古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 本の紹介

 古村治彦です。

 

 今回は、『外務省革新派―世界新秩序の幻影』を皆さまにご紹介します。現在、私は、戦前の日本の2つの外交政策の潮流である大日本主義と小日本主義を代表する人物である森恪と石橋湛山について調べています。その中で、本書もまた非常に重要な研究成果を提供してくれています。

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外務省革新派 (中公新書)

 

 本書は、戦前の外務官僚である白鳥敏夫(1887―1949年)を中心にして、戦争直前の外務省の中堅層をなした「外務省革新派」の動きと日本外交について詳述し、分析しています。白鳥敏夫はイタリア大使として日独伊三国軍事同盟締結に奔走しました。また、英米追従外交を批判し、「東亜新秩序」の建設、新しい国際秩序の構築を主張しました。戦後はA級戦犯に指名され、終身禁固刑の判決を受けましたが、すぐに病気のために亡くなりました。白鳥は昭和殉難者として靖国神社に祀られました。2006年に発見された「冨田メモ」によると、昭和天皇はA級戦犯の合祀に不満を表明し、「松岡や白鳥までもが」と発言していたことが明らかになりました。昭和天皇は、国際秩序の動揺に乗る形で、国際秩序を破壊しようとして失敗した文官を特に許してはいなかったのだろうということが推察されます。

 

 日本外交の大きな分岐点となったのは、1919年のヴェルサイユ講和会議です。この時、日本は戦勝国として、世界の五大国へと大きく飛躍しました。しかし、大規模な国際会議に主要メンバーとして参加した経験に乏しい日本代表団は質量ともに不足し、また、「サイレント・パートナー」と呼ばれるほどに積極性を欠きました。

 

 この時に少壮外交官たちはこの現状を打破すべく、1919年に「外務省革新同志会」を結成しました。注意して欲しいのは、この会に集った人々は、本書で規定している「外務省革新派」ではなく、その人世代上の先輩たちで、「大正版革新派」でした。彼らは人事の刷新、採用方法の改革や情報部門の創設などを主張し、その一部は実現されました。

 

 その後、1920年代の日本の外交は、幣原喜重郎外相の唱えた「協調外交」「幣原外交」と呼ばれ、「英米主導の国際秩序を守る」ということに重点が置かれました。日本が最も進出しやすい場所にあったのが中国だった訳ですが、1922年からのワシントン体制(中国に関する条約)のために、英米主導で日本の進出を抑える、東アジア体制が確立され、日本が特権的に、排他的に新たに進出する場所はありませんでした。「日本の国力の伸張のためにはこの体制は邪魔だ」と考える人々が出てきました。そうした中に、1910年代、1920年代に外務省に入省した若手の外交官たちがいました。最も目立った動きをしたのが白鳥敏夫でした。

 

 1920年代後半から1930年代にかけて大正版革新派だった人々が外務省幹部になります。有田八郎、広田弘毅、重光葵といった人々です。彼らは基本的に幣原外交路線を継承していきます。それに対して、昭和版外務省革新派は、1933年に僚友会を結成し、やはり人事の刷新や機構改革を訴えます。いつの時代も若手は上の世代に不満を持つようで、大正時代には批判する側だった人々も昭和に入り、批判される側になりました。

 

 白鳥は外務官僚ながら、マスコミにも頻繁に登場し、これまでの幣原外交(英米追従外交)を批判し、満州事変の正当化や日独伊三国同盟を主張しました。白鳥は外交における異端児、革命児として知られていくようになります。この時、白鳥を評価していたのは、政友会所属の政治家、森恪(彼は白鳥の掲げた「アジアに帰れ」を多用します)や陸軍の鈴木貞一(「背広を着た軍人」として名を馳せ、後に企画院総裁となる)で、1930年代からの外交で派手な動きを展開します。

 

 外務省革新派といっても、一人ひとりの考えは様々で、統一されたものではありませんでした。また、革新派は中堅から下の少壮外交官たちで、陸海軍の中堅クラスと違って、彼らが外務省を牛耳るまでにはいきませんでした。しかし、ナチスドイツによってヨーロッパの秩序が破壊された状況は、アジアにおける新秩序の機会と捉えられました。アジアの植民地をうまくすれば日本が奪取する、独立させて、日本が盟主となる新しい体制に組み込む、ということが考えられました。白鳥は北進論をすぐに南進論に切り替えました。

 

 このようなアジアの新秩序構築を目指すために、外務省革新派は「アジアに帰れ」をスローガンにし、英米追従打破を主張しました。外務省革新派は、「日本の国力の伸張」を主張しました。そして、ヨーロッパで起きた秩序を壊すような大戦争を利用して、アジアに日本中心の新秩序を形成し、それを利用して、日本の国力を伸張させようとしました。そのためのスローガンが「新秩序」「皇道外交」「アジアに帰れ」が使われるようになりました。

 

 当時の外交官たちの多くは、ドイツがヨーロッパを席巻してもそれは一時的なものである、ということをしっかりと見抜いていました。ですから、外務省の幹部、また日本のエスタブリッシュメントの多くが、軍部や世論に引きずられながらも、何とか英米との協調の方向に進めようとしていました。彼らの中にはその点で「リアリズム」があり、そのために冷静に状況を判断できていました。

 

 しかし、華々しいスローガンや手厳しい非難が、仰々しい「理念」「哲学」といったイデオロギーで語られると、それに熱狂してしまう人々が多く出ます。「アジアに新秩序を建設して、白人支配から人々を解放するのだ」という理想主義に酔う人々が多くいました。

 

 私は外交に関して、こうした使命感を高揚するような理想主義的外交は国を誤ると考えています。外交はあくまでリアリズムで行うべきであって、そのためには外国に対しても、自国に対しても冷酷な目で事実を掴み、決して過小評価も過大評価もせず、分析を行って、政策を決定すべきものと考えます。

 

 そして、自国民には国が置かれているポジションを伝え、自国について決して過大評価だけはしないようにということをすべきだと思います。これはもちろんマスコミの役割ですが、政府もまたそのように広報すべきです。

 

 現在の安倍政権の外交とマスコミの報道ぶりを見ていると、危惧されることが多いというのが私の考えです。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 今回は、先日ご紹介しました『ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から』を書評します。

 

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ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から

 

 ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」の「今日のぼやき」内(「1978」 『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ! ―まず知識・思想から』(副島隆彦著、成甲書房、2017年6月18日)が発売されます 2017年6月15日 古村治彦(ふるむらはるひこ)記)でも書きましたが、私はニーチェの本を読みとおせなかったことをコンプレックスに感じていました。しかし、本書を読んで私は、再び、ニーチェの本に挑戦してみようと思いました。

 

※ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」のアドレスはこちら↓

 http://www.snsi.jp/tops/kouhou

 

 ニーチェの思想の根幹は、「永劫回帰(Ewig WiederkehrenEternal Return)」と「超人(Ubermenschovermansupermansuper-human)」です。ちなみに、最近話題になっている新興企業のウーバー(Uber)は、この超人の「超」のことです。創始者のトラビス・カラニックはニーチェを意識していたのかもしれません。これらの思想のキー概念については、第6章「闘う予言者ニーチェ」の中で、詳しく説明されています。永劫回帰は、自分の人生を愛し、人生がどんなに苦難に満ちていてもそれを繰り返すことをためらわれないということです。そして、超人とは自分のことを決断する主体は人間であり(神を拒絶)、悲惨な現実を受け入れ、肯定することができる、ということです。

 

 ニーチェは自分にもそして他人にも憐みを持つべきではない、かわいそうだと思ってはいけないと語っています。憐みや悲しみの感情を持つことは人間としては自然なことですが、これに支配されてしまうと、これらの奴隷にされてしまう、そして、こうした感情を利用して人間を支配しようとする人間たちが出てくる、それがキリスト「教団」だと言っているのだと思います。

 

 「生老病死(しょうろうびょうし)」という言葉があります。これは、「人間は、生まれ、老い、病を得て、死ぬという苦しみに溢れているが、これを悲しんではいけない」という意味だそうです。私は、この言葉はニーチェの考えの基本を言い表している言葉ではないかと思います。

 

 人間は生まれながらに原罪(The Sin)を背負って生まれており、その食材のために生涯を費やす、そして天国に行く、天国の扉の鍵を握っているは初代ローマ教皇ペトロで、彼に入れてもらえなければ天国には行けない、地獄行きだということになります。天国を人質にして人々を抑圧するというのは間違っています。

 

日本の仏教もローマ教会のように人々を管理するシステム(人別改帳)は、お墓を人質にして、先祖を人質にして、人々からお金を巻き上げる集金システムになっています。お坊さんは、出家、沙弥、雲水といった別名がありますが、今の彼らのほとんどは、家族を持ち、寺の経営者となって、中にはベンツを乗り回し、歓楽街で遊びまわる僧侶たちがいるということです。このように、教団となると途端に堕落してしまうのは、人類共通のようです。

 

 私が好きなイギリスのロックバンド「コールドプレイ(Coldplay)」の大ヒット曲「Viva la Vida(素晴らしき生命)」の歌詞はヨーロッパの歴史や思想の要素がふんだんに入れられているということは前から言われていました。「For some reason I can’t explain I know St. Peter won’t call my name Never an honest word But that was when I ruled the world (うまく言えないが説明できない 私は聖人ペテロが私の名前を呼ばないだろうことを知っている 率直な正直な言葉などなかった 私が世界を支配していた時に)」の部分はとても示唆的です。ローマ教会を批判しているようにも捉えられるからです。もしかするとニーチェの影響を受けているのではないかと思います。


 

 本書の特徴は、ニーチェの生涯が丁寧に描かれ、特に重要な人物たちとの人間関係に光があてられています。ニーチェはリヒャルト・ワーグナーと親しく交際し、後に絶交しています。ワーグナーがあまりにドイツ至上主義に陥ったためだそうですが、確かに、ナチスを扱った映画を見ると、ヒトラーをはじめとするナチスの幹部たちがワーグナーの歌劇を見たり、レコードを聞いたりして熱狂している姿が描かれています。ワーグナーの息子ジークフリートの妻ヴィニフレートはヒトラーの熱心な支援者で、2人は結婚するのではないかと思われていた時期もあったそうです。この熱狂的なドイツ至上主義が結局、ドイツを破滅に導いてしまった、そしてニーチェはそのことを見通していたということです。

 

 ヨーロッパにはニーチェ思想の潮流があり、それが色々な場面で出てくるのだろうと思います。従って、ヨーロッパを理解するためには、ニーチェを理解することが必要となります。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 『ザ・フナイ』2017年7月号、8月号、9月号で「短期集中連載」の機会をいただきました。2017年6月2日に『ザ・フナイ』2017年7月号が発売となります。

 

 私は、7月号、8月号で、アメリカのテキサス打州で建設予定の高速鉄道、テキサス新幹線について、概要、建設の経緯、建設をめぐる日米の幅広い人脈について書きました。私の文章は、152ページから163ページまで掲載されています。

 

 2017年7月号は2017年6月2日に発売となります。是非お読みいただけますよう、宜しくお願い申し上げます。

 

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ザ・フナイ 2017年 07 月号 [雑誌] 

 

(終わり)



アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22




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 古村治彦です。

 2017年5月30日に発売となります、副島隆彦先生の最新刊『老人一年生 老いるとはどういうことか』(副島隆彦著、幻冬舎、2017年)を皆様にご紹介します。

 今回の本は、副島隆彦先生が自身の経験を基にして、年齢を重ね、老人になるとはどういうことかを書いています。私はまだ中年入口の年齢ですが、学生時代の友人たちと話すと、体重が増えて、おなかやあごに贅肉がついてきた、健康診断で数値が悪くなった、痛風が出た、血圧が高くなったなどなど、健康の話が多くなります。これが中年になるということか、と実感しています。これに痛みが加わるのか、体の動かなくなるのか、という少し暗い気持ちになりますが、老人になるということを追体験してみたいと思います。

 宜しくお願い致します。

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老人一年生 老いるとはどういうことか (幻冬舎新書)

(貼りつけはじめ)

まえがき

 老人とは何か。それは痛い、ということだ。老人は痛いのだ。

 年(とし)を取ると、あちこち体が痛くなる。毎日生きているだけでも痛い。本当に苦痛だ。人間、体の痛みぐらい嫌なものはない。

 私は半年間、痛風(つうふう)のせいで具合が悪く、足の裏(かかと)が痛くて歩くことが困難だった。トイレに行くだけでも大変だった。杖(つえ)をついたり、足をひきずりながら一歩ずつ歩いた。歩く一歩ずつが痛かった。今はもう治った。あれこれ努力したからだ。

 そして心からしみじみと思う。老人になる、とは体があちこち順番に痛くなることなのだ、と。自分のこの病気はそのうちまた再発するだろう。私はその痛みに耐えながら、やがて70歳になるだろう。そして、80歳になったら。きっともっとあちこちが痛くなるはずだ。

 私はまだ64歳だ。だから前期高齢者だ。75歳から後を、後期高齢者と言う。だから、もう私は初期の老人であり、「老人一年生」である。私はハッキリとこのことを自覚した。

 痛風(つうふう)のために起きる足の一歩一歩ごとの痛みは、小さな痛みだ。だが、それが続くと、もう、「これはたまらん」ということになる。歩きたくなくなる。やがて外に出るのも嫌に、となる。家の中でなんとか体を支えて、摑(つか)める所を摑みながら移動する。歩くと痛いからなるべく歩かなくなる。起きて歩きたくなくなる、ということは、ベッドから起き上がるのがいやになるということだ。ということは、寝たり起きたりで一日を過ごす、ということになる。今はまだなんとかなっている。

 だから、やがて寝込むようになるのだろう。いったん寝込んだら、もう起き上がれない。だから、老人同士は「寝込んだら終わりだよ」と、お互い励まし合いながら、「ちょっとぐらい痛くても起きて歩かなきゃ」と言い合って、元気を出している。これが本当の老人の姿だろう。

 私がこの原稿を書こうと思った理由は、「老人は痛いのだ」「老人というのは、あちこち痛いということなのだ」ということを、何と若い人たちは分かってくれない、という、大きな秘密を明らかにするためだ。老人(になった人間)にとっては当たり前のことが、若い人たちには分からない。若い人たちは本当に、老人の体の痛みのことを分からない。

 若いといっても、40代、50代の人たちだ。なんとつい最近までの私自身だ。自分が元気なときは、老人と障害者と病人の気持ちが全く分からなかった。老人病になって初めて老人の気持ちが分かる。

 自分がその立場になって初めて分かる。私が自分の足の痛みをいくら周りの人に訴えても、家族も弟子たちも、編集者たちも、まったく分かってくれなかった。人は人(他人)のことを理解しない生き物だ。「かわいそうね」という言葉すらかけない。しょせんは他人事(ひとごと)なのである。

 人は他人のことを、そんなに同情したり、憐(あわ)れんだりする生き物ではないということがよく分かった。今の日本人はとにかくウソをつきたくないから、わざとらしく、相手をいたわる言葉など吐かない。わざとらしいウソは必ず相手に見抜かれてバレてしまう。そうすると自分の信用がその分、落ちる。だから、思ってもいないことをわざと口に出して言うことはウソになる。だから相手へのいたわり(同情)の気持ちなど、よっぽどのことがないと口にしない。それが今の日本人である。


老人一年生/目次


●まえがき


第1章 老人は痛い。だから老人なのだ
●若い人は残酷だ
●街中、白髪の老人だらけ
●痛風で、痛みのつらさが初めてわかった
●誰もが老人病になる。それが運命
●医者は「生活習慣病」と言うな。「老人病」だ
●ピンピンコロリは1%もいないだろう
●私の5つの老人病はこれ

第2章 私の5つの老人病
●私の「痛風」対処法
●痛風の薬は、私にはインテバンが合った
●「前立腺肥大症」は男の生理痛ではないか
●「高血圧(による頭痛)」は放っておいて我慢するだけ
●「腰痛」と「頸痛」がかなり問題だ
●私は自分が「椎間板ヘルニア」と「脊柱管狭窄症」だと信じていた
●「慢性気管支炎」なので私は熱海へ逃げ帰る
●頭痛と眼精疲労も60歳を過ぎて出てきた

第3章 「腰痛と首、肩の痛みは治るようである」論
●腰、首、肩の痛みへの私の対処法
●腰痛の定番の診断名「椎間板(ついかんばん)ヘルニア」「脊柱管(せきちゅうかん)狭窄症(きょうさくしょう)」
●腰痛治療でボルトを入れられてしまった中年女性の話
●腰痛は本当に、背骨からくる神経の痛みなのか?
●筋肉のことを学ばない外科医
●ケネディ大統領の腰痛を治した治療法
●ペインクリニックの「神経ブロック注射」には注意

第4章 痛みをとるのがいい医者だ
●患部の痛みとは何なのか
●痛みには「なんとかなる痛み」と「腐った痛み」がある
●「腰痛は、脳が勝手に作り出した説」はおかしいだろう
●「痛み」の正体が明らかになりつつある
●医者は「当時はそれが最善の治療法だった」と逃げる
●医者は老人病の痛みを軽減してくれればいい
●70代、80代で手術する人は医者の稽古台だ
●手術は素朴なものだけやる
●医者たちも大変な時代になった

第5章 目と歯も大事だ
●私の体の通信簿を載せる
●インプラントは恐ろしい
●歯周病は歯磨きで少し改善した
●歯磨きの大切さが今頃わかった
●レーシック手術も私はやらない

第6章 いい鍼灸師、マッサージ師は少ない
●鍼灸師(しんきゅうし)は3~5人の口コミで確かめる
●柔道整復師(ほとんどのマッサージ師)に気をつけなければならない
●椎間板ヘルニアについて、ある内科医の告白
●形成外科はいいが、整形外科はひどい

●血液&尿検査項目解説

(貼りつけ終わり)

(終わり)





アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22
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 古村治彦です。

 

 2017年4月28日に副島隆彦先生の最新刊『アメリカに食い潰される日本経済』(徳間書店、2017年4月)が発売されます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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アメリカに食い潰される日本経済

 

(貼り付けはじめ)

 

まえがき

 

 世界は戦争に向かって急激に変化した(4月6日。米トランプ政権によるシリア爆撃)。戦争の陣(じん)(だい)()が聞こえる。このミサイル攻撃はトランプと習(しゅう)(きん)(ぺい)のフロリダでの晩餐会(ディナーパーティ)のさ中(なか)に決定された。

 

 私はこの問題について本書の終わりに自分の予測(予言(プレディクト))を書いた。

 

 トランプの出現が、世界を揺さぶっている。どうしても彼を中心にして、世界経済を見なければ済()まない。そしてその余波(アフターマス)を必ず受ける日本経済を見なければいけない。

 

 トランプは日本からお金(かね)を毟(むし)り取りにくるのである。まさに、「アメリカに食()い潰(つぶ)される日本経済」である。

 

 ドナルド・トランプという男は、多くの日本人からは、金髪ゴリラの恐ろしいおじさんで、何をしだすか分からないという恐怖感がある。日本の政治指導者たちも、金持ち層や投資家たちもそう思っている。金融市場にいる人たち自身がトランプの言動「一(ひと)(こと)のつぶやき(ツウィッター)」で動揺するものだから、これまでのような自信たっぷりの市場予測(景気動向の先(さき)()み)ができなくなっている。なかなかおもしろい状況である。いわゆる金融市場の専門家、アナリスト、ストラテジストたちが言葉を失っている。

 

 私はトランプ当選を予言して当てた男だ。『トランプ大統領とアメリカの真実』(日本文芸社、2016年6月刊)を出した。だから、トランプが何を考えているのか、が分かる。トランプの頭の中身が、おそらく日本では一番よく分かっている人間である。この観点から話をしてゆく。

 

 トランプというのは、どういう人間なのかもこの本の後(うし)ろの方で書く。それはそのままアメリカの政界(首都(キャピトル)ワシントンと金融都市(マネーシティ)ニューヨーク)の動きである。一番大きく言うと、アメリカはもうカネがない。世界を助ける余裕なんかないんだ。このことが、トランプ(たち)の根本のところにある。トランプの本音は、「オレは大変な大借金状態の国(くに)を引き継いだ経営者だ。再建屋だ」というものだ。だから大ナタを振るって自国を立て直すゾという考えだ。このことを分かってください。

 

 トランプは、3月2日のザ・ステイト・オブ・ユニオン(施()(せい)方針演説と訳す。本当は「国民(ステイト)の団結(ユニオン)」演説)の前の1月20日の就任式(イノギュレイション)(その直後から仕事を始めてT(ティー)(ピー)(ピー)から離脱した)の演説で、「私は世界の代表ではない。私はアメリカの代表である」とはっきり言い切った。このことについても後で説明する。これが反(アンチ)グローバリズムだ。すなわち、アメリカはもう世界の面倒を見る力はないんだ、国(こく)(りょく)が落ちて今も衰退が続いている。このことを死ぬほどよく分かっているのがトランプだ。だから、トランプ魔術(マジック)で、手品のようなインチキ経営の手法で、なんとかアメリカを立て直して経済復興、景気回復させようとしているのだ。さあ、これがうまく行くか、だ。

 

 この反(アンチ)グローバリズム(反(はん)地球支配主義)はアイソレーショニズムでもある。アメリカ・ファースト!でもある。こういうことを書くと訳(わけ)が分からないだろう。日本では私だけがこれらの政治(学)用語(ポリティカル・ターム)についても正確に精密に分かっている。と書くと、またしても鼻(はな)(じろ)まれる。

 

 だが、私の書くことを「そうだ、そうだ」と支持してくださる人も大(だい)()増えてきた。アメリカ・ファースト!を、「アメリカ第一主義」とか、「アメリカ国益第一主義」と新聞・テレビが訳すようになった。それでもまだダメだ。アイソレーショニズムは、正しく「アメリカ国内問題優(ゆう)(せん)主義」だ。

 

 アメリカ・ファースト!(国内問題優先主義)とは、「アメリカ国内が第1(ファースト)、外国のことは第2(セカンド)」ということだ。まさしくこれがトランプたちの本心、本音での考えだ。外国のことになるべく関わりたくない。これが今のアメリカ国民の本(ほん)()だ。このことを日本人が分からないから、うろたえてしまう。だから、シリアや北朝鮮に向けてミサイルぐらいは撃つ。が、これは小さな戦争(スモール・ウォー)だ。だけれども大きな戦争(ラージ・ウォー)、すなわち、第3次世界大戦(ザ・サード・ワールド・ウォー)(WW3)はしない。トランプは施政方針演説(ザ・ステイト・オブ・ユニオン)で、「アメリカの子供たちのために。将来のアメリカのために」と言っているわけで、日本を含めた外国のことなんか考える余裕がない。これをまず分かるべきだ。

 

 アメリカはカネがない。本当にカネ(国家の財(ざい)(せい)資金)がもうない。

 

 もうひとつ大きな出来事があった。この人物が“実質の世界皇帝”である、と私がこの30年間書き続けた人が逝(せい)(きょ)した。3月20日に、ニューヨーク郊外のポカンティコヒルの邸宅でデイヴィッド・ロックフェラーDavid Rockefeller(101歳)が死去した。記事を載せる。

 

「デビッド・ロックフェラー氏死去 101歳、親日家の銀行家」

 

 米巨大石油会社スタンダード・オイルを興した大富豪ロックフェラー家のデビッド・ロックフェラー氏が、3月20日、ニューヨーク郊外の自宅で心不全のため死去した。101歳だった。同氏のスポークスマンよると、自宅で睡眠中に安らかに亡くなったという。

 デビッド氏は、石油会社の創業者ジョン・ロックフェラー氏の孫で、大手米銀チェース・マンハッタン銀行(現JPモルガン・チェース)の最高経営責任者(CEO)などを務めた。

 

 1915年、ニューヨーク市で6人兄弟の末っ子として生まれた。36年ハーバード大学卒、40年シカゴ大学で経済学博士号取得。ラガーディア・ニューヨーク市長の秘書を経て、46年に、旧チェース・ナショナル銀行入行、69年にチェース・マンハッタン銀行の会長兼CEOに就任した。

 

 銀行経営者として海外事業を拡大し、世界の政界や経済界に広い人脈を築き、民間外交に活躍した。芸術や文化などを通じた慈善事業にも力を入れ、母親が設立に関わったニューヨーク近代美術館(MoMA(モマ))の理事として長く運営に関与した。

 親日家としても知られ、9 4年の天皇陛下のニューヨーク訪問時には、ロックフェラー家の邸宅に招いた。ニューヨークの日米親睦団体、ジャパン・ソサエティはデビッド氏の兄で故ジョン・ロックフェラー3世が会長を務めた。

 

 デビッド氏の父、ジョン・ロックフェラーJr.(2世)氏が建てたニューヨークのランドマーク、ロックフェラーセンターを、一族が89年に三菱地所に売却した際には、デビッド氏が米国民からの批判の矢面に立った。

 

              (日本経済新聞、伴(ばん)(もも)()記者、2017年3月21日、傍点引用者) 

 

 デイヴィッドが死去して私は、ただただ感慨深い。この本は金融・経済の本だから多くのことを書くことができない。私がこれまでに書いた他の本たちを読んでほしい。私は、1987年に(34歳だった)自分の初期の本で、「この人が、実質の世界皇帝である」と書いて以来、ずっと書いてきたから、ちょうど30年になる。

 

 この人、David Rockefellerを、日本の支配階級(エスタブリッシュメント)の人たちは、隠語で「ダビデ大王」と呼ぶ。この慣例に倣(なら)って私も10年ぐらい前から、そう呼ぶようになった。

 

 昨年5月に、まだ、とても大統領に当選するとは、ほとんどの日本人から思われていなかったドナルド・トランプが、「ドナルド。ちょっと私の家に来てくれ」と、ヘンリー・キッシンジャー(94歳)に呼ばれた。この時に、私はピンと来た。世界の外交の超(ちょう)大物であるヘンリー・キッシンジャーは誰も否定できない事実として、デイヴィッド・ロックフェラーの直(じき)(しん)である。ということは、ロックフェラーは、それまで自分の後継者(跡(あと)()ぎ)だと認めていたヒラリーとビル・クリントンを見捨てて(切り捨てて、乗り換えて)、「トランプで行く」と決めたのだ。そのように私は読んだ。そしてトランプ大統領が誕生したのである。トランプ時代(おそらく2024年までの8年間)が始まった。私たち日本人も覚悟を決めなければいけない。

 

=====

 

アメリカに食()い潰(つぶ)される日本経済──[目次]

 

まえがき─1

 

どぎたない秘密経済政策で株価吊り上げをやった

やってるフリだけの秘密経済政策で株価を吊り上げた─20

トランプ当選で株価がドカーンと上がってよかった─22

トランプ大統領の“ご祝儀相場〟は終わった─27

すべては交渉ごと。トランプはどんな問題でも真ん中で落として合意する─31

日本の裁判も真ん中で落として和解の判決が出る─34

アメリカにはもう本当にカネがない─38

軍人を増やすといっているが、実は軍人をリストラする─46

アメリカの「双子の赤字」をトランプは半分にする─54

下から膨らんでいくイメージの「グラウンド・スウェル」で活性化する─56

「有事の金(きん)」で金価格が上がり始めた─66

「チョップショップ」の経済思想でアメリカを再生させる

ムニューシン財務長官は「チョップショップ」の経済思想で動いている─72

給料は半分でもなんとか食わせてやるという経営者の思想─82

やっとこさ年1回の利上げをしたイエレンFRB議長─89

FRBを議会の監視下に置いて、弱体化させる─94

財政ファイナンスはヘリコプター・マネーと同じだ─102

やっぱり日本のおカネがアメリカにもっていかれる

命の次に大切なおカネをアメリカが日本から召し上げる─108

安倍はアメリカに51兆円も貢ぎ金をもっていった─112

アメリカに日本の新幹線を通勤新線としてつくらされる─122

「統合政府」という妖怪が日本を徘徊している─132

シムズの財政理論はケインズとは異なるトンデモ理論─148

すべてはインフレが解決してくれるから、いいじゃないか政策─150

悪魔のささやきの経済政策が次々と日本に持ち込まれる─155

孫正義の親分はシュワルツマンだとついに分かった─157

これでは日本国民が先に死んでしまう─164

トランプ・タワーで東京のお台場カジノを約束させられた─166

アデルソンとクシュナーが組んでカジノをやる─172

実物経済への回帰が始まった

ティラーソンがロシアと組んで北極圏の天然ガスを開発する─180

トランプはプーチン、習近平の世界3巨頭会談で連携していくだろう─185

アメリカの対中貿易赤字を削減させる─189

ラストベルトの石炭と鉄鋼産業をまず再生させる─194

アイン・ランドの大作『肩をすくめるアトラス』の本当の真実─198

アメリカの鉄鋼はもう中国には勝てない─199

エネルギー政策を決めた重要会議─200

アップルもグーグルもトランプの軍門に下った─203

レーガン政権の再来だが、ネオコンに要注意─204

基本に戻ってアメリカという国家を再生させる─206

中国共産党の幹部が大資本家になった─209

イスラエル問題も見事に真ん中で落とした─210

NATOはちゃんと守るからお金を出せ─217

キューバに対する態度もコロリと変えた─222

国境線を厳しく管理するのは人種差別ではない─223

「ドレイン・ザ・スワンプ」でワシントンの官僚どもが日干しにされる─227

北朝鮮の核ミサイルは日本には飛んで来ない

安心せよ。北朝鮮の核兵器は日本には飛んで来ない─234

日本は軽挙妄動せずに局外中立の立場を貫くべきだ─242

アメリカのシリア攻撃はアサドではなく北朝鮮の金正恩に対する警告だった─244

「核戦争コワイ、コワイ」のパニックになってはいけない─248

2018年の4月に中国軍が北朝鮮に進軍する─252

米中会談とシリア爆撃をお膳立てしたのはやはりキッシンジャーだった─255

 

 

あとがき─265

 

巻末付録 トランプ暴落にも耐えられる11銘柄─268

 

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あとがき

 

 世界が急激に変化しつつある。どうもこの4月6日から、大きくは戦争の時代に突入したようだ。「東京に核攻撃がある。だから、私は、田舎の実家に帰る」という女性たちが、出始めているようです。 人一倍の、恐怖心を持っている人間たちが、すでに、動き出しているようです。

 

 それでも、日本は大丈夫だ。日本には、北朝鮮の核兵器は飛んで来ません。その諸理由を、私はこの本の最終章に詳しく書いた。

 

 経済評論というコトバが死んでしまったのではないか。金融評論というジャンル(分類)の本が書店になくなった。店頭に並ばなくなった。ビジネス書という分類はまだ残っている。

 

 金融・経済の評論家たちが、みんないなくなってしまった。そういう職業が滅んだようだ。それなのに私は、ひとりでこうして金融本を書いて出している。妙な感じである。

 

 私の専門、本領、本籍は、もともと政治分析、政治思想研究、政治評論だった。私は、「大きく政治の方向から」経済、金融を見てきた。だから、私はこうして出版業界で生き残っている。このことの強味を自覚している。

 

 この本も苦心して書いた。しかし、それなりの達成感はある。内容は充実している。現在の最先端の金融現象や、政権寄り(体制派)の政策実行者(ポリシー・エクスキューター)の経済学者たちの内心の狼(ろう)(ばい)ぶりもよく分かった。私は決して時代に遅れていない。今も最先頭を走っている、という自覚がある。

 

 私は何のために本を書き続けているのか。それは、第1は、自分が、真実の暴(あば)きの言論人である、といういつもの自己原理と強い信念に依るものだ。そして第2(2つ目)は、書きながら自分が勉強するからだ。自分が勉強して、ハッと気づいて、新たに発見したことの喜びを、他の人々にも伝えてお裾(すそ)()けしようと思うからだ。

 

 この本も、書き上げ、完成までずっと同伴してくれた徳間書店学芸編集部、力石幸一編集委員に深くお礼を申し上げます。

 

  2017年4月

              副島隆彦 

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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