古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 日本経済

 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。世界政治について詳しく分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。


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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 バブル経済崩壊以降、日本は経済成長のない国となった。この状態が30年も続いている。英語の「generation」、日本語では世代と訳すが、これは約30年を意味する。一世代、経済成長がないということになる。1990年代に生まれて、現在20代中盤から30代中盤の若い人たちは、日本が縮小する時代を生きてきた人たちだ。日本はデフレーション(物価の継続的な低下)の中にある。

 そうした中で、安倍晋三政権下、日本銀行は異次元の量的緩和を行い、日本国債を引き受けて、日本銀行券(紙幣)を発行し、現金を市中に流そうとしてきた。市中に流れる現金の量が増えれば、物価が自然と上がる、そうすれば経済成長ということになる、というものだった。日本銀行の黒田東彦総裁(当時)は就任当時、2年間で2%の物価上昇を実現すると宣言したが、それを達成することができないままで、日銀総裁を退任した。現在の植田和男総裁も2%の物価上昇を目標として掲げている。

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 世界的に見ると、新型コロナウイルス感染拡大が落ち着き、経済活動が復活する中で、ウクライナ戦争が起き、更にはパレスティナ紛争も始まった。結果として、石油や食料品の輸入価格が高騰し、物価は上昇することになった。これは政府の考えていた道筋とは違うだろうが、とりあえず物価は上昇した。
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しかし、一般国民の給料や報酬は実質的には下がっており、生活は苦しい。物価の上昇率よりも給料の上昇率が高ければ生活は楽になるが、その逆だと生活は苦しくなる。現在の状況は、給料が上がらずに、物価が高いという状況だ。統計で見れば、物価は下がっているが、実質賃金も下がり続けている。このような状況は厳しい。

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 何よりも給料が上がることが重要であるが、それができないということであるならば、生活者としてはデフレの方がありがたいということになる。そのような考えが出ないようにするために賃上げを伴ったインフレが実現することを望む。

(貼り付けはじめ)

日本はついにインフレーションに突入した。それについて誰も喜んでいない(Japan Finally Got Inflation. Nobody Is Happy About It.

-25年間続いたデフレーションの後、物価上昇に一般国民は怒っている。

ウィリアム・スポサト筆

2024年1月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/15/japan-economy-inflation-deflation/?tpcc=recirc_latest062921

過去25年間、日本の中央銀行と政府は、経済成長の足かせとみなされてきたデフレーション圧力(deflationary pressures)を終わらせることに共通の大義を見出してきた。そして今、それは成功しつつある。しかし、人々はそれを好まない。

標準的な経済理論によれば、高レヴェルの財政赤字(high levels of deficit spending)と超低金利(ultra-low interest rates)は、ほぼ必然的にインフレ率の上昇につながるはずであり、通常、ほとんどの経済にとって問題となる結果となる。しかし、日本は、持続的な物価と賃金のデフレーションという、逆の問題のリスクの代表的な存在となっている。

ベン・バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、日本銀行(Bank of JapanBOJ)の行動を強く支持した。バーナンキは、まだFRB理事に過ぎなかった2003年5月、日本金融学会での講演で、「デフレ問題に対処することは、日本経済に実質的・心理的な利益をもたらし、デフレを終わらせることは、日本が直面している他の問題を解決することをより容易にする」と述べた。危機に瀕しているのは日本経済の健全性だけでなく、「かなりの程度、世界の他の国々の繁栄でもある」とバーナンキは言った。彼が後にFRB議長として、2007年から2008年にかけての世界金融危機後に大規模な量的緩和(quantitative easingQE)プログラムを提案した理由の一つは、アメリカにおける同様のデフレの罠(deflationary trap)に対する彼の懸念だった。

これを達成するため、日銀はまず超低金利を試み、それが失敗するとゼロ金利、そして最終的にはマイナス金利を導入した。さらに、成長が見込まれる中小企業に融資する銀行への特別資金供給や、融資を一定額増やした銀行への資金供給など、融資を奨励するさまざまな制度が設けられた。貸出促進策は、主に2つの障害にぶつかった。1つは、日本の銀行は資金を必要としない企業にしか資金を貸したがらないこと(日本の大企業は巨額の現金を保有している)、そして、このような低金利では、融資の開始とサーヴィシングにかかるコストが利払いの利益を上回ってしまうことである。

2013年、安倍晋三首相によって日銀総裁に任命された黒田東彦は、周囲から好かれる人物だった。大蔵省出身で中央銀行内ではアウトサイダーだった黒田総裁は、逆風に警戒心を持っていた。黒田総裁は、日銀のバランスシートを倍増させることで、2年以内に2%のインフレを実現すると約束した。

FRBQEを超え、日本はQQEを導入することになる。QQEとは、量的緩和に質的(qualitative)という考え方を加えたもので、国債だけでなく、よりリスクの高い資産も買い入れることを意味する。その結果、バランスシートは大幅に拡大し、事実上、毎年予算総額の約30%に相当する政府の安定した財政支出を現金化することになった。黒田総裁の10年間の任期中にバランスシートが4倍以上に膨れ上がったにもかかわらず、賃金上昇が物価上昇を促すという「好循環(virtuous cycle)」のアイデアは黒田総裁の在任中ほとんどずっと実現せず、消費者物価指数はゼロ近辺にとどまった。

変化は起きたが、それは中央銀行の政策によるものではなかった。その代わり、主に最近の世界にとってのナンバーワンのゲームチェンジャーによるものだった。それは、新型コロナウイルス(COVID-19)である。輸入コストの上昇とサプライチェーンの混乱により、世界標準から見れば小幅なレヴェルではあったが、物価上昇が経済のほぼ全ての分野で目に見えるようになった。2023年1月までに消費者物価指数は4%跳ね上がり、1981年以来の高水準となり、日本銀行が設定した目標の2%を大きく上回った。この中で、外国人観光客が再び東京や京都の中心部に押し寄せたため、ホテル価格は急騰し、63%上昇した。日本の買い物客にとっては、食品メーカーがコスト上昇を隠そうとするため、「シュリンクフレーション(shrinkflation)」という形で多くの影響が出ている。東京の中心部では、コーヒー1袋がまだ4ドル前後で売られている。大手食品包装会社の昨年の収益が33%急増したのも不思議ではない。

その結果、労働力の減少、良好な経済成長、技能不足が給与を高騰させる中、停滞していた賃金がようやく動きの兆しを見せ始めた。 2023年10月の賃金は前年比1.5%上昇し、春季労使交渉で組合員は平均3.6%の上昇を記録した。

では、なぜ皆が喜んでいないのか? 現実は、この2つの成長の道筋によって、インフレ調整後の実質賃金が着実に低下しているのだ。政府の数字によれば、実質賃金は2023年11月まで20ヶ月連続で減少し、前年同月比で3%の減少を記録した。

マネックスグループのグローバル・アンバサダーであり、日本で最も有名なエコノミストの一人であるイェスパー・コールは、「国民は愚かではない。30年にわたるデフレは終わりを告げたが、日本国民は望むようなインフレを手にしているのだろうか?」と語った。

実際、デフレは日本が相対的に貧しくなるにつれて、政策立案者を歯ぎしりさせたが(技術職のなかには、現在の日本よりヴェトナムの方が給料の良いものもある)、物価が毎年1%前後下落する一方で給料が小幅に上昇するサラリーマンにとっては好都合だった。新しいシナリオはもっと複雑だ。インフレ経済下で働く労働者が証言しているように、賃金はほとんどの場合、小売価格よりもゆっくりと上昇する。黒田総裁が誕生する前の2012年、ある日銀関係者は、中央銀行がデフレを阻止しようとしているにもかかわらず、国民はデフレを好んでいるという調査結果が出たと内々に語っていた。

物価上昇による価格ショックは、岸田文雄首相にとって不本意な打撃である。岸田首相は明確な理由もなく信任の危機に直面している。岸田首相とジョー・バイデン米大統領は、その点ではお互いを同情できるに違いない。

昨秋、政府の支持率が「危険水域(danger zone)」の30%(党が首相として新たな顔を模索する前兆となる数字)を下回ったとき、岸田氏は補助金を提供して政府が持っていない現金を配り始めた。これはエネルギーや公共料金の高騰による影響を抑えるためだった。しかし、これさえも裏目に出て、人気回復を狙っているのではないかとの疑念が出てきた。

コールは、「国民が不満に思っているのは、岸田首相は常に支出を増やしているが、国民がお金を使うためのプログラムがないことだ。日本人はお金に対して合理的で、散財したりはしない」と述べている。

2021年10月に就任した岸田首相は現在、ほとんどの世論調査で20%をわずかに上回る支持を得ており、回答者の3分の2が岸田政権を支持しないと答えている。これにより、通常であれば、与党自由民主党(Liberal Democratic PartyLDP)を実質的に支配する党の長老たちによって解任される機会が出てくるだろう。これは1955年の党創設以来のモデルであり、結党以来以来、6年間を除いて自民党が政権を維持するのに役立った。

しかし、岸田首相はしばらくの間生き残るかもしれない。一連のスキャンダルの最新のものには、違法な資金調達の可能性を巡る自民党の他の幹部も関与しており、潜在的な後継者層の縮小に影響を与えている。また、そもそも岸田首相が首相になった理由の1つは、党内のリベラル派とタカ派の両方を満足させる明確な後任もいないということだ。

もう1つの未解決の問題は、岸田首相、あるいは後継者が実際に25年間にわたるデフレ圧力に終止符を打つことができるかどうかだ。最新のインフレ統計は物価上昇の鈍化を示しており、2023年11月のコアインフレ率(生鮮食品価格を除く)はわずか2.5%上昇と、16カ月ぶりの低水準となった。これは消費者にとっては朗報かもしれないが、一部のエコノミストは、経済が本当に自律的な賃金・物価上昇に向けて舵を切ったのか、あるいは新たな数字が景気後退につながる消費者の低迷を示しているのかどうかについて懐疑的な見方をしている。焦点は今春の労働組合の賃金交渉であり、労働者と政府の両者は、少なくとも現時点では、賃金引き上げによって最終的に労働者がインフレを上回ることができると期待している。この費用を支払わなければならない企業はあまり熱心さを示していない。

しかし、一部のエコノミストは依然として懐疑的だ。野村総合研究所のエコノミストで元日銀理事の木内登英は11月の報告書で、「来春交渉での賃上げは予想される水準に達しないと考えている」と述べた。このため、日銀はマイナス金利の変更を控える可能性があると述べた。他の先進国がインフレ率の急上昇を受けて金融引き締め政策に切り替えている中、日本は依然として超低金利を維持する唯一の国である。

同時に木内は、量的緩和をあまりに長引かせることは、利回りをゼロかそれ以下に保つために国債を購入する日銀のバランスシートが増え続けることを意味すると指摘する。これは、将来金利が上昇した場合、膨大な保有資産の価値が急落するため、日本銀行の財務状況に対するリスクを高めることになる。バランスシートは今や日本の年間GDPを上回っており、その影響は深刻なものになる可能性がある。もしそうなれば、政府は救済を余儀なくされるだろう。しかし政府はすでに、日本銀行を使って自国の金融の行き過ぎを補填している。

平均的な日本人にとって古き良きデフレの日々を懐かしむようになってしまう。

※ウィリアム・スポサト:東京を拠点とするジャーナリスト、2015年から『フォーリン・ポリシー』の寄稿者を務めている。20年以上にわたり、日本の政治と経済を追いかけており、ロイター通信と『ウォールストリート・ジャーナリスト』紙に勤務していた。2021年にカルロス・ゴーン事件とそれが日本に与えた衝撃についての共著の本を刊行した。
(貼り付け終わり)
(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 平成に入ってから、日本では「改革!改革!」の掛け声が響き渡った。これまでの非効率な日本式のやり方ではダメで、アメリカのような国にならねばならない、という論調が席巻した。アメリカやイギリスのような二大政党制になって、重要なことを決めやすい政治を行うべきだということで、小選挙区制と比例代表を並立させる現行の選挙制度(定数などは異なる)を導入した。経済では、市場に任せればうまくいくということで、規制緩和と民営化、雇用の流動化などが進められた。

デフレが進行し、その結果が成長なき平成時代30年となり、日本の中間層は減少し、何より、少子高齢化が促進された。就職氷河期世代、団塊ジュニア世代の被った被害は大きく、彼らが前の世代のように生活でき、結婚し、子供を産み育てていればと思うけれども、もう後の祭りだ。日本のアメリカ化、アメリカ従属化を進めた小泉純一郎と司令塔、実質的には小泉よりも実力者だった竹中平蔵の罪は万死に値する。生まれてくるはずだった日本人を生れまなくし(その数を考えると、虐殺者という言葉さえも使いたくなる)、日本を現状に追い込んだことの罪は万死に値する。

 ジョー・バイデン政権は、発足後、新型コロナ対策を進めながら、もう1つ産業政策を進めようとしてきた。産業政策とは、国家がある産業分野の成長を促し、あるいは産業構造を変化させる政策である。アメリカで言えば、クリーンエネルギー部門の成長を促そうとしているし、自動車産業ではこれまでのガソリン車から電気自動車への転換を促そうとしている(それに不安を持っている自動車産業労働者たちが全米規模でストをしている)。

 こうした産業政策の本家本元は日本である。何度も書いているが、チャルマーズ・ジョンソンが『通産省と日本の奇跡』(1975年)で明らかにした。その政策を最も忠実に行っているが中国である。中国の成功を見れば、産業政策の有効性は確かだ。アメリカも、「中国もやっている、中国に後れを取ってはいけない」ということで産業政策を行っているが、政策実行の効率性では中国には及ばない。

 日本は日本らしい、日本型資本主義(コーポラティズムに近い)で繁栄したが、1980年代からのに米経済摩擦によって、アメリカに骨抜きにされ、破壊された。日本はどこまで行ってもアメリカの属国である。戦争でアメリカに惨敗を喫した敗戦国である。日本に関しては、アメリカはコントロールすることができる。しかし、中国はそういう訳にはいかない。

 残念なのは、日本はアメリカの属国として、本格的にアメリカされてしまって、経済は衰退し、もはやそれを取り戻すことは困難である。後は、これまでの資産を食いつぶしながら、衰退のスピードにブレーキをかけながら、ヨーロッパの元世界帝国(スペインやオランダなど)のようになっていくしかない。しかし、より懸念されるのは更に衰退していくことだ。日本人が出稼ぎに行き、東アジア、東南アジアの国々から、「日本の労働力は安くて優秀だ」ということで生産拠点づくりをされることだ。それはそれでありがたいことだが、数十年前に日本が東南アジアでやったことをやられるというのは、「因果は巡る糸車」ということになる。しかし、その頃には日本の労働可能人口は減っていて、日本は魅力的な投資先ではなくなっているかもしれない。どこまで行っても先行き暗い話になってしまう。

(貼り付けはじめ)

日本経済は新自由主義経済学が失敗だったことを証明しているのか?(Does Japan’s Economy Prove That Neoliberalism Lost?

-ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)が躓(つまづ)いている中で、経済学者たちは東アジアの「奇跡(miracle)」について考え直している。

マイケル・ハーシュ筆

2023年9月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/14/japan-economy-neoliberalism-east-asia-washington-consensus-imf/?tpcc=recirc_trending062921

日本は上昇している一方で、中国は下降し、日本と同様のデフレーション(Japan-like deflation)に陥る危機に直面している。アメリカは日本型の保護主義と産業政策(Japanese-style protectionism and industrial policy)を実践しているが、日本はかつてワシントンが促進していた、より新しく、より開かれた貿易ルールを支持している。

これらの潮流は、ソヴィエト共産主義(Soviet communism)の崩壊により政府主導の経済成長(government-directed economic growth)という考え方全体の信用が失墜したように見えた冷戦終結以来、私たちが慣れ親しんできた新自由主義的な主張の事実上の逆転を示している。その後、1990年代初頭に日本のバブル経済が崩壊し、東アジアの「奇跡(miracle)」の発祥である日本の、長期にわたるゆっくりとした高齢化が始まった。しかし、経済学の専門家たちは、グローバライゼーション(globalization)のこの長く奇妙な旅が始まって以来、非常に多くの悪い判断をしてきたため、事態の進展についていくことができていない。それは、主流派経済学者の多くが、自由市場原理主義(free-market fundamentalism)のモデルである「ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)」が、いくつかの側面で壊滅的に失敗したことを、いまだに認めることができないからだ。

EU離脱がイギリスにとって災難であることが判明し、アメリカは悪化の一途をたどる不平等に苦悩している一方で、日本は、史上まれに見る戦後の歴史の新たな章に入ったのかもしれない。2023年第2四半期の年率5%近い成長や、物価と賃金の若干の上昇など、新たな活況を享受している。日本政府が年次白書で述べているように、これらの指標は「経済が25年にわたるデフレとの戦いの転換点に達しつつあることを示唆している」ということだ。日本はまた、アメリカ人がうらやむほど社会的に安定している。なぜなら、アメリカは悩ませているような巨大な所得格差(huge income inequality)の問題に悩まされていないからだ。もちろん、日本は民族的多様性は大きくない。日本は完璧なモデルとは言えず、たとえば女性の権利を認める点ではまだ遅れているが、人間開発指数は富裕国の中で上昇している。経済史家のアダム・トゥーズは、平等、平均余命、あるいは2.7パーセントという驚異的な失業率で測っても、日本は今日、「世界で最も裕福で最も成功した社会の最上位に位置しており、現在その位置にいる期間がアメリカよりも7年半長い」と述べている。

市場の動きに敏感な政府による産業支援(market-sensitive government industrial support)という日本や東アジアの「中間の道(middle way)」を長い間唱えてきた他の経済学者たちも同意している。ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツは、「日本の四半世紀の経済成長率を高く評価することはできないが、多くの人々を置き去りにしなかったこと(not leaving as many people behind)は評価できる。日本が持っていた大きな利点は、停滞期(malaise)に入る前に、はるかに平等主義的な国家(egalitarian state)を実現していたことだ」と述べている。あるいは、国際通貨基金(IMF)のエコノミスト、フアド・ハサノフとレダ・チェリフが最近の論文で結論づけているように、アジアの奇跡の経済モデル[Asian miracles’ economic models](主に香港、韓国、シンガポール、台湾で使われているもの)は、「ほとんどの先進国のそれよりもはるかに低い市場所得不平等をもたらした」ということだ。

東アジアはどうやったのか? 輸出競争力(export competitiveness)を重視し、補助金を受けている企業(subsidized firms)にもグローバル市場での競争を強いることで、これらの国々は中産階級(middle class)のために良い雇用を創出し、ラテンアメリカからアフリカに至るまで、過去の悪しき産業政策の特徴であった失敗した「輸入代替」政策(“import substitution” policies)の落とし穴を回避した。そのうえで、累進課税制度(progressive tax systems)を導入した。

対照的に、中国の景気減速の原因の一つは、独裁的な指導者である習近平が経済の市場部分を厳しく取り締まり過ぎ、1970年代後半に始まった政府対市場コントロールの微妙な均衡(balance of government-vs.-market control)を乱したことにあるという意見もある。スティグリッツは、「習近平は、政府の使える手段を微妙に、あるいは市場の枠組みの中で使う方法を知らないようだ」と述べている。

それは、東アジア型の市場介入(East Asian-style market intervention)を主張する人々との政策論争では、つい最近までワシントン・コンセンサスが圧倒していたからだ。日本や他の東アジア諸国が実践してきたような「産業政策(industrial policy)」は有害であり、特にアメリカでは、目立たない形で実践されるしかなかった。ワシントンの民主、共和両党の主張により、資本移動(capital flows)は世界中で無頓着に解き放たれ、市場障壁(market barriers)は撤廃された。1990年代後半にアジア金融危機が起こると、新自由主義者たちは当初、腐敗した縁故資本主義(corrupt crony capitalism)と政府の過剰な干渉(heavy government interference)が原因だとして、正当性を主張した。しかし、2008年の大暴落でウォール街が沈没し、アメリカの金融システム全体が崩壊した後、この危機が実際にはグローバル資本主義と新自由主義の行き過ぎによるものであることが明らかになった。アメリカとアジアの両方の問題は政府の強権(heavy hand of government)ではなく、むしろその逆だった。それは、まったく規制されていない資本の流れと金融市場、そして言うまでもなく、アメリカのウォール街とキャピタルゲイン獲得者を優遇する逆進的な税制政策(regressive tax

日本の榊原英資元財務・国際担当副大臣は、当時私に次のように語っていた。「世界の資本市場にかなりの程度責任がある。いわゆるアジア危機を見ると、根本的な原因はマレーシア、タイ、韓国、中国への巨大な資本流入にある。そして突然、それらの国々から資本が流出した。借り手は無謀な借金をし、貸し手は無謀な融資をした。日本の銀行だけではない。アメリカの銀行もヨーロッパの銀行も同様だ」。榊原が正しかったことが証明された。そして、似たようなことが、いや、もっと悪い出来事が、約10年後にアメリカ経済を襲ったのだ。

それ以上に、この30年の間に、中国が貿易ルールにほとんど注意を払わず、産業スパイ(industrial espionage)、投資コントロール、為替操作(currency manipulation)、知的財産の窃盗(intellectual property theft)などの組織的な違反を展開していたことも明らかだった。同じ時期、アメリカは、自国のハイテクの優位性が自動的に中産階級の新たな製造業の時代につながると考えていたが、それは大きな間違いだった。海外に流出したのはアメリカの資本だけではなかった。1990年代半ばまでには、シリコンヴァレー式の新興企業では経済が大きく発展しないことは明らかだった。

新自由主義はそれ以来瀕死の状態にあり、ドナルド・トランプとジョー・バイデンが新自由主義に対して死に至るような打撃を与えた。おそらく最も重大な失敗は、純粋に経済的なものではなく、社会的、政治的なものだった。アメリカだけでなく、イギリスなど他の西側主要経済大国でも、新自由主義的思考へのほとんど宗教的な傾倒によってもたらされた不平等の深刻化が、右派と左派に衝撃的な社会的不安定とポピュリズムを生み出していることが明らかになった。トランプとボリス・ジョンソン元英国首相は、戦後の世界経済システムを築いた2つの民主政体国家を反グローバリズムの内向き連合国(anti-globalist, inward-looking confederacies)に変えた。トランプは貿易戦争の開始と世界貿易機関(World Trade OrganizationWTO)の機能不全に怒りの矛先を向け、ジョンソンはヨーロッパ連合(European Union EU)から離脱した。なぜこのような混乱に陥ってしまったのだろうか? 少し歴史を振り返ってみよう。

これまでずっと世界の舞台で繰り広げられてきたことは、経済発展に対するこれまでにないアプローチの歴史的な試練に他ならず、また社会の安定に対する前例のない試練でもあった。

約30年前、ビル・クリントン米大統領がソ連崩壊の勝利主義的余波の中で大統領に就任し、彼のようなかつて進歩的だった民主党員でさえも、市場とグローバライゼーションが解決策であると決断した時に新自由主義的経済政策が始まった。政府が指令を下す経済(command economies)は完全に信用されなくなった。アメリカの大きな政府も同様だった。そして発展途上国では、政府の介入、いわゆる輸入代替、つまり国内産業の支援と外国に対する貿易障壁の閉鎖は、特にアフリカとラテンアメリカでは、腐敗と貧困の蔓延(corruption and endemic poverty)を招き、悲惨な失敗となった。

しかし、東アジアには奇妙な異端児がいた。東アジアの「虎たち(Tigers)」は、戦後の管理経済の覇者である日本に触発され、元素の火で遊ぶ悪魔のように市場原理に手を加え、大成功を収めた。その頃、世界銀行の白鳥正樹専務理事は、東アジアの類まれな成功、つまり政府による巧みな市場促進を組み合わせたユニークで巧妙な成功について研究するよう熱心に働きかけていた。

世界銀行(World Bank)は350ページにも及ぶ長大な報告書を作成し、「市場に親和性のある国家介入(market-friendly state intervention)」は時に有効かもしれないと躊躇しながらも結論づけた。しかし、その結論はあまりにも保険をかけている内容で、インパクトはほとんどなかった。特にアメリカ市場がすでに攻撃を受けていると見られ、クリントンが「雇用、雇用、雇用」と説いていたときにはなおさらだ。また、アメリカの政策立案者たちは、ロシアのような国々が、政府が指令を下す経済から抜け出すために中途半端な改革しかできない言い訳を見つけることを望まなかった。

主流派の経済学者たちは、東アジアに有力な代替案があるという考えに対し、大鉈を振るった。ポール・クルーグマンは、1994年の『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載した記事「アジアの奇跡の神話(The Myth of Asia’s Miracle)」の中で、国内の産業に資本をつぎ込んでも「収穫逓増(diminishing returns)」をもたらすだけだと主張し、アジアをソ連と比較して、「ソヴィエト帝国の経済実績がかつてどれほど印象的で恐ろしいものであったかを人々は忘れている」と述べた。クルーグマンは特に、経済学者のアルウィン・ヤングとローレンス・ラウの研究を引用し、東アジアの「全要素生産性(total factor productivity)」の数字が示すように、東アジアの経済成長は効率性の改善(improved efficiency)ではなく、労働力の急激な増加などの「投入」(“inputs” such as rapid labor force increases)によるものだと主張した。ヤングは1993年、『インスティテュートナル・インヴェスター』誌のインタヴュー記事の中で、東アジアの経済成長は「ステロイドを使った経済成長(economic growth on steroids)」にすぎないと語り、「見た目は立派だが、中身は腐っている(You look impressive, but inside you’re rotting)」と述べた。

ヤングや他の経済学者たちは、その証拠として日本の低経済成長期を指摘したが、東アジア経済モデルの超長期的な時間軸、つまり、これらの国々が後に生産性と効率性を向上させるための制度的基礎を築いていたという事実を考慮していなかったそしてその間ずっと、新自由主義は、アメリカ資本の外国への流出と、より安価な労働力によってゆっくりと損なわれつつあった。クリントンとその擁護者たちが見落としていたのは、「資本が国際的に流動し、その所有者や経営者が本拠地を含む特定の国民経済に長期投資することにあまり興味を示さなくなっている」ということだった。世界銀行エコノミスト(当時)のロバート・ウェイドは、当時そう主張した。彼は主流派と考えを変えた人物だった。

もちろん、ウェイドたちは無視された。新自由主義の歴史的潮流はあまりに強力で、日本人は自分たちの意見を主張することに対してあまりにおとなしすぎた。日本は相変わらず、「日本の経済的成功から普遍的な理論を形成する(forming universal theories from the economic success of Japan)」ことが苦手な国だった。この国の伝説的な官僚の一人だった天谷直弘は、私が日本に住んでいた1992年に私に次のように語った。それは実用主義の文化ということだ。日本人には独自のケインズやマルクスがいなかった。そして率直に言って、機敏なテクノクラート階級と儒教(Confucian)の奉仕の伝統を持つ東アジアの官僚ほど賢明な官僚はほとんど存在しなかった。例えば、ネルー式の社会主義で成長したインドは、誰かが事業を始めようとするたびに官僚的なもつれを伴う「ライセンス統治(license raj)」の下で何十年も苦しんできた。

しかし、この長年定着してきた経済の「知恵」の多くが今、ひび割れつつある――それは、新自由主義資本主義が地球上で猛威を振るう間に促進してきた氷河の融解と同じだ。シェリフとハサノフが『名前を明かさない政策の復活』で書いているように、「50年間の発展を総括すると、相対的または絶対的貧困から先進経済の地位に到達した国はわずか数か国だけであった」。政府は大きな変化をもたらすことができないという考え。東アジアはそれが可能であることを証明したが、「最近まで、アジアの奇跡の経験は、少なくとも標準的な開発経済学の観点からは、模倣できないし、模倣すべきではない『偶然』と考えられてきた。」

Yet much of this long-entrenched economic “wisdom” is now cracking—much like the melting glaciers that neoliberal capitalism, during its rampage across the planet, has helped to promote. As Cherif and Hasanov write in “The Return of the Policy That Shall Not Be Named”: “Our summary of 50 years of development showed that only a few countries made it from relative or absolute poverty to advanced economy status,” giving rise to the idea that government can’t make much of a difference. East Asia proved that it could, but “until recently, the experiences of the Asian miracles have been mostly considered as ‘accidents’ that cannot and should not be emulated, at least from the point of view of standard development economics.”

それはもはや事実ではない。良くも悪くも、新しい世界経済のコンセンサスが生まれつつある。ジョン・メイナード・ケインズが『雇用・利子・貨幣の一般理論(The General Theory of Employment, Interest, and Money)』の序文で次のように書いている。「困難は、新しい考えにあるのではなく、古い考えから抜け出すことにある」。

経済学の新たな見方は、2つの関連する要因によって推進されている。1つは、グローバライゼーションとテクノロジーの進歩の世界中への広がりによって打撃を受けている西側中産階級の怒りであり、もう1つは中国の台頭である。冷戦後の極端な楽観的な夢から集団として目覚めたかのように、アメリカの政治に関心を持つ人々は、数年のうちに、両政党を超えて、レーガン時代の自由市場の考え方を捨て去り、冷戦初期の考え方を再び受け入れた。特に中国の脅威は、長い間埋もれていた当時の産業政策がいかに成功したかという記憶を呼び覚ました。

東アジア研究の原点の一つである『市場を統治する(Governing the Market)』の著者であるウェイドが指摘しているように、アメリカが現在も世界で最も革新的な経済大国であるのは、密かに進められてきた産業政策によるところが少なくない。国防高等研究計画局(The Defense Advanced Research Projects Agency)、国立衛生研究所(the National Institutes of Health)、その他いくつかの連邦政府機関は、「汎用技術(general purpose technologies)」においてアメリカが画期的な進歩を遂げるのを支援してきた。なかでも、全米科学財団(the National Science Foundation)はグーグルの検索エンジンを支えるアルゴリズムに資金を提供し、アップルへの初期の資金提供は中小企業技術革新研究プログラム(the Small Business Innovation Research program)からもたらされた。経済学者マリアナ・マズカートは、2013年に出版された著書『起業家的国家:公的部門対民間部門対立という神話を覆す(The Entrepreneurial State: Debunking Public vs. Private Sector Myths)』の中で、iPhoneを「スマート」にしているテクノロジーは、インターネット、ワイヤレスネットワーク、全地球測位システム、マイクロエレクトロニクス、タッチスクリーンディスプレイ、音声認識パーソナルアシスタントSIRIなど、全て国家が資金を提供しているものだと指摘している。

従って、少なくとも政策立案者たちの間では、経済学的に言えば、新しい常識が戸棚から出てきた。ダートマス大学の経済学者で、ピーターソン国際経済研究所の非常勤シニアフェローであるダグラス・アーウィンは、「政府補助金と貿易制限によって特定の国の産業を発展させるという、新しいワシントン・北京・ブリュッセル・コンセンサスが出現していると述べている。また、ワシントン・コンセンサスの代わりに、私たちは「ワシントン・コンステレーション(Washington Constellation)」と呼ばれる、多くの異質な経済成長理論コンセプトの集合体の台頭を目の当たりにしている、とも述べている。

しかし、経済学の専門家たち自身は、新自由主義的な信念を捨てるべきかどうか、まだ確信が持てないでいる。オックスフォード大学の若手経済学者で、韓国の重工業への国家投資の成功を新古典派経済学で説明した画期的な論文を書いたネイサン・レインは次のように語っている。「今起こっているのは非常に不快なことだ。過去数十年で経済学が経験的な方向に転換した。ワシントン・コンセンサスにイデオロギー的に結びついていない私のような人々は、『我々はただの経験主義者だ(We’re just empiricists)。これを調べてみよう』と言っていた。人々は、『そんなことはやめなさい』と言った。人々は、それがうまくいくかどうかという質問をするだけでも、敏感に反応する」。

かつてワシントン・コンセンサスの顔であり代弁者であったIMFでは、過去数十年間、産業政策の受け入れは苦しい戦いであった。だからこそ、ハサノフとチェリフは2019年、ワーキングペーパーに、「名前を言ってはいけない政策の復活(The Return of the Policy That Shall Not Be Named")」という中身のはっきりしないとしたタイトルをつけざるを得なかった。その1年後、彼らはさらに上位の部門から論文「産業政策の原則(The Principles of Industrial Policy)」を発表した。しかし、IMFはこの6月にアーウィンによる反論を発表した。

アーウィンは次のように書いている。「産業政策をめぐる議論は長い間膠着状態(stalemate)にあった。産業政策は生産性の向上と構造改革(structural transformation)に不可欠であるという意見もあれば、腐敗を助長し非効率を助長する(abetting corruption and fostering inefficiency)という意見もある」。アーウィンは、何世代にもわたる新自由主義的な考え方に共鳴し、「定量的モデル(quantitative models)は、最適に設計された産業政策から得られる利益は小さく、変革をもたらす可能性は低いことを示唆している」と結論づけた。

しかし、ここ数年の新たな実証データは、数十年前からの東アジアの産業政策投資の多くが大きな成果を上げていることを示している。プリンストン大学のアーネスト・リューのような若い経済学者たちは、市場の歪みに関する新たな尺度がまさにそれを提供できることを示すことで、産業政策に対する古い偏見の一部の間違いを暴いていると主張している。古い偏見とは、「適切なセクターを支援対象にするために必要な信頼できる情報が不足している」というものだ。

バイデン政権は産業政策を全面的に採用しているが、産業政策と言う言葉の代わりに「産業戦略(industrial strategy)」という言葉を使っている。ギタ・ゴピナスIMF第一副専務理事が今月初めの講演で述べたように、IMFのアドヴァイスは「慎重に行動すること(to tread carefully)」である。歴史には、コストがかかるだけでなく、よりダイナミックで効率的な企業の出現を妨げたIP(産業政策)の例が数多くある。

産業政策の成功が、今日の世界で台湾ほど大きな役割を果たしているところはない。アメリカと中国が国家としての台湾の将来をめぐって争う中、台湾が地政学的にこれほどホットな問題になっている理由の一つは、世界のチップの60%以上を生産するという驚異的な世界一の半導体産業の存在である。1987年に設立された台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(Taiwan Semiconductor Manufacturing CompanyTSMC)は、最初の資金調達の少なくとも半分を政府から受け、その後数十年にわたって先進的なチップのトップメーカーとなった。韓国では、世界銀行が鉄鋼総合企業の設立は韓国の比較優位(comparative advantage)にないと助言したことがある。しかし、ポスコ(旧浦項製鉄、Pohang Iron and Steel Company)は「かなり早く、世界で最も効率的な製鉄所になった」とウェイドは述べている。

つまり、かつてタブー視されていた政府主導の産業補助金、半閉鎖市場(semi-closed markets)、台湾のような経済ナショナリズムが、各方面で受け入れられつつあると結論づけざるを得ない。これらの各要素を取り上げた、経済学者のレカ・ジュハシュ、ネイサン・レイン、ダニ・ロドリックの3人による論文「産業政策の新しい経済学(The New Economics of Industrial Policy)」は、主流派の『アニュアル・レヴュー・オブ・エコノミクス』誌から来年初めに出版される予定である。レインによれば、バイデンの経済諮問委員会の委員長であり、進歩的経済学者としてのキャリアの長いジャレド・バーンスタインは、共著者たちを今月末に同諮問委員会で講演するよう招待したということだ。

過去2年半で、バイデンは、国家経済会議前委員長ブライアン・ディーズが、主に「4つの基本法」を構成要素とする「現代アメリカの産業戦略(modern American industrial strategy)」と呼ぶ政策を策定した。4つの基本法とは、経済を瀬戸際からの回復させたアメリカ救済法、そして最近成立した超党派のインフラ協定、CHIPSと科学法、そしてインフレ抑制法(この法律の下でワシントンは低炭素技術に補助金を出し、自国製の技術的リーダーシップを優先している)である。

ディースに寄ればこれが意味するのは、政府は「個人の収益だけを考えている人々の個別の決定が主要分野で私たちを後追いすることを運命として受け入れる」のではなく、「それらの分野での長期的な戦略的投資を計画している」ということである。それは今後数十年間の、「我が国の経済成長の根幹を形成するものであり、我が国の生産能力を拡大する必要がある分野だ」とディースは述べている。初期段階では有望な成果がいくつかある。アメリカの製造業の雇用は2000年代初頭以来の最高水準に達し、ホワイトハウスは6月、バイデン政権下で製造業の新規雇用が80万人近く創出されたと自画自賛した。また、バイデンが大統領に就任して以降、民間部門は、製造業とクリーンエネルギーへの投資を4800億ドル以上行ったと発表した。

重要な要素は次の通りだ。政府がスタートから主導する高度な産業セクターの構築(building sophisticated industrial sectors with government seeding)、輸出志向(export orientation)、競争(competition)、受けた支援に対する説明責任(accountability for the support received)。この政策はまだ完全には明確になっていないが、バイデン政権はアジアの奇跡の成功の重要な原則のいくつかを模倣しようとしていると同時に、新自由主義の欠陥も認識しようとしている。

元世界銀行エコノミストのナンシー・バードソールは、教育、再訓練、その他の大規模な投資について言及し、次のように語った。「新自由主義が不平等を生み出すのであれば、政府が敗者に補償する必要がある。しかし、アメリカではそんなことは起こらなかった。政府は、過去20年間にアメリカに雇用が移動したチャイナ・ショックへの対処には及ばない、ある種の内容の薄い小さなプログラムを考案しただけだった」。

ピーターソン研究所所長のアダム・ポーゼンは、『フォーリン・ポリシー』誌に発表した最近の論稿において、産業政策は時には役立つものの、産業政策が採用する「ゼロサム」経済学は、「4つの大きな分析上の誤謬」に基づいて必ず裏目に出ると主張した。ポーゼンは「自己取引(self-dealing)は賢い方法である(訳者註:自己取引とは、弁護士、管財人、会社役員、その他の受託者が、取引においてその立場を利用し、信託の受益者、会社の株主、または顧客の利益ではなく、自分自身の利益のために行動すること)。自給自足(self-sufficiency)は達成可能だ。補助金(subsidies)は多ければ多いほど良いということ。そして重要なのは国内生産(local production )だ」と述べている。

ディースは、産業政策に対するこうした一般的な新自由主義的な反対意見に対処しようとしている。バイデン政権は勝者を選び出して、民間投資を締め出しているのではなく、むしろ、「公共投資を利用して、より多くの民間投資を呼び寄せ、企業の累積的な利益を確保しようとしている」と主張した。ディースは「この投資により国家収益が強化される」と述べている。これは、ディースが「文字通り民間投資の基礎を築く」交通インフラを意味する。政府資金による技術革新が行われ、また政府は全国の学校や大学における STEM 教育とトレーニングに投資している。ディースは、冷戦時代の栄光の時代を思い出しながら、バイデンは「ジョン・F・ケネディ大統領時代に人類を月に連れて行ったアポロ計画よりも多額の投資を技術革新に対して行っている」と述べている。

産業政策のもう1つの主要分野はクリーンエネルギーだとディースは語った。ディースは次のように語っている。「気候危機は市場の力だけでは対処できないことを私たちは知っている。私たちは、公的リーダーシップと投資が解決の鍵であることを知っている。それでも何十年もの間、我が国は傍観し続けてきた。しかし現在、我が国の産業戦略により、“民間部門による大規模な投資を奨励する”ために、クリーンエネルギーへの国家史上最大規模の投資を行っている」。

しかし、新しい政策スキームには依然として一貫性のない部分が残っている。バイデン大統領の計画におけるそのような分野の1つは、トランプ大統領が策定した関税の受け入れである。ハサノフのような経済学者たちは、競争を維持するために世界中に活発な輸出市場が存在する場合、東アジアモデルははるかにうまく機能すると述べている。

こうした矛盾は部分的には、「主流派が依然として、他の“良い”投資を締め出すという偽りの議論を考え出していることが原因」だとスティグリッツは述べている。「恥ずかしい話だ。アメリカは理性を失い、自分を抑えられなくなっている(all over the place)。共和党には、市場が中国と競争できないこと以外に、産業政策の役割について考えるための一貫した枠組みがない。民主党は、ジョー・マンチン連邦上院議員の政治的な動きのせいで、必要とされる一貫したアプローチを考えることができない。産業政策は私たちが議会を通じて得られるものの全てだ」とスティグリッツは述べた。

今日、皮肉なことに、日本はワシントンがそうしていない中で、自由貿易の旗を掲げる国の1つとなっている。トランプ政権時代、日本政府はトランプが離脱を決めた後の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の復活に貢献し、後継となる環太平洋パートナーシップに関する包括的かつ先進的な協定の再交渉にカナダなど他の加盟国と協力した。 2019年のインタヴューで、当時のカナダ国際貿易大臣ジェームズ・カーは、「ルールに基づいた多国間貿易システムと公正な貿易に対する日本の立場、態度、支持は模範的であり、非常に重要だった」と私に語った。今年、日本は多国間暫定控訴仲裁取り決めに参加することでWTOを救済しようと努めた。この取り決めは、加盟国間でWTO紛争を解決できるようにすることで、WTOの上級委員会に相当する多国間枠組みを作ろうとするものだ。

ヨーロッパ連合も産業政策を採用している。グリーンディール産業計画とネットゼロ産業法を策定している。これは、加盟国に対して、民間投資家たちを促して、IRAの下で利用可能な外国補助金と同等の補助金を提供するためのより大きな柔軟性を与えることで、バイデン政権のIRAを模倣している。また、ヨーロッパ委員会は最近、ヨーロッパ経済の様々な分野にわたる重要な原材料の特定とアクセスの確保を支援するために、ヨーロッパ重要原材料法を制定し、人工知能とデジタル技術における複数の取り組みを主導している。現在、躍進しているのは政策立案者たちであり、経済学者たちは後れを取っている。

※マイケル・ハーシュ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。『資本大攻勢:ワシントンの賢人たちはいかにしてアメリカの将来をウォール街に売り渡したか(Capital Offense: How Washington’s Wise Men Turned America’s Future Over to Wall Street)』と『自分たちとの戦争:なぜアメリカはより良い世界を築くチャンスを無駄にしているのか』の2冊の著作がある。ツイッターアカウント:@michaelphirsh

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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古村治彦です。

以下は、読売新聞オンラインの記事で、その内容は高級ブランド品が高値で取引されているという内容だ。その代表例として、エルメスのバーキンバッグが最初に紹介されている。バーキンバッグは、今年7月に76歳で亡くなったモデル・映画女優・歌手として活躍したジェーン・バーキンの名前からとられている。ジェーン・バーキンの偉大さについては、副島隆彦先生の重たい掲示板の文章を是非読んでください。
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※「[3564]ジェーン・バーキンの死(76歳)から思うこと。投稿者:副島隆彦 投稿日:2023-07-23 20:14:35」↓

http://www.snsi.jp/bbs/page/1/

 バーキンが亡くなったということも理由としてあるだろうが、バーキンバッグの中古品の値段が高騰しているということだ。以下に貼り付ける読売新聞の記事によると、中古品で新品の定価(約150万円)の倍の340万円になっているということだ。凄まじいのは、人気のタイプのバーキンバッグは新品の定価が約500万なのに、その6倍の3000万円になって、それが売れたということだ。購入したのは、中国人夫婦だったということだが、この夫婦はいつも出物、掘り出し物を探していて、色々な店に連絡をつけて、お目当ての品物が出たらすぐに買うということをしているのだろうと私は考える。高々と書くと失礼だが、バッグ1つが3000万円というのは想像を絶する世界だ。今、金価格が1グラム9800円だから、約1万円と考えると、3000グラム、3キロと同等、金の延べ棒(1キロ)3本分と考えると何なんだということになる。

 「プレミアム価格」という値段が付く高級ブランド品の存在については、これらがお金に換えられるという点が重要なのだろう。高級時計のロレックスや希少価値の高いナイキのスニーカーも含めて、これらは実物資産ということになる。高級ワインや絵画もそうだ。芸能人、特に急に売れたお笑い芸人が高級時計や高級車を先輩から買うようにアドヴァイスをされて、その理由を質問したところ、「お前が売れなくなったら、それを売って金に換えて当座を凌ぐんだよ」と言われたと話していた。芸能人は見栄の世界と言われ、皆が高級な洋服や装飾品をつけて、高級車を乗り回しているが、これは顕示欲もあるだろうが、浮き草稼業で将来はどうなるか分からないということに備えての防衛の面もあるのだろうと納得した話だった。高級ブランド品はそれくらいの価値があるものなのだ。

 「高級ブランド品なんて金持ちの道楽で、貧乏人に見せつけるための飾りなんだろう」と私は思っていたが、実は実物資産としての価値があるという面を気づかせてくれる記事だった。

(貼り付けはじめ)

〇「バーキン中古バッグ、定価6倍の3200万円…高級品「プレ値」でも引く手あまた」

8/10() 5:02配信

読売新聞オンライン

https://news.yahoo.co.jp/articles/c4667a938ffd3b936efbdaff742c690accbb2a19?page=1

[値段の真相 シン中古市場]<3>

 中古市場では、新品での販売価格を大幅に上回る値段を「プレミアム価格」や「プレ値」と呼ぶ。その代表格が高級ブランドの中古品だ。

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【図】一目でわかる…ロレックスの人気モデル「デイトナ」の価格、このように推移している

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一時、3200万円で売られていた「バーキン」の希少価値が高いモデル(東京・銀座で)=小林泰明撮影

 中古ブランド品流通大手、コメ兵銀座店では、200万円台後半から300万円台のエルメスの人気バッグ「バーキン」が2日に1個のペースで売れる。バーキンの定番モデルの定価は約150万円だが、今年4月の平均価格は340万円近くに達した。担当者は「プレミアム価格でも欲しいという顧客はたくさんいる」と言う。

 バーキンの中でも希少価値が高い限定モデルに至っては一時、定価(約490万円)の6倍を超える3200万円の値札がついた。その後、3000万円弱に価格が変更されたが、今月4日に中国人夫婦が購入したという。

 新品より中古の方がはるかに高い価格の逆転現象は、なぜ起きるのか。

 バーキンはもともと生産数が少ないことで知られる。人気のある色やサイズを正規店で購入するのは極めて難しいとされ、中古品でも欲しがる人は多くいる。そもそも需要と供給のバランスがとれていない。

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(写真:読売新聞)

 2020年以降はコロナ禍も重なった。生産が滞って新品の供給が不安定になる一方、市場で数少ないバーキンに多くの購入希望者が群がった。国内外の富裕層が旅行に行けなくなった分、高額品にお金を使うようになったことも、値上がりに拍車をかけた。

 中古市場に詳しい専門紙・リサイクル通信の瀬川淳司編集長は中古品の価格が高騰する条件について、「希少性、話題性、国際性」の3点を挙げる。

 価格は需要と供給で決まる。そのため市場に出回る数が限られる場合、必然的に「希少性」が高まり、需要に応じて値上がりする。

 SNSで高い発信力を持つインフルエンサーらが商品を使うことで「話題性」を集めれば集めるほど、需要が高まり、価格が上昇する。

 商品が海外も含めて売買されると、海外の富裕層が高い価格で買う機会も増える。商品の市場に「国際性」があれば価格はつり上がりやすい。バーキンは3条件を満たした代表的な「プレ値」商品と言える。

 ここでは価格が上がれば需要が減るという一般的な法則は、働かない。

●ロレックス、投資マネーの行き先にも

 投資マネーの行き先になっている高級ブランド品もある。

 ロレックスの高級腕時計は世界的に人気が高いが、流通量は少ない。人気モデルを定価で手に入れるには、複数の正規販売店に長期間、通い続ける必要があるという。マラソンのように店を巡ることから、ファンの間では「ロレックスマラソン」という言葉まである。

 新品どころか、中古品でも高値で取引され、さらに値上がりも見込める。ロレックスの一部のモデルは利用目的というより、売買によってもうけようとする投資家をひきつける。

 コメ兵によると、ロレックスの人気モデル「デイトナ」は、コロナ禍を受けて生産が減り、供給不足から値上がりするとみた投資家の購入が広がり、中古価格が高騰。定価約180万円のモデルの平均価格は22年春に590万円を超えた。

 その後、ロシアのウクライナ侵略で世界経済の先行きに不透明感が高まると、より安全な資産と目される金に資金を振り向ける動きが強まった。デイトナの価格は下落し、500万円を割り込んだ。

 投資対象と化したロレックスの相場は、世界情勢に合わせて揺れ動く。

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ナイキ中古スニーカー50万円(写真:読売新聞)

●「プレ値」がつくのは、高級ブランドに限った話ではない。

 都内のスニーカー専門店は2017年に約2万円で限定販売されたナイキの中古スニーカーを50万円で売る=写真=。「日本国内では1店舗でしか販売されず、非常に希少性が高い」(関係者)ことが高値の理由という。

 スニーカーはもともと愛好家の間で高値で取引されていたが、近年は値上がりに拍車がかかっている。中古スニーカーを簡単に売買できる海外のアプリが普及し、市場が世界に広がり、高値で買う人を見つけやすくなったことが大きいと言われる。

 「プレ値」の波は、世界規模で押し寄せ、中古市場の価格変動の振幅もまた大きくなっている。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

 このブログで、世界規模で新型コロナウイルス感染の収束傾向が進み、それによって経済活動が活発化していく結果としてインフレーション率が高まっていることを昨年からずっと紹介してきた。アメリカでの物価高騰の記事を何度もご紹介してきた。

 日本に暮らす私たちも物価高騰の影響を感じている。清貧の価格は変わらない久手も内容が減っているということはよく見かけるようになった。飲料で言えば、昔は1リットル、500ミリリットルで売られていたものが同じ値段で900ミリリットル、450ミリリットルになって売られているということもある。英語ではこれを「シュリンクフレーション(shrinkflation)」と言うのだそうだ。「shrink」という単語は「縮む、小さくなる、少なくなる」を意味する。インフレーション(inflation)やデフレーション(deflation)のような、よく使われる言葉ではないが、日本の現状を良く表現している。シュリンクフレーションが進んでいる日本で値上げが続いている。これは一般国民の生活を直撃し、経済状態を悪化させるものだ。

 物価の上昇率よりも賃金の上昇率の方が高ければ、生活は苦しいということはない。しかし、賃金がほとんど上がらない中で物価だけ上がり続ければ、生活はどんどん苦しくなる。スタグフレーションという状態になるのが怖いが日本は既にスタグフレーションなのではないか。物価上昇の原因は世界的な実物資産の価格高騰、具体的には石油価格の高騰や食料価格の高騰がある。これに加えて円安が進行していることも挙げられる。2022年4月28日には1ドル、130円を突破したが以下に掲載したグラフのようにこの円安は非常に急激に起きたものだ。

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ドル円チャート(2021年4月から2022年4月)

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 ドル円チャート(2000年から2022年)

 日本銀行の黒田東彦総裁は就任以来、日本政府の意向もあり、「年率インフレ率2%達成」をお題目のように唱えてきた。しかし、その実現には至っていない。日本の憲政史上最長となった安倍晋三政権下では「アベノミクス」で経済成長を目論んで、異次元の財政支出を行ったがうまくいかなった。「経済成長の結果としてインフレーション」ということを逆転させて「インフレーションを起こせば結果として経済成長(リフレ、インタゲ論)」という大きな間違いを犯した結果と言える。

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日本のインフレ率(2000年から2020年) 

 現在、輸入物資の価格高騰(新型コロナウイルス感染拡大からの回復とウクライナ戦争が重なった)と急激な円安で日本国内のインフレ率は2%を軽く達成しそうな勢いである。しかし、これは日本政府や日銀が意図した「インフレ」ではない。インフレーションには需要が高まることで起きる「デマンドプッシュ型」とコストが上昇することで起きる「コストプッシュ型」があり、現状は「コストプッシュ型」だ。経済が好調なので人々の需要が高まってのものではない。

「円安は日本にとって素晴らしい」ということを私も小学生の時に刷り込まれた。先生が黒板に日本で作った自動車が100万円として、それをアメリカで売る場合のドル換算した価格の図を描いて、「円安になればドルでの価格表示が安くなるので売れやすくなって利益が大きい」「海外から資源や材料を買ってきて日本で製品にして売る、これを加工貿易と言う」ということを説明してもらったと思う。しかし、私が小学生だった1980年代から日本経済は大きく変容し、外需頼みの国から内需頼みの国になった。GDPに占める輸出の割合は2018年の段階で18%だった。先進諸国の中でこの割合は低い方だ。

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輸出がGDPに占める割合(2018年)
 日本経済の現状は非常に厳しい。急激な円安の進行を止めることだ。そもそも貨幣価値の乱高下は好ましくない。また輸入物資の価格の引き下げは日本一国でできることではない。新型コロナウイルス感染拡大からの回復途上での経済回復のための物価高は仕方がないが、ウクライナ戦争による物価高に関しては一日も早い停戦によって改善が見込まれると思う。しかし、現状はとても厳しいと言わざるを得ない。

(貼り付けはじめ)

日本はようやくインフレーションを達成する-しかしそれは間違った種類のものだ(Japan Finally Gets Inflation—but the Wrong Kind
-数十年にわたりデフレーションとの戦いの後、世界規模の物価上昇は政治的な懸念の原因となっている

ウィリアム・スポサト筆
2022年4月25日
『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/04/25/inflation-japan-deflation-economy/

現在の日本の中央銀行のトップは非常に忍耐強い人物である。黒田東彦は9年前に日本銀行総裁に就任した際、世界第3位の経済大国である日本から、1990年以来ずっと成長を鈍化させてきたデフレーション圧力を取り除くと公約した。日銀の目標は、賃金と消費意欲を高める2%のインフレ率を作り出すために十分な資金を投入することであった。

商品価格のインフレーションが世界的に警鐘を鳴らしている中、ついに目標達成の見通しが立ったようだ。最新のデータは非常に不安定ではあるが、エコノミストたちは、日本が今後数ヶ月のうちにようやく2%のインフレーション率、場合によってはそれ以上のインフレーション率を達成し始めると予測している。

今のところ、この数値は世界的に見ても控えめなものとなっている。アメリカの2022年3月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比で8.5%上昇し、1981年以来最も高い上昇率となったが、日本の指数はわずか1。2%上昇にとどまった。しかし、これには携帯電話業界を事実上支配している3社のカルテルに対する政府の取り締まり後、携帯電話料金が52.7%下落したことが含まれている。

その他の数字も、日本の基準からすると目を見張らせるものだった。エネルギーコストは20.8%上昇し、1981年以来最も急な上昇となり、食用油は34.7%上昇した。卸売物価の指標である企業物価指数は、ウクライナの悲惨な状況もあって、2022年3月には前年同月比で9.5%上昇した。

全体として、エコノミストたちは、様々な一時的要因を平準化した後の基礎的なインフレーション率は、現在、日銀が設定した目標の2%程度であると見積もっている。しかし、誰も喜んではいないように見える。2022年6月の選挙を控え、政府は最も影響を受ける人々への補助金制度を実施するために奔走しており、日本円は急激に下落している。しかし、黒田総裁は、コスト増は短期的な問題であり、総裁が設定した目標を妨げるものではない、と平然としているように見える。

日本にとって、20年以上にわたるデフレーションのもたらしてきたコストは明らかである。しかし、多くの日本人が気づいていないのは、世界の国々は絶対額で豊かになっているのに、日本だけはほとんど変わらないということだ。OECDのデータによると、過去30年間の年間平均賃金の上昇率はわずか3%であるのに対し、米国では47%も上昇している。物価も同じような軌跡をたどっている。東京は長年、世界で最も物価の高い都市とされてきたが、コスト削減、関税の緩やかな引き下げ、輸入代替品の増加などにより、現在ではほとんどの世界ランキングでトップ10にも入っていない。

この状況を打開するために、中央銀行である日本銀行は過去9年間、市場に現金を流し込んできた。この前代未聞のプログラムにより、中央銀行は事実上全ての新規国債を購入することになった。そして、政府の税収は平均して歳出の60%しか賄っていないが、このことは購入すべき債務が大量に存在することを意味する。

このことは、2つの大きな問題を引き起こしている。日本政府は世界で最も負債を抱えている国であり、負債総額は年間経済生産高の約190%に相当する。このような政府の大盤振る舞いの裏舞台での資金調達によって、日銀のバランスシートは4倍になり、世界銀行のデータによれば、2020年には日銀自身の保有額は年間GDPの92%にまで上昇する。

このように、今の日本は間違ったインフレーションになっているようである。黒田総裁の目標設定の基礎にある考えは、いわゆる需要主導型の好循環を生み出すことであった。これは高い給料の労働者たちが外に出てより多く消費し、需要を押し上げ、それが新たな投資を招来し、それがより高い賃金につながるというものだ。

しかし、海外からのコストアップは物価を押し上げ、消費者たちの購買意欲を低下させ、商品の購入を控えさせることになる。この問題は、資源に乏しい日本では特に深刻で、事実上全ての原材料と商品を輸入している。食料の60%以上とエネルギーの95%(主に石油)を輸入している。過去10年間、世界の商品市場は概ね平穏だったため、これまでは大きな問題にはならなかったが、ロシアのウクライナ侵攻で小麦も天然ガスも十字架の下に置かれ、問題の深刻化が予想される。

このことは、2022年6月の参議院選挙でより強力な支持を得ようとする政府にとって、決して無視できることではない。与党の自民党が政権を失うリスクはないが、参議院選挙の投票結果はしばしば、事態の進展に関する有権者たちの感情を測る指標と見なされる。物価上昇の打撃を和らげるため、政府は消費者と中小企業を支援する480億ドル規模の幅広い補助金パッケージをまとめつつあると報じられている。日本経済新聞によると、この支援はガソリンの追加補助から低金利ローンや現金支援まで多岐にわたるという。

同時に、日本の岸田文雄首相は物価高騰を利用して、彼が提唱している「新しい形の資本主義」を推進しようとしている。これは安倍晋三前首相の下で実施された、過去10年間のアベノミクスで利益あげた大企業や裕福な退職者たちから富を国民全体に広げることを目的としている。

岸田首相は2022年3月の国会で、「物価上昇に対処するため、企業がコストを転嫁できるようにし、労働者の賃金を上げる環境を整えることによって、国民の生活を守るためにあらゆる政策方策を実施する」と述べた。

クレディ・スイスのエコノミストで元日銀の白川弘道のように、他のコストが上昇しているにもかかわらず、企業に賃上げを求めるのはかなり無理があると懐疑的な見方をする人々もいる。日本の消費者たちは伝統的に物価が上がると買い控えをする。そのため、小売業者は過去に値上げをするのをためらい、より少ない量でより高い単価を隠す「シュリンクフレーション(shrinkflation)」という概念を生み出した。

日本円が突然急落し、輸入品が更に高くなることも見通しを悪くしている。円は1ドル130円に迫り、年初から10%も下落している。これは、岸田首相が狭めようとしている経済格差を更に拡大させることになる。海外に大きな権益を持つ大企業は、自国にお金を戻すことで急激に高い利益を得るだろう。一方、平均的な労働者たちはレジでより多くの支払いを強いられることになる。

BNPパリバのチーフエコノミストで、日銀ウォッチャーとして知られる河野龍太郎は、「人々の関心が輸入インフレーション率の上昇と円安に向いている。こうした中で、短期的な景気刺激策だけでなく、超金融緩和を固定することによる長期的な悪影響についても、メリットとデメリットを再確認して検討する必要がある」と指摘している。

長期的には、日銀の最大の脅威はインフレーションサイクルが制御不能になることである。ドイツ銀行東京支店チーフエコノミストである小山健太郎は最近のレポートで、「日銀の政策スタンスが円安を悪化させ、物価を上昇させていると国民が確信すれば、日銀は家計の負担増を促す悪役になる可能性が高くなる」と指摘した。しかし、物価上昇に対抗する伝統的な方法である金利の引き上げは、ただでさえ弱い経済にブレーキをかけるだけでなく、日銀が保有する国債に多額の損失を与えることになる。

しかし、黒田総裁は躊躇していない。債務残高と円安への懸念がありながらも、日本銀行はここ数週間、国債買い入れプログラムを継続している。黒田総裁は、自分自身の目標は、日本を「デフレーション・マインド」から脱却させることだと常々主張している。今回の物価上昇で、彼は成功への道を歩み始めているのかもしれない。

問題は、こうした新たな懸念が、日本の高齢化社会、労働力の減少、低成長と一緒になって、長期的かつ不可逆的な景気後退をもたらすかどうかである。見通しには問題があるが、日本は過去に何度も懐疑的な見方を覆してきた。シティグループの当時のチーフエコノミスト、ウィレム・ブイターは、2010年のイヴェントで、「日本は世界で最も理解しにくい経済だ。これが物理学なら、日本において重力は働かないことになるだろう」と述べた。

※ウィリアム・スポサト:東京を拠点とするジャーナリストで2015年から『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿している。彼は20年以上にわたり日本の政治と経済をフォローしており、ロイター通信と『ウォールストリート・ジャーナル』紙で働いている。彼は2021年に刊行されたカルロス・ゴーン事件と事件が与えた日本に与えた影響についての著作の共著者である。

(貼り付け終わり)

(終わり)


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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 アメリカ国民の半数が国内経済の先行きを不安視しているという世論調査の結果が出た。『ウォールストリート・ジャーナル』紙の世論調査の結果では、約半数が来年の国内経済はより悪くなるだろうと答えたということだ。その最大の原因は、インフレの亢進、つまり物価が急激に上がっていることである。以下にアメリカのインフレ率のグラフを2つ掲載する。2016年12月から現在までの5年間のグラフと2020年12月から現在までの1年間のグラフだ。

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アメリカのインフレ率5年間のグラフ

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アメリカのインフレ率1年間のグラフ

 2016年から新型コロナウイルス感染拡大が始まる2020年初めまでは、インフレ率は2%を少し超える程度だった。その後、インフレ率は下降したが、2021年3月頃から急激に上昇している。新型コロナウイルス感染拡大対策としてのワクチン接種や経済活動の再開によって、アメリカ経済が活発に動き出した。しかし、急激なインフレ率の上昇に賃金上昇は追いついていない。そのために、人々は経済の先行きに不安を持っている。

 アメリカ人にとって特に重要なのはガソリン価格だ。アメリカは車社会であり、ガソリン価格の変動には特にナーバスになる。ガソリン価格が上昇するということは、飛行機など他の移動手段の価格の上昇や、暖房用の灯油などの価格の上昇も反映しているので、この点でもガソリン価格の上昇は生活を圧迫する要因が増えるということで、非常に嫌う。

特に、11月末の感謝祭から12月末のクリスマスまでは、「ホリデーシーズン」と呼ばれる。この期間は移動やプレゼント交換、豪華な食事などで支出が増えるので、この時期にガソリン価格が上がることをアメリカ国民は嫌う。そして、その怨嗟の声は政権に向かう。バイデン政権の支持率が低いことは既にお知らせしているが、これが大きな原因である。以下にアメリカのガソリン価格の変動のグラフを掲載する。

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アメリカのガソリン価格5年間のグラフ

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アメリカのガソリン価格1年間のグラフ

ここ5年では3ドルを上回ることはなかった。新型コロナウイルス感染拡大で経済活動が停滞したために、ガソリン価格は一気に下落したが、今年の3月頃から上昇を続け、新型コロナウイルス感染拡大以前よりも高くなっている。経済活動が再開してまだ間もなく、賃金上昇が追いつかない中で、この負担増は庶民を直撃する。

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円ドル5年間のグラフ

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円ドル1年間のグラフ

 一方、日本について簡単に見ていきたい。現在、日本は円安傾向に入り、輸入品の価格が上昇することによる、製品の値上げのニュースが続いている。

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日本のインフレ率5年間のグラフ

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日本のインフレ率1年間のグラフ

日本のインフレ率はもともと低い水準で推移していたものが、新型コロナウイルス感染拡大でマイナスにまで落ち込んだ。現在でも1%台にも届かない水準であるが、円安による「コストプッシュ」型のインフレで物価上昇ということはあるだろうが、それでも日銀が定めた2%には遠く及ばないものとなるだろう。

 日本のデフレ傾向からの脱却は来年も厳しいだろう。問題は、給料が上がらない中で、デフレならばまだ何とかなるが(それも大きな問題だが)、給料が上がらない中で、物価だけは上がっていく、スタグフレーションになることだ。先進諸国はどこもこの点を懸念していると思う。政府がいくらお金を流しても、それが人々に行き渡らねばそのような状態になる。従って、今は配分と再配分を重視する政策を行う必要がある。特に日本では、新型コロナウイルス感染拡大を抑え込みつつあるので、経済回復、特にデフレ脱却をこの機会を捉えて行う(「禍を転じて福と為す」)ということを行うべきだ。

(貼り付けはじめ)

国民のほぼ半分がよく年アメリカ経済がより悪くなるだろうと考えている(Almost half in new poll expect economy to get worse in next year

レクシ・ロナス筆

2021年12月7日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/finance/584781-almost-half-in-new-poll-expect-economy-to-get-worse-in-next-year

『ウォールストリート・ジャーナル』紙の最新世論調査の結果によると、有権者の46%が来年のアメリカ経済はより悪くなるだろうと答えた。より良くなると答えたのは30%にとどまった。

世論調査に答えた有権者たちが最大の経済問題だと考えているのはインフレーションだ。29ポイントの差をつけてインフレが悪化するという答えの方が多かった、61%が経済は悪い方向に向かって進んでいると考えていると答えた。

民主党は、新型コロナウイルス感染拡大から経済の回復を売り込もうとしている中、インフレーションにまず対処することに苦闘している。

クリス・ブストス連邦下院議員(イリノイ州選出)は本誌の取材に対して、「多くの経済指標を見れば、良い状態になっていることを示しています」と述べた。

彼女は続けて次のように述べた。「しかし、実際の生活レヴェルのお金問題について話しますとね、違ってきます。車のガソリンを満タンにする時、ガソリン価格が上がっていて、支払いが大きくなっています。食料品店に行ってベーコンを1パウンド買う時、値段が上がっています。人々はこのような価格上昇の現状に気付いています」。

バイデン大統領は、インフレーションや世界規模の供給チェインの問題に悩まされている。結果として、世論調査における支持率の数字を下げている。

今回の世論調査では、57%がバイデンの大統領としての仕事ぶりを評価しないと答え、41%が評価すると答えた。

経済に関する不安感が高まる中、2022年の中間選挙で民主党よりも共和党を支持すると答えた有権者の数の方が多かった。

世論調査に答えた有権者のうち、今日選挙が実施されると仮定しての質問に対して、44%が共和党に投票すると答え、一方、民主党に投票すると答えたのは41%だった。

今回の世論調査は2021年11月16日から22日にかけて、1500名の成人を対象に実施された。誤差は2.5ポイントだ。

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インフレーションが進む中でも10月の収入と消費者支出が上昇(Incomes, consumer spending rose in October even as inflation spiked

シルヴァン・レイン筆

2021年11月24日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/finance/583021-incomes-consumer-spending-rose-in-october-even-as-inflation-spiked

アメリカ合衆国商務省が水曜日に発表したデータによると、インフレの急進があったにもかかわらず、個人所得の増加が物価上昇を抑制することができたために、2021年10月の消費者支出は増加した。

個人消費支出は先月1.3%増加した。財に対する支出の1%増、サーヴィスに対する支出の0.7%増が寄与した。サプライチェインの混乱、新型コロナウイルス感染拡大に関連する規制、新型コロナウイルス感染拡大による消費習慣の変化などにより、消費者の財に対する支出がサーヴィスに対する支出を大きく上回った。

米連邦準備制度(Federal Reserve)が推奨するインフレ率の指標である個人消費支出(personal consumption expendituresPCE)価格指数(price index)は2021年10月に著しく上昇した。それにもかかわらず、全米での買い物ブームは継続した。

水曜日に発表された分析の中で、オックスフォード大学のグレゴリー・ダコは次のように書いている。「2021年10月の消費者支出は、ウイルス懸念の軽減や温暖化、自動車のサプライチェインの制約緩和、ホリデーシーズンの早期開始などの要因により、増加した」。

ダコは続けて次のように書いている。「しかし、米国の家計にとっては、インフレ率の上昇、製品の入手可能性の現象、財政支援の減少など、全てがバラ色という訳ではない」。

個人消費支出(PCE)は、消費者物価が3ヶ月連続で0.4%上昇した後、10月に0.6%上昇した。また、10月までの1年間で5%上昇しました。年間のインフレ率は9月から0.6ポイント上昇している。

賃金の上昇と雇用の増加が個人消費を押し上げ、先月の個人所得は0.5%増加した。しかし、インフレ調整後の可処分所得は0.3%減少しました。

会計事務所RSMのアメリカ人エコノミストのトゥアン・グエンは次のように書いている。「強力な支出は今年の最後の2カ月でも価格に対して圧力をかけ続けることになるだろう。しかし、最近のデータでは、そのような圧力を和らげる役割を果たすサプライチェインのねじれが改善されてきている」。

グエンは続けて次のように書いている。「概して言うと、水曜日に発表されたデータは、今年の第四四半期の成長につながる、予想を上回るホリデーシーズンの見通しを再確認するものだ」。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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