸国は中国と対立している。これまでのところ、この戦いは主にボリビア、ブラジル、コンゴ民主共和国、ギニア、インドネシアなどの資源豊富な新興諸国で行われている。中国はこの競争において、群を抜いたリーダーであり、例えば世界のリチウム供給の精製の約50から70%を支配している。

2度目のトランプ大統領就任は、かつてトランプ大統領がまとめて「クソ国家」と軽蔑していた発展途上諸国に、重要な原材料の供給でアメリカと提携するよう説得するのには役立たないだろう。 2018年のイラン核合意からの突然の離脱が示したように、多くの鉱物資源諸国はトランプ大統領の約束にはほぼ価値がないのではないかと懸念を持つだろう。

その上、トランプの発展途上国経済への軽蔑、移民の抑制の可能性、そしてイスラム教に関する扇動的な発言は、アフリカ、東南アジア、南米諸国の指導者たちとの緊張を正確に打ち砕く訳ではない。中国は自らをその場にいる余裕のある大人のような存在、つまりビジネスと政治を混同しない信頼できるパートナーとして振る舞うことで、新興国経済における自国の利益を喜んで推進し続けるだろう。

(5)中国はアメリカのクリーンテクノロジー輸出規制から恩恵を受けるだろう。(China would benefit from U.S. export controls on clean tech.

「地球温暖化という概念は、アメリカの製造業の競争力を失わせるために中国によって生み出された」(2012年11月)

輸出制限は、アメリカ政府が中国に重点を置いた経済リスク回避戦略を実行するための重要な手段である。これらの措置は、半導体、人工知能、量子技術など、二重用途を持つ技術を対象としている。これまでのところ、クリーンテクノロジーはアメリカの輸出規制から逃れられているが、トランプ大統領の誕生でおそらく状況は変わるだろう。共和党は中国に対してよりタカ派的な姿勢をとり、バイデン政権よりも幅広い分野に輸出規制を適用することを明らかにしており、その中には再生可能エネルギーや電池技術などのクリーンテクノロジーも含まれるだろうと考えられる。

中国から見れば、アメリカのグリーン商品の輸出規制は素晴らしいニューズとなるだろう。中国企業は太陽光パネル、風力タービン、電気自動車などの分野で、既に世界のリーダーであるため、短期から中期的には、こうした措置は中国企業にほとんど影響を及ぼさないだろう。

長期的には、中国企業もこうした規制から恩恵を受ける可能性がある。世界最大の市場を奪われ、アメリカ企業は収益が減り、研究開発予算の削減を余儀なくされるだろう。寛大な公的補助金の支援を受けて、中国企業は研究を倍増させ、次世代のクリーンテクノロジー機器の開発で米国企業を追い越すことができるだろう。加えて、アメリカのクリーンテクノロジー削減のシナリオは、中国が将来のクリーンテクノロジー製品の世界基準に影響を与えるのに役立ち、最終的には中国政府の全面的な勝利につながるだろう。

2016年の選挙集会で、トランプは「私は中国を愛している」と高らかに述べた。これが真実であるかどうかに関係なく、中国政府はトランプの第二期大統領就任について、一見予想よりも高く評価している可能性が高い。貿易、制裁、金融インフラ、重要原材料へのアクセス、輸出規制などの主要な経済分野において、トランプ2.0シナリオは中国の長期的利益に十分に影響を及ぼす可能性がある。

もちろん、経済学以外にも考慮すべき領域はある。しかし、中国にとってもう1つの重要な問題である台湾の防衛にはあまり熱心ではないというトランプの最近の発言も中国政府を喜ばせるだろう。中国から見ると、2024年11月のトランプの勝利は、それによって引き起こされる混乱、分断、そしてアメリカの威信への打撃から利益を得られる魅力的な機会に見える可能性が非常に高い。

※アガーテ・デマライス:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ヨーロッパ外交評議会上級政策研究員。著書に『逆噴射:アメリカの利益に反する制裁はいかにして世界を再構築するか』がある。ツイッターアカウント:@AgatheDemarais

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。西側諸国が600年間も握り続けた世界覇権が西側以外の国々に移動しつつある現在を詳しく分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 西側先進諸国の政治家たちの支持率が軒並み20%台、30%台であり、40%もあれば立派なものという状況になっている。不支持率は50%、60%を超えており、単純に言えば、有権者の過半数が支持していないということになる。これに対して、アジア諸国の、民主的な選挙で選ばれた国々の指導者たちの支持率は高いということを西側のメディアも注目している。
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 その理由は極めて単純だ。新興諸国は、国力が伸び、経済状況が改善される中で、国民にどのように還元するか、再分配するかということに集中すれば済む。日本でも高度経済成長期は、国土の発展と国民生活の向上のための再分配に集中していればよかった。公害問題などもあったが、基本的には伸びゆく日本ということで、ある程度の大盤振る舞いができた。しかし、高度経済成長が終わり、低成長、ゼロ成長の時代には大盤振る舞いどころではなくなった。また、少子高齢化など社会の構造を根本から揺さぶる問題もあり、政治家たちにしてもどう対処したらよいのか、アイディアもないという状況だ。先進諸国はどこもそうだ。結果として、国民には不満が募り、政治家たちは非難され、支持率は低下する。
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フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領(フィリピン)
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ナレンドラ・モディ首相(インド)

 しかし、逆に言えば、国民のニーズをつかみ、国民生活の向上ということをやれば、世界共通で支持率が上がるということになる。日本を含む先進諸国ではそれができていないということになる。

 私が注目してきたインドネシアの大統領選挙は、大統領候補プラボウォ・スビアントと副大統領候補ギブラン・ラカブミン・ラカ(ジョコ・ウィドド大統領の長男)のコンビが58%の得票率で、三つ巴の選挙戦を制した。ジョコ・ウィドド大統領が実質的に支持してきたことで、このコンビの大統領選挙での勝利は確実視されていたが、三つ巴の戦いということで、1回目の投票で過半数を得られないので、2回目の決選投票が行われると予想されていた。しかし、結果は1回目の投票で過半数を得る圧勝だった。それだけ、ジョコ大統領の人気が高いということになる。プラボウォは過去にジョコ大統領と選挙で争った間柄であったが、ジョコ大統領の路線を引き継ぐということで、彼の後継者となった。プラヴウォの次は、ジョコ大統領の長男ギブランになる可能性が高い。これから「院政」を敷くであろうジョコ大統領に鍛えられていくだろう。
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プラヴウォ(左)とギブラン(右)

 先進諸国のリーダーと言うのは大変なことであり、支持率が上がらないのは仕方がないことだろう。しかし、国民生活の改善、向上を行えば、支持率は上がる。そのような当たり前のことができないほどに先進諸国の置かれている状況は悪化しているということも言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

アジアの民主的に選ばれた指導者たちはどうしてこうも人気なのか?(Why Are Asia’s Democratic Leaders So Popular?

-西側諸国の政治家たちに比べて、アジア諸国の政治家たちは正しいことをしている。

ジェイムズ・クラブトゥリー筆

2024年2月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/22/asia-democracy-politics-election-modi-prabowo-marcos-india-indonesia-philippines/

プラヴウォ・スビアントが三つ巴の厳しい選挙戦の末、インドネシア大統領選挙で圧勝した。2024年2月14日の選挙戦に関する各種世論調査の結果では、プラヴウォの勝利が確実視されていたが、専門家の多くは、1回目の投票で過半数を獲得する候補者が現れず、2回目の決選投票になるだろうと予測していた。しかし、プラヴウォ国防相は58%の得票率で記録し、予想外の大勝利を収めた。

プラヴウォの勝利には多くの原因が存在した。しかし結果が示しているのは、「アジアの新興市場民主政体国家の多くで政治指導者が驚くべき人気を得ている」という、より広範な流れを示している。豊かな西側諸国の政府首脳たちは、ほぼ例外なく、国民から非難され、多くの議会では、衰退しつつある諸政党が、連立与党を形成することさえ難しくなっている。

対照的にインドネシアでは、80%の支持率を記録して、任期を終えたジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコウィ)の後任として、プラヴウォが大統領に就任する。フィリピンでは、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領が、前任のロドリゴ・ドゥテルテ大統領と同様に好感を持たれている。そして、4月に始まるインドの選挙では、ナレンドラ・モディ首相が3回連続の圧勝を収めることがほぼ確実視されている。

このように人気の高い指導者たちにポピュリストというレッテルを貼りたいのはやまやまだ。そして、ドゥテルテのようにその言葉に当てはまる人物もいる。パキスタンの元首相イムラン・カーンもそうだ。彼の激しい反体制的なレトリックは、パキスタンの最近の世論調査で彼の政党に関連する無党派層を予想外の成功に導いた。しかし、多くの政治家たちはそうではない。プラヴウォの選挙運動では、多くの仕掛けが施されたが、一般的にポピュリストの選挙運動で見られるような、エリートへの攻撃はほとんどなかった。ジョコウィは、開発、インフラ、社会サービスに重点を置き、クリーンな統治を評価され、インドネシアの有権者から賞賛されている。彼はまた慎重な政治家でもある。

それぞれの指導者が、それぞれの国が置かれている状況の産物であることも明らかだ。プラヴウォの勝利の規模は、ジョコウィ自身の支持によるところもあるが、それはプラヴウォがジョコウィの息子を伴走者に選んだというエリートの策略に従ったものだ。フィリピンでは、有権者はマルコスの冷静な統治スタイルに好感を抱いている。インドでは、モディの人気はその宗教的ナショナリストとしての魅力に起因しており、この要素がジョコウィと世界の主要民主政体国家で、最も人気のある指導者の座を争う一因となっている。

とは言うものの、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家たちが、西側諸国の政治家をはるかに凌ぐ支持率を維持する理由を説明するのに役立つ3つの要素がある。ジョー・バイデン米大統領は先日のスーパーボウルでTikTokデビューを果たした。しかし、アジアの政治家たちは長い間、このようなプラットフォームをキャンペーンの目玉としてきた。元陸軍大将のプラヴウォは、TikTokを利用して軍人としての硬派なイメージを和らげ、漫画のような童顔のおじいさんに扮したクリップを流した。モディの再選に向けた選挙運動は既に始まっており、これもまた非常に洗練されたデジタルキャンペーンを展開している。こうしたことはすべて、人口が若い国々では重要である。インドネシアの2億人の有権者の約半数は40歳以下であり、インドの有権者たちは更に若い。

経済運営に対する特徴的なアプローチは、1つ目の要素と関連する、2つ目の要素となる。多くの場合、これは政治家が無料で物品を配ることに関係している。プラヴウォの選挙運動では、学生に無料の給食と牛乳を提供すると公約した。2022年に勝利したマルコスの選挙運動は、米の価格上限設定の公約によって助けられた。モディの選挙での支持は、調理用コンロの配布やトイレの建設といった政策によって強化されてきた。

インド政府の最高経済顧問を務めたアルビンド・スブラマニアンは、これを「新しい福祉主義(new welfarism)」の一形態と表現している。政治家が、民間セクターが提供するはずの財やサービスを提供したり、補助金を出したりする。この戦略は、経済運営が混乱している場合には有権者の支持を得にくい。しかし、力強い成長と汚職がほとんどないと思われる指導者が組み合わされれば、有権者に広くアピールするレシピとなる。

3つ目の、そして最後の問題は安全保障である。西側諸国と同様、アジアの有権者も、地政学的リスクの高まりの中で、自分たちを取り巻く世界がより危険になりつつあることを感じている。その結果、有権者は国際的な信頼性を示す指導者に投票するようになっているようだ。ここでのアピールは、伝統的な「ストロングマン(strongman、暴力使用もいとわない実力者)」指導者ではなく、世界の舞台で自国の安全を守ることを正しく主張できる指導者である。フィリピンでは、南シナ海での一連の軍事衝突の後、中国に立ち向かうマルコスの姿勢に有権者は好意的に反応した。モディは昨年のG20サミットのホスト国としての役割を巧みに利用し、世界的な政治家としてのイメージを強調した。

特に経済的な後退に直面した場合、このような高騰した支持率がいつまでも維持できるという訳ではない。例えば、マルコスの支持率は2023年後半、インフレの高騰により多少低下したが、ある世論調査によれば、80%という高い支持率から、65%にまで低下した。人気のある政治家はアジアだけの現象ではない。メキシコでは、左派の現職大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが、6年の任期満了に近づいても常に60%以上の支持率を維持している。彼の後継者であるクラウディア・シャインバウムは、6月2日に行われる国政選挙を前に、対立候補を25ポイントの大差をつけてリードしている。

アジアの指導者の多くが人気を集めていることを認めることは、アジア諸国の民主政体の状態についての懸念を軽視することでもない。スウェーデンのイェーテボリ大学のVデム研究所の報告書によれば、インド、インドネシア、フィリピンはいずれも2022年までの10年間で独裁色を強めた。プラヴウォは軍事指導者として疑わしい記録を持っているため、人権侵害の疑いでアメリカへの入国を禁止されており、ジョコウィの息子を副大統領候補に据えるという裏取引と同様に、インドネシアの民主政体の軌道について多くの懸念を起こさせている。モディのヒンドゥー教ナショナリズム政策は、2億人のイスラム教徒人口をはじめとする、インドの少数民族から警戒の目を向けられている。

しかし、アジアの民主的な選挙で選ばれた政治家の人気は、少なくとも、世界の民主政体の健全性について、よりポジティヴなシグナルを示している。西側諸国では、いわゆる民主政治体制の後退に関する報道は、ポピュリズム、ナショナリズム、無謀な指導者によって空洞化した独裁といった悲惨な構図を描いている。しかし、現実は必ずしもそれほど厳しいものではない。プラヴウォが勝利したからといって、インドネシアの民主政治体制が崩壊する訳ではない。マニラでマルコス王朝が復活したからといって、一族がかつて率いていた独裁体制に戻るわけではない。

もちろん、アジアの民主的な選挙で選ばれた指導者たちが完璧であるとは言えない。しかし、有権者は彼らのパフォーマンスに満足している。そして、民主政体が本当に世界中で維持されるのであれば、民主的に選ばれた、人気のある政治家たちを政府の指導的な立場に据えることは、良いスタートになるだろう

※ジェイムズ・クラブトゥリー:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。アジア国際戦略研究所元上級部長。著書に『億万長者による支配:インドの新しい黄金時代を通じての旅路(The Billionaire Raj: A Journey Through India’s New Gilded Age)』がある。ツイッターアカウント:@jamescrabtree

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(終わり)
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行いたしました。前半はアメリカ政治、後半は世界政治の分析となっています。2024年にアメリカはどうなるか、世界はどうなるかを考える際の手引きになります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 今回は地政学の大きな流れをまとめた優れた論稿をご紹介する。著者のハル・ブランズはジョンズ・ホプキンズ大学教授で、『フォーリン・ポリシー』誌や『フォーリン・アフェアーズ』誌に多くの論稿を発表し、著書『デンジャー・ゾーン 迫る中国との衝突』(飛鳥新社)もある。ハルフォード・マッキンダー、アルフレッド・セイヤー・マハン、ニコラス・スパイクマン、カール・ハウスホーファーといった、地政学の大立者の思想を簡潔にまとめている。また、現代にまで引き付けて、分析を加えている。

 地政学の有名な理論としては、「ランドパワー・シーパワー」「ハートランド・リムランド」「生存権(レーベンスラウム)」といったものがあるが、簡潔に述べるならば、「イギリス、後にはアメリカが、世界を支配するためには、ユーラシア大陸から有力な挑戦者が出てこないようにする」ということである。地政学がドイツに渡れば、「ドイツが生き残るためには拡大していかねばならない」ということになった。
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 現在に引き付けて考えてみると、「ロシアと中国を抑え込むために、アメリカは、ヨーロッパ(とイギリス)、日本を使う」ということであり、「インド太平洋」という概念を用いるということになる。これは逆を返して考えれば「ユーラシアでロシアと中国が団結して強固な結びつきで一大勢力となって、アメリカやイギリス、日本を“辺境化”する」ということになる。今、私たちは世界の中心がアメリカやイギリスであると考えるが、ユーラシアに世界の中心が移れば、アメリカもイギリスも世界の外れということになる。世界は大きな構造変化を起こしつつある。これからはユーラシア大陸の時代ということになるだろう。

 世界を大きく、俯瞰で見るために地政学は有効である。地政学的な素養は学者だけではなく、多くの人々にとっても必要である。現在の世界を説明するために、そして、新たな状況の出現を予測したり、考えたりすることは有意義なことだ。そして、新たな時代には新が地政学の思想が出てくることだろう。それが今から楽しみだ。

(貼り付けはじめ)

地政学は期待と危機の両方をもたらす(The Field of Geopolitics Offers Both Promise and Peril

-世界で最も悲惨な学問(science)は、ユーラシア大陸を非自由主義や略奪にとって安全なものにするかもしれないし、そうした力から守るかもしれない。

ハル・ブランズ筆

2023年12月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/12/28/geopolitics-strategy-eurasia-autocracies-democracies-china-russia-us-putin-xi/

アレクサンドル・ドゥーギン(Aleksandr Dugin、1962年-、62歳)はちょっとした狂人だ。このロシアの知識人は2022年、ドゥーギン自身を狙ったと思われる、ウクライナの工作員が仕掛けたモスクワの自動車爆弾テロで、彼の娘が殺害され、西側で大きな話題となった。ドゥーギンが標的にされたのは、ウクライナでの大量虐殺を伴う征服戦争(genocidal war of conquest in Ukraine)を何年も前から堂々と提唱していたからだろう。「殺せ! 殺せ! 殺せ!」。2014年、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が初めてウクライナに侵攻した後、彼はこう叫んだ。更に、「これは教授としての私の意見だ」と述べた。娘の葬儀でも、ドゥーギンはメッセージに忠実だった。幼児だった娘の最初の言葉の中に、「私たちの帝国(our empire)」という言葉があったと彼は主張した。

本当かどうかは別として、このコメントはプーティン大統領の外交政策を形作る熱狂的なナショナリズムを知る窓となった。それはまた、よく誤解されている伝統である、地政学(geopolitics)への窓でもある。単に力の政治(power politics)の同義語として使われることも多い地政学は、実際には19世紀後半から20世紀初頭にかけて現れた、国際関係に対する独特の知的アプローチであり、その洞察(insights)と倒錯(perversions)が現代を深く形作ってきた。

ドゥーギンは1990年代、アメリカに対抗するためにユーラシア帝国を再建することで、落ちぶれた(down-and-out)ロシアがその偉大さを取り戻すことができると主張し、一躍有名になった。これは、1904年にイギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダー(Halford John Mackinder、1861-1947年、86歳で没)が提唱した「これからの時代はユーラシアに依拠する侵略者とオフショアのバランサーとの衝突(clashes between Eurasian aggressors and offshore balancers)によって定義される」という論文の奇妙な世界への応用であった。マッキンダーの論文は、地政学という学問分野の確立に貢献した。ドゥーギンの暴言やプーティンの犯罪が示すように、地政学は今日でも知識人や指導者に影響を与えている。

地政学は、地理学が、テクノロジーと相互作用するかを研究する学問であり、グローバルパワーをめぐる絶え間ない争いに関して研究する学問である。地政学が注目されるようになったのは、ユーラシア大陸という中心的な舞台を支配することで、現代世界を支配しようとする巨人同士の衝突の時代が始まってからだ。そして、冷戦後の時代に地政学が時代遅れのものに思えたとしても、酷い戦略的対立関係が再登場している今、その重要性は急劇に高まっている。しかし、20世紀の歴史と現代の戦略的要請を理解するには、地政学の伝統は1つではなく、2つあることを理解する必要がある。

マッキンダーと彼の知的継承者たちに代表される、地政学の民主的な伝統が存在する。これは恐ろしいが悪とは​​言い難い。それは、猛烈な無政府状態の世界で自由主義社会がどのように繁栄できるかを理解することを目的としているからだ。そして、ドゥーギンに象徴される独裁的な地政学学派があり、それはしばしば純粋かつ単純な毒である。この独裁学派地政学はプーティン大統領と中国の習近平国家主席の政策によく表れている。民主諸国家の政策立案者たちが新たな時代を形作るには、自らの地政学の伝統を再発見する必要がある。

経済学が陰鬱な学問だとすると、地政学はそれほど明るい科学ではない。地政学は1890年代から1900年代にかけて出現した。この時代は、帝国間の競争が激化し、交通と通信の革命により世界が1つの戦場となり、戦略家たちが危険で相互につながりのある世界で生き残るための絶対条件を見極めようとしていた時代だった。地政学の研究は常に、世界中の自由の運命の中心となりつつある超大陸であるユーラシアに特別な焦点を当ててきた。

マッキンダーが論文「歴史の地理的軸(The Geographical Pivot of History)」で説明しているように、テクノロジーはユーラシア大陸の地理を紛争の温室(hothouse of conflict)にしてきた。鉄道の普及は軍隊の移動時間を大幅に短縮し、野心的な国家、特に急速に近代化する独裁国家が陸地の端から端まで覇権を求める時代を予見していた。それらの国家が資源豊富な超大陸を征服した後は、比類なき海軍の建設に目を向けることになる。

マッキンダーの厳しい予測は、大陸の諸大国がユーラシア大陸を支配することを目指し、やがて世界を支配するというものだった。マッキンダーは、やがてロシアが世界を支配すると懸念していた。マッキンダーの言う、リベラルな超大国は、ユーラシア大陸の分断を維持することで、この世界的専制主義(global despotism)を阻止しなければならない。マッキンダーにとって、そのリベラルな超大国はイギリスだった。イギリスは、陸と海で覇権を狙う国々をけん制しながら、その周辺では、危険に晒されている「橋頭堡(bridge heads)」を保持しなければならないとマッキンダーは考えた。

アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan、1840-1914年、74歳で没)は、アメリカに出現したマッキンダーの分身のような存在であった。シーパワー(sea power)の伝道師であるマハンは、中米地峡に運河を建設し、戦艦軍団を編成し、難攻不落の海洋強国を築き上げるようアメリカに働きかけ、知的キャリアを積んだ。しかし、マッキンダーのように、マハンも超大陸を神経質に見つめていた。彼は次のように見ていた。蒸気の時代(age of steam)には、ユーラシア大陸の統合は海を隔てた国々を脅かすかもしれない。もしかしたら、ロシア皇帝が中東や南アジアを突破して、より温暖な海域とより広い地平線を目指すかもしれない。あるいは、日本やドイツが自国内の支配を確立した後、海を越えてさらに遠くを見据えるかもしれない。

マッキンダーが卓越した陸の力が卓越した海の力につながると考えたとすると、マハンはユーラシア大陸内の危険をコントロールするには、その周辺の海域を支配する必要があると考えた。そこでマハンは、米英の海洋同盟(maritime alliance between the United States and Britain)に狙いを定め、2つの海洋民主政治体制国家が海を取り締まり、それぞれの自由の伝統にふさわしい世界システムを維持することを目指した。マハンは1897年、「英語を話す民族の心情の統一(unity of heart among the English-speaking races)」こそが、「この先の疑わしい時代における人類の最良の希望となる(lies the best hope of humanity in the doubtful days ahead)」と書いている。

地政学の闘技場で重要な3人目の人物は、第二次世界大戦の世界的混乱の中で頭角を現したオランダ系アメリカ人の戦略家であるニコラス・スパイクマン(Nicholas J. Spykman、1893-1943年、49歳で没)だ。スパイクマンはマッキンダーの主張や考えを次のように改造した。最も鋭い挑戦は、荒涼としたロシアの「ハートランド(heartland)」ではなく、ユーラシア大陸に深く切り込みながら、隣接する海を越えて攻撃することができるダイナミックで工業化された、「リムランド(rimland)」の国々、すなわちドイツと日本だ。鉄道がマッキンダーを魅了し、戦艦がマハンを夢中にさせたとすれば、スパイクマンを悩ませたのは爆撃機(bomber)であった。ひとたび全体主義国家がヨーロッパとアジアを制圧すれば、彼らの長距離航空戦力(long-range airpower)が新世界(西半球)の海洋進入路を支配し、その一方で封鎖と政治戦争がアメリカを弱体化させ、殺戮に向かうとスパイクマンは考えた。ユーラシア大陸内のパワーバランスを冷酷に調整することによってのみ、ワシントンは致命的となりかねない孤立を避けることができると主張した。

現在、これらの思想家たちを分析することは憂鬱であり、逆行的でさえある。マハンは誇らしげに自らを「帝国主義者(imperialist)」と呼び、マッキンダーは中国に「黄禍(yellow peril)」のレッテルを貼った。地政学が拠り所とする二重の決定論(dual determinism)、すなわち地理が世界の相互作用を強力に形成し、世界は過酷で容赦のない場所であるということを、全員が受け入れていた。スパイクマンは1942年に「国家が生き残れるのは、絶えずパワーポリティックスに献身することによってのみである」と書いている。

それは正しくなかった。マッキンダー、マハン、そしてスパイクマンは、新しいテクノロジーと、より凶暴な暴政の夜明けによって、より恐ろしくなった世界規模での対立の時代を乗り切ろうとしていた。マハンが言うところの「個人の自由と権利(the freedom and rights of the individual)」を尊重する民主的な社会が、「個人の国家への従属(the subordination of the individual to the state)」を実践する社会からの挑戦を生き残ることができるかどうか、3人とも最終的にはそれを懸念していた。つまり3人とも、どのような戦略、マッキンダーの言葉を借りれば「権力の組み合わせ(combinations of power)」が、許容可能な世界秩序を支え、ユーラシア大陸の統合が新たな暗黒時代の到来を告げるのを防ぐことができるかを見極めようとしていた。

この民主学派地政学(democratic school of geopolitics)は、非自由主義的な諸大国によって運営される超大陸を、避けるべき悪夢とみなした。権威主義学派地政学(authoritarian school)は、それを実現すべき夢と考えた。

自由主義の伝統に彩られた地政学が英米の創造物であるとすれば、より厳しく独裁的な倫理観を持つ地政学はヨーロッパ大陸で生まれたものだ。後者の伝統は、19世紀後半にスウェーデンの学者ルドルフ・チェーレン(Rudolf Kjellen、1864-1922年、58歳で没)とドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel、1844-1904年、59歳で没)が始まりである。これらの思想家たちは、ヨーロッパの窮屈で熾烈な地理学の産物であり、当時の最も有害なアイデアのいくつかを生み出した。

チェーレンとラッツェルは社会ダーウィニズム(social Darwinism)の影響を受けていた。彼らは、国家を拡大しなければ滅びる生命体とみなし、国民性を人種的な用語で定義した。彼らの一派は、1901年にラッツェルが作り出した「生存圏(Lebensraum)」、生活空間(living space)の探求を優先した。この伝統は、大陸の征服と開拓に成功したアメリカからインスピレーションを得ることもあったが、帝国ドイツのように、拡張主義的なヴィジョンと非自由主義的、軍国主義的な価値観が両立していた国々で最も開花した。そしてその後の数十年の歴史が示すように、この反動的でゼロサムの傾向を持つ地政学は、前例のない侵略と残虐行為の青写真(blueprint)となった。

このアプローチの典型は、カール・ハウスホーファー(Karl Haushofer、1869-1946年、76歳で没)である。彼は第一次世界大戦時には砲兵司令官を務め、1918年の敗戦後、ドイツ復活(German resurrection)の大義を掲げた。ハウスホーファーにとって、地政学は拡大と同義だった。第一次世界大戦後、ドイツは連合国によって切り刻まれた。ドイツが取るべき唯一の対応は、「現在の生活空間の狭さから世界の自由へと爆発することだ(out of the narrowness of her present living space into the freedom of the world)」と彼は書いている。ドイツは、ヨーロッパとアフリカにまたがる資源豊富な自国の帝国を主張しなければならない。抑圧され、持たざる国、すなわち日本とソヴィエト連邦が、ユーラシア大陸と太平洋の他の地域でも同様のことをすると、彼は信じていた。

ハウストホーファーが「汎地域(pan-regions)」と呼ぶものを統合することによってのみ、修正主義諸国は敵に打ち勝つことができた。また、協力することによってのみ、敵、すなわちイギリスによる分割統治(divide-and-conquer)を阻止することができた。この地政学の目標は、独裁的な軸によって支配されるユーラシアであった。マッキンダーが警告していたことを、ハウシュホーファーは彼の著作から惜しみなく借用し、実現する決意を固めた。

騒乱や殺人なしにこれが達成できるという気取りはなかった。ハウスホーファーは「世界は、政治的な整理整頓(political clearing up)、権力の再分配を必要としていた。小国はもはや存在する権利がない」と書いている。ハウストホーファーは、1930年代後半から1940年代初頭にかけてドイツが行った「生存圏」の獲得という殺人行為を支持することになった。

ハウスホーファーは、アドルフ・ヒトラーが1920年代に収監されている間、アドルフ・ヒトラーの相談役を務めていた。ヨーロッパのライヴァルを排除することの重要性、東方における資源と空間の必要性など、ヒトラーの『我が闘争(Mein Kampf)』の中心的主張は、純粋なハウスホーファーの主張であったと歴史家のホルガー・ヘルヴィッヒは書いた。ヒトラーが英米のシーパワーへの回答として提唱した広大なユーラシア陸軍帝国も、同様にハウスホーファーの思想に影響を受けたものだった。歴史上最も大胆な土地強奪は、ヒトラーの誇大妄想(megalomania)、病的な人種差別主義、権力への壮大な渇望に起因する。それはまた、悪の地政学(geopolitics of evil)に支えられていた。

国家と国家の衝突は思想の衝突である。20世紀を解釈する1つの方法は、民主学派地政学が独裁主義的な地政学を打ち負かしたということである。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして冷戦において、根本的に修正主義的な諸国家(radically revisionist states)は、ハウストホーファーの脚本をそのまま実行に移した。ドイツ、日本、ソヴィエト連邦はユーラシア大陸の広大な土地を占領し、近隣の海と争った。支配地域は、時には殺人的な残虐性をもって統治された。しかし、リベラルな超大国が指揮を執り、民主国家が持つ最高の地政学的洞察に導かれた世界連合によって、彼らは最終的に敗北した。

マッキンダーによれば、これらのオフショア(ユーラシア大陸から離れた)諸大国(offshore powers)は、ユーラシア大陸の捕食者たちが超大陸を蹂躙し、彼らの注意が完全に海洋に向くのを防ぐために、陸上に同盟諸国を育成した。マハンが予見したように、米英は大西洋を支配し、ワシントンの圧倒的なパワーを発揮させるために同盟を結んだ。そして、スパイクマンが推奨したように、アメリカは大西洋と太平洋にまたがる同盟関係を構築し、かつての同盟国であったソ連を封じ込めるために、日本とドイツという改心した敵を利用することで、ユーラシア大陸の分断を維持することに最終的に関与することになる。

実際、こうした闘いでは道徳的な妥協が繰り返された。西側民主政体諸国は、第二次世界大戦ではソ連の指導者ヨシフ・スターリンと、冷戦後期では中国の指導者毛沢東と悪魔の取引(devil’s bargains)をした。彼らは、封鎖、爆撃、クーデター、秘密介入といった戦術を用いたが、それはより高い善への貢献によってのみ正当化できるものだった。スパイクマンは、「全ての文明的生活は、最終的にはパワーにかかっている。と書いている。民主政体諸国は、世界最悪の侵略者が最も重要な地域を支配するのを防ぐために、冷酷にパワーを行使した。

1991年のソヴィエト連邦の戦略的敗北と解体によって頂点に達したこれらの勝利の報酬は、繁栄する自由主義秩序と、グローバル化と民主化によって地政学が時代遅れになったという感覚であった。しかし残念なことに、世界は今、独裁的な挑戦者たちが古い地政学的思想を武器とする、新たな対立の時代に突入している。

プーティンの新帝国主義プログラム(neoimperial program)について考えてみよう。1990年代から、ドゥーギンは、ロシアは覇権主義的な「大西洋主義者」連合(“Atlanticist” coalition)によって存在を脅かされていると主張し、ロシアの安全保障エリートたちの間でその名を知られるようになった。ハウホーファーと同様、ドゥーギンはマッキンダーを逆転させることで活路を見出した。ドゥーギンは2012年に、モスクワにとっての最良の戦略は「私たち自身の手でロシアのために偉大な大陸ユーラシアの未来を作ることだ(great-continental Eurasian future for Russia with our own hands)」と書いている。旧ソ連の諸共和国を取り戻し、不満を抱く他の国々と結びつきを強めることで、ロシアはユーラシア修正主義者のブロック(bloc of Eurasian revisionists)を構築することができる。「ロシアの核心地域(The heartland of Russia)」は「新たな反ブルジョア、反米革命の舞台(“staging area of a new anti-bourgeois, anti-American revolution)」だとドゥーギンは1997年に書いた。西側諸国ではプーティンとドゥーギンの結びつきはしばしば誇張されてきたが、後者の著作は前者が何をしたかを知る上で悪くない指針となる。

プーティンのロシアは、その支配から逃れようとした近隣諸国(グルジアとウクライナ)の領土を分割し、一方で毒殺、戦略的腐敗、その他の戦術を駆使して他のポスト・ソヴィエト諸国を従属させ、隷属させてきた。西側諸国の政治的不安定を煽り(これもドゥーギンが提唱した共同体を崩壊させる戦術である)、その一方で、プーティンの言葉を借りれば、「現代世界の両極の1つ(one of the poles of the modern world)」として機能しうるユーラシアの制度を構築しようとしている。その一方で、プーティンはユーラシアを独裁的で反米的な大国の要塞とすることを目指して、中国やイランと擬似的な同盟関係を結んでいる。プーティンはまたもやドゥーギンの言葉を引用し、ロシアは「リスボンからウラジオストクまで」広がる「共通地帯(common zone)」を作らなければならないと述べている。プーティンはまた「ユーラシア超大陸は、ロシアが守るべき“伝統的価値”の避難所(a haven for the “traditional values”)であり、ロシアが利用すべき“大いなる機会”の源泉(a source of “tremendous opportunities”)である」と述べた。

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻は、広々としたユーラシア大陸の中心地とダイナミックなヨーロッパ大陸の縁を結ぶウクライナを征服することで、この計画を加速させることを意図していた。ここでプーティンは、ドゥーギンが規定した血なまぐさい倫理観をもって、ロシアの「偉大な大陸ユーラシアの未来(great-continental Eurasian future)」を追求した。拷問、強姦、殺人、去勢、大量拉致、ウクライナの民族的アイデンティティを抹殺する組織的な努力は、専制的な政権の残虐性を帯びたユーラシア拡張の地政学の再来を示している。

中国の国家運営もまた、おなじみの弧を描いている。第二次世界大戦以来最大の海軍増強を行うことで、北京は台湾を奪取し、スパイクマンが西太平洋の「限界海域(marginal seas)」と呼ぶ重要な海域を支配する力を身につけようとしている。この目標を達成すれば、中国はユーラシア大陸で最も活気のある地域の覇者となる。また、世界中に基地を持つブルーウォーター・ネイヴィー(外洋海軍)への投資を自由に行うことで、習近平の言葉を借りれば「海洋大国(great maritime power)」となる。マハンが生きていれば、きっとこの中国の動きに注目していたことだろう。

マッキンダーの思想を応用した考えが中国の戦略にも反映されている。習近平の「一帯一路(the Belt and Road)」構想は、それに続くいくつかのプログラムと同様、東南アジアから南ヨーロッパ、そしてそれより遠方の国々を、経済的、技術的、外交的、そしておそらくは軍事的な影響力で包み込むことを意図している。これがうまくいけば、中国は中国中心の超大陸の周縁部(periphery of a Sino-centric supercontinent)にしがみつこうとしているヨーロッパに対して、圧倒的な地位を占めることになり、おそらくは北京が管理するシステムの中で、アメリカを二流の地位に追いやることさえできるだろう。学者ダニエル・S・マーキーは著書『中国の西方水平線』の中で、「ユーラシア大陸の資源、市場、港湾へのアクセスは、中国を東アジアの大国から世界の超大国へと変貌させる可能性がある」と書いている。習近平の中国は、人民解放軍の劉亜州上将が2004年に提言したように、「世界の中心を掌握する(seize for the center of the world)」ことを決意した。

しかし、中国の国家運営がマハンとマッキンダーの見識を採用しているとすれば、その意味するところは独裁的な伝統に沿ったものということになる。中国の外交官たつは、台湾が中国と統一された後に台湾の住民を「再教育(reeducate)」することを約束しているが、この脅しは20世紀最悪の犯罪の記憶を呼び起こさせる。中国が支配するユーラシア大陸は、ハウスホーファーが誇りに思うような権威主義的な汎地域となるだろう。北京とモスクワは、時には上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)を通じて協力し、中央アジアにおける潜在的なカラー革命(color revolutions)を阻止し、国境を越えて逃亡する反体制派を追い詰めてきた。その一方で、専制政治の近代化は北京の積極的な援助によって続けられている。「中国のデジタル・シルクロード(China’s Digital Silk Road)」は、最先端の監視装置を装備することで、非自由主義的な政府を強化している。

膨張と抑圧がどのように相互作用しているかを示す最も明確な例は、中国国内において見られる。習近平政権は新疆ウイグル自治区を、ウイグル族を強制収容所に押し込め、容赦ないデジタル弾圧を実施することで、人道上のホラーショーと化している。北京は「独裁の器官(organs of dictatorship)」を駆使し、「絶対に容赦しない(absolutely no mercy)」と習近平は2014年に指示した。この政策の根拠は地政学にある。新疆ウイグル自治区は、中国のユーラシア大陸への重要な輸送ルートの上に位置しているため、「新疆ウイグル自治区は特別な戦略的意義を持つ(Xinjiang work possesses a position of special strategic significance)」と習近平は述べている。それは、中国の力によって残虐行為が拡散することを予感させるものだ。

ハウホーファーの後継者たちは、非自由主義と略奪にとって安全なユーラシアを求めている。民主世界はその試練に応えるため、自らの地政学的系譜を復活させる必要がある。

ワシントンは今、マハンが夢見たような艦隊のような戦艦を必要としているわけではない。

技術革新は、その本質ではないにせよ、ライヴァル関係のリズムを変化させる。今日の競争は、新しい能力と新しい戦争領域を特徴としており、かつてないほど長距離の敵を攻撃することが容易になっている。しかし、いくつかの現実は変わらない。グローバル秩序を安定させるには、その中心にある悪意ある覇権主義(hegemony)を回避する必要がある。民主学派地政学は、このように常に変化しながらも、私たちが考えているほど斬新ではない世界をナビゲートするための心象地図(mental map)と一連の原則を提供している。

第一に、地政学とリベラルな価値観は相反するものではない。後者を守るには前者をマスターすることが不可欠だ。自由主義世界は理性、道徳、進歩を称賛するが、地政学的伝統は闘争と争いを強調する。しかし、西側の自由主義秩序の前提条件は、二度の世界大戦と冷戦において、自由の最も恐ろしい敵を打ち砕くか封じ込める力の組み合わせを生み出すことであった。世界が、ほんの数年前に出現した、破滅的な戦争や独裁的な優勢から安全ではなくなっていることを考えると、リベラルな価値観の隆盛には、パワーポリティックスにおいて地政学をスムーズに応用できる能力を国家が持つことが再び必要となるだろう。

地政学を学ぶ者なら、2つ目の洞察も理解できるだろう。スパイクマンは、ユーラシア大陸が枢軸諸国(the Axis)に制圧されそうになっていた1940年代初頭に、彼の代表的な著作を執筆した。リベラル勢力がどん底状態に陥ったことが、ユーラシア大陸の均衡が新たに崩れないようにすることで、次の戦争を防ぐ戦略を求めるスパイクマンの主張につながった。

スパイクマンが着想した戦略の歴史的成果のおかげで、西側諸国は、プーティンがウクライナに強硬に攻撃しないように、重要な援助を提供することで、東ヨーロッパの奥深くでロシアと均衡を保つことができるようになった。ワシントンとその同盟諸国は、中部太平洋ではなく台湾海峡で北京の力を牽制することができる。このような立場を維持するための軍事的・外交的要求は重いが、修正主義者たちが勢いづいた後に、より弱い立場からバランスを取ることに比べれば、その要求が少ないことは確かである。

ポジションを維持するためには、第3の原則を守る必要がある。それは、地政学とは同盟政治(alliance politics)であり、ユーラシア大陸の覇権をめぐる戦いは、同盟の構築と破棄の競争ということだ。スパイクマン、マッキンダー、マハンが把握していたように、海外の大国は、たとえ超大国であっても、最前線の同盟国の助けがあって初めてユーラシア大陸の情勢を調整することができる。逆に、覇権国家を目指す国は、海外からの支援を阻止し、隣国を孤立させることによってのみ、隣国を制圧することができる。

したがって、ユーラシア大陸のバランスは、アメリカが旧世界の周辺地域に介入するために必要な主権的、軍事的優位性を維持できるかどうかにかかっている。しかし、たとえ強制、賄賂、選挙妨害、その他の介入戦術を用いる敵対者に対して、遠く離れた大陸にアクセスし、影響力を与え、追加の能力を与える同盟と安全保障ネットワークをワシントンが適応させて強化すればそれは問題ではない。それらの同盟は全く別のもとして考える必要がある。

マッキンダーが思い起こさせるように、パートナーのタイプや場所も重要である。中国との戦いは主に海洋問題である。しかし、これは4つ目の教訓であるが、ランドパワーとシーパワーは、たとえその相対的なメリットが際限なく議論されるとしても、互いに補完し合うものである。ワシントンが太平洋で孤立無援の敵に直面することを望むならば、ヴェトナムや特にインドなど、中国の脆弱な陸上国境に沿ってディレンマを生み出すような友好諸国の存在が必要になる。

ヴェトナムもインドも理想的なパートナーではないが、これは第5の原則を強調している。アメリカにとって戦略とは、民主的な団結と卑劣な妥協を融合させる技術である(art of blending democratic solidarity with sordid compromises)。ユーラシア大陸の大西洋と太平洋の縁に広がる自由民主諸国は、ワシントンの連合の中核である。しかし、バランスを維持するには、常に非自由主義的なアクターたちと非自由主義的な行為が関与してきた。

この世代の修正主義者たちを封じ込めるには、シンガポールからサウジアラビア、トルコに至るまで、友好的な、あるいは単に二律背反的な権威主義者の弧に対峙する必要がある。ライヴァル関係の激化によって、ワシントンが秘密裏の謀略、経済的妨害工作、代理戦争に手を染めることになっても、ショックを受ける必要はない。覇権をめぐる争いは、比較的立派な民主国家に醜いことをさせるものである。

しかし、第6の教訓を忘れてはならない。ユーラシアの争いは一次元的なものでも、単地域的なものでもない。マハン、マッキンダー、そしてスパイクマンはみな、ユーラシア大陸を巨大で相互に結びついた舞台と見なしていた。最近では、アメリカにとって本当に重要なのは台湾だけであり、軍事力だけが真に重要なパワーの一種であるという、より還元主義的な見方(reductionist view)をする分析者たちもいる。西太平洋で中国に敗戦した場合の結果は、確かに画期的なものとなるだろう。しかし、自由世界が直面している問題はそれだけではない。

今日のウクライナにおける仮定の話ではない戦争の結果は、バルト海から中央アジアまでの戦略的バランスを形成し、ユーラシアの独裁国家とそれに対抗する自由民主政体国家との間の優位のバランスを形成する。だからこそ、ウクライナを切り離せという声は、ワシントンの最も脆弱な西太平洋の同盟諸国からはほとんど聞こえてこないのだ。

更に言えば、マッキンダーが1904年の論文で書いたように、中国は対外的にも対内的にも拡大することができる。ユーラシア大陸に進出すれば、「偉大な大陸の資源に海洋の出入り口を加える(add an oceanic frontage to the resources of the great continent)」ことができる。また、スパイクマンが付け加えるように、政治戦争(貿易、技術、その他の非軍事的手段の利用)は、戦争そのものと同様に敵を軟化させることができる。つまり、これらの思想家たちは、北京の経済的・技術的影響力を封じ込めることは、その軍事力を牽制するのと同じくらい重要であり、ワシントンがユーラシア大陸の一部分に焦点を当て、他の地域を排除するような単純なことはできないということを理解している。

その多くは、将来に対する厳しい見通しを示している。しかし、民主学派地政学が冷徹なパワーに関する計算の専門知識を必要とするのであれば、それだけに限定することはできない。最後の洞察は、世界的な危機は創造の機会であるということだ。

20世紀において、ユーラシア大陸における挑戦諸国の活動は、世界の民主国家に前例のない協力を呼び起こした。ユーラシアの挑戦諸国の活動は、世界の民主国家にかつてない協調を呼び起こし、侵略の計画を退けるとともに、世界の多くの地域にかつてない繁栄と幸福をもたらした自由主義秩序の基礎を築いた。現在の対立関係の中で成功する連合とは、20世紀の時と同様に、地球規模のグループが、かつてないほど軍事的、経済的、技術的、外交的に団結して、この時代の最も差し迫った課題に対処するものである。マッキンダーは、「反感を買う個性(A repellent personality)」には「敵を団結させる(uniting his enemies)」という美点があると書いた。民主学派地政学の目標は、今日また新たな時代の創造を可能にする安全保障を提供することであるべきだ。

ハル・ブランズ:ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ記念高等国際関係大学院(SAIS)ヘンリー・A・キッシンジャー記念特別教授、アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員。ツイッターアカウント:@HalBrands
(貼り付け終わり)

(終わり)
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