古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:イラク

 古村治彦です。

 イランのイスラム革命防衛隊少将でエリート部隊であるコッズ部隊の司令官だったカシーム・スレイマニが2020年1月3日に殺害された。同時にイラクのシーア派民兵組織カタイブ・ヒズボラの最高指導者アブ・マフディ・アル・ムハンディスも殺害された。この殺害はイラク国内、バグダッド国際空港近くで実行された。
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スレイマニ

 イラク国内でアメリカ関連施設に対しての攻撃が実行され、アメリカ人の犠牲者が出て、それに対してアメリカは報復措置としてカタイブ・ヒズボラの施設を空爆し死傷者が出た。この攻撃に対してバグダッドにあるアメリカ大使館に対して激しい抗議活動が行われたが、2019年年末で一応収束していた。カタイブ・ヒズボラが抗議活動を止めるように命じた。これで一応の安定が図られたが、2020年1月3日にスレイマニが殺害された。
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スレイマニ葬儀の様子
 これによって事態は一気に緊迫感を増した。これまでアメリカもイランも事態を緊迫化させないようにしてきた。しかし、アメリカのドナルド・トランプ大統領は事態を大きく変化させ、中東情勢を一気に緊迫化させた。下の記事のタイトルは「トランプ大統領は中東で危険な火遊びをしている」だ。
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ドナルド・トランプ
 トランプ政権はイランが大規模かつ深刻な反撃をしてこないという前提で、スレイマニ殺害を行った。それどころか、「戦争を止める」ためにスレイマニ殺害を行ったとしている。これに対してイランが同等の報復ということになると、アメリカ政府の最高幹部の暗殺か、アメリカ人を多数殺害することであるが、これだと全面戦争になってしまう。これはアメリカもイランも望んでいない。そうなれば、イランは屈辱を受け入れて忍従するということになる。しかし、これではイラン国内の不満を抑えることは難しい。だから、どうしてもある程度の報復を行うことになる。
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ポンぺオ
 そもそも外国の戦争や政権転覆にアメリカは関わらない、米軍は撤退するという主張でトランプ大統領は当選した。今回、イラク国内でこのような事件を起こしておいて、イラクにいづらくなることは確実だ。米軍のイラクからの撤退ということになると、イラクはイランの勢力圏にはいるということになる。そうなればイランのシリア支援も更に高度に続くことになる。イランからのシリア支援はますます実行しやすくなる。イランにイラクを与える(米軍の撤退)代わりにスレイマニを殺害したということは考え過ぎだろうか。

そのような事態まで想定しての今回のスレイマニ殺害ということだとすると、トランプ政権の深謀遠慮ということになるが、下の記事では慎重に検討せずにやってしまったという評価である。

 国防総省、アメリカ軍は慎重な姿勢であったことを考えると、スレイマニ殺害は諜報機関、CIAが実行した可能性が高い。マイク・ポンぺオ国務長官は連邦下院議員から2017年1月にトランプ政権のCIA長官に就任した(2018年4月まで)。その後、政権内の横滑り(地位としては上昇)して国務長官に就任し、現在に至っている。無人機による攻撃が可能になってから、CIAとアメリカ軍(特殊部隊)は暗殺などの特殊作戦をめぐって争っている。今回はCIA主導、ポンぺオ主導で攻撃が行われたと考えられる。

 アメリカとイランが共に全面戦争に突入したくないと考えているのは救いだ。しかし、状況をコントロールできるかは不透明だ。不測の事態によって人間のコントロールなど簡単に無力化してしまう。ショックから少し落ち着きが出てきているが、楽観は禁物だ。

(貼り付けはじめ)

トランプ大統領は中東で危険な火遊びをしているTrump Is Playing With Fire in the Middle East

―アメリカ大統領トランプはイランのスレイマニに対する攻撃は「戦争を止める」ためだったと主張するかもしれないが、攻撃は彼の意図通りにはいかないだろう

コリン・カール筆

2019年1月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/01/04/trump-is-playing-with-fire-in-the-middle-east/

2011年6月、アメリカ軍がイラクから撤退しつつある中、イランが支援している民兵組織がアメリカ軍の各基地に一連の強烈なロケット弾攻撃を行った。10名以上のアメリカ軍将兵が死亡した。これは1か月で亡くなった米軍将兵の数で最大数となった。当時のオバマ政権の前には報復のための2つの選択肢が存在した。1つはイラン国内を攻撃し、イランの工作員たちを殺害することで、もう1つはイラクの民兵組織のロケット弾部隊に対して、イラク国内で攻撃するがその際にはアメリカ軍の特殊部隊だけを使用することだった。イランとのより大規模な戦争状態に進むことを思いとどまらせるために、オバマ政権は後者を選択した。

2019年12月27日にキルクーク近郊の基地に対してロケット弾攻撃が行われ、アメリカ人の建設請負業者1名が死亡し、アメリカとイラクの複数の作業員が負傷した。これに対する報復として、先週、トランプ政権はカタリブ・ヒズボラに対して空爆を実行した。カタリブ・ヒズボラはイラクの民兵組織で、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)と緊密な関係を持っている。しかし、イラク時間の先週金曜日午前(アメリカでは木曜日夕方)、ドナルド・トランプ米大統領は後先を考えることなく、無人機による攻撃を許可した。そして、バグダッド空港の近くでイスラム革命防衛隊のコッズ部隊の司令官であり、イランの最重要の指導者の一人であるカシーム・スレイマニ少将とイラク民兵組織の指導者たちが殺害された。

スレイマニの死によって、アメリカ政府とイランとの間の圧力と挑発の綱引きのサイクルは1カ月間も続き、更に極めて危険な段階に進んでいる。地域全域に火の手が広がるリスクはこれまでよりも高まっている。攻撃の直前、米国防長官マーク・エスパーはアメリカ軍を防衛するために予防的行動をとると警告を発した。エスパーは「ゲームは変化した」と述べた。しかし、これはゲームではない。アメリカとイラン両方の掛け金は高くはない。

アメリカ人でスレイマニのために涙を流す人はいないだろう。イランのエリート準軍事的組織であるコッズ部隊司令官として、スレイマニは、アメリカのイラク占領期間中、イラク国内のシーア派民兵組織を糾合してアメリカ軍を攻撃させ、数百名のアメリカ軍将兵の命を奪った。彼はまたレバノンのヒズボラ、ガザ地区の聖戦主義者たち、イエメンのフーシ派民兵組織、シリアの残忍なバシャール・アル・アサド政権への支援というイランの政策の方向性を決定づけた。彼はイラン国外でのイランによるテロ攻撃と国内での反体制派に対する残忍な弾圧に責任を持つ人物であった。

トランプ政権は2015年のイランとの間の核開発に関する合意を放棄し、イランに対する経済制裁の更なる強化のための圧力を強めている。こうした動きに対抗するために、イラン政府は最近になって、スレイマニの関与を示唆するような一連の挑発を行った。その中にはイラクに駐留するアメリカ軍への脅迫も含まれていた。米軍統合参謀本部議長マーク・ミレイは、2019年10月以降頻発しているイラク国内へのアメリカ関連施設へのロケット弾攻撃についてはイランが支援している複数の組織が関与していると発言している。しかし、2019年12月27日の時点ではアメリカ人の血が流れるということはなかった。しかし、2019年12月27日にアメリカ人の死亡者が出ると、アメリカ政府はすぐに報復を実行した。イラクとシリアにある民兵組織カタイブ・ヒズボラの複数の拠点などを攻撃した。この報復攻撃に対して、シーア派民兵組織の幹部たちは人々を扇動してバグダッドにあるアメリカ大使館への抗議を行わせた。これはベンガジ事件を想起させるものとなった。これがトランプ大統領のスレイマニ殺害の決定までの事情である

テロリストの親玉が一人死亡したことはアメリカ人の基底にある正義の感覚にとにもかくにもかなうものではあるが、彼の暗殺によってこれから起きることが統御不能のスパイラルに陥り、アメリカ国民とアメリカの国益をより危険に晒すことになるという現実的な見方を曖昧にするべきではない。

ブッシュ(息子)政権とオバマ政権は統御不能になる懸念からスレイマニに対して直接攻撃を行わないという決断を下した。これには国防総省と諜報関係部門が共有していた。攻撃をすれば事態が一気に悪化するということに同意していた。2019年春、国防総省はホワイトハウスに対してイスラム革命防衛隊を外国のテロリスト組織と指定することに対して懸念を表明した。国防総省はそうすることでイラクやその他の場所にいるアメリカ政府関係者の声明を重大な危険に晒すと主張した(トランプは結局そのようにしたのだが)。2019年6月、当時の米軍統合参謀本部議長ジョセフ・ダンフォードはイランによるアメリカの無人機撃墜の報復のためにイラン本土を攻撃しないようにと訴えた。これまで続いてきた慎重な姿勢は覆された。

トランプ大統領とマイク・ポンぺオ国務長官は、スレイマニの攻撃についてアメリカ軍へのこれ以上の攻撃を防ぐために必要な措置であったと正当化している。トランプ大統領に言わせれば「戦争を止めるため」ということであった。トランプ政権が重要な情報を発表していない中でこれらの主張を評価することは難しい。一方、国防総省が発表した声明では今回の攻撃について抑制的であり、イランからの差し迫った攻撃については言及しなかった。更に言えば、いくつかの報道によれば、トランプ大統領がスレイマニを標的とすることを許可したのは2019年12月27日のロケット弾攻撃の後であった。また、アメリカ軍特殊部隊はそれ以降攻撃の機会のために待機していた。こうしたことから、スレイマニに対する攻撃がバグダッドにあるアメリカ大使館への抗議が終わり、イラクでの状況が深刻化していない中で起きた理由を説明できることになる。

それにもかかわらず、トランプ大統領と彼の最側近たちはスレイマニ殺害のための理論を持っていることは明らかだった。彼らは、イランは張子の虎であり、鼻面をこっぴどく殴りつければ、穴の中に引っ込んでしまうと確信していた。過去においてイランのイスラム政権はより強力な敵意に直面すると慎重さを示したというのは事実だ。また事態の深刻化に対処するために、イランの指導者たちは歴史的に見て自分たちの否定されるべき行為を隠すために非公然の攻撃を行う、もしくは外国にいるイランの代理勢力や味方勢力がアメリカ、イスラエルの攻撃対象となっている場合には別の方法を模索してきたということもあった。

しかし、スレイマニに対する攻撃はこれまでの状況とな大きく異なっている。今回の攻撃はイラン国内で二番目に重要な最高幹部と想定される人物に対する公然の攻撃であった。イラン側から見れば、今回の暗殺はアメリカで言えばCIA長官、国防長官、陰の国務長官の役割を一手に引き受けていたような最重要人物が殺害されたに等しいということになる。アメリカ側が認めるにしても認めないにしても、イラン側はこれを戦争行為だと見なす。イランの政権は自分たちの選ぶタイミング、場所、方法で対応することになるだろう。なぜならば、イランの政権がアメリカとの衝突よりも恐れているのは、政権に対するこのような直接的な挑戦に対して引いてしまうことだからだ。

スレイマニの殺害に対して、イランの最高指導者アル・ハメネイ師は「昨晩のスレイマニと他の殉教者たちの流血を手につけている罪人たちに対しては強力な復讐」を行うと警告を発した。復讐は様々な形を取ることになるだろう。イランはシーア派民兵組織に対してイラク国内のアメリカ政府関係者に対するロケット弾とロードサイド爆弾による攻撃を激化する、またバグダッドにあるアメリカ大使館に対する更なる抗議と攻撃を組織化する許可を与える可能性がある。イランの代理勢力は、シリア東部の油田を防衛している数百名単位のアメリカ軍将兵を標的とする、もしくはアフガニスタンに駐留する米軍への直接攻撃を行う可能性がある。イランはイラク国内もしくはペルシア湾岸地域にあるアメリカ関連施設に対して弾道ミサイルを発射する可能性も高い。また、ホルムズ海峡での国際海運を妨害の度合いを高めるかもしれない。中東地域の重要なエネルギー関連施設に対してミサイルもしくは無人機を使った攻撃を仕掛けるかもしれない。レバノンのヒズボラやパレスチナの民兵組織を焚きつけてイスラエルを攻撃させるかもしれない。イラン政府は中東地域のアメリカ人やアメリカの利益に対してのテロ攻撃を組織化する可能性がある。1980年代のベイルートや1996年にサウジアラビアのコーバー・タワーでの出来事が再現されるかもしれない。もしくはアメリカ国内での攻撃を計画するかもしれない。これは2011年にワシントンで駐米サウジアラビア大使に対しての攻撃が計画されたことを想起させる。イランは現在急速に発展させているサイバー攻撃能力を使ってアメリカ本土を攻撃する可能性もある。

もしイランによる報復によってアメリカ国民の血が更に流されることになると、アメリカは報復攻撃を行うことになる。それは国防総省の最新の声明から言葉を借りるならば、「将来のイランによる攻撃計画を抑止する」ことを目的とするものとなる。そして、イランの指導者たちは、アメリカによる更なるイランの軍事組織や利益に対する攻撃が行われる可能性に直面する中で、アメリカ政府と同様の計算を行うことになるだろう。アメリカもイランも全面戦争は望まないだろう。しかし、どちらかが事態を深刻化させ、それに対して相手も深刻化に付き合うとなり、双方は独自の論理で「自分たちは自衛をしているだけだ」と主張することになる。そして、この激しいスパイラルから完全に抜け出すことは難しくなる。

アメリカとイランが地域戦争を避けることになっても、双方はスレイマニの殺害によって引き起こされる副次的結果は避けられないだろう。スレイマニ対する攻撃に対してイラク国民は憤激している。この結果、イラク国内におけるアメリカの立場は脆弱なものとなる可能性が高い。イラクの暫定首相アディル・アブドゥル・マウディは今回の攻撃はイラクの主権に対する侵害であり、イラク国民に対する侵略行為であると非難している。また、イラク国民議会が短期間でのアメリカ軍のイラクからの完全撤退を求めるようなことになっても驚きはないとも発言している。トランプ大統領は「アメリカに対して感謝のない」同盟諸国を支援することに対して長年疑義を呈してきたので、その機会を利用して米軍を撤退させる可能性もある。米軍の撤退はトランプの支持者たちには評価されるだろう。しかし、そうなればイラク国内におけるイランの影響力がさらに高まることになり、イスラム国の再建をチェックし阻止することは更に難しくなる。

核開発についても、イランは更に長髪の度合いを高める可能性が高い。2019年、トランプ大統領による核開発をめぐる合意の放棄に対して、イラン政府は各開発プログラムの一部を徐々にではあるが再開させている。アメリカとの緊張関係を高める中で、更に劇的なことが起きる可能性が高い。その中にはさらに高いレヴェルでのウラニウム濃縮も含まれている。そして、イランが核兵器のための燃料を製造する能力獲得に近づけば近づくほど、これはつまり外交的解決がどんどん遠ざかることを意味するが、アメリカもしくはイスラエルと軍事的対峙状態が出現するようになるだろう。

これらの危険の中で、トランプ政権は戦略と計画をアメリカ国民に示して、アメリカ国民の動揺を抑えねばならない。アメリカ政府は攻撃を正当化し、攻撃によって起きる可能性のある様々なリスクを軽減するためにも情報を国民に与える必要がある。もしトランプ以外の人物が政権を率いていたら、中東地域にいるアメリカ軍将兵や外交官の安全を確保するために首尾一貫した国家安全保障プロセスを維持しただろうし、民間人脱出計画も準備しただろうし、中東地域とアメリカ国内の重要な社会資本へのイランが支援するテロ攻撃やサイバー攻撃に対する防御を強化しただろうし、アメリカ軍がイランとの関係を深刻化させることを防ぐ、もしくは統御できるようにするために公のメッセージを発せるように準備させていたことだろう。現在まで、トランプ大統領は上記のような慎重さを示すようなことは何もしていない。トランプ政権は上記のようなことを実行するための能力があることを示してもいない。現在、トランプ大統領が行った極めて重要な決定のために、トランプ政権は重大な試練に直面している。アメリカが真っ暗な海に頭から飛び込む時、政権が先を全く見通せない状態でかじ取りを任せることになる、これが本当の危険なのだ。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。 

 2019年9月14日にサウジアラビアの東部、ペルシア湾岸沿いのアブケイクの石油生産施設が攻撃された。サウジアラビアの1日当たりの産油量が半減する被害が出ているが、死傷者は出なかった。

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サウジアラビア・アブケイクの地図

  アメリカのドナルド・トランプ大統領とマイク・ポンぺオ国務長官は今回の攻撃はイランが実行、もしくは関与しているとして非難している。トランプ大統領は米軍が臨戦態勢にあるとまで発言した。また、サウジアラビア外務省は、イラン製の武器が使われたという声明を発表した。これに対して、イランは関与を完全否定しており、また中国は安易な決めつけをしないように懸念を表明した。

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攻撃後の様子 

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攻撃による被害の様子

  今回の攻撃について、イエメンの反体制勢力ホーシー派(Houthis、フーシ派)が攻撃を実行したという声明を発表した。ホーシー派にはイランが支援を行っている。ホーシー派はイエメン内戦の当事者であり、もう一方の当事者である現政権を支援しているサウジアラビアに対して、これまで数度攻撃を行っている。しかし、これほど重大な被害を与える攻撃となったのは初めてのことだ。 

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ホーシー派

  今回の攻撃については明確になっていないことが多い。誰が攻撃を実行したのか、どのような兵器が使われたのか、イランが実行もしくは関与したというのは真実か、サウジアラビアの自作自演の可能性はどうか、など疑問が次々と出てくる。

 アメリカ政府はイランの実行もしくは関与と決めつけている。また、サウジアラビアもイランを非難する声明を発表した。他の大国は抑制的に対応している。トランプ大統領は米軍が臨戦態勢にあると述べた。しかし、アメリカ軍がイランと直接戦うことは今のところ考えられない。 

 トランプ大統領は米軍の中東とアフガニスタンからの撤退を公約にして当選したことを考えると、来年大統領選挙を控えており、アメリカが新たな戦争をする可能性は低い。アメリカの脅威、圧力が低下する中で、世界規模で不安定さが増している。日韓関係の悪化もアメリカの存在感の低下が原因だ。 

 サウジアラビアとイランはペルシア湾をはさんで対峙している。ペルシア湾岸をはさんで直接戦火を交えることは、お互いが石油輸出を命綱としている以上、ペルシア湾岸を戦場にしたくはないだろう。サウジアラビアが単独でイランと戦うというのもサウジアラビアにとっては貧乏くじを引くようなもので、戦争によって国内が不安定になれば、サウジ王家の存続にまで影響が出る可能性もある。 

 イランにしてみれば、アメリカのトランプ大統領が強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障問題担当補佐官を解任してくれ、交渉に前向きな姿勢を見せているのに、わざわざアメリカとの対立を激化させる危険な冒険をするとは考えにくい。

 アメリカが構築した戦後世界体制の緩みがでてきて、世界各地が不安定な状況になっている。アメリカからの距離感の遠近で、「ポスト・覇権国アメリカ」時代への移行期に、どれくらい影響を受けるかが違ってくるだろう。 

(貼り付けはじめ)

 サウジアラビアの石油生産施設に対する複数の攻撃についてあなたが知っておくべきこと(What You Need to Know About the Attacks on Saudi Oil Facilities)

―イランに責任があるとされる攻撃によってもアメリカとの間で軍事衝突には今のところ至っていない。 

ロビー・グラマー、エリス・グロール、エイミー。マキノン筆

2019年9月16日

『フォリーン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2019/09/16/what-you-need-to-know-about-the-attacks-on-saudi-oil-facilities-yemen-houthis-iran-who-attacked/

 土曜日にサウジアラビアの石油生産施設に対して攻撃があった。この攻撃によって、国際石油市場にショックを与え、イランとアメリカとの間の緊張を高めた。ドナルド・トランプ大統領は、アメリカ軍は反撃のために「臨戦態勢にある(locked and loaded)」と警告を発した。

 しかし、攻撃自体にはっきりしない点がまだ多く残っているのが現状だ。誰が攻撃を実行したのか、サウジアラビアの1日の石油生産量の半減させることに成功した発射体もしくはドローンはどこから飛んできたのか、ということをはじめ疑問は多く残っている。アメリカ政府高官たちはイランを非難しているが、イランは関与責任を否定している。

 サウジアラビア外務省は月曜日に発表した声明の中で、「初期調査の結果、攻撃に使用された武器はイラン製の兵器であることが示唆される。攻撃に使用された兵器や物質に関する調査は現在も継続中だ」と述べた。

 イランの支援を受けているイエメンの反体制勢力ホーシー派が攻撃を実行したことを認めた。しかし、専門家たちは、ホーシー派がこのような複雑なそして大胆な攻撃を実行出来るのかどうか、疑問に思っている。

 月曜日、この攻撃をイランが実行したか、もしくは関与したのか、どう考えるかと質問され、トランプ大統領は残された証拠はイランの関与を示していると発言した。大統領は「そのように考えられる。現在調査が続けられている」と述べた。

 アメリカ政府高官は攻撃直後の様子を撮影した衛星写真を後悔した、しかし、イランの関与が疑われる中で、それ以外の諜報関係の資料公表は行っていない。ヨーロッパ連合や中国といった諸大国は状況が不明確な状況で非難を行うことに対して慎重さと懸念を表明した。

 イランとアメリカとの間の対立が続くという重要な状況の中で、不確定な要素が多いが、重要な疑問について考えていきたい。

 ●攻撃はどのようにして実行されたか?

 攻撃がどのように実行されたかということの正確な全容は依然不明瞭だ。しかし、残された証拠などから、ミサイル攻撃、もしくはドローンによる攻撃、もしくはそれら2つを組み合わせたものであろうということだ。複数の攻撃によってサウジアラビアのアブケイクにある油田と石油精製施設が破壊された。

 アメリカ政府高官たちは施設には17か所の着弾があったと述べた。また、攻撃直後の衛星写真が示すところでは、17か所の着弾点は規則的にかつ正確に並んでいた。衛星写真では攻撃がどの地点から行われたことは明確にはなっていない。

●誰が実行者だと考えられているか?

 イランの支援を受けているイエメンの反体制組織ホーシー派は土曜日の攻撃を実行したと発表した。10機のドローンを送り施設を攻撃したと述べた、月曜日、ホーシー派はサウジアラビアの他の石油生産施設に対する更なる攻撃を行うと警告を発した。ホーシー派は所有兵器でサウジアラビア全土を攻撃できると述べた。

しかし、アメリカ政府はホーシー派の主張について疑念を抱いている。今回のような手際のよい攻撃を1つの反体制グループが実行できるだろうか、彼らの能力を超えているとアメリカ政府高官たちは考えている。

 マイク・ポンぺオ米国務長官はすぐにイランを名指しした。ポンぺオは同曜日にツイッターで「私たちは全世界の国々がイランによる攻撃を公式にかつ高らかに非難することを求める」と書いた。更に、イエメンからの攻撃であったことを示す証拠は存在しないと付け加えた。ポンぺオは彼の声明内容の正確性を担保する証拠は出していない。

 シンクタンクであるファンデーション・フォ・ディフェンス・オブ・デモクラシーズのイラン専門家ベウナム・ベン・タレブルは、ホーシー派はこれまでにもサウジアラビア国内の攻撃目標に対してミサイル攻撃やドローン攻撃を行ってきたが、そうした兵器や技術はイランから供与されたものだ、と指摘している。しかし、ホーシー派はこれまでこのようなサウジアラビア領土内深くに存在する重要施設の攻撃に成功したことなどなかった。

 アメリカ政府高官は、衛星写真に写っている施設内部の着弾点から分かることは、攻撃は施設の北部もしくは北西部、イラン、イラク、もしくはペルシア湾から実施されたもので、イエメンからではないということだと述べている。しかし、日曜日に公表された複数の衛星写真にはオイルタンクの西側部分が損傷している様子が写っており、アメリカ政府高官の説明とは食い違っている。

 一つの説得力がありかつ好奇心をそそる可能性として、攻撃はサウジアラビア国内にいるホーシー派の協力者たちによって実行されたというものがある。ホーシー派は攻撃実行を認めた声明の中で、「サウジアラビア王国内の名誉ある人々との協力」に感謝すると述べた。サウジアラビア国内に協力者が存在したということになると、イエメンにいるホーシー派がどのようにして長距離攻撃を行ったのかという技術上の疑問や反対意見に対しての藩論ということになる。

 ●イラン国内の強硬派が独自に攻撃を実行した可能性があるのか?

 イスラム革命防衛隊のような改革派や強硬派のようなイラン国内の複数の派閥は長年にわたりイランの外交・安全保障政策に影響を与えようと張り合ってきた。特に2015年のアメリカとの核開発をめぐる合意において主導権を握ろうと張り合った。

 しかし、専門家たちはイラン国内の1つの派閥がこれらの攻撃を実行したのだろうかと疑問を抱いている。駐アラブ首長国連邦米国大使を務め、現在ワシントン近東政策研究所上級研究員バーバラ・リーフは次のように語っている。「この種の目標を攻撃する場合、イラン政府の指導者たちが承認した攻撃となるはずだと私は考える」。

 ブルッキング研究所の中東専門家スザンヌ・マロニーは、今回の攻撃にイランが関与していると述べるのは早計だと述べている。それでもマロニーは「攻撃の背後にイランがいたと仮定すると、確かに今回のような直接攻撃、しかも正確な攻撃がイランの最高指導者たちの賛意と認識がなければ起きなかったであろう」と述べている。

 ●攻撃はイラク国内から実行された可能性はあるのか?

 専門家やアメリカ政府関係者の中には、イランの代理勢力がイラクもしくはシリアから攻撃を実行した可能性を主張する人々も出てきている。アメリカ政府は5月にサウジアラビアに対して行われたドローンによる攻撃はイラクから発射されたものだと断定している。

 しかし、イラク政府は今回の攻撃がイラクの領土内から実行されたという報道の内容を強く否定している。月曜日、イラク政府は、ポンぺオ米国務長官がイラクのアデル・アブドゥル・マウディ首相と電話会談を行い、その中で、ポンぺオ長官がマウディ首相に対して、「イラクの領土は今回の攻撃に使用されていないこと」を示す情報を持っていると述べた、と発表した。米国務省はイラク政府からのこの発表についてまだコメントを発表していない。

 ●イランが自国領土内から攻撃を実行した可能性があるのか?

 イラン領土内からの攻撃だった可能性についてはアメリカ政府高官の中には可能性のあるシナリオだと述べている。そうだとすると、アメリカとイランの対立を激化させることになる。現役のアメリカ政府高官や元高官たちは、イランの通常のやり方はについて、他国にいる代理勢力を通じて攻撃を行い、自身の関与を見せかけでかつもっともらしく否定できるようにするものだと主張している。

 リーフは、「イランが攻撃に関与したとなると、これはイランの“グレーゾーン”を使う、もしくは後で否定が出来るような行動をとるというこれまでのやり方からは外れていることになる」と述べている。そして、もしそうだとすると、イラン対アメリカと中東地域の同盟諸国との間の対立の「激化のはしごを大きく上った」ことを示しているとしている。

 自国の領土内から軍事攻撃を行うと、イランは破滅的な反撃を受ける可能性に晒されてしまうことになる。イランは代理勢力に頼って自国の利益を守っているが、これは、イランが国防にあたり自国の通常の軍事力を使うことが出来ないためである。イラン領土内から対立国であるサウジアラビアにミサイルを発射することは、こうした代理戦略を放棄したことを意味する。

 シンクタンクであるインターナショナル・クライシス・グループでイラン・プロジェクトのリーダーを務めているアリ・ヴァエズは次のように述べている。「イランはこれまで非対称戦争の術に長けてきた。イランはこれまで自国が報復を受けないようにするために努力を重ねてきた」。

 ●アメリカはどのように対応するだろうか?

 トランプ政権下、アメリカとヨーロッパとアジアの同盟諸国との間で緊張が高まっている。しかし、どの国もペルシア湾岸諸国の石油生産施設に直接的な脅威を与えるようなあからさまな対立が起きることは望んでいない。それはイランも同じだ。ペルシア湾岸から算出される石油は国際エネルギー市場の基盤である。しかし、サウジアラビア外務省は声明の中で、サウジアラビア王国は、「国土と国民を防衛し、こうした侵略行為に対して武力で反応することが出来る能力を有している」と述べた。

トランプ大統領とイランとの間の対立は継続中だ。その中で、トランプ大統領はアメリカ人の人命が損なわれることはアメリカの軍事力を使った報復の最終ラインとなると明確に述べている。サウジアラビアの石油生産施設に対する攻撃への報復としてイランを攻撃することは、大統領選挙を約1年後に控えたトランプ大統領にとって政治的な計算において魅力的な答えとはならない。トランプ大統領は前回の大統領選挙で中東からの米軍の撤退を自身の公約の柱として当選したので、イランとの戦争という選択は賢明なものではないということになる。

 月曜日、トランプ大統領はイランとの戦争は「避けたいと望んでいる」と述べた。そして、ポンぺオ長官をはじめ政権幹部たちが間もなくサウジアラビアを訪問する予定となっている。ポンぺオ長官はイランとの外交は「決して行き詰って」はいないとし、「イラン側が合意を結びたいと考えているのは認識している。ある時点でうまくいくだろう」と発言した。

 元駐アラブ首長国連邦米国大使リーフは、アメリカは、中東地域に利害関係を持つヨーロッパの同盟諸国やそのほかの国々と外交関係を刷新し、それらを使ってイランとの緊張関係を緩和するようにすべきだと述べている。リーフは次のように述べている。「国際社会、特にイランとの強力な関係を誇っている国々からの一致した、そして強硬な反応がない限り、アメリカが同盟諸国との関係を刷新し、イランとの緊張関係を緩和することで、ペルシア湾岸の石油生産施設に関しては、緊張緩和によって各国が安全で自由な行動が出来るようになる」。リーフはイランとの強力な関係を誇っている国々として、日本、中国、ロシアを挙げている。

これまで数か月で、石油タンカーに対する複数回の攻撃とアメリカのドローン偵察機の撃墜といった出来事が起きた。これらの出来事だけではアメリカがイランと開戦するためには不十分だった。その代わりにアメリカは経済制裁とサイバー攻撃によって反撃することになった。ヴァエズは「過去が前兆だということになると、アメリカは直接的な軍事行動ではないがそれに限りなく近い報復行動を選ぶ可能性がある」と述べている。

 (貼り付け終わり)

(終わり)

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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代の副大統領で、実質的には「大統領」であった、ネオコンの重鎮、ディック・チェイニーが「イラク侵攻は正しかった」と発言しました。「イラク侵攻の目的はサダム・フセインの排除であって、それが達成されたので世界はより平和になった」と述べました。

 

 アメリカは国連がイラクを査察しても大量破壊兵器が出こなかったにもかかわらず、「いーや、隠している」「製造する気だ」と難癖をつけて強引にイラク侵攻を行いました。そもそもの目的は大量破壊兵器を見つけるためにイラクまで攻め入ったのですが、全く見つかりませんでした。

 

 そして、イラクは混乱に陥り、アメリカ軍が撤退した後、イスラム国が台頭し、中東の騒乱は終わっていません。これで「世界はより良い場所になった」とチェイニーは言っています。彼らの考える「素晴らしい世界」は、現実としては血なまぐさい世界なのです。

 

 そして、安倍晋三首相はこうしたネオコンの考える「素晴らしい世界」の実現に貢献するために、安保法制を通そうとしています。こうして日本を「美しい国」にしようとしています、血塗られた世界の実現に貢献する国として。

 

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チェイニー:「イラクについて私は正しかった」(Cheney: 'I was right about Iraq'

 

ジェシー・ブライネス筆

2015年9月2日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/252612-cheney-i-was-right-about-iraq

 

ディック・チェイニー前米副大統領は、ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代に行われたイラク侵攻を支持したことは正しかったと述べた。

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ディック・チェイニー

 

フォックス・テレビのコメンテーターで、本誌のコラムニストであるジュアン・ウィリアムズは水曜日、フォックス・ニュースの「ザ・ファイヴ」に出演した時、チェイニーに「人々は、ディック・チェイニーはイラクに関して間違いを犯したと言っている。それなのに人々はイランに関してあなたに話を聞こうとする。その理由は何だと思いますか?」と質問した。

 

チェイニーは「それはイラクに関して私が正しかったからですよ」と答えた。

 

 彼は続けて次のように語った。「私たちの目的はサダム・フセインを排除することでした。そして私たちはそれに成功しました。彼がいなくなったことで、世界はより良い場所になったんですよ」

 

 チェイニーはまた、アメリカがイラクに侵攻したことで、リビアの指導者であったムアンマール・カダフィは2003年に武器開発プログラムを放棄し、遠心分離器を廃棄し、ウランの貯蔵を止め、核兵器開発を止めたことを指摘した。また、アメリカはパキスタンの核開発プログラムの主要人物であったアブドル・カディール・カーンを逮捕したことも指摘した。

 

 チェイニーは「ですから、私たちはイラクに侵攻した時、多くのことを成し遂げたのです。多くの人々はこうしたことを話したがりませんが、私たちは正しいことをやったんです。私は絶対に正しいことをやったと確信しています」と述べた。

 

 チェイニーと娘のリズ・チェイニーは国家安全保障に関して書いた新刊の宣伝をしており、オバマ大統領が進めたイランとの核開発を巡る合意を批判している。

 

 イラク戦争は、2016年の米大統領選挙に出馬しているジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事にとって大きな問題になっている。

 

 ジェブ・ブッシュは最初、兄であるジョージ・W・ブッシュ前大統領を支持しようとしながらも、彼は自分独自の外交政策を推進すると主張した。

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左から:ジョージ・W・ブッシュ前大統領、
ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領、
ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事 

 

 今年の5月、ジェブ・ブッシュは「現在分かっていることが当時も分かっていたなら、私だったらイラクに関与しなかっただろうし、イラクに侵攻することもしなかっただろう」と発言したが、同時にフセインを排除したことで、世界はより安全になったとも述べた。

 

 今週初め、チェイニーはイラク侵攻に関して「謝罪しない」と述べた。そして、水曜日の夜、過去を振り返ってもイラク侵攻は正しい決断であったと再び述べた。

 

(終わり)







 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


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イスラム国に関する5つの神話

 

ダニエル・バイマン筆

2014年7月3日

ワシントン・ポスト紙

http://www.washingtonpost.com/opinions/five-myths-about-the-islamic-state/2014/07/03/f6081672-0132-11e4-8572-4b1b969b6322_story.html

 

※ダニエル・バイマン:ジョージタウン大学安全保障研究プログラム教授兼部ブルッキングス研究所サバン記念中東政策研究センター研究部長

 

イラク・シリア・イスラム国(The Islamic State of Iraq and SyriaISIS)はロックバンドよりも頻繁に名前を変えている。 スンニ派の急進グループは、シリア国内で戦い、サウジアラビアとレバノン国内での攻撃を計画している。このグループは現在、戦う場所を変えて、イラク国内にも浸透し、「イスラム国(Islamic State)」と名乗るようになった。イラクとシリアにおいて、イスラム国はシーア派や他の宗教グループの人々を背教者として殺害している。また、同じスンニ派の人々をイラク政府の協力者として殺害している。彼らの残虐性は、彼らの目的と本当の危険性から人々の目をそらさせる効果がある。「汝の敵を知れ」精神を発揮し、本稿では、イスラム国についての神話を除去することにしたいと思う。

 

1.イスラム国はアルカイーダの一部だ

 

イスラム国とアルカイーダは長期にわたり、複雑な関係を築いてきた:かつては緊密な同盟関係にあったが、現在は敵意剥き出しの敵対関係になっている

 

 イスラム国の様々な名前は、アルカイーダとの間の緊張関係を示している。ジハーディスト・グループは、2003年のアメリカによるイラク侵攻直後にイラクを離れた。そして、その多くがアブ・ムサブ・アル=ザルカウィの下に集結した。ザルカウィはヨルダン出身で、アルカイーダとは協力関係を保っていたが、その一部ではなかった。ザルカウィは2004年10月にオサマ・ビン・ラディンに忠誠を誓った。そして、ザルカウィのグループはイラクでアルカイーダという名前を使うようになった。この当時、さるかうぃのグループは、アルカイーダの指導者の一人、アイマン・アル=ザワヒリと衝突を起こしている。ビン・ラディンはアメリカを攻撃対象にするように主張したが、ザルカウィと彼の後継者たちは地域での戦いに集中するように主張した。ザルカウィはイラク国内のシーア派と戦い、スンニ派に対しては、味方に引き入れるのではなく、テロ攻撃を敢行した。

 

 アルカイーダとイスラム国との間には、戦術、戦略、指導者層に関して違いを持った。イスラム国の指導者アブ・バクール・アル=バグダーディは、斬首と磔という手法を採用している。そして、バグダーディは中東諸国の政権やライヴァル関係にある諸グループを攻撃対象にし、ザワヒリが主張した「遠くにある敵」、アメリカへの攻撃しようという主張を完全に無視した。

 

 これらの相違点がシリアで明らかになった。ザワヒリは、比較的抑制的なジャブハット・アル=ナスーラをアルカイーダの代理人に任命した。バグダーディは、自分のグループがイラク、シリア、レバノン、ヨルダンでジハーディスト運動に参加すべきだと考えた。ナスーラとバグダーディがそれぞれ率いる2つのグループはお互いを刺激し合い、数千人を殺害していると言われている。

 

 イラク国内での劇的なキャンペーンの成功によって、バグダーディはザワヒリを追い越すことになった。アルカイーダは無人攻撃に追いかけ回されている。一方、バグダーディは、自分は背教者たちとの戦いを指導しているのだと主張している。彼の主張は中東地域の人々の人気を得ることになった。

 

2.イスラム国の建国の意味するところは、このグループが統治する準備ができている

 

 イスラム国は現在、シリア東部とイラク西部をコントロールしている。これらの地域の大部分は砂漠地帯である。しかし、イスラム国はシリアのラッカ、イラクのモスルといった重要な都市を統治している。イスラム国は、イスラム法の過激な解釈に基づいた統治によって正統性を増加させようとしている。そして、それによってより多くの志願兵と財政上の支援者を募ろうとしている。

 

 イスラム教徒のテロリストたちは各地で統治に成功している。ハマスは7年間にわたりガザを支配し、ヒズボラはレバノンの一部を何十年にわたり実質的に支配している。これら2つのグループは学校、病院、基本的な住民サーヴィスを運営している。しかし、イスラム国の前身組織が10年前にイラク西部を支配した時、その統治は破滅的な失敗に終わった。彼らが示した残虐さと無能さによって、イラク国内のスンニ派は遠去かった。スンニ派はジハーディストを除去するための「覚醒運動」に参加した人々であった。

 

 イスラム国は、バグダッドにあるシーア派が支配するイラク政府からの差別的取扱いに恐怖をいただいているスンニ派にアピールする可能性が高い。しかし、イスラム国から逃れている中流階級のビジネスオーナーや技術者たちであって、彼らは基本的な社会サーヴィスを運営する人々である。最終的に、イスラム国は略奪をしたり、闇市場で石油を売却したり、大規模な飢饉が阻止するための基本的なサーヴィスを作ったりした。しかし、混同してはならないのは、イスラム国が効率的な国家ではないということである。

 

3.シリアのアサド政権はイスラム国にとって憎き敵である。

 

 シリアの大統領バシャール・アル=アサドの政府は、テロリストとの戦争を宣言した。一方、イスラム国は自分たちをシリア国内のスンニ派イスラム教徒の守護者と自認し、アサド政権のような「背教者」政権と戦うと主張した。しかし、両者ともにシリア国内の穏健な反体制派の存在を敵視している。アサド政権は、この穏健派の勢力を弱めることで、政権にとって長期にわたる脅威を弱めることができる。

 

 アサド政権は、イスラム国が支配している地域での軍事行動を控えている。そして、空軍を使って、イスラム国と戦っている穏健派反体制グループに対する空爆を行ったり、イスラム国から石油を購入したりしているもしイスラム国が存在しなければ、アサド政権はそのような存在を作り出したことであろう。実際には、アサドはそのような行動を取ったのだ。3年前にシリア国内で内戦が始まった時、この戦いは、残虐さと不正義に嫌気が差した市民による蜂起だと言われた。アサド側は、この戦いはテロリストたちに対する戦いだと主張した。そして、アサド側の表現と戦術によって、内戦を変容させたスンニ派イスラム教徒たちの間で反動が起きた。イスラム国のようなグループが台頭したのだ。シリア国民は、アサド政権か、急進的なイスラム主義か、いずれかを選ばねばならないという悲惨な状況に追い込まれた。

 

 イスラム国はイラク国内で勢力を伸ばしている。これに合わせて、イスラム国とアサド政権との間の戦術上の同盟関係は終結を迎えることになるだろう。アサドはイスラム国が強大になり過ぎていると考えることだろう。イラク政府はアサドの同盟者であり、シリアとイラクとの間の国境地帯の支配権を失うことで、イラクからアサド政権に供給されていた物資や兵員の補給をイスラム国が遮断することになった。

 

4.イスラム国は手に負えない戦闘集団である

 

 イスラム国はモスルを掌握し、バグダッドに向けて進軍している。イラク国内におけるイスラム国の成功は、イスラム国の強力な軍事組織を基礎にしている。実際にはイスラム国は1万人の戦闘員しか有していない。モスルのような都市を攻撃した時は、1000人以下しか動員しなかった。

 

 イスラム国が軍事的な勝利を収めることができたのは、イラク軍の脆弱さとノウリ・アル=マリキ首相の政策の失敗があったからだ。アメリカは、イラク軍に対して数億ドル規模の軍事援助を行った。数字上はイスラム国を圧倒しているはずだった。落とし穴だったのは、イラク軍は戦わない存在であったことだ。マリキ首相は、能力のある人物ではなく、自分に忠実な人々を政治的に重要な地位に就けた。マリキ政権はイラク国内のスンニ派を差別しているので、イラク軍のスンニ派兵士の士気は低下している。彼らは自分たちを差別する政府を守るために戦いたくないと思っている。

 

 イラク軍にシーア派教徒が参加することで、多くの地域でイスラム国の進撃が止められている。イラク政府がより多くのグループを取り込み、穏健なスンニ派を味方に付けることができたら、そして、イラク軍がより統一性が取れるようになったら、イスラム国の拡大は止まり、縮小に進むようになった。これらは大きな仮定なのではあるが。

 

5.イスラム国はアメリカを攻撃したがっている。

 

 2009年にイラク国内の刑務所から釈放された後、バグダーディはアメリカ軍の刑吏たちに対して、「ニューヨークで会おう」と語った。この発言にアメリカ政府関係者は凍りついた。2014年5月25日、アメリカ市民でアブ・マンスール・アムリキと自称したモネル・ムハマド・アブサルハはシリア国内で自爆攻撃を行った。イスラム国の幹部たちの中には、ヨーロッパ国籍の人々が多く含まれている。彼らは自分のパスポートを使えば、容易にアメリカ国内に潜入することができる。また、イスラム国に参加し、シリアに渡った100名以上のアメリカ市民の中の1人がアメリカに戻り、攻撃を実行する可能性が存在する。

 

 イスラム国は潜在的にアメリカに対する脅威となっている。諜報関係者や治安関係者たちは常に警戒を怠らないにしなければならない。しかし、現在のところ、イスラム国はアメリカを攻撃対象にしている訳ではなく、西洋諸国との戦いを重視している訳でもない。実際のところ、これがイスラム国をアルカイーダから分離させた理由なのである。「ニューヨークで会おう」と言ったバグダーディの発言は誤って伝えられたものである可能性が高く、冗談である可能性もある。彼を担当した看守たちの多くはニューヨークの出身者たちであった。より重要なことは、イスラム国の行動を見ていると、彼らが西洋諸国からの参加者たちを、中東地域での戦いに投入したいと考えていることが分かる。イスラム国にとって、イスラム国の創設と維持、そして背教者たちとの戦いが最優先なのである。

 

 イスラム国はイラクと地域の安定に対する脅威になっている。しかし、オバマ政権はイスラム国の謀略宣伝を鵜呑みにしないように気を付けるべきだし、イスラム国の勢力は増大していくということを前提にしなければならない。

 

(終わり)








 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






 ザルカウィの死によって、アルカイーダに逆風が吹くようになった。スンニ派の諸部族の多くがザルカウィのシャーリア支配に反発し、反撃を始めた。デイヴィッド・ペトレイアス(David Petraeus 1952年~)大将率いる米軍は、反乱軍の反乱軍に資金や物資を援助する、「覚醒(Awakening)」作戦を展開した。スンニ派の諸部族は、以前はアメリカと戦うことを望んだが、アルカイーダと戦うことを望むようになった。このような諸部族は「イラクの息子たち(Sons of Iraq)」と呼ばれた。そして、ザルカウィ自身がそうであるように、アルカイーダの指揮官たちの多くが外国生まれである事実が喧伝された。イラクのスンニ派の人々は、アメリカに協力することで以前犯した犯罪が免罪になると考えた。更に、破壊されたスンニ派居住地域の再建に有利な政府との契約が結べ、バグダッドにおける政治権力を共有できるとも考えた。

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ペトレイアス
 
 

 ペトレイアスの「覚醒」作戦は、多数の米軍の投入に支えられていた。そして、それはある時点まではうまくいっていた。ザルカウィ率いるアルカイーダの外国人メンバーたちは、ザルカウィの死によって落胆し、イラクを出ていった。しかし、ペトレイアスの作戦は、イラク国内での暴力対決を減少させ、アメリカ軍の撤退を可能にするために立てられたものであって、ザルカウィが始めたシーア派とスンニ派との間の軋轢を修復するためのものではなかった。アメリカの政治家や軍司令官たちは、2つのグループの間で政治的な対話ができるようなスペースを作ると語ったが、しかし、こうした試みは気まぐれな結果を生み出しただけだった。平和な状態を続けるという使命は、イラクの選挙を経て成立した政府に任された。この政府を率いているのは、ヌーリー・マーリキー(Nouri al-Maliki, 1950年~)首相である。

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マリキ

 アメリカが気付いたように、マリキとシーア派の政治連合は、イラクの復興よりもスンニ派に対する逆襲を行うことに関心を持っていた。「イラクの息子たち」は約束された給料の支払いを拒否された。諸部族の指導者たちは政府との約束を反故にされた。バグダッドでは、スンニ派の政治家たちは無視され、度々恥をかかされ、時には処刑された。スンニ派の政治家で最高位の職(副大統領)に就いていた、タリク・アル=ハシミ(Tariq al-Hashimi 1942年~)はテロリズムにかかわった容疑で告発された直後に国外脱出した。彼にはすぐに開かれた欠席裁判で死刑を宣告された。

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ハシミ 

 

 マリキ首相は、イラクの警察と軍隊の幹部にシーア派を登用し、その中には民兵組織に属し、スンニ派の人々を殺害した人々がいる。スンニ派の憎悪は再び高まり、アルカイーダの再登場を許す土壌となった。

 

●イスラム国:最初はイラク、続いてシリア

 

 2011年までに、アメリカ軍はイラクから完全に撤退した。アルカイーダはアブー・バクル・アル=バグダーディによって支配されるようになった。そして、アルカイーダは、外国での展開から、イラク国内での展開にシフトした。バグダーディは名前が示すように、イラク人である。外国人がいなくなったことで、「イラクの息子たち」とその親族たちは、アルカイーダに対する憎悪を忘れることが容易になった。ここにもう一つの名前の変更が行われた。アルカイーダは、イラク・イスラム国(Islamic State of IraqISI)として知られるようになった。

 

 バグダーディはザルカウィの戦術を採用し、それを拡大した。シーア派は彼にとっての主要な攻撃目標であり続けたが、警察署や軍隊の駐屯地、検問所、新兵募集事務所といった場所に自爆テロ攻撃を繰り返した。一般人に対する攻撃も続けられた。イラク・イスラム国家の幹部は、「イラクの息子たち」だった人々が占めるようになった。その多くがサダム・フセイン時代の軍隊の司令官や将兵であった。これによって、バクダーディの手兵たちは、寄せ集めの反乱軍ではなく、軍隊の雰囲気を纏うようになった。

 

 バグダーディに許には数千人の武装勢力が集結し、シリアで、対シーア派の第二戦線を開いた。シリアでは、バシャール・アル=アサド(Bashar al-Assad 1965年~)大統領に対する大規模な反乱が起きていた。バグダーティと彼の宣伝者たちにとって問題だったのは、アサドとアサド軍の司令官たちの多くが、シーア派の一派であるアラウィー派(Alawites)であることだった。イラクから百戦錬磨の兵士たち(battle-hardened)を送り込んだことで、イラク・イスラム国家は、シリア国内の反アサド勢力の中で、最も戦闘力の高い武装勢力グループとなった。そして、シリア各地でアサド軍と激しい戦闘を繰り広げた。バグダーディは彼のグループを「イラク・シリア・イスラム国(Islamic State in Iraq and SyriaISIS)」と改称した。これは、彼の更なる野望を示すものであった。彼が掲げる黒い旗にはアラビア語で「神だけが存在されている(There is no god but god)」と書かれている。 そして、多くの人々が預言者ムハマンドの紋章だと信じているマークが大量に作られ、そこかしこに貼られている。


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アサド

●イスラム国:最後の戦い?

 

 ザルカウィがイラクを掌握したように、バクダーディはシリアを掌握した。バクダーディは、イスラム国家が支配するシリアの町や村、特にラッカー県で厳しい弾劾を始めた。2014年初頭、アサド軍が再編成し、反撃を始めた。2014年5月、アサド軍はホムスを再奪取した。ホムスは反アサド蜂起の象徴的な場所であった。これは反アサド派に大きなダメージとなった。

 

 しかし、バグターディは、自分の生まれ育った国でのより大規模な、そして大胆な攻撃を計画していた。翌月のモスル奪取はイラク・シリア・イスラム国の進化の新たな段階を示した。イスラム国は、自爆攻撃で攻撃員を死に追いやらなくても、勢力範囲を獲得し、コントロールすることができるし、それを望むようになったのだ。バグダーディは、この機会を捉え、自分自身を「カリフ(教皇)」の地位に任じ、グループを「イスラム国(Islamic State)」に改名した。これには、バグダーディの地中海からペルシア湾までの地域全体を支配するという野望が示されているのだ。

 

 バクダーディは攻撃対象を拡大していった。イスラム国は、シリアでキリスト教徒やクルド人のような宗教、民族少数派と対峙したが、彼らへの対処について何か決まった方針はないように見えた。戦闘員たちは自分たちの判断で行動する自由があった。しかし、モスルでは、「カリフ(教皇)」からの命令が下った。非イスラム教徒は特別な税金を払うか、立ち去るか、改宗するか、さもなければ死刑にすべし、というものであった。最後の2つの選択肢が奨励された。モスルに古くからあるキリスト教の共同体が最初に攻撃対象にされた。そして数千人のキリスト教徒がモスルを脱出した。イスラム国が拡大していくにつれて、少数派の人々は自分たちに危機が迫っていることを認識するようになっていった。

 

 現在までにイスラム国家とバクダーディは世界のマスコミの注意を引き、連日報道されている。こんなことになるなどザルカウィは想像すらしていなかっただろう。世界中の人々は次のような疑問を持っていることだろう。あんな人々を地獄に突き落とすような奴らは一体どこから出てきたんだ?

 

(終わり)



野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23






 

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