古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:イラン

 古村治彦です。

 アメリカの中央情報局(CIA)の対外活動(スパイ活動)はただの監視や情報収集には留まらない。非民主国家や民主国家でもアメリカに敵対的な態度を取る国家の政権を転覆させ、体制自体を変更するということもCIAにとっての重要な仕事である。政治学では「非民主的な体制の崩壊(breakdown of non-democracies)」「民主政体への移行(transition to democracy)」「民主政体の確立(consolidation of democracy)」という段階を経る体制転換を「民主化(democratization)」と呼ぶ。世界各地の「民主化」にCIAが深くかかわっているということは良く知られている。付け加えれば、日本の場合には、自民党に長年にわたりCIAから資金が流入していたということも明らかになっている。詳しく知りたい方はティム・ワイナーの『』を是非読んでいただきたい。 

CIAが民主化運動やクーデターに絡んで体制転換を行っている(行わさせている)。最近で言えば2011年に起きた「アラブの春(Arab Spring)」があるが、これにいかに国務省とCIAUSAID(米国国際開発庁、United States Agency of International Development)が関わっていたか、その源流はジョン・F・ケネディ政権にあったことについては拙著『』を読んでいただきたい。その枠組みは現在も大きく変わっていない。

 昨年あたりから、反米陣営の主要な国々である、イラン、中国、ロシア各国の国内で政権批判、反体制的なデモや騒乱が起きている。これが偶然なのか、CIAが関わっているのかということであるが、おそらくCIAが関わっている部分もあるだろうが、中国、イラン、ロシアの各国でスパイ活動を行うことはかなり難しいのではないかと思われる。

 問題は、これらの国々で反体制運動やデモが行われる場合に、「あれはCIAがやらせているんだ」「ああいう動きは外国(アメリカ)に煽動されているんだ」ということを国内外に印象付けられてしまうということだ。自発的な運動が起きたとしても、それが自発的な動きだと見られないということになる。それが、アメリカが公然もしくは非公然の形で外国に介入してきた副産物である。そして、これらの国々がこうした反対運動を抑え込む際に、「外国(アメリカ)からの介入を防ぐ」という大義名分ができることになる。

 2001年の911事件後に、「ブローバック」という言葉が知られるようになった。これは2000年に『通産省と日本の奇跡』の著者として知られる日本研究の泰斗チャルマーズ・ジョンソンが使った言葉である。ブローバックを日本語に訳すと「吹き戻し」という意味になる。そして、アメリカの外国介入が結果として反撃を食らうということである。アメリカの外国介入は20世紀にはうまくいったが21世紀に入って反撃を受け続けている。それはアメリカの国力の減退を示す兆候である。

(貼り付けはじめ)

アメリカのライヴァル諸国が騒乱に直面している。その原因は幸運(偶然)なのか、それとも作為か?(U.S. Rivals Are Facing Unrest. Is It Due to Luck or Skill?

-大規模な抗議行動は諜報機関にとって好都合な環境を作り出すが、中国、イラン、ロシアではCIAは慎重に行動すべきだろう。

ダグラス・ロンドン筆

2022年12月7日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/12/07/china-iran-protests-mass-unrest-cia-luck-or-skill/

ここ数週間、アメリカの主要な敵対国である中国とイランで大規模な街頭デモが発生し、ロシアでは経済と軍事の崩壊の中で戦闘年齢にある男性たちが大量に国外脱出している。これは幸運(偶然)なのか? 偶然の一致か? CIA長官ウィリアム・バーンズは完璧な天才なのか? それとも、アメリカの政策志向を強化するために、このような事態を招来するための周到な準備の結果なのだろうか? 答えは複雑であり、この状況を利用する際のアメリカ政府当局者たちの選択肢もまた複雑となる。

ロシアのウラジミール・プーティン大統領は、ウクライナ戦争が欧米諸国の干渉によるものだとするのと同様に、ロシア国内の抗議行動を扇動する欧米ウ諸国を非難することを何年も前から常々行っている。中国政府は、コストのかかる新型コロナウイルスゼロ政策への怒りに端を発した中国共産党への抗議が続いていることについて、「何かしらの魂胆を持つ勢力(forces with ulterior motives)」のせいだと非難した。全国で抗議活動を行う群衆が増えるにつれ、民主政治体制と自由の拡大を求める声が上がり、中には中国の指導者である習近平の解任を求める声も出るようになった。

イランのエブラヒム・ライシ大統領と最高指導者アリ・ハメネイ師は、イラン北西部出身の22歳のクルド人女性マフサ・アミニが警察に拘束されて死亡した後に始まった抗議行動が続いていることについて、アメリカとイスラエル政府を非難している。彼女は、女性にヒジャブ(スカーフ)の着用を義務づける同国の厳しい規則に違反したとの理由で、テヘランの道徳警察(morality police)に逮捕されていた。イランはまた、反体制派のクルド人グループが騒乱を扇動したと非難し、イスラム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard)やクルド人居住区へのミサイル攻撃や無人機攻撃で対抗している。もちろん、アメリカはこの地域のクルド人グループと関係をもっている。

ロシア国内では、プーティンの戦争に対する抗議は限定的であったが、『ワシントン・ポスト』紙が最近取り上げた調査によれば、根底にある亀裂や進行中の地下の反対運動を十分に反映していないかもしれない。徴兵を避けるために何千人ものロシアの軍人たちが国外に逃亡している状況で、ロシア国内での破壊工作は、必ずしもウクライナ人だけがやっている訳ではないようだ。プーティンと彼の戦争を支持する強硬派でさえも批判を強めている。民間軍事会社ワグネル・グループの創設者エフゲニー・プリゴージンやチェチェンの指導者ラムザン・カディロフなどプーティンの取り巻きは、ロシアのセルゲイ・ショイグ防衛大臣やロシアの上級軍司令官に対する攻撃をあからさまに行っている。

アメリカの敵対諸国の中には、国内の敵対勢力に珍しく譲歩しているようにさえ見える国もある。中国では、習近平が3期目の政権を獲得し、香港を掌握し、台湾との統一を目指し、世界有数の軍事・経済大国であるアメリカに挑戦するという、言葉通りの勝利の階段を上るように見えた矢先、新型コロナウイルス規制などの不満から内乱が発生し、その混乱に対応するため、習近平が譲歩しているようにみえる。

習近平政権の国務院副総理の孫春蘭は最近、国家衛生当局に対し、上海を含むいくつかの地域で患者数が増え続けているにもかかわらず、ロックダウンを解除し始め、国は「新しい段階と使命(new stage and mission)」に入りつつあると述べた。孫副首相は、「オミクロン変異体の病原性が低下していること、ワクチン接種率が上昇していること、感染症対策と予防の経験が蓄積されていること」などを理由に変化を予測した。

同様に、イラン国内でも、政権は少なくともある程度は自制しているようだ。モハンマド・ジャファル・モンタゼリ司法長官が、「設置された場所から閉鎖された」と述べたため、その服装規定を執行する道徳警察の状況について、現在、不確実性が生じている。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、この未確認の動きをデモ隊に譲歩した可能性があると報じたが、イランの地元メディアは、モンタゼリ長官の発言は「誤解されている(misinterpreted)」とすぐに指摘した。しかし、イランの高官たちは通常、自ら台本を破ることはなく、今回の発言は試運転のようなものだったのかもしれない。

こうした興奮するような状況にもかかわらず、アメリカ国家情報長官のアヴリル・ヘインズは最近、ジャーナリストたちの取材に応じて次のように述べた「イランの政権が国内の抗議活動を彼らの安定と影響に対する差し迫った脅威と認識しているとは見ていない。一方で、彼ら実際に課題を抱えており、全国的にも散発的な事業の閉鎖が見られる。私たちの観点からは、これは時間の経過とともに不安と不安定のリスクを高める可能性があることの1つだ。イランは高インフレと経済の不確実性により、更なる不安に直面する可能性がある」。

敵を内部から弱体化させることは、プーティンのハイブリッド戦争戦略の1つである。アメリカの主要な敵対諸国の間で明らかになった不安は、機会と同じくらい多くのリスクをもたらす。私は、アメリカの諜報活動が大きな成功の時期があったと私は考えるが、ウクライナにおけるプーティンの意図と紛争に対する中国の対応に関する機密解除された報告によって最も公に反映されているように、イランと中国の現在の不安にアメリカが直接手を差し伸べることを示唆する陰謀論者は失望するだろう. .

不安の種をまくことはアメリカが持つ手段の1つではあるが、結果を制御する手段を持たずにそうすることは一般的に勝利のアプローチとはならない。不安定性は、絶望的な独裁者たちがリスクの高い解決策を海外に求める可能性があるけれども、予測不可能性とエスカレートする可能性につながることになる。国内の影響は、アメリカの利益にとって以前よりも悪化する可能性がある。イラン政府またはロシア政府が打倒された場合、後継者がより民主的で暴力的でないという保証はない。彼らはさらに残忍になる可能性がある。

体制転換を促進することも厄介なビジネスだ。そのような行為には、複雑な政治的、経済的、軍事的なリスク計算があり、その仕組みは、徹底的なアメリカの秘密行動の法的権限と要件によって管理されている。イラン、キューバ、チリ、アフガニスタン、イラクでの長年にわたるアメリカの体制転換の取り組みについては、正確に考慮されておらず、誤った前提に基づいていたが、少なくとも計画は存在した。

体制転換の利益になるか、もしくは単に敵の負担を増やすためであるかにかかわらず、市民の不安を助長することは、予測可能なものもあればそうでないものもある、一連の二次的および三次的な状況につながる可能性があり、実際にそうである。少なくとも、アメリカの諜報機関に多数いる弁護士たちは、このような騒動を助長することは暴力につながることが予想されると警告を発するだろう。その結果には必然的に人の生命が失われることが含まれ、大統領の書面による指示とその後の当局、および連邦議会指導部とその情報監視委員会への通知の覚書が必要になる。

アメリカは、イラクとアフガニスタンで軍事介入(military intervention)を行い、体制転換(regime change)を追求し、それぞれの国の反対勢力に対して、公然の関与と秘密の関与を組み合わせることにより、シリアのバシャール・アル・アサドに対抗した。結果は好ましいものではなかった。1953年8月にイランのムハンマド モサデク首相を打倒したクーデターは、冷戦時代のアメリカの政策立案者たちの目には短期的な利益をもたらしたかもしれないが、イラン人がアメリカをどのように見ているかという永続的な代償は、アメリカの安全保障上の利益に打撃を与え続けている。

CIAが2013年に発表したその役割を認めた文書によると、イギリスの諜報機関MI6とCIAは、今日のロシア、中国、またはイランよりもはるかに寛容で有利な環境で作戦を遂行してきた。1953年のイランは、比較的開放的で民主的な社会だった。クーデターを支援するにあたり、アメリカとイギリスはイスラム教聖職者の間から同盟者たちを募り、賄賂を利用してイランのマジュリス(majlis 訳者註:アラビア語で議会、集会、社交界)と軍の上級将校の協力を確保し、群衆を分断することに成功した。そのようなアプローチは、今日ではより困難になっている。

ロシア、中国、イランなどのより制限的な環境に対して、アメリカは過去に亡命グループと協力して国内の変化を促進してきた。たとえば、アメリカは、サダム・フセインのイラクに対抗して、米国防総省が支援するイラク国民会議のリーダーであるアーメド・チャラビに何よりも依存していたが、彼やそのようなグループが国を代表していないことや、人々からの支持を得ていないことに気づいたのは遅すぎた。

ロシア、中国、またはイランの国外の反体制グループの間で利用できる選択肢は限られている。イランの場合、モジャーヘディーネ・ハルグ (MEK) が存在する。アメリカ諜報機関のイランの専門家たちは、この組織は暴力を放棄し、講演会には超党派の講演者を招聘しているにもかかわらず、かなりカルト的でマルクス主義に傾倒している組織であるので、適度な距離を保つよう、歴代のホワイトハウスに長い間警告してきた。

私のCIAでのキャリアで、自国の体制を変えるための支援を求めてアメリカ政府との関係を求めている政治的反体制派や反乱グループからアプローチされることは珍しくなかった。信頼できるものはほとんどなく、中には、置き換えようとしている政権よりもアメリカの利益にとって潜在的に大きなリスクを提供したものもあった。合法的で進歩的な国内の反対運動を支持することでさえも、アメリカからの協力が暴露されてしまうとそれらの運動の信頼性を損なってしまう。そうなればアメリカの協力は諸刃の剣になる可能性がある。

全ての優れたスパイは、混沌の中にチャンスがあることを知っている。私が3月に『ウォールストリート・ジャーナル』紙に書いたように、「スパイはプーティンを滅ぼすだろう(Spies Will Doom Putin)」。そして、諜報機関のためにそのような機会を利用する幸運(偶然)は、多くの準備と適切な人々との関係の長期的な育成がもたらす。アメリカが対抗している独裁的な権力全体の不安定さと不安は、作戦上偶然で標的が多数存在する環境を作り出している。

CIA は戦略的諜報機関であり貯法活動に長けてはいるが、人々の情熱や動きを把握したり、正統な政治的反対派に関与したりすることは上手にできない。そうしたことはそもそも活動内容としては想定されていない。 CIA は、秘密と権力にアクセスできる者と内密に関与することを得意としており、ロシア、中国、およびイランでの活動はうまくやれていると私は考えている。

CIAの作戦局副局長であるデイヴィッド・マーロウは、ウクライナ侵攻はプーティンにとって大失敗であると形容し、西側諸国の諜報機関が、プーティンに不満を抱いたロシア人たちを結集させる機会につながる可能性があると主張している。マーロウは、限界に追いやられ、外国の諜報機関と協力する傾向にあるロシア人たちについて話した。こうしたロシア人たちの多くが西側諸国と協力する動機は、愛国心(patriotism)、不満(disgruntlement)、今後起こりうる困難な時代に対する保障の追求(the pursuit of an insurance policy against harder times possibly to come)である。

しかし、体制への反対派を活気づけることに成功したことが、アメリカが弱めようとしている独裁政権による建設的な対応につながったとしたらどうだろうか? そのような干渉は、市民の要求に対応するライヴァル(である独裁者たち)を実際に強化し、それによってより強力で有能な敵になることが可能となるのではないか?

 

 

中国では、習近平国家主席による新型コロナウイルス対策制限の緩和は、中国経済を回復させるための救済策になり得るだろうか? イランの神学者たちは、社会的制限の一時的かつ表面的な緩和の可能性に対する反応を測定し、国家主義的なテーマを活用することができるだろうか? プーティン大統領は民主的な譲歩を操作して、幻想の人気を作り出し、それを現実のものにするつもりなのだろうか?

中国は除外できる可能性があるが、そうした可能性は低い。イランには操縦する余地が存在しない。現在の指導者は、権力を維持するために必要な抑圧と残虐行為を正当化するために、保守的な宗教的資格を必要としている。過去の蜂起におけるイラン政権の行動は、1979年の革命から学んだ教訓を反映している。その教訓とは、「国王が失脚する前に試したような部分的な妥協はより大胆な反対を助長するだけだ」というものだ。

プーティンも同様で、彼の無敵のイメージの必要性を確信しているはずだ。「プーティンは弱い」と人々に思わせてしまうような公の場での振る舞いによって損なわれる。このことは、人々がプーティンの外見や振る舞いに慣れてしまうことが引き起こす可能性があるとプーティン自身が認識している。そして、習近平でさえ、抗議者たちの期待とリスク許容度を高めることなしに進める地点はそこまで遠くないが、政治的制限を緩和する必要はほぼないと言える。習氏の最も差し迫った課題は、政治に関して中国共産党を尊重する代償として、14億人の中国国民に強固な経済を提供するという社会契約を維持することだ。経済の安定を回復するには、厳しいロックダウンの後、いくらかの開放が必要になるかもしれない。

ロシア、中国、イランにおいて西側の諜報機関が利益を得ることができる状況と環境は、後退するのではなく、西側に有利な形で構築される可能性が高い。

アメリカは、これらの専制独裁政権の不正行為と悪意のある行動を明らかにし、限定的かつ慎重に検討された例外的な場合を除いで、冷戦中に行ったのと同じように、専制独裁政権の国々の有機的な反対政府グループを組織化し、活性化する必要がある。その支援は、勇気ある国内の努力を損なうことのない方法で必要な範囲で展開されるべきだ。それはそうした国々を正当に反映するグループに拡大されるべきであり、アメリカ政府が解決を望んでいた問題よりも更に大きな問題をアメリカ政府に残すようなことがあってはならない。

※ダグラス・ロンドン:ジョージタウン大学外交学部諜報学教授。中東研究所非常勤研究員。ロンドンは34年以上にわたり主に中東地域、南アジア、中央アジア、アフリカにおいて、ロシア語担当工作オフィサー、CIAクランデスタイン・サーヴィスを務めた。元ソヴィエトの共和国を含む3か所で責任者を務めた。著書に『リクルーター:スパイ技術とアメリカ諜報機関の失われた技術(The Recruiter: Spying and the Lost Art of American Intelligence)』がある。ツイッターアカウント:@DouglasLondon5

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 昨年、ウクライナ戦争中にNATO加盟を行ったスウェーデンであるが、その国内ではスパイ事件が起きていた。子供のころにイランで生まれ、そのご家族と共にスウェーデンに移民してきた兄弟がスウェーデンの情報機関のために働きながら、ロシアのためにスパイ活動を行っていたということが明らかになり、逮捕・起訴された。

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ペイマン・キアとパヤム・キアの兄弟は、スウェーデンで育ち、大学教育まで受けた。その後はスウェーデンの情報機関に採用された。この兄弟がスウェーデンの情報機関のためにどのような仕事をしていたのかは明らかになっていないが、イラン生まれという特性を生かして中東関係、イラン関係の仕事をしていたことは容易に想像される。しかし、2010年代中盤頃からロシアとの「二重スパイ(mole)」の疑いが浮上し、長年にわたる捜査の結果として逮捕、起訴された。彼らはスウェーデンの情報機関の関係者の名簿をロシア側に渡している。ロシア側はこの名簿を使って二重スパイづくりを行ったと考えられる。キア兄弟以外にも二重スパイが存在するだろう。

 スパイというのはだいたいが二重スパイになる。私たちが映画やテレビで見る華やか世界の裏側での殺し合いということが実際にはないのと同じで、スパイで採用されている国にだけ忠誠を誓うという人はあまりいないだろう。キア兄弟の場合には、イランとの関係も考えられるとなると、三重スパイだったことも考えられる。ウクライナとロシアとの間で戦争は続いているが、両国は文化や言葉が近いので、それこそ二重スパイが多く活動していることだろう。

 アメリカのCIAには世界各国を担当する情報官たちがいる。彼らもまたスパイと言えるだろう。私が大学学部在学中に、両親がアメリカ西海岸で商売をやっている、アメリカの大学から交換留学でやって来たという日系人と知り合った。この学生は日本語の聞き取りはできるが、読み書きは勉強中だった。その後、今度は私がアメリカ西海岸のその学生が行っていた大学に留学した。そこで、私が授業を履修したある教授と親しく話すような間柄になり,雑談の中で、「私の教え子で優秀な日系人の学生がいたのだが、CIAに入ってね。以前に授業に来て話をしてもらったのだけど、ボディガードを連れていたよ」ということになり、もしやと思って詳しく話をしてみるとその学生だった。この学生はCIAで日本担当の仕事をしているのだろうと思う。

 AIやインターネットが発達しても情報を取り、分析するのは人間の仕事だ。AIやコンピュータが二重スパイになることはないだろうが、人間であれば弱みを握られたり、脅迫されたりすれば二重スパイになってしまうだろう。それが人間らしいということになるのだろうと変な結論になってしまった。

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スウェーデンのスパイスキャンダルはスパイのリクルートについての厳しい疑問を引き起こす(Sweden’s Espionage Scandal Raises Hard Questions on Spy Recruitment

-各国の情報機関は海外生まれの市民をスパイのリクルートの対象とするかどうかについて議論を行っている。

エリザベス・ブラウ筆

2022年11月16日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/11/16/sweden-spy-scandal-russia-iran-questions-recruitment/

先月(2022年10月)、ノルウェー当局は、ブラジルの学者を装って自国に潜入していたロシアの軍事諜報部員の容疑者を逮捕した。そして今、さらに劇的なスパイ事件がスウェーデンで発生している。イラン生まれの兄弟2人いて、その内の1人がスウェーデンの諜報部員を務めたことがあるが、ここ数年にわたりロシアのためにスパイ活動をしていたとして起訴された。彼らのスパイ活動は深刻な被害をもたらす可能性があり、敵対する国に生まれた人間は、その国や同盟諸国から特に勧誘されやすいという、諜報活動における長年の問題を浮き彫りにしている。

42歳になるペイマン・キアは、スウェーデンにおけるサクセスストーリーの体現者だ。キアは1980年代に家族とともにイラクから脱出してスウェーデンに到着し、1994年にスウェーデン国籍を取得した(弟のパヤム・キアも同様だ)。ウプサラ大学で学士号と修士号を取得し、スウェーデン税関の調査官となった。

わずか数カ月後、防諜を担当するスウェーデン保安局(Swedish Security ServiceSÄPO)に採用された。3年半の勤務の後、2011年2月、ペイマン・キアはスウェーデンの対外情報機関であるMUST軍情報サーヴィスに参加した。この部門もまた外国の情報諜報を担当する。スウェーデンのメディアによれば、MUST在籍時、ペイマン・キアは機関の奥の院であるKSIに所属していたとさえ報じられている。

しかし、MUSTに参加して間もなく、兄のキアはロシアの軍事情報機関であるGRUのスパイ活動を開始した。スパイ活動はMUSTでの勤務中も、その後のSÄPOでの新たな配属先でも、そして2015年12月に始めたスウェーデン食品庁の安全担当最高責任者としての仕事でもずっと続いていた。しばらくして、彼は弟パヤムを引き入れたようで、彼はGRUとの交流の後方支援をしていたという容疑で起訴されている。

しかし、兄弟は自分たちが考えるほど賢くはなかった。SÄPOは長い間2人を監視していた。2015年から16年にかけて、早くもSÄPOは2人に関して二重スパイ(mole)の可能性を調査しており、2017年にはスパイハンターたちは、その痕跡がペイマン・キアにつながっていると結論づけた。ほぼ5年間、彼らは兄弟2人を監視下に置き、スウェーデン食糧庁の機密データが比較的少ないことから、立件するためにはリスクを冒す価値があると判断したのか、昨年2人は逮捕された。ペイマンは自分の担当範囲外のMUSTSÄPOの文書に多数アクセスし、彼とパヤムはそれをGRUの担当者に渡したと考えられている。ペイマンはまた、SÄPOの全員分の名簿をロシア側に渡した。

キア兄弟は金(きん)と米ドルで多額の報酬を受け、2人とペイマンの妻はそれをスウェーデン・クローネに換えて銀行口座に預けていた。キャッシュレスの進んだ国では珍しいことだが、キア一家は日常の買い物に現金を使っていた。兄弟のやり取りには、「ラスキー(Rasski)」との会合やカナダへの逃亡計画などが詳細に記されている。

ペイマンは自宅に機密文書を隠し持っていることが分かり、当局はUSBメモリやその他の電子機器も押収した。弟パヤムは逮捕される直前にハードディスクを処分しようとしたが失敗した。監視は成功し、兄弟は自分たちの正体がばれるとは全く考えていなかった。カナダへの逃亡計画も未遂に終わった。スウェーデン国防大学社会安全保障センターの戦略アドヴァイザーのマグヌス・ランストルプは次のように指摘している。「キア兄弟がロシアに渡したと思われる資料は信じられないほど機密性が高い。「SÄPOの職員名簿を渡すということはそれだけで非常に重大なことだ。ロシアに、誰を勧誘のターゲットにすべきかのリストを渡したようなものだ」。

イランがこの事件でどのような役割を果たしたかは、まだ公にはされていない。しかし、スウェーデン国防大学の上級顧問で情報学を専門とするペール・トゥンホルムは次のように述べている。「イランとロシアが協力していることはよく知られている。情報・諜報活動はチームスポーツである。情報・諜報活動に関しては、アメリカでさえも友人を頼りにしている。例えば、イランがCIAの秘密通信を解読したとき、その情報を中国に伝えた。米英両国が加盟するファイヴ・アイズは、諜報活動のほとんどの側面を共有している」。

トゥンホルムが指摘しているように、スウェーデンの情報機関ではかつて、敵対する国で生まれた人間を採用することを控えた。ヨーロッパ地域の他の数カ国は、現在もその方針を採用しているが、スウェーデンは近年、その方針を弱めている。これは紛れもないリスクである。トゥンホルムは「他国で生まれた人が信頼できない訳ではない。しかし、母国にいる家族に圧力をかけるなどして、より勧誘の対象になりやすいというリスクは存在する」。

ロシアがキア兄弟のバックグラウンドを利用して彼らを募集対象として特定した可能性はあるが、この2人の兄弟は貪欲に動機付けられていたようで、これが完全にロシアのため二重スパイとなった原動力でもある。

しかし、この事件は、ロシアの情報機関がいかにこれまでにはない革新的な勧誘を行っているかを示す警鐘となる。ヨーロッパ諸国には、ほんの数十年前に比べてはるかに多くの外国生まれの住民がいるため、ロシアと中国はより多くの人材にアクセスすることができる。ノルウェーで逮捕されたGRU幹部とされる「ホセ・アシス・ジャンマリア」は、グレイゾーンの侵略を研究する学者として地元の大学に勤めていた。これは、学術的関心を装ってノルウェーをはじめとする様々な人々に接触するための完璧なプラットフォームと言える。

しかし、この問題の裏返しとして、効果的な情報活動に最も必要な文化的背景や言語能力を持つのは、まさにそうした外国生まれの人々のコミュニティであることが多い。例えば、ドイツ系アメリカ人は第二次世界大戦中、アメリカの諜報活動に貢献した。イスラエルは、イスラエルの市民権を得た無数の外国人の能力を利用している。

アメリカ情報機関では、中国系アメリカ人が機密任務の許可を得るのにしばしば問題に直面し、その問題は実際の危険性よりも偏見に関係していると主張する人たちもいる。アメリカに帰化した元CIA職員ジェリー・シン・リーは当初、中国にあるアメリカ資産を危険に晒したとして非難され、中国のためのスパイ行為を認めて19年の刑を受けたが、イランと中国におけるCIAの大量損失は、CIA自身の不注意によって引き起こされたように思われる。

トゥンホルムは「100パーセントのセキュリティなどありえない。ロシア人、中国人、イラン人を採用しないこともリスクだ。彼らは私たちが必要とする技術や人脈を持っている。しかし、リスクは認識しておく必要がある」と述べた。

キア兄弟は最高で25年の懲役刑に処せられる。圧倒的な証拠が存在するにもかかわらず、彼らは容疑を否認している。彼らの裁判を前に、多くのスウェーデン人は、SÄPOに所属していた軍人であり、1979年にソヴィエトのスパイとして逮捕され、スウェーデンで過去最大のスパイスキャンダルを引き起こしたスティグ・ベルグリングを思い起こすだろう。ベルグリングは長い懲役を言い渡されたが、夫婦の面会中に脱走し、西側の二重スパイにとってお定まりのモスクワへ向かった。キアス夫妻のカナダの計画から判断すると、彼らはスウェーデンから逃げるつもりでいたが、ロシアには向かわなかったようだ。今、彼らは刑務所に向かう可能性が高い。

※エリザベス・ブラウ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、アメリカ・エンタープライズ研究所研究員。ハイブリッド、グレイゾーンの脅威といった出現しつつある国家安全保障に対する防衛を専門としている。イギリス国家緊急事態対応準備委員会の委員も務めている。ツイッターアカウント:@elisabethbraw

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 アメリカは冷戦期以降、世界において、2つの大きな地域的非常事態(two major regional contingencytwo-MRC)に即応できるようにする戦略を採用している。簡単に言えば、世界のどこかで2つの大きな戦争が起きてもそれらに対応し、2つの戦争を同時に戦って勝つことができるようにするというものだ。下記の論稿では、「アメリカ軍は連戦気においては、2つの大きな戦争と1つの小さな戦争を同時に戦って勝てると主張していた」ということだ。そのためにアメリカ軍の能力を常に世界最大、最強にしていくということがこれまで当たり前だった。

 しかし、ドナルド・トランプ前大統領が当選して風向きが変わった。世界各地に駐留するアメリカ軍の撤退とNATOをはじめとする同盟諸国の防衛費の引き上げを求める流れになった。「もうアメリカはそこまでのことはできない」ということになった。日本の防衛予算をGDP2%まで上昇させよ(これまでは1%以内ということになってきた)という動きはこのアメリカの動きに連動している。トランプ政権がこうした要求を出して、バイデン政権になっても継続している。アメリカにしてみれば、軍需産業の売上が上がることだし、結構なことだということになる。

 アメリカ軍は既に2つの大きな戦争を同時に戦うことはできない。第二次世界大戦の時のようにヨーロッパとアジアで物量と大量の兵員で押し込んで敵を屈服させるということはできない。1つの戦争だけならばまだ戦えるが、それも厳しいということになる。現在のウクライナ戦争は、アメリカの戦費と武器によって戦われているものであり、アメリカ・ウクライナ連合軍と言っても良いだろうが、国土が荒廃し、将兵がどんどん死んでいくというのはウクライナばかりだ。武器がどんどん消費され儲かるのは軍需産業ということになる。ただ、アメリカ軍は自軍の貯蔵から武器を供与しているが、その補充が間に合っていないということが起きているようだ。

 アメリカ軍が懸念すべき地域としては、東アジア(中国と台湾、朝鮮半島)、中東(イランとイスラエル)、ウクライナ(対ロシア)がある。これらの地域で危機が起きた場合に、アメリカ軍は即応することはできないと下記論稿で述べられている。そのため、同盟諸国に対し防衛費の増額を求めている。そうした中で、ウクライナ戦争が起きた。これを「渡りに船」と各国は防衛費を増額している。防衛費ということになると、不思議なことにジャンジャンお手盛り、「財源は?」などと言う質問ができないようになっている。これは多くの国でも起きている。

 これだけでもアメリカ一極集中の時代は終わりということになる。他の国を巻き込むということになる。日本はどこまでお付き合いするかを決めておかねば、いつの間にか最前線でアメリカの武器を持って、日本の防衛以外の外国での戦争を戦わされることになっている可能性もある。そうした馬鹿げたことにならないように願うばかりだが、どうも雲行きは怪しい。

(貼り付けはじめ)

アメリカは4正面戦争を戦うことが可能なのだろうか? それは現在では不可能だ(Could the US fight a four-front war? Not today

レオナード・ホックバーグ、マイケル・ホックバーグ筆

2021年6月6日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/national-security/556666-could-the-us-fight-a-four-front-war-not-today/

ジョー・バイデン大統領がイラン核合意の再交渉を模索する一方で、イランのテロリストの代理人であるハマスが、アメリカの同盟国であるイスラエルに戦争を仕掛けてきた。民主党の一部の進歩主義的な人々が、政治的正しさという祭壇の上でイスラエルを犠牲にすることを主張しても、外交政策の専門家たちは、アメリカが信頼性を保つために同盟諸国を守る必要があることを認識している。ハマスの抑制と引き換えに核交渉でイランをなだめる試みは、チグリス・ユーフラテス川流域からシリア、レバノン、ガザを通る三日月地帯の支配を目指すイランの長期戦略に資することになる。

地政学的分析の祖といわれるハルフォード・マッキンダーは、『民主政治体制の理想と現実』(1919年)の中で、スエズ運河を支配するイギリスにとって聖なる土地が重要であることを強調した。また、地政学的な観点から、シベリアに鉄道を敷設すれば、ランドパワーが単独または同盟を組んでユーラシア大陸に資源を動員し、シーパワーの覇権に対抗することができることを強調した。2度の世界大戦とその後の冷戦は、マッキンダーの言う「ハートランド」を支配しようとする勢力が、ユーラシア大陸沿岸の国民国家を支配することを阻止するために行われたのである。

今日、マッキンダーの地政学的悪夢が現実のものとなりつつあるように思われる。ロシア、中国、イランという3つの独裁政権が北朝鮮などと連携してマッキンダーのハートランドを占め、ヨーロッパ、インド、極東の自由主義的民主制体制諸国家に大きな影響力を行使している。中国は、「一帯一路」構想の一環として、ユーラシア大陸を経済的、文化的、軍事的に結びつけている。この脅威の領土的範囲は、西はバルト海と黒海から、南シナ海、台湾海峡、東シナ海、ベーリング海にまで及んでいる。

アメリカと同盟諸国は、ユーラシア大陸の環太平洋地域周辺にある複数の紛争地点に直面している。ロシアはクリミア征服を強化するため、ウクライナに脅威を与え続けている。アメリカはウクライナが核兵器を放棄した際、1994年のブダペスト・メモランダムでウクライナの領土保全を保証した。ロシアはその保証の価値の低さを雄弁に物語っている。一方、ロシアはNATO加盟国であるバルト3国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)にも脅威を与えている。NATO加盟国への侵攻が成功すればアメリカの信用は失墜する。

中国は、香港が独立を保ってきた「一国二制度」の原則を否定し、習近平指導者は、必要なら武力で台湾を中国に編入すると宣言している。中国は、台湾を侵略または封鎖する能力を構築しており、先端エレクトロニクスや半導体を台湾に依存し、太平洋における中国の野心を封じ込める港としてアメリカを脅かしている。東シナ海では、中国は日本の尖閣諸島の領有権を主張し、南シナ海では、重要な航路の主権を主張するために人工島を建設している。中国は現在、全ての海洋近隣諸国を脅かしており、ブータンやインドなど陸地の近隣諸国への侵略を始めている。チベットと香港は征服され、占領された領土である。

ならず者的な独裁体制諸国家は脅威を増している。イランはイエメンの反政府勢力フーシを支援し、ペルシア湾岸諸国とイラクのシーア派の不満を煽り、ヒズボラを通じてレバノンとシリアを支配し、ホルムズ湾を通る船舶を脅している。北朝鮮は韓国に対して通常兵器の脅威を与え、その核開発計画はアメリカを標的としている。

上海協力機構(SCO)は、中国が主導し、ロシアが追随する同盟であり、マッキンダーのハートランドを占める独裁的な大国の多くを結び付けている。アメリカはこの30年ほどで初めて、中国という独裁的な競争者と敵対することになった。中国の軍事費は指数関数的な上昇を続けているが、NATOの防衛費は横ばいである。敵の裏庭で戦争をして勝つには、敵が最も強く、私たちが最も弱いところで戦うことが必要である。

冷戦の最盛期、アメリカは2つの大きな戦争と1つの小さな戦争を戦うことができると主張していた。しかし、その軍事力は、敵対国の軍事力に比べ、徐々に低下している。軍事力の低下を示す一つの重要な指標は、アメリカの海軍艦隊の規模である。レーガン政権時代、米国は600隻の海軍を維持することを目指した。レーガン政権時代、アメリカは600隻の海軍を維持しようとしたが、それ以来、アメリカの海軍艦隊の規模は劇的に縮小している。セス・クロプシーによれば、今日、「アメリカ海軍は101隻の艦船を世界中に展開している。アメリカ海軍の艦隊全体では297隻に過ぎない」という。中国沿岸の課題に対応するための艦艇はもちろん、ユーラシア大陸の複数の紛争地点での侵略を抑止するための艦艇も十分ではない。近い将来、中国が台湾への侵攻を表明しているにもかかわらず、アメリカはアジア太平洋地域の第7艦隊の一部として配備された空母を持たなくなるだろう。

アメリカが直面する危機を評価する上で、国家安全保障の専門家たちはアメリカに敵対する国々が協調して行動する可能性を考慮しなければならない。もしアメリカと同盟諸国が、ウクライナ、台湾、イスラエルに対する4正面同時戦争に直面し、さらに北朝鮮が韓国を攻撃し、核抑止力を活用し、イランがホルムズ海峡を封鎖したらどうだろう。このような攻撃は、おそらくアメリカの金融・物理インフラへのサイバー攻撃と組み合わされるだろう。

アメリカはこのような同時多発的な挑戦に対応する軍事能力を有しているのだろうか? 同盟諸国を守り、条約上の約束を守るために核兵器を使用する準備はできているのだろうか? 厳しい選択を迫られた場合、アメリカはこれらの紛争のどれを優先させるか? 多面戦争を回避するためには、アメリカは同時に複数の場所で通常兵器を使った紛争を戦い、勝利する準備を整え、同盟国の自衛能力を強化するために投資しなければならない。

アメリカの国家安全保障分野のアナリストたちは、あまりにも長い間、マッキンダーの悪夢を生み出してきた地政学を無視してきた。権威主義的な諸大国は、共通の大義を見出し、行動を調整するという強い歴史を持っている。独裁者たちは、立法府の議論なしに決定を下すという贅沢さと呪いを持っている。もしアメリカが、中国、ロシア、イラン、北朝鮮という独裁諸国家枢軸による協調行動を抑止できなければ、これらの大国は必ずや共通の原因を見つけ、多面的な戦争に発展するだろう。

※レオナード・ホックバーグ:「マッキンダー・フォーラム・US」のコーディネイター。外交政策研究所上級研究員。スタンフォード大学をはじめ複数の高等教育機関で教鞭を執った退職教授。彼はまたフーヴァー研究所研究員に任命された。彼は、「ストラットフォー」の前身「ストラティジック・フォーキャスティング・Inc」を共同創設した。

※マイケル・ホックバーグ:物理学者。半導体製造分野と電気通信分野で4つの成功したスタートアップ企業を創設した元大学教授。それらの企業の中には2019年にシスコが買収したラクステラ、2020年にノキアに買収されたエレニオンがある。シンガポール(NRF Fellowship) aとアメリカ(PECASE)で若手科学者にとっての最高賞を受賞。

(貼り付け終わり)

(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 今回はアメリカとサウジアラビアの関係、更にウクライナ戦争開始以降の両国関係に関する記事を紹介する。長くなってしまって読みにくくなってしまっていることをお詫び申し上げる。ご紹介したい関連記事が複数あってこのように長くなってしまった。
 現在、世界の石油価格は高騰している。新型コロナウイルス感染拡大で石油価格が下落していたが、その騒ぎも収まりつつある中で石油価格が上昇していった。それに加えて2月末からのウクライナ戦争で対ロシア経済制裁と先行き不安のために石油価格は高騰している。

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石油価格の推移(2021年11月から) 

 アメリカはロシアからの石油が輸入の7%を占めていたがそれが入らなくなったために、これまでさんざん虐めてきたヴェネズエラとの関係修復を試みている。しかし、世界全体では増産まで時間がかかる上に、何より最大の産油国であるサウジアラビアがアメリカに非協力的であるために、石油価格が上昇している。

 サウジアラビアのアメリカに対する非協力的な態度はサウジアラビアの実質的な支配者であるサルマン王太子のバイデン政権に対する怒りが源泉となっている。ジョー・バイデン米大統領は大統領選挙期間中からサウジアラビアとサルマン王太子に対して批判的であり、『ワシントン・ポスト』紙記者だったジャマル・カショギ殺害にサルマン王太子が関与しているというインテリジェンスレポートを公表するということを約束しており、就任後に実際に公表した。また、バイデン政権は、ドナルド・トランプ前政権との違いを強調するためもあり、サウジアラビアの人権状況に批判的となっている。更には、サウジアラビアが関与しているイエメンの内戦でサウジアラビアの立場を支持してこなかった。こうしたことはサルマン王太子とサウジアラビア政府を苛立たせてきた。そして、サルマン王太子の中国とロシアへの接近ということになった。

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プーティンとサルマン王太子
 今回のウクライナ戦争で、アメリカは慌ててサウジアラビアとの関係を改善しようとしている。サルマン王太子とジョー・バイデン米大統領との直接の電話会談を実現させようとしたが、サウジアラビア側から拒否された。バイデン政権はサウジアラビアからしっぺ返しをされている。また、イエメン内戦でイランから支援を受けているフーシ派武装勢力がサウジアラビアの石油関連施設に攻撃を加えていることで、「石油の増産したいのだが、フーシ派が邪魔をしてうまくいかない」という大義名分も手に入れた。
 アメリカは理想主義的な建前外交をやって、アメリカ国民と世界の人々の生活を苦境に陥れている。実物を握っている国々はいざとなったら強い。だから、理想主義でどちらか一方に偏っていざとなったらしっぺ返しを食ってしまうという外交は結果としてよくない。汚い、裏がある、両天秤をかけて卑怯だ、そんな人々から嫌われるような外交がいざとなったら強い。「敵とも裏でつながっておく」ことが基本だ。

 

(貼り付けはじめ)

フーシ派からの攻撃の後、サウジアラビアは石油不足について「責任を持たない」と発表(Saudi Arabia says it 'won't bear any responsibility' for oil shortages after Houthi attack

クロエ・フォルマー筆

2022年3月21日

『ザ・ヒル』

https://thehill.com/policy/international/middle-east-north-africa/599014-saudi-arabia-says-it-wont-bear-any

サウジアラビアは、イランに支援されたフーシ派の反政府勢力が国営石油施設を最近攻撃したことによる流通への影響について、イエメンの内戦に対処するアメリカを明らかに非難し、石油増産に対して責任を取らないことを明らかにした。

国営サウジアラビア通信は、世界最大の石油輸出国サウジアラビアは、「石油施設へ攻撃を受けたこともあり、世界市場への石油供給が不足しても、いかなる責任も負わないことを宣言する」と報じている。

サウジアラビア外務省は、「イランに支援されたテロリストのフーシ派民兵から我が国の石油施設が攻撃されたこと」を受けて声明を発表した。

サウジアラビアの指導者たちは、エネルギー市場を安定させ、禁輸されているロシアの石油を相殺するために供給を増やして欲しいというアメリカらの要請に抵抗しているため、ロシアのウクライナ侵攻でアメリカ・サウジ間の緊張は既に高まっている。

サウジアラビアのエネルギー省は日曜日、国営石油大手アラムコが所有する石油製品流通ターミナル、天然ガスプラント、製油所などがドローンとミサイルによる攻撃を受けたと発表した。

サウジアラビアのエネルギー省は、この攻撃により「製油所の生産が一時的に減少したが、これは在庫から補填される」と述べた。

サウジアラビア外務省は、西側諸国がサウジアラビアと共にイランとフーシを非難し、「世界のエネルギー市場が目撃している、この極めて微妙な状況において、石油供給の安全に対する直接的な脅威となる彼らの悪意ある攻撃を抑止する」よう呼びかけた。

2018年にイスタンブールのサウジアラビア領事館に誘い込まれて殺害された『ワシントン・ポスト』紙のジャーナリスト、ジャマル・カショギの殺害以来、アメリカ政府はサウジアラビアへの批判を強めている。

サウジアラビアの人権記録やイエメン内戦をめぐる緊張が、アメリカ連邦議会において超党派の議員たちからの批判を招き、それがまた両国間の争いに拍車をかけている。

しかし、アメリカのジョー・バイデン政権は、ロシアのウラジミール・プーティン大統領に最大限の圧力をかけるために外交政策を立て直し、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子との関係を再構築しようとしていると複数のメディアが報じている。

『ウォールストリート・ジャーナル』紙は日曜日、ここ数週間にわたり、アメリカはサウジアラビアに「相当数」のパトリオット迎撃ミサイルを送り込んだと報じた。サウジアラビア政府はアメリカ政府に対してフーシ派からの攻撃に対処するための防衛的な武器を送るように求めていた。

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フーシ派勢力がサウジアラビアのエネルギー施設に複数のミサイルを発射(Houthi's fire missiles at Saudi energy facility

オラミフィハーン・オシン筆

2022年3月20日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/middle-east-north-africa/598959-houthis-fire-missiles-at-saudi-energy-facility?utm_source=thehill&utm_medium=widgets&utm_campaign=es_recommended_content

ロイター通信は、サウジアラビア政府は、イエメンのイランから支援を受けているフーシ派が土曜日の夜から日曜日の朝にかけて、様々なエネルギー施設や淡水化施設に向けて複数のミサイルを発射したと発表したと報じた。

サウジアラビアのエネルギー省は日曜日に発表した声明で、ジザン地方の石油製品流通ターミナル、天然ガスプラント、紅海のヤンブ港にあるヤスレフ製油所がドローンとミサイルによる攻撃を受けたと発表した。

サウジアラビアのエネルギー省からの声明には、「ヤスレフ製油所への攻撃により、製油所の生産が一時的に減少したが、これは在庫から補填される」と書かれている。

サウジアラビアのエネルギー省はまた、多くの石油物流工場が攻撃され、ある工場で火災が発生したと付け加えた。サウジアラビア政府のある高官によると、火災は制御され、死傷者は報告されていないということだ。

フーシ派のスポークスマンであるヤシャ・サレアは、過激派グループがサウジアラビアで多くの施設を攻撃したことを認めた。

サウジアラビア主導の軍事連合によると、武装勢力フーシ派はこの他、アル・シャキークの海水淡水化プラント、ダーラン・アル・ジャヌブの発電所、カミス・ムシャイトのガス施設などを攻撃対象として攻撃を加えてきた。ロイター通信によると、サウジアラビア国防軍は弾道ミサイル1発とドローン9機を迎撃したと報じている。

ハンス・グルンドベルグ国連特使は、数万人が死亡し、数百万人が飢餓に直面している7年間の戦闘を終わらせるための条約の可能性について、双方が協議したと述べたとロイター通信は報じている。

ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官は日曜日の声明の中で、フーシ派からの攻撃を非難した。

サリヴァン補佐官は声明の中で、「アメリカは内戦終結に向けた取り組みを全面的に支持し、フーシ派の攻撃から自国の領土を守るパートナーを今後も全面的に支援していく。国際社会にも同じことをするよう求める」と述べた。

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ムハンマド・ビン・サルマンはバイデンに対して影響力を持ち、それを利用している(Mohammed bin Salman Has Leverage on Biden—and Is Using It

-サウジアラビアの原油価格引き下げへの協力は欧米諸国の価値観の犠牲の上に成り立つ。

アンチャル・ヴォウラ筆

2022年3月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/03/24/mohammed-bin-salman-saudi-ukraine-oil-biden-opec/?tpcc=recirc_trending062921

ウクライナ侵攻後にロシアへ科された制裁によって、世界のエネルギー市場には大混乱がもたらされた。西側諸国は、1バレル140ドル近くまで高騰した原油価格をどう抑制するか、ロシアのエネルギー供給への依存からどのように脱するかでパニックに陥った。アメリカとイギリスはロシアの石油購入の禁止を発表し、伝統的な同盟国であるサウジアラビアに対して石油の供給を開始し、世界の石油価格を下げるように説得することに躍起となっている。

しかし、最大の産油国であるサウジアラビアとアラブ首長国連邦は、この危機を自分たちの好機と捉えて、それに応じようとはしなかった。アメリカと欧米諸国へのメッセージは明白である。サウジアラビアは、人権侵害で批判され続ける対象として扱われるには、あまりにも大きな影響力を地政学的に持っている、ということである。

サウジアラビアはアラブ首長国連邦以上に油田の鍵を握っており、油田を開放し、親ロシアの石油政策を転換する前に、アメリカから大きな譲歩を得ることを期待している。エネルギー安全保障のために人権が再び犠牲になることを、活動家たちは恐れている。アメリカもイギリスも、サウジアラビアが3月中旬に行った81人の大量処刑を公然と批判していない。欧米諸国の対サウジアラビア政策は、消費者の財布への圧力を緩和するためのおだてが中心となっている。

サウジアラビアとアラブ首長国連邦は日量300万バレル以上の余力を持ち、その一部を放出することで原油価格を下げることができる。さらに、ロシアは日量約500万バレル、その8割近くを欧州に輸出しているため、リヤドとアブダビが支援を確約すれば、欧州諸国の懸念を払拭し、ロシアへの依存を減らすよう促すことができる。

しかし、湾岸諸国は、ロシアを含む石油カルテルの拡大版である「OPEC+1」への参加を理由に、これを控えている。その理由は、ウクライナ戦争は今のところ石油の供給に大きな支障をきたしていないため、生産量を増やす必要がないためだとしている。しかし、専門家たちは、これは世界政治の大きな変化を反映した政治的決断であると見ている。ロシアの戦争マシーンをも利する価格を維持する選択は、湾岸諸国の独裁者たちがもはやアメリカの緊密な同盟諸国の地位にいる必要性を感じず、同じような権威主義者たちとの新たな同盟を受け入れていることを示すものである。過去に何度か、サウジアラビアの支配者はアメリカの同盟諸国を喜ばせるために増産や減産を行ったことがある。

しかし今回、サウジアラビアの事実上の支配者であるムハンマド・ビン・サルマン王太子は、ジョー・バイデン米大統領に復讐をするチャンスが到来したと見ているようだ。サルマンはこれまでバイデンから数々の侮辱を受け、優遇されてこなかったと考えているようだ。バイデンはまだ大統領選挙の候補者だった時期に、サウジアラビアをパーリア国家(pariah state 訳者註:国際社会から疎外される国家)と評し、大統領就任後にサウジアラビアの反体制派でワシントン・ポスト紙の記者ジャマル・カショギの暗殺に王太子が関与したとする情報報告書を公開した。さらに、サウジアラビアもアラブ首長国連邦も、イラン核合意の再開の可能性についての懸念を持っているがこれは無視され、イエメンのフーシ派が自国の船や都市を攻撃したことに対してアメリカが行動を起こさないことには、軍事同盟国としての義務を果たさなかったと感じたという。最近では、フーシ派を指定テロリストのリストに入れ続けて欲しいという嘆願さえもワシントンによって無視された。

ロシアのプーティン大統領の戦争をきっかけに燃料価格が上昇したため、ホワイトハウスはバイデンと不貞腐れた王太子の電話会談を実現しようと奔走したが拒否された。しかし、サウジアラビアの後継者サルマンはカショギ殺害を命じたという疑惑を通してプーティンの側に立ち、女性人権活動家が逮捕され囚人が大量に処刑されても非難を囁くこともなかった。サルマンはプーティンの緊密な同盟者と見られることに全く不安を感じていないのである。

サウジアラビアが同じ権威主義者プーティンに近づいたのは、当時のバラク・オバマ米大統領との関係が悪化した2015年に遡る。その1年後、ロシアがOPECに加盟した。リヤドはその後、モスクワとの関係を強化する一方、アメリカとの関係は、オバマ時代のイランとの核合意から離脱したドナルド・トランプ米大統領の在任中に改善し、バイデンが指揮を執って合意復活のための協議を再開すると再び悪化するなど、一進一退を繰り返している。トランプ政権時代、ムハンマド・ビン・サルマンは改革者として描かれていたが、バイデン政権下では、サウジアラビアのイエメン攻撃で民間人が死亡したことや、自国内の人権侵害で再び厳しく批判されるようになった。

クインシー・インスティテュート・フォ・レスポンシブル・ステイトクラフトの共同設立者であり上級副会長を務めるトリタ・パルシは、サウジアラビアがロシアを支持している理由は、サルマン王太子がロシア大統領の地位をプーティンが継続し、アメリカで政権交代が起きることを確信しているからだと述べている。

パルシは次のように発言している。「サウジアラビアの王太子サルマンはプーティンに賭けている。サルマンはプーティンを信じているだけでなく、共和党が中間選挙で勝利し、バイデンがレイムダックになることを望んでいる。2025年までに、バイデンと民主党は政権を失い、プーティンはロシアの大統領に留まるとモハメド・ビン・サルマン王太子は信じているようだ」。

今回の危機は、アメリカが主張するエネルギーの独立性を改めて認識し評価することを余儀なくさせた。新型コロナウイルス感染拡大によって大きな損失を被った国内のエネルギー産業をよりよく管理するために、より首尾一貫した長期計画を打ち出すか、口を閉じて権威主義者たちを容認するかのどちらかでなければならない。

エネルギー分野の専門家たちによれば、いずれにせよ、米国のフラッキング企業(訳者註:シェールガス採掘を行う企業)が新たな井戸を掘るには数カ月かかるという。イランやヴェネズエラに対する制裁が解除されたとしても、その石油を世界市場に供給できるようになるにはまだ時間がかかるだろう。先週末、ドイツはカタールと液化天然ガス(LNG)輸入の長期契約に調印した。カタールはロシア、イランに次いで3番目に大きなガス埋蔵量を持つ国であり、この契約によりドイツは液化天然ガスを迅速に輸入することができる。この協定により、ドイツはカタールのガスを輸入できるように2つの液化天然ガス基地の建設を急ぐが、それでもそのガスがドイツの家庭に供給されるまでには何年もかかるだろう。これまでドイツは、パイプラインで輸送される安価なロシアのガスに頼っていた。

現在世界最大の産油企業であるサウジアラムコは、2021年に過去最高益となる1100億ドルを稼ぎ出し、前年の490億ドルから124%増の純利益を記録した。サウジアラムコは石油の増産に向けた一般的な投資を発表したが、短期的に供給を増やすことは何もしていない。サウジアラムコのアミン・ナセルCEO(最高経営責任者)は、「私たちは、エネルギー安全保障が世界中の何十億人もの人々にとって最も重要であると認識しており、そのために原油生産能力の増強に引き続き取り組んでいる」と述べた。

国際エネルギー機関(IEA)は、今年末までにロシアから少なくとも日量150万バレルの原油が失われる可能性があると発表している。それが更なる価格高騰につながることは間違いない。OPEC+は次回今月末に会合を開き、状況を把握して原油の生産量を決めると見られている。しかし、サウジアラビアとアラブ首長国連邦の要求についてアメリカに耳を傾けてもらえたとどれだけ感じられるかに大きく左右される。

彼らは、アメリカが核取引に関する立場を変えないことを確信しているが、イエメンのフーシ派との戦いにおいて湾岸諸国を支援し、人権侵害に対する批判を減らすことができるだろうか? 厳しい国益の世界で最も低い位置にあるのは、個人の自由である。サウジアラビアの活動家たちは、世界の石油の安定と価格の引き下げのために、再び代償を払うことになるかもしれない。しかし、ムハンマド・ビン・サルマン王太子は、バイデンからそれ以上のものを求めるかもしれない。

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バイデンはロシアを支持するサウジアラビアを罰するべきだ(Biden Should Punish Saudi Arabia for Backing Russia

-リヤドは石油市場に変化をもたらすことができたが、アメリカではなく、権威主義者の仲間に味方することを選択した。

ハリド・アル・ジャブリ、アニール・シーライン筆

2022年3月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/03/22/biden-mbs-oil-saudi-arabia-russia-ukraine/

アメリカとその同盟諸国が一致団結してロシアのウクライナ侵攻に反対している中、サウジアラビアはロシアに味方している。侵略を公に非難せず、OPEC+協定へのコミットメントを繰り返したことで、サウジアラビア政府はアメリカとの長年のパートナーシップに亀裂が入っていることを露呈した。

原油増産の懇願にもかかわらず、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子は、ロシアのプーティン大統領と会談した1週間後に、ジョー・バイデン米大統領との会談を拒否したとされる。ロシアの石油の補償を拒否することで、王太子は国際社会が科す制裁に直面してエネルギーを武器として、エネルギーに依存するヨーロッパ諸国をロシアの石油とガスの人質にすることを許可し、プーティンの侵略を助長している。

月曜日になっても、サウジアラビア政府はロシアの行動を非難することを拒否している。その代わりに、サウジアラビアの外務大臣はロシア側と会談し、両国の二国間関係とそれを「強化・統合する方策」を確認した。

サウジアラビアの強硬姿勢にもかかわらず、バイデン政権は最近、フーシ派がサウジアラビアの水とエネルギー施設を攻撃したため、パトリオット対ミサイルシステムをサウジアラビアに追加配置した。サウジアラビアは、アメリカの保護が必要であることを表明し、これらの攻撃による石油供給不足の責任を否定する声明を出した。米国は、アラムコによる投資拡大の約束にもかかわらず、リヤドによる増産の保証を報告することなく防衛策を送ったのである。

バイデン米大統領から要求を受けてもサウジアラビアが石油の増産に消極的なのは、忠誠心が変化していることを示す最新の兆候である。70年にわたるパートナーシップを通じて、ワシントンはリヤドの主要な安全保障の保証人として機能し、その見返りとして、サウジアラビアの歴代国王はエネルギー問題でアメリカと緊密に協調してきた。しかし、ムハンマド・ビン・サルマン王太子が権力を掌握して以降、二国間関係は、7年間続くイエメン戦争などサウジアラビアの無謀な外交政策の決定や、ジャーナリストのジャマル・カショギの殺害で最も顕著に表れた人権状況の悪化によってますます緊迫してきた。

複雑な関係にもかかわらず、バイデン政権関係者の多くは、サウジアラビアの安全保障に対するアメリカのコミットメントを繰り返し表明し続けた。このような発言は、フーシの越境ミサイルやドローンによる攻撃からサウジを防衛するために最近6億5000万ドルの武器売却を行うなど、サウジアラビア主導のイエメン戦争に対するアメリカの継続的支援に裏打ちされたものである。

更に言えば、アメリカは最近、カタールを重要な非NATO加盟国に指定し、1月にアブダビで起きたフーシ派の無人機攻撃を受けてアラブ首長国連邦に追加の軍事資産を動員するなど、他の湾岸諸国のパートナーの安全確保に献身的であることを示している。このような安心感を持ちながらも、サウジアラビアは石油の増産と引き換えにイエメンでの戦争に対するアメリカの支持をもっと強要しようとしている。

現実には、サウジアラビアはアメリカの安全保障に関する保証を疑っていない。王太子が望んでいるのは、自らの支配を確実にすることである。アメリカは、湾岸諸国のパートナー諸国の物理的な安全を支援するために行動することはあっても、権威主義的なアラブの指導者が行うように、自分たちの好む体制を守るために民間人を攻撃することはないことを示してきた。湾岸諸国の支配者たちは、「アラブの春」におけるアメリカの中立的な姿勢が、エジプトにおけるワシントンの長年にわたるパートナー、ホスニー・ムバラクの失脚を許したと考えている

サウジアラビアの王室は、2011年にサウジアラビアが直接軍事介入したことでバーレーンのアル・ハリファ王家を救うことができた、マナーマの港に米海軍の第5艦隊がいたにもかかわらず、アメリカは役に立たなかったと考えている。それ以来、サウジアラビアの対米不信と国内の異論に対するパラノイア(被害者意識)は高まる一方である。サウジアラビアはサルマン国王とムハンマド・ビン・サルマン王太子の統治下で、ロシアや中国との密接な関係の育成を加速させている。

アメリカと異なり、ロシアと中国にはサウジアラビアを保護した歴史も、湾岸における意味のある軍事的プレゼンスもない。

プーティンや中国の習近平のように、サウジアラビアの歴代の支配者たちは資本主義における独裁的モデルを好み、権威主義体制の生存と国家間関係からの人権の排除に基づいた代替的な世界秩序を構築しているのである。

中国やロシアが両国内のイスラム系少数民族を虐待していることに対してサウジアラビアや他の主要イスラム国家が無関心であることは、これらの政府が人権に反対していることの相性の良さを示している。中国とロシアがイスラム主義運動を政権の不安定要因と考えて偏執狂的に恐れているが、サウジアラビアとアラブ首長国連邦はこうした考えを共有している。

サウジアラビアの国王と王太子は、イスラム教の重要性をサウジアラビアの国家戦略から切り離し、王室の役割を中心に据えることで、イスラム教徒を積極的に疎外しようとしてきた。例えば、2022年2月22日、サウジアラビアは初めて建国記念日を祝った。この新しい祝日は、サウジアラビアがワッハーブ派の創始者であるムハンマド・イブン・アル・ワッハーブと提携し、それによってサウジアラビアの宗教的正当性を高め、領土拡大を開始した1744年ではなく、ムハンマド・ビン・サウドが支配権を得た1727年を起源とするものであった。

西側諸国の多くは、サウジアラビア政府が宗教警察のようなアクターを無力化し、厳しい男女分離を若干緩和する決定を歓迎したが、これらの変化はまた、前例のないレヴェルの内部抑圧に対応している。人権活動家の投獄、海外での反体制派に対する弾圧、そして最近の81名の囚人の大量処刑は、ムハンマド・ビン・サルマン王太子の意図の本質を明らかにしている。それは、かつて国家権力を握っていた聖職者や保守派エリートを含む全ての反対意見を、より西側の社会規範の皮をかぶって黙らせることだ。

カショギの殺害をめぐる長引く憤慨と政治的疎外は、王太子に、欧米諸国から見たサウジアラビアのブランドを再構築する努力は失敗したと確信させたのかもしれない。その代わりに、中国とロシアは、ジャーナリストを殺害した皇太子を決して非難しないパートナーである。ロシアの場合、最近の歴史では、その行為すらも支持する可能性さえある。

しかし、中国とロシアに安全保障の保証に賭けるのはギャンブルである。アメリカと異なり、ロシアと中国にはサウジアラビアを保護した歴史もなければ、湾岸地域における軍事的なプレゼンスもない。仮にサウジアラビアが米国製の軍備から移行する場合、そのプロセスには数十年と数千億ドルを要するだろう。

更に言えば、中国とロシアはイランと緊密な互恵関係にあり、サウジアラビアの顔色をうかがってこの関係を犠牲にすることはないだろう。サウジアラビアは、アメリカと対話する際、イランやイランが支援する集団に対するアメリカの保護をこれまで以上に保証するよう主張してきた。リヤドが北京やモスクワとの提携のためにそうした懸念を払拭したいと望んでいるとすれば、こうした姿勢はテヘランに対するアメリカの不信感を煽ることが主な目的であることが明らかになるであろう。

サルマン王太子のイランへの不安は本物だとしても、それ以上に国内状況への不安もまた大きい。そのためには、民間人に多大な犠牲を強いてでもシリアのアサド政権を維持しようとする姿勢を示したプーティンのようなパートナーが望ましい。今のうちにロシアと手を組んでおけば、サウジアラビア市民の大規模な抗議行動など、いざというときにクレムリンが助けてくれるだろうと期待しているのだ。

現在の米国のサウジアラビア宥和政策は、リヤドがワシントンを必要としている以上にバイデンが自分を必要としているという王太子の認識を強めているだけのことだ。

ムハンマド・ビン・サルマン王太子は、任期付きで選出された欧米諸国の政府高官たちのためにプーティンと敵対するリスクを冒すよりも、むしろプーティン支持という長期的なギャンブルに出るだろう。ボリス・ジョンソン英首相やジェイク・サリヴァン米国家安全保障問題担当大統領補佐官、ブレット・マクガーク米国家安全保障会議中東担当調整官らアメリカ政府高官たちによる最近の直接の懇請の失敗や、アントニー・ブリンケン米国務長官との面会を拒否したことは、サウジアラビア王太子が心を決めていることの証拠である。プーティンのエネルギー力を弱め、ロシアの石油ダラーの生命線を断つような石油政策を採用することはないだろう。彼は、ワシントンよりモスクワを選んだのだ。

同様に、バイデン政権がヨーロッパの同盟諸国にロシアの化石燃料を手放すよう圧力をかけているこの時期に、アメリカ政府がサウジアラビアに石油を懇願するのは止めるべきだ。アメリカの民主政治体制とサウジアラビアの権威主義体制は相容れず、長い間その関係を緊張させてきた。アメリカがサウジアラビアに石油をねだるのを止めるのは、もう過去のことだ。もう一つの残忍な炭化水素を基盤としている独裁国家に力を与えている場合ではないのだ。

ロシアの石油をサウジアラビア、イラン、ヴェネズエラの石油に置き換えるという不愉快な見通しに直面したとき、イラン核取引に再び参加し、イランの化石燃料を世界市場に戻すことは、最近の価格上昇に対処するためという理由はあるにしても、最悪の選択だ。イラン産原油の購入は、再交渉された核取引の条件によって制約されたままである。一方、サウジアラビア(またはヴェネズエラ)の要求に応じれば、アメリカが懸念する分野に対処するための追加の安全措置はないことになる。長期的には、バイデンは化石燃料への依存を減らし、それによって避けることができない石油価格ショックからアメリカ経済を守るよう努力しなければならない。そうしてこそ、アメリカ政府は石油を保有する権威主義者たちとの偽善的な取引を止めることができる。

リヤドは、最近の関係の冷え込みにもかかわらず、依然としてワシントンの保護を当然と考えているようだ。その理由の一つは、カショギの殺害とイエメンの荒廃についてサルマン王太子の責任を追及するというバイデン大統領の約束が守られなかったことが挙げられる。

現在のアメリカのサウジアラビアに対する宥和政策は、リヤドがワシントンを必要としている以上にバイデンが自分を必要としているというムハンマド・ビン・サルマン王太子の認識を強めるだけであり、この見解は、アメリカ政府が自分を支援し続ける以外に選択肢がないと考えて、ロシアや中国とより緊密に提携することを促すだろう。

その代わり、バイデンはこの機会に、全ての武器売却を中止し、サウジアラビア軍への保守(メンテナンス)契約を停止するなど、アメリカとサウジアラビア王国の関係を根本的に見直すべきだ。そうすることで、リヤドに対して唯一の安定した安全保障上のパートナーを失う危険性があることを示すことができる。

もし、サルマン王太子が独裁者たちへの支援を強化するならば、アメリカにとって大きな損失にはならないだろう。

※ハリド・アル・ジャブリは、医療技術の起業家であり、心臓専門医でもある。サウジアラビアから追放され、兄弟2人が政治犯となっている。ツイッターアカウント:@JabriMD

※アニール・シーラインはクインシー・インスティテュート・フォ・レスポンシブル・ステイトクラフト研究員である。ツイッターアカウント:@AnnelleSheline

(貼り付け終わり)

(終わり)


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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。

 現在、アメリカは対ロシア強硬姿勢を強めている。ウクライナを巡り、ロシアとアメリカは対立している。このブログでもご紹介しているが、ウクライナと対ロシア強硬姿勢という言葉が揃えば、出てくるのは「ヴィトリア・ヌーランド」という人名だ。ヌーランドについては、このブログでも何度もご紹介しているし、拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』で書いている通り、国務省序列第三位の政治担当国務次官を務めている。今回の対ロシア強硬姿勢のエスカレートの裏には、ヴィクトリア・ヌーランドがいる可能性が高い。彼女がシナリオを書いているかもしれない。これは大変危険なことだ。

 さて、以下の論稿にある通り、ウォルト教授はウクライナ問題について、ロシアとの衝突を避けるべきだという立場だ。アメリカ軍を派遣して、現地でロシア軍と衝突ということになれば愚の骨頂だ。ロシアはジョージ・ケナンが指摘したように、被害者意識を持ち、自分たちの国土を守るために、緩衝地帯を作ろうという考えを長年持っている。NATOが拡大して、やがてロシアの国境にまで迫ることを懸念し、嫌悪している。そのために、NATOを拡大させることは得策ではない。NATOを拡大させるならば、「ロシアを敵視しない」ということをロシアに納得させることが必要だが、それは難しい。なぜならば、NATO拡大の裏には、対露強硬姿勢の欧米の勢力がいるからだ。その代表格がヴィクトリア・ヌーランドということになる。

 また、『』の著者であるウォルト教授はイスラエルについても厳しい見方をしている。イランとの核開発合意を復活させること、もしイスラエルがイランに対して、攻撃を加えるという決定を下すのならば、アメリカの支援を期待すべきではない、ということを主張している。ウォルト教授は、核開発合意の破棄は、アメリカ国内のイスラエル・ロビーの力によってなされたものだと見ており、それはアメリカの国益に合致しないと考えている。これこそは、国際関係論におけるリアスとの考え方である。

 「内憂外患」という言葉がある。国内、国外に問題が山積しているという状態を意味する言葉だ。アメリカはまさに内憂外患の状態だ。個別の問題もあるが、アメリカ国内の問題は深刻な分断だ。その不満を逸らすために、外国の問題をフレームアップする。これはいつの時代にも行われてきたことだ。ロシアや中東の問題をことさらに大きくフレームアップするのは、アメリカ国内の問題が大いに深刻だからと言うことができる。

 私の個人的な見方では、ロシアをフレームアップすることで、相対的に中国へのアメリカの敵視が弱まっているように思われる。これが意図されたものだとすると、その設計者はジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官ではないかと思っている。米中の本格的な衝突は、世界のパワー・バランスを大きく変化させ、不安定さをより増大させることになる。それを避けるために、小さな問題をフレームアップしながらも、衝突は避けるという芸当を行おうとしているのではないかと思う。それはそれでリスクの高い行動だが、米露がお互いに「相手は本気で衝突する気がないだろう」と考えているうちは、まだマネイジメントができるかもしれない。しかし、偶発的ということはある。そうなれば、「想定外」のことが起きて、世界は不安定化する。そのことも念のため考慮しておかねばならない。

(貼り付けはじめ)

バイデンの2022年の外交政策やることリスト(Biden’s 2022 Foreign-Policy To-Do List

-アメリカ大統領ジョー・バイデンが今後1年間に準備すべき課題を予見する。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2021年12月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2021/12/28/bidens-2022-foreign-policy-to-do-list/

たとえ彼の政策が気に入らなくても、アメリカ大統領ジョー・バイデンの勇気には感心するはずだ。大統領執務室での最初の日、彼がどのように感じたか想像してみて欲しい。この国は世界規模の新型コロナウイルス感染拡大の渦中にあり、共和党の指導者たちのほとんどがいまだに非難することを拒んでいるクーデター(訳者註:2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件)の失敗を辛うじて乗り切った。2020年にバイデンが打ち負かしたライアー・イン・チーフ(訳者註:コマンダー・イン・チーフのもじり)は、正々堂々と負けたことを認めようとしない(そして今もそうだ)。国は勝ち目のない戦争に陥っており、そこからきれいに抜け出す方法はなかった。民主党は連邦議会でぎりぎりの差をつけて過半数を握っており、個々の連邦上院議員には判断力や誠実さをはるかに超えた影響力が与えられていた。さらに、地球上のすべての生命が依存している生態系は、深刻な異常事態に陥っている。

バイデンが直面した課題と配られたカードの貧弱さを考えれば、バイデンはそれほど悪い結果を出している訳ではない。しかし、外交政策におけるいくつかの真の成功にもかかわらず、2022年も彼に大きな安らぎを与えることはないだろう。新型コロナウイルスは依然として深刻な問題であり、アメリカの敵国はますます活発になり、アメリカの同盟諸国はますます分裂しているように見える。一方、かなりの割合のアメリカ人が、誤ったシナリオとでっち上げられた「事実」に満ちた別世界に住んでいる。

しかし、せっかくのホリデーシーズンなので、まずは明るい話題で、潜在的な火種を一つ取り除いてみよう。台湾問題は今後も米中関係を複雑にするだろうが、あえて言えば、2022年には台湾をめぐる深刻な危機や軍事的対立は起きないだろう。中国政府とアメリカ政府はともに、ここ数カ月、危機の温度を下げるために静かに努力し、エネルギー価格の低下や気候変動への懸念に対処するために積極的に協力している。台湾をめぐる対立は、米中両国のどちらにとっても今一番避けたい問題なのだ。

バイデンの外交チームは引き続き中国との長期的な競争に重点を置くだろうが、この問題に対する超党派のコンセンサスが生まれつつあり、それがアメリカを強化するための効果的な政策に反映されれば助けとなるだろう。(皆さんもご存じの通り:ビルド・バック・ベター法案がそうだ。)それでも、今後12カ月以内に事態が好転することはないだろう。というのも、2022年には、他のいくつかの問題が政権の受信トレイを埋め尽くすことになりそうだからである。

(1)ロシアとウクライナの問題。 西側諸国の一部の悲観論者とは異なり、私はロシアがウクライナ全土を征服するための大規模な侵攻を行うとは考えていない。ウクライナ全土を占領すれば、強力な経済制裁が発動され、NATOは東側諸国を軍事的に強化する(プーティン大統領はこれを望んでいない)だけでなく、モスクワは怒れる4300万人のウクライナ人を統治しなければならなくなるのだ。頑迷固陋なナショナリズムは旧ソ連帝国を崩壊させた原因の一つであり、このような勢力がウクライナを再統合しようとすれば、モスクワには到底負担しきれないほどの出費を強いることになる。

もしロシアが武力行使に踏み切った場合、表向きはウクライナ東部の親ロシア派を「支援」するための、より限定的な侵攻になると思われ、おそらくこれらの地域を守るための緩衝地帯も追加設定されるだろう。これは、プーティンがグルジア(ジョージア)、南オセチア、アブハジアなどで行った「凍結された紛争(frozen conflicts)」と同様であり、予想が異なことかもしれないが、比較的リスクの低い行動を取るというプーティンの傾向と一致するものだ。利害関係が小さくなるため、「限定的な目的」戦略は、欧米の強力で統一された反応を引き起こす可能性が低くなる。その過程で、プーティンがウクライナにどれだけの損害を与えようとするかが大きな問題だ。プーティンは「教訓を与える」(そして欧米に近づきすぎないよう周囲に警告する)誘惑に駆られるかもしれないが、ウクライナを罰することは、欧米の厳しい反応を招くリスクも高めることになる。

バイデンはここで勝ち目のない状況に陥っている。アメリカから遠く離れ、ロシアのすぐ隣にある地域で実際の銃撃戦を起こそうという気はさらさらないし、ウクライナ政府に更に武器を送っても、ロシアの限定的な進出を抑止できるほどパワー・バランスは傾かないだろう。しかし、対露強硬派は、この問題を解決するための外交的取引は、ネヴィル・チェンバレン的な最悪の宥和政策(appeasement)だと非難するだろう。

この魅力のない状況は、NATOの開放的な拡張がイデオロギー的には魅力的だが、戦略的には近視眼的(myopic)であることを思い起こさせる。NATOの拡張は、(1)「広大な平和地帯(vast zone of peace)」を作り出し、(2)ロシア政府が「NATO拡張は脅威ではない」というNATOの保証を容易に受け入れ、(3)NATOが行った、あるいは示唆した約束は決して守る必要がない、と支持者たちは無頓着に考えている。残念だが、この船は出港してしまった。バイデンとNATOが今直面している課題は、ロシアの脅迫に屈したように見せずにウクライナの独立を維持する方法を見つけ出すことだ。2014年当時、ウクライナの中立性について合意に達するのは、簡単とは言い難いが、まだ容易であっただろうが、今日の場合ははるかに困難であろう。

(2)イスラエルとイラン問題。あなたの名前がマイク・ポンペオ元アメリカ国務長官、ジョン・ボルトン元大統領国家安全保障問題担当補佐官ではなく、民主政治体制防衛財団(Foundation for Defense of Democracies)のようなタカ派ロビーで働いていないなら、イランとの共同包括行動計画(Joint Comprehensive Plan of ActionJCPOA)からの離脱というトランプの決断が過去50年間で最も間抜けな外交政策決定の一つであることをおそらく理解していることだろう。そしてこれが意味しているのは以下のようなことだ。イランは現在、トランプが一方的に協定を破棄しなければ保有していたであろう量よりも多くの高濃縮ウランを保有している。さらに多くの高性能遠心分離機が稼働し、より強硬な政府が誕生しているが、これらはトランプとポンペオの無分別な「最大限の圧力(maximum pressure)」作戦の結果だ。バイデンは大統領就任後、共同包括行動計画を復活させると公約したが、イスラエル・ロビーの力を尊重したためにその実現に逡巡してしまい、手遅れになるまで放置する結果となってしまった。

共同包括行動計画の下で、イランが核兵器1個を製造するために必要なウランを製造するためにかかる時間(breakout time)は1年以上であった。しかし、それが現在では数週間となっている可能性が高い。このような状況は、アメリカのこれまでの行動の結果である。しかし、アメリカまたはイスラエルがイランの核製造設備に対して軍事行動を起こすという話が再燃しているのは驚くに値しない。爆撃によってイランの核爆弾製造能力を破壊することはできない。せいぜい核爆弾製造を遅らせることができる程度であり、その期間もそこまで長くはない。この方法でイランを攻撃すれば、攻撃に対するより確実な抑止力を持ちたいというイラン側の欲求が強まり、イラン政府内の強硬派の立場が更に強くなり、最終的には核の「隠し持ち(latency)」の段階から、公然とした核武装国になるようにしようと、イラン政府全体が説得される結果に終わるだろう。

トランプの失敗のおかげで、今日の選択肢は魅力的なものではない。今後、イスラエルとアメリカ国内にいるイスラエル支持者たちは、2022年の1年間を使って、イスラエルの予防攻撃(preemptive strike)の可能性をほのめかし、実際にはイスラエルに代わりにアメリカにイランへの対処の負担を負わせようとすることは間違いないだろう。バイデンがそうした声を聞き入れず、「イランと戦争を始めたい国は自力でやるしかなく、アメリカの保護はあてにはできない」と明言することを期待する。このことが意味するのは、たとえバイデンがアジア地域や気候変動、新型コロナウイルス感染拡大に焦点を当て、中東にはあまり時間と関心を割かないようにしたいと思っても、中東を完全に無視することはできないだろう、ということである。

(3)信頼性についての懸念。バイデンはまた、アメリカの信頼性について問題にどう対処するかを考えなければならないが、まずその問題が何であるか、その内容を正確に理解する必要がある。世間で言われているのとは逆に、これはバイデンが意志薄弱であるとか、アフガニスタンの撤退が予想以上に混沌としていた、という問題ではない。私や他の人々が繰り返し主張してきたように、関与(commitments)とは、潜在的な挑戦者たちが、大国が特定の問題や地域を守ることに明確な利益を持ち、攻撃者に大きなコストを課す能力があることを認識したときに、最も信頼できるものになる。利害関係が重要でない場合、あるいは必要な能力が欠けている場合、瀬戸際やそれ以上の場所に行く意思があることを相手に納得させるのははるかに難しい。

今日、アメリカが信頼性の問題を抱えているのは、主に2つの理由がある。第一に、アメリカは過度の関与を行っていることで、安全保障関連対応を全て同時に履行することは困難であるということである。理論的には、この問題を解決するために、自国が攻撃を受ける度に激しく抵抗し、将来の攻撃を阻止することが考えられるが、時間が経つにつれ、この方法は資源と政治的意志を消耗する。このため、現在のアメリカの信頼性は、バイデンが無抵抗だからではなく、国全体が無意味な戦争にうんざりしているからやや低いということになる。そして、戦争に疲れているのは、その信頼性を保つために愚かな戦争をし続けたからでもある。 こうして、誰かがこれらの紛争を終わらせようとするたびに「宥和は駄目だ」と叫んだタカ派は、結局、彼らが解決したいと主張する問題そのものを悪化させることになったのだ。

第二に、今日のアメリカの信頼性は、特定の国際情勢への対応と同様に、国内の分極化と政治的機能不全によって損なわれている。次の大統領が急変して反対方向に向かうかもしれないのに、なぜ他国はアメリカの政策に合わせる必要があるのか。予算編成や新型コロナウイルス感染拡大の管理、必要なインフラ整備に苦労している国と、なぜコストのかかる計画を調整する必要があるのか。物事を効果的に成し遂げるアメリカの基本的な能力に対する信頼が薄れれば、アメリカの信頼性が損なわれるのは必然である。たとえ意志があったとしても、約束を果たすことができると他国を説得することも重要である。

(4)次の人道上の危機。次の人道上の危機がどこで発生するかわからない。アフガニスタンか?ベネズエラか?ミャンマーか?レバノンか?しかし、環境的な圧力、根強い暴力、経済的な崩壊が重なれば、過去の悲劇と頑強な新型コロナウイルス感染拡大に疲弊した国際社会にとって、新たな悲劇を引き起こす可能性がある。このような事態が発生した場合、大統領にとって最も希少な資源である「時間」が直ちに消費されてしまう。もし私がバイデンに助言するならば、予想外の事態に対処するために少し余裕を持っておくように言うだろう。彼はそれを必要とするだろう。

(5)優先順位を決め、それらを守ること。このようなリストを作成していると、エチオピアの内戦拡大、進行中の移民・難民危機、マクロ経済崩壊の可能性、環境災害など、項目を追加するのは容易だ。従って、アメリカの外交政策を担う人々にとって、2022年の最後の課題は、最新の危機に巻き込まれないようにすることであろう。この問題が勃発すれば(上記の第四点を参照のこと)、バイデンと外交政策チームは、現地の従属国、資金力のあるロビー団体、熱心なジャーナリスト、人権活動家、企業利益団体、その他大勢から、今日のホットスポットを大統領の優先リストに加えるよう容赦ない圧力を受けることになるであろう。「アメリカは復活した」ということを証明したいバイデン政権は、こうした圧力に特に弱く、予期せぬ出来事によって政権の軌道が狂う危険性が高くなる。そうなれば、「やりすぎて、そのほとんどを失敗してしまった」最近の政権の長いリストに加わることになる。

ここで、悪いニュースを一つ。2022年を前にして、私は上記のどの問題も、アメリカの将来、そして今世紀の残りの期間におけるアメリカ人の生活にとって、アメリカが国内で直面している課題ほど重要であるとは思えない。私の教え子であるバーバラ・ウォルターのように、内戦が起きる可能性について真剣に研究している人たちは、アメリカの現状と軌道が、数年前までは想像もできなかったような内戦の危険性を現実のものとすると警告を発している。たとえ大規模な暴力事件が起こらないとしても、次々と選挙が争われ、「人々に選ばれた(elected)」政府は民意を代表せず、広く正当性を欠き、政府機関はますます基本的機能を効果的に果たせなくなることは容易に想像がつくだろう。基本的な自由とアメリカ人の生活の質を脅かすだけでなく、このような国内分裂は、効果的な外交政策を行うことをほとんど不可能にし、アメリカの衰退を加速させるだろう。

これまで述べてきた様々な理由から、2022年のバイデンの主な課題は、就任の宣誓をしたときから変わっていない。アメリカが世界の舞台で成功するためには、その民主政治体制の根幹を蝕んでいる党派的狂騒(partisan insanity)を終わらせねばならない。端的に言って、この目標を達成することは、現時点では誰の手にも負えないことかもしれない。更に率直に言えば、この大混乱を止めるには、大規模でかつ困難な憲法改正しかないと私は確信している。しかし、大規模な改革は、現在の政治秩序の反民主的な特徴から利益を得ている共和党を筆頭とするグループから激しい抵抗を受けることは間違いない。

ということで、皆さん、良いお年をお迎えください。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト兼ハーヴァード大学ロバート・レニー・ベルファー記念国際関係論教授

(貼り付け終わり)

(終わり)

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