古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 世界政治

 古村治彦です。

 

 国連総会に伴い、安倍晋三首相がニューヨークを訪問、アメリカのドナルド・トランプ大統領と首脳会談を行いました。焦点は貿易赤字問題。簡単に言うと、アメリカは現状の対日貿易赤字状態を何とかしたい、減らしたい、日本は現状からあまり変更を加えたくないということになります。

 

 1980年代、私が子供の頃、日米貿易戦争などと呼ばれ、対日貿易赤字に業を煮やしたアメリカは厳しい要求をしていました。子供なのでよく分からなかったのですが、「日本が自動車やテレビを作って、それをたくさん輸出するんだけど、アメリカからは何も買わないのでアメリカが怒っている」という程度の理解でした。

 

 さて、その頃に比べて、日米の貿易関係はどうなっているかと言うと、アメリカの貿易赤字の額で言えば、中国やメキシコの方が大きくなっています。中国は年間で約38兆円も黒字(アメリカからすれば赤字)なので何ともすさまじいものです。貿易額の合計で言えば、中国とメキシコが群を抜いています。日本は対アジアでの貿易が活発になっているようです。

 

(貼り付けはじめ)

 

■2017年のアメリカの貿易赤字上位5か国(アメリカからの輸出額―その国からの輸入額、概数)

 

    中国 1700億ドル 5200億ドル -3500億ドル(約38兆5000億円)

    メキシコ 2400億ドル 3200億ドル -800億ドル(約8兆8000億円)

    日本 690億ドル 1390億ドル -700億ドル(約7兆7000億円)

    ドイツ 535億ドル 1130億ドル -595億ドル(約6兆5500億円)

    イタリア 185億ドル 500億ドル -315億ドル(約3兆4700億円)

 

ソース:http://honkawa2.sakura.ne.jp/8782.html

 

■年別の貿易赤字のグラフ


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 ソース:http://honkawa2.sakura.ne.jp/8782.html

 

(貼り付け終わり)

 

対日赤字の約80%は自動車関連となっています。アメリカ側には、自動車こそはアメリカのお家芸、アメリカの自動車は世界一、だから日本で売れないのはおかしい、という意識があるかもしれませんが、今の日本でアメリカ車を積極的に買いたいという人は少数だと思います。日本で外国産車と言えば、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スウェーデンといったヨーロッパの国々の自動車となります。アメリカ車は、燃費が悪く、故障が多く、大型車ばかりで日本の狭い道にはそぐわないという考えが日本の消費者の側にあります。戦後しばらくアメリカ車は憧れの対象で、古い日本映画では主人公がアメリカ車を運転している場面が良く出てきます。しかし、私がアメリカで生活しての経験を踏まえて、アメリカの自動車を買うかと質問されればとノーと答えます。

 

 アメリカ側が日本側にいくら「アメリカ車を買え」と要求しても、それは理不尽な要求で、消費者の要求に沿った自動車づくりをしてからそのように言えということになります。アメリカでは景気が良くなっているということで、購買意欲が高まり、その購買意欲が、アメリカ車ではなく、日本車に向かっていることで、貿易赤字が増えているという側面があります。日本車は故障しにくく、大切に乗っていれば、中古車として売却する際には高い値段で売れるというのがアメリカ国内での常識ですから、お金があったら日本車を買うということになります。

 

ですから、アメリカとしては日本の自動車関連輸出に対して高関税をかけることで、アメリカ国内での日本車の売り上げを下げ、アメリカ車が競争できるようにするという動きに出ようといのが現在の状況です。今回の日米首脳会談では更なる関税はかからないということになりましたが、今後はどうなるか分かりません。日本の対米貿易黒字(アメリカの対日貿易赤字)の8割近くは自動車関連なのですから。

 

アメリカから日本への輸出、日本から見ればアメリカからの輸入の主要な品目を見てみると、化学品等(18.8%)、食料品・農水産物(18.6%)、航空機・同部品(12.6%)、光学機器・医療機器(10.9%)、一般機械(10.0%)となっています。食料品・農産物がやはり大きな割合を占めます。日本は稲作を守るために高い関税障壁を設けているように思われていますが、他国と比べても農産物や食料品にかかる関税は高くありません。食料自給率の低下は私が子供の頃から叫ばれていますが、既に低廉な外国産の食品が入っており、日本農業の拡大はなかなか難しい状況です。

 

 こうした自動車や農産物の交渉を日本側では「TAGTrade Agreements on Goods)」と呼んでいます。問題は、共同宣言で、TAGが終了後、更に貿易と投資について話し合いを行うという文言が入っていること、更にトランプ大統領が「日本側は更に防衛関連でアメリカからの購入を増やすと述べた」と主張していることです。

 

 今回はあまり大きな変更はなくて済みそうですが、アメリカは日本側に更なる過大な要求をしてくることは明らかなようです。属国・日本はそれでますます疲弊していきそうです。

 

(貼り付けはじめ)

 

●「日米貿易協議 通商交渉「新枠組み」 首脳会談で詰めへ」

 

毎日新聞2018925 2347(最終更新 926 0057)

https://mainichi.jp/articles/20180926/k00/00m/020/175000c

 

 【ニューヨーク中井正裕、清水憲司】日米両政府は25日、ニューヨークで第2回の閣僚級貿易協議(FFR)を行い、関税を含めた2国間の通商交渉入りについて協議した。貿易赤字削減を目指すトランプ米政権が米産品の輸入拡大などを強く求めているのに対し、日本政府は米国による自動車・同部品の輸入制限を回避したい考え。26日(日本時間27日未明)の日米首脳会談でも交渉入りについて議論した上で、合意文書の公表を目指す。

 

 茂木敏充経済再生担当相と米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表が同市内のホテルで協議した。終了後、茂木氏は「議論のベースを日本から提案した。両国の貿易を促進する方策、枠組みについて基本的な認識は一致した」と語り、協議が前進していると強調。ただ、具体的な内容は明らかにせず、「個別項目は首脳会談で合意した上で発表したい」と語った。

 

 8月に開いた第1回FFRでは、米国が2国間の通商交渉を迫る一方、日本は米国に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への復帰を促し、議論は平行線に終わった。しかし、トランプ米大統領は2国間交渉を拒む日本に対し「米国と取引しなければ大問題になる」といらだちをみせ、自動車・同部品の輸入制限の発動をちらつかせるなど通商圧力を強めてきた。

 

 トランプ氏は9月23日の安倍晋三首相との夕食会でも通商問題に言及。26日の日米首脳会談で、トランプ氏が通商問題で具体的な成果を求めるのは必至の情勢だ。一方、国内経済への影響が大きい米国の自動車・同部品輸入制限を回避することは日本政府の最重要事項。今回の協議で茂木氏は車の輸入制限回避に向け、農産物など一定の分野での関税交渉入りなどを幅広く議論した模様だ。

 

 北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉では米国はメキシコに、通貨政策を制限しうる為替条項や、自動車の数量制限など自由貿易を制限する条項を認めさせた。2国間交渉は、幅広い通商分野をカバーする自由貿易協定(FTA)につながる可能性もある。日本には警戒感が残っているものの、トランプ氏の強い要請を踏まえ、2国間交渉は避けられないとの判断に傾いた。

 

 

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●「トランプ氏、安倍首相との友好関係「終わる」 米紙報道」

 

朝日新聞 ワシントン=土佐茂生2018971049

https://www.asahi.com/articles/ASL972C1VL97UHBI009.html

 

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは6日、トランプ大統領が同紙コラムニストとの電話で、日本との貿易赤字を問題視し、安倍晋三首相との友好関係が「終わる」と語ったと報じた。日米は今月25日に首脳会談を行う方向で調整しており、トランプ氏が日本に二国間の自由貿易協定(FTA)の締結など、厳しい態度で交渉に臨む可能性がある。

 

 コラムニストのジェームス・フリーマン氏はトランプ氏と電話した内容を踏まえ、同紙で「北米や欧州の友好国との交渉をまとめたとしても、貿易をめぐる不確実性は必ずしも終わらない。トランプ氏はなお、日本との貿易の条件で悩んでいる」と指摘した。

 

 トランプ氏は電話の中で安倍首相との良好な関係に触れた上で、貿易赤字の解消のために「日本がどれだけ(米国に)払わなければならないかを伝えた瞬間、(良好な関係は)終わる」と語ったという。

 

 両国政府は、安倍首相が自民党総裁選で3選された場合、国連総会に出席するのに合わせてニューヨークで首脳会談を行う方向だ。これに先立ち、閣僚級の通商協議「FFR」の2回目の会合も行う見通し。トランプ氏は11月の中間選挙を控え、日本との貿易赤字の解消も成果にしたい考えで、輸入車への高関税措置をちらつかせて、日本側に妥協を迫る可能性がある。(ワシントン=土佐茂生)

 

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●「米貿易赤字9年ぶり高水準 17年、対中国が過去最大」

 

日本経済新聞 2018/2/6 22:47

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26613280W8A200C1FF2000/

 

 【ワシントン=鳳山太成】米商務省が6日発表した2017年の貿易統計(通関ベース)によると、モノの貿易赤字は7962億ドル(約86兆8千億円)と前年比8.1%増えた。2008年以来、9年ぶりの大きさだ。全体の約半分を占める対中赤字が過去最大に膨らんだほか、対メキシコも増えた。対日赤字は横ばいだった。

 

 トランプ米大統領は米国人の雇用が外国に奪われたとして貿易赤字を敵視する。赤字削減を公約に掲げているが、政権発足1年目は赤字幅が広がる結果となった。中国などに一段と圧力をかけて通商摩擦が激しくなる可能性がある。

 

 米国のモノの貿易収支のうち、世界主要国の同時成長を受けて輸出が1兆5468億ドルと6.6%増えた。一方で堅調な米国経済を追い風に輸入も2兆3429億ドルと7%増えた。旺盛な個人消費を受けて部品を含む自動車や飲食料品の輸入が過去最高を記録した。企業の設備投資も堅調で、コンピューターや産業機械など資本財の輸入も大きく増えた。

 

 国際収支ベースでみたサービス収支は2440億ドルの大幅な黒字だった。モノとサービスを合わせた貿易収支は5660億ドルの赤字にとどまり、サービスで稼ぐ構造が続いている。

 

 米国のモノの貿易赤字で最も大きい対中赤字は3752億ドルと8.1%増えた。1月に発表された中国側の統計でも、米国の対中赤字は過去最高となった。トランプ氏は同月、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と電話で協議し、対中貿易赤字の拡大を「持続的ではない」と指摘し失望したと伝えている。トランプ氏は鉄鋼やアルミニウムへの輸入制限、知的財産の侵害への制裁措置を検討しており、赤字拡大を受けてさらに強硬姿勢に出る可能性がある。

 

 対日貿易赤字は横ばいの688億ドルだった。国別では3位で、前年の2位から1つ順位を下げた。米政権は日本の自動車貿易の非関税障壁などに不満を持っており、日米自由貿易協定(FTA)に関心を示す。環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰検討も表明し、日本を含む協定参加国の市場開放に向けた交渉に乗り出す考えをちらつかせている。

 

 中国と並んで貿易赤字が大きく広がったのがメキシコだ。10.4%増えて国別では前年の4位から2位に浮上した。トランプ氏はメキシコから自動車関連の輸出が増えてきたことに不満を抱いており、昨夏からカナダも含めた北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を進めている。米国は自動車貿易を中心に厳しい要求を続けそうだ。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 少し古くなりますが、日本の安全保障関係とアメリカの保護貿易政策による米中貿易戦争に関する記事をご紹介いたします。この論稿の要旨は「日本はトランプの貿易政策などによって酷い目に遭うので、それならば中国に色気を見せることも考えられるが、やっぱりアメリカから離れられない」というものです。

 

 日本がアメリカから離れるということを想像することは難しいことです。中国が経済力と影響力を増大させる中で、それでは日本が中国に近づくということは短期的にはあり得ません。しかし、日本はアメリカとの関係について、もっと現実的に動くという選択肢はあります。中国が伸びてきている以上、中国にも近づき、かつその関係を使って、アメリカに対して条件闘争を行うというものです。

 

 最初から「ご無理ごもっとも」で何でも相手の言う通りに全てを受け入れるというのは、よほど特殊な関係です。個人間で考えても分かります。日米関係はこの特殊な関係になっています。それが帝国・属国関係ということになります。何でもかんでもアメリカの言いなりになる、アメリカの利益のために日本の利益を犠牲にする、それは究極的にはそれで平和を買うということ、それは戦後日本が到達した一つの見識かも知れません。

 

 しかし、貿易戦争で関税を課され、プラスして防衛力増強を求められ、アメリカらの武器購入を求められるということは、お金をさらに貢ぐということです。貢がれたお金はアメリカとアメリカ国民のために使われるもので、日本人のためではありません。そのような関係でいいのか、というときに、中国との関係を深めておけば、それを使って、条件闘争が出来る可能性もあります。

 

 ところが、日中関係は不自然なほどに敵対的です。この不自然なほどの敵対関係で得をするのはアメリカです。中国との関係がこうである以上、日本はアメリカに益々べったりということになるからです。

 

 このような状況で本当に良いのかということを考えるべき時期に来ているのではないかと思います。

 

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日本の中国との合意は純粋なプラグマティズム(Japan’s China Deals Are Pure Pragmatism

―ドナルド・トランプでさえも日本政府を中国政府の陣営に押し込むことはできない

 

J・バークシャー・ミラー筆

2018年7月3日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2018/07/03/japans-china-deals-are-pure-pragmatism/

 

複数の専門家たちは最近になって、ドナルド・トランプ大統領の予測不可能で大胆な外交政策によって、アメリカにとって東アジア地域の最重要の同盟国である日本を中国の陣営に押しやることになると分析している。『ウォールストリート・ジャーナル紙』紙に掲載された記事「トランプの貿易戦争は、日本と中国を協力させることに」の中で、両国を「奇妙な同志(strange bedfellows)」と表現した。また、東アジア地域のライヴァルである日本と中国の雪解けの原因がトランプの政策による非確実性であると主張する人々も存在する。

 

この日中の接近という主張にはいくつかの真実が含まれているが、日本政府がすぐにアメリカ政府を捨てて中国政府の側につくということはない。日本の対中国政策は、中国の力が強くなり、東アジアにおけるアメリカの役割が不透明化している中で、よりプラグマティック(現実的、実践的)になりつつあるが、日本が最終的に望むことは、アメリカが東アジアからいなくなることである。

 

トランプ大統領の外交政策はジェットコースターに乗っているようなものだ。これは日本では特に痛切に感じられている。トランプは大統領に就任して最初の週に、トランプ大統領は環太平洋経済パートナーシップ協定(TPP)からのアメリカの離脱を発表した。TPPは、アジア太平洋地域の旗艦となる貿易合意であり、もともとはアメリカが主導し、日本の安倍晋三首相が協力してきた。その後、トランプ大統領は、日本と韓国を含む長年の同盟諸国に脅しをかけている。トランプはこれらの国々はアメリカとの同盟関係において最低限度のコストで最大の利益を得ていると非難している。

 

トランプ大統領は最近、貿易に関して全面攻勢に出て、これが同盟諸国やライヴァル諸国に影響を与えている。日本は、カナダやEUと同様に、長年にわたりアメリカに対して忠実な同盟国であり続けてきたのに、貿易問題に対して何らの恩恵も受けていない。トランプ政権は日本の鉄鋼とアルミニウムに対して大幅な関税引き上げを行った。トランプ政権は、アメリカの国家安全保障上にとって関税引き上げのような厳しい措置は必要不可欠な措置なのだと主張している。

 

日本はまたトランプ政権が北朝鮮との合意で譲歩し過ぎたと懸念を持っている。共同宣言の内容は具体性に欠け、アメリカ政府は中国の東アジア地域における攻勢に対処するにあたり、いくつかの効果の薄い対策は行っているが、包括的な戦略を持っていないと日本は考えている。日本は、トランプ政権が主導してきた北朝鮮を交渉のテーブルにつかせることを目的とする最大限の圧力の熱心な支持者であった、しかし、現在、日本は最近の情勢と出来事について、米朝間で、アメリカが北朝鮮に代償なしに妥協しているということに懸念を持っている。

 

シンガポールでの米朝首脳会談の直後、トランプ大統領は、今年の後半に予定されていた米韓合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」の延期を提案した。トランプ大統領の発表は、日本や韓国に相談することなくなされたものだった。この発表によって、アメリカの朝鮮半島における役割についての疑問が醸成されている。トランプの発表は日本と韓国に相談することなくなされたもので、朝鮮半島に対するアメリカのアプローチに対する疑念を駆り立てることになった。日本政府はトランプが演習について「挑発的」でかつ「費用負担が大きい」と述べたことについても深く憂慮している。トランプのあけすけな言葉遣いによって、ホワイトハウスは地域の同盟諸国をアメリカの対アジア政策と地域の安定にとっての必要不可欠な要素ではなく、財政上、安全保障上の負担だという考えを強めているのではないかという懸念を同盟諸国は持っている。

 

同時に、日中関係において大きな改善が起きている。先月(2018年5月)、日本は李克強国務院総理を迎え、また日中韓3か国の首脳会談のために韓国の文在寅大統領も訪日した。李克強訪日中、日本と中国は一帯一路協議会の設立と東シナ海における意図しない衝突を避けるための空海における接触に関するメカニズムの長年にわたる議論を終わらせた。東シナ海では島々を巡り日中間で衝突が継続している。貿易問題に関しては、日中両国は相互依存関係にあり、トランプの保護主義的な動きに対抗し、東アジア地域の安定した貿易環境を促進することで共通の利益を持っている。貿易協定に関して日中は全く別の意図を持っているが、両国は二国間、そして日中韓自由貿易協定とより大きな地域包括経済パートナーシップを通じて多国間の交渉を続けている。

 

しかし、このような関係改善の動きは歓迎されているが、進みは遅い。言い換えるならば、現状は、雪解けではなく、現実主義に基づいた動きということである。日中関係における戦略に関する不信が生み出す構造的な問題は尖閣諸島の領有権問題と東シナ海に埋蔵されている天然資源の問題である。中国の地域における攻勢と急速な軍の近代化、日米同盟の存在、台湾との関係は根深い問題で、解決に向けた取り組み話されていない。二つ目に、トランプ政権が同盟諸国に対して敵意を持った言葉遣いをしていることに対して、日本と同盟諸国の中で、懸念が広がっている。これは正当な懸念である。日本政府は国家安全保障の保証者としてアメリカをつなぎ留めたいとしている。トランプの言葉遣いがどんなに荒くても、日本政府にとっての要点は全く変わらないのだ。

 

日本は、貿易に関してのアメリカの保護主義的な主張を攻撃するようなことはしない。アメリカの保護主義派アジアにおけるアメリカの信頼性を減少させ、中国の地位を上昇させることになる。日本は、外交上の集中的な攻勢を通じて、アメリカを東アジア地域に関与させ続けようと努力を続けている。この外交上の攻勢は南アジアと東南アジアで展開されている。安倍首相はインド、ヴェトナム、フィリピンなどの諸国家との戦略上の関係を結び、発展させようとしている。この動きは頼りにならないアメリカに対してバランスをとることではなく、二国間の関係を束ねた網を通じてアメリカを東アジア地域に関与させる続けることが目的である。更には、日本は、日米関係を通じて、航行の自由と国際法を通じての紛争の解決のようなアメリカの目的を支持するのである。

 

最後に、安倍政権の下で、日本は安全保障と防衛に対する姿勢を改善し続けている。こうした動きはこれまでの日本の各政権が進めたプロセスの一部であり、進化である。安倍政権下での重要な変化は、国家安全保障会議の設置、国家安全保障戦略の策定、米国との二国間の防衛ガイドラインの見直しといったもので、アメリカの撤退の恐怖を和らげるためではなく、日米同盟をより完全に、そして強化することを目的としたものだ。

 

日中関係の最近の動きは無内容なものではないが、和解に向けた兆候ということでもない。これからの数か月、私たちは中国政府と日本政府との関係がより現実的な方向に進むだろう。しかし、紛争に関して和解が進むものではない。安倍首相率いる自民党の運命は重要な役割を果たす可能性がある。安倍首相が自民党総裁として3期目を務める、つまり首相を務めることが継続できるならば、中国との関係の動きはこれまで通り進む。しかし、安倍首相が継続できないとなると、日中関係の不安定さが増すことになる。

 

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 古村治彦です。

 

 11月に入って、パラダイス文書(Paradise Papers)と名付けられた文書が流出し、その内容が報道されるようになりました。これはICIJという世界各国の報道機関が加盟している国際組織が文書を入手し、加盟報道機関が世界各国で同時に報じるという形になっています。日本では朝日新聞が加盟し、報じています。ICIJには世界各国のクォリティ・ペーパーが加盟しているようです。

 

 パラダイス文書にはイギリスのエリザベス女王、世界的な人気ロックバンドU2のヴォーカルであるボノ、マドンナと言った人たちの名前が出ています。日本からは鳩山由紀夫元首相の名前も出ました。ウィルバー・ロス商務長官やゲイリー・コーン国家経済会議議長といったトランプ政権の最高幹部たちの名前も出ています。

 

 これはリベラル系の報道機関によるトランプ政権攻撃ということがまず考えられます。しかし、もっと深読みをすると、これはトランプ政権と共和党が進める税制改革を補強する動きであるとも考えられます。

 

 租税回避地に会社を作って自分が住んでいる、国籍(市民権)を持っている国の税金を回避する、という動きは世界各国の富裕層なら誰でもやっていることです。税金逃れという批判はできますが、違法ではありません。しかし、ここ最近、世界各国政府、特に高度経済成長が見込めない先進諸国の政府は懐具合が厳しくなっている中で、貧困層や中間層からこれ以上搾り取れないということで、富裕層への課税、徴税を何とかしたいと考えるようになっています。資源に恵まれている国々や経済成長が著しい国々ではこうした動きは起きていません。

 

 そうした中で世界各国政府の徴税部門は富裕層の財産の把握と徴税を何とかしたい、ということで足並みをそろえています。そして、彼らの考えることは、富裕層の財産を自国に戻させよう、そして、これまでのような累進性の高い課税を少し緩めて、彼らにより多くの税金を払ってもらおうということです。

 

 アメリカの連邦議会では現在、税制改革の議論が進んでいます。富裕層に対する減税案だという批判も出ていますが、財産を海外に持ち出されて、まったく納税されないという現状を変えるためには、現状を緩くしてアメリカに資金を戻してもらって、課税に応じてもらう、納税してもらうということが重要です。そのための株高でもある訳です。

 

 今回のパラダイス文書暴露はトランプ政権攻撃でありながら、同時に富裕層に自国に戻ってもらって、資金を戻してもらって、納税をしてもらうための動きでもあると思われます。

 

(貼り付けはじめ)

 

リークされた文書によってトランプ政権の最高幹部たちのオフショア取引が暴露される(Leaked documents reveal offshore dealings of top Trump officials

 

ジュリア・マンチェスター筆

2017年11月5日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/news/358865-leaked-documents-reveal-offshore-dealings-of-top-trump

 

報道機関の国際機関が報じた一連の大量の文書に、トランプ大統領につながっている複数の人物の名前が出ている。彼らは自分たちのビジネス投資を法的に守ったり、彼らの顧客と企業の資金を租税回避地(タックス・ヘイヴン)に逃避させる政策に影響を与えたりできる立場にある。

 

1300万点の文書は「パラダイス文書」と名付けられた。これらはバミューダを拠点とする法律事務所アップルビーをはじめとする様々な企業から流出した文書だ。パラダイス文書について最初に報じたのはドイツの新聞『南ドイツ新聞』紙だった。そして、調査報道ジャーナリスト国際連合(ICIJ)の加盟各社が報じ始めた。ICIJには、『ザ・ガーディアン』紙、BBC、『ニューヨーク・タイムズ』紙などが加盟している。パナマ文書暴露の際にもバックにいたのはICIJであった。

 

パナマ文書の時と同様、パラダイス文書もまた世界のエリート層の人々によって作られたオフショア金融の問題を炙りだしている。

 

NBCニュースは、パラダイス文書には世界各国の120名以上の政治家と王家のメンバーの名前が出ていると報じた。彼らはオフショア金融に関係していると報じられた。

 

パラダイス文書にはトランプ政権の最高幹部たちの名前が出ている。

 

ウィルバー・ロス商務長官は政権入りした後も、ロシアのウラジミール・プーティン大統領のインナーサークルとビジネス上のつながりと利益を維持していた、とニューヨーク・タイムズ紙が入手した文書によって明らかにされた。ニューヨーク・タイムズは、彼らはプーティン大統領の義理の息子が共同所有者になっている企業の生産する天然ガスを運送する、多額の利益を生み出す海運業に投資していた。

 

商務省報道官はパラダイス文書を入手したNBCの取材に対して、大西洋上の海運に関連する諸問題にロス長官自身は関与していない、「最高の倫理基準を確保する」ために倫理に関する商務省の部局と連絡を取り合っている、と語った。

 

報道官は更にロス長官がロシアに対する経済制裁に「概ね」賛成していると述べたが、声明の中では、NBCニュースが報じたロシアとロス長官との関連については言及がなかった。

 

ガーディアン紙は、トランプ政権の国家経済会議議長で経済担当補佐官を務めるゲイリー・コーンは、2002年から2006年にかけてバミューダにおけるゴールドマンサックスの関連22社の最高幹部を務め、レックス・ティラーソン国務長官は1997年にバミューダのある企業の経営責任者を務めていた、と報じた。

 

ガーディアン紙によると、レックス・ティラーソン国務長官はまた、1997年にバミューダに拠点を置いていたマリブ・アップストリーム・カンパニー社の経営責任者を務めていた。

 

ティラーソンは1997年にエクソンモービル社のイエメン支社の責任者を務めていた。パラダイス文書によると、エクソンモービル社イエメン支社はマリブと深い関係にあった。

 

「シティズンズ・フォ・タックス・ジャスティス」は昨年、エクソンモービル社は、ケイマン諸島、バミューダ、バハマといった複数の場所に35の子会社を所有していた。

 

スティーヴン・ミュニーシン財務長官はパラダイス文書に名前が出ていない。しかし、彼が副会長を務めた銀行ゴールドマンサックスは、上客に対してプライヴェートジェットの経費を支払うということを行っていた、とガーディアン紙は報じている。

 

パラダイス文書には駐ロシア米大使ジョン・ハンツマンはパラダイス文書に掲載された企業の共同所有者であったと報じられている。また、住宅都市開発長官ベン・カーソンが経営していた(現在は引退)あるバイオ技術企業はオフショアで複数の企業を設立していたということも報じられている。

 

大統領のインナーサークルには大富豪の実業家カール・アイカーンとトム・バラックが含まれているが、2人ともパラダイス文書に名前が出ていると報じられている。

 

本誌はホワイトハウスにコメントを求めている。

 

=====

 

●「パラダイス文書って何? 鳥山明さん、鳩山由紀夫・元首相の名前も タックスヘイブンなどでの経済活動を暴露」

 

20171106 1323 JST | 更新 29分前

安藤健二

ハフポスト日本版ニュースエディター 「知られざる世界」担当

http://www.huffingtonpost.jp/2017/11/05/paradise-papers_a_23267613/?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

 

タックスヘイブン(租税回避地)が絡む経済活動に多くの著名人が関わっていることが、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した「パラダイス文書」で明らかになった。

 

■パラダイスの由来は?

 

産経ニュースによるとタックスヘイブンは美しい島国に多いほか、フランス語などで「税の楽園」と表現することからICIJは「パラダイス文書」と名付けた。パナマ文書と同様に、ヨーロッパの有力紙「南ドイツ新聞」が入手し、ICIJと共有した。情報源を一切明らかにされていない。

 

文書数は1340万件で、データ量は1.4テラバイト。「史上最大のリーク」と呼ばれた2016年のパナマ文書と比べデータ量では少ない一方、資料数は190万件多いという。

 

朝日新聞デジタルによると、パラダイス文書の内訳は、バミューダ諸島などにある大手法律事務所アップルビーの内部文書683万件と、シンガポールの法人設立サービス会社「アジアシティ」の内部文書566000件、マルタなど19の国・地域の登記文書604万件だ。

 

パラダイス文書に掲載された各国の政治家・君主らの名前は、47カ国127人。カナダのトルドー首相やイギリスのエリザベス女王らが掲載されていた。芸能人では歌手マドンナさんや、ロックバンド「U2」のボノさんの名前もあった。

 

日本からも「ドラゴンボール」で知られる漫画家の鳥山明さんや、鳩山由紀夫元首相の名前が掲載されていた。各社の報道を元に情報を整理すると以下のようになった。

 

■鳥山明さん、アメリカの不動産に出資

 

共同通信によると鳥山明さんを含む日本人12人が2000年、アメリカに設立された不動産リースの投資事業組合に出資していた。

 

鳥山さんは同社に「日々多忙のため、税務面はおまかせにしていますのでお話しできることはありません」と書面で回答したという。

 

■鳩山元首相、バミューダ諸島に設立された資源会社の役員に

 

産経ニュースによると、鳩山由紀夫元首相はタックスヘイブンに設立された法人の役員に就任していた。

 

バミューダ諸島に設立され香港を拠点にする資源会社「ホイフー・エナジーグループ」の名誉会長を政界引退後の2013年から務めている。

 

鳩山元首相は「名前だけでも連ねてくれと要請された。名誉会長で実質何も意味はない」と経営への関与を否定した。

 

■「U2」のボノさん、マルタの会社に出資

 

英紙ガーディアンによると、ロックバンド「U2」でボーカルを務めるボノさんは、タックス・ヘイブンとして知られるマルタ共和国に拠点を置くヌード・エステートという会社に投資していた。この会社が、リトアニアのショッピングモールを580万ユーロ(約77000万円)で買収していた。

 

ボノさんの広報担当者は「ボノは主要な投資家ではなく、積極的に関わってない。2015年に解散するまで、会社は合法的に登記されていた」とコメントした。

 

■マドンナさん、ポール・アレンさんらの名前も

 

ICIJによると、マドンナさんはカリブ海のバミューダ諸島の医薬品関連会社の株を保有していた。

 

起業家も多く、ネット競売大手イーベイを設立したピエール・オミディア氏はケイマンの金融商品に投資。マイクロソフト共同創業者のポール・アレンさんは、豪華ヨットや潜水艇を租税回避地に登記していたという。

 

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●「「パラダイス文書」にエリザベス女王やマドンナ、ボノの名前も ローマ・カトリック教会の聖職者がバミューダ諸島に会社を持っていたことも判明」

 

20171106 1147 JST | 更新 2時間前

http://www.huffingtonpost.jp/2017/11/05/the-paradise-papers-elizabeth_a_23267575/

 

 

英女王・マドンナ・中東の王妃... 「税の楽園」集う大物

 

 大手法律事務所「アップルビー」などから流出した膨大な「パラダイス文書」には、英国のエリザベス女王といった数々の著名人や、米アップル社など世界的に事業を展開する多国籍企業の名が載っていた。国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の取材で、タックスヘイブン(租税回避地)での経済活動の一端が明らかになった。(疋田多揚、軽部理人)

 

 パラダイス文書の一つに、こう題された文書があった。日付は2008年6月12日。本文はこう続く。「みなさまに3千万ドル(約34億円)の分配金をお知らせいたします」

 

 受益者の中には、エリザベス英女王の個人資産を表す名称があった。

 

 それによると、女王は05年、タックスヘイブンで有名な英領ケイマン諸島のファンドに750万ドル(約8億6千万円)の個人資産を投資。3年後に36万ドル(約4100万円)の分配金の知らせを受け取った。

 

 女王のお金はこのファンドを通じ、別の会社へ投資された。英国の家具レンタル・販売会社「ブライトハウス」を支配下に置く会社だ。ブライト社は、一括払いができない客に年率99・9%の高利を求める手法が、英国議会や消費者団体から批判を浴びていた。

 

 女王の資産は、英国内での運用は一部が明らかになっているが、英国外での運用は知られてこなかった。女王の広報担当はICIJに「ブライト社へ投資されたことは知らなかった。女王は個人資産やその運用で得た所得税を納めている」とコメントした。

 

 ローマ・カトリック教会の聖職者がバミューダ諸島に会社を持っていたことも文書でわかった。メキシコ出身の故マルシアル・マシエル神父。「キリスト軍団」という修道会を創設し、「カトリック最大の資金貢献者」と称される一方で、神学生への性的虐待容疑で告発された人物だ。カトリック教会は、その資産を運用する団体がマネーロンダリング(資金洗浄)などの不正に長年かかわってきたと指摘されている。

 

 またヨルダン前国王の妻ヌール王妃は、英王室属領のジャージー島にある二つの信託会社から利益を得ていた。ブラジルの中央銀行総裁も務めたメイレレス財務相は、「慈善目的」でバミューダ諸島に財団を設立していた。約30年の独裁体制を強いたインドネシアのスハルト元大統領の2人の子どもも、アップルビーの顧客リストに載っていた。

 

 文書からは「セレブ」の資産運用も垣間見える。米歌手のマドンナ氏は医療用品販売会社の株を持っているほか、ロック歌手ボノ氏は、マルタに登録された会社の株を所有していた。

 

 米投資家で、ICIJに慈善団体を通じて寄付しているジョージ・ソロス氏もタックスヘイブンに置いた組織の運営に関し、アップルビーを利用していた。

 

 世界最大規模の米ネットオークションサイト「eBay(イーベイ)」創設者のピエール・オミディア氏がケイマン諸島の金融商品を所有していることもわかった。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


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 古村治彦です。

 

 今回は、ヘンリー・キッシンジャーによる北朝鮮問題の分析記事をご紹介します。北朝鮮は金正恩委員長の指導の下、ICBMを開発し、アメリカの領土を射程に捉えたという報道がなされています。ICBMは第二次世界大戦中にドイツが開発したV(報復)1ロケット(イギリス国内を攻撃した)がその原型と言われています。世界大戦から72年も経過し、その当時、最先端技術であった原子爆弾も長距離攻撃ミサイルも作ろうと思えばどの国でも作ることが可能なものとなりました。

 

 北朝鮮はアメリカとの交渉を求めています。6か国協議という枠組みはありますが、北朝鮮は多国間協議の枠組みには何も決める力がないのだから、アメリカとの直接交渉しかないと考えています。韓国や日本、ロシアや中国を無視している状況です。一方、アメリカはトランプ大統領が激しい言葉遣いをしていますが、ティラーソン国務長官は交渉最優先という立場を取っています。

 

 北朝鮮とアメリカは両国ともに交渉を求めていますが、北朝鮮はアメリカとの直接交渉、アメリカは中国に北朝鮮への対応を求めつつ交渉は6か国協議で、とそれぞれ異なる主張を行っています。

 

 ヘンリー・キッシンジャーがトランプ政権の外交指南役であることはすでにこのブログでも数度にわたってご紹介しました。キッシンジャーの考えはトランプ政権の外交に反映されるのですから、彼の考えを知っておくことは重要です。

 

キッシンジャーは北朝鮮の「非核化(denuclearization)」を目的としています。そのためには武力行使という選択肢を完全に排除しないとしながらも、交渉を優先するという立場を取っています。そして、キッシンジャーは北朝鮮の体制転換を求めず、核兵器を放棄した場合に、その機に乗じて北朝鮮を攻撃しないということを国際社会が約束することを条件にすべきだと述べています。

 

キッシンジャーは中国の存在と思惑を考慮しながら、アメリカと中国が衝突することなく、非核化(北朝鮮だけでなくアジア地域全体)という共通の目的を達成すべきだとしています。

 

私は北朝鮮という国家は、力の空白の中に存在する稀有な国であると考えています。野球で打球が野手の間に落ちてしまうということがありますが、野手の一人が無理をすれば打球をキャッチできるのに、誰も怖くて無理をしないために結局キャッチできない、ということになります。北朝鮮はまさにこのような打球であると考えます。

 

北朝鮮が存在することで、中国はアメリカと直接陸上で対峙しなくて済むという状況にあります。ロシアも同様です。長年中国の圧力を受けるという歴史を経験してきた朝鮮半島の国家である韓国からすれば、逆のことが言えます。そうした中で、どの国も「北朝鮮は存続して欲しいが、核兵器は持ってほしくない」と考えることになります。

 

私は最近、韓国の大学教員の方と話をしました。北朝鮮について質問すると、「韓国と北朝鮮は、言葉は同じだが、全く異質の国同士となってしまった。これを急に統一することはかえって危険である。韓国には急激な統一に耐えられるほどの経済力もない。また、国民の中にも北朝鮮と統一したいと考える人はそう多くない」と答えました。

 

私の中には、朝鮮半島の分断状態は良くないことなので出来るだけ早く統一すべきだという考えが前提にありましたが、「二国共存状態(two-state solution)」ということも考慮しなければならないのだと考えを改めました。

 

北朝鮮としてはアメリカに対して、体制保障と不可侵を求めています。そのための交渉のカードとして核兵器やICBMを開発しています。朝鮮半島問題について考える場合に、「朝鮮半島は統一されるべきだ、それも韓国に吸収される形でというのが望ましいし、それ以外は無理だ」という考えが前提となりますが、統一ではなく、まずは二国共存で、北朝鮮をより開放された、中国のような国にすると考えると選択肢が広がり、短期的には危機が回避されるではないかと思います。

 

(貼りつけはじめ)

 

「北朝鮮危機をどのように解決するか」

―アメリカ政府と中国政府との間の理解が不可欠の前提条件である。日本政府と韓国政府もまた重要な役割を果たすことになる

 

ヘンリー・A・キッシンジャー筆

『ウォールストリート・ジャーナル』紙

2017年8月11日

https://www.wsj.com/articles/how-to-resolve-the-north-korea-crisis-1502489292

 

30年以上にわたり、国際社会は北朝鮮の核開発プログラムに対して、非難と有罪判決宣告の引き伸ばしという矛盾した対応を取ってきた。

 

北朝鮮政府の無謀な行為は強く非難されている。核兵器開発に向けた動きは受け入れられないという警告が国際社会から発せられている。しかし、北朝鮮の核開発プログラムは加速される一方だ。

 

2017年8月5日に国連安全保障理事会によって北朝鮮に対する制裁決議が満場一致で可決された。これは大きな前進を意味する。もっとも、合意されるべき決議はまだ議論されたままで残っている。しかし、大きな一歩は踏み出された。

 

しかし、北朝鮮は大陸間弾道ミサイルの発射実験を成功させた。これによって、更なるごまかしを行う余地が失われることになった。

 

金正恩が中国とアメリカによる反対と国連安保理の満場一致の制裁決議があるにもかかわらずに核開発プログラムを推進するならば、重要なプレイヤーである諸大国間の地政学的な関係を変化させることになるだろう。

 

国際社会が困惑している間に北朝鮮が全面的な核攻撃能力の開発を完成させてしまったら、アジア地域、特にアメリカの同盟国である日本と韓国におけるアメリカの核の傘の信頼性を一気に失わせるという深刻な事態を招来することになるだろう。

 

北朝鮮は長年にわたり核開発を行ってきた。そして、北朝鮮による核の脅威がアメリカの領土に到達するということになり、北朝鮮の核兵器が存在することによる無秩序が生み出される可能性も出てきている。北朝鮮が実用に耐えるICBMを持つには、弾頭の小型化、ミサイルへの弾頭の設置、複数のICBMの製造が必要であり、これにはしばらく時間がかかる。

 

しかし、アジア諸国は、北朝鮮が既に開発している短距離、中距離のミサイルによる攻撃という脅威に直面している。

 

この脅威が増していくと、ヴェトナム、韓国、そして日本といった国々において自国の防衛のために核兵器を開発するという動機が急速に大きくなっていくだろう。これは、アジア地域や世界全体にとって良くない転換点ということになる。

 

北朝鮮が既に開発した核技術から後退させることは、更なる開発を防ぐことと同じく重要になる。

 

アメリカ単独、もしくは複数の国による対北朝鮮外交はこれまで成功していない。それは主要諸国の目的を一本化させることができないためだ。特に中国とアメリカとの間で北朝鮮の核兵器開発を実際にどのように阻止するかという点で合意が形成されていないためだ。

 

アメリカは北朝鮮に対して核開発プログラムを終了することも求めている。しかし、アメリカからの要求は何らその効果を示していない。軍部を含むアメリカの指導者たちは、軍事力の行使には消極的だ。ジム・マティス国防長官は朝鮮半島における戦争は「破滅的なものとなる」という見通しを述べた。

 

北朝鮮では数千本の大砲が韓国に向けて据えられている。それらは韓国の首都ソウルを射程内に捉えている。これは、ソウルと周辺地域に住む3000万人の人々を人質にとるという北朝鮮の戦略を反映している。

 

アメリカ単独による先制軍事行動は中国との衝突を引き起こすという大きなリスクをはらんでいる。中国は一時的にはアメリカの軍事行動を許容するだろうが、それでも中国の鼻先でアメリカが決定的な結果をもたらそうとする戦略を実行することを我慢して受け入れることはないであろう。1950年代の朝鮮戦争において中国は戦争に介入したという事実は中国がアメリカと衝突する可能性があることを示している。

 

軍事力の使用は注意深く分析されねばならない。そして、軍事力使用に関する言葉遣いもまた抑制的でなければならない。しかし、軍事力の行使の可能性を排除することはできない。

 

これまで述べたような考えを前提にして、トランプ政権は中国に対して、北朝鮮の非核化を実現するための外交的な努力を行わせようと試みている。こうした努力はこれまでのところ、部分的にしか成功していない。

 

中国はアメリカが持つ核兵器の拡散に関する懸念を共有している。実際のところは、中国こそは北朝鮮の核兵器によって最も影響を受ける国なのである。しかし、アメリカは北朝鮮の非核化という目的を明確に示しているのに対して、中国は北朝鮮の非核化がもたらす政治的な結果に直面することを嫌がっている。

 

北朝鮮は核兵器開発プログラムに国の資源の多くの部分を投入している。その割合は国力に釣り合わないものだ。そうした中で、核兵器開発プログラムの放棄、もしくは実質的な削減や後退は北朝鮮国内で政治的な混乱を引き起こし、更には体制転換にまで至る可能性がある。

 

中国はこのことをよく理解している。従って、最近の外交上の大きな成果としては、中国が原則として北朝鮮の非核化を支持しているということを中国が明確に示したことだ。しかし、同時に、北朝鮮国内の分裂や無秩序状態が起きることは、中国にとっての2つの大きな懸念を引き起こす。

 

一つ目の懸念は北朝鮮国内の危機が、中国の政治と社会に与える影響である。中国の1000年に及ぶ歴史で繰り返された出来事が再び繰り返されるのではないかという懸念である。

 

二つ目の懸念は北東アジア地域の安全保障に関するものだ。中国は北朝鮮の非核化に貢献する誘因が存在する。そして、中国としては北朝鮮の非核化から朝鮮半島全体の非核化を行いたいと考えている。現実には韓国には現在のところ、核兵器開発プログラムは存在しない。計画の発表すらない。しかし、国際的な核兵器開発禁止は別の問題となる。

 

中国は非核化につつく北朝鮮の政治的な発展についてもある程度の利害関係を持っている。それは、朝鮮半島において二国共存状態を維持するか、統一を行うか、といことであり、北朝鮮地域における軍事力の展開に制限をするかどうか、ということでもある。

 

これまでのところ、トランプ政権は中国に対して北朝鮮へ圧力をかけるように求めてきた。アメリカは自国の目的のために中国を下請け業者のように扱ってきた。より良い、唯一実現可能なアプローチはアメリカと中国両国の努力と試みを一本化し、共通の立場に立ち、他の国々の参加を求めていくということだ。

 

「我々の目的は北朝鮮を利害関係諸国が参加する会議に出席させることだ」とアメリカ政府は何度も発表している。こうした発表は、交渉こそがアメリカの目的だという前提の存在を反映している。交渉は自国の都合の良いタイミングで行われ、交渉に相手を引きずり出す圧力とは関係なく、交渉は最終的な合意まで続けられるべきだとアメリカは考えている。

 

しかし、アメリカの外交は、過程ではなく、結果によって最終的に判断される。アジア地域の安全保障構造は危機に瀕していると考える国々とって、アメリカが「我々は自国のみの利益を求めない」と繰り返し主張するだけでは不十分なのだ。

 

どの国が、何について交渉すべきなのか?朝鮮半島の非核化にとってアメリカと中国との間の理解と同意は必要不可欠な条件となる。皮肉な展開なのは、現時点の中国がアジア諸国の会兵器開発を阻止することについて、アメリカよりもより大きな関心を持っているかもしれないということだ。

 

中国は「北朝鮮に対する圧力が不十分だ」と非難されてアメリカとの関係を悪化させてしまうという危険に直面している。北朝鮮の非核化には持続した協力が必要である。経済的な圧力だけで非核化を実現することは不可能だ。米中間の非核化以後の事態、特に北朝鮮の政治的な発展と北朝鮮領土内の軍事力展開の制限に対する共通理解と対策が必要だ。このような共通理解がなされても、既存の日本や韓国との間の同盟関係を変化させてはならない。

 

半世紀に及ぶ歴史に照らしてみると逆説的に見えるかもしれないが、このような理解こそが朝鮮半島における行き詰まりを打開する最良の方法なのである。

 

米中が目的を明確とする共同声明を発表し、暗黙の裡の行動を行うことで、北朝鮮は孤立を痛感し、非核化という結果を守るために必要な国際的な保証の基礎が確立することになる。

 

韓国と日本はこの過程において重要な役割を果たさねばならない。韓国以上に北朝鮮の核開発に最初から関与してきている国は存在しない。韓国はその置かれている地理的な位置とアメリカとの同盟関係によって、政治的な結果に対して大きな発言力を持っている。

 

韓国は外交における解決によって最も直接的な影響を受けることになるだろう。また、軍事的な不測の事態が起きた際には最も危険な状態に陥ることになるだろう。アメリカとその他の国々の指導者たちが、北朝鮮の非核化を利用することはないと宣言することは重要だ(訳者註:核兵器を放棄した北朝鮮を攻撃しないという宣言を行うこと)。韓国はより包括的で正式な考えを表明することになるだろう。

 

同様に、日本は歴史的に朝鮮半島とは1000年以上のかかわりを持っている。日本の安全保障に関する基本的な概念に照らすと、日本が自国で核兵器を所有する状態にない中で、核兵器を持つ国家が朝鮮半島に存在することを許容することはないだろう。アメリカとの同盟関係に対する日本による評価は、アメリカの危機管理において日本の懸念をどの程度考慮してくれるかということにかかっている。

 

アメリカと北朝鮮の直接交渉という代替案も魅力的ではある。しかし、アメリカの直接交渉の相手である北朝鮮は、非核化の実行について最も利益を持たず、米中間を離反させることに最大の関心を持つ。

 

アメリカが中国との間で理解を共有するためには、最大限の圧力と実行可能な保証が必要となる。そして、北朝鮮は最終的な国際会議に出席することができるようになる。

 

核兵器の実験の凍結によって最終的な非核化に向かうための一時的な解決が出来ると主張する人々がいる。この主張の通りに行うことは、アメリカとイランとの間で結ばれた核開発を巡る合意という過ちを繰り返すことになるだろう。アメリカとイランの合意は、技術的な側面のみに限定して地政学的な戦略における問題を解決しようというものだ。これが間違いだったのだ。両国の合意は、「凍結」の定義がなされ、調査手続きが確立されたが、核開発放棄の引き伸ばしに対する口実を与えることになる。同じことが米朝間の合意でも起きるだろう。

 

「北朝鮮は手続きに時間をかけて、彼らの真の目的を隠す戦術を取っている。それは、言い逃れや引き延ばし工作をして長年の悲願を達成しようとしている」という印象を持っている人も多いだろう。北朝鮮はこのような印象を人々に持たせるのは得策ではない。段階的なプロセスを踏むということは考慮するに値するアイディアかもしれないが、それはあくまで北朝鮮の核兵器能力と研究プログラムを短期間のうちに実質的に削減することにつながるものである場合に限られる。

 

北朝鮮が一時的にも核兵器能力を保持することは、永続的な危険性を構造化してしまうことになる。その危険性は次のようなものだ。

 

・貧しい状態にある北朝鮮が核技術を他国に販売することになるかもしれない。

 

・アメリカの北朝鮮の非核化に向けた努力が自国の領土を守ることにばかり集中し、実際に北朝鮮の核の脅威に直面しているアジア地域をほったらかしにしているという印象を与えてしまうことになる。

 

・他国も北朝鮮、相互、そしてアメリカに対抗し、抑止するために核兵器開発を行う可能性も出てくる。

 

・非核化交渉が進まないことに対する不満が中国との間に争いを激化させることになる。

 

・核兵器の拡散はその他の諸地域で加速するだろう。

 

・アメリカ国内で行われる議論はより対立的なものとなるだろう。

 

非核化に向けた実効性のある進歩、それも短期間での非核化こそが最もよく考えられた慎重な望ましい方向ということになる。

 

※キッシンジャー氏はニクソン政権とフォード政権で国務長官と大統領国家安全保障問題担当補佐官を務めた。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22

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 古村治彦です。

 

 今回は、Unionという言葉の意味について考えてみたいと思います。Unionを辞書で調べてみれば、結合、団結、連合といった意味が書かれています。

 

 私たちが知っている使い方では、労働組合はlabor unionがあります。これは労働者が団結して、労働に関する権利を守り、団体交渉を行うためのものです。最近、イギリスで国民投票が行われ、イギリスが脱退することが決まったのが、ヨーロッパ連合ですが、これはEuropean UnionEU)です。

 

Unionの動詞がUniteです。団結する、連合するという意味になります。50ある州(state)が連合している国です。イギリスは、United KingdomUK)です。イギリスの正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」です。ブリテン島にあるイングランド、ウェールズ、スコットランド、そして、アイルランド島の北部が連合して王国を形成しています。私はラグビーが好きですが、古くはファイヴ・ネイションズ、今はシックス・ネイションズという、ラグビーの6カ国対抗戦があります。これに「イギリス」ティームは参加していません。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリアが参加して、ホームアンドアウェイ方式で戦います。

 

イギリスの国民投票で興味深かったのは、投票の結果に地域差があって、スコットランド、北アイルランド、大都市ロンドンではEU残留が大勢を占め、ロンドンを除くイングランドとウェールズはEU脱退が大勢を占めたことです。そして、スコットランドでは、スコットランドだけはEUに残留できるようにしたいという動きになっています。「イギリスって昔連合王国って習ったけど、実際にそうなんだなぁ」と改めて思いました。

 

 国際連合はUnited Nationsです。これは中国では「聯合國」となります。第二次世界大戦時に、枢軸国(Axis)と戦った連合国(Allied Powers)が戦後の枠組みとして、自分たちを常任理事国として作った組織ですから、「連合国」と訳すべきですが、今は世界のほとんどの国々が参加していますから、諸国連合ということになります。

 

 アメリカ合衆国はUnited States of AmericaUSA)です。これは全米50州(state)が連合した国ということです。独立した時は13州でしたが、それがどんどん拡大していきました。Stateという言葉は、国家を意味することもあります。全米各州には外交権と通貨発行権はありませんが、州兵(national guard)はいますし、ほぼ国のような機能があります。カリフォルニア州の州旗には、「Republic of California」と書かれています。

 

 アメリカ合衆国のUnionが崩れそうになったことがあります。それが1861年から1865年にかけて起きた南北戦争です。南北戦争といいますが、英語では、The Civil Warで、「内戦」という意味になります。Theがつきますので、特別な、これからもないであろうというくらいのことになります。アメリカが、北部各州のアメリカ合衆国と南部各州のアメリカ連邦(Confederate States of America)に分かれて戦いました。

 

 アメリカ史上最高の大統領は誰か、という質問があると、いつも一番になるのが、エイブラハム・リンカーンです。日本でも奴隷解放を行い、「人民の、人民による、人民のための政府」という言葉を残した人物として有名です。しかし、彼がアメリカ史上最高の大統領と言われているのは、アメリカの分裂を阻止することが出来たからです。これは、故小室直樹博士の著作に繰り返し書かれていたことです。

 

 アメリカで毎年1月に大統領がアメリカ連邦議会で演説を行いますが、これを一般教書演説と言いますが、英語では、State of the Union Addressと言います。State of the Unionというのは、「連邦国家(United States)であるアメリカの現状(state)」を述べるものであり、The Unionとはアメリカを示す言葉です。元々は大統領が演説をするということはありませんでした。アメリカ大統領は連邦議会への出席は認められていません。ですから、教書(message)を議会に送付して、アメリカの現状を報告するということになっていました。それが20世紀になって連邦上院と下院の議員たちと行政府、立法府の最高幹部たちが集まって、その前で演説するという一大イヴェントになっています。この時は、全米のテレビやラジオはほぼ全て生中継します。

 

 私がなぜこんなにUnionという言葉にこだわって文章を始めたかというと、United KingdomEuropean UnionUnited Statesで、Unionが崩れていく状況になっているからです。簡単に言うと、分離や反目、亀裂に敵対が蔓延する状況になっています。EUは、「20世紀前半に2度もヨーロッパを破壊し尽くした戦争を再び起こさないためにも、ヨーロッパが1つになるべき」という理念のもとに20世紀後半をかけて作られたものです。

 理念と裏腹にある現実は、「何かあれば対外膨張主義に陥りやすいドイツを抑える」というものでしたが、今や
EUはドイツを中心に回っています。イギリスはEUの主要なメンバーですが、ドイツやフランスほどの存在感がありません。そうした中で、「EUなんかにいてもいいことないし、かえっておカネを取られて、嫌なこと(移民の流入)はやらされる」という感情がイギリス国内にあり、大接戦ではありましたが、イギリスはEuropean Unionから脱退することになりました。


 もっと言えば、ナチス時代に既にドイツは「ひとつのヨーロッパ」という構想を立てていました。EUはその現代版ですが、ナチスの考えたヨーロッパ連合は、ヨーロッパ諸国がドイツに奉仕するための構造(日本の大東亜共栄圏とよく似ています)ですが、今は、名目上はそうではありませんが、現実はドイツを盟主にしている構造になっています。
 

 先ほども書きましたが、興味深いことに、イギリスの国民投票では、地域差がはっきり出ました。スコットランド、北アイルランド、ロンドン大都市部ではEU残留が多く、ウェールズとロンドンを除くイングランドはEU脱退が多くなりました。そして、スコットランドはEU残留を求めて独自に動こうという動きが出ています。ここでUnionが崩れそうな動きになっています。スコットランドでは以前に、連合王国から脱退するかどうかで住民投票があって僅差で否決されていますが、こうした動きも再び活発化するでしょう。連合王国の一部が脱落するということになります。Unionが壊れるかもしれないということです。

 

 アメリカではこのように州で分離独立の動きはありませんが、以前、このブログでもご紹介しましたが、カリフォルニア州南部、ロサンゼルスからさらに50キロほど南にあり、ディズニーワールドがあるアナハイムを中心とした地域で、「カリフォルニア州から離れて、アリゾナ州に入りたい」という動きが起きて、住民投票がありました。カリフォルニア州から離れたいと主張した人々の理由は、「カリフォルニア州はリベラルな政策ばかりだ。そのために税金が高い。自分たちは保守的な考えを持っている。年収も高い分、税金をたくさん取られて嫌だ。だから、保守的なアリゾナ州に入りたい」というものでした。

 

 アメリカでは、共和党と民主党が強い、レッド・ステイトとブルー・ステイトと呼ばれる州に分かれています。レッド・ステイトは共和党(イメージカラーが赤)、ブルー・ステイトは民主党(イメージカラーが青)が強いです。これが顕著に出るのが大統領選挙です。アメリカ南部から中西部にかけてはレッド・ステイト、西海岸、東海岸の大都市がある州はブルー・ステイトとなっています。もちろんそれぞれには反対の考えを持つ人々も多く住んでいますが、大勢ではこのようになっており、「アメリカの(イデオロギー上の)分裂」が語られます。ですから、2000年以降のアメリカの大統領選挙では、勝者も敗者も「分裂ではなく、団結を」という演説を行っています。また、オバマ大統領が無名の存在から飛び出してきたのは、「アメリカは、アフリカ系、アジア系、などに分裂しているのではなく、United States of Americaなのだ」という演説をして注目されるようになってからです。

 

 しかし、アメリカの政治家たちがアメリカ国民のUnionを強調するのは、現実では様々な亀裂が入っていることを示しています。著名な政治学者であった故サミュエル・ハンティントンは、最後の著書『分断されるアメリカ』の中で、「アメリカはホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(White Anglo-Saxon Protestant)の国なのだ」ということを書きました。そして、文化相対主義(移民してきた人々の元々の文化や伝統を尊重する)を批判しました。それは、「アメリカがアメリカではなくなる」という危機感でした。アメリカで人口が増えているのは、ヒスパニック系やアジア系です。白人(白人の中でも区別があって、イタリア系やアイルランド系、ポーランド系はカトリック教徒が多いということあって非WASPということで差別されました)の人口に占める割合はどんどん小さくなっています。恐らく過半数を割っているでしょう。

 

 私が小さい頃は、アメリカは「人種のるつぼ(melting pot)だ」と習いました。これは、どんな人種の人でも、アメリカ人になるのだということでしたが、今は、アメリカは「サラダボウル(salad bowl)だ」ということになっています。レタス、トマト、きゅうりとそれぞれ違う野菜が一つのサラダを形成するので、それらが溶け合って姿を消してスープになるのではなく、個性を主張するのだということになっています。

 

非白人の人たちが身体的に肌の色を変えることはできませんし、そんなことは全くもって何も要求しないが、アングロサクソン・プロテスタントの文化やそれを基礎にした制度(今のアメリカの政治や経済、社会制度)を受け入れることを、アメリカ白人は求めています。ですが、良く考えてみると、非白人の人たちは何もアメリカの政治、経済、社会制度を乱そうとしている人などほとんどいません。それどころか、デモクラシーや三権分立は素晴らしいし、世界に誇れることだと思っています。

 

 だから、「制度や文化を身に着けてほしいだけ」という綺麗ごとをはぎ取ると、「自分たちの分からない言葉で書かれた看板が街中にあることや、自分たちの分からない言葉で、大声で会話することを止めて欲しい、それはとても恐いことだから」ということになります。フランス語やドイツ語、スペイン語であればまだアルファベットですし、同じ単語を使っていたり、類推できる言葉があったりで、まだ許容できるが、アラビア語や漢字、ハングルで書かれたものが街中にあるのは怖いことです。自分たちが理解できないものが身近にあることで誰でも違和感を持ちます。それは当然のことです。

 

 そして、そういう自分たちの分からない言葉を使い、身近ではない文化を持っていて、それを手放そうとしない人たち、に対する反感が出てきます。それがアメリカとイギリスで起きていることの原因です。「分かり合いましょう」といくら口で言っても、あまり意味はありません。怖いと思っている方がわざわざ近づこうとはしませんし、思われている方は、思われている方同士で固まってしまいます。そして、敵対してしまう、分裂してしまうということになります。

 

 国家という枠組みが近代から現代にかけて出来ました。国家は国民がいて、国境線があって(国土があって)、政府があって成立します。そうした国家同士が戦争をしないようということで、20世紀には国際連盟(League of Nations)が作られ、戦後は国際連合が作られました。また、地域的な結合で言えば、ヨーロッパ連合ということになります。

 

 近代は、ナショナリズム(Nationalism)を基盤とした国民国家を生み出しました。そして、国家を超えるためのグローバリズム(Globalism)を基礎にして国際機関を生み出し、かつ人間や資本の移動の自由を追求しました。EUはその中間にあるリージョナリズム(Regionalism)の産物と言えるでしょう。

 

 ナショナリズムは加熱すすると他国との摩擦を生み出し、それが戦争にまで結びつくという考えから、国家を超える機関の存在が考えられるようになりました。

 

 現在、アメリカとイギリスで起きていることは、国民国家に大きな亀裂を生み出しています。保守とリベラルというイデオロギー上の亀裂はこれまでもありましたが、ナショナリズムと排外主義・差別主義が結びつくことで、ナショナリズムが変質してしまい、攻撃的・後ろ向きの面が強調されることで、それを支持する人とそうではない人で国が分裂しかねない状況になっています。アメリカで言えば、レッド・ステイトとブルー・ステイトの存在、イギリスで言えば、連合王国からの脱退を考えるスコットランドといった存在です。

 

 そして、こうしたナショナリズムの変質をもたらしたのは、グローバリズムとリージョナリズムの深化です。グローバリズムとリージョナリズムによって、人の資本の移動は自由になり、活発になることで利益を得られる人とそうではない人が出てきます。パナマ文書事件が起き、「大金持ちは支払うべき税金を逃れる手段を色々と持っており、それを利用してずるい、不公平だ」ということになりました。また、移民がやってきて、安い賃金できつい労働をやることで、自分たちに仕事が回ってこないという不満も高まりました。

 

 このような社会・経済・政治不安から、既存の枠組みに対する不信が出てくる、そういう時に、歯切れの良い言葉で自分たちの「敵」を教えてくれる人を指導者に仰ぎたくなる、その人に任せて自分たちの不安を解消したいという思いが出てきます。それを掴んだのがヒトラー(彼はユダヤ人が元凶だと言いました)であり、イギリスのEU脱退派のリーダーたち(彼らはEUと移民が悪いと言いました)であり、トランプ(不法移民とイスラム過激派とヒラリーこそが彼の言う敵です)です。

 自由主義の考えからすると、国家とは構成する個人の利益を追求するためのものですが、同時に、相互扶助ということも重要な要素となります。人間社会においては、どうしても能力の差(いわゆる頭がいいとか悪いとか、体の機能の差)が出ます。それを全て埋めて平等にすることはできません。しかし、最低限の生存(日本国憲法にある「健康で文化的な最低限度の生活」)は保障することが近代の成果です。そして、そのための機能として国家がリヴァイアサンではあるが、その必要悪として受け入れて、出来るだけ悪いことをさせずに構成する個人の利益に資するようにすることが政治家の役目です。その枠組みが崩れそうになっているのが世界各地で見られる現象から分かる現状であると思います。

 強いリーダーたちに任せてみたい、そして大きな変革をして欲しいというのはこれまでも起きたことですし、これからも起きるでしょう。しかし、実際には、何も大きな変革、革命などは起きません。革命が起きれば新たな抑圧と不満が出てくるだけです。ですから、今ある枠組みを、まるで古ぼけた、故障がちのエンジンを修理しながら車をのろのろと走らせながら、道を進んでいくことしかありません。毎日、ぶつぶつと愚痴を言いながら進んでいくしかありません。その最低限の枠組みが、現在は国家であり、民主的な政治制度ということになります。そして、これらを担保するunionを何とか保っていけるようにするしかありません。 

 

(終わり)





 
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