古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:イスラエル・ロビー

 古村治彦です。

 今回は、シカゴ大学教授ジョン・J・ミアシャイマー教授のインタヴュー記事をご紹介する。ミアシャイマー教授は、このブログで良く取り上げるハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルト教授と一緒に『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 1』を書いた人物だ。また、日本語で読める文献としては、『新装完全版 大国政治の悲劇』『なぜリーダーはウソをつくのか - 国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」 (中公文庫) 』がある。国際関係論の中でもリアリズムという流れに属する学者だ。
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ミアシャイマー
 ミアシャイマーはウクライナ危機をアメリカの介入主義に責任があると断じている。ミアシャイマーは「2008年4月、ルーマニアのブカレストで開催されたNATOサミットで、NATOはウクライナとグルジアをNATOの一部にするだろうという声明を発表したのが、この問題の始まりだと考える。ロシアは当時、これを存亡に関わる危機(existential threat)と見なし、越えてはならない一線を明確に設定した。それでも、時間の経過とともに何が起こったかと言うと、ウクライナをロシアとの国境の西側の防波堤(bulwark)にするために、ウクライナを西側に入れるという方向に進んだ。もちろん、これにはNATOの拡大だけではない。NATOの拡大は戦略の中心ですが、EUの拡大も含まれるし、ウクライナを親米の自由主義民主政治体制国家(pro-American liberal democracy)に変える(turning)ことも含まれ、ロシアから見れば、これは存亡に関わる危機なのだ」と述べている。

 ロシアが軍事侵攻を行ったことは断罪されるべきだ。ウクライナの国民にしてみれば、ロシアの都合など私たちとは関係ないということになる。しかし、大きな勢力や大国の近くにある中小国は常にそれらの角逐に神経を尖らせ、どちらか一方に賭けるのではなく、常に両方とつながるということが生き残る秘訣だ。日本はどうだろうかと考えると、ため息しか出ない。

(貼り付けはじめ)

ジョン・ミアシャイマーはなぜウクライナ危機をアメリカの責任だと批判するのか(Why John Mearsheimer Blames the U.S. for the Crisis in Ukraine

-政治学者ジョン・ミアシャイマーは長年、プーティンのウクライナへの侵略は西側諸国の介入(Western intervention)によるものだと主張してきた。最近の出来事で彼の考えは変わったのだろうか?

アイザック・コテイナー筆

2022年3月1日

『ニューヨーカー』誌

https://www.newyorker.com/news/q-and-a/why-john-mearsheimer-blames-the-us-for-the-crisis-in-ukraine?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=onsite-share&utm_brand=the-new-yorker&utm_social-type=earned

政治学者のジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)は、冷戦終結後のアメリカの外交政策に対する最も有名な批評家の一人である。ミアシャイマーは、スティーヴン・ウォルトと共著した著作『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』で最も良く知られているだろうが、大国間政治の主唱者だ。国家の安全を守るために、国家は敵対者を想定して事前に行動するとする国際関係論の一派であるリアリズムを信奉者である。ミアシャイマーは長年にわたり、アメリカがNATOの東方への拡大(to expand NATO eastward)やウクライナとの友好関係を推進した(establishing friendly relations with Ukraine)結果、核武装した大国間の戦争の可能性(likelihood of war between nuclear-armed powers)が高まり、ウラジミール・プーティンのウクライナに対する攻撃的な姿勢の下地(groundwork)ができたと主張してきた。実際、ロシアがクリミアを併合した後の2014年、ミアシャイマーは「この危機の責任の大半はアメリカとヨーロッパの同盟国が負っている(the United States and its European allies share most of the responsibility for this crisis)」と書いている。

今回のロシアによるウクライナ侵攻は、米露関係をめぐるいくつかの長年の議論を再燃させるものだ。プーティンは欧米の関与に関係なく旧ソ連圏内で積極的な外交政策を取るという批判が多いが、ミアシャイマーはプーティンを刺激したアメリカに責任があるとする立場を貫く。最近、私はミアシャイマーと電話で話した。ミアシャイマーとの会話の中で、今回の戦争は防げたのか(the current war could have been prevented)、ロシアを帝国主義的大国と考えることができるのか(whether it makes sense to think of Russia as an imperial power)、プーティンのウクライナに対する最終的な計画(Putin’s ultimate plans for Ukraine)などについて、長さと分かりやすさを重視して編集したものとなっている。

コテイナー:現在のロシアとウクライナの状況を見て、世界はどうしてこうなったのだと考えるか?

ミアシャイマー:2008年4月、ルーマニアのブカレストで開催されたNATOサミットで、NATOはウクライナとグルジアをNATOの一部にするだろうという声明を発表したのが、この問題の始まりだと考える。ロシアは当時、これを存亡に関わる危機(existential threat)と見なし、越えてはならない一線を明確に設定した。それでも、時間の経過とともに何が起こったかと言うと、ウクライナをロシアとの国境の西側の防波堤(bulwark)にするために、ウクライナを西側に入れるという方向に進んだ。もちろん、これにはNATOの拡大だけではない。NATOの拡大は戦略の中心ですが、EUの拡大も含まれるし、ウクライナを親米の自由主義民主政治体制国家(pro-American liberal democracy)に変える(turning)ことも含まれ、ロシアから見れば、これは存亡に関わる危機なのだ。

コテイナー:あなたは、「ウクライナを親米的な自由民主主義国家に変えること」と述べた。私は、アメリカがある場所を自由主義民主政治体制国家に「変える」ということに(“turning” places into liberal democracies)、あまり信頼や信用を置いていない。アメリカがそのようなことは実施するのは難しいと考えている。ウクライナが、ウクライナの人々が実際に本心から、親米的な自由民主主義国家に住みたいと言ったらどうするのか?

ミアシャイマー:ウクライナが親米的な自由主義的民主政治体制国家になり、NATOに加盟し、EUに加盟すれば、ロシアはそれを断固として容認しないだろう。もしNATOの拡大やEUの拡大がなく、ウクライナが単に自由主義的民主政治体制国家となり、アメリカや西側諸国と一般的に友好的であれば、おそらくそれで済ませることができるだろう。ここでは、3つの戦略が存在することを理解する必要がある。EUの拡大、NATOの拡大、そしてウクライナを親米的な自由主義的民主政治体制国家にすることだ。

コテイナー:NATOは誰を受け入れるかを決めることができる。しかし、2014年には多くのウクライナ人がヨーロッパの一部とみなされることを望んでいるように見受けられた。自由主義的民主政治体制国家になれないと言うことは、ほとんどある種の帝国主義(imperialism)のように思われる。

ミアシャイマー:それは帝国主義ではなく、大国間政治(great-power politics)だ。ウクライナのような国が、ロシアのような大国の隣に住んでいる場合、ロシアが何を考えているのか、注意深く観察しなければならない。棒で相手の目を突けば報復されるだろう。西半球の国々は、アメリカに関して、このことを十分に理解している。

コテイナー:本質的にモンロー・ドクトリン(Monroe Doctrine)だ。

ミアシャイマー:もちろんだ。西半球には遠い大国が軍隊を持ち込むことをアメリカから許されるような国は存在しない。

コテイナー:そうだ。しかし、西半球の国々(その多くは民主政治体制国家)が自分たちの外交政策を決めることをアメリカは許さないというのは、それが良いとも悪いとも言えるが、それは帝国主義ではないのか?私たちは本質的に、民主政治体制国家がどのように政策を決定し実施するかについて、アメリカに対してある種の発言権を持っていると私は考える。

ミアシャイマー:私たちが言えることは、冷戦時代には民主的に選ばれた西半球の国々の指導者たちをその政策に不満があるからということでアメリカが倒したことがある。これが大国の行動なのだ。

コテイナー:もちろん、アメリカはそのようなことを行った。しかし、そのような行動をするべきなのかについて私は疑念を持っている。外交政策について考える時、アメリカもロシアもそのような行動をしない世界を作ろうと考えるべきなのだろうか?

ミアシャイマー:それは世界が機能する方法ではない。そのような世界を作ろうとすると、アメリカが一極集中時代(unipolar moment)に追求した悲惨な政策に行き着く。私たちは自由主義的民主政治体制を構築するために世界中に手を出した。もちろん、主な対象は中東たったが、それがどれほどうまくいったかあなたは知っているはずだ。知っての通り、あまりうまくはいかなかった。

コテイナー:第二次世界大戦後の75年間、あるいは冷戦終結後の30年間のアメリカの中東政策は、中東に自由主義的民主政治体制国家を作ることだったと言い難いと私は考える。

ミアシャイマー:一極集中時代のブッシュ・ドクトリンがそうだったと思う。

コテイナー:イラクでそうだった。しかし、パレスチナ自治区やサウジアラビア、エジプト、その他の場所ではそうではなかったはずだが?

ミアシャイマー:いや、そうではない。サウジアラビアもエジプトではそうではなかった。そもそもブッシュ・ドクトリンでは、イラクで自由主義的民主政治体制を実現できれば、それがドミノ効果(domino effect)を起こして、シリアやイラン、ひいてはサウジアラビアやエジプトといった国々が民主政治体制に転換すると考えていた。それがブッシュ・ドクトリンの基本的な考え方だった。ブッシュ・ドクトリンは、イラクを民主化するためだけに作られたわけではない。もっと壮大な構想(grander scheme)があった。

コテイナー:ブッシュ政権の責任者たちが、どれだけ中東を民主政治体制国家の集まりにしたかったのか、本当にそうなると思っていたのかは、議論の余地がある。私の考えでは、サウジアラビアを民主政治体制に転換しようという実際の熱意はほぼなかったということだ。

ミアシャイマー:そうだ、サウジアラビアに焦点を当てるというのは、あなたの立場からすると、容易な事例だと思う。サウジアラビアは石油のために私たちに対して大きな影響力を持っており、民主政治体制国家ではないことは確かだ。しかし、当時のブッシュ・ドクトリンは、中東を民主化できるという信念に基づいている。一朝一夕にはいかないかもしれないが、いずれは実現するはずだ。これがブッシュ・ドクトリンの基本信念だ。

コテイナー:私が言いたいのは「行動は言葉よりも雄弁である(actions speak louder than words)」ということだ。ブッシュの華々しい演説がどうであれ、アメリカの最近の歴史のどの時点でも、世界中の自由主義的民主政治体制を保証しようとする政策が取られてきたとは思えない。

ミアシャイマー:一極集中の時代にアメリカが取った行動と、これまでの歴史の中でアメリカが取った行動には大きな違いがある。アメリカの外交政策について、広範な歴史の流れの中であなたは語るが、その大きな流れについて私はあなたに同意する。しかし、一極集中の時期は、非常に特殊な時期だった。一極集中の時代、私たちは民主政治体制を広めることに深く関与していたと思う。

ウクライナについては、2014年まで、ロシアを封じ込める(containing Russia)ための政策としてNATOの拡大やEUの拡大を想定していなかったことを理解することが非常に重要だ。2014年2月22日以前、誰もロシアが脅威だとは本気で思っていなかった。NATOの拡大、EUの拡大、ウクライナやグルジアなどを自由主義的民主政治体制国にすることは、ヨーロッパ全域に広がる、東ヨーロッパと西ヨーロッパを含む巨大な平和地帯を作るためのものだった。ロシアを封じ込めることが目的ではなかった。しかし、このような大きな危機が発生し、私たちは責任を負わなければならなくなった。もちろん、私たちは自分たちを責めるつもりなど微塵もなく、ロシアだけを責めるつもりだった。そこで私たちは、ロシアが東欧への侵略を企んでいるというストーリーを作り上げた。プーティンは大ロシア、あるいはソヴィエト連邦の再興に関心を持っているというストーリーを作り上げた。

コテイナー:その時期とクリミア併合について話を移そう。古い記事を読んでいたら、「欧米の通説では、ウクライナ危機はほぼ全面的にロシアの侵略のせいとされている」とあなたは書いていた。「ロシアのプーティン大統領は、ソヴィエト帝国を復活させたいという長年の願望からクリミアを併合し、いずれはウクライナの他の地域や東欧諸国を狙うかもしれない」というのが通説だ。そして、あなたは「しかし、この説明は間違っている」と述べた。ここ数週間の出来事で、通説が思ったより真実に近かったと思うことはないか?

ミアシャイマー:いや、私は正しかったと考えている。2014年2月22日以前は、彼が侵略者だとは思っていなかったという証拠は明らかにあると思う。これは、私たちが彼を非難するために捏造した話なのだ。私の主張は、西側、特にアメリカがこうした厄災の主な原因であるということだ。しかし、アメリカの政策立案者は誰も、そしてアメリカの外交政策の確立者のほとんど誰も、その論旨を認めようとはせず、ロシアに責任があると言うだろう。

コテイナー:あなたはそれでロシアが併合して侵攻したと言うのか?

ミアシャイマー:その通りだ。

コテイナー:その論稿に非常に関心を持った。それは論稿の中で、プーティンがいずれウクライナの他の地域や東欧諸国を狙うかもしれないという考え方は間違っているとあなたが書いていたからだ。現在、プーティンはウクライナの他の地域を狙っているようだが、その当時は分からなかったとしても、後から考えると、その主張の方が正しいかもしれないと考えるか?

ミアシャイマー:ウクライナの他の地域を狙うというのは、細かいことを言うようだが、ウクライナ全土を征服し、バルト三国に目を向け、大ロシアやソ連の再興を目指すことを意味する。それが本当だという証拠は今のところ見当たらない。現在進行中の紛争の地図を見ても、彼が何をしようとしているのか、正確に把握することは困難だ。ドンバス地方を占領し、ドンバスを2つの独立国か1つの大きな独立国にするつもりであることは明らかなようだが、その先どうするつもりなのかは不明だ。つまり、プーティンはウクライナ西部には手を出さないように見える。

コテイナー:プーティンの爆弾が実際に降っているではないか?

ミアシャイマー:しかし、それは重要な問題ではない。重要な問題は以下の通りだ。「どの領土を征服し、どの領土に固執するのか?」というものだ。先日、クリミアから出てきた部隊がどうなるかについてある人と話したのだが、その人は、彼らは西に回ってオデッサを取ると考えると言っていた。最近、別の人と話したら、それはないだろうと言っていた。何が起こるかを分かることがあるだろうか? いや、何が起こるかは誰にも分からない。

コテイナー:プーティンがキエフを狙っているとは考えないか?

ミアシャイマー:いや、私はプーティンがキエフに侵攻意図を持っているとは考えない。彼は少なくともドンバスを、そしておそらく更にウクライナ東部の領土を奪おうと考えている。そして2つ目は、キエフに親ロシア政府、つまりモスクワの利益に同調する政府を設置しようと考えているだろう。

コテイナー:あなたはキエフを手に入れることに興味はないと私に言ったのではないか?

ミアシャイマー:いや、プーティンは体制転換(regime change)のためにキエフを手に入れることに興味があるということだ。分かるだろうか?

コテイナー:何がどう違うのか?

ミアシャイマー:キエフを永続的に征服することはないということだ。

コテイナー:ロシアに友好的な政府が樹立され、プーティンは何らかの発言権を持つということか?

ミアシャイマー:その通り。しかし、それはキエフを征服して保持することとは根本的に異なることを理解することが重要だ。私の言っている内容を理解できるか?

コテイナー:帝国の領地では、たとえ本国が実質的に支配していても、ある種の人物が形式的に王位に就いていることは、誰しも考えることではないか? そのような場所は征服されていることになるではないか?

ミアシャイマー:「帝国」という言葉の使い方に問題がある。この問題を帝国主義という観点から語る人がいることを私は承知していない。これは大国間政治であり、ロシアが望んでいるのは、ロシアの利益に同調するキエフの政権だ。最終的には、ロシアは中立的なウクライナと共存することを望んでおり、モスクワがキエフの政府を全面的に支配する必要はないと考える。親米的でなく中立的な政権を望んでいるだけかもしれないのだ。

コテイナー:「誰も帝国主義として語らない」とあなたは述べた。しかし、プーティンの演説では、特に「旧ロシア帝国の領土(territory of the former Russian Empire)」に言及し、それを失うことを嘆いている。プーティンが帝国主義について話しているではないか?

ミアシャイマー:あなたの発言内容は間違っていると考える。なぜなら、西側諸国のほとんどの人がそうしているように、あなたはプーティンの演説原稿の前半からのみ引用しているからだ。彼は「ソヴィエト連邦を恋しく思わない者は心がない(Whoever does not miss the Soviet Union has no heart)」と述べた。そしてその後で、「それを取り戻したいと思う者は考えが足りない(Whoever wants it back has no brain)」と続けたのだ。

コテイナー:プーティンはウクライナが本質的にでっち上げの国家(essentially a made-up nation)だと述べ、そして現在侵略しているように見える。そうではないか?

ミアシャイマー:分かった。それでは、この2つの出来事を合わせて、その意味を私に教えて欲しい。私はよく理解できないのだ。プーティンはウクライナがでっち上げだと確信している。私は彼に、「全ての国家はでっち上げである」と指摘したい。ナショナリズムを勉強している学者や学生たちなら誰でもそう言うはずだ。私たちは国家のアイデンティティという概念を作り上げた。あらゆる種類の神話(myths)で構成されている。だから、ウクライナについては、アメリカやドイツについてそうであるように、プーティンが正しいのだ。もっと重要なのは、ウクライナを征服して、大ロシアや旧ソヴィエト連邦の再興に組み込むことはできないということをプーティンが理解しているということだ。彼にはそれが不可能だ。プーティンがウクライナで行っていることは、大ロシアや旧ソ連の再興とは根本的に異なっている。彼は明らかにいくつかの領土を切り取っている。2014年にクリミアで起きたことに加え、ウクライナから領土を奪おうとしている。更に言えば、彼は間違いなく体制転換(regime change)に関心を持っている。その先に何があるのかは、彼がウクライナ全土を征服するつもりがないことを除けば、はっきりとしたことは言えない。そんなことをしようものなら、プーティンは極めて深刻な失態を犯すことになるだろう。

コテイナー:もしプーティンが大ロシアや旧ソ連の再興を試みようとしたら、私たちが目撃した事柄についての分析内容も変化すると考えているか?

ミアシャイマー:全くその通りだ。私の主張は、プーティンはソヴィエト連邦の再興や大ロシアを築こうとはしていない、ウクライナを征服してロシアに統合しようとはしていない、というものだ。プーティンは非常に攻撃的で、このウクライナの危機の主な原因は彼にあるというストーリーを私たちが作り出したということを理解することが非常に重要だ。アメリカや西側諸国の外交政策当局が作り出した議論は、プーティンが大ロシアや旧ソヴィエト連邦の再興に関心を抱いているという主張を中心に展開されている。ウクライナを征服し終えたら、バルト三国に目を向けるだろうと考えている人たちがいる。彼はバルト三国には向かわないだろう。まずもって、バルト三国はNATOのメンバーなのだから。

コテイナー:それは良いことか?

ミアシャイマー:そうではない。

コテイナー:あなたはNATOの一部だから侵攻しないということを理由の一つとして挙げている。しかし、ウクライナはNATOに加盟してはいけないとも述べているが?

ミアシャイマー:その通りだ。しかし、この2つは全く異なる問題だ。なぜこの2つを結びつけるのか分からない。私がNATOに加盟すべきだと考えることと、実際に加盟しているかどうかとは無関係だ。バルト三国はNATOに加盟している。北大西洋条約第5条で保証されている、それが全てだ。更に言えば、プーティンはバルト三国を征服することに関心があるという証拠を示したことはない。また、実際、彼はウクライナを征服することに関心があるという証拠を示したことはない。

コテイナー:プーティンが復活させたいのは、ソ連より前にあったロシア帝国のように思える。彼はソ連にとても批判的なようだが?

ミアシャイマー:どうだろうか、プーティンが旧ソ連に対して批判的かどうかは分からない。

コテイナー:プーティンは昨年書いた重要な論稿でもそう言ったし、最近の演説でもそう述べたが、ウクライナなどのソヴィエト共和国にある程度の自治を認めたことを本質的にソ連の政策の失敗だと述べている。

ミアシャイマー:しかし、私が以前にあなたにお知らせしたように、プーティンは「ソヴィエト連邦を恋しく思わない者は心がない」とも語っている。今の話とは少し矛盾している。つまり、プーティンは事実上、ソ連を恋しがっていると言っている訳だが? 彼はそう言っているのだ。ここで言っているのは、彼の外交政策だ。自問自答しなければならないのは、ウクライナにその能力があると考えるかどうかです。ウクライナはテキサスより小さなGNPしかない国だと分かっているはずだ。

コテイナー:国家というものは常々能力のないことをやろうとするものだ。「アメリカがイラクの電力システムをすぐに使えるようにできるなんて誰が思うんだ、アメリカ国内にだって同じような問題が山積しているのに?」とあなたは言うかもしれない。その通りだ。しかし、それでも私たちはそれができると考え、実行しようとして、失敗したのだ。そうではないか? ヴェトナム戦争でアメリカはやりたいことができなかった。それが、様々な戦争をしない理由だとあなたは言うだろうし、私もそう考える。しかし、だからと言って、私たちの能力について正しかった、もしくは合理的だったということにはならない。

私が言っているのは、ロシアの潜在的な力、つまり経済力の大きさについてだ。軍事力は経済力の上に成り立っている。本当に強力な軍隊を作るには経済的な基盤が必要だ。ウクライナやバルト諸国を征服し、東欧に旧ソ連や旧ソ連帝国を再興するには、大規模な軍隊が必要であり、それには現代のロシアが持っていない経済的基盤が必要となる。それでもロシアがヨーロッパの地域覇権(regional hegemony)を握ることを恐れる理由はない。ロシアはアメリカにとって深刻な脅威ではない。しかし、私たちは国際システムにおいて深刻な脅威に直面している。私たちは、同世代の競争相手に直面している。それは中国である。東欧における私たちの政策は、今日私たちが直面している最も危険な脅威に対処する私たちの能力を損なっている。

コテイナー:今、ウクライナに対してどのような政策を取るべきだと考えるか? また、中国政策が損なわれるようなことをしているのではないかという懸念はないだろうか?

ミアシャイマー:第一に、ヨーロッパから中国にレーザーのような方法で対処するための軸足を移すべきだろう。そして第二に、ロシアとの友好的な関係を構築するために時間をかけて取り組むべきだ。ロシアは中国に対する均衡連合(balancing coalition)の一員となる。中国、ロシア、アメリカという3つの大国が存在し、そのうちの1つである中国が同党の競争者となる世界において、アメリカが望むことは、ロシアを味方につけることだ。しかし、私たちが東欧で行った愚かな政策は、ロシアを中国の側に引き入れさせることになってしまった。これは力の均衡政治学入門のレッスンに反するものだ。

コテイナー:2006年に『ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス』誌に掲載された、イスラエル・ロビーについてのあなたの記事を読み返してみた。あなたはパレスチナ問題について書いていたが、私はその内容に非常に同意する。「ここには道徳的な側面もある。アメリカ国内でのロビー活動のおかげで、占領地におけるイスラエルの占領政策を事実上容認することになり、結果としてパレスチナ人に対して行われた犯罪にアメリカが加担することになってしまった」とあなたは書いている。あなたは自分を道徳について語らないタフで堅苦しい老人のように思っているよう見える。私には、ここに道徳的な側面があることをあなたが示唆しているように思えた。現在ウクライナで起きていることに道徳的な側面があるとすれば、それについてはどう考えるか?

ミアシャイマー:国際政治におけるほとんど全ての問題には、戦略的な側面と道徳的な側面があると考える。その道徳的な側面と戦略的な側面が一直線に並ぶこともあると思う。つまり、1941年から1945年までナチスドイツのことを考えれば、理解できると思う。一方、戦略的に正しいことをしても道徳的に間違っているような、それらの矢印が反対方向を向いている場面もある。ナチスドイツと戦うためにソ連と同盟を結んだことは、それは戦略的には賢明な方策だったが、道徳的には間違った方策だったと私は考える。しかし、戦略的に仕方がないからそうするしかなかったのだ。言い換えれば、私があなたに言いたいのは、いざとなれば、戦略的配慮が道徳的配慮を圧倒するということだ。理想的な世界では、ウクライナ人が自分たちの政治体制を自由に選択し、自分たちの外交政策を選択することができれば素晴らしいことではあるのだが。

しかし、現実の世界では、それは不可能なことなのだ。ロシア人が自分たちに何を求めているのかに真剣に耳を傾けることがウクライナ人にとっての国益となるのだ。もし、根本的なところでロシアを疎外するようなことがあれば、大変なリスクを負うことになる。ウクライナがアメリカや西ヨーロッパの同盟諸国と協調していることが、ロシアにとって存亡に関わる危機であるとロシア側が考えるなら、それはウクライナに甚大な損害を与えることになる。もちろん、現在まさにそれが起こっている。従って、私の主張は、ウクライナにとって戦略的に賢明な戦略は、西側諸国、特にアメリカとの緊密な関係を断ち、ロシアに迎合しようとすることである、ということだ。もしNATOを当方に拡大してウクライナを含めるという決定がなければ、クリミアとドンバスは現在もウクライナの一部であり、ウクライナでの戦争もなかっただろう。

コテイナー:その忠告は、今となってはちょっと現実的ではないと思われる。現地の状況から見て、ウクライナがロシアを何とかなだめる時間はまだあるだろうか?

ミアシャイマー:私は、ウクライナ人がロシア人とある種の共存関係(modus vivendi)を築ける可能性は十分にあると考える。それは、ロシア側は、ウクライナを占領してウクライナの政治を動かそうとすると、大きなトラブルを招くことに気付きつつあるからだ。

コテイナー:つまり、ウクライナを占領するのは大変なことになるということか?

ミアシャイマー:その通りだ。だから私は、ロシアが長期的にウクライナを占領するとは思えないと言ったのだ。しかし、はっきりさせておきたいのは、少なくともドンバスは占領するだろうし、できればウクライナの最東部をこれ以上占領しないだろうと言いたい。ロシア人は頭が良いので、ウクライナの全土占領を行うことはないと考える。

(貼り付け終わり)

(終わり)


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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 今回はハーヴァード大学のスティーヴン・M・ウォルト教授による現在のウクライナ危機の原因を分析した論稿をご紹介する。この論稿を読むと、国際関係論の2つの潮流(リアリズムとリベラリズム)の違いと、リアリズムの大家であるウォルト教授がウクライナ危機をどのように分析しているかがよく分かる。

  リアリズムは国家を守ってくれる上位機関が存在しないこと(アナーキー[anarchy]と呼ぶ)、国家の目的は生存すること(国家体制の違いは考慮しない)、などの前提から施行を組み立てる。リベラリズムについて、ウォルトは「国家の行動は、主にその内部の特性と国家間のつながりの性質によって推進されると主張する。世界を「良い国家」(リベラルな価値観を体現する国家)と「悪い国家」(それ以外の多くの国家)に分け、紛争は主に独裁者や独裁者などの非自由主義的な指導者の攻撃的衝動から生じると主張する。リベラル派の解決策は、専制君主を倒し、民主政治体制、市場、制度を世界規模で拡大すること」と述べている。そして、リベラリズムを信奉する人々が欧米諸国の外交政策を担ったために、今回のウクライナの危機的な状況が生み出されたと主張している。

 EUNATOの東漸によって、ロシアは圧迫を感じていた。冷戦終結とはロシアから見れば、自分たちの敗北であった。国力も衰え、ソ連邦時代にロシアを取り囲んでソ連邦を形成していた各国が独立を果たした。東ヨーロッパでソ連の衛星国(satellite states)だった国々は次々とEUNATOに加盟していった。ロシアの行動原理は「不安感」と「被害者意識」だ。NATOの設立の経緯を考えれば、「NATOは自分たちを敵として見なしている国々の集まりだ、将来攻めてくるかもしれない」ということになる。それがどんどん自分たちの国境に近づいてくる。自分たちを包囲するかのように拡大してくる。冷戦が終わって、ソ連の脅威がなくなってもNATOが残り続けたのも良くなかったかもしれない。

 西側諸国にしてみれば、冷戦が終わって、デモクラシー、人権、法の支配など西洋的な価値観が勝利を収めて、それが世界中に拡大するのは素晴らしいこと、アメリカはそのために活動している素晴らしい国という単純思考で動いていた。しかし、一点矛盾点を挙げるならば、自分たちにとって重要なエネルギー源である石油を算出する国々がデモクラシーでなくても、人権が認められていなくても何も言わない。こうした国々でデモクラシーになれば、石油精製施設の国有化やアメリカへの輸出制限などが起きてしまう可能性がある。アメリカにとって西洋近代の価値観の押しつけはあくまで自分たちの気に入らない国々をひなするための道具に堕している。

 何とか火の手が上がらないように、戦争にならないように、人死にが出ないようにするためには、実質的にウクライナを中立国にするということで交渉をまとめるべきだった。しかし、もう手遅れだ。ウクライナはロシアの属国ということになる。そうならないために交渉することも出来たがそれはもう手遅れだ。今はまず戦争が早く集結すること、戦後処理で犠牲者が多く出ないこと、ウクライナが国として立ちゆくことが優先されるべきことだ。

 今回、西側諸国は言葉だけは激しく、立派なことばかりだったが、ウクライナを実質的に助けるために、何もしていない。簡単に言えば、見捨て只の。「EUNATOに入れてなくて良かったなぁ、もしメンバー国だったら助けに行かなくてはいけないところだった」が、本音であろう。何と冷たくて嫌らしいということになるが、それが国際政治、大国間政治ということになる。人間とは愚かな生き物だ。

(貼り付けはじめ)

リベラル派の幻想がウクライナ危機を引き起こした(Illusions Caused the Ukraine Crisis

-ロシアによる侵略の最大の悲劇はそれを避けることがいかに容易であったかである。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年1月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/01/19/ukraine-russia-nato-crisis-liberal-illusions/

ウクライナ国内の状況は悪い。更に悪化している。ロシアは侵略の構えを見せており、NATOが決して東方へ拡大しないという厳格な保証を要求している。交渉はうまくいっていないようで、アメリカとNATOの同盟諸国は、ロシアが侵攻に踏み切った場合、どのように代償を払わせるかを考え始めている。戦争になれば、ウクライナ市民をはじめ、関係者に多大な影響を与えることになる。

大きな悲劇は、この事件全体が回避可能であったことだ。アメリカとヨーロッパの同盟諸国が傲慢、希望的観測、リベラルな理想主義(idealism)に屈せず、リアリズム(realism)の核心的な洞察に依拠していれば、現在の危機は発生しなかったであろう。実際、ロシアがクリミアを占領することはなかっただろうし、ウクライナは今日、より安全な場所になっていたはずだ。世界は、欠陥のある世界政治に関する理論に依存したために高い代償を払っているのだ。

最も基本的なレベルでは、戦争が起こるのは、国家を保護し、国家がそうすることを選択した場合に戦いを止めることのできる機構や中央機関が存在しないからだという認識から始まる。戦争が常に起こりうるものである以上、国家は力を競い合い、時には武力を行使して自らをより安全に、あるいは他国に対して優位に立とうとする。国家は、他国が将来何をするか確実に知ることはできない。そのため、国家は互いに信用することに躊躇し、将来、他の強力な国家が自分たちに危害を加えようとする可能性を弱めることを促すのだ。

リベラリズム(liberalism)は世界政治を違った角度から見ている。リベラリズムは、全ての大国が多かれ少なかれ同じ問題、つまり、戦争が常に起こりうる世界で安全を確保する必要性に直面していると考える代わりに、国家の行動は、主にその内部の特性と国家間のつながりの性質によって推進されると主張する。世界を「良い国家」(リベラルな価値観を体現する国家)と「悪い国家」(それ以外の多くの国家)に分け、紛争は主に独裁者や独裁者などの非自由主義的な指導者の攻撃的衝動から生じると主張する。リベラル派の解決策は、専制君主を倒し、民主政治体制、市場、制度を世界規模で拡大することだ。民主体制国家は、特に貿易、投資、合意された一連のルールによって結びついている場合は、互いに争わないという信念に基づいている。

冷戦後、西側諸国のエリートたちは、リアリズムはもはや無意味であり、リベラリズムの理想が外交政策の指針となるべきであると結論づけた。ハーヴァード大学のスタンリー・ホフマン教授が1993年に『ニューヨーク・タイムズ』紙のトーマス・フリードマンに語ったように、リアリズムは「今日ではまったくナンセンス」なのだ。アメリカとヨーロッパの政府当局者たちは、自由民主政治体制、開放市場、法の支配、その他の自由主義的価値が急速に拡大し、世界的な自由主義的秩序が手の届くところにあると信じていた。1992年に当時の大統領選挙候補者であったビル・クリントンが語ったように、「純粋なパワー・ポリティクスのシニカルな計算」は現代世界には存在せず、出現しつつある自由主義秩序は何十年にもわたって民主的平和をもたらすとリベラル派は考えていた。世界の国々は、権力と安全保障を競い合う代わりに、ますます開かれた、調和のとれたルールに基づく自由主義秩序、すなわち米国の慈悲深い力によって形成され守られた秩序の中で、豊かになることに集中するだろうということであった。

もしこのバラ色のビジョンが正確であれば、ロシアの伝統的な影響圏(sphere of influence)に民主政治体制を拡散し、アメリカの安全保障を拡大することは、ほとんどリスクを伴わないものとなっただろう。しかし、優れたリアリストなら誰でも言うことだが、そのような結果などはありえないのだ。実際、拡大反対派は、ロシアがNATO拡大を脅威とみなすことは必至であり、拡大が進めばモスクワとの関係が悪化すると警告していた。だから、外交官のジョージ・ケナン、作家のマイケル・マンデルバウム、ウィリアム・ペリー元国防長官など、米国の著名な専門家たちは、最初から拡大に反対していた。ストローブ・タルボット国務副長官やキッシンジャー元国務長官も当初は同じ理由で反対していたが、後に立場を変えて拡大派に転じた。

拡大賛成派は、東ヨーロッパや中央ヨーロッパの新しい民主政治体制国家群の民主政体を確立する(consolidate)こと、そして全ヨーロッパに「広大な平和地帯」を作ることができると主張し、議論に勝利した。彼らの考えでは、NATOの新規加盟国が同盟にとってほとんど、あるいはまったく軍事的価値がなく、防衛が困難であろうとも問題ではなく、平和は非常に強固で永続的であり、それらの新規加盟国を守るという誓約は口先だけのことで、守る必要などないと考えられた。

モスクワはポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟を容認せざるを得なかった。しかし、NTOの拡大が推進される間に、ロシアの懸念は高まっていった。1990年2月、当時のジェイムズ・ベイカー米国務長官がソ連のゴルバチョフ書記長に対して、もしドイツがNATO内で統一することを許されるなら、同盟は「1インチも東進しない」と口約束した。ゴルバチョフがこの口約束を文書化しなかったことは愚かなことだった。ベイカーと関係者たちはこうした主張に異議を唱え、ベイカーは正式に約束をしたことはないと否定している。2003年にアメリカが国際法を無視した形でイラクに侵攻し、2011年にオバマ政権が国連安保理決議1973号で与えられた権限を大きく逸脱して、リビアの指導者ムアンマル・カダフィを追放したことで、ロシアの疑念はさらに強まった。ロシアはこの決議の採決で棄権したため、ロバート・ゲイツ元米国防長官は後に「ロシアは自分たちがコケにされたと感じた(the Russians felt they had been played for suckers)」とコメントしている。このような経緯から、モスクワが文書による保証にこだわるようになったのである。

アメリカの政策立案者たちがアメリカの歴史と地理的な感覚を振り返ったならば、拡大がロシアのカウンターパートたちにどのように映ってきたかを理解できたはずである。ジャーナリストのピーター・ベイナートが最近指摘したように、アメリカは西半球を他の大国が立ち入れないようにすると繰り返し宣言し、その宣言を実現するために何度も武力で脅し、実際に武力を行使してきた。例えば、冷戦時代、レーガン政権はニカラグア(ニューヨーク市より人口の少ない国)の革命に危機感を抱き、反政府軍を組織して社会主義のサンディニスタ政権を打倒しようとした。アメリカ人がニカラグアのような小さな国をそこまで心配するのなら、なぜロシアが世界最強の同盟であるNATOのロシア国境への着実な進行に対して深刻な懸念を抱くのか、理解するのはそれほど難しいことだったのだろうか? 大国が自国周辺の安全保障環境に極めて敏感であることは、リアリズムによって説明されるが、リベラルな拡大政策の立案者たちは、このことを理解できなかったのである。これは、戦略的に重大な結果をもたらす、共感(empathy)を欠いたことによる重大な失敗であった。

NATOは、「拡大は自由で強制などされないプロセスであり、加盟基準を満たした国であればどの国でも加盟できる」と繰り返し主張していることがこの誤りをさらに大きくしている。ところで、この主張はNATO条約に書かれていることとは全く異なる。NATO条約第10条には次のように書かれているだけだ。「締約国は、全会一致の合意により、この条約の原則を推進し、北大西洋地域の安全保障に貢献する立場にある他のヨーロッパ諸国に対し、この条約に加盟するよう要請することができる」。ここで書かれているキーワードは「できる」である。NATOに加盟する権利を持つ国はなく、加盟することで他の加盟国の安全が損なわれる場合はなおさらである。詳細は置いておいて、この目標を屋上から叫ぶのは無謀であり、不必要なことであった。どんな軍事同盟も、既存の締約国が同意すれば、新しい加盟国を組み込むことは可能であり、NATOは何度かそうしてきた。しかし、東方拡大への積極的かつ無制限の関与を公然と宣言することは、ロシアの恐怖をさらに増幅させるに違いないのである。

次の誤りは、2008年のブカレスト首脳会議で、ブッシュ政権がグルジアとウクライナをNATO加盟国に推薦したことである。元国安全保障会議スタッフのフィオナ・ヒルは最近になって、アメリカの情報機関がこの措置に反対していたにもかかわらず、当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領がその反対意見を無視した理由を明らかにした。ウクライナもグルジアも2008年の時点で加盟基準を満たすには程遠く、他のNATO加盟国も加盟に反対していたため、このタイミングは特におかしかった。その結果、NATOは両国の加盟を宣言したものの、その時期については明言しないという、イギリスが仲介した不明瞭な妥協案の通りとなった。政治学者のサミュエル・チャラップは次のように述べている。「この宣言は最悪のものだった。ウクライナとグルジアの安全保障を高めることはなかった上に、NATOが両国の加入を決めているというモスクワの見方が強まった。イヴォ・ダールダー元NATO担当米国大使が、2008年の決定をNATOの 「大罪(cardinal sin)」と評したのも当然のことだろう。

次に誤りが起きたのは2013年と2014年だった。ウクライナ経済が低迷する中、当時のヤヌコビッチ大統領は、経済支援を求めてEUとロシアの間で経済分野での綱引きを行うよう働きかけた。その後、ヤヌコビッチ大統領は、EUと交渉した加盟協定を拒否し、ロシアからのより有利な提案を受け入れたため、ユーロマイダン抗議運動が起こり、最終的に大統領は失脚することとなった。アメリカは、ヤヌコビッチの後継者選びに積極的に関与し、デモ隊を支持する姿勢を露骨に打ち出し、「西側が全面支援したカラー革命(Western-sponsored color revolution)」というロシアの懸念を一蹴した。しかし、欧米諸国の関係者は、ロシアがこの事態に異を唱えることはないのか、それを阻止するために何をするのか、全く考えなかったようだ。その結果、プーティン大統領はクリミアの占領を命じ、ウクライナ東部のロシア語圏の分離主義勢力を支援し、ロシアとウクライナ両国は凍結された紛争(frozen conflict)状態に陥り、現在に至っている。

西側世界では、NATOの拡大を支持し、ウクライナ危機についてプーティンだけに責任を負わせることが当然となっている。ロシアの指導者プーティンは同情に値しない。彼の抑圧的な国内政策、明白な腐敗、これまでつかれてきた多くの嘘、政権に危険を及ぼさないロシア人亡命者たちに対する複数の殺人が明白であり、プーティンは同情に値しない。また、ロシアは、ウクライナがソ連から引き継いだ核兵器を放棄する代わりに安全保障を提供するという1994年のブダペスト・メモを踏みにじっている。クリミアの不法占拠によって、ウクライナやヨーロッパの世論はモスクワに対して大きな反感を持つようになった。ロシアがNATOの拡大を懸念するのは当然として、近隣諸国がロシアを懸念する理由も十分に存在するのである。

しかし、ウクライナ危機はプーティンだけの責任ではないし、プーティンの行動や性格に対する道徳的な怒りは戦略にはなり得ない。また、制裁を強化しても、プーティンが欧米諸国の要求に屈することはないだろう。しかし、プーティンが旧ソ連を懐かしむ冷酷な独裁者だからウクライナを確保したいと考えているのではなく、ウクライナの地政学的配置はロシアにとって重要な利益であり、それを守るために武力行使も辞さないということをアメリカと同盟諸国は認識しなければならない。大国は国境に接する地政学上の勢力に無関心ではいられないし、ロシアは仮に別の人物が政権を取ったとしてもウクライナをめぐる情勢に大きな関心を持つはずだ。この基本的な現実を欧米諸国が受け入れないことが、今日の世界を混乱に陥れた大きな原因なのだ。

言い換えるならば、プーティンは銃口を突きつけて大きな譲歩を引き出そうとして、この問題をより難しいものにしている。たとえプーティンの要求が完全に合理的であったとしても(合理的でないものもあるが)、アメリカと他のNATO諸国には、彼の脅迫的な試みに抵抗する正当な理由が存在する。繰り返しになるが、リアリズムがその理由を理解する助けになる。全ての国家が最終的に独立している世界では、脅迫される余地があることを示すと、脅迫者は新たな要求をするようになるかもしれないのだ。

この問題を回避するためには、この交渉を「恫喝(blackmail)」から「相互牽制(mutual backscratching)」に変えていかなければならない。論理は簡潔だ。あなたが私を脅すなら、私はあなたの望むものを与えたくない。なぜなら、それは不安な前例となり、あなたが同様の要求を繰り返したり、エスカレートさせたりするよう誘惑するかもしれないからだ。しかし、もしあなたが私に同じように欲しいものをくれるなら、私はあなたが欲しいものをあげるかもしれない。あなたが私の背中を掻くなら、私もあなたの背中を掻く。このような前例を作ることは何も悪いことではない。実際、これは全ての自発的な経済交換の基礎となっている。

バイデン政権は、ミサイル配備などの二次的な問題について互恵的な合意を提案し、将来のNATO拡大の問題をテーブルから取り除こうとしているように見える。私はウェンディ・シャーマン米国務副長官の粘り強さ、洞察力、交渉力には敬意を表するが、このアプローチはうまくいかないと私は考える。その理由は何か? なぜなら、最終的にはウクライナの地政学的な配置がクレムリンにとって重要な利益であり、ロシアは具体的な何かを得ることにこだわるだろうからだ。バイデン米大統領はすでに、アメリカはウクライナを守るために戦争はしないと明言している。ロシアのすぐ隣にあるこの地域で戦争ができる、あるいはすべきだと考えている人々は、私たちがまだ1990年代のアメリカ一極の世界にいて、魅力的な軍事オプションをたくさん持っていると考えているようだ。

しかし、選択肢の少ないアメリカの交渉団は、ウクライナが将来的にNATOに加盟するオプションを保持することに固執しているようで、これこそモスクワがアメリカに放棄させたがっているものだ。アメリカとNATOが外交で解決しようとするならば、ロシアに対して本格的に譲歩しなければならないだろうし、望むようなものがすべて手に入るとは限らない。私は読者であるあなた方以上にこの状況を好まない。しかし、それがNATOを合理的な範囲を超えて不用意に拡大したことの代償なのだ。

この不幸な混乱を平和的に解決するための最善の方法は、ロシアと西側が最終的にキエフの忠誠を得るために争うことは、ウクライナにとって厄災であることをウクライナ国民とその指導者たちが認識することである。ウクライナは率先して、いかなる軍事同盟にも参加しない中立国(neutral state)として活動する意向を表明すべきなのだ。NATOに加盟せず、ロシア主導の集団安全保障条約機構にも参加しないことを正式に誓うべきだ。その場合でも、どの国とも自由に貿易を行い、どの国からの投資も歓迎し、外部からの干渉を受けずに自国の指導者を選ぶ自由があるはずだ。キエフが自らそのような行動を取れば、アメリカやNATOの同盟諸国はロシアの恫喝に屈したと非難されることはないだろう。

ウクライナ人にとって、ロシアの隣で中立国として生きることは、理想的な状況とは言い難い。しかし、その地理的位置からして、ウクライナにとっては現実的に期待できる最良の結果である。現状よりもはるかに優れていることは間違いない。1992年からNATOがウクライナの加盟を発表した2008年まで、ウクライナは事実上中立国であった。この間、ウクライナが深刻な侵略の危機に直面したことは一度もなかった。しかし、現在、ウクライナの大部分では反ロシア感情が高まっており、このような出口が見つかる可能性は低くなっている。

この全体として不幸な物語におけるもっとも悲劇的な要素はそれが回避可能だったということだ。しかし、アメリカの政策立案者たちがリベラルな傲慢さを抑え、リアリズムの不快ではあるが重要な教訓を十分に理解するまでは、今後も同様の危機につまずく可能性が高いだろう。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2021年5月29日に発売しました最新刊について、担当編集者からもっと頑張って宣伝するようにと発破をかけられました。出版社がどのような宣伝をしているのか全く分かりませんが、私はできることが限られておりますので、自分が利用している媒体を使ってお知らせをするしかできません。

ですので、ブログ記事の冒頭にてご紹介させていただくスタイルをしばらく継続いたします。「もう飽きたよ」「見づらい」という方には申し訳ありませんが、本が売れるかどうかは次の出版につながるかどうか、ということにも関連しますので、しつこくやります。また、ブログは無料で公開していますが、このスタイルが良いのか、宣伝媒体としての力がないのではないかと考える場合には閉鎖も含めて検討したいと思います。

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

  民主党進歩主義派(ポピュリズム派)を代表する4名の女性連邦下院議員たち(「スクアット(The Squad)」と呼ばれている)に対する非難決議案が連邦下院に提出された。この4名については拙著でも取り上げている。その理由は、アメリカとイスラエルをテロ組織タリバンとハマスと同列に並べるような発言をしたこと、テロ攻撃を擁護するかのような発言を行ったこととされている。提出したのはいずれも共和党所属の下院議員たちだ。
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左からAOC、プレスリー、オマル、タリーブ
 イスラエルに関してとなると、アメリカ政界では過剰とも言える反応が出る。それは、「イスラエル・ロビー(Israel Lobby)」と呼ばれる、親イスラエル系の組織や団体が資金や動員力を使って、アメリカの政治家たちを脅し上げているからだ。これによって、イスラエルが行う行為をアメリカが正当化するということになる。「反イスラエル」というレッテル貼りをされると、選挙では勝てない。また、ナチスと同じくらいに悪い人間ということにされる。

 アメリカ国内でも「Jストリート」のような穏健で、イスラエルに対しては是々非々の、手厳しい姿勢を取っている、ユダヤ系アメリカ人団体もあるが、全体としては、なんでもイスラエル擁護、イスラエル国内のユダヤ人たちよりも強硬な姿勢を取るユダヤ系アメリカ人たちが多くいる。

 ビビ・ネタニヤフ首相が退陣、ということが起き、イスラエルで政権交代が起きた。こうした時期に、連邦下院で、イスラエルに対して厳しい姿勢を取っているとされる議員たちに対する非難決議案が出されたというのは、これら2つの出来事は関連していると考えねばならない。中東和平、パレスチナ和平で、イスラエル・ロビーやイスラエル国内の強硬派を置き去りにして、アメリカが主導して何らかの妥協を行うことをけん制する目的があるのだろうと考えられる。

しかし、そもそもバイデン政権にとっての主要政策は、対中、対露政策であり、中東政策の重要性は下がっていると思われる。そのことにイスラエルは危機感を持っていることだろう。その危機感がアメリカ国内のイスラエル・ロビーに伝わり、連邦議員たちを動かしているという構図になっていると考えられる。

(貼り付けはじめ)

連邦下院共和党が「スクアッド」を非難する決議案を提出(House Republicans introduce resolution to censure the 'Squad'

マイケル・シューネル筆

2021年6月14日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/house/558280-house-republicans-introduce-resolution-to-censure-omar-ocasio-cortez-tlaib-and?fbclid=IwAR3zP3fqVrmT1SsKFY-Jj1foReDjFZa_ADKdiTCrjreuqwoEw8veizvQg3Y

共和党所属の連邦下院議員3名は月曜日、民主党所属の連邦下院議員であるイルハン・オマル(Ilhan Omar、ミネソタ州選出)、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio-Cortez、ニューヨーク州選出)、ラシダ・タリーブ(Rashida Tlaib、ミシガン州選出)、アヤンナ・プレスリー(Ayanna Pressley、マサチューセッツ州選出)に対する批判決議案を提出した。その理由は4名の議員たちは「テロリスト組織を擁護し、アメリカ各地での反ユダヤ攻撃を誘発した」というものだ。

決議案を提出したのは、マイク・ウォルツ(Mike Waltz、フロリダ州選出、共和党)、ジム・バンクス(Jim Banks、インディアナ州選出、共和党)、クラウディア・テニー(Claudia Tenney、ニューヨーク州選出、共和党)の3名だ。時に「ザ・スクアッド(The Squad 訳者註:部隊という意味)」と呼ばれる4名の議員たちは多くの事件を引き起こしている。最も最近批判を集めているのはオマルで、タリバンとハマスというテロ組織の戦争犯罪とアメリカとイスラエルの戦争犯罪を同列に並べた発言が攻撃を受けている。
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テニーとバンクス
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ウォルツ

決議案は更に、4名の下院議員がイスラエルを「アパルトヘイト国家(apartheid state)」と呼んだとし、タリブに関しては、イスラエル政府がパレスチナ人たちに対して「民族浄化(ethnic cleansing)」を行っていると発言したとしている。

ウォルツはプレスリリースの中で次のように述べている。「アメリカの緊密な同盟国であるイスラエルに対するハマスによるテロ攻撃を公の場で擁護し、危険な言葉遣いで全米各地での反ユダヤ攻撃を誘発している連邦議員たちの存在から目を背けることはできない」

バンクスも同様の声明を発表し、その中で、4名の議員たちは繰り返し、アメリカとアメリカに近い同盟諸国を侮辱してきた、と述べている。

最近、批判を浴びたのは、オマルが先週の連邦下院外交委員会での公聴会の席上、アントニー・ブリンケン国務長官に対して、アフガニスタンにおけるタリバンとアメリカ軍による犯罪についての国際刑事裁判所による捜査について質問した際に、ガザをめぐる紛争でのハマスとイスラエルについても同様の質問を行ったことだ。

オマルは、ブリンケンに対する質問の件についてヴィデオ撮影した弁明をツイートした。そして、次のようにツイートした。「人道に対する罪の被害者全てに対して説明責任と正義をもたらす必要がある。私たちは、アメリカ、ハマス、イスラエル、アフガニスタン、タリバンによる考えられないレヴェルの残虐行為を目撃している。私はブリンケン国務長官に対して、このような人々が正義を求めるためにはどこに向かうべきかという質問を行った」。

ソマリア難民のオマルは連邦議員に選ばれた最初のイスラム教徒女性2名のうちの1名である。オマルは、アメリカとイスラエルをテロ組織と同列に並べた発言をしたのではないということを明確にしようと努力を続けている。

オマルは声明の中で次のように述べた。「月曜日、私はアントニー・ブリンケン国務長官に対して、国際刑事裁判所によって現在も継続されている捜査について質問した。ここで明確にしておきたい。私たちの質疑応答は国際刑事裁判所が捜査している個別の事件についての説明責任についてであった。ハマスとタリバンとアメリカとイスラエルとの間の道徳上の比較を行うことが目的ではなかった」

オマルに対する批判が高まる中、先週、連邦下院議長ナンシー・ペロシ連邦下院議員(カリフォルニア州選出、民主党)と連邦下院民主党指導部は、稀なケースであるが、共同で声明を発表した。この声明は拡大していく論争と攻撃を鎮める目的を持っていた。しかし、声明では、「民主政治体制国家とテロリズムに関与する諸組織(ハマスとタリバン)を同列に扱うという過ちを犯し」、また、「偏見を助長し、平和と安全保障の未来に向かう進歩を損ねる」としている。

日曜日、ペロシはCNNの「ステイト・オブ・ザ・ユニオン」に出演し、ペロシは連邦下院民主党指導部に対して、オマルを「叱責しないように」求め、オマルは「連邦下院にとって重要なメンバー」であると発言した。

今年2月、別の非難決議案が民主党によって出され、この決議案は可決した。評決は党派のラインに沿って行われた。この決議によって、マージョリー・テイラー・グリーン連邦下院議員(ジョージア州選出、共和党)から連邦下院の各委員会からの排除が決定された。その理由は、グリーンが陰謀論と人種差別的な主張、民主党の政治家たちに対する暴力を支持してきたというものだった。

本誌はオマル、AOC、タリブ、プレスリーにコメントを求めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。

 

 「イスラエル・ロビー(Israel Lobby)」という言葉があります。これは、アメリカ国内で、イスラエルの有利になるように、アメリカ政治に影響を与えるロビー団体のことです。スティーヴン・ウォルトとジョン・ミアシャイマーという政治学の世界では著名な、トップ20に入る(異論はあると思いますが)二人が『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策<1・2>The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy)』という本を出版したのは2007年です。

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イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 1


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ウォルト(左)とミアシャイマー(右)

 アメリカではイスラエルを批判する政治家は選挙に落ちてしまう、それはイスラエル・ロビーが資金を含めて影響を与えているからだ、ということが言われています。これで、アメリカの対イスラエル政策がイスラエルの利益偏重になってしまっている、批判が出来ない状態になっている、ということになっています。イスラエル・ロビーには様々な団体が含まれていますが、代表的なものにアメリカ・イスラエル公共問題委員会(America Israel Public Affairs CommitteeAIPAC)と反名誉毀損連盟(Anti-Defamation LeagueADL)があります。

 

 最近もイスラエル・ロビーをめぐる動きがありました。民主党所属の新人連邦下院議員であるイルハン・オマル(ミネソタ州選出)の一連の発言が問題になりました。イルハン・オマルはソマリア難民として子供の頃にアメリカに移民してきた背景を持ちます。アメリカで大学を卒業し、栄養士の仕事をしながら政治の世界に入り、ミネソタ州下院議員を経て、2018年の中間選挙で当選して、連邦下院議員となりました。


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 イスラム教徒ということもあり、イスラエル・パレスティナ問題に関し、イスラエルに対して批判的な姿勢を取っており、これに対しての批判もありました。今年2月に、連邦下院少数党(共和党)院内総務ケヴィン・マッカーシーがオマルを攻撃したことから今回の問題が始まりました。

 

これに対して、オマルはパフ・ダディの楽曲の100ドル札に関する歌詞「それはベンジャミンズ・ベイビーについてだ(It's all about the Benjamins baby)」とツイッター上で書きました。また、オマルはまた、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)がイスラエルへの支持と引き換えに共和党に資金を提供している、とも述べました。

 

更に、オマルは「ある外国に対する忠誠心を推進する人々を許すこの国における政治的な影響力について話したい。全米ライフル協会、化石燃料を扱う産業、巨大な製薬会社の影響力について私が語ることは大丈夫なのに、諸政策に影響を与える強力なロビー活動グループについて語れないのはどうしてだろうか?」という発言を行いました。

 

 お金に絡めてユダヤ系を批判するというのは、「ユダヤ人がお金を遣って政治を歪めている」というステレオタイプ、偏見を助長することになります。

 

 オマルは一連の発言を謝罪しました。オマルの発言については、共和党側だけではなく、民主党内からも批判が出ました。

 

 オマルの発言を受けて、共和党側からオマルを名指しで非難し処罰しようとする動きが出てきました。これに対して、連邦下院民主党執行部は反ユダヤ主義をはじめとするさまざまな差別や攻撃を非難する決議を行うということで、オマル個人を非難させることなく決着を図るという選択をしました。これに対しても、反ユダヤ主義に対してだけの非難決議でないのはおかしい、という批判が出ていました。

 

 決議案は賛成407対反対23で可決されました。アメリカ連邦下院の総議員数は435で、民主党が235、共和党が199、欠員1という状況ですので、5名が棄権し、共和党所属の議員の大部分が賛成票を投じたということになります。連邦下院共和党執行部の議員たちは反対票を投じました。

 

 オマルの発言は軽率な部分がありました。しかし、イスラエルに対する批判、アメリカの対イスラエル政策に対する批判を、「反ユダヤ主義」という言葉で封じ込め、議論を一切できなくさせようという動きは健全なものではありません。「Jストリート」というユダヤ系団体は、選挙を経て選ばれた公務員がユダヤ人に対する偏見や先入観、敵意を助長するような発言をすることは許されないが、イスラエルに対する批判全てに対して、反ユダヤ主義というレッテル貼りをするのも許されないことだ、という内容の声明を発表しています。

 

 何でもかんでも反ユダヤ主義という言葉を使って過剰な攻撃を行うことで、政治家の口を封じてしまうことは、危険な行為ということになります。

 

(貼り付けはじめ)

 

民主党内部で争いがある中で連邦下院が反ヘイト決議を可決(House passes anti-hate measure amid Dem tensions

 

ジュリグレイス・ブルーフケ筆

2019年3月7日

『ザ・ヒル』誌

 

https://thehill.com/homenews/house/433085-house-passes-anti-hate-measure-after-tensions-flare

 

連邦下院は木曜日、反ユダヤ主義(anti-Semitism)とその他のヘイト(嫌悪)を幅広く非難する決議を可決した。イルハン・オマル(Ilhan Omar、1981年―)連邦下院議員(ミネソタ州選出、民主党)の発言が民主党内で激しい議論を巻き起こした。その底流には民主党内部の諸勢力間の緊張がある。こうした中で決議は可決された。

 

「反ユダヤ主義、イスラム教嫌悪(Islamophobia)、人種差別(racism)、その他の偏見(bigotry)」を非難する決議は連邦下院で、賛成407、反対23という結果で、大差で可決された。

 

リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)は連邦下院共和党序列第3位の幹部で、その他の20名以上の共和党所属議員と共に決議に反対票を投じた。リー・ゼルディン連邦下院議員(ニューヨーク州選出、共和党)とルイ・ゴウメート連邦下院議員(テキサス州選出、共和党)も共に反対票を投じた。ゼルディン、ゴウメート両議員は議場での演説の中で、決議案の文面は、オマルの発言に対する注意を喚起すべきという重要難点が骨抜きにされている、と批判した。

 

今週初めに予定されていた決議案の採決は遅延された。これは、民主党側が決議の中に何を含むかということで、内部で争いが起きたからだ。木曜日午後ギリギリまで小さな変更点がいくつも加えられた。

 

オマルの発言に関して争いが激化する中で、連邦下院は決議案を可決した。オマルの一連の発言は反ユダヤ主義的だと批判された。それは、オマルの一連の発言が、イスラエルを擁護している人々はアメリカよりもイスラエルにより忠誠を誓っているのではないかという疑問を呈しているように解釈できたからだ。

 

連邦下院が可決した決議には、新人議員であるオマルの名前が明記されることはなかった。

 

オマルを批判する人々は決議の中にオマルの名前を直接明記すべきだと主張しているが、進歩主義派と各マイノリティ議連の幹部議員たちは今週になってオマルを支援するようになった。オマルへの支援者たちは、オマルだけを選び出すという提案を退け、その他の偏見の方委への非難を含むように内容を拡大するように訴えた。

 

決議案の最終版は「公職にある者全てが、反ユダヤ主義、イスラム教嫌悪、人種差別、その他の偏見の現実、これらに対する歴史的な戦いを直視し、アメリカ合衆国は、独立宣言とアメリ合衆国憲法修正第1条と第14条が具現化している、寛容、宗教的自由、平等の保護の卓越した諸原理に基づいて構成されることを確実なものとするように促進する」というものになった。

 

決議案には、第二次世界戦中の日系アメリカ人の強制収容、1世紀以上も前のフランで起きたドレフェス事件、ケネディ元大統領のカトリック信仰に対する疑念、2017年にヴァージニア州シャーロッツヴィルにおける白人優越主義者たちによる集会が含まれていた。

 

民主党側は木曜日に最後の最後で変更を加えた。ラティーノ、アジア系アメリカ人、太平洋島嶼部出身者、LGBTを白人優越主義者たちに攻撃対象にされた「伝統的に迫害されてきた」リストに加えた。木曜日午前に発表された最終版の前の版には「アフリカ系アメリカ人、ネイティヴ・アメリカン、その他の有色人種、ユダヤ人、イスラム教徒、ヒンズー教徒、シーク教徒、移民、その他の人々」と書かれていた。

 

オマルはイスラエルについて新たに発言し、それが新たに批判を浴びるということになった。オマルが所属している民主党の議員たち、大統領選挙の立候補者たちも彼女の発言を非難した。それから1週間後に、決議案が連邦下院に提出された。

 

オマルは先週あるフォーラムに出席し、「ある外国に対する忠誠心を推進する人々を許すこの国における政治的な影響力について話したい」と発言した。

 

記者団は、木曜日の決議案の採決の後、連邦下院議場の外にあるホールで二度にわたってオマルに彼女の反応を聞こうと試みた。一度目はイスラム教徒のアンドレ・カーソン連邦下院議員(インディアナ州選出、民主党)がオマルの周囲に自分の腕を回して、彼女を守った。

 

オマルは質問に対しては一切答えなかった。

 

木曜日に可決された決議に対しては連邦下院で幅広い支持を受けた。数十人の議員が、決議が反ユダヤ主義だけを非難した内容になっていないことで不満を表明した。この決議の発端は反ユダヤ主義からであった。

 

数名のユダヤ系の民主党所属の議員たちを含む議員たちが、反ユダヤ主義がそれだけで決議を構成するに足る深刻な問題であると主張した。

 

テッド・ダッチ連邦下院議員(フロリダ州選出、民主党)は木曜日の議場での演説で、「どうして私たちは反ユダヤ主義単独で非難をすることが出来ないのか?どうして私たちは非難する対象をユダヤ主義とはっきり述べること、歴史から教訓を得たことを示すことが出来ないのか?」と述べた。

 

連邦下院外交委員会委員長のエリオット・エンゲル連邦下院議員(ニューヨーク州選出、民主党)は木曜日の夜の採決直前に議場で、オマルの発言は「私の心の奥底に深く深く入り込むもの」であったと述べた。

 

エンゲルは続けて次のように述べた。「私の願いは連邦下院が反ユダヤ主義に対する非難を再び銘記することであって、イスラエルに対するアメリカの政策に関して、オマルの発言をこれ以降封じることではない。しかし、ある種の発言は誰が発言しようとも、そのような発言が私たちの社会の公共的な場所に存在できないし、危険な発言であるということを銘記することは私の願いであり、このことは敢えて発言しておかねばならない」。

 

連邦下院多数党院内総務ステイニー・ホイヤー連邦下院議員(メリーランド州選出、民主党)は、二重忠誠(dual allegiance、訳者註:ユダヤ人はアメリカだけでなくイスラエルにも忠誠を誓っているという考え)という考えで、イスラエルを支持している人々を攻撃する言葉を連邦議員たちが非難することは重要だが、その他の差別の形に対して反対を示すこともまた重要だと述べた。

 

ホイヤー議員は採決の前に議場での演説の中で次のように述べた。「イスラエルを支援している、もしくはイスラエルの安全に懸念を持っているということでユダヤ人は二重の忠誠を行っていると非難することは人々を深く傷つける行為だ。それらに関する発言はその中身が何かをはっきりさせている。それは根強い偏見だ。こうした発言は、対象となる個人と共同体に恐怖感と不安を引き起こす。これと同様に、イスラム教徒のアメリカ人に対してアメリカに忠実ではない、アメリカ国民になりきっていないと述べるような不愉快な具体例を目にしている。こうした発言によって、イスラム教徒やイスラム教徒の共同体に不安と恐怖感を引き起こしている」。

 

他の連邦議員たちは、オマルの非難を浴びた発言に反対する内容の決議案が作成されるのに1週間もかかった理由について疑義を呈した。

 

連邦下院司法委員会の幹部委員であるダグ・コリンズ連邦下院議員(ジョージア州選出、共和党)は議場での演説の中で、「私はニューヨークから来ている友人と決議案について議論している。この決議案の内容は全て、私たちが幼稚園の時に教わったことだ。それは、親切にしなさい、敵意を向けないようにしなさい、というものだ」と述べた。

 

コリンズは決議案に賛成するとしながら次のように発言した。「この決議には7ページもの分量は必要ではない。冗長だ。“私たちは敵意を持ってはいけない。それがどこから来たものであろうとも敵意を抱いてはいけない”とだけ書けば済むことだ」。

 

チェイニー、ゼルディン、ゴウメートに加えて、以下の共和党所属連邦下院議員たちが決議案に反対票を投じた。アンディ・ビッグス(アリゾナ州選出)、モー・ブルックス(アラスカ州選出)、ケン・バック(コロラド州選出)、テッド・バッド(ノースカロライナ州選出)、マイケル・バーグス(テキサス州選出)、クリス・コリンズ(ニューヨーク州選出)、マイケル・コナウェイ(テキサス州選出)、リック・クロフォード(アーカンソー州選出)、ジェフ・ダンカン(サウスカロライナ州選出)、ポール・ゴサー(アリゾナ州選出)、トム・グレイヴス(ジョージア州選出)、ピーター・キング(ニューヨーク州選出)、ダグ・ラマルファ(カリフォルニア州選出)、トーマス・メイジー(ケンタッキー州選出)、スティーヴン・パラッツォ(ミシシッピ州選出)、マイク・ロジャース(アラスカ州選出)、チップ・ロイ(テキサス州選出)、グレッグ・ストゥブ(フロリダ州選出)、マーク・ウォーカー(ノースカロライナ州)、テッド・ヨーホー(フロリダ州選出)。

 

木曜日、決議案が議場に提案されたことで、民主党執行部は、共和党が金曜日に採決が予定されている歴史的な選挙改革法案に対する手続き上の動議を利用することで民主党側の分裂をさらに印象付けることを避けることが出来た。

 

現状では、選挙改革法案は、連邦下院決議(H.R.1)として重要性が強調されているが、オマルをめぐる論争の陰に隠れる形になっている。

 

共和党所属の連邦下院議員たちは、オマルをめぐる出来事に対応するために、今年初めに可決された反ユダヤ主義を非難する内容を含むイエメンに関する決議を再び付託しようとしてきた。共和党所属の議員たちは新人議員オマルに対してより厳しい姿勢を取るように、民主党側に求めた。

 

連邦下院少数党(共和党)院内総務ケヴィン・マッカーシー連邦下院議員(カリフォルニア州選出)、連邦下院少数党(共和党)幹事スティーヴ・スカリス連邦下院議員(ルイジアナ州選出)、連邦下院共和党所属議員会会長リズ・チェイニー連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)の連邦下院共和党執行部は、民主党側はスティーヴ・キング連邦下院議員(アイオワ州選出、共和党)が白人優越主義に関して発言し、批判を浴び、連邦下院で処罰を受けたが、オマルの発言にも同じように対処すべきではないかと主張した。

 

キングは白人優越主義に関して発言した後、どの委員会にも参加できないという処分を受けた。キングは木曜日の決議案の採決では「プレゼント(present、訳者註:棄権に近いが定足数には数えられる)」と投票した。

 

スカリスは水曜日記者団に対して次のように語った。「実際の問題は、ペロシ議長が下院外交委員会でオマルが委員を務め続けることを許しているのはどうしてか、というものだ。ペロシ議長は、オマルが続けている反ユダヤ主義的発言に本当に反対しているのなら、オマルを連邦下院外交委員会から外す必要があるのだ」。

 

スカリスは続けて、「ペロシ議長がこのような攻撃的な行為に対峙したいと本当に考えているのなら、そのようにすることが唯一の真の対応ということになる」と述べた。

 

しかし、連邦下院民主党執行部は、キングとオマルを同じだと考えるべきではないと主張している。

 

ペロシは木曜日記者団に対して、「反ユダヤ主義に基づいた発言ではないと確信している。しかし、実際にはどのように解釈されるかということであって、私たちは疑いは全て払しょくしなければならない」と述べた。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12

 

 リアリストであれば、オバマ大統領に対して、「アサドは権力の座から退かねばならない」とか化学兵器使用について「レッドライン」をひく、などと言わないように助言するだろう。それはバシャール・アル・アサドが擁護されるべき存在であるからでも化学兵器が戦時における正当な武器であるからでもなく、アメリカの重要な国益に関わらないし、何よりもアサドと彼の側近たちはとにかく権力を掌握し続けたいともがいているとことは明らかであったからだ。最重要なことは、人命をできるだけ損なうことなく内戦を速やかに終結させることであり、そのために必要とあれば、暴力的な独裁者とでも取引をするということであった。数年前にオバマ大統領がリアリストの意見に耳を傾けていたら、シリア内戦は多くの人命が失われ、国土が荒廃する前に集結していた可能性は高い。これはあくまで可能性が高いとしか言えないことではある。

 

 言い換えると、リアリストが過去20年のアメリカの外交政策の舵取りをしていれば、アメリカの国力を無駄に使うことになった失敗の数々を避け、成功を収めることが出来たはずだ。こうした主張に疑問を持つ人もいるだろう。しかし、「アメリカは世界の全ての重要な問題に対処する権利、責任、知恵を持っている」と主張した人々や、現在は馬鹿げたことであったとばれてしまっている、アメリカ政府の介入を執拗に主張した人々に比べて、リアリストは外交政策でより良い、まっとうなことを主張してきたことは記録が証明している。

 

 ここで疑問が出てくる。それは「リアリズムの助言は過去25年にわたり、ライヴァルの助言よりも好成績をあげているのに、リアリストの文章は主要なメディアには登場しない。それはどうしてか?」というものだ。

 

 『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ワシントン・ポスト』紙、そして『ウォールストリート・ジャーナル』紙の論説ページに定期的に寄稿しているコラムニストについて考えてみる。この3紙はアメリカにおいて最も重要な紙媒体である。この3紙の記事と論説は他のメディアの論調を決定するくらいの力を持っている。それぞれの新聞のコラムニストは、講演を行ったり、他のメディアに出たりしている。そして、政策決定において影響力を行使している。この3紙はリアリストを登場させることはなく、『ワシントン・ポスト』紙と『ウォールストリート・ジャーナル』紙は、国際政治とアメリカの外交政策についてのリアリズム的な考えに対して敵意を持っている。

 

 『ニューヨーク・タイムズ』紙の場合、外交問題に関して定期的に寄稿しているコラムニストのリストを見てみると、ネオコン1名(デイヴィッド・ブルックス)と有名なリベラル介入派(トーマス・フリードマン、ニコラス・クリストフ、ロジャー・コーエン)が存在する。ロス・ドウサットは伝統的保守派に分類される。しかし、彼が国際問題について書くことはほとんどなく、世界各地へのアメリカの介入政策を様々な理由を挙げて声高に擁護している。『ワシントン・ポスト』紙は、4名の強硬なネオコン、論説ページの編集者フレッド・ハイアット、チャールズ・クラウトハマー、ロバート・ケーガン、ジャクソン・ディールを起用している。過去にはウィリアム・クリストルを起用していたこともある。定期的に寄稿しているコラムニストには、ジョージ・W・ブッシュ前政権のスピーチライターだったマーク・ティエッセンとマイケル・ガーソン、極右のブロガーであるジェニファー・ルービン、中道のデイヴィッド・イグナティウスと論争好きのリチャード・コーエンがいる。言うまでもないことだが、この中にリアリストはいないし、彼ら全員が積極的なアメリカの外交政策を支持している。昨年に『ザ・ナショナル・インタレスト』誌に掲載されたある記事の中でジェイムズ・カーデンとジェイコブ・ハイルブランが書いているように、ハイアットは「『ワシントン・ポスト』紙を頭の凝り固まった戦う知識人たちのマイク」に変えてしまい、「アメリカ国内で最もひどい内容の論説ページ」を作っている。

 

 ここで明確にしたいのは、こうしたコラムニストたちに執筆の機会を与えることは正しいことだし、私が名前を挙げた人々の多くの書く内容は一読に値するものである、ということだ。私が間違っていると考えているのは、現在の世界政治に関してより明確なリアリス的な考えを発表する人間が起用されていないということだ。ごくたまにではあるが、3紙も不定期にリアリストに論説ページに記事を書かせている。しかし、リアリスト的なアプローチを持っている人々で定期的に論説を書いて3紙から報酬を得ている人はいない。読者の皆さんは、ほんの数名のリアリストがフォックス、CNN,MSNBCのようなテレビの他に、この『フォーリン・ポリシー』誌や『ナショナル・インタレスト』誌のような特別なメディアに出ていることはご存じだと思う。それ以外の主流のメディアには出られないのだ。

 

 これら3つの主要な大新聞がリアリスト的な観点を恐れているのはどうしてなのだろう?リアリストはいくつかの極めて重要な問題に対してほぼ正しい見方を提供してきた。一方、これらのメディアで発表の機会を得てきたコラムニストたちの意見はほぼ間違っていた。私にはこんなことがどうして起きたのかその理由は分からない。しかし、現役の外交政策専門家は、アメリカをより豊かにそしてより安全にするにはどの政策がいちばんよいのかということを必死になって考えるよりも、空疎な希望や理想を語りたがっているのではないかと私は考えている。そして、アメリカは既に強力で安全なので、アメリカは繰り返し繰り返し非現実的な目的を追求し、素晴らしい意図のためにそのために何も悪くない人々を犠牲者になって苦しむことになってしまっているのだ。

 

私は、メディア大企業を経営しているルパート・マードック、ジェフ・ベソス、サルツバーガー一族に訴えたい。リアリストを雇ってみてはどうか?国際問題について評論や提案をする人々を探しているのなら、ポール・ピラー、チャス・フリーマン・ジュニア、ロバート・ブラックウェル、スティーヴ・クレモンス、マイケル・デシュ、スティーヴ・チャップマン、ジョン・ミアシャイマー、バリー・ポーゼン、アンドリュー・バセヴィッチ、ダニエル・ラリソンを検討してみてはどうか?こうした人々に週一回のコラムを書かせてみてはどうか。そうすることで、読者の人々に対して、国際的な問題について包括的なそしてバランスのとれた意見を提供することができる。私が言いたいことは、「あんたたちはいったい何を怖がっているんだい?」ということだ。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23






メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31


 
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