古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 本の紹介

 古村治彦です。

 

 副島隆彦先生と佐藤優先生の最新刊『世界政治 裏側の真実』が2017年9月28日に発売となります。副島先生と佐藤先生の共著は今回で4冊目となります。毎回、縦横無尽、難しい思想のお話から現実的な政治、経済、とあらゆる事柄に話が及んでいます。今回もアメリカ政治、北朝鮮問題、安倍政権など、多岐にわたっています。

 

 どうぞよろしくお願い申し上げます。

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 世界政治 裏側の真実


(貼りつけはじめ)

 

『世界政治 裏側の真実』 もくじ

 

はじめに 世界の裏を読み解くインテリジェンス 佐藤優 1

 

1章 トランプ政権で、いま何が起きているのか 

 

日本人が知らないアメリカ政治の真実

 

ドナルド・トランプの行動原理と思想を読み解く

 

ど汚い経営者たちのトップがトランプ 18

初めに脅かしておいて手前でポンと落とすトランプ流交渉術 22

大統領就任演説時の引用はイスラエルに向けた犬笛だった 24

ジェームズ・コミー前FBI長官解任の真相 29

「自分は生まれる前から神様に選ばれている」と考えているトランプ 34

デモクラシーが完成すると独裁官が現れる 37

 

ポピュリズム思想とエスタブリッシュメントの血みどろの戦い

 

「ドレイン・ザ・スワンプ」“Drain the swamp”の意味とは? 42

今の共和党は、ほとんどがトランプ派になっている 50

「世界の警察」から「世界のセコム」になるトランプのアメリカ 55

トランプ攻撃の真相は白人たちのトランプ一家に対する嫉妬 59

 

2章 第2次朝鮮戦争は 勃発するか

 

暴走する北朝鮮を抑え込むアメリカと中国

 

2018年4月にアメリカが北朝鮮を空爆する

まず先に北朝鮮に手を出させるアメリカ 64

北朝鮮のミサイルは日本には落ちない 68

北朝鮮の核と弾道ミサイルが欲しい韓国 70

日本まで届く北の弾道ミサイルまでならアメリカは容認する 72

自衛隊が朝鮮半島有事に参加したらどうなるか 77

 

人民解放軍を抑えつける習近平の実力

 

米中露外交はキッシンジャーの根回しで動いている 79

中国に最強の対艦ミサイルを与えたキッシンジャー 81

THAADミサイルはアメリカの軍事的産業政策 84

人民解放軍のクーデター計画を潰した習近平 86

 

3章 やがて実現する米中露3巨頭体制

 

テロリズムにおびえる世界を管理する〝第2次ヤルタ会談〟

 

欧米との戦いに打ち勝ったプーチン

 

シリア政府軍は本当にサリンを使ったのか? 94

トランプとプーチンは中東でうまく棲み分けをしている 97

プーチンに屈服したトルコのエルドアン 102

天然ガスの世界の価格決定権をプーチンから奪い取る計画は失敗した 103

ロシアとのエネルギー外交を担うレックス・ティラーソン国務長官 106

20の米露の首脳会談ではアメリカがロシアに降りていた 110

 

第2次ヤルタ体制と拡大するテロリズムの行方

 

当時の権力者たちの密約だったヤルタ会談 113

「反プーチンデモ」を仕掛けているのはプーチン自身 116

ヤルタ会談でソ連が取り損ねた権益を狙うプーチン 121

カタールはなぜ中東4カ国から国交断絶されたのか 123

IS(イスラム国)がコプト教徒を狙い撃ちにする理由 125

いくら潰してもIS(イスラム国)はこれから拡大していく 127

自殺志願者をリクルートするテロリストたち 130

2020年に血のオリンピックが起きる可能性がある 132

巨大な偽善に首を絞められているヨーロッパ 135

 

4章 世界を動かす インテリジェンス・ネットワーク 

 

入り込んだら抜け出せないスパイたちの〝けもの道〟

 

諜報大国イギリスのインテリジェンス能力を読む

 

〝二重スパイ〟キム・フィルビーの恐ろしい真実 138

「ポジティブ・カウンター・インテリジェンス」とは何か 143

優れた有能なスパイは必ず二重スパイである 145

謎だらけのキム・フィルビー事件の真相 147

小説と映画とドラマで国民を洗脳するイギリス 149

 

敵も味方もわからなくなるインテリジェンス活動の実態

 

酒に溺れるインテリジェンス・オフィサーたち 155

トップを含めた全員が代替可能なインテリジェンスの世界 157

適性がないインテリジェンス・オフィサーは早死にする 161

インテリジェンス・オフィサーは組織の内部評価に異常な関心を持つ 164

公安警察に定点観測されている副島隆彦と佐藤優 167

イーグルス『ホテル・カリフォルニア』の真の意味 171

不思議な死を遂げた内閣情報調査室内閣参事官 175

 

5章 共同謀議とは何か 

 

安倍政権と権力者たちの内部抗争

 

権力者たちの共同謀議は確実に存在している

 

共謀罪と破防法・治安維持法の大きな違い 180

アメリカに命令されて共謀罪をつくらされた日本 182

官僚用語の「忖度」とは独断専行のことである 185

共謀罪で権力者側が本当にやりたいのは「内心の監視」 186

実際には共謀罪を運用することはできない 189

 

安倍政権のコンスピラシーを暴く

 

レイプ事件をもみ消そうとした警察官僚たちに共謀罪を適用せよ 192

裏金を〝山賊分け〟にするスキームは日本全国で行なわれている 200

首相は警察を動かす力があるから捕まらなかった 204

アメリカにやらされた司法試験改革は完全に失敗だった 206

前川喜平前文科省事務次官は、ただの官僚ではない 210

検察に逮捕権と捜査権があってはいけない 215

「学歴差別だけが人生」の官僚たち 217

 

安倍政権を支える思想と団体の裏側

 

いま政権という形で可視化された長州支配 221

北方領土問題は本当に解決できるのか 223

まるで旧日本軍のようないまの日本の官僚機構 227

小池百合子東京都知事の裏側には誰がいるのか 230

官僚がルーティンで何かを始めたときが一番恐ろしい 232

東京都議選での「都民ファーストの会」圧勝はあきらかにおかしい 235

アンチテーゼだけで生きている反共右翼たち 242

トランプ支持層と共通する安倍晋三応援団 244

 

おわりに──世界基準で知識、思想を語るということ 副島隆彦 247

 

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おわりに──世界基準で知識、思想を語るということ   副島隆彦

 

 この本は、佐藤優氏と私の4冊目の対談本である。

 

 1冊目は『暴走する国家 恐慌化する世界』(2008年)であった。リーマン・ショック(世界金融危機)の最中であった。あれから10年である。

 

 佐藤氏が国家の罠に嵌められて牢獄から出てきたのは2003年10月(当時、43歳)。歳月は慈悲を生ず。

 

 佐藤優氏は、私のことを「リバータリアンの副島さん」(リバータリアニズム Libertarianismという政治思想の信奉者)と、たった一行で私という人間を、正確に定義づけてくれた。私は感激した。

 

「あなたは、〇〇主義者ですよね。私は〇〇主義者です」と互いに簡潔に相手の思想を認め合ったうえで議論を闘わすことが生産的である。それが相手への最大限の尊重、敬意の表し方である。そして議論の後は、何が成果であったかを互いに穏やかに確認し合うべきだ。それが知識人というものだ。

 

 こういうことが平気でできなければ、日本人は、世界で通用する知識人、言論人の水準に到達しない。私は、佐藤優の、世界基準で知識、思想を語ることのできる能力を高く評価している。世界基準とは、英語で、world valuesワールド・ヴァリューズと言う。

 

「ワールド・スタンダード」という英語は無い。有ることは有るが、それは、工業製品などで使われる規格のことだ。日本のJIS規格の世界版だ。おそらく、中国がこれから日本のJIS規格を彼らなりに応用・拡張して、世界規模の新しい工業規格を作るだろう。

 

 だから、世界で通用する、「人間世界で通用している普遍的な様々な思考と諸価値」をワールド・ヴァリューズ( world values 、世界基準、世界普遍価値)という。そろそろ、こういうことを日本人が皆で知って、使い始めるべきだ。

 

 いまの日本の知識人たちは、私が知っている限りまったく残念ながら、こういう世界基準での、政治思想の流派の大きな理解ができていない。知識層のくせに世界を知らない。世界が大きくは、どのような現代の諸政治思想(ポリティカル・ソーツ political thoughts )の10ぐらいの流派でできているかを知らない。

 

 たとえば、前記したリバータリアニズムという、アメリカで1950年代に生まれた新型の政治思想は、ドナルド・トランプ大統領の誕生を、選挙選の初めから育てて支えた勢力である。「反国家、反官僚、反税金、反過剰福祉そして反グローバリズム(外国支配)」を掲げるアメリカの民衆の保守思想である。現在のアメリカで、このリバータリアンの勢力が大きくなっている。かつて急進リベラル派だった人々で、優れた知性と感覚をもっている人々までもここに合流した。

 

「アメリカ・ファースト!」を、愚かにも「アメリカ第一主義」などと誤訳し続けている、低脳の新聞記者や言論人に何を期待できるか。何が第一で何が第二なのかわかっているのか?

 

 アメリカの国益が第一の主義だ、などと馬鹿な理解をするな。「アメリカ・ファースト!」とは、「アメリカは、できるだけ外国のことに関わるべきでない。それよりも国内のことを優先(ファースト)にしよう」という思想だ。〝空の英雄〟チャールズ・リンドバーグが使い始めた政治標語(スローガン)だ。リンドバーグは、このあとひどい目にあった。

 

 だから×「アメリカ第一主義」ではなく、〇「国内問題優先主義」と正しく訳さなければいけない。アメリカ国内のことが第一(ファースト)なのだ。諸外国のことは、セカンド(二の次)ということだ。

 

「アメリカ・ファースト」と同義語である、アイソレイショニズム( isolationism )も、×「孤立主義」ではない。世界覇権国であるアメリカが孤立するわけがない。そうではなくてアイソレイショニズムも「アメリカ国内の問題を優先する主義。外国へ軍隊をなるべく出さない主義」なのである。

 

 こういうアメリカの政治思想諸流派、政治問題の解説を、私はたったひとりで30年も、ずっとこつこつとやってきた。そろそろ私の言うことを聞いたらどうですか。

 

 そうすれば、8月18日に起きた、トランプの首席戦略官(チーフ・ストラテジスト)のスティーヴ・バノンの辞任が、「アフガニスタンや北朝鮮への軍事行動に反対する」という反グローバリズムの立場で、トランプ大統領とぶつかったからだ、とわかるだろう。バノンは、アメリカのエスタブリッシュメント(支配階級、権力者層)と戦うポピュリスト(人民主義者、大衆主義者)である。

 

 ピープル(人民、大衆)の、形容詞形がポピュラーであり、それの人間形名詞がポピュリストである。北朝鮮の危険な核ミサイルの問題を世界がどう片づけるか、についても本書で詳しく論じた。北朝鮮は9月3日に第6回の核実験を行なった。

 

 だから私のことを「リバータリアンあるいはポピュリストの副島さん」と気軽に定義づけることのできる佐藤優は、日本では珍しく世界基準(ワールド・ヴァリューズ)で、ものごとを考えることのできる極めて限られた人である。だから私の佐藤優への評価は高い。

 

 現在の日本国内の、政治勢力間の対立と分裂で、佐藤氏と私がどの勢力(党派)を応援し、どこに属しているか、ということは二義的(セカンダリー。二の次)である。ひとりの言論人が、自覚して日本国の国益(ナショナル・インタレスト)すなわち、日本国民の利益を守っているのであれば、それでいい。

 

 言論人は、どうせ〝一本独鈷〟で生きている。自分が所属(寄生)する組織・団体からの収入や援助金などを当てにして生きている者は、二流である。

 

 ますます本が売れない時代になってきた。すべての物書きが追い詰められている。

 

 単行本は1冊1600円として、そのたったの1割の160円が著者の取り分である。憚りながら、佐藤優と私は、この一冊当たり160円の印税(原稿料)をかき集めて、それで生活している。そういう物書きは、小説家を含めてこの国にはもう何十人しかいないだろう。

 

 それでも、このように、組織・団体からでなく、直接、本の買い手・読み手即ち国民に、食べさせてもらっている人間が一番偉いのだ。あ、この本は、2人の共著だから、1冊160円の原稿料がさらに半分の80円になる。

 

 今年(2017年)、IS「イスラム国」というイスラム教の原理主義の過激派(ジハーディスト、聖戦主義者)がイラクとシリアで大敗北しつつある。だが、このテロリズムはこのあと、世界中に拡散して行くだろう。こういうことがこの本で語られている。

 

 佐藤氏は対談しているときにこう言った。「もしISが勝利したら、私も副島さんも、イスラム教徒になって、酒を飲むのをやめて、モスクに通って、ひげを生やすことになるでしょう」と。

 

 イスラム教の世界から出てきたISというのは、類推すると、かつての国際共産主義運動(コミンテルン。Comintern 1919年モスクワで創立。1943年に終焉した)と同じようなものだ、と佐藤優は言った。1917年のロシア革命を、レーニンたちは世界中に輸出する目的で、これを始めた。世界各国に出現した、燃えるような理想主義の情熱で、理想社会の建設を目指した狂信的な若者たちの世界的運動とISは同じようなものだ、と佐藤優は分析した。こういう佐藤優の世界基準(ワールド・ヴァリューズ)に立つ広い視野からの見識がすばらしいのである。

 

 現在の世界の、そして日本国内の政治・社会問題を2人で縦横に語れて楽しかった。私たちがこの本で積み残したのは、①マルクス主義と②キリスト教、そして③飼い猫たちの生態観察からの猫ちゃん論の3つである。次の機会を期したい。

 

 ちなみに、「忍者・佐藤優と狂犬・副島隆彦の手裏剣対談」という本書の惹句は私が考えた。佐藤氏も承諾してくれた。

 

 この本が出来るまでの構想と労苦を背負ってくれた日本文芸社の水波康編集長と、グラマラス・ヒッピーズの山根裕之氏に、著者2人から感謝の気持ちを表します。

 

 2017年9月 副島隆彦 

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12








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 古村治彦です。

 

 今回は『代表的日本人』(内村鑑三著、鈴木範久訳、岩波文庫、1995年)を皆様にご紹介します。この本は1908年にRepresentative Men of Japanとして刊行されたものの翻訳です。

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内村鑑三

 内村鑑三(1861~1930年)は、明治期から活躍した宗教家であり、教育家です。内村鑑三は1877年に第二期生として札幌農学校(現在の北海道大学)に入学し、翌年にキリスト教の洗礼を受けました。1884年に渡米し、アマースト大学とハートフォード神学校で学びました。帰国後、複数の学校で教鞭を執ります。1891年に当時食卓で勤務していた第一高等中学校(現在の東京大学の前身校)で不敬事件を起こしました。これは教育勅語奉読式において、明治天皇のご親筆である署名に最敬礼しなかったということ非難を受け、退職を余儀なくされたという事件です。貧窮生活の中、その後著作活動に入ります。また、宗教的には、無教会主義を主張し、聖書研究会を始めます。


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代表的日本人 (岩波文庫)


 『代表的日本人』は内村鑑三の代表作です。日本歴史上の偉人を5名選び出して、その生涯を紹介しています。口語体で大変わかりやすい文体です。教会で聖職者が参会者に話しかける口調を文章にしているのだそうです。5名の偉人は西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人です。内村は日本で生まれ育ったキリスト教徒として、この5名を選び出し、西洋世界に日本の精神性の高さを紹介することを目的にして本書を書きました。

 

 ここに出てくる西郷隆盛と中江藤樹は陽明学の学徒として知られています。陽明学は儒学の一派で、「知行合一」を基本概念にして、実践を重視する学派です。江戸末期から明治維新にかけて活躍した人々の多くが陽明学を学んだ人々でした。内村鑑三が西郷隆盛と中江藤樹を偉人の中に選び出したのは、陽明学とキリスト教の親和性の高さを物語っていると思われます。「日本にはキリスト教はなかったが、それによく似た道徳はあり、それに基づいて行動した偉人たちがいる」ということを西洋社会の読者たちに訴えたかったのだろうと思います。更に言えば、中国で生まれた陽明学の中にキリスト教の影響はあるのだろうと思います。

 

 内村鑑三が選び出した5名、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人に共通することは何かということであれば、その精神性の高さであると思います。内村もその精神性の高さを評価し、それを西洋社会に訴えることで、日本は遅れた国ではないし、逆にこの精神性の高さがあったので、短期間で西洋諸国、列強と伍するところまで発展できたのだと訴えたかったのだと思います。

 

 その精神性の高さは「誠意」という言葉に集約されます。誠意を内村鑑三はどのように訳したのか分かりませんが、sincerityとでもしたのでしょうか。『西郷南洲翁遺訓』でも誠意を強調しています。ここで言う誠意とは、天の道に従うことを一心に一身を賭けて行うということで、ひとりよがりの善意ということではないようです。天意を知り、それを実行するということのようです。

 

 ここで言う「天」、西郷隆盛が好んだ言葉である「敬天愛人」でも使われている言葉ですが、これは神、超越的な存在ということになります。「敬天愛人」という言葉は儒教にもあるようですが、西郷隆盛は中村正直が訳したスマイルズの『西国立志編』に出てくる、キリスト教の諸原理を表現した言葉である「敬天愛人」に感動し、使うようになったということです。また、西郷は「人を相手にせず、天を相手とせよ」という言葉も遺していますが、ここで言う天も神ということになります。

 

 また、日蓮上人が取り上げられているのは、内村鑑三の無教会主義、聖書重視の姿勢と、日蓮上人の法華経に対する帰依が重なっているからだと思われます。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の信者は「啓典の民」と呼ばれるように、それぞれに経典、聖書が存在し、人々はそれを学び、敬います。日本の仏教は様々な宗派に分かれますが、日蓮は法華経こそが仏教の根本経典であるということで、それに帰依することを決心した、根本経典に立ち返るという点で、内村にしてみれば、マルティン・ルターにも匹敵する人物ということになったのでしょう。

 

 本書『代表的日本人』は、『武士道』(新渡戸稲造著)、『茶の本』(岡倉天心著)と並ぶ、英語で書かれた日本紹介の古典的名作です。わかりやすい日本語と訳注がついています。是非お読みいただければと思います。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 前々回、前回に続いて、『組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ』(菊澤研宗著、中公文庫、2017年)を皆さんにご紹介します。

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組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫)

 

③の所有権理論とは、人間は限定的合理性しか持っていなくても、自分の利益を最大化するために取引を行います。その際の取引されるのは、取引財の特定の特質を巡る所有権ということになります。私たちが取引するのは、財のある特質を自由に使える権利、財のある特質が生み出す利益を手にする権利、他人のこの所有権を売る権利ということになります。この所有権理論については、私はよく理解できませんでした。しかし、読み進めていくと、菊澤氏が言いたいことは理解できました。

 

 菊澤氏は、所有権理論を使って今村均中将によるジャワ軍政を分析しています。日本軍は開戦後、瞬く間に東南アジアのほぼ全域を占領しました。そして、軍政を開始しました。日本軍の軍政はどうしても「日本の威光を現地住民と植民地としていた西洋諸国の人々に知らしめる、日本を盟主とする新秩序を教え込む」ということに重きが置かれ、苛烈を極めました。ガダルカナル島の作戦の際にも名前が出てきた辻正信は、シンガポールで中華系住民の大量虐殺を引き起こしています。また、現地の文化や伝統に無理解で、日本の文化や伝統を押し付けたために、現地の人々から反発が起きることもありました。


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今村均 

そうした中で、今村均中将(第16軍司令官)によるジャワ軍政は数少ない成功例となりました。今村は苛烈な弾圧を加えず、「日本の威徳を伝える」ことに重きを置き、かつ、現地の文化や伝統を尊重しました。インドネシアでは日本軍による苛烈な弾圧もない中で、治安が維持されました。今村は日本兵がインドネシアの人々の頭を殴打することを厳しく戒め(頭に神が宿ると考える現地の人々を尊重)、バタビアと呼ばれていたジャワを現地語であるインドネシアに改名しました(日本軍は多くの場合占領地を日本名に改名した)。神社なども作りませんでした。学校教育に投資をし、工業や農業の改善にも努力しました。また、インドネシア独立運動のスカルノやハッタといった幹部たちと協力体制を築きました。オランダ軍の捕虜たちの待遇もある程度の自由を与えるなどしました。

 

 こうした今村軍政に対して、大本営を中心に「手ぬるい」という批判の声が上がりました。しかし、今村は「占領地統治要綱」に書いてある通り、「公正な威徳で住民を悦服」させているのであって、自分は占領地統治要綱に従っているだけだ。だから、軍政を変更するには、占領地統治要綱を改定しなければならないし、自分はその改定に反対であるので、改定するのであれば軍職を賭ける、と言い切りました。

 

今村均は、陸軍士官学校第19期で、この期は旧制中学校出身者だけで構成された期で、バランスが取れた人物が多く輩出されたという評価を受けています(他は陸軍幼年学校卒のコースが主であり、幼年出身者が陸軍主流となった)。田中静壱や本間雅晴といった後に高い評価を受ける人々が今村の同期です。彼らは駐在武官や留学などで英米経験が長かったことでも知られています。旧帝国陸軍軍人で、バランスが取れていたという評価を受けている人々の多くは旧制中学校出身(外国語は英語が中心、幼年ではドイツ語とロシア語など)であることが多く、また、他の学校を受験したり、他の志望であったりしたのが、事情があって陸軍士官学校に入学してしまったというタイプが多いようです。陸軍士官学校や海軍兵学校は大変な難関でしたから、仕方なくで入れる学校ではありませんから、彼らは秀才であったとも言えます。このようなタイプは陸軍で主流には乗れずに、中央から外されてしまうことが多かったということは日本の敗北の理由と言えるでしょう。

 

今村はその温厚篤実の人柄が既に名将の風格を備えていたと言われています。今村は戦後、オーストラリアとインドネシアの軍事法廷で裁かれることになりました。今村は自分の部下が戦犯となった責任を問われて、オーストラリアの法廷で10年の刑を言い渡されました。彼は巣鴨で服役していたのですが、自分の部下と一緒に服役したいとマッカーサーに訴えて、マヌス島にある収容所に自ら移りました。マッカーサーは「武士道を見た」という談話を発表しました。

 

 菊澤氏は次のように分析しています。日本軍は占領地、ジャワの資源、人的資源(住民や捕虜たちの労働)を有効活用したい、一方、ジャワの人々や捕虜たちもまた日本軍を利用したいという関係になります。日本軍は少ない食事と睡眠で住民や捕虜たちに働いてもらいたい、住民や捕虜たちはできるだけ働きたくないということになります。お互いに、どこが均衡点か分からないということになります。となると、広範囲な勝日常的なサボタージュが起きたり、それに対しての弾圧が起きてしまうということになります。日本軍にしてみると、管理や監視のコストが増大します。

 

 今村は捕虜や住民の労働の利益を還元したり、自由や休息を与えたりということを行いました。そうすると、捕虜や住民たちは働いたら自分たちにも得になるということになって、サボタージュをしないということになります。また、教育や文化・伝統保護を通じても多くの権利を認めたために、ジャワの人々は日本軍に敵対しないということになり、治安維持のコストも下がりました。

 

 著者の菊澤氏はその他にも沖縄と硫黄島での戦いも分析しています。沖縄と硫黄島では悲惨な戦いが行われ、沖縄では民間人に約10万の犠牲が出ました。菊澤氏は、2つの戦いで、アメリカ軍は日本軍以上の犠牲を出し、大苦戦となったことに注目しています。そして、沖縄の八原博道高級参謀と硫黄島の栗林忠道司令官がともに大本営の命令をある部分は無視し、命令の目的を理解し、その実現のために合理的な行動を取ったと分析しています。もちろん、日本軍にも多大な犠牲が出て、ほぼ全滅状態となり、戦死した人々1人1人にとっては何が合理性か、ということにはなると思いますが、本土決戦までの時間を稼ぐ、という大本営の目的を的確に把握し、それを成功させたという点で、栗林司令官と八原高級参謀は合理的ということになります。

 

 日本軍の失敗から学び、現代にその教訓を活かすということはこれまでも言われてきました。日本の組織が持つ非合理性や非倫理性は日本軍と共通するところがあるので、それらを改善しなくてはならないと言われてきました。しかし、大企業や官庁、更には内閣まで、日本型組織の持つ欠点を改善するに至っていません。こうした欠点を改善するには、私たち人間が完全に合理性を持つ人間にならねばなりませんが、これは全く実現不可能なことです。そうなると、人間は限定合理性しか持たない、間違うものだ、完全ではないものだということを前提に置いた組織づくりが必要です。

 

 組織において常に批判ができるようにしておくこと、が重要であると思います。失敗が起きた時に失敗を隠すのではなく、失敗を改善のための貴重な機会と捉えることもまた重要です。そして、常に目的を明確にして、その目的のために合理的な方法(一番の近道、お金も時間も労力もかからない方法)は何かを常に求める姿勢が重要だと思います。

 

 しかし言うは易し、行うは難しです。人間はどうしてもこういうことはやりたくないので、昔ながらのやり方のままでいたり、批判に耳を貸さないということになりがちです。ということになれば、嫌でもそのようなことをしなければならないようにルールで定めたり、制度化したりしておくことが必要ということになります。そして、人間は失敗するのだから、失敗に関しては寛容に対応し、失敗から教訓を得られるようにしておくということは頭でわかっていても、なかなか難しいことです。ですから、人間は完ぺきではないと理解しつつ、だから何もしないということではなくて、少しでも改善していくという態度が重要なのだろうと思います。

 

(終わり)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


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 古村治彦です。

 前回に続いて、『組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ』(菊澤研宗著、中公文庫、2017年)を皆さんにご紹介します。


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組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫)

 

②のエージェンシー理論とは、人間の取引関係は依頼人であるプリンシパルと代理人であるエージェントに分けられます。私たちは選挙で代議士を選びますが、有権者はプリンパル、代議士はエージェントとなります。政治家と官僚の関係で言えば、代議士はプリンパル、官僚はエージェントとなります。プリンパルとエージェントはともに自己利益を追求しますが、彼らの利益が一致しない場合が出てきます。エージェントがプリンパルの利益とはならない行動をすることがあります(エージェンシー・スラック問題と言います)。また、両者の間には得られる情報にも差が出てきます(情報非対称と言います)。こうした中で出てくる現象がモラル・ハザード現象とアドバース・セレクション(逆淘汰)現象です。モラル・ハザード現象はエージェントがプリンシパルの意向とは異なる行動をすることです。逆淘汰現象は、プリンシパルがエージェントのモラル・ハザードを防ごうとして合理的に行動することでかえって、非合理的な結果をもたらすということです。

 

 インパール作戦は、ビルマを確保した日本軍がインド方面に向けて進撃する大作戦でした。険しい山岳地帯とジャングルを抜けてインドの要衝インパールを占領して、イギリス支配下にあるインドに刺激を与え、イギリスに打撃を与えることを目的としていました。1944年3月にインパール作戦が開始されました。日本軍はインパール近くまで攻め込みながら、補給が続かなくなり、イギリス軍がジャングルに合わせた戦法と最新鋭の武器を採用し、物資の空中補給をはじめとする物量で日本軍を圧倒しました。イギリス軍はわざと日本軍をインパール近くまで引き寄せて(イギリス軍は少しずつ負ける形で撤退しながら)、補給船が伸びきったところで逆襲をかけ、日本軍を敗退させました。補給が続かなくなった日本軍将兵は撤退途中で飢えと病で力尽き、ビルマへの撤退路は「白骨街道」と呼ばれました。将兵3万が戦死、4万が傷病に倒れるという悲惨な結果に終わりました。

 

 インパール作戦を強く推進したのは、牟田口廉也(むたぐちれんや)第15軍司令官でした。牟田口廉也中将は日本陸軍史に残る世紀の愚将という評価を受けています。インパール作戦に参加し生還した将兵は後々まで「牟田口を許さない」「牟田口が畳の上で死ぬなんて許さない」と強く非難し続けてきました。インパール作戦でその評価を高めた人物もいました。宮崎繁三郎中将は最前線指揮官として激戦で多くの部下を失いながらもコヒマを奪取、その後、撤退中も自身が最後列に立ち、将兵を励まし、傷病兵を保護しながら見事な撤退を行い、日本陸軍きっての名将という評価を受けています。インパール作戦からの生還者たちは、「あの指揮官の下なら死んでもいい」と思わせるほどの人物だったと評価をしています。


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 牟田口廉也

 インパール作戦については、最初から補給の面で全く実行不可能な作戦であるとして反対が多いものでした。第15軍の参謀長・小畑信良少将は兵站(輜重兵科)の専門家で、現地視察を行ったうえで、作戦に強く反対しました。その結果、牟田口司令官から参謀長着任直後だというのに解任されてしまいました。牟田口は「日本人は古来草食動物であったのだから、草を食べればよい、青々としたジャングルで食糧不足とはなんだ」「牛で物資輸送を行い、その牛は最後には食料とする、ジンギスカン作戦だ」「皇軍は弾がなくても食うものがなくても戦うものだ」というような非合理的な思考の持ち主でした。突撃一辺倒の人物であり、司令官には向かない人物であったとも言えるでしょう。


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この時の指揮命令系統は大本営→南方軍→ビルマ方面軍→第15軍となっていました。大本営の真田穣一郎第一部長、南方軍の稲田正純総参謀副長、ビルマ方面軍の中永太郎参謀長といった人々がインパール作戦に反対しましたが、それぞれの上司に説得されたり、解任されたりということになりました。大本営の杉山元参謀総長は「南方軍の寺内さんの頼みだからやらしてやって欲しい」、南方軍の寺内寿一(長州閥の寺内正毅陸軍大将・総理大臣の息子)総司令官は「苦戦が続く南方軍の管轄内での壮挙だ」、ビルマ方面軍の河辺正三司令官は「(日中戦争のはじまりとなった盧溝橋事件以来の上司と部下の関係である)牟田口が是非やりたいということなのでやらせてやりたい」という根拠が薄い理由で作戦の実行を後押ししました。また、東條英機首相・陸相は戦局打開のためにインパール作戦を利用しようと考えていました。

 

インパール作戦に参加した3個師団を率いた佐藤幸徳、山内正文、柳田元三の各師団長は作戦開始前から作戦が失敗に終わると明言し、牟田口司令官に批判的でした。山内師団長はアメリカ留学経験者で、留学先の米陸軍大学校を非常に優秀な成績で卒業したので、アメリカ軍の将官の中にも山内の消息を気にする人たちが多くいました。山内は合理的精神を持った軍人でした。柳田元三は陸軍大学校を優等で卒業した「恩賜の軍刀組」で、こちらも作戦においては合理性を重視しました。

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佐藤幸徳 

師団長たちは作戦中も司令部の牟田口司令官に補給を要請し続け、牟田口を激怒させました。そして、それぞれ敢闘精神の欠如などを理由にして師団長を解任されました。師団長は天皇が直々に任命する(新補)する重職でした。そうした中で、作戦途中で、3名の師団長が解任されるというのは異常事態でした。佐藤幸徳師団長の場合は、補給を受けられないのでは宣戦を維持できないとして、命令に違反して独断で戦場を離脱しました(抗命)。従って、軍法会議にかけられ、死刑を宣告される可能性もありました。しかし、佐藤師団長は「心神耗弱」を理由にして不起訴となり、終戦まで現役に留まりましたが、閑職に追いやられました。佐藤師団長は軍法会議で命がけで軍上層部の無責任を批判するつもりであったのですが、彼の意図通りにはなりませんでした。それは、軍法会議にかけて有罪にしてしまうと、天皇が任命した師団長がこのような不始末を起こしたことに関して天皇にも責任があるという論法につながってしまうからです。

 

 こうしてみると、現場の指揮官や作戦立案者たちはインパール作戦に反対しながら、上層部がかなり根拠薄弱な理由で作戦実行を後押ししたということが分かります。それでは、現実的に実行不可能な作戦がどうして実行されたのか、という疑問が出てきます。日本陸軍の精神偏重主義、兵站軽視と答えるのはあまりに簡単ですし、大本営の中にさえ反対者がいたということも考えると、そればかりという訳にはいきません。

 

 インパール作戦に置いては当事者間の利害が一致していなかったということを菊澤氏は指摘しています。牟田口司令官は、盧溝橋事件を起こした当事者で常に「自分には日中戦争を始め、そして拡大させた責任があるので、戦争のかたをつけるのも自分だ」という奇妙な論理を持っていたということです。そして、個人的にはインドにまで進軍することで軍功を挙げ、大将昇進を狙っていたということです。反対者たちは、兵力や兵站の点から、この作戦はできないという判断をしました。また、情報の非対称性も指摘されています。牟田口は歴戦の指揮官で、上層部、特にビルマ方面軍の中永太郎参謀長に対しては、「あなたは実戦の経験がないからそんなことを言うのだ」と言ったということです。実戦の経験を出されてしまうと、こうした人々(ずっとエリート街道を歩いてきたような人たち)は反論が出来なくなってしまいました。

 

 モラル・ハザードの点からは、大本営は牟田口の「独断専行(命令なしに自分の判断で行動すること)」を懸念していたようです。牟田口はインパール作戦も独断専行で始めてしまうのではないか、という心配をしていたそうです。盧溝橋事件でも牟田口は独断専行で攻撃を開始したという「前科」がありました。この時に成功したので、処分されませんでしたが、この時にきちんと命令違反だとして処分しておけばという気持ちになります。そこで、大本営は「作戦実施準備命令」を出しました。これは何とも曖昧なもので、作戦を実施せよ、という命令ではなく、作戦実施に向けて準備をしておけ、という命令で、現場ではこの命令をどう実行してよいのか困ったそうです。これは、牟田口に独断専行させないために、出されたものですが、結果としては、完全な中止命令ではなかったために、推進派の作戦実施の口実に使われました。そして、合理的な反対派は説得されたり、解任されたりで排除されていき(逆淘汰)、インパール作戦が実施されることになりました。

 

(続く)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22


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 古村治彦です。


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組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫)

 

 本日は、『組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ』を皆様にご紹介します。これは、新制度派経済学(New Institutional Economics)によって、旧日本軍の行った様々な事績を分析し、組織の陥りやすい陥穽について論じた本です。著者の菊澤研宗氏は経営学者・経済学者です。著者の菊澤氏は、新制度派経済学の3つの経済学理論(①取引コスト理論、②エージェンシー理論、③所有権理論)を使って、日本軍の失敗と成功の分析を行っています。

 

 太平洋戦争において、日本は最終的に連合国に降伏しました。日本国内のみならず、アジア・太平洋地域において、数多くの人命が損なわれ、傷つき、莫大な物資が浪費されました。太平洋戦争における日本の敗北についての分析については、『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中公文庫、1991年)という本があります。この本も是非お読みいただければと思います。

 

 日本と日本軍の失敗、ということになると、これまで、物量を無視した精神主義、科学を無視する態度、非合理的な神がかりといったことが理由として挙げられてきました。一言で言えば、「アメリカやイギリスは合理的、日本は非合理的だったから負けたのだ、そもそも非合理的だったから勝てない戦争に乗り出してしまったのだ」ということになります。

 

 合理的(rational)というのは、「自分の利益を最大化するために行動する態度」ということになります。たとえば、A点からB点まで向かう際に、最短の2点間の直線状を進む、ということが合理的ということになります。社会科学において、合理的選択論(Rational Choice Theory)が一つの大きな分析枠組となっています。新制度派経済学は、人間の合理性には限界がある、ということを主張しています。

 

 人間の最大の利益は「自分の生命を永らえさせること」ということになりますし、国家にとっての最大の利益は「国家が滅びずに存続し続けること」で、政治家にとっては「選挙に当選して政治家であり続けること」です。そして、こうした利益のために行動することは、全て合理的な行動となり、行動のコストが小さくなればなるほど、素晴らしい行動ということになります。

 

著者の菊澤氏は、「組織の不条理」という言葉をタイトルに使っていますが、不条理という言葉について、「人間が合理的に失敗するということ」「人間組織が合理的に失敗すること」と定義し、その種類を「①全体合理性と合理性が一致しない、②正当性(倫理性)と効率性が一致しない、③長期的帰結と短期的帰結が一致しない」としています。そして、こうした不条理が生まれるのは、「人間が完全に合理的ではないから」という理由を挙げています。

 

 人間が完全に合理的であれば失敗はしないはずですが、限定的合理性しかもたないために、情報収集や分析で失敗をします。合理的に、失敗をしないように行動しても、目的を達成できない、ということが起こります。

 

 著者の菊澤氏は、組織の不条理を説明するための新制度派経済学の理論である、①取引コスト理論、②エージェンシー理論、③所有権理論で、太平洋戦争中の日本軍の行動を分析しています。

 

①の取引コスト理論とは、「人間は限定的合理性しか持たないので、人々は相手の不備に付け込んで利己的利益を追求する」というものです。合理的な行動を取るが結果としては非効率、非倫理が起きるというものです。人間はお互いに限定的合理性しか持っていないので、お互いに騙されないようにしようとします。そうしますと余計なコストがかかってしまいます。たとえば、新しく家を建てるという場合に、依頼主と建築業者の関係で言えば、依頼主は不良物件をつかまされたくない、建築業者はコストを下げて利益を上げたい、ということになります。お互いに完全な合理性を持っていないので、お互いに損をしたくないということになると、間に弁護士を入れるなどということになって余計なお金がかかります、これが取引コストということになります。また、何かを大きく変更する際に、発生するコストも取引コストということになります。本来要らないコストが発生する状態ということになります。菊澤氏はこの理論を使って、ガダルカナル島における日本軍の行動を分析しています。


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1942年8月、日本陸軍はガダルカナル島に滑走路を建設しました。これは、アメリカとオーストラリアとの間を遮断するためのものでした。アメリカは、日本に対する反攻をガダルカナル島から始めると決定していました。滑走路の完成直後、アレクサンダー・ヴァンでクリフト少将率いるアメリカ海兵隊第一師団がガダルカナル島に上陸しました。日本軍は防備(滑走路の建設作業員がほとんどだったので)をしていなかったために、滑走路はすぐに占領されました。

 

 日本陸軍はガダルカナル島奪回のために、ミッドウェイ島上陸に備えていた一木清直大佐率いる一木支隊を逆上陸させ、アメリカ海兵隊を攻撃させました。しかし、白兵突撃を敢行した一木支隊は防備を固めた海兵隊の前に敗退しました。死傷率が8割以上という凄まじい数字が残りました。欧米の基準であれば、この数字は部隊の全滅ということになります。一木支隊長は作戦後に自殺しました。

 

 大本営は続けて川口清健少将率いる川口支隊を派遣しました。川口支隊長もまた白兵突撃を選択し、ジャングルを迂回しての一斉攻撃を行いましたが、日本軍の動きを察知し、防御を固めていた米海兵隊はまたもこの攻撃を跳ね返しました。

 

 二度の攻撃に失敗した大本営は、三度目に向けて本腰を入れて準備をすることになりました。丸山政男中将率いる第二師団と川口支隊の生き残りによる本格的な大攻勢を企図しました。しかし、この時点で制空、制海はすでに米軍の手にあり、日本は兵員、物資、武器の輸送に苦労していました。その結果として、日本軍は深刻な食糧不足状態になり、「ガ島」は「餓島」と呼ばれるようになりました。

 

 第三回の大攻勢を前にして、川口支隊長は攻撃方法の変更と火力の増強を主張しましたが、大本営から派遣されていた辻正信参謀と意見が対立し、攻撃直前に支隊長を解任されました。そして、この大攻勢でもまた白兵突撃が繰り返され、失敗に終わりました。ガダルカナル島の戦いは半年ほど続きましたが、日本軍は最終的に撤退することになりました。

 

 日本軍は何度も失敗しながらなぜ白兵突撃にこだわったのか、という疑問が戦後ずっと残されてきました。日本軍は精神主義偏重であったこと、失敗を隠蔽し、責任を曖昧にし、失敗から学ぶという体質になかったことが理由として挙げられてきました。

 

 菊澤氏は、取引コスト理論でガダルカナル島における日本軍の失敗について分析しています。そもそも日本軍の特異な戦法が白兵突撃でした。1904年の日露戦争で強大なロシア陸軍に対抗したのは、白兵突撃でした。そして、1908年に制定された「戦法訓練の基本」でも白兵突撃に主眼が置かれました。その後、日中戦争や太平洋戦争の緒戦において、白兵突撃は威力を発揮しました。また、ガダルカナル島に派遣された第二師団は伝統的に白兵突撃を得意とする部隊でした。

 

 そうした中で、白兵突撃という戦法を放棄することは、これまでかけた教育にかけた時間と物資と人材を放棄する、伝統を放棄するという大きなコストを支払うことになります。これだけのコストを払うのか、それともそのまま白兵突撃を続けるのか、ということになり、結局、白兵突撃を続けるということになりました。ガダルカナル島での白兵突撃が全く効果なく跳ね返されたということはなく(第2回目の突撃ではアメリカ軍の防衛線を突破しかなり突き進んだ)、アメリカ軍兵士たちを恐怖に陥れるほどの威力もあり、全く無効な戦法ということでなかったために、放棄することができませんでした。従って、日本軍の選択は合理的であるということになります。しかし、合理的な行動が非効率、非倫理的な結果を生み出すことになりました。

 

(続く)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




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