古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:イラク

 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。アメリカの衰退が明らかになりつつある中で、世界の構造が大きく変化していることを分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは第二次世界大戦後、世界覇権国となり、セ狩りを支配し、リードしてきた。冷戦期にはソヴィエト連邦というライヴァルがいたが、ソ連崩壊により、冷戦に勝利し、世界で唯一の超大国となった。ソ連崩壊の前後、アメリカには戦勝気分があった。2000年代以降は、中国の台頭があり、現在は冷戦期のソ連寄りも軍事的、経済的に強大となり、アメリカが中国に追い抜かれるのも時間の問題となっている。そして、世界は、「ザ・ウエスト(the West、西側諸国)対ザ・レスト(the Rest、西側以外の国々)」の二極構造に分裂しつつある。

 アメリカは世界の警察官としてふるまってきたが、直接武力を使ったのは、「自分が確実に勝てると考えた相手」に対してのみだった。その想定がそのままであれば、アメリカの思い通りになったのであるが、ヴェトナムやアフガニスタン、イラクではアメリカの想定通りにはいかず、苦戦し、最終的には撤退することになった。世界で唯一の超大国であるアメリカが、国力で言えば全く相手にならない、問題にならない国々に敗れさったというのは、確かに、周辺諸国からの支援ということもあるが、「決意(resolve)」の問題もあったと、下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは主張している。

 アメリカは自国の周辺に深刻な脅威は存在してこなかった。カナダもメキシコもアメリカ侵略を虎視眈々と狙うような国ではなかったし、これからもそうだと言える。東側と西側は大西洋と太平洋によって守られている。大陸間弾道弾(ICBM)の時代となったが、それでもアメリカの存在している、北アメリカ地域、そして、大きくは米州地域に脅威は存在しない。キューバ危機で、キューバにソ連のミサイルが設置される瀬戸際まで行った時が、アメリカにとっての最大の脅威であったと言えるだろう。

 アメリカが軍隊を送ったり、何かしらの問題解決のために介入したりする際には、自国から遠く離れた地域ということになる。世界の様々な問題は、アメリカにとっては遠い世界のことでしかない。敵対国にしても、アメリカ本土に直接進行してくる懸念はない。ミサイルは怖いが、「アメリカにミサイルを発射すれば、その国が終わりになる、なくなってしまうことくらいはよく何でも分かっているだろう」という前提で行動している。アメリカの決意は当事者の中では低くならざるを得ない。結果として、アメリカによる問題解決はうまくいかないということになり、「アメリカは駄目になっている」という印象だけが強まっていく。

 これは世界帝国、世界覇権国の隆盛と衰退のサイクルを考えると仕方のないことだ。ローマ帝国や秦帝国以来、衰退しなかった世界覇権国、世界帝国は存在しない。このことは、『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』の第5章で詳しく紹介した。国旅国の低下に合わせて、決意も低下し、問題解決もできずに力の減退だけが印象付けられる。大相撲、日本のスポーツ界で一時代を築いた、大横綱であった千代の富士が、当時伸び盛りだった、貴花田(後の横綱貴乃花)に敗れ、引退を決意した際の言葉「体力の限界、気力も失せて引退することになりました」はアメリカにも当てはまるようだ。

(貼り付けはじめ)

アメリカは決意の固さの格差に苦しんでいる最中だ(America Is Suffering From a Resolve Gap

-敵国群が自分たちの思い通りにしようとする決意を固めた時にワシントンがすべきこと。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年1月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/30/biden-america-foreign-policy-middle-east-jordan-china/

近年のアメリカの外交政策は、イラクとアフガニスタンでの戦争の失敗、中東での和平努力の失敗、対立している大国の一部の核能力増強、その他数多くの不祥事など、一連の不幸のように見えることがある。そして、親イラン民兵組織による無人機(ドローン)攻撃でヨルダンで3人のアメリカ兵が死亡した最近の逆境は、アメリカ軍がこれらの激動の地域で何をしているのか、そしてアメリカ軍をそこに駐留させておくのは理にかなっているのかという新たな疑問を引き起こしている。

こうした度重なる失敗を、民主、共和両党の無能なアメリカの指導力や、間違った大戦略(grand strategy)のせいにしたくなる誘惑に駆られるが、世界政治を形成しようとするアメリカの取り組みは、次のようなより深刻な構造的問題に直面している。私もその種の批判をたくさん書いてきた。私たちは時々見落としてしまっている。アメリカの取り組みが失敗することがあるのは、アメリカの戦略が必ずしも悪いからでも、政府職員たちの熟練度が思ったほど低いからでもなく、敵対者が結果に大きな利害関係を持ち、彼らの思い通りにするために我々よりも大きな犠牲を払うことをいとわないためである。このような状況では、アメリカの優れた力が敵の優れた決意によって打ち破られる可能性が存在する。

このような問題が生じるのは、アメリカが現代史においてはるかに安全な大国だからである。自国の領土の近くには強力なライヴァルがおらず、大規模で洗練された多様な経済を持ち、数千発の核兵器を保有し、非常に有利な地理的条件を享受している。現在の安全保障と繁栄が永遠に続くとは限らないが、今日、これほど恵まれた立場にある国は他にない(このような大国は他に存在しない)。

その結果、矛盾が生じることになる。アメリカは武力攻撃から自国の国土を守ることを心配する必要がないため、世界各地に進出し、遠く離れた多くの問題に介入できる。しかし、これらの有利な状況は、これら遠く離れた地域で起こっていることがアメリカの生存にとって重大であることはほとんどなく、長期的な繁栄とは、ほぼ関係していない可能性があることも意味している。とりわけ、これは、アメリカが戦ったほぼ全ての主要な対外戦争が、ある程度、選択された戦争(a war of choice)であることを意味する。敵対的な侵略者や急速に悪化する治安状況に直面している国家には、独立を維持するために戦う以外に選択肢はないかもしれないが、アメリカは19世紀以来、こうした問題に直面していない。二度の世界大戦へのアメリカの参戦ですら、厳密に言えば、必要ではなかった可能性が高い。私は、二度の世界大戦に参戦したことは戦略的および道徳的見地から正しい決断だったと信じているが、アメリカの関与については当時激しく議論されており、それには当然の理由がある。

それ以来、アメリカは頻繁に、自国の海岸から遠く離れた敵と、敵の領土の近くまたは領土内で敵と戦うようになった。アメリカに比べてはるかに弱体だった中国が朝鮮戦争に介入したのは、アメリカ軍が中国国境に迫っていたためであり、毛沢東はアメリカとその同盟諸国が朝鮮半島全体を支配するのを阻止するために10万人以上の軍隊を犠牲にすることを厭わなかった。アメリカはヴェトナムに200万人以上の軍隊を派遣し、そのうち5万8000人以上を失うほどヴェトナムに深く介入した。しかし、北ヴェトナムは私たち以上に決意をもって戦い、より深刻な損失に耐え、最終的には勝利した。 2001年9月11日の同時多発攻撃の後、アメリカはアフガニスタンでアルカイダに対して積極的に攻撃な加え、タリバンが権力を取り戻すのを阻止するために何年も留まり続けることさえ厭わなかった。しかし最終的には、タリバンは私たちよりもアフガニスタンの運命を真剣に捉え、決意をもって戦った。同様の状況はウクライナでも明らかだ。アメリカと西側諸国はキエフを支援するために資金や武器を送るなど、費用のかかる手段をウクライナに提供する用意をしているが、ロシアの指導者たちは現地で戦って死ぬために兵士を派遣する強い決意を持っている。ウクライナを支援する諸外国はそうではない。それは、西側諸国の指導者たちが軽薄だからではなく、モスクワ(そしてウクライナ)にとって、それが世界の他の国々よりも大きな問題だからだ。台湾に関する議論にも同じ不快な問題が潜んでいる。アメリカ政府当局者や国防専門家たちが台湾の自治はアメリカにとって極めて重要な国益であるとどれほど強調しても、彼らがこの問題を中国政府よりも重視していると確信するのは難しい。

ここで注意して欲しい。敵国がより多くの利害関係を持ち、より大きな決意を持つという事実は、アメリカがグローバルな関与を引き受けるべきでない、あるいは遠くの紛争に介入すべきではないということを意味するものではない。例えば、相手が危険な行動を選択しないように抑止するためには、同等の決意は必要ないかもしれない。また、1991年のイラク、1999年のセルビア、そしてイラクのイスラム国との対立が示しているように、決意の固い敵が必ずしも勝つということでもない。しかし、アメリカは通常、自国から遠く離れた場所で活動しており、それゆえ敵対する相手が、アメリカより強い決意を持つ傾向があるという事実は、より広範な戦略環境の繰り返し見られる特徴である。

実際、アメリカはこの問題に対して、2つの方法で対処してきた。第一の方法は、アメリカの決意と信頼性に対する評判を、特定の紛争の結果に結びつけることだ。たとえ利害関係がそれほど大きくなくても、アメリカ政府高官たちは、将来どこかで起こる挑戦を抑止するためには、自分たちは勝たなければならないのだと主張する。この戦略は事実上、ある問題に対するアメリカの関心は、当初考えられたものよりも大きく、それはアメリカが過去に行ったかもしれない他のあらゆる公約や関心と結びついていると主張して、アメリカの政策に反対する国々や敵対勢力を納得させようとするものだ。

ヴェトナム、イラク、アフガニスタンで私たちが見てきたように、このやり方は、うまくいっていない戦争や、利益がコストを上回ると思われる戦争に対する国民の支持を維持するのに役立つ。しかし、アメリカに敵対する、もしくは不満を持っている国々を納得させることはできないかもしれない。特に、敵たちの決意が固まる、もしくは他の同盟諸国から、「自国を守るために使えるはずの資源を浪費している」と不満が出たりすればなおさらだ。更に言えば、1つの国家がより多くの関与を引き受ければ引き受けるほど、それら全てを一度に守ることは難しくなり、それぞれの関与の信頼性も低下する。挑戦者たちはいずれこのことを理解し、優位に立つ機会を待つことになる。ドミノ理論(domino theory)の応用形態を持ち出しても、それだけでは効果的な戦略にはならない。

2つ目の解決策は、アメリカが自国にほとんど、またはまったく犠牲を与えずに敵国を倒すことができるように、十分な軍事的および経済的優位性を維持することだ。敵対勢力は、深刻になっている問題により懸念を持つので、彼らが目的を達成するために高い代償を払わなければならないかどうかは、彼らにとって問題にはならないかもしれない。しかし、私たちはそうではない。サダム・フセインが1990年にアメリカに反抗したのは、アメリカ社会が1回の戦争で1万人の兵力を失うことを受け入れないだろうと考えたからだ。ところが、アメリカ政府の指導者たちは、アメリカがそのような多大な犠牲を払って戦いに舞えるということはないということを確信しており、「砂漠の嵐」作戦は、アメリカ政府の指導者たちが正しかったことを証明した。実際、この原則がアメリカの国防と外交政策全体のアプローチを支えていると主張する人もいるだろう。比較的低コストで敵を倒すことができる能力を獲得するために多額の資金を費やしている。アメリカは、多種多様な武力による保護手段に多くの資源を投入し、世界金融システムの主要な結節点に対する支配を利用して他国に一方的な制裁を課している。そして可能な限り、問題が起きている国の地上軍(例えば、イラク特殊部隊対イスラム国、今日のウクライナ軍対ロシア軍といった形)に依存している。

 

 

 

 

 

問題は、特に一極時代(unipolar moment)が終わり、諸大国のライヴァルたちが再び台頭しつつある現在、アメリカがこの規模での優位性を維持するのが難しいことだ。更に言えば、反乱やその他の形態の局地的な抵抗に直面すると、アメリカの軍事的優位性は低下する。テクノロジーの発展(具体例:無人機、監視強化、ミサイル能力の普及など)は、イエメンのフーシ派などの比較的軍事力の弱い主体にも、全体的な能力がはるかに強い敵にコストを課す能力を与えている。ヨルダンで無人機攻撃を行った民兵組織など、弱いながらも意欲的な現地主体は、アメリカに自分たちの望むことを強制することはできないかもしれないが、アメリカが思い通りに行動することが困難にすることはできる。アメリカはこれまで数十年にわたり思い通りに行動することができた。

もし世界が防衛力優位の時代に突入し、ほとんどの国家の決意が身近な地域を対象にすることで最大になるのであれば、どの国にとっても、広大で揺るぎない世界的影響力を行使する能力は低下するだろう。5つ以上の大国が、自国が存在する地域である程度の影響力を行使するが、自国の領土から離れれば離れるほど、その影響力は急速に低下するという多極的な秩序(multipolar order)が出現することも想像できる。影響力が低下するのは、パワーを投射する能力(the ability to project power)が距離とともに低下するためでもあるが、遠くへ行けば行くほど、決意のバランスが他国へシフトするためでもある。

このような世界では、アメリカはこれまでよりも慎重に戦いを選択する必要があるだろう。なぜなら、どこにでも行き、あらゆることを行うコストは上昇し、遠く離れた敵国は、自分たちが存在する地域内で、それらのコストをより喜んで支払うようになる。私たちよりも彼らがコストを負担する決意を持っている。良いニュースとしては、アメリカの現在の同盟諸国の一部が、自分たちの利益になるということで、自分たちと自分たちの周囲を守るためにもっと行動し始める世界になるかもしれないということだ。私たちが過去75年暮らしてきた世界とは異なる世界になるだろうが、アメリカ人はそれを過度に心配する必要はない。以前にも主張したように、それはアメリカ人にとって有利な世界になる可能性さえある。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。準備中に、イスラエルとハマスの紛争が始まり、そのことについても分析しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは戦後、中東地域で大きな影響力を保持してきた。親米諸国と反米諸国が混在する中で、石油を確保するために、中東地域で超大国としての役割を果たしてきた。1993年にはオスロ合意によって、イスラエルとパレスティナの和平合意、二国間共存(パレスティナ国家樹立)を実現させた。しかし、中東に平和は訪れていない。パレスティナ問題は根本的に解決していない。今回、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスティナ問題を「最終解決」させようとしているかのように、徹底的な攻撃を加えている。アメリカは紛争解決について全くの無力な状態だ。イスラエルを抑えることもできていないし。パレスティナへの有効な援助もできていない。

 アメリカの中東政策について、下の論稿では、「社会工学(social engineering)」という言葉を使っている。この言葉が極めて重要だ。「社会工学」を分かりやすく言い換えるならば、「文明化外科手術」となる。はっきり書けば、非西洋・非民主的な国々を西洋化する(Westernization)、民主化する(democratization)ということだ。日本も太平洋戦争敗戦後、アメリカによって社会工学=文明化外科手術を施された国である。アメリカの中東政策は、アラブ諸国に対して、西洋的な価値観を受け入れさせるという、非常に不自然なことを強いることを柱としていた。結果として、アメリカの註徳政策はうまくいかない。それは当然のことだ。また、アメリカにとって役立つ国々、筆頭はサウジアラビアであるが、これらに対しては西洋化も民主化も求めないという二重基準、ダブルスタンダード、二枚舌を通してきた。

 アメリカの外交政策の大きな潮流については、私は第一作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)で詳しく書いたが、大きくは、リアリズムと介入主義(民主党系だと人道的介入主義、共和党系だとネオコン)の2つに分かれている。第三作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)で、私は「バイデン政権は、ヒラリー・クリントン政権である」と結論付けたが、ヒラリー・クリントンは人道的介入主義派の親玉であり、バイデンはその流れに位置する。従って、アラブ諸国を何とかしないということになるが、それではうまくいかないことは歴史が証明している。それが「社会工学」の失敗なのである。

 最新作『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で、私は世界が大きく「ザ・ウエスト(西洋諸国)対ザ・レスト(西洋以外の国々)」に分裂していくということを書いたが、西洋による社会工学=文明化外科手術への反発がその基底にある。私たちは、文明化外科手術を中途半端に施された哀れな国である日本という悲しむべき存在について、これから向き合っていかねばならない。

(貼り付けはじめ)

「バイデン・ドクトリン」は物事をより悪化させるだろう(The ‘Biden Doctrine’ Will Make Things Worse

-ホワイトハウスは中東に関して、自らの利益のために野心的過ぎる計画を策定している。

スティーヴン・A・クック筆

2024年2月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/09/biden-doctrine-israel-palestine-middle-east-peace/

アメリカに「中東についてのバイデン・ドクトリン(Biden Doctrine for the Middle East)」は必要か? 私がこの質問を発するのは、トーマス・フリードマンが先週の『ニューヨーク・タイムズ』紙でバイデン・ドクトリンについて述べていたからだ。どうやらバイデン政権は、「イランに対して強く毅然とした態度(a strong and resolute stand on Iran)」を採用し、パレスティナの国家化(statehood)を進め、サウジアラビアに対して、サウジアラビアとイスラエルとの関係正常化(normalization)を前提とした、防衛協定(defense pact)を提案する用意があると考えられている。

フリードマンのコラムがホワイトハウス内の考え方を正確に反映しているなら、そしてそうでないと信じる理由はないが、私は「ノー」の評価を下すことになる。これまで中東変革を目的とした大規模プロジェクトを避けてきたジョー・バイデン大統領とその側近たちは、特にパレスティナ国家建設に関しては、噛みつく以上に多くのことを実行しようとしている。これが更なる地域の失敗になる可能性が高い。

第二次世界大戦後のアメリカの中東外交を振り返ると、興味深いパターンが浮かび上がってくる。政策立案者たちがアメリカの力を使って悪いことが起こらないようにした時は成功したが、ワシントンの軍事、経済、外交資源を活用して良いことを起こそうとした時は失敗してきた。

中東地域で国際的な社会工学(social engineering 訳者註:文明化外科手術)にアメリカが公然と取り組もうとしたきっかけは、1991年にまでさかのぼる。その年の1月から2月にかけて、アメリカはイラクの指導者サダム・フセインのクウェート占領軍を打ち破った。そしてその10ヵ月後、ソ連の指導者たちはこの連合を終わらせることを決定した。アメリカは、唯一残された超大国として独り立ちしたのである。冷戦に勝利したワシントンは、平和を勝ち取ること、つまり世界を救済することを決意した。中東でこれを実現するために、アメリカ政府高官が求めた主な方法は「和平プロセス(the peace process)」だった。

フセインによるクウェート吸収への努力が行われ、イスラエルとその近隣諸国との紛争との間に関連性がほとんどなかったにもかかわらず、イスラエルとアラブとの間に和平を築こうとするアメリカの努力は、砂漠の嵐作戦後のワシントンの外交の中心となった。もちろん、抽象的なレベルでは、イラクもイスラエルも武力によって領土を獲得していたが、1990年8月のイラクのクウェート侵攻と1967年6月のイスラエルの先制攻撃はあまりにも異なっていたため、比較の対象にはなりにくかった。

中東和平へのアメリカの衝動は、国際法(international law)というよりも、アメリカの力がより平和で豊かな新しい世界秩序の触媒になりうるという信念に基づくものだった。もちろん、これは主流の考え方から外れたものではなかった。結局のところ、アメリカは世界をファシズムから救ったのであり、ジョージ・HW・ブッシュ大統領がマドリードで平和会議を招集した当時、ソヴィエト共産主義は死にかけていた。

あらゆる努力にもかかわらず、ブッシュの中東における目標は依然として主にアラブとイスラエルの和平問題の解決に限定されていた。和平プロセスが決定的に変化する様相を呈したのはクリントン政権になってからである。 1993年の同じ週、イスラエルのイツハク・ラビン首相とパレスティナ解放機構の指導者ヤセル・アラファトが、当時のアメリカのアメリカ大統領ビル・クリントンと国家安全保障問題担当大統領補佐官アンソニー・レイクの支援と許可のもとでオスロ合意の最初の合意に署名した。ビル・クリントンとアンソニー・レイクは、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題大学院(SAIS)の学生と教職員の前に現れ、冷戦直後の世界におけるクリントン政権の米国外交政策の目標を述べた。クリントン大統領のアプローチの中心は、レイクが「民主政治体制の拡大(democratic enlargement)」と呼んだものだった。

クリントン率いるティームが中東の変化を促進する方法はパレスティナを通じてであった。クリントンは、イスラエル人とパレスティナ人の間の和平は、より平和で繁栄した統合された地域を生み出し、それによって中東の国家安全保障至上国家群の存在の理論的根拠を損なうことになると推論した。平和の後、アラブ世界では権威主義が民主的な政治制度に取って代わられることになる。主要な側近の一人の言葉を借りれば、「クリントンは変革の目標を自らに設定した。それはアラブ・イスラエル紛争を終わらせることによって中東を21世紀に移行させることだ」ということだ。

和平が政治的変化をもたらすという考えは魅力的だったが、クリントンはこの地域の権威主義的な政治の理由を見誤っていた。いずれにせよ、イスラエル人とパレスティナ人の間で紛争終結に向けた合意を成立させようとしたクリントンの努力は、ほぼ10年かけても実を結ばなかった。クリントンが大統領を退任すると、暴力がイスラエルとパレスティナの両地域を巻き込み、第2次インティファーダ(Intifada)が発生した。

クリントンの次の大統領ジョージ・W・ブッシュは当初、クリントンが中東和平に割いた時間とエネルギーに懐疑的だったが、実はブッシュはパレスティナ国家をアメリカの外交政策の目標と宣言した最初の大統領だった。そこに到達するために、彼は前任者の論理をひっくり返した。ブッシュのホワイトハウスにとって、パレスティナの政治機構を民主的に改革し、ヤセル・アラファトを追放して初めて和平が成立するということになっていた。

クリントン前大統領と同様、ブッシュは失敗した。大統領執務室をバラク・オバマ大統領に譲った時、パレスティナの民主政治体制も和平もパレスティナ国家も存在しなかった。クリントンとブッシュは、中東に対するアプローチがまったく異なる2つの政権にもかかわらず、中東の政治的・社会的変革という共通の野心的目標を共有していた。

イラクの変革であれ、いわゆるフリーダム・アジェンダによる民主政体の推進であれ、パレスティナ国家建設の努力であれ、中東においてアメリカは失敗を繰り返していると認識していながら、オバマもドナルド・トランプ大統領もバイデンもそのことを念頭に置いていなかった。新しい中東を社会工学的に設計したいという願望を持っていた。バイデンの場合、彼はイスラエル人とパレスティナ人を交渉させ、和平協定に署名させるための当時の国務長官ジョン・ケリーの奮闘を監督したが、二国家解決には悲観的な見方をした。バイデンの側近たちは就任直後、過去の政権の地域的野望は繰り返さないと明言した。

そして、2023年10月7日、ハマスによる約1200名のイスラエル人の残忍な殺害と、イスラエルによるガザ地区での徹底的な破壊を伴う軍事的対応が始まった。トーマス・フリードマンによれば、イスラエルとハマスの戦争が続き、ほとんどがパレスティナの民間人である死体が積み重なる中、バイデンは中東で成し遂げたいこと、つまり、石油の自由な流れを確保すること、イスラエルの安全保障に対する脅威を防ぐ手助けをすること、中国を出し抜くこと、は、再び外部から中東の変化を促すような新しく野心的なアメリカのドクトリンなしには実現しそうにないという結論に達したということだ。

公平を期すなら、イランがワシントンとの新たな関係を望んでいないことをホワイトハウスが理解したことは好ましい進展だ。また、サウジアラビアとの防衛協定は、中国との世界的な競争という点では理にかなっている。しかし、パレスティナの国家建設にアメリカが多額の投資をすることは、以前の取り組みのように失敗に終わる可能性が高い。

確かに、今回は違いがある。10月7日以降、専門家たちが何度も繰り返してきたように、戦争は新たな外交の機会を開く。しかし、イスラエルとパレスティナという2つの国家が並んで平和に暮らすことで、現在の危機から脱するチャンスが訪れると信じる理由はほとんど存在しない。

バイデンと彼のティームは、二国家解決を追求するしかないと感じているかもしれないが、自分たちが何をしようとしているのかを自覚すべきである。今回のイスラエル・パレスティナ紛争は、アイデンティティ、歴史的記憶、ナショナリズムといった、とげとげしい、しかししばしばよく理解されていない概念に縛られている。

イスラエル人とパレスティナ人の闘争には宗教的な側面もある。特にハマスとメシアニック・ユダヤ人グループ(messianic Jewish groups)は、ヨルダン川と地中海の間の土地を神聖化している。パレスティナの政治指導者たち(ハマスもパレスティナ自治政府も)は、ユダヤ教とパレスティナの歴史的つながりを日常的に否定している。これらの問題から生まれる対立的な物語は、バイデン政権が現在思い描いているような共存には向いていない。

そして、イスラエルとパレスティナの社会における残忍な政治が、長年にわたる当事者間の膠着状態を助長してきた。ガザを中心としたイスラエルとハマスの闘争は、イスラエル人がパレスティナ人の和平のための最低限の要求(完全な主権を持つ独立国家[a fully sovereign independent state]、エルサレムに首都設置[a capital in Jerusalem]、難民の帰還[a return of refugees])を受け入れることをより困難にする可能性が高い。同様に、パレスティナ人は、自分たちの鏡像であるイスラエルの最低限の和平要求に同意することはできないだろう。 イスラエル人が求めているのは、エルサレムをイスラエルの分割されていない永遠の首都とすること、1967年6月4日に引かれた線を越えて領土が広がる国家とすること、そしてパレスティナ難民を帰還させないことである。

新しいアイデアを失い、ガザ戦争で世界の競争相手である中国に立場を譲ることを懸念し、若い有権者たちからの支持の喪失を懸念しているバイデンとそのティームは、和平プロセスにしがみついているが、失敗に終わった事業であり、過去30年間で、今ほど、これ以上成功する見込みはない時期は存在しなかった。

ある意味、大統領を責めるのは難しい。和平プロセスの努力をしていれば安全なのだ。大統領の党内にはそれを支持する政治的支持がある。彼は努力したと言うことができる。中東を変革しようとするこの最新の動きが、おそらく何年にもわたる交渉の結論の出ない交渉の末にパレスティナ国家を生み出せなかった時、バイデンはとうに大統領職を終えていることだろう。

その代わりにアメリカは何をすべきか? これはとても難しい問題だ。それは、この問題が、解決不可能な紛争を解決するためのアメリカの力の限界を認識するように、特にアメリカの政策立案者、連邦議会議員、そしてワシントン内部(the Beltway、ベルトウェイ)の政策コミュニティに求めているからだ。

それでも、アメリカにできる重要なことは存在する。それは、イランがこれ以上地域の混乱を招くのを防がなければならないということだ。ワシントンは、既に起こっている地域統合の後退を食い止めるために努力しなければならない。そしてアメリカの指導者たちは、イスラエル人に対し、なぜイスラエルを支持する政治が変わりつつあるのかを説明することができる。ある意味では、これはイスラエル人とパレスティナ人の間の和平について、より利益をもたらす環境作りに役立つだろうが、それが実現し、実際に利益をもたらす保証はない。

2001年のある出来事を思い出す。イスラエルのアリエル・シャロン首相との記者会見で、コリン・パウエル米国務長官(当時)は「アメリカは当事者たち以上に和平を望むことはできない(The United States cannot want peace more than the parties themselves)」と発言した。これこそがバイデン大統領が陥っている罠なのである。

※スティーヴン・A・クック:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、米外交評議会中東・アフリカ研究部門エニ・エンリコ・マテイ記念上級研究員。最新作『野心の終焉:中東におけるアメリカの過去、現在、未来(The End of Ambition: America’s Past, Present, and Future in the Middle East)』が2024年6月に発刊予定。ツイッターアカウント:@stevenacook

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 イランのイスラム革命防衛隊少将でエリート部隊であるコッズ部隊の司令官だったカシーム・スレイマニが2020年1月3日に殺害された。同時にイラクのシーア派民兵組織カタイブ・ヒズボラの最高指導者アブ・マフディ・アル・ムハンディスも殺害された。この殺害はイラク国内、バグダッド国際空港近くで実行された。
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スレイマニ

 イラク国内でアメリカ関連施設に対しての攻撃が実行され、アメリカ人の犠牲者が出て、それに対してアメリカは報復措置としてカタイブ・ヒズボラの施設を空爆し死傷者が出た。この攻撃に対してバグダッドにあるアメリカ大使館に対して激しい抗議活動が行われたが、2019年年末で一応収束していた。カタイブ・ヒズボラが抗議活動を止めるように命じた。これで一応の安定が図られたが、2020年1月3日にスレイマニが殺害された。
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スレイマニ葬儀の様子
 これによって事態は一気に緊迫感を増した。これまでアメリカもイランも事態を緊迫化させないようにしてきた。しかし、アメリカのドナルド・トランプ大統領は事態を大きく変化させ、中東情勢を一気に緊迫化させた。下の記事のタイトルは「トランプ大統領は中東で危険な火遊びをしている」だ。
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ドナルド・トランプ
 トランプ政権はイランが大規模かつ深刻な反撃をしてこないという前提で、スレイマニ殺害を行った。それどころか、「戦争を止める」ためにスレイマニ殺害を行ったとしている。これに対してイランが同等の報復ということになると、アメリカ政府の最高幹部の暗殺か、アメリカ人を多数殺害することであるが、これだと全面戦争になってしまう。これはアメリカもイランも望んでいない。そうなれば、イランは屈辱を受け入れて忍従するということになる。しかし、これではイラン国内の不満を抑えることは難しい。だから、どうしてもある程度の報復を行うことになる。
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ポンぺオ
 そもそも外国の戦争や政権転覆にアメリカは関わらない、米軍は撤退するという主張でトランプ大統領は当選した。今回、イラク国内でこのような事件を起こしておいて、イラクにいづらくなることは確実だ。米軍のイラクからの撤退ということになると、イラクはイランの勢力圏にはいるということになる。そうなればイランのシリア支援も更に高度に続くことになる。イランからのシリア支援はますます実行しやすくなる。イランにイラクを与える(米軍の撤退)代わりにスレイマニを殺害したということは考え過ぎだろうか。

そのような事態まで想定しての今回のスレイマニ殺害ということだとすると、トランプ政権の深謀遠慮ということになるが、下の記事では慎重に検討せずにやってしまったという評価である。

 国防総省、アメリカ軍は慎重な姿勢であったことを考えると、スレイマニ殺害は諜報機関、CIAが実行した可能性が高い。マイク・ポンぺオ国務長官は連邦下院議員から2017年1月にトランプ政権のCIA長官に就任した(2018年4月まで)。その後、政権内の横滑り(地位としては上昇)して国務長官に就任し、現在に至っている。無人機による攻撃が可能になってから、CIAとアメリカ軍(特殊部隊)は暗殺などの特殊作戦をめぐって争っている。今回はCIA主導、ポンぺオ主導で攻撃が行われたと考えられる。

 アメリカとイランが共に全面戦争に突入したくないと考えているのは救いだ。しかし、状況をコントロールできるかは不透明だ。不測の事態によって人間のコントロールなど簡単に無力化してしまう。ショックから少し落ち着きが出てきているが、楽観は禁物だ。

(貼り付けはじめ)

トランプ大統領は中東で危険な火遊びをしているTrump Is Playing With Fire in the Middle East

―アメリカ大統領トランプはイランのスレイマニに対する攻撃は「戦争を止める」ためだったと主張するかもしれないが、攻撃は彼の意図通りにはいかないだろう

コリン・カール筆

2019年1月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/01/04/trump-is-playing-with-fire-in-the-middle-east/

2011年6月、アメリカ軍がイラクから撤退しつつある中、イランが支援している民兵組織がアメリカ軍の各基地に一連の強烈なロケット弾攻撃を行った。10名以上のアメリカ軍将兵が死亡した。これは1か月で亡くなった米軍将兵の数で最大数となった。当時のオバマ政権の前には報復のための2つの選択肢が存在した。1つはイラン国内を攻撃し、イランの工作員たちを殺害することで、もう1つはイラクの民兵組織のロケット弾部隊に対して、イラク国内で攻撃するがその際にはアメリカ軍の特殊部隊だけを使用することだった。イランとのより大規模な戦争状態に進むことを思いとどまらせるために、オバマ政権は後者を選択した。

2019年12月27日にキルクーク近郊の基地に対してロケット弾攻撃が行われ、アメリカ人の建設請負業者1名が死亡し、アメリカとイラクの複数の作業員が負傷した。これに対する報復として、先週、トランプ政権はカタリブ・ヒズボラに対して空爆を実行した。カタリブ・ヒズボラはイラクの民兵組織で、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)と緊密な関係を持っている。しかし、イラク時間の先週金曜日午前(アメリカでは木曜日夕方)、ドナルド・トランプ米大統領は後先を考えることなく、無人機による攻撃を許可した。そして、バグダッド空港の近くでイスラム革命防衛隊のコッズ部隊の司令官であり、イランの最重要の指導者の一人であるカシーム・スレイマニ少将とイラク民兵組織の指導者たちが殺害された。

スレイマニの死によって、アメリカ政府とイランとの間の圧力と挑発の綱引きのサイクルは1カ月間も続き、更に極めて危険な段階に進んでいる。地域全域に火の手が広がるリスクはこれまでよりも高まっている。攻撃の直前、米国防長官マーク・エスパーはアメリカ軍を防衛するために予防的行動をとると警告を発した。エスパーは「ゲームは変化した」と述べた。しかし、これはゲームではない。アメリカとイラン両方の掛け金は高くはない。

アメリカ人でスレイマニのために涙を流す人はいないだろう。イランのエリート準軍事的組織であるコッズ部隊司令官として、スレイマニは、アメリカのイラク占領期間中、イラク国内のシーア派民兵組織を糾合してアメリカ軍を攻撃させ、数百名のアメリカ軍将兵の命を奪った。彼はまたレバノンのヒズボラ、ガザ地区の聖戦主義者たち、イエメンのフーシ派民兵組織、シリアの残忍なバシャール・アル・アサド政権への支援というイランの政策の方向性を決定づけた。彼はイラン国外でのイランによるテロ攻撃と国内での反体制派に対する残忍な弾圧に責任を持つ人物であった。

トランプ政権は2015年のイランとの間の核開発に関する合意を放棄し、イランに対する経済制裁の更なる強化のための圧力を強めている。こうした動きに対抗するために、イラン政府は最近になって、スレイマニの関与を示唆するような一連の挑発を行った。その中にはイラクに駐留するアメリカ軍への脅迫も含まれていた。米軍統合参謀本部議長マーク・ミレイは、2019年10月以降頻発しているイラク国内へのアメリカ関連施設へのロケット弾攻撃についてはイランが支援している複数の組織が関与していると発言している。しかし、2019年12月27日の時点ではアメリカ人の血が流れるということはなかった。しかし、2019年12月27日にアメリカ人の死亡者が出ると、アメリカ政府はすぐに報復を実行した。イラクとシリアにある民兵組織カタイブ・ヒズボラの複数の拠点などを攻撃した。この報復攻撃に対して、シーア派民兵組織の幹部たちは人々を扇動してバグダッドにあるアメリカ大使館への抗議を行わせた。これはベンガジ事件を想起させるものとなった。これがトランプ大統領のスレイマニ殺害の決定までの事情である

テロリストの親玉が一人死亡したことはアメリカ人の基底にある正義の感覚にとにもかくにもかなうものではあるが、彼の暗殺によってこれから起きることが統御不能のスパイラルに陥り、アメリカ国民とアメリカの国益をより危険に晒すことになるという現実的な見方を曖昧にするべきではない。

ブッシュ(息子)政権とオバマ政権は統御不能になる懸念からスレイマニに対して直接攻撃を行わないという決断を下した。これには国防総省と諜報関係部門が共有していた。攻撃をすれば事態が一気に悪化するということに同意していた。2019年春、国防総省はホワイトハウスに対してイスラム革命防衛隊を外国のテロリスト組織と指定することに対して懸念を表明した。国防総省はそうすることでイラクやその他の場所にいるアメリカ政府関係者の声明を重大な危険に晒すと主張した(トランプは結局そのようにしたのだが)。2019年6月、当時の米軍統合参謀本部議長ジョセフ・ダンフォードはイランによるアメリカの無人機撃墜の報復のためにイラン本土を攻撃しないようにと訴えた。これまで続いてきた慎重な姿勢は覆された。

トランプ大統領とマイク・ポンぺオ国務長官は、スレイマニの攻撃についてアメリカ軍へのこれ以上の攻撃を防ぐために必要な措置であったと正当化している。トランプ大統領に言わせれば「戦争を止めるため」ということであった。トランプ政権が重要な情報を発表していない中でこれらの主張を評価することは難しい。一方、国防総省が発表した声明では今回の攻撃について抑制的であり、イランからの差し迫った攻撃については言及しなかった。更に言えば、いくつかの報道によれば、トランプ大統領がスレイマニを標的とすることを許可したのは2019年12月27日のロケット弾攻撃の後であった。また、アメリカ軍特殊部隊はそれ以降攻撃の機会のために待機していた。こうしたことから、スレイマニに対する攻撃がバグダッドにあるアメリカ大使館への抗議が終わり、イラクでの状況が深刻化していない中で起きた理由を説明できることになる。

それにもかかわらず、トランプ大統領と彼の最側近たちはスレイマニ殺害のための理論を持っていることは明らかだった。彼らは、イランは張子の虎であり、鼻面をこっぴどく殴りつければ、穴の中に引っ込んでしまうと確信していた。過去においてイランのイスラム政権はより強力な敵意に直面すると慎重さを示したというのは事実だ。また事態の深刻化に対処するために、イランの指導者たちは歴史的に見て自分たちの否定されるべき行為を隠すために非公然の攻撃を行う、もしくは外国にいるイランの代理勢力や味方勢力がアメリカ、イスラエルの攻撃対象となっている場合には別の方法を模索してきたということもあった。

しかし、スレイマニに対する攻撃はこれまでの状況とな大きく異なっている。今回の攻撃はイラン国内で二番目に重要な最高幹部と想定される人物に対する公然の攻撃であった。イラン側から見れば、今回の暗殺はアメリカで言えばCIA長官、国防長官、陰の国務長官の役割を一手に引き受けていたような最重要人物が殺害されたに等しいということになる。アメリカ側が認めるにしても認めないにしても、イラン側はこれを戦争行為だと見なす。イランの政権は自分たちの選ぶタイミング、場所、方法で対応することになるだろう。なぜならば、イランの政権がアメリカとの衝突よりも恐れているのは、政権に対するこのような直接的な挑戦に対して引いてしまうことだからだ。

スレイマニの殺害に対して、イランの最高指導者アル・ハメネイ師は「昨晩のスレイマニと他の殉教者たちの流血を手につけている罪人たちに対しては強力な復讐」を行うと警告を発した。復讐は様々な形を取ることになるだろう。イランはシーア派民兵組織に対してイラク国内のアメリカ政府関係者に対するロケット弾とロードサイド爆弾による攻撃を激化する、またバグダッドにあるアメリカ大使館に対する更なる抗議と攻撃を組織化する許可を与える可能性がある。イランの代理勢力は、シリア東部の油田を防衛している数百名単位のアメリカ軍将兵を標的とする、もしくはアフガニスタンに駐留する米軍への直接攻撃を行う可能性がある。イランはイラク国内もしくはペルシア湾岸地域にあるアメリカ関連施設に対して弾道ミサイルを発射する可能性も高い。また、ホルムズ海峡での国際海運を妨害の度合いを高めるかもしれない。中東地域の重要なエネルギー関連施設に対してミサイルもしくは無人機を使った攻撃を仕掛けるかもしれない。レバノンのヒズボラやパレスチナの民兵組織を焚きつけてイスラエルを攻撃させるかもしれない。イラン政府は中東地域のアメリカ人やアメリカの利益に対してのテロ攻撃を組織化する可能性がある。1980年代のベイルートや1996年にサウジアラビアのコーバー・タワーでの出来事が再現されるかもしれない。もしくはアメリカ国内での攻撃を計画するかもしれない。これは2011年にワシントンで駐米サウジアラビア大使に対しての攻撃が計画されたことを想起させる。イランは現在急速に発展させているサイバー攻撃能力を使ってアメリカ本土を攻撃する可能性もある。

もしイランによる報復によってアメリカ国民の血が更に流されることになると、アメリカは報復攻撃を行うことになる。それは国防総省の最新の声明から言葉を借りるならば、「将来のイランによる攻撃計画を抑止する」ことを目的とするものとなる。そして、イランの指導者たちは、アメリカによる更なるイランの軍事組織や利益に対する攻撃が行われる可能性に直面する中で、アメリカ政府と同様の計算を行うことになるだろう。アメリカもイランも全面戦争は望まないだろう。しかし、どちらかが事態を深刻化させ、それに対して相手も深刻化に付き合うとなり、双方は独自の論理で「自分たちは自衛をしているだけだ」と主張することになる。そして、この激しいスパイラルから完全に抜け出すことは難しくなる。

アメリカとイランが地域戦争を避けることになっても、双方はスレイマニの殺害によって引き起こされる副次的結果は避けられないだろう。スレイマニ対する攻撃に対してイラク国民は憤激している。この結果、イラク国内におけるアメリカの立場は脆弱なものとなる可能性が高い。イラクの暫定首相アディル・アブドゥル・マウディは今回の攻撃はイラクの主権に対する侵害であり、イラク国民に対する侵略行為であると非難している。また、イラク国民議会が短期間でのアメリカ軍のイラクからの完全撤退を求めるようなことになっても驚きはないとも発言している。トランプ大統領は「アメリカに対して感謝のない」同盟諸国を支援することに対して長年疑義を呈してきたので、その機会を利用して米軍を撤退させる可能性もある。米軍の撤退はトランプの支持者たちには評価されるだろう。しかし、そうなればイラク国内におけるイランの影響力がさらに高まることになり、イスラム国の再建をチェックし阻止することは更に難しくなる。

核開発についても、イランは更に長髪の度合いを高める可能性が高い。2019年、トランプ大統領による核開発をめぐる合意の放棄に対して、イラン政府は各開発プログラムの一部を徐々にではあるが再開させている。アメリカとの緊張関係を高める中で、更に劇的なことが起きる可能性が高い。その中にはさらに高いレヴェルでのウラニウム濃縮も含まれている。そして、イランが核兵器のための燃料を製造する能力獲得に近づけば近づくほど、これはつまり外交的解決がどんどん遠ざかることを意味するが、アメリカもしくはイスラエルと軍事的対峙状態が出現するようになるだろう。

これらの危険の中で、トランプ政権は戦略と計画をアメリカ国民に示して、アメリカ国民の動揺を抑えねばならない。アメリカ政府は攻撃を正当化し、攻撃によって起きる可能性のある様々なリスクを軽減するためにも情報を国民に与える必要がある。もしトランプ以外の人物が政権を率いていたら、中東地域にいるアメリカ軍将兵や外交官の安全を確保するために首尾一貫した国家安全保障プロセスを維持しただろうし、民間人脱出計画も準備しただろうし、中東地域とアメリカ国内の重要な社会資本へのイランが支援するテロ攻撃やサイバー攻撃に対する防御を強化しただろうし、アメリカ軍がイランとの関係を深刻化させることを防ぐ、もしくは統御できるようにするために公のメッセージを発せるように準備させていたことだろう。現在まで、トランプ大統領は上記のような慎重さを示すようなことは何もしていない。トランプ政権は上記のようなことを実行するための能力があることを示してもいない。現在、トランプ大統領が行った極めて重要な決定のために、トランプ政権は重大な試練に直面している。アメリカが真っ暗な海に頭から飛び込む時、政権が先を全く見通せない状態でかじ取りを任せることになる、これが本当の危険なのだ。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。 

 2019年9月14日にサウジアラビアの東部、ペルシア湾岸沿いのアブケイクの石油生産施設が攻撃された。サウジアラビアの1日当たりの産油量が半減する被害が出ているが、死傷者は出なかった。

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サウジアラビア・アブケイクの地図

  アメリカのドナルド・トランプ大統領とマイク・ポンぺオ国務長官は今回の攻撃はイランが実行、もしくは関与しているとして非難している。トランプ大統領は米軍が臨戦態勢にあるとまで発言した。また、サウジアラビア外務省は、イラン製の武器が使われたという声明を発表した。これに対して、イランは関与を完全否定しており、また中国は安易な決めつけをしないように懸念を表明した。

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攻撃後の様子 

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攻撃による被害の様子

  今回の攻撃について、イエメンの反体制勢力ホーシー派(Houthis、フーシ派)が攻撃を実行したという声明を発表した。ホーシー派にはイランが支援を行っている。ホーシー派はイエメン内戦の当事者であり、もう一方の当事者である現政権を支援しているサウジアラビアに対して、これまで数度攻撃を行っている。しかし、これほど重大な被害を与える攻撃となったのは初めてのことだ。 

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ホーシー派

  今回の攻撃については明確になっていないことが多い。誰が攻撃を実行したのか、どのような兵器が使われたのか、イランが実行もしくは関与したというのは真実か、サウジアラビアの自作自演の可能性はどうか、など疑問が次々と出てくる。

 アメリカ政府はイランの実行もしくは関与と決めつけている。また、サウジアラビアもイランを非難する声明を発表した。他の大国は抑制的に対応している。トランプ大統領は米軍が臨戦態勢にあると述べた。しかし、アメリカ軍がイランと直接戦うことは今のところ考えられない。 

 トランプ大統領は米軍の中東とアフガニスタンからの撤退を公約にして当選したことを考えると、来年大統領選挙を控えており、アメリカが新たな戦争をする可能性は低い。アメリカの脅威、圧力が低下する中で、世界規模で不安定さが増している。日韓関係の悪化もアメリカの存在感の低下が原因だ。 

 サウジアラビアとイランはペルシア湾をはさんで対峙している。ペルシア湾岸をはさんで直接戦火を交えることは、お互いが石油輸出を命綱としている以上、ペルシア湾岸を戦場にしたくはないだろう。サウジアラビアが単独でイランと戦うというのもサウジアラビアにとっては貧乏くじを引くようなもので、戦争によって国内が不安定になれば、サウジ王家の存続にまで影響が出る可能性もある。 

 イランにしてみれば、アメリカのトランプ大統領が強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障問題担当補佐官を解任してくれ、交渉に前向きな姿勢を見せているのに、わざわざアメリカとの対立を激化させる危険な冒険をするとは考えにくい。

 アメリカが構築した戦後世界体制の緩みがでてきて、世界各地が不安定な状況になっている。アメリカからの距離感の遠近で、「ポスト・覇権国アメリカ」時代への移行期に、どれくらい影響を受けるかが違ってくるだろう。 

(貼り付けはじめ)

 サウジアラビアの石油生産施設に対する複数の攻撃についてあなたが知っておくべきこと(What You Need to Know About the Attacks on Saudi Oil Facilities)

―イランに責任があるとされる攻撃によってもアメリカとの間で軍事衝突には今のところ至っていない。 

ロビー・グラマー、エリス・グロール、エイミー。マキノン筆

2019年9月16日

『フォリーン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2019/09/16/what-you-need-to-know-about-the-attacks-on-saudi-oil-facilities-yemen-houthis-iran-who-attacked/

 土曜日にサウジアラビアの石油生産施設に対して攻撃があった。この攻撃によって、国際石油市場にショックを与え、イランとアメリカとの間の緊張を高めた。ドナルド・トランプ大統領は、アメリカ軍は反撃のために「臨戦態勢にある(locked and loaded)」と警告を発した。

 しかし、攻撃自体にはっきりしない点がまだ多く残っているのが現状だ。誰が攻撃を実行したのか、サウジアラビアの1日の石油生産量の半減させることに成功した発射体もしくはドローンはどこから飛んできたのか、ということをはじめ疑問は多く残っている。アメリカ政府高官たちはイランを非難しているが、イランは関与責任を否定している。

 サウジアラビア外務省は月曜日に発表した声明の中で、「初期調査の結果、攻撃に使用された武器はイラン製の兵器であることが示唆される。攻撃に使用された兵器や物質に関する調査は現在も継続中だ」と述べた。

 イランの支援を受けているイエメンの反体制勢力ホーシー派が攻撃を実行したことを認めた。しかし、専門家たちは、ホーシー派がこのような複雑なそして大胆な攻撃を実行出来るのかどうか、疑問に思っている。

 月曜日、この攻撃をイランが実行したか、もしくは関与したのか、どう考えるかと質問され、トランプ大統領は残された証拠はイランの関与を示していると発言した。大統領は「そのように考えられる。現在調査が続けられている」と述べた。

 アメリカ政府高官は攻撃直後の様子を撮影した衛星写真を後悔した、しかし、イランの関与が疑われる中で、それ以外の諜報関係の資料公表は行っていない。ヨーロッパ連合や中国といった諸大国は状況が不明確な状況で非難を行うことに対して慎重さと懸念を表明した。

 イランとアメリカとの間の対立が続くという重要な状況の中で、不確定な要素が多いが、重要な疑問について考えていきたい。

 ●攻撃はどのようにして実行されたか?

 攻撃がどのように実行されたかということの正確な全容は依然不明瞭だ。しかし、残された証拠などから、ミサイル攻撃、もしくはドローンによる攻撃、もしくはそれら2つを組み合わせたものであろうということだ。複数の攻撃によってサウジアラビアのアブケイクにある油田と石油精製施設が破壊された。

 アメリカ政府高官たちは施設には17か所の着弾があったと述べた。また、攻撃直後の衛星写真が示すところでは、17か所の着弾点は規則的にかつ正確に並んでいた。衛星写真では攻撃がどの地点から行われたことは明確にはなっていない。

●誰が実行者だと考えられているか?

 イランの支援を受けているイエメンの反体制組織ホーシー派は土曜日の攻撃を実行したと発表した。10機のドローンを送り施設を攻撃したと述べた、月曜日、ホーシー派はサウジアラビアの他の石油生産施設に対する更なる攻撃を行うと警告を発した。ホーシー派は所有兵器でサウジアラビア全土を攻撃できると述べた。

しかし、アメリカ政府はホーシー派の主張について疑念を抱いている。今回のような手際のよい攻撃を1つの反体制グループが実行できるだろうか、彼らの能力を超えているとアメリカ政府高官たちは考えている。

 マイク・ポンぺオ米国務長官はすぐにイランを名指しした。ポンぺオは同曜日にツイッターで「私たちは全世界の国々がイランによる攻撃を公式にかつ高らかに非難することを求める」と書いた。更に、イエメンからの攻撃であったことを示す証拠は存在しないと付け加えた。ポンぺオは彼の声明内容の正確性を担保する証拠は出していない。

 シンクタンクであるファンデーション・フォ・ディフェンス・オブ・デモクラシーズのイラン専門家ベウナム・ベン・タレブルは、ホーシー派はこれまでにもサウジアラビア国内の攻撃目標に対してミサイル攻撃やドローン攻撃を行ってきたが、そうした兵器や技術はイランから供与されたものだ、と指摘している。しかし、ホーシー派はこれまでこのようなサウジアラビア領土内深くに存在する重要施設の攻撃に成功したことなどなかった。

 アメリカ政府高官は、衛星写真に写っている施設内部の着弾点から分かることは、攻撃は施設の北部もしくは北西部、イラン、イラク、もしくはペルシア湾から実施されたもので、イエメンからではないということだと述べている。しかし、日曜日に公表された複数の衛星写真にはオイルタンクの西側部分が損傷している様子が写っており、アメリカ政府高官の説明とは食い違っている。

 一つの説得力がありかつ好奇心をそそる可能性として、攻撃はサウジアラビア国内にいるホーシー派の協力者たちによって実行されたというものがある。ホーシー派は攻撃実行を認めた声明の中で、「サウジアラビア王国内の名誉ある人々との協力」に感謝すると述べた。サウジアラビア国内に協力者が存在したということになると、イエメンにいるホーシー派がどのようにして長距離攻撃を行ったのかという技術上の疑問や反対意見に対しての藩論ということになる。

 ●イラン国内の強硬派が独自に攻撃を実行した可能性があるのか?

 イスラム革命防衛隊のような改革派や強硬派のようなイラン国内の複数の派閥は長年にわたりイランの外交・安全保障政策に影響を与えようと張り合ってきた。特に2015年のアメリカとの核開発をめぐる合意において主導権を握ろうと張り合った。

 しかし、専門家たちはイラン国内の1つの派閥がこれらの攻撃を実行したのだろうかと疑問を抱いている。駐アラブ首長国連邦米国大使を務め、現在ワシントン近東政策研究所上級研究員バーバラ・リーフは次のように語っている。「この種の目標を攻撃する場合、イラン政府の指導者たちが承認した攻撃となるはずだと私は考える」。

 ブルッキング研究所の中東専門家スザンヌ・マロニーは、今回の攻撃にイランが関与していると述べるのは早計だと述べている。それでもマロニーは「攻撃の背後にイランがいたと仮定すると、確かに今回のような直接攻撃、しかも正確な攻撃がイランの最高指導者たちの賛意と認識がなければ起きなかったであろう」と述べている。

 ●攻撃はイラク国内から実行された可能性はあるのか?

 専門家やアメリカ政府関係者の中には、イランの代理勢力がイラクもしくはシリアから攻撃を実行した可能性を主張する人々も出てきている。アメリカ政府は5月にサウジアラビアに対して行われたドローンによる攻撃はイラクから発射されたものだと断定している。

 しかし、イラク政府は今回の攻撃がイラクの領土内から実行されたという報道の内容を強く否定している。月曜日、イラク政府は、ポンぺオ米国務長官がイラクのアデル・アブドゥル・マウディ首相と電話会談を行い、その中で、ポンぺオ長官がマウディ首相に対して、「イラクの領土は今回の攻撃に使用されていないこと」を示す情報を持っていると述べた、と発表した。米国務省はイラク政府からのこの発表についてまだコメントを発表していない。

 ●イランが自国領土内から攻撃を実行した可能性があるのか?

 イラン領土内からの攻撃だった可能性についてはアメリカ政府高官の中には可能性のあるシナリオだと述べている。そうだとすると、アメリカとイランの対立を激化させることになる。現役のアメリカ政府高官や元高官たちは、イランの通常のやり方はについて、他国にいる代理勢力を通じて攻撃を行い、自身の関与を見せかけでかつもっともらしく否定できるようにするものだと主張している。

 リーフは、「イランが攻撃に関与したとなると、これはイランの“グレーゾーン”を使う、もしくは後で否定が出来るような行動をとるというこれまでのやり方からは外れていることになる」と述べている。そして、もしそうだとすると、イラン対アメリカと中東地域の同盟諸国との間の対立の「激化のはしごを大きく上った」ことを示しているとしている。

 自国の領土内から軍事攻撃を行うと、イランは破滅的な反撃を受ける可能性に晒されてしまうことになる。イランは代理勢力に頼って自国の利益を守っているが、これは、イランが国防にあたり自国の通常の軍事力を使うことが出来ないためである。イラン領土内から対立国であるサウジアラビアにミサイルを発射することは、こうした代理戦略を放棄したことを意味する。

 シンクタンクであるインターナショナル・クライシス・グループでイラン・プロジェクトのリーダーを務めているアリ・ヴァエズは次のように述べている。「イランはこれまで非対称戦争の術に長けてきた。イランはこれまで自国が報復を受けないようにするために努力を重ねてきた」。

 ●アメリカはどのように対応するだろうか?

 トランプ政権下、アメリカとヨーロッパとアジアの同盟諸国との間で緊張が高まっている。しかし、どの国もペルシア湾岸諸国の石油生産施設に直接的な脅威を与えるようなあからさまな対立が起きることは望んでいない。それはイランも同じだ。ペルシア湾岸から算出される石油は国際エネルギー市場の基盤である。しかし、サウジアラビア外務省は声明の中で、サウジアラビア王国は、「国土と国民を防衛し、こうした侵略行為に対して武力で反応することが出来る能力を有している」と述べた。

トランプ大統領とイランとの間の対立は継続中だ。その中で、トランプ大統領はアメリカ人の人命が損なわれることはアメリカの軍事力を使った報復の最終ラインとなると明確に述べている。サウジアラビアの石油生産施設に対する攻撃への報復としてイランを攻撃することは、大統領選挙を約1年後に控えたトランプ大統領にとって政治的な計算において魅力的な答えとはならない。トランプ大統領は前回の大統領選挙で中東からの米軍の撤退を自身の公約の柱として当選したので、イランとの戦争という選択は賢明なものではないということになる。

 月曜日、トランプ大統領はイランとの戦争は「避けたいと望んでいる」と述べた。そして、ポンぺオ長官をはじめ政権幹部たちが間もなくサウジアラビアを訪問する予定となっている。ポンぺオ長官はイランとの外交は「決して行き詰って」はいないとし、「イラン側が合意を結びたいと考えているのは認識している。ある時点でうまくいくだろう」と発言した。

 元駐アラブ首長国連邦米国大使リーフは、アメリカは、中東地域に利害関係を持つヨーロッパの同盟諸国やそのほかの国々と外交関係を刷新し、それらを使ってイランとの緊張関係を緩和するようにすべきだと述べている。リーフは次のように述べている。「国際社会、特にイランとの強力な関係を誇っている国々からの一致した、そして強硬な反応がない限り、アメリカが同盟諸国との関係を刷新し、イランとの緊張関係を緩和することで、ペルシア湾岸の石油生産施設に関しては、緊張緩和によって各国が安全で自由な行動が出来るようになる」。リーフはイランとの強力な関係を誇っている国々として、日本、中国、ロシアを挙げている。

これまで数か月で、石油タンカーに対する複数回の攻撃とアメリカのドローン偵察機の撃墜といった出来事が起きた。これらの出来事だけではアメリカがイランと開戦するためには不十分だった。その代わりにアメリカは経済制裁とサイバー攻撃によって反撃することになった。ヴァエズは「過去が前兆だということになると、アメリカは直接的な軍事行動ではないがそれに限りなく近い報復行動を選ぶ可能性がある」と述べている。

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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代の副大統領で、実質的には「大統領」であった、ネオコンの重鎮、ディック・チェイニーが「イラク侵攻は正しかった」と発言しました。「イラク侵攻の目的はサダム・フセインの排除であって、それが達成されたので世界はより平和になった」と述べました。

 

 アメリカは国連がイラクを査察しても大量破壊兵器が出こなかったにもかかわらず、「いーや、隠している」「製造する気だ」と難癖をつけて強引にイラク侵攻を行いました。そもそもの目的は大量破壊兵器を見つけるためにイラクまで攻め入ったのですが、全く見つかりませんでした。

 

 そして、イラクは混乱に陥り、アメリカ軍が撤退した後、イスラム国が台頭し、中東の騒乱は終わっていません。これで「世界はより良い場所になった」とチェイニーは言っています。彼らの考える「素晴らしい世界」は、現実としては血なまぐさい世界なのです。

 

 そして、安倍晋三首相はこうしたネオコンの考える「素晴らしい世界」の実現に貢献するために、安保法制を通そうとしています。こうして日本を「美しい国」にしようとしています、血塗られた世界の実現に貢献する国として。

 

==========

 

チェイニー:「イラクについて私は正しかった」(Cheney: 'I was right about Iraq'

 

ジェシー・ブライネス筆

2015年9月2日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/252612-cheney-i-was-right-about-iraq

 

ディック・チェイニー前米副大統領は、ジョージ・W・ブッシュ前大統領時代に行われたイラク侵攻を支持したことは正しかったと述べた。

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ディック・チェイニー

 

フォックス・テレビのコメンテーターで、本誌のコラムニストであるジュアン・ウィリアムズは水曜日、フォックス・ニュースの「ザ・ファイヴ」に出演した時、チェイニーに「人々は、ディック・チェイニーはイラクに関して間違いを犯したと言っている。それなのに人々はイランに関してあなたに話を聞こうとする。その理由は何だと思いますか?」と質問した。

 

チェイニーは「それはイラクに関して私が正しかったからですよ」と答えた。

 

 彼は続けて次のように語った。「私たちの目的はサダム・フセインを排除することでした。そして私たちはそれに成功しました。彼がいなくなったことで、世界はより良い場所になったんですよ」

 

 チェイニーはまた、アメリカがイラクに侵攻したことで、リビアの指導者であったムアンマール・カダフィは2003年に武器開発プログラムを放棄し、遠心分離器を廃棄し、ウランの貯蔵を止め、核兵器開発を止めたことを指摘した。また、アメリカはパキスタンの核開発プログラムの主要人物であったアブドル・カディール・カーンを逮捕したことも指摘した。

 

 チェイニーは「ですから、私たちはイラクに侵攻した時、多くのことを成し遂げたのです。多くの人々はこうしたことを話したがりませんが、私たちは正しいことをやったんです。私は絶対に正しいことをやったと確信しています」と述べた。

 

 チェイニーと娘のリズ・チェイニーは国家安全保障に関して書いた新刊の宣伝をしており、オバマ大統領が進めたイランとの核開発を巡る合意を批判している。

 

 イラク戦争は、2016年の米大統領選挙に出馬しているジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事にとって大きな問題になっている。

 

 ジェブ・ブッシュは最初、兄であるジョージ・W・ブッシュ前大統領を支持しようとしながらも、彼は自分独自の外交政策を推進すると主張した。

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左から:ジョージ・W・ブッシュ前大統領、
ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領、
ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事 

 

 今年の5月、ジェブ・ブッシュは「現在分かっていることが当時も分かっていたなら、私だったらイラクに関与しなかっただろうし、イラクに侵攻することもしなかっただろう」と発言したが、同時にフセインを排除したことで、世界はより安全になったとも述べた。

 

 今週初め、チェイニーはイラク侵攻に関して「謝罪しない」と述べた。そして、水曜日の夜、過去を振り返ってもイラク侵攻は正しい決断であったと再び述べた。

 

(終わり)







 

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