古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

カテゴリ: 日米関係

 古村治彦です。

 

 2017年8月7日、若狭勝衆議院議員は、「日本ファーストの会」という国政政党を立ち上げると発表しました。

 

(貼りつけはじめ)

 

●「「日本ファーストの会」設立 小池氏は役職に就かず」

 

8/7() 11:56配信

テレ朝 news

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20170807-00000013-ann-pol

 

 若狭勝衆議院議員が国政選挙をにらんで、政治団体「日本ファーストの会」を立ち上げたことが分かりました。候補者集めの政治塾も開き、小池都知事が講師を務めるということです。

 

 若狭議員は7日午後、自らが代表を務める政治団体「日本ファーストの会」の設立を発表します。「輝照塾」という政治塾も立ち上げ、国政進出に向けた候補者集めを始めます。小池都知事は都政に専念する立場から当面、役職に就かない方針ですが、来月16日に予定される第1回の政治塾で講師を務めるということです。

 

(貼りつけ終わり)

 

 若狭氏は昨日、民進党を離党した細野豪志代議士との連携もあるという発言を行っています。日本ファーストの会は、小池百合子都知事を中心とする地域政党「都民ファーストの会」の国政版となります。若狭代議士の他、長島昭久代議士(民進党除籍)渡辺喜美参議院議員(日本維新の会除名)、松沢成文参議院議員(無所属)が都民ファーストの会を軸に結集すると見られています。ここに細野氏が入ることは大きな戦力になることを意味します。長島氏は細野氏の師匠格として知られています。

 

 「都民ファーストの会」の国政版であるからには「国民ファーストの会」であるべきですが、「日本ファーストの会」ということになりました。ここにこの「小池新党」の限界があります。この政党は「国民ファースト」を名乗ることができなかったということは、「国民のことを第一とはできない、しない」ということになります。

 

 私は今回の動き、都民ファーストの会の躍進から国政政党日本ファーストの会結成までの動きは、安倍晋三政権を支援する動きであり、その裏にアメリカ人脈が動いているということが考えられるということを私は主張したいと思います。

 

 日本ファーストの会が次の衆議院議員選挙で民進党がまだ勝利できている都市部に進出したとすると、民進党はぼろ負けで消滅の危機に瀕することになるでしょう。自民党はもともと負けているのですから、惜敗率で比例復活できる人が出てきたらいいや、というくらいの選挙区です。日本ファーストの会は組織力はない訳ですから、組織で固めた自民党の地盤、特に地方でそこまで切り崩すことは不可能ですから、民進党を切り崩して、「新しい受け皿」を狙うことになるでしょう。

 

 日本ファーストの会がどのような香料や政策を掲げるかはまだ分かりませんが、現在の民進党に比べて、かなり自民党寄りになることは、合流予定の議員たちの顔ぶれを見ても明らかです。そうなれば、「第二自民党」の誕生であり、自民党の補完勢力となることもまた明白です。日本ファーストの会が民進党を食ってくれれば自民党、そして安倍政権は安泰となります。

 

 私はこうした仕掛けはアメリカが行ったものと考えます。このように書くと、陰謀論だ、反米に凝り固まった考えという批判を受けるでしょうが、アメリカが日本政治に深く絡んでおり、アメリカの利益のために日本が存在するという状況が続いていることには多くの人々が気付いているだろうと思います。


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ハガティ

 8月下旬、ウィリアム・ハガティが駐日アメリカ大使として日本にやってきます。ハガティはドナルド・トランプ大統領の政権移行ティームで、政治任用担当者として、登用すべき人物たちの面接を担当していました。今回の大使起用はその論功行賞ということになります。ハガティはヴァンダービルト大学卒業、並びに同校法科大学院終了後にボストン・コンサルティングに入社し、日本で3年間勤務した経験を持っています。その後は、出身地であるテネシー州に戻り、投資会社を立ち上げ、またテネシー州への外国からの投資を誘致していました。また、ジョージ・W・ブッシュ大統領の経済顧問も務めました。


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ヴァンダービルト大学

 ハガティという人物を考える上で重要なのは、彼がヴァンダービルト大学卒業、並びに同法科大学院修了である点です。ハガティは出身地から離れることなく地元の名門大学に進み、そこで法科大学院まで修了しています。テネシー州やナッシュヴィルに大変愛着があるのかもしれませんが、東部の名門大学に進むチャンスもあったでしょうに、彼はテネシー州に残ります。しかし、ボストン・コンサルティングに入社し、極東アジアの日本、東京まで来ることになります。

 

 ハガティはその後の人生でも自分の投資会社をナッシュヴィルで創設し、テネシー州に他の地域や国々からの投資を呼び込む仕事をしていました。ヴァンダービルト大学人脈に組み込まれた地元の名士ということになります。そして、このヴァンダービルト大学には、ジェイムズ・アワー教授がいます。ハガティとアワーの共通項は「日本」です。

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アワー
 

 ジェイムズ・アワーはウィスコンシン州出身で、1963年にマーケット大学(ウィスコンシン州)を卒業後、米海軍に入隊し、佐世保に赴任します。その後、1968年にボストンにあるタフツ大学フレッチャー記念法律外交大学院(フレッチャースクール)の博士課程に入学します。ボストンにあるハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学、タフツ大学は名門校同士で、教授や学生たちの交流が盛んなことで知られています。

 

 アワーはハーヴァード大学教授だったエドウィン・O・ライシャワーの勧めもあって、日本の海上自衛隊の研究で博士号を取得します。博士論文(「日本海上兵力の戦後の再軍備194571年」)は、『よみがえる日本海軍』(妹尾作太男訳、時事通信社、1972年)として日本でも出版されました。その後、在日米海軍司令官付政治顧問、横須賀基地所属ミサイル・フリゲート艦長などを歴任し、1983年に海軍を退役し、国防総省勤務となりました。国防総省では、日本部長や国防次官特別補佐官を歴任し、1988年に国防総省を退官し、ヴァンダービルト大学教授となりました。ヴァンダービルト大学でアワーの薫陶を受けた人物には、長島昭久衆議院議員(民進党除籍)がいます。長島代議士は防衛政策に造詣が深いことで知られています。


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 恩師ジェイムズ・アワーと長島昭久

 ジェイムズ・アワーは防衛省と深い繋がりを持っています。そして、日本初の女性防衛大臣となった小池百合子氏ともつながりを持っています。小池氏は自身の著書の中で、アワーについて「自分よりも防衛省内部に詳しい」と書いています。長島議員は民主党政権時代に防衛大臣政務官、防衛副大臣を歴任しました。

 

 ウィリアム・ハガティ駐日アメリカ大使、ジャパン・ハンドラーズの1人ジェイムズ・アワー、長島昭久衆議院議員、小池百合子東京都知事(元防衛大臣)はこのようにしてつながっていきます。

 

 アメリカのジャパン・ハンドラーズのトップとも言うべき人物マイケル・グリーンは、2012年の段階で、日本の「リベラル」を壊滅することで、安倍政権を成立させることに成功しました。野党は多弱化し、「ゆ党」として維新勢力も出てきて、安倍一強体制が構築されました。

 

 しかし、安倍政権も長期化する中で緩みが出て、傲慢さや強引さが政権運営で目立つようになりました。そうした中で、安倍政権最後の大仕事、総仕上げである改憲(アメリカにとっても利益となる)も先行きが不透明となってきました。こうした中で、小池百合子都知事の誕生、都民ファーストの会の躍進、日本ファーストの会設立といった一連の流れは、安倍政権を別働隊として支える第二自民党、維新に代わる「ゆ党(与党でも野党でもない)」という補完勢力を生み出し、うまくいけば民進党にとどめを刺すというシナリオになっており、このシナリオを描いているのは恐らく、マイケル・グリーンであり、実行者はジェイムズ・アワーなのだろうと私は考えています。

 

 こうした動きを阻止するためには、民進党やその他の野党を自民党に代わる受け皿となるようにすることです。そうしなければ、大政翼賛会ならぬ、「米政(アメリカのための政治)翼賛会」が生み出されてしまうことになります。

 

(終わり)



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




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 古村治彦です。

 

 『ニューヨーク・タイムズ』紙のウェッブサイト版の女性に関するページ「Women in the World(世界における女性たち)」に面白い記事が掲載されました。

 

 それは、「日本のファーストレイディーは、トランプとの会話を避けるために、英語がしゃべれないふりをしたのか?」というタイトルの記事です。記事の内容を以下にまとめてご紹介します。

 

(貼りつけはじめ)

 

Did Japan’s first lady pretend she doesn’t speak English to avoid talking to Trump?

 

2017/07/20

WITW Staff

http://nytlive.nytimes.com/womenintheworld/2017/07/20/did-japans-first-lady-pretend-she-doesnt-speak-english-to-avoid-talking-to-trump/

 

(貼りつけ終わり)

 

 ニューヨーク・タイムズ紙の政治記者マギー・ハーバーマンがドナルド・トランプ大統領にインタヴューを行い、その中で、先日のG20サミットの様子についてトランプが話をしました。G20サミットでは20各国の指導者たちと配偶者たちが集まり(40名)、その他にEUの最高幹部たちやIMFのラガルデ専務理事もいたので、50名ほどになった。世界各国からのメディアも来ていて、みんなでたくさんの写真を撮った。

 

 オペラを皆で見に行った、その後に夕食会となった。トランプ大統領の隣は、安倍昭恵夫人が座った。トランプ大統領は、「安倍首相も昭恵夫人も素晴らしい人たちだが、昭恵夫人は英語がしゃべれない」とインタヴューで述べています。ハーバーマン記者が「全く、ゼロ?」と驚くと、トランプ大統領は「ハローさえ言えないくらい」と答え、「その席にいるのは大変だったでしょう」とハーバーマン記者が質問し、「大変だった、だって、その席にどれくらい座っていたと思う?」とトランプ大統領は答え、「何時間もでしょう」とハーバーマン記者が言い、「1時間45分だった」とトランプ大統領が答えました。


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 このインタヴューが出た後、昭恵夫人に対して、奇妙な評価が出てきました。昭恵夫人は先日の安倍首相の訪米に同行し、メラニア夫人と日本庭園を訪れたり、フロリダ州のマーアラゴ・リゾートで夫妻同士で夕食を楽しんだりしました。この時の様子は写真や映像に残されています。この時の様子から、「昭恵夫人が英語ができないというのはおかしい、この時にはちゃんと英語でコミュニケーションを取っている」ということになりました。

 

 そこで、アメリカ国内のフェミニストたちは、「昭恵夫人はトランプ大統領と話をしたくないために、英語ができないふりをした」という解釈をし、彼女は素晴らしいということになりました。

 

 私も昭恵夫人が聖心学園で教育を受けたという経歴を持っている以上、同世代の人々よりも英語や外国人に接する機会が多かったと考えますので、昭恵夫人が、「ハローも言えないほど」に英語ができないということは考えにくいと思います。また、立教大学大学院でミャンマーの教育に関する研究で修士号を取得し、ミャンマーも訪問していることを考えると(ミャンマーはイギリスの植民地であったことを考えると)、英語が全くできないというのはないと思います。

 安倍昭恵夫人が英語でスピーチを行っている映像も見ましたが、英語が全くできない人だとはとても思えませんでした。発音などは安倍首相よりも上手でした。あれだけきれいな発音なら、難しい議論はできないにしても、あいさつや楽しい会話はできると思います。


 

 しかし、G20の夕食会で、隣り合ったトランプ大統領と全く会話をしなかった、英語が出来ないふりをしたというのはおかしいと思います。また、彼女の人懐こい性格から考えて、たとえ言葉ができなくても、何とかコミュニケーションを取ろう、その場にいる人たちを楽しませようとするだろうことは容易に推測できます。

 

 ですから、昭恵夫人がトランプ大統領を約2時間もほったらかすということは考えにくいのです。しかし、実際にトランプ大統領はそう感じた、そして、彼女は英語ができないのだと考えたということです。

 

 なぜ昭恵夫人がトランプ大統領と話さなかったのか、ということが疑問として残ります。英語ができないからということはおそらく理由ではありません。それでは、フェミニストが言うように、女性蔑視をするトランプ大統領が嫌で話さなかったということがあるでしょうか。彼女は自分に批判的、敵対的な人たちとも話をしてきました。ですから、トランプ大統領が嫌いだから話さないということはないように思われます。

 

 昭恵夫人は2月以降、森友学園問題や秘書の業務に関して、大きな批判を受けてきました。そのために昭恵夫人の行動にメディアの関心も集まるようになりました。結果として、彼女の「天然」な行動も報道されるようになりました。

 

 また、安倍首相の訪米では、安倍首相自身はお酒を飲まないが、昭恵夫人はお酒をたしなむので、トランプ大統領夫妻との夕食の席上、一人でワインを飲み過ぎて、周囲をあきれさせたということも報道されました。緊張状態で、自分が頑張らねばと思うと、アルコールが回ってしまって、いつもよりも酔ってしまうのが速くなるということもあったとは思いますが、外交上の礼を失する行動であったということも言われました。また、昭恵夫人は誰に対しても物怖じしませんから、トランプ大統領に何かとんでもないことを言う可能性を周囲は心配したでしょう。

 

 従って、今回は昭恵夫人には特に厳しく、いつものように振る舞うのではなく、おとなしく、目立たないようにするよう、という注意がなされていたのでしょう。そして、その注意を忠実に守ろうとして、トランプ大統領をほおっておくということになったのだと思います。こう考えると、昭恵夫人は非常に不器用なように感じられます。

 

 しかし、もしこれが計算でなされたのだとすると大変な策士であると言わねばなりません。注意をした人々に対してやり返してやろう、鼻を明かしてやろうということで、わざとトランプ大統領を無視するような行動を取ったということになれば、大変な計算です。「私を押さえつけようとするなら、それに従いますよ」ということで、徹底的におとなしく、やり過ぎなほどにおとなしくして、かえって問題になるということになれば、今度は、おとなしくするように注意した人たちに「どうしてそういうことを言ったのだ」という批判が向かいます。

 

 「おとなしくしてほしい」という注意を逆手にとっての報復、ということになると、これはこれで大変なことです。

 

 真相が何かは分かりません。


 しかし、トランプ攻撃のために何でも使われるものだなぁと感心させられます。

 

(終わり)




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





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 古村治彦です。

 

 今回は日本の戦後史についての本をいくつかご紹介します。日本の戦後がいかに形成されたのか、そのために歴史を知ることは現在を理解することに役に立ちます。日本の戦後史を扱った書籍は数多く出版されています。研究者でもない限り、それらを読破することは不可能です。読み終わるだけで人生が終わってしまいます。そうは行っても読まなくは始まりませんから、是非興味をひかれる本から読み始めていただければと思います。

 


 
 まずは『「日米関係」とは何だったのか―占領期から冷戦終結後まで』(マイケル・シャラー著、市川洋一訳、草思社、2004年)をご紹介します。本書は太平洋戦争後の日米関係についての歴史を網羅した本です。英語の原題は
Altered States: The United States and Japan Since the Occupation(変えられた国々:占領以降のアメリカと日本)です。日米両国は、戦争当事国、戦勝国・敗戦国、同盟国と関係が変わってきました。また、アメリカは、「反共の防波堤」として、またアジア地域での同盟国筆頭として日本の国力を増大させようとし、その結果、日本が国力をつけすぎて、経済的な競争相手となり、一時期は「経済戦争で日本がアメリカに復讐を果たした」といわれるほどになりました。本書は、日本の「失われた20年」の前までの日米関係史を望来していますので、現在の日本衰退論、アメリカ衰退論、中国の勃興といったことは書かれていません。

 

 本書を読んで感じたこと、それは、日本は中国の「使い方」次第で、アメリカに対して大きな交渉力を持つということです。それは、アメリカと中国に挟まれた地理的環境をうまく利用するということになります。「日米中三角形」ということは、日本の政治家でも話をする人はいますが、戦後、日本はアメリカと対峙するために、中国の存在を利用してきたということが本書には随所に描かれています。アメリカとの交渉の際に、「中国カード」が有効であった様子が伺えます。

 

 戦前の日本にとって中国は重要な貿易相手国でした。日本製品の大きな市場でした。しかし、戦後、日本がアメリカに占領されている間に、国共内戦が始まり、中国共産党による中華人民共和国建国となり、その後、朝鮮戦争も勃発し、日本は大陸と引き離されることになりました。しかし、日本国内には、経済再建のために、国交と貿易関係の回復を望む声がありました。東南アジア諸国は戦禍と植民地支配から脱したばかりで日本の輸出先市場としては期待が持てない状況でした。そこで、戦前から関係が深かった中国、厖大な人口と土地を持つ中国本土と経済関係を復活させたいという声が財界から上がっていました。

 

 これに対して、アメリカはかなり「気を遣って」いました。日本が共産圏に近づかないように、経済援助を与え、最終的には独立させます。また、アメリカ市場を開放し、日本をアジアにおける「反共の防波堤」として成長させ、ソ連と中国に対峙させようとしました。朝鮮戦争はその意味で、日本の経済成長のスタートのきっかけとなりました。

 

 1960年の日米安保条約改定の前後、日本ではアメリカに対する反感が高まりました。これを抑えるために、ジョン・F・ケネディ大統領は、駐日大使に母港ハーヴァード大学教授のエドウィン・O・ライシャワーを起用しました(ケネディ・ライシャワー路線と呼ばれます)。日本生まれで日本語が堪能、妻も日本人(元老松方正義の孫)であったライシャワーは恐らく、史上最も人気のあった駐日大使です。ライシャワーは日本の保守陣営だけではなく、左翼、労働組合、知識人とも対話を行うことで、親米葉を増やしていく戦略を採りました。私は拙著『アメリカ政治の秘密』で、このライシャワーこそがジャパン・ハンドラーズの元祖であり、ケネディから日本管理路線が始まったと書きました。

 

 しかし、ニクソン大統領が登場する頃になると、アメリカは疲弊してきました。この時代にも「アメリカの衰退」が囁かれていました。ヴェトナム戦争と経済力の低下によって国力が落ちたアメリカは、日本に気を遣ってくれなくなります。対日貿易赤字は赤字が膨らんでいくのに、日本はその削減をしようとしない、軍事的な支援もしてくれない、という不満を募らせました。日米繊維交渉では、日本に輸出の自主規制を求めます。また、沖縄返還でも米軍基地はそのままということになりました。更には「ニクソン・ショック(米中国交回復とドルの兌換停止)」は長期政権を誇り、中華人民共和国との関係樹立に消極的であった佐藤栄作政権に大きな打撃を与えました。

 

 本書を通じて、私は理解したことは、戦後日本の政治指導者たち(自民党)は、国外ではソ連や中国、国内では社会党や労働組合をうまく「だし」に使って、アメリカから何とか自分たちに有利になる条件を引き出してきたということです。再軍備の要求では「それでは社会党や共産党を勢いづかせて、私たちが政権を失ってしまいます、そうなると共産圏に近づきます」と言って、社会党側にも「少し騒いでくださいね」と頼むことで、かわしました。また、アメリカからの経済援助や市場開放を引き出す時には、「中国本土との関係を改善しないと経済力の回復と成長はできません」と言うことで、条件をうまく引き出すことが出来ました。

 

 こうした交渉はずるいと思われるかもしれませんが、国益と言う点では大変素晴らしいものであったと言えます。しかし、現在はこういう交渉ができる政治家はいません。アメリカにべったり、アメリカの言うことさえ聞いていれば、御身大切というひとたちばかりです。この点で、日本の外交は退化しているということが言えるでしょう。

 

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戦後の日米関係の研究書として『戦後アメリカの対日労働政策と地域共闘組織の対抗』(森健一著、熊本出版文化会館、2013年)をご紹介します。著者の森氏は、熊本大学卒業後、東京都立大学大学院修了、現在は鹿児島県内の私立高校で教鞭を執っておられます。私はひょんなことから紹介され、『戦後アメリカの対日労働政策と地域共闘組織の対抗』をご恵贈いただきました。森氏は夏休みにアメリカの国立公文書館に行き、資料を収集し、本書を上梓されました。そのご苦労に敬意を表します。

 

 第3章「1956年の『マグルーダー』計画と日米生産性委員会―東京・大田区の機械工業にみる保守基盤の形成」が注目です。ここで出てくるマグルーダーという名前は、日本の戦後史にとって重要な人物の名前です。カーター・B・マグルーダー(Carter B. Magruder、1900―1988年)は、アメリカ陸軍大将でした。このマグルーダーが日米安全保障条約の原案を作ったことは、『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(矢部宏治著、集英社インターナショナル、2016年)で指摘されています。『戦後アメリカの対日労働政策と地域共闘組織の対抗』で、森氏は、日本の戦後復興にマグルーダーが果たした役割を書いています。これを「マグルーダー計画」と言います。

 

マグルーダーは、ヴァージニア大学中退後、陸軍に入隊し少尉任官後に、陸軍士官学校に進みました。1932年にはパデュー大学で機械工学の修士号を取得していますから、軍官僚として優秀な人物であったと思われます。1941年に陸軍省参謀部補給担当参謀次長、1944年に在欧米軍補給担当参謀次長となりました。米軍内の兵站担当の専門家となりました。また、1950年代:国防総省のスタッフの中心となって「日米安保条約・国防総省案」を作成しました。これを「マグルーダー原案」と言います。1959年には大将昇進し、在韓国連軍司令官兼第八軍司令官に就任しました。

 

 マグルーダーは兵站の専門家として、1956年に日本を「米軍の兵站工場」にする計画を立てました。そして、極東米軍の兵站のために、日本の大企業(トヨタ自動車や三菱重工業)に大量発注を行い、また、これらの企業の経営指南と生産性向上のためにアメリカから専門家を招へいしました。こうした生産性向上の動きが「日本生産性本部」の誕生につながりました。そして、日本の労働組合の穏健化も進めました。

 

 このマグルーダーという人物は日本の戦後政治史において重要な人物です。是非、『戦後アメリカの対日労働政策と地域共闘組織の対抗』をお読みください。

 

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日本の戦後、特に連合国(ほぼアメリカ一国)による占領時代について知りたい方は、『日本占領史
1945-1952 東京・ワシントン・沖縄』(福永文夫著、中公新書、2014年)をお読みください。この本には占領下の日本の歴史が網羅されています。副題が「東京・ワシントン・沖縄」とありますが、戦後史であまり語られてこなかった1945年から1952年までの沖縄の歴史が書かれていますが、これは大変価値があることだと思います。また、ワシントン(国務省と国防総省、ホワイトハウスの対立)と東京(日本占領当局であるSCAP[GHQ]の対立)の対立ということも描かれています。

 

 GHQでは、民政局(GS)のホイットニー・ケーディスと参謀第2部(G2)のウィロビーの争いがありました。GSは革新的、急進的な改革を志向し、G2はそれに対して批判的でした。ワシントンでは、国務省と国防総省で対立がありました。国務省は日本の占領を想起で終了したいと考えていましたが、国防総省は、日本の占領の継続、日本国内の米軍基地の継続使用を強硬に主張していました。こうしたことは他の本でも書かれています。この本は沖縄の1945年から1952年までの歴史に多くのページが割かれており、ここに価値があると考えます。

 

 沖縄では悲惨な地上戦が展開され、多くの人々が犠牲となりました。沖縄の民間人は収容所に入れられ、その後、解放されましたが、自分の土地に戻ってみると、そこは米軍基地にされていたという人々が多くいました。この米軍基地として接収された土地ですが、日本が独立を回復する1953年までは戦争状態の継続を理由に使用料を払われていなかったということを知り、アメリカでも官僚主義とは酷いものだし、勝者は理不尽なものだと改めて強く怒りを覚えました。

 

 沖縄は日本とアメリカの狭間で忘れられた存在となっていた時期もあり、米軍が直接軍政を敷く状態が続きました。そうした中で、沖縄の人々の自治も米軍が認める範囲でだけ認められ、また、琉球政府も創設されましたが、あくまで、米軍の意向を実施するだけの機関でした。そして、日本は1953年に独立を果たしましたが、沖縄は米軍の軍政下に置かれたままとなりました。

 

 私は歴史的な経緯も考え、沖縄独立という選択肢があってもよかったと思っています。現実としては、日本の一部であることが沖縄にとっても経済的に良いということもあるかもしれませんが、その地理的環境から、独立してもやっていけるのではないかとも考えています。私の場合はその調査研究をしたことがないので空想の夢物語の範囲でしかないのですが。

 

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 日本占領史の裏面史としては、『占領史追跡』(青木冨貴子著、新潮文庫、2013年)をご紹介します。この本は、戦後日本で活躍したコンプトン・パケナム(
Compton Pakenham、1893―1957年)という人物の評伝となっています。パケナムはアメリカの雑誌『ニューズウィーク』誌の創刊に参加した人物で、日本生まれで日本語が堪能であったことから戦後『ニューズウィーク』誌の日本支局長を務めました。

 

 パケナムは日本の神戸生まれで、イギリスの名家パケナム家の支流にあたる人物です。中国のチーフ-・スクールで教育を受け、イギリスに帰国し、第一次世界大戦に参戦します。奇跡的に生き残り、その後、アメリカにわたり大学で教鞭を執ります。しかし、彼は経歴を詐称していました。「有名なパブリックスクール[上級階級の子弟向けの寄宿進学準備校]のハーロースクールから、王立陸軍士官学校で学びオックスフォード大学で博士号を取得したという触れ込みで全米各地の大学で教鞭を執っていました。昔は学位の確認などいい加減だったのだろうと思われます。

 

 著者の青木氏は、パケナムの上司であったニューズウィーク誌の外信部長ハリー・カーン(ロッキード事件でも名前が出ました)について調べている過程で、カーンの遺族から、パケナムの日記を渡され、これが『占領史追跡』につながりました。

 

 パケナムは自分が育った日本が大きく変貌していること、彼がもともと知っていた野村吉三郎海軍大将(太平洋戦争開戦時の駐米日本大使)が困窮している姿を目撃し、占領軍の行っている日本改革に批判的となり、マッカーサー批判記事を展開し、日本への入国禁止措置を取られるほどになりました。

 

 パケナムはアメリカにいるハリー・カーンと連絡を密にとりながら、ジャーナリストとしての仕事と諜報の間を行き来しながら仕事をしていました。

 

パケナムは、昭和天皇の意向をアメリカにつなぐチャンネルの結節点となっていました。このチャンネルは、昭和天皇―松平康昌(宮内府式部官長、越前松平家、貴族院議員、昭和天皇の側近)―パケナム―ハリー・カーン―ジョン・フォスター・ダレス(ディーン・アチソン国務長官顧問、国務長官)とつながっていました。松平はしばしばパケナムの自宅を訪ね、皇太子(今上天皇)の留学先問題や東京裁判における天皇訴追の問題などを相談するという形で、昭和天皇の意向をパケナムに伝え、彼を通じてアメリカに伝えていました。

 

昭和天皇はマッカーサーともつながりながら、冷戦開始とともに変化しつつあった国際環境に日本を適用させようとして動いています。

 

 パケナムは吉田茂の再軍備反対路線に反対し、吉田はサンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約の締結後には引退し、その後は鳩山一郎が首相になると考え、鳩山にも接触していました。また、鳩山の後には岸信介が首相になると予想していました。こうした点で、政治的な嗅覚が鋭い人物であったことが分かります。

 

 パケナムはニューディーラーが主導した戦後日本の改革に反対する潮流に属し、戦前の日本から存続したエスタブリッシュメントと繋がりながら、日本の改革の急進性を中和させた人物、逆コースの実現に貢献した人物であると言えます。

 

 戦後日本では、このように表と裏の顔を使い分ける胡散臭い人物たちが活躍した時代もありました。『東京アンダーワールド』(ロバート・ホワイティング著、松井やより訳、角川文庫、2002年)というニコラ・ザペッティという人物を主人公にした本も合わせてお読みいただければと思います。

 

東京アンダーワールド (角川文庫)
ロバート ホワイティング
角川書店
2002-04


(終わり)
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 古村治彦です。

 

 昨年12月から今年1月にかけて、新しい米国駐日大使として、ウィリアム・F・ハガティ(William F. Hagerty)の名前が出ていました。いよいよハガティがアメリカ連邦上院の承認を受けて正式に就任し、日本にやってきます。

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ウィリアム・ハガティ

 

 ハガティは1960年生まれで、地元テネシー州のヴァンダービルト大学を卒業しています。そして、同大学のロースクール(法科大学院)を修了しています。アメリカの鉄道王ヴァンダービルト家の寄付で創設された名門大学です。卒業後に有名なコンサルティング会社であるボストン・コンサルティングに入社し、日本に3年間駐在したことで、日本と縁が出来ました。

 

 1988年からのジョージ・H・W・ブッシュ政権ではホワイトハウスのスタッフとなり、経済と貿易政策を担当しました。その後、地元に戻り、投資会社ハガティ・ピーターソン社を設立しました。また、テネシー州経済開発局長となり、外国企業の誘致も行いました。以下の記事によると、日産とブリジストンが誘致によってテネシー州に進出したそうです。

 

(貼りつけはじめ)

 

Tokyo approves of Trump-picked Hagerty as next U.S. ambassador

 

Kyodo

 

The Japan Times

Mar 14, 2017

http://www.japantimes.co.jp/news/2017/03/14/national/politics-diplomacy/tokyo-approves-trump-picked-hagerty-next-u-s-ambassador/#.WMd_SWdBpaT

 

WASHINGTON – The United States has gained approval by Japan of President Donald Trump’s pick of William Hagerty as the next ambassador to Tokyo, sources familiar with bilateral relations said Monday.

 

Tokyo’s consent will pave the way for Trump to announce his nomination of Hagerty, 57, in the near future. Hagerty is expected to assume the post following Senate approval, succeeding Caroline Kennedy.

 

Hagerty is expected to handle a host of bilateral issues, ranging from the Trump administration’s calls for the further opening of Japan’s automobile and agriculture markets to the stalled relocation of a U.S. military base’s operations within Okinawa.

 

He has built ties with Japan through a three-year posting to Tokyo while working for the Boston Consulting Group, as well as his work as commissioner of economic development for Tennessee, assisting operations in his home state by Japanese companies, including Nissan Motor Co. and Bridgestone Corp.

 

Hagerty is said to have close ties with the Republican establishment, partly because he worked for the 2012 presidential campaign of Republican nominee Mitt Romney.

 

(貼りつけ終わり)

 

 ハガティは、2016年の米大統領選挙ではジェブ・ブッシュを支持していましたが、共和党全国大会以降はトランプを支持しました。そして、ドナルド・トランプが大統領選挙に当選後、政権移行ティームの人事担当となり、閣僚やスタッフの候補者たちを数百人面接したということです。


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安倍晋三首相とジェイムズ・アワー

 

 ハガティで注目すべきはヴァンダービルト大学を巡る人脈です。ヴァンダービルト大学には、ジャパン・ハンドラーズの1人でありジェイムズ・アワー教授がいます。ジェイムズ・アワーは1963年にマーケット大学(ウィスコンシン州)を卒業後、米海軍に入隊し、佐世保に赴任します。その後、1968年にボストンにあるタフツ大学フレッチャー記念法律外交大学院(フレッチャースクール)の博士課程に入学します。ボストンにあるハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学、タフツ大学は名門校同士で、教授や学生たちの交流が盛んなことで知られています。

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 ヴァンダービルト大学
 

 アワーはハーヴァード大学教授だったエドウィン・O・ライシャワーの勧めもあって、日本の海上自衛隊の研究で博士号を取得します。博士論文(「日本海上兵力の戦後の再軍備194571年」)は、『よみがえる日本海軍』(妹尾 作太男訳、時事通信社)として日本でも出版されました。その後、在日米海軍司令官付政治顧問、横須賀基地所属ミサイル・フリゲート艦長などを歴任し、1983年に海軍を退役し、国防総省勤務となりました。国防総省では、日本部長や国防次官特別補佐官を歴任し、1988年に国防総省を退官し、ヴァンダービルト大学教授となりました。ヴァンダービルト大学でアワーの薫陶を受けた人物には、長島昭久衆議院議員(民進党)がいます。長島代議士は防衛政策に造詣が深いことで知られています。

 

 1990年代からテネシーを拠点としていたハガティとアワーは日本とのつながりも深いということで、よく知っている仲であると言えましょう。ハガティは日本政界での人脈はそこまで広くないでしょうから、その点でアワーの人脈や影響力を頼りにするのだろうと思います。この点で、ジャパン・ハンドラーズの中で、ジェイムズ・アワーの存在感は大きくなるのだろうと考えます。

 

(終わり)













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 古村治彦です。

 

 ロイター通信のスクープで、日本のヘリコプター用航空母艦「いずも」が5月から南シナ海に派遣され、各地に寄港し、インド洋での米海軍とインド海軍の共同演習「マラバール」に参加する計画が立てられていることが明らかになりました。

 

 これは、アメリカの対中姿勢が強硬姿勢になりつつあることを受けての措置だということです。また、中国との関係を深めようとしているフィリピンのデュテルテ大統領を「いずも」に招待することで、アメリカにつなぎとめようという動きの一環でもあるようです。

 

 この「いずも」ですが、実質的には航空母艦なのですが、攻撃的な武器を保持することはできないという憲法上の制限のために、駆逐艦ということになっているそうです。この実質航空母艦が約75年ぶりに日本海軍の力を見せつける目的で南シナ海からインド洋を巡回することになりました。

 

 アメリカのお先棒担ぎでもありますし、アメリカの命令でこのような計画になったものと思われます。アメリカは日本の頭ごなしに中国と「仲良く喧嘩する」ということにしながら、日本を中国にけしかける犬のように扱っています。今回の計画はいみじくもそのことを明らかにしました。

 

 現在の状況を見ると、日本は韓国ほどにデモクラシーが成熟してもおらず、フィリピンほどに独立国の気概を持ってもいないという大変哀れな姿であることが明らかになっています。

 

(貼り付けはじめ)

 

●「スクープ:複数の取材源によると、日本は南シナ海に最大の戦艦を送る計画を立てている」

 

ティム・ケリー、ノブヒロ・クボ筆

2017年3月13日

ロイター通信

http://www.reuters.com/article/us-japan-navy-southchinasea-exclusive-idUSKBN16K0UP

 

日本政府は今年5月、最大の戦艦を、南シナ海を巡る3カ月の公開に派遣する計画を持っている。これは3名の取材源からの話で明らかになった。これは第二次世界大戦以降、南シナ海地域で日本の海軍力を見せつける最大の機会となる。

 

中国は、領有権争いをしている地域のほぼ全ての領有権を主張し、軍事プレゼンスを増大させている。これが日本と西洋諸国の懸念を増大させている。アメリカは高校の自由を確保するために飛行機と艦船による定期的なパトロールを行っている。

 

ヘリコプター専用母艦「いずも」は2年前に就役したばかりだが、今回の航海で「いずも」は、シンガポール、インドネシア、フィリピン、インドネシア(2回目)、スリランカに寄稿し、7月にはインド洋でのインド海軍、米海軍の艦船とのマラバール共同軍事演習に参加する。

 

取材に答えた複数の人々は、「いずも」は8月に日本に帰還すると述べた。

 

今回の計画に詳しいある人物は次のように語った。この人物はマスコミに対応する権限がないので匿名にしてくれるように依頼した。「今回の計画の目的は、拡大された使命にいずもを送り出すことで、いずもの能力をテストすることだ。いずもは南シナ海で米海軍と一緒に訓練をすることになるだろう」。

 

日本の海上自衛隊の広報担当はコメントを拒否した。

 

台湾、マレーシア、ヴェトナム、フィリピン、ブルネイは、南シナ海の領有を主張している。東シナ海は、豊富な海産物資源、埋蔵された石油と天然ガスがあり、毎年約5兆ドルの国際貿易の重要な通行路となっている。

 

日本が南シナ海で領有権を主張している地域は存在しない。しかし、日本は東シナ海で中国と領有権争いをしている。

 

別の人物は次のように語った。日本政府は、「いずも」がマニラから約100キロ(約62マイル)西にあるスービック湾に寄港した際に、フィリピン大統領のロドリゴ・デュテルテを「いずも」に招待したいと考えている。デュテルテはここ数カ月、中国との関係強化を進め、同時にアメリカとの古い同盟を批判している。

 

今回の日本の旗を敢然と掲げた作戦は、アメリカのドナルド・トランプ大統領が中国に対して強硬姿勢を取りつつあることを受けて行われる。アメリカ政府は、中国の人工島建設と軍事施設の建設を非難している。軍事施設に関しては、アメリカの行動の自由が制限されるものだと懸念を持っている。

 

今年1月、中国政府は、ホワイトハウスが「国際領域」を守ると主張したことを受けて、領有権争いをしている島々には、「反論を許さない」主権を持っていると主張した。

 

全長249メートル(約816.93フィート)は、第二次世界大戦期の日本の航空母艦とほぼ同じ大きさで、最大9機のヘリコプターを搭載できる。「いずも」は米海兵隊が保有する水陸両用の攻撃母艦によく似ている。しかし、「いずも」は上陸用舟艇やその他の艦船を収容することはできない。

 

安倍晋三首相率いる日本はここ数年、戦後の平和憲法の制限を広げ続けている。日本は、「いずも」を駆逐艦に分類している。これは、憲法では攻撃的な武器の保持を禁じているからだ。しかし、「いずも」によって、日本は領海を越えて軍事力を派遣することができるようになった。

 

「いずも」の主目的は対潜水艦戦である。東京近郊の横須賀を母港としている。横須賀はアメリカの第7艦隊の航空母艦の「ロナルド・レーガン」の母港でもある。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)








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