古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 世界政治

 古村治彦です。

 

 今回は、ヘンリー・キッシンジャーによる北朝鮮問題の分析記事をご紹介します。北朝鮮は金正恩委員長の指導の下、ICBMを開発し、アメリカの領土を射程に捉えたという報道がなされています。ICBMは第二次世界大戦中にドイツが開発したV(報復)1ロケット(イギリス国内を攻撃した)がその原型と言われています。世界大戦から72年も経過し、その当時、最先端技術であった原子爆弾も長距離攻撃ミサイルも作ろうと思えばどの国でも作ることが可能なものとなりました。

 

 北朝鮮はアメリカとの交渉を求めています。6か国協議という枠組みはありますが、北朝鮮は多国間協議の枠組みには何も決める力がないのだから、アメリカとの直接交渉しかないと考えています。韓国や日本、ロシアや中国を無視している状況です。一方、アメリカはトランプ大統領が激しい言葉遣いをしていますが、ティラーソン国務長官は交渉最優先という立場を取っています。

 

 北朝鮮とアメリカは両国ともに交渉を求めていますが、北朝鮮はアメリカとの直接交渉、アメリカは中国に北朝鮮への対応を求めつつ交渉は6か国協議で、とそれぞれ異なる主張を行っています。

 

 ヘンリー・キッシンジャーがトランプ政権の外交指南役であることはすでにこのブログでも数度にわたってご紹介しました。キッシンジャーの考えはトランプ政権の外交に反映されるのですから、彼の考えを知っておくことは重要です。

 

キッシンジャーは北朝鮮の「非核化(denuclearization)」を目的としています。そのためには武力行使という選択肢を完全に排除しないとしながらも、交渉を優先するという立場を取っています。そして、キッシンジャーは北朝鮮の体制転換を求めず、核兵器を放棄した場合に、その機に乗じて北朝鮮を攻撃しないということを国際社会が約束することを条件にすべきだと述べています。

 

キッシンジャーは中国の存在と思惑を考慮しながら、アメリカと中国が衝突することなく、非核化(北朝鮮だけでなくアジア地域全体)という共通の目的を達成すべきだとしています。

 

私は北朝鮮という国家は、力の空白の中に存在する稀有な国であると考えています。野球で打球が野手の間に落ちてしまうということがありますが、野手の一人が無理をすれば打球をキャッチできるのに、誰も怖くて無理をしないために結局キャッチできない、ということになります。北朝鮮はまさにこのような打球であると考えます。

 

北朝鮮が存在することで、中国はアメリカと直接陸上で対峙しなくて済むという状況にあります。ロシアも同様です。長年中国の圧力を受けるという歴史を経験してきた朝鮮半島の国家である韓国からすれば、逆のことが言えます。そうした中で、どの国も「北朝鮮は存続して欲しいが、核兵器は持ってほしくない」と考えることになります。

 

私は最近、韓国の大学教員の方と話をしました。北朝鮮について質問すると、「韓国と北朝鮮は、言葉は同じだが、全く異質の国同士となってしまった。これを急に統一することはかえって危険である。韓国には急激な統一に耐えられるほどの経済力もない。また、国民の中にも北朝鮮と統一したいと考える人はそう多くない」と答えました。

 

私の中には、朝鮮半島の分断状態は良くないことなので出来るだけ早く統一すべきだという考えが前提にありましたが、「二国共存状態(two-state solution)」ということも考慮しなければならないのだと考えを改めました。

 

北朝鮮としてはアメリカに対して、体制保障と不可侵を求めています。そのための交渉のカードとして核兵器やICBMを開発しています。朝鮮半島問題について考える場合に、「朝鮮半島は統一されるべきだ、それも韓国に吸収される形でというのが望ましいし、それ以外は無理だ」という考えが前提となりますが、統一ではなく、まずは二国共存で、北朝鮮をより開放された、中国のような国にすると考えると選択肢が広がり、短期的には危機が回避されるではないかと思います。

 

(貼りつけはじめ)

 

「北朝鮮危機をどのように解決するか」

―アメリカ政府と中国政府との間の理解が不可欠の前提条件である。日本政府と韓国政府もまた重要な役割を果たすことになる

 

ヘンリー・A・キッシンジャー筆

『ウォールストリート・ジャーナル』紙

2017年8月11日

https://www.wsj.com/articles/how-to-resolve-the-north-korea-crisis-1502489292

 

30年以上にわたり、国際社会は北朝鮮の核開発プログラムに対して、非難と有罪判決宣告の引き伸ばしという矛盾した対応を取ってきた。

 

北朝鮮政府の無謀な行為は強く非難されている。核兵器開発に向けた動きは受け入れられないという警告が国際社会から発せられている。しかし、北朝鮮の核開発プログラムは加速される一方だ。

 

2017年8月5日に国連安全保障理事会によって北朝鮮に対する制裁決議が満場一致で可決された。これは大きな前進を意味する。もっとも、合意されるべき決議はまだ議論されたままで残っている。しかし、大きな一歩は踏み出された。

 

しかし、北朝鮮は大陸間弾道ミサイルの発射実験を成功させた。これによって、更なるごまかしを行う余地が失われることになった。

 

金正恩が中国とアメリカによる反対と国連安保理の満場一致の制裁決議があるにもかかわらずに核開発プログラムを推進するならば、重要なプレイヤーである諸大国間の地政学的な関係を変化させることになるだろう。

 

国際社会が困惑している間に北朝鮮が全面的な核攻撃能力の開発を完成させてしまったら、アジア地域、特にアメリカの同盟国である日本と韓国におけるアメリカの核の傘の信頼性を一気に失わせるという深刻な事態を招来することになるだろう。

 

北朝鮮は長年にわたり核開発を行ってきた。そして、北朝鮮による核の脅威がアメリカの領土に到達するということになり、北朝鮮の核兵器が存在することによる無秩序が生み出される可能性も出てきている。北朝鮮が実用に耐えるICBMを持つには、弾頭の小型化、ミサイルへの弾頭の設置、複数のICBMの製造が必要であり、これにはしばらく時間がかかる。

 

しかし、アジア諸国は、北朝鮮が既に開発している短距離、中距離のミサイルによる攻撃という脅威に直面している。

 

この脅威が増していくと、ヴェトナム、韓国、そして日本といった国々において自国の防衛のために核兵器を開発するという動機が急速に大きくなっていくだろう。これは、アジア地域や世界全体にとって良くない転換点ということになる。

 

北朝鮮が既に開発した核技術から後退させることは、更なる開発を防ぐことと同じく重要になる。

 

アメリカ単独、もしくは複数の国による対北朝鮮外交はこれまで成功していない。それは主要諸国の目的を一本化させることができないためだ。特に中国とアメリカとの間で北朝鮮の核兵器開発を実際にどのように阻止するかという点で合意が形成されていないためだ。

 

アメリカは北朝鮮に対して核開発プログラムを終了することも求めている。しかし、アメリカからの要求は何らその効果を示していない。軍部を含むアメリカの指導者たちは、軍事力の行使には消極的だ。ジム・マティス国防長官は朝鮮半島における戦争は「破滅的なものとなる」という見通しを述べた。

 

北朝鮮では数千本の大砲が韓国に向けて据えられている。それらは韓国の首都ソウルを射程内に捉えている。これは、ソウルと周辺地域に住む3000万人の人々を人質にとるという北朝鮮の戦略を反映している。

 

アメリカ単独による先制軍事行動は中国との衝突を引き起こすという大きなリスクをはらんでいる。中国は一時的にはアメリカの軍事行動を許容するだろうが、それでも中国の鼻先でアメリカが決定的な結果をもたらそうとする戦略を実行することを我慢して受け入れることはないであろう。1950年代の朝鮮戦争において中国は戦争に介入したという事実は中国がアメリカと衝突する可能性があることを示している。

 

軍事力の使用は注意深く分析されねばならない。そして、軍事力使用に関する言葉遣いもまた抑制的でなければならない。しかし、軍事力の行使の可能性を排除することはできない。

 

これまで述べたような考えを前提にして、トランプ政権は中国に対して、北朝鮮の非核化を実現するための外交的な努力を行わせようと試みている。こうした努力はこれまでのところ、部分的にしか成功していない。

 

中国はアメリカが持つ核兵器の拡散に関する懸念を共有している。実際のところは、中国こそは北朝鮮の核兵器によって最も影響を受ける国なのである。しかし、アメリカは北朝鮮の非核化という目的を明確に示しているのに対して、中国は北朝鮮の非核化がもたらす政治的な結果に直面することを嫌がっている。

 

北朝鮮は核兵器開発プログラムに国の資源の多くの部分を投入している。その割合は国力に釣り合わないものだ。そうした中で、核兵器開発プログラムの放棄、もしくは実質的な削減や後退は北朝鮮国内で政治的な混乱を引き起こし、更には体制転換にまで至る可能性がある。

 

中国はこのことをよく理解している。従って、最近の外交上の大きな成果としては、中国が原則として北朝鮮の非核化を支持しているということを中国が明確に示したことだ。しかし、同時に、北朝鮮国内の分裂や無秩序状態が起きることは、中国にとっての2つの大きな懸念を引き起こす。

 

一つ目の懸念は北朝鮮国内の危機が、中国の政治と社会に与える影響である。中国の1000年に及ぶ歴史で繰り返された出来事が再び繰り返されるのではないかという懸念である。

 

二つ目の懸念は北東アジア地域の安全保障に関するものだ。中国は北朝鮮の非核化に貢献する誘因が存在する。そして、中国としては北朝鮮の非核化から朝鮮半島全体の非核化を行いたいと考えている。現実には韓国には現在のところ、核兵器開発プログラムは存在しない。計画の発表すらない。しかし、国際的な核兵器開発禁止は別の問題となる。

 

中国は非核化につつく北朝鮮の政治的な発展についてもある程度の利害関係を持っている。それは、朝鮮半島において二国共存状態を維持するか、統一を行うか、といことであり、北朝鮮地域における軍事力の展開に制限をするかどうか、ということでもある。

 

これまでのところ、トランプ政権は中国に対して北朝鮮へ圧力をかけるように求めてきた。アメリカは自国の目的のために中国を下請け業者のように扱ってきた。より良い、唯一実現可能なアプローチはアメリカと中国両国の努力と試みを一本化し、共通の立場に立ち、他の国々の参加を求めていくということだ。

 

「我々の目的は北朝鮮を利害関係諸国が参加する会議に出席させることだ」とアメリカ政府は何度も発表している。こうした発表は、交渉こそがアメリカの目的だという前提の存在を反映している。交渉は自国の都合の良いタイミングで行われ、交渉に相手を引きずり出す圧力とは関係なく、交渉は最終的な合意まで続けられるべきだとアメリカは考えている。

 

しかし、アメリカの外交は、過程ではなく、結果によって最終的に判断される。アジア地域の安全保障構造は危機に瀕していると考える国々とって、アメリカが「我々は自国のみの利益を求めない」と繰り返し主張するだけでは不十分なのだ。

 

どの国が、何について交渉すべきなのか?朝鮮半島の非核化にとってアメリカと中国との間の理解と同意は必要不可欠な条件となる。皮肉な展開なのは、現時点の中国がアジア諸国の会兵器開発を阻止することについて、アメリカよりもより大きな関心を持っているかもしれないということだ。

 

中国は「北朝鮮に対する圧力が不十分だ」と非難されてアメリカとの関係を悪化させてしまうという危険に直面している。北朝鮮の非核化には持続した協力が必要である。経済的な圧力だけで非核化を実現することは不可能だ。米中間の非核化以後の事態、特に北朝鮮の政治的な発展と北朝鮮領土内の軍事力展開の制限に対する共通理解と対策が必要だ。このような共通理解がなされても、既存の日本や韓国との間の同盟関係を変化させてはならない。

 

半世紀に及ぶ歴史に照らしてみると逆説的に見えるかもしれないが、このような理解こそが朝鮮半島における行き詰まりを打開する最良の方法なのである。

 

米中が目的を明確とする共同声明を発表し、暗黙の裡の行動を行うことで、北朝鮮は孤立を痛感し、非核化という結果を守るために必要な国際的な保証の基礎が確立することになる。

 

韓国と日本はこの過程において重要な役割を果たさねばならない。韓国以上に北朝鮮の核開発に最初から関与してきている国は存在しない。韓国はその置かれている地理的な位置とアメリカとの同盟関係によって、政治的な結果に対して大きな発言力を持っている。

 

韓国は外交における解決によって最も直接的な影響を受けることになるだろう。また、軍事的な不測の事態が起きた際には最も危険な状態に陥ることになるだろう。アメリカとその他の国々の指導者たちが、北朝鮮の非核化を利用することはないと宣言することは重要だ(訳者註:核兵器を放棄した北朝鮮を攻撃しないという宣言を行うこと)。韓国はより包括的で正式な考えを表明することになるだろう。

 

同様に、日本は歴史的に朝鮮半島とは1000年以上のかかわりを持っている。日本の安全保障に関する基本的な概念に照らすと、日本が自国で核兵器を所有する状態にない中で、核兵器を持つ国家が朝鮮半島に存在することを許容することはないだろう。アメリカとの同盟関係に対する日本による評価は、アメリカの危機管理において日本の懸念をどの程度考慮してくれるかということにかかっている。

 

アメリカと北朝鮮の直接交渉という代替案も魅力的ではある。しかし、アメリカの直接交渉の相手である北朝鮮は、非核化の実行について最も利益を持たず、米中間を離反させることに最大の関心を持つ。

 

アメリカが中国との間で理解を共有するためには、最大限の圧力と実行可能な保証が必要となる。そして、北朝鮮は最終的な国際会議に出席することができるようになる。

 

核兵器の実験の凍結によって最終的な非核化に向かうための一時的な解決が出来ると主張する人々がいる。この主張の通りに行うことは、アメリカとイランとの間で結ばれた核開発を巡る合意という過ちを繰り返すことになるだろう。アメリカとイランの合意は、技術的な側面のみに限定して地政学的な戦略における問題を解決しようというものだ。これが間違いだったのだ。両国の合意は、「凍結」の定義がなされ、調査手続きが確立されたが、核開発放棄の引き伸ばしに対する口実を与えることになる。同じことが米朝間の合意でも起きるだろう。

 

「北朝鮮は手続きに時間をかけて、彼らの真の目的を隠す戦術を取っている。それは、言い逃れや引き延ばし工作をして長年の悲願を達成しようとしている」という印象を持っている人も多いだろう。北朝鮮はこのような印象を人々に持たせるのは得策ではない。段階的なプロセスを踏むということは考慮するに値するアイディアかもしれないが、それはあくまで北朝鮮の核兵器能力と研究プログラムを短期間のうちに実質的に削減することにつながるものである場合に限られる。

 

北朝鮮が一時的にも核兵器能力を保持することは、永続的な危険性を構造化してしまうことになる。その危険性は次のようなものだ。

 

・貧しい状態にある北朝鮮が核技術を他国に販売することになるかもしれない。

 

・アメリカの北朝鮮の非核化に向けた努力が自国の領土を守ることにばかり集中し、実際に北朝鮮の核の脅威に直面しているアジア地域をほったらかしにしているという印象を与えてしまうことになる。

 

・他国も北朝鮮、相互、そしてアメリカに対抗し、抑止するために核兵器開発を行う可能性も出てくる。

 

・非核化交渉が進まないことに対する不満が中国との間に争いを激化させることになる。

 

・核兵器の拡散はその他の諸地域で加速するだろう。

 

・アメリカ国内で行われる議論はより対立的なものとなるだろう。

 

非核化に向けた実効性のある進歩、それも短期間での非核化こそが最もよく考えられた慎重な望ましい方向ということになる。

 

※キッシンジャー氏はニクソン政権とフォード政権で国務長官と大統領国家安全保障問題担当補佐官を務めた。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22

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 古村治彦です。

 

 今回は、Unionという言葉の意味について考えてみたいと思います。Unionを辞書で調べてみれば、結合、団結、連合といった意味が書かれています。

 

 私たちが知っている使い方では、労働組合はlabor unionがあります。これは労働者が団結して、労働に関する権利を守り、団体交渉を行うためのものです。最近、イギリスで国民投票が行われ、イギリスが脱退することが決まったのが、ヨーロッパ連合ですが、これはEuropean UnionEU)です。

 

Unionの動詞がUniteです。団結する、連合するという意味になります。50ある州(state)が連合している国です。イギリスは、United KingdomUK)です。イギリスの正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」です。ブリテン島にあるイングランド、ウェールズ、スコットランド、そして、アイルランド島の北部が連合して王国を形成しています。私はラグビーが好きですが、古くはファイヴ・ネイションズ、今はシックス・ネイションズという、ラグビーの6カ国対抗戦があります。これに「イギリス」ティームは参加していません。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリアが参加して、ホームアンドアウェイ方式で戦います。

 

イギリスの国民投票で興味深かったのは、投票の結果に地域差があって、スコットランド、北アイルランド、大都市ロンドンではEU残留が大勢を占め、ロンドンを除くイングランドとウェールズはEU脱退が大勢を占めたことです。そして、スコットランドでは、スコットランドだけはEUに残留できるようにしたいという動きになっています。「イギリスって昔連合王国って習ったけど、実際にそうなんだなぁ」と改めて思いました。

 

 国際連合はUnited Nationsです。これは中国では「聯合國」となります。第二次世界大戦時に、枢軸国(Axis)と戦った連合国(Allied Powers)が戦後の枠組みとして、自分たちを常任理事国として作った組織ですから、「連合国」と訳すべきですが、今は世界のほとんどの国々が参加していますから、諸国連合ということになります。

 

 アメリカ合衆国はUnited States of AmericaUSA)です。これは全米50州(state)が連合した国ということです。独立した時は13州でしたが、それがどんどん拡大していきました。Stateという言葉は、国家を意味することもあります。全米各州には外交権と通貨発行権はありませんが、州兵(national guard)はいますし、ほぼ国のような機能があります。カリフォルニア州の州旗には、「Republic of California」と書かれています。

 

 アメリカ合衆国のUnionが崩れそうになったことがあります。それが1861年から1865年にかけて起きた南北戦争です。南北戦争といいますが、英語では、The Civil Warで、「内戦」という意味になります。Theがつきますので、特別な、これからもないであろうというくらいのことになります。アメリカが、北部各州のアメリカ合衆国と南部各州のアメリカ連邦(Confederate States of America)に分かれて戦いました。

 

 アメリカ史上最高の大統領は誰か、という質問があると、いつも一番になるのが、エイブラハム・リンカーンです。日本でも奴隷解放を行い、「人民の、人民による、人民のための政府」という言葉を残した人物として有名です。しかし、彼がアメリカ史上最高の大統領と言われているのは、アメリカの分裂を阻止することが出来たからです。これは、故小室直樹博士の著作に繰り返し書かれていたことです。

 

 アメリカで毎年1月に大統領がアメリカ連邦議会で演説を行いますが、これを一般教書演説と言いますが、英語では、State of the Union Addressと言います。State of the Unionというのは、「連邦国家(United States)であるアメリカの現状(state)」を述べるものであり、The Unionとはアメリカを示す言葉です。元々は大統領が演説をするということはありませんでした。アメリカ大統領は連邦議会への出席は認められていません。ですから、教書(message)を議会に送付して、アメリカの現状を報告するということになっていました。それが20世紀になって連邦上院と下院の議員たちと行政府、立法府の最高幹部たちが集まって、その前で演説するという一大イヴェントになっています。この時は、全米のテレビやラジオはほぼ全て生中継します。

 

 私がなぜこんなにUnionという言葉にこだわって文章を始めたかというと、United KingdomEuropean UnionUnited Statesで、Unionが崩れていく状況になっているからです。簡単に言うと、分離や反目、亀裂に敵対が蔓延する状況になっています。EUは、「20世紀前半に2度もヨーロッパを破壊し尽くした戦争を再び起こさないためにも、ヨーロッパが1つになるべき」という理念のもとに20世紀後半をかけて作られたものです。

 理念と裏腹にある現実は、「何かあれば対外膨張主義に陥りやすいドイツを抑える」というものでしたが、今や
EUはドイツを中心に回っています。イギリスはEUの主要なメンバーですが、ドイツやフランスほどの存在感がありません。そうした中で、「EUなんかにいてもいいことないし、かえっておカネを取られて、嫌なこと(移民の流入)はやらされる」という感情がイギリス国内にあり、大接戦ではありましたが、イギリスはEuropean Unionから脱退することになりました。


 もっと言えば、ナチス時代に既にドイツは「ひとつのヨーロッパ」という構想を立てていました。EUはその現代版ですが、ナチスの考えたヨーロッパ連合は、ヨーロッパ諸国がドイツに奉仕するための構造(日本の大東亜共栄圏とよく似ています)ですが、今は、名目上はそうではありませんが、現実はドイツを盟主にしている構造になっています。
 

 先ほども書きましたが、興味深いことに、イギリスの国民投票では、地域差がはっきり出ました。スコットランド、北アイルランド、ロンドン大都市部ではEU残留が多く、ウェールズとロンドンを除くイングランドはEU脱退が多くなりました。そして、スコットランドはEU残留を求めて独自に動こうという動きが出ています。ここでUnionが崩れそうな動きになっています。スコットランドでは以前に、連合王国から脱退するかどうかで住民投票があって僅差で否決されていますが、こうした動きも再び活発化するでしょう。連合王国の一部が脱落するということになります。Unionが壊れるかもしれないということです。

 

 アメリカではこのように州で分離独立の動きはありませんが、以前、このブログでもご紹介しましたが、カリフォルニア州南部、ロサンゼルスからさらに50キロほど南にあり、ディズニーワールドがあるアナハイムを中心とした地域で、「カリフォルニア州から離れて、アリゾナ州に入りたい」という動きが起きて、住民投票がありました。カリフォルニア州から離れたいと主張した人々の理由は、「カリフォルニア州はリベラルな政策ばかりだ。そのために税金が高い。自分たちは保守的な考えを持っている。年収も高い分、税金をたくさん取られて嫌だ。だから、保守的なアリゾナ州に入りたい」というものでした。

 

 アメリカでは、共和党と民主党が強い、レッド・ステイトとブルー・ステイトと呼ばれる州に分かれています。レッド・ステイトは共和党(イメージカラーが赤)、ブルー・ステイトは民主党(イメージカラーが青)が強いです。これが顕著に出るのが大統領選挙です。アメリカ南部から中西部にかけてはレッド・ステイト、西海岸、東海岸の大都市がある州はブルー・ステイトとなっています。もちろんそれぞれには反対の考えを持つ人々も多く住んでいますが、大勢ではこのようになっており、「アメリカの(イデオロギー上の)分裂」が語られます。ですから、2000年以降のアメリカの大統領選挙では、勝者も敗者も「分裂ではなく、団結を」という演説を行っています。また、オバマ大統領が無名の存在から飛び出してきたのは、「アメリカは、アフリカ系、アジア系、などに分裂しているのではなく、United States of Americaなのだ」という演説をして注目されるようになってからです。

 

 しかし、アメリカの政治家たちがアメリカ国民のUnionを強調するのは、現実では様々な亀裂が入っていることを示しています。著名な政治学者であった故サミュエル・ハンティントンは、最後の著書『分断されるアメリカ』の中で、「アメリカはホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(White Anglo-Saxon Protestant)の国なのだ」ということを書きました。そして、文化相対主義(移民してきた人々の元々の文化や伝統を尊重する)を批判しました。それは、「アメリカがアメリカではなくなる」という危機感でした。アメリカで人口が増えているのは、ヒスパニック系やアジア系です。白人(白人の中でも区別があって、イタリア系やアイルランド系、ポーランド系はカトリック教徒が多いということあって非WASPということで差別されました)の人口に占める割合はどんどん小さくなっています。恐らく過半数を割っているでしょう。

 

 私が小さい頃は、アメリカは「人種のるつぼ(melting pot)だ」と習いました。これは、どんな人種の人でも、アメリカ人になるのだということでしたが、今は、アメリカは「サラダボウル(salad bowl)だ」ということになっています。レタス、トマト、きゅうりとそれぞれ違う野菜が一つのサラダを形成するので、それらが溶け合って姿を消してスープになるのではなく、個性を主張するのだということになっています。

 

非白人の人たちが身体的に肌の色を変えることはできませんし、そんなことは全くもって何も要求しないが、アングロサクソン・プロテスタントの文化やそれを基礎にした制度(今のアメリカの政治や経済、社会制度)を受け入れることを、アメリカ白人は求めています。ですが、良く考えてみると、非白人の人たちは何もアメリカの政治、経済、社会制度を乱そうとしている人などほとんどいません。それどころか、デモクラシーや三権分立は素晴らしいし、世界に誇れることだと思っています。

 

 だから、「制度や文化を身に着けてほしいだけ」という綺麗ごとをはぎ取ると、「自分たちの分からない言葉で書かれた看板が街中にあることや、自分たちの分からない言葉で、大声で会話することを止めて欲しい、それはとても恐いことだから」ということになります。フランス語やドイツ語、スペイン語であればまだアルファベットですし、同じ単語を使っていたり、類推できる言葉があったりで、まだ許容できるが、アラビア語や漢字、ハングルで書かれたものが街中にあるのは怖いことです。自分たちが理解できないものが身近にあることで誰でも違和感を持ちます。それは当然のことです。

 

 そして、そういう自分たちの分からない言葉を使い、身近ではない文化を持っていて、それを手放そうとしない人たち、に対する反感が出てきます。それがアメリカとイギリスで起きていることの原因です。「分かり合いましょう」といくら口で言っても、あまり意味はありません。怖いと思っている方がわざわざ近づこうとはしませんし、思われている方は、思われている方同士で固まってしまいます。そして、敵対してしまう、分裂してしまうということになります。

 

 国家という枠組みが近代から現代にかけて出来ました。国家は国民がいて、国境線があって(国土があって)、政府があって成立します。そうした国家同士が戦争をしないようということで、20世紀には国際連盟(League of Nations)が作られ、戦後は国際連合が作られました。また、地域的な結合で言えば、ヨーロッパ連合ということになります。

 

 近代は、ナショナリズム(Nationalism)を基盤とした国民国家を生み出しました。そして、国家を超えるためのグローバリズム(Globalism)を基礎にして国際機関を生み出し、かつ人間や資本の移動の自由を追求しました。EUはその中間にあるリージョナリズム(Regionalism)の産物と言えるでしょう。

 

 ナショナリズムは加熱すすると他国との摩擦を生み出し、それが戦争にまで結びつくという考えから、国家を超える機関の存在が考えられるようになりました。

 

 現在、アメリカとイギリスで起きていることは、国民国家に大きな亀裂を生み出しています。保守とリベラルというイデオロギー上の亀裂はこれまでもありましたが、ナショナリズムと排外主義・差別主義が結びつくことで、ナショナリズムが変質してしまい、攻撃的・後ろ向きの面が強調されることで、それを支持する人とそうではない人で国が分裂しかねない状況になっています。アメリカで言えば、レッド・ステイトとブルー・ステイトの存在、イギリスで言えば、連合王国からの脱退を考えるスコットランドといった存在です。

 

 そして、こうしたナショナリズムの変質をもたらしたのは、グローバリズムとリージョナリズムの深化です。グローバリズムとリージョナリズムによって、人の資本の移動は自由になり、活発になることで利益を得られる人とそうではない人が出てきます。パナマ文書事件が起き、「大金持ちは支払うべき税金を逃れる手段を色々と持っており、それを利用してずるい、不公平だ」ということになりました。また、移民がやってきて、安い賃金できつい労働をやることで、自分たちに仕事が回ってこないという不満も高まりました。

 

 このような社会・経済・政治不安から、既存の枠組みに対する不信が出てくる、そういう時に、歯切れの良い言葉で自分たちの「敵」を教えてくれる人を指導者に仰ぎたくなる、その人に任せて自分たちの不安を解消したいという思いが出てきます。それを掴んだのがヒトラー(彼はユダヤ人が元凶だと言いました)であり、イギリスのEU脱退派のリーダーたち(彼らはEUと移民が悪いと言いました)であり、トランプ(不法移民とイスラム過激派とヒラリーこそが彼の言う敵です)です。

 自由主義の考えからすると、国家とは構成する個人の利益を追求するためのものですが、同時に、相互扶助ということも重要な要素となります。人間社会においては、どうしても能力の差(いわゆる頭がいいとか悪いとか、体の機能の差)が出ます。それを全て埋めて平等にすることはできません。しかし、最低限の生存(日本国憲法にある「健康で文化的な最低限度の生活」)は保障することが近代の成果です。そして、そのための機能として国家がリヴァイアサンではあるが、その必要悪として受け入れて、出来るだけ悪いことをさせずに構成する個人の利益に資するようにすることが政治家の役目です。その枠組みが崩れそうになっているのが世界各地で見られる現象から分かる現状であると思います。

 強いリーダーたちに任せてみたい、そして大きな変革をして欲しいというのはこれまでも起きたことですし、これからも起きるでしょう。しかし、実際には、何も大きな変革、革命などは起きません。革命が起きれば新たな抑圧と不満が出てくるだけです。ですから、今ある枠組みを、まるで古ぼけた、故障がちのエンジンを修理しながら車をのろのろと走らせながら、道を進んでいくことしかありません。毎日、ぶつぶつと愚痴を言いながら進んでいくしかありません。その最低限の枠組みが、現在は国家であり、民主的な政治制度ということになります。そして、これらを担保するunionを何とか保っていけるようにするしかありません。 

 

(終わり)





 
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 古村治彦です。

 

 今回は1970年代以降の「民主化」の動きを時系列的にまとめた記事をご紹介します。この記事で書かれている「第三の波」とは、政治学者の故サミュエル・ハンティントンが唱えた考え方で、世界の民主化の流れは、第一の波、第一の逆の波、第二の波、第二の逆の波と来て、1970年代から第三の波が起きて世界各地で民主化が進んだというものです。

 

 この記事の著者のラリー・ダイアモンドは、民主政治体制や民主化を専門に研究している政治学者で、スタンフォード大学フーヴァー研究所の上席研究員を務めています。そして、アメリカ政府が行っている世界各地の民主化プログラムにも参加している人物で、私の予想では、ヒラリー・クリントンが大統領になった場合には、政府内である程度の高い職分に招聘されるのではないかと思われます。

 

 ここに挙げた民主化の事例の多くに実はアメリカが大きく関わっている、もしくは介入しているという事実を考えると、ダイアモンドがシナリオを書いた「舞台」がこの中に含まれているということも考えられます。

 

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時間の流れ:民主政治体制の退潮(Timeline: Democracy in Recession

 

ラリー・ダイアモンド筆

2015年9月15日

『ニューヨーク・タイムズ』紙

http://www.nytimes.com/interactive/2015/09/13/opinion/larry-diamond-democracy-in-recession-timeline.html?_r=0

 

1974年、ポルトガルでカーネーション革命が起き、ほぼ半世紀にわたった独裁政治が転覆させられた。これが世界的な民主化の動きである「第三の波」の始まりとなった。

 

 民主化の「第一の波」はアメリカ独立革命とフランス革命によって始まり、1922年までに29カ国が民主政治体制国家(democracy、デモクラシー)となった。この数字は共産主義、ファシズム、ナチズムの台頭によって12にまで減った。

 

 民主化の「第二の波」は第二次世界大戦の終焉とともに始まった。植民地からの独立によって、インドやスリランカといった国々が民主政体国家となった。しかし、1964年のボリヴィアとブラジル、1966年のアルゼンチンで起きた軍事クーデターのような事件が象徴しているように、民主化の波はその後退潮した。

 

 カーネーション革命からの30年間、民主政治体制はこれまでにないほどの規模で世界中に拡大した。しかし、2006年あたりを境にしてその動きが止まってしまった。民主政体国家の数は著しく減少している訳ではないが、市民社会の活動範囲は狭まりつつある。自由と民主政治体制は減退しつつある。この時系列表は、過去40年間に渡る民主政治体制の拡大、減退、時には崩壊を示しているものである。

 

●1974年4月25日:カーネーション革命と「第三の波」の発生

 

 1974年4月、国軍運動(MFA)に属していた左翼の将校たちがポルトガルで48年間続いたナショナリストの独裁政治を軍事クーデターで打ち倒した。この事件は、世界規模の民主化における「第三の波」の最初の民主化となった。

 

 それから2年間、政治工作、度重なる労働者のストライク、クーデター計画と対クーデター計画が次々と起きる緊張感のある、不確実な時期が続いた。そして、1976年4月、議会選挙が行われ、マリオ・ソアレスと彼が率いる社会党が連立政権を樹立した。ソアレスは、独裁体制下に12回も投獄されても節を曲げなかった不屈の闘士であった。ソアレスは、ポルトガル語で「起き上がりこぼし」というあだ名で呼ばれていた。このおもちゃは、叩かれてもすぐに起き上がるもので、彼の不屈の闘士ぶりにこのあだ名が奉られた。

 

●1974年11月17日:ギリシア、民主政治体制に復帰

 

1974年7月、ギリシアの軍事政権は崩壊した。それまで7年にわたり政権を維持していた。ギリシアの軍事政権は、キプロスのギリシア系住民たちがクーデターで政権を掌握することを支持した。しかし、クーデターの発生後に、トルコ軍がキプロスに進攻する結果になった。

 

ニューヨーク・タイムズ紙は、7月24日付で、「多くの人々が憲法広場に集まり、“今夜、ファシズムは死ぬんだ!”“これ以上の流血はいらない!”と叫んだ」と報じた。

 

 コンスタンティノス・カラマニリスと保守派の新民主党は、11月に議会選挙で「圧勝」した。

 

●1977年6月:スペイン、民主政体への移行

 

スペインで、1975年に長期にわたり独裁制を敷いたフランシスコ・フランコが死去した。1977年に選挙が実施され、民主的政治体制への移行が終了した。

 

●1980年8月4日:自主管理労働組合「連帯」はポーランドに改革をもたらす

 

「職業学校で教育を受け、大衆政治を熟知した」電気技師レス・ワレサは、共産圏で初めて独立した労働組合を設立した。ポーランドのグダニスク造船所で自主管理労働組合「連帯」が結成された。「連帯」は規模を拡大し、900万以上の組合員を獲得するまでになった。そして、「連帯」は、ポーランドの共産党政権に対する、多くの人々が参加する非暴力の抵抗運動の先駆的なそしてシンボル的な存在となっていった。ポーランドの共産党政権は、「連帯」を潰すために1981年に戒厳令を発令した。

 

 しかし、長年にわたる政治的な抑圧を持ってしても、拡大し続ける人々の抵抗を鎮圧することはできなかった。ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ将軍率いる政府は、社会全体を巻き込む抗議を受けて、1989年2月6日に「連帯」との交渉を行う円卓会議を開催した。

 

 1989年1月21日付のニューヨーク・タイムズ紙の論説記事には、「ポーランドの共産党政権は、自分たちのことを自分たちで決める労働者たちの参加なしに改革を進めることはできないということを認める準備が整ったようだ」と書かれた。

 

 話し合いの結果、1989年6月に民主的な議会選挙を開催することが合意された。これは1947年以降で最も自由な選挙となった。選挙の結果、連帯は連立政権を樹立し、1990年、ワレサは大統領選挙に勝利し、大統領に就任した。

 

●1983年10月30日:アルゼンチンの軍事政権が終焉

 

1980年、ニューヨーク・タイムズ紙は、「現代アルゼンチンの悲しいパラドックスについて考えてみよう」というタイトルの論説を掲載した。その中に次のようないい説があった。「食糧とエネルギーを含む豊富な天然資源と先進性と教育水準の高さは南米諸国の羨望の的となり、繁栄する社会は構築可能だという夢を与えている。アルゼンチンはそれだけの影響力を持っているが、野蛮な政治がその夢をぶち壊している」。

 

 アルゼンチンの軍事独裁政権は1983年に崩壊した。それは前年のフォークランド諸島を巡るイギリスとの間の短期間の戦争に敗北したことが引き金となった。急進的市民連合の指導者ラウル・アルフォンシンは1983年に行われた大統領選挙に勝利し、1976年以来となる民主的な政権を樹立した。これによって7年続いた抑圧は終焉を迎えた。この7年の間に1万人以上(一説には3万人)の人々が軍事政権によって「行方知れず」とされ、より多くの人々が亡命を余儀なくされた。

 

●1985年1月15日:ブラジルの「開放」

 

 長年にわたり民主化運動の指導者であったタンクレード・ネーヴェスは、間接選挙に勝利して、民主政治体制が復活して以降の初の大統領になった。これによって20年にわたる軍事政権は最終的に終焉を迎え、ポルトガル語で「開設」と呼ばれる更なる政治的な民主化プロセスが進むことになった。

 

●1986年2月22-25日:フィリピンの「ピープルズ・パワー」

 

 1983年8月にカリスマ民主化指導者ベニグノ・アキノが暗殺された。アキノはアメリカでの3年に渡る亡命生活からの帰国し、マニラ空港に到着した直後に殺害された。その後、フィリピンでは抗議運動と衝突が起こり、混乱状況になった。1986年2月、故アキノの妻コラソン・アキノが大統領選挙に勝利したが、その結果を守るために多くの人々が非暴力の抵抗運動に参加した。この運動は四日間続いた。そして、20年以上にわたり政権の座にいたフェルディナンド・マルコス大統領は亡命した。コラソン・アキノはその後、大統領に就任した。

 

●1987年6月10―29日:韓国における民主反乱

 

 大学生と拡大していた市民社会の主導する大規模な抗議運動の発生から19日後、軍事政権は、独裁者・全斗煥大統領の後継者を決定するための大統領直接選挙の開催を渋々ながら受け入れた。

 

韓国は第三の波で民主化した国々の中の成功例となり、今日に至っている。

 

●1988年10月5日:チリ国民は、ピノチェトに更なる8年間を与えることを拒否

 

 1988年、15年にわたり抑圧的な軍事支配を続けたアウグスト・ピノチェット将軍は、民主的な指導者としてチリを統治できるかどうか賭けてみようとして、選挙を実施することにした。国民に対して、これから8年間、自分を大統領として選んでくれるかどうかを決めてもらおうとした。

 

 広範な野党勢力が結集し、ピノチェトに対抗して選挙戦を行い、そして55%の得票率を得た。翌年、民主的な選挙が次々と行われ、連立政権が成立した。チリは南米において、最も成功した自由主義的民主国家に変貌を遂げた。

 

●1989年6月4日:北京の天安門広場で民主化運動が破壊される

 

 この日、数千の人民解放軍兵士と数百台の武装した軍車両が学生たちの民主化運動を破壊した。弾圧による死者数は今でも明らかにされていない。しかし、その日だけで数百、恐らく数千の人々が殺害さ、それから数週間の間に数千の人々が拘束され、拷問を受け、処刑されたと考えられている。これ以降、中国における政治改革の大義は姿を消し、1989年の天安門での民主化運動と弾圧について人々が議論することは法律で禁止されている。

 

●1989年秋:ベルリンの壁崩壊

 

 1989年、ハンガリーはオーストリア国境の防衛線を取り払い始めた。その後、数千の東ドイツ国民がハンガリーを経由してオーストリアに脱出した。11月までに東ドイツ国民の脱出は洪水のようになり、11月9日、両ドイツ国民はベルリンの壁を排し始めた。

 

 翌年、東ドイツは、ドイツの再統一を交渉するための移行的な臨時政府を樹立するための民主的な選挙を実施した。

 

 中央ヨーロッパと東ヨーロッパで共産党支配が崩壊した。そして、ポーランド、ハンガリー、チェコスロヴァキア(後に2つの国に分離)をはじめとするほとんどの国が民主政治体制に移行した。

 

●1990年2月11日:南アフリカ初の複数の人種が参加した民主的な選挙が実施

 

 1990年、F・W・デクラーク大統領はネルソン・マンデラ率いるアフリカ国民会議やその他に野党に対する活動禁止を解除した。それから1週間後、マンデラは27年に渡る投獄が釈放された。

 

 1994年4月、アフリカ国民会議は、南アフリカ初の複数の人種が参加した民主的な選挙で圧勝し、ネルソン・マンデラが任期5年の大統領に就任し、民主化移行を進める政府の実権を掌握した。

 

●1991年12月25日:ソヴィエト連邦解体

 

 1991年12月25日、それまで6年半にわたりソヴィエト共産党の書記長として自由化を進めてきたミハエル・ゴルバチョフがソヴィエト社会主義共和国連邦の大統領職を辞任し、ソ連の平和的な解体を宣言した。1990年5月に選挙によってソヴィエト・ロシアの大統領に選ばれたボリス・エリツィンはロシア連邦初の自由な選挙で選ばれた指導者となった。

 

●1996年3月23日:台湾の選挙

 

台湾、中華民国は10年に渡る漸進的な民主化プロセスを終了し、初めての総統選出の為の民主的な直接選挙を実施した。与党・国民党の李登輝総統が、中国の台湾海峡におけるミサイル試射という妨害にもかかわらず、選挙に勝利した。中国はミサイル試射を行うことで、台湾の有権者威嚇し、選挙結果に影響を与えようとしたと見られている。

 

●1999年10月12日:パキスタンでクーデターが発生し、軍事政権が誕生

 

パキスタン軍は、ナワーズ・シャリーフ首相率いる政府を転覆させた。このクーデターは52年のパキスタンの歴史で3度目のクーデターとなった。クーデターは、シャリーフ首相が参謀総長であったパルヴェーズ・ムシャラフ将軍を更迭し四つとして発生した。無血クーデターによって、ムシャラフ将軍が政権に就き、それ以降、長期にわたって軍事政権が続いている。

 

 2008年の選挙で文民による憲法に基づいた統治が復活した。しかし、文民統制に対して軍部の優越は続いている。2007年12月27日には、ベーナズィール・ブット元首相が、議会議員選挙運動中に暗殺されるという事件が起きた。

 

●1999年12月15日:ウーゴー・チャヴェスがヴェネズエラで政権掌握の度合いを強化

 

 1998年、ヴェネズエラの有権者たちはウーゴー・チャヴェスに対して、大統領の権限を強化した内容の憲法を与えた。チャヴェスはそれから遡ること6年前に、クーデターで政権を獲得しようとして失敗した人物であった。新憲法では、大統領の任期は長くなり、再選が認められ、議会の力は弱められ、既存の議会と最高裁判所は廃止されることになった。

 

 2000年7月、チャヴェスが大統領に再選された。議会はチャヴェスに対して、1年間限定で布告のみで支配ができる権限を与えた。そして、チャヴェスは権威主義的な統治体制を強化し、確立していった。

 

●2000年3月26日:プーティンの下、ロシアにおける民主化はストップした

 

 深刻なそして多くの異常な出来事が続いた後、ウラジミール・プーティンは大統領選挙に勝利した。その後、エリティンが指名した後継者プーティンはクレムリンへの権力の集中を進め、ロシア国内に残っていた分裂した自由主義的な反対勢力を抑圧した。

 

 2000年3月26日付ニューヨーク・タイムズ紙は論説で次のように書いた。「プーティン氏は民主的で効果的な統治を行うための機会を手にしている。もし彼がKGBの手法をそのまま踏襲し、クレムリンを要塞とするならば、それはロシアと世界にとって大きな損失になる。」。

 

 2000年以降、プーティンは、連邦システムの権力と説明責任の基礎となる全ての要素である議会、メディア、実業界、そして市民社会を破壊した。そして、盗賊政治を行う、抑圧的な権威主義的政治体制を確立した。

 

●2003~2011年:イラク戦争によって、「民主政治体制の促進」に対してアメリカ国民の世論は硬化した。

 

 アメリカと同盟諸国は、「イラクを非武装化し、人々を解放し、世界を脅威から守るために」イラクに侵攻した。

 

 サダム・フセインの独裁体制はあっけなく崩壊した。しかし、連合国軍はイラク国内に大量破壊兵器が存在する証拠を見つけることが出来なかった。アメリカはイラクにおける民主政治体制の促進戦略へと転換した。戦争とその後の占領によってイラクは分裂した。暴力を伴う宗派対立のためにイラクの状況は不安定のままだ。

 

 汚職、無法状態、不安定さによって現在までイラク国内の統治は機能不全に陥っており、軍事力を行使しての「自由」の達成という考え方に対して多くの人々が疑問を持つようになっている。

 

●2004年11月:ウクライナのオレンジ革命

 

 2004年11月の大統領選挙での大規模な不正を受けて、多くのウクライナ国民はキエフの独立広場に集まり、ソ連崩壊後の支配階級を代表する候補者ヴィクトル・ヤヌコイッチによる選挙結果に対する不正行為への激しい抗議活動を開始した。

 

 野党側の候補者ヴィクトル・ユスチェンコとユリア・ティモシェンコは一緒になって、選挙結果を尊重するように求める運動をウクライナ全土で展開した。抗議をする人々は厳しい寒さの中で座り込みとストライキに敢然と参加した。2004年12月3日、ウクライナの最高裁判所は、選挙結果の無効を決定した。そしてやり直し選挙の結果、ユスチェンコが得票率52%で勝利し、2005年1月23日に大統領に就任した。

 

ウクライナの民主化は、ユスチェンコとティモシェンコが反目し合い、2010年の大統領選挙でヤヌコヴィッチが勝利したことで止まってしまった。ヤヌコヴィッチはウクライナを権威主義体制に引き戻し、ヨーロッパから離れることを選択した。これに対して、二度目の人々の抗議運動が発生した。これが2014年2月に起きたウクライナ政変だ。そして、ウクライナで民主政治体制が機能するための機会が再び生まれたのである。

 

●2011年1月14日、チュニジアでベン・アリが追い落とされ、楽観主義が拡大したがそれは急速にしぼんでしまった

 

チュニジアの独裁者ザイン・ベン・アリ大統領は23年にわたり独裁政治を行った。それが1か月間にわたる草の根の抗議活動を受けて亡命する結果となった。権威主義政治体制に対する人々の抗議活動はエジプトに拡大した。2011年2月11日、29年間政権を維持したホスニ・ムバラク大統領は、人々の抗議活動を受けて、辞任した。

 

 同様の抗議運動がバーレーン、リビア、シリア、イエメンでも発生した。「アラブの春」によって独裁政治が倒され、地域を民主化されるという初期の楽天主義は、革命が宗派争いと抑圧を生み出していく中で消えていった。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 私はインターネット通販のアマゾンで購入することがほとんどです。アマゾンでは本の売り上げの順位が出たり、この本を買った人が他にどんな本を買っているかを本の表紙の写真を並べて表示したりしてくれたりとなかなかサーヴィスが充実しています。ある出版社の方が日本の本の売り上げにおけるアマゾンの占める割合は10%くらいと教えてくれたことがあります。私はそんなものか、もっと大きいんじゃないかなと思いました。

 

それでも私は定期的に本屋さんに行き、書店の棚を見るようにしています。それは立ち読みで面白い本に出会えるし、新刊本の棚で、出版社や書店がどんな本に力を入れて宣伝しているかを見るためです。

 

 中国崩壊論、中国脅威論の本が書店の棚を埋めています。これらの本は異口同音にかつ様々な論点から「中国は大嫌いだ。あんな国は潰れてしまえ」とか「なんで日本の隣にあんな変な国があるんだろう(人間関係では自分が嫌いな相手は自分の姿を映す鏡だなどと言いますが)」と主張しています。

 

しかし、世界は中国について「崩壊するのか、しないのか」という視点では見ていません。「中国はもう大きくなってしまって、崩壊しては困る」、これにつきます。だから、「崩壊しないようにする」ということになります。人口が1100万人のギリシアの債務不履行のためにヨーロッパ各国の指導者たちが集まって、どうする、どうすると額を寄せ合って会議をする時代です。ギリシアの100倍以上の人口を持ち、世界第2位の経済規模を持つ中国がもし崩壊したら、首脳たちが鳩首会議をする暇もなく、各国に致命的な影響が波及していくでしょう。日本で言えば、旅行に来てたくさんの買い物(「爆買い」)をしに来てくれた中国人が来なくなります。

 

日本のテレビが、中国人たちが日本の品物を大量に買って帰る様子を「爆買い」といって報道し、日本の視聴者は「下品だね」と眉をひそめて見ていますが、食べ物を食べたり、バスに乗ったり、品物を買うことでお金を落としてくれるお客さんが一切来なくなるなんてことになったら、どうしようもありません。日本人が中国人の代わりにお金を使うことはありません。

 

 そもそも中国が崩壊するというのはどういうことなのか、というとあまり具体的ではありません。確かにイメージを持つことはできます。人々が中国政府や中国共産党の支配に対して怒り、暴動を起こしてそれが反乱へと発展し、商店や家々を打ち壊したり、略奪したりすること、もしくは株式や不動産の価格が暴落、いわゆるバブル崩壊が起きて、人々が自殺したり、失業者が町に溢れたりということを思い描いているのかもしれません。しかし、中国国内がそうなってしまったら、相互依存関係にある日本もまた無傷ではいられません。その想像したイメージと同じことが日本でも繰り広げられることになる可能性だってあるのです。

 

 世界が求めているのは、「安定」であり、「経済発展」です。その成長センター・エンジンがアジア、特に中国である以上、「中国は汚い」「中国人は野蛮」などといくら言い立ててみても、既に私たちの生活と密接に関わっている(これを相互依存関係interdependenceと英語で言います)以上、もうそんなことも言っていられないのです。

 

 しかし、ここ最近の動きを見ていると、戦後世界において覇権国として、ある程度の安定をもたらしてきたアメリカの力の衰退が起きているようです。そのために世界は不安定になっています。また、アメリカがその衰退を受け入れられずに、じたばたすることで、かえって世界各地に紛争をもたらしていると私は考えます。アメリカの衰退に対して、中国が国力を増進させています。これからの時代は、アメリカから中国へ覇権が移り変わっていく、移行(transition)の時期になっていくと私は考えています。

 

ここで使う覇権国と覇権(hegemony、ヘゲモニー)という言葉は、政治学(Political Science、ポリティカル・サイエンス)、特に国際関係論(International Relations、インターナショナル・リレイションズ)で使われる概念です。政治や国際関係の世界では、どんな人がもしくはどんな勢力が、そしてどんな国が力を持っているのか、そして、それ以外の存在とどのような関係を持っているのかということが重要であり、学問になるとそれを研究します。

 

 「覇権(hegemony)」とは、簡単に言うと、「他からの挑戦を退けるほどの、もしくは挑戦しようという気を起こさせないほどの圧倒的な力を持つこと」が覇権です。そして、国際関係論で言えば、圧倒的な外交力と軍事力と経済力を持ち、他国を自分の言うことに従わせることのできる国のことを覇権国と呼びます。現在の覇権国は言うまでもなくアメリカです。この覇権国が自分の利益になるように、世界のシステムを作り、維持管理する、その恩恵として他の国々は安定とその中で発展することが出来るということになります。覇権国(hegemonic state、ヘゲモニック・ステイト)という言葉は、副島隆彦先生の本を読まれている皆さんには既になじみ深い言葉です。

 

現在の覇権国は、アメリカです。歴史的に見ればスペイン(17世紀)、オランダ(18世紀)、イギリス(19世紀)、アメリカ(20世紀)の各国がそれぞれ歴史の一時期に覇権国として君臨してきました。日本は第二次世界大戦でドイツと共に新旧の覇権国であるアメリカとイギリスに挑戦して敗れ、戦後、アメリカの従属国(tributary state、トリビュータリーステイト)になったというのが世界的な認識です。

 

 この覇権国の歴史を見てみると、全てがヨーロッパの国々です。現在のような国民国家(nation states)による世界の支配・被支配システムができたのは16世紀くらいからです。このシステムを作ったのがヨーロッパであり、大航海時代(Great Navigation)によって世界はこのシステムの中に組み込まれていきました。しかし、このシステムの埒外にあってヨーロッパに匹敵する力を持っていたのが中国です。これまでの西洋中心主義的な世界史に対して、「グローバル・ヒストリー」という研究分野が出現しています。このグローバル・ヒストリーの研究成果から、中国は1800年の段階で世界のGDPの25%を占めていたということが分かっています。しかし、それ以降は海外列強(powers)の食い物にされてしまいます。中国は、「恥辱(humiliation)の時代(1840年第一次アヘン戦争から始まります)」から150年以上を経て、ようやく、元々いた地位に戻っていく過程にあるということが出来ます。

 

 現在のアメリカは、巨大な軍事力を持つ負担に耐えられなくなっている。アメリカは巨額の国債を発行し、中国や日本、サウジアラビアが買い支えている。他国のお金で巨大な軍事力を維持しているのはおかしな話だ。「アメリカの軍事力があるから世界の平和は保たれているのだ。だからその分のお金を払っていると思えば良いのだ」という主張もある。しかし、他国のお金頼みというのは不安定なものだ。国債を買ってもらえなくなればお金が入ってこなくなる。そんなことになれば世界経済は一気に崩壊するから、あり得ないことだという意見もあるが、不安定な状況であることは間違いない。そして、国債を買ってもらっている相手である中国を敵だと考えるのはおかしな話です。敵が国債を買ってくれて手に入れたお金で敵をやっつけてやると息巻いているという図式は間抜けです。

 

 さて、このように外国からのお金で何とか凌いでいるアメリカですが、これで果たして「覇権国」だと大きな顔をしていられるのでしょうか。他国からお金を貢いでもらえるのだから、立派に覇権国だと言えるかもしれませんが、「将来的に覇権国のままでいられないんじゃないの」と考えてしまう人もいると思います。

 

さて、ここからは、国際関係論の分野に存在する覇権に関する理論のいくつかを紹介します。これまで国際関係論という学問の世界で覇権についてどういうことが語られてきたのかを簡単に紹介します。私の考えでは、国際関係論で扱われる覇権に関する理論は現実追認の、「アメリカはやってきていることは正しい」と言うためのものです。それでもどういうことを言っているかを知って、それに対して突っ込みを入れることは現実の世界を考える際に一つの手助けになるでしょう。

 

まず、覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)という有名な理論があります。これは、覇権国が存在すると、国際システムが安定するという理論です。覇権国は外交、強制力、説得などを通じてリーダーシップを行使するというものです。このとき覇権国は他国に対して「パワーの優位性」を行使しているということになります。そして、自分に都合の良い国際システムを構築し、ルールを制定します。このようにして覇権国が構築した国際システムやルールに他国は従わないといけなくなります。従わない国々は覇権国によって矯正を加えられるか、国際関係から疎外されて生存自体が困難になります。その結果、国際システムは安定することになります。

 

ロバート・コヘイン(Robert Keohane)という学者がいます。コヘインはネオリベラリズム(Neoliberalism)という国際関係論の学派の大物の一人です。ネオリベラリズムとは、国際関係においては国家以上の上位機関が存在しないので、無秩序に陥り、各国家は国益追求を図るという前提で、各国家は協調(cooperation)が国益追求に最適であることを認識し、国際機関などを通じて国際協調に進む、という考え方をする学派です。

 

コヘインが活躍した1970年代、経済不況はヴェトナム戦争の失敗などが怒り、アメリカの衰退(U.S. Decline)が真剣に議論されていました。そして、コヘインは、覇権国アメリカ自体が衰退しても、アメリカが作り上げた国際システムは、その有用性のために、つまり他の国々にとって便利であるために存続すると主張しました。コヘインは、一種の多頭指導制が出現し、そこでは、二極間の抑止や一極による覇権ではなく、先進多極間の機能的な協調(cooperation)が決定的な役割を果たすだろうと考えました。

 

 覇権国が交替する時には戦争が起きるんだ、ということを主張した学者がいます。ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)という人です。ギルピンは、1981年にWar and Change in World Politics(『世界政治における戦争と変化』、未邦訳)という著作を発表しました。ギルピンは、リアリズム(国家は国益の最大化を目的に行動し、勢力均衡状態を志向するとする考え方)の立場から、国際政治におけるシステムの変化と軍事及び経済との関係を理論化した名著、ということになります。アメリカの大学の国際関係論の授業では、この本を教科書として読ませます。国際関係論の分野の古典とも呼ばれています。

 

ギルピンは、覇権安定論(hegemonic stability theory)を主張しました。覇権安定論は、ある国家が覇権国として存在するとき、国際システムは安定するという考え方です。しかし、ギルピンは『世界政治における戦争と変化』のなかで、覇権国の交代について考察しています。

 

『世界政治における戦争と変化』の要旨は次のようになります。歴史上国際システムが次から次へと変わってきたのは、各大国間で経済力、政治力、社会の持つ力の発展のペースが異なり(uneven growth)、その結果、一つの国際システムの中で保たれていた均衡(equilibrium)が崩れることが原因となるとギルピンは主張します。台頭しつつある国が自分に都合がいい国際システムを築き上げるために、現在の国際システムを築き上げた覇権国と覇権をめぐる戦争(hegemonic war)を戦ってきました。台頭しつつある国が勝利した場合、その国が新たに覇権国となり、自分に都合の良い国際システムを構築し、逆に現在の覇権国が勝利した場合、そのままの国際システムが継続することになります。第二次世界大戦について考えてみると、英米が築いた国際システムに勃興していた日独が挑戦したという形になります。

 

現在、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という各新興大国の経済発展は進んでいる一方で、先進国である欧米、日本の経済成長はほとんどありません。日本のGDPは中国に既に抜かれてすでに久しい状況です。現在世界最大のGDPを誇るアメリカも10年から20年以内に中国に抜かれてしまうという予測もあります。

 

ギルピンの理論は、世界各国の不均衡な発展は覇権戦争を導くとしているので、理論通りになると、アメリカが既存の覇権国で挑戦を受ける側、中国が新興大国で覇権国に挑戦する側になって戦争が起きるということが予測されます。このギルピンの理論は歴史研究から生み出された理論である。スペインが打ち立てた覇権をオランダが奪い、オランダに移った覇権をイギリスが奪取するが、やがてアメリカに奪われるという歴史を踏まえての理論です。

 

それでは、未来のある時点でアメリカと中国が覇権をめぐって戦争するかと問われると、「ここ数年以内という直近の間では戦争はない」と私は考えます。こう考えるにはいくつかの理由がある。第二次世界大戦での日本とドイツ、冷戦でのソ連とアメリカの覇権に挑戦して失敗した国々を見ていれば、「戦争をして覇権を奪取する」と言うのは危険を伴うということは分かります。だから中国の立場からすると戦争をするのは慎重にならざるを得ません。米中それぞれの軍人たちはスポーツ選手が試合をしたくてうずうずしているように「戦争をしてみたい、手合わせをしてみたい」と思っているでしょうが、しかし、政治指導者たちはそんな危険な賭けをすることは考えにくいです。

 

また中国は、アメリカの覇権下で急激な経済成長をしてきたのだから、今のままの環境が維持されるほうが良いのです。アメリカとの貿易がこれからもどんどん続けられ、輸出が出来る状況が望ましいのです。本当はアメリカが不況で輸入が鈍化すると中国も困ります。だから輸出先を多く確保しておくことは重要だが、アメリカがこのまま世界一の超大国であることは現在の中国にとっても利益となります。ギルピンの理論では自国にとって不利なルールが嫌になって新興大国は、戦争をすることの利益と損失を計算したうえで、戦争を仕掛けるということになっています。現在の中国にとっては、現状維持、アメリカが超大国であることが重要だから、自分から戦争を仕掛けるということはないでしょう。アメリカが短期的にそして急速に覇権国としての地位を失い、経済力を失うことを一番恐れているのは、チャレンジャーと目される中国だと私は考えます。

 

また、イギリスからアメリカに覇権が移った過程を考えると、「覇権国が勝手に没落するのをただ見ているだけ」「覇権国の没落をこちらが損をしないように手伝う」という戦略が中国にとって最も合理的な選択ではないかと思えます。イギリスは「沈まない帝国」として世界に君臨し、一時は世界の工業生産の過半を占め「世界の工場」と呼ばれるほどの経済大国となり、その工業力を背景に強大な海軍力を持ちました。イギリスはアメリカの前の覇権国でした。

 

しかし、ヨーロッパ全体が戦場となった第一次、第二次世界大戦によって覇権国の地位はイギリスからアメリカに移動しました。第二次世界大戦においてはアメリカの軍事的、経済的支援がなければ戦争を続けられないほどになりました。アメリカは農業生産から工業生産、やがて金融へと力を伸ばし、超大国となっていきました。そして、自国が大きく傷つくことなく、イギリスから覇権国の地位を奪取しました。イギリスとアメリカの間に覇権戦争は起きませんでした。外から見ていると、アメリカに覇権国の地位が転がり込んだように見えます。中国も気長に待っていれば、アメリカから覇権が移ってくるということでどっしり構えているように見えます。

 

現在の中国はアメリカにとって最大の債務国です。中国はアメリカの国債を買い続けています。中国にとってアメリカが少しずつ緩慢なスピードで没落することがいちばん望ましいのです。「急死」されることがいちばん困る訳です。覇権国が「急死」すると世界は無秩序になってしまい、不安定さが増すことで経済活動が鈍化します。中国としては自国が力を溜めながら、アメリカの延命に手を貸し、十分に逆転したところで覇権国となるのがいちばん労力を必要とせず、合理的な選択と言えます。

 

「覇権をめぐる米中の激突、その時日本はどうするか」というテーマの本や記事が多く発表されていますし、日本でも「日本はアメリカと協力して中国を叩くのだ」という勇ましいことを言う人たちも多いようです。しかし、その勇ましい話の中身も「日本一国ではできないがアメリカの子分格であれば、中国をやっつけられるのだ」というなんとも情けないものです。

 

もし米中が衝突すると、その悪影響は日本にも及びます。日本は中国や韓国といった現在の「世界の工場」に基幹部品を輸出してお金を稼いでいます。米中が戦争をすることは日本にとって利益になりません。だからと言って、日本が戦争を望まなくても何かの拍子で米中間の戦争が起きるという可能性が完全にゼロではありません。このとき、日本がアメリカにお先棒を担がされて中国との戦争や挑発に加担しないで済むようにする、これが日本の選ぶべき道であろうと私は考えます。そして、大事なことは。「日本は国際関係において最重要のアクターなどではない、ある程度の影響力は持つだろうが、それはかなり限定される。そして、アメリカに嵌められないように慎重に行動する」という考えを持つことだと思います。そう考えることで、より現実的な対処ができると思います。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31



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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 昨年末から今年初めにかけて、世界的には何だか元気のない状況になっています。2016年に景気上昇するという予測は立ちづらく、更にはテロの危険が世界各国に拡散しているとして、みんなで盛り上がろう、という感じはありませんでした。

 

 日本では昨年末に、日中戦争、太平洋戦争中の韓国人女性の従軍慰安婦問題について、日韓両国で最終的な解決となる合意がなされました。安倍晋三総理大臣は、従軍慰安婦に関して様々な疑義を呈する立場を取っていましたが、最終的には謝罪の声明を、岸田文雄外務大臣を通じて発表しました。日韓両国で外交関係上は「これ以上、この問題を蒸し返さない」ということになりました。今回の合意について、日本の安倍政権を支える右翼や一部保守派、韓国国内の様々な勢力から批判が出されました。今回の合意に関しては、第三国であるアメリカの意向が強く働いて、ある意味で急転直下の合意ということになりました。安倍晋三政権の「リアリスト(現実主義的)」外交の勝利ということを言う人たちもいましたが、第三国、しかも宗主国の意向を受けて慌てて合意するような外交、自主的に自分たちの抱える問題を解決できないような外交はリアリスト外交とは言いません。

 

 中東では、イスラミック・ステイト(IS)に対するロシアの攻撃があり、ISの勢力が減退しつつあるようです。結局、アメリカ(とサウジアラビア、イスラエル)が直接、間接に育てたISの始末をつけるのに、他人であるロシアの手を借りねばならなくなったという大変情けない状況になりました。いい面の皮となったのがシリアで、シリアのバシャール・アサド大統領の政府軍と反政府軍の内戦だったものが、いつの間にか、中東を巻き込む「代理戦争」となって、シリアは悲惨な状況になってしまいました。

 

 そうした中で起きたのが、サウジアラビア、バーレーンとイランの断交(外交関係の断絶)です。サウジアラビアがイスラム教シーア派の聖職者を処刑したことで、イラン国民の一部が激怒し、テヘランのサウジアラビア大使館を襲撃したことがきっかけで、サウジアラビアがイランの外交団の国外追放を決めました。サウジアラビアとしては全て予定の範囲内の、シナリオ通りの行動と言えるでしょう。

 

 イランはアメリカとの間で核開発を巡り、核兵器を開発しないことで合意に達していました。ここからイランとの間で国交正常化まで進む可能性もあります。そうなると、中東世界におけるサウジアラビアの影響力は低下します。更には、ISの脅威もサウジアラビアにとっては深刻です。ここで、不安定な中東世界にさらに不安定な要素を加えることで、低落傾向が続く原油価格は上昇しますし、アメリカも改めて、サウジアラビアに対するご機嫌取りに動くという計算もあるでしょう。 

 

 中東が不安定さを増す中で、アジアでも不安定さを増す事件が起きました。本日、北朝鮮が水爆実験を行ったと発表しました。これによって、北朝鮮を取り巻く日中韓は難しい状況に置かれてしまいます。アジア地域は経済発展が著しい訳ですが、安全保障環境が不安定になれば経済にも悪影響を及ぼすことになります。

 

 新年早々から、世界は不安定な状況に置かれてしまいました。しかし、こうした状況を利用しようとするのが、アメリカのネオコン(共和党)・人道主義的介入派(民主党)です。考えてみれば、こうした状況ではアメリカの軍事介入が望まれるようになるのですから、アメリカの優越と軍事介入を主張している両グループにとっては、渡りに船の状況です。

 

 サウジアラビアとイランが直接、事を構える(ミサイルを撃ちあう)、それにイスラエルが絡むということになれば、中東で新たな戦争が起きるということもあるでしょう。アジア地域では、北朝鮮の存在のために中国が苦境に立たされることもあるでしょう。

(23:05に加筆します。)

 

 私はオバマ政権最後の1年となった2016年、アメリカと北朝鮮との間で、イランやキューバの場合と同じく、ホワイトハウス主導で緊張緩和があるのではないかと考えていました。しかし、今回、北朝鮮が水爆実験を行いました。北朝鮮内部に、アメリカとの緊張緩和を妨害したい勢力がいるのだろうと推測されます。彼らは北朝鮮の今の体制を維持したいのだろうと思います。そして、こうした勢力はアメリカ国内のネオコン・人道主義的介入派とつながっているのだろうと思います。彼らの使嗾もあって、何カ月も前から水爆実験の準備が進められ、今回行われたのではないかと私は考えます。

 
 年末年始にかけて起きたことを一つの線で見てみて、「誰が一番得をするのか」ということを考えると、ネオコン・人道主義的介入派ということになります。アメリカは今年、大統領選挙の年で、来年には新しい大統領が誕生します。昨年の段階で、既にヒラリーの勝利がほぼ確定的と言えるでしょう。彼女の介入主義にとって、世界が不安定であることは、「得」なことなのです。一連の事件の裏には、アメリカの両グループとそれらに結び付いた現地勢力がいることは間違いないと言ってよいでしょう。
 

 アメリカのネオコン・人道主義的介入派が喜ぶような状況になれば、安保法制を成立させている日本に寄せられる期待(命令)は大きなものとなります。2016年、そして新年早々来年のことを言うと鬼が笑うかもしれませんが、2017年は世界にとって何か大きなことが起きて、多くの人々が苦難に苦しむようなことになるのではないか、と私は危惧しています。

 

(終わり)








 
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