古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:クーデター

 古村治彦です。

 私がウェブサイト「副島隆彦の学問道場」内の「重たい掲示板」に投稿した、「[2823]トランプを「反逆者」に仕立て上げて、押し込め、解職を行う。ワシントン・インサイダーズによるクーデターである 投稿者:古村治彦(学問道場)投稿日:2021-01-07 15:38:28」に加筆したものを掲載する。

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2021年1月6日(現地時間)、アメリカ連邦議会(Congress)の上院(Senate)と下院(House of Representatives)が共同会議(joint session)を開き、2020年11月3日に実施された、大統領選挙の結果を承認することになっていた。共和党所属の議員たちの中には、選挙結果、特に激戦州の選挙結果に異議を唱える人々がおり、そのために、通常であれば、1時間もかからないで終わる儀式が長引くと見られていた。

 共和党内部では、上下両院の共和党のトップである院内総務(Leader)とナンバー2である院内幹事長(Whip)は共に、「選挙結果に反対する動きを支持しないように(選挙結果を受け入れるように)」と呼びかけていた。トランプ支持の議員たちは、「反対の動きを支持しないなら、次の選挙の予備選挙(共和党の候補者を選ぶ選挙)で対抗馬を出して、お前たちを落としてやる」と対抗していた。大統領選挙の結果をめぐり、共和党内部は分裂をしていた。

※共和党内部の分裂についてはこのブログで紹介した↓

<a href="http://suinikki.blog.jp/archives/83787986.html">http://suinikki.blog.jp/archives/83787986.html</a>

 いよいよ共同会議が開かれるという時に、「連邦議事堂(Capitol Hill)にトランプ支持の暴徒(mobs)が侵入して、会議が開けなくなった」という報道がなされた。連邦議事堂に周囲に、トランプ大統領支持の議員たちを激励するために集まっていた人々が、窓ガラスを壊して侵入するという出来事が起きた。
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 今回の議事堂占拠という出来事で、思い起こされるのは、日本の60年安保の際の、デモ隊による国会議事堂への突入である。これは、暴れ者の学生たちが興奮して、建物に向かって突撃したなどという単純な話ではない。

 この国会突入は仕組まれたものだ。このことは副島隆彦著『日本の秘密』でも詳しく検証されている。デモ隊の中に、権力側と通じていた人間、スパイが潜り込んでおり、煽動して、最前線にいるデモ隊がいつの間にか国会に突入、飛び込むことになってしまった。この国会突入と東大生・樺美智子の死によって、盛り上がった60年安保運動はぺしゃんこになって、落ち着いてしまった。

 今回のトランプ支持者たちによる議事堂占拠も仕組まれたものであると私は見ている。こう考える理由はいくつかある。まず、トランプ支持の集会が開かれ、多くの支持者が集まることはあらかじめ分かっていた。前日のワシントンからの中継を見たが、議事堂につながる道路には大きなトラックが何台も並べられ、バリケードのようになっていた。警察側はトランプ支持者たちが近づけないようにしていた。

 警察は準備をしていたはずなのに、丸腰の人々に議事堂に入られてしまった。この点も不可解である。議事堂前に集まった人々は殺傷能力の高い武器を所持しているようには見えなかった。警察は暴動鎮圧用の装備を整えているはずだ。それなのに、簡単に侵入を許した。こんなことでもし再びテロ攻撃があったら大丈夫なのか、と皮肉の一つも言いたくなる。あんな丸腰の人間たちを「テロリスト」呼ばわりは何とも情けなくなる。

 更には、議事堂占拠などと聞くと、数時間も続いている、占拠した側が立てこもって、武器を使って激しく抵抗しているとも思われがちだが、議事堂に入った人々の退去は既に済んで、議場での会議が再開されている。大きな破壊もなく、長時間の選挙や立て籠もりもなかったということだ。もちろん銃撃戦とか派手な殴り合いも起きていない。

 これは、わざと人々を議事堂の中に入れて、引き入れておいて、一網打尽に捕まえたということだ。後から簡単に逮捕できるくらいの人々の侵入をなぜ許したのか、と考えなければならない。

耄碌し果てたジョー・バイデンとアホのジョージ・W・ブッシュ元大統領は、今回の議事堂選挙について、「反乱(insurrection)」という言葉を使った。この言葉遣いが重要だ。普通の家宅侵入は「trespassing」という言葉を使う。それを大げさすぎるほどの言葉である「反乱」を使った。
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今回のたいしたことのない出来事を、「アメリカ史上最悪の反乱、国家への反逆行為」「デモクラシーを破壊する行為」とすることで、とランプ大統領とトランプ支持者を「国家の敵」に認定し、葬り去るシナリオができていた、仕組まれていたということだ。

この点では、ワシントンのインサイダーたちやエスタブリッシュメントは、党派や立場の違いは関係なく、「トランプと民衆をワシントンから追い出す、政治に関わらせない、自分たちの既得権益や秘密を守る」ということで一致していた。トランプは最後まで、「ドレイン・ザ・スワンプ(Drain the swamp)」を実行した、ワシントンの部外者、アウトサイダーだった。民衆・大衆の支持を唯一の武器として戦ったポピュリスト(Populist)だ。

 アメリカ連邦議会では早速、トランプ大統領に対する「弾劾(impeachment)」をやれという声が出ている。弾劾は、まず、連邦下院が弾劾訴追をするかどうかを決める。これは連邦下院の過半数の賛成があればできる。そして、連邦上院は弾劾裁判所となって、審議をし、3分の2以上の賛成があれば弾劾が成立し、大統領は失職となる。アメリカ大統領の任期は4年ごとの1月20日までだ。残り2週間で弾劾作業をやろうというのは無理がある。

しかし、民主党進歩主義派でアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員の仲間である、イルハン・オマル下院議員が「既に弾劾決議案条文の準備をしている、起草している」とツイートしている。あまりにも手回しが良すぎる。アメリカ合衆国憲法の弾劾に関する条項には、「国家反逆(treason)」という言葉が入っている。大統領が国家反逆行為をしたら弾劾の対象になる、ということだ。今回の議事堂占拠が仕組まれていた、トランプ断崖まで進めようとして計画されていたことを示す証拠だ。
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今回の議事堂占拠を行った人々を「反乱(insurrection)罪」で検察官が訴追する、そして、この反乱を主導したとランプ大統領を「国家反逆(treason)」で弾劾訴追する、という形で、「トランプとトランプを支持する人々は、アメリカを攻撃した反逆者」というレッテルを貼って葬り去ろうというワシントンのインサイダー、エスタブリッシュメントたちの動きだ。デモクラシーの総本山と世界に対して威張りながら、最後はデモクラシーを守るということで、抑圧をする、そのような設計になっている。

 ワシントンの住人である共和党の政治家たちも、トランプが「国家反逆者認定」されるならば、トランプ追い落としに進んで加担することができる。「トランプ大統領が国家反逆者になってしまった以上、これ以上は擁護できない」と言いながら、進んで弾劾に賛成する者たちが続出するだろう。

更に恐ろしいのは、「アメリカ合衆国憲法修正25条第4項を適用して、即座にトランプ大統領を解職しろ」という主張も出ている。この条項は、「第4 副大統領および行政各部の長官の過半数または連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができないという文書による申し立てを送付する時には、副大統領は直ちに大統領代理として、大統領職の権限と義務を遂行するものとする」となっている。

簡単に言えば、副大統領と閣僚の過半数が連邦議会に対して、「大統領は職務不能状態です」という文書を送れば、副大統領は大統領代理になる、ということだ。今回のことで言えば、とランプ大統領の権限が取り上げられ、ペンス副大統領が大統領代理になるということだ。

トランプは「国家に対する反乱行為を促した国家反逆者なのだから、職務不能者として権限を取り上げろ」ということだ。

 トランプ大統領は「議事堂の中に突入しなさい」という明確な命令も奨励も出していない。その疑いがあるならば、きちんと裁判を提起して証拠を集めて、裁判所が判断を下すということがそもそも手続きだ。それを乱暴に、憲法の条文を自分たちに都合の良いように解釈して、適用して、「トランプを押し込めて、職務不能ですと副大統領と閣僚たちが声をそろえて宣言して解職に追い込む」ということこそが、クーデターである。アメリカが州国憲法の条文を悪用したクーデターであり、国家反逆行為そのものだ。

 ナンシー・ペロシ連邦下院議長の動きは錯乱し、舞い上がっている。トランプを「国家の敵」に認定し、即時罷免を求めている。更には、「トランプに核攻撃をさせない」という訳の分からない理由で、核兵器が使えないようにしようとしている。トランプが錯乱し、狂っているというのならば、言葉は悪いが、それは就任直後からだ。彼は自分の考えや姿勢を変えていない。そんな人物をほぼ4年間野放しにしておいて、最後の最後で、一気に「最終処分」しようとしているのは、滑稽というよりも、恐ろしいものを感じる。

大統領の権限を取り上げようというのはまさにクーデターだ。それを、マイク・ミリー統合参謀本部議長も協力しようとしているのは、米軍もこのクーデターに参加しているということになる。

(貼り付けはじめ)

トランプ氏の核攻撃阻止を軍トップと協議 ペロシ氏が表明

202119 5:27 発信地:ワシントンD.C./米国 [ 米国 北米 ]

トランプ氏の核攻撃阻止を軍トップと協議 ペロシ氏が表明‹

https://www.afpbb.com/articles/-/3325340

19 AFP】米民主党のナンシー・ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長は8日、「錯乱」した状態にあるドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領が残りわずかとなった任期中に核ミサイルを発射する事態を避けるため、米国防総省のマーク・ミリー(Mark Milley)統合参謀本部議長と協議を行ったと明らかにした。

 合衆国憲法で定められている大統領権限の制限について米軍制服組トップと協議を行ったと公に認めるのは異例。トランプ氏の任期終了までの期間をめぐり米政界で緊張が高まっていることを示している。

 ペロシ氏は民主党議員への書簡で、「この錯乱した大統領の状況は危険極まりなく、わが国と民主主義に対する彼の情緒不安定な攻撃から米国民を守るため、われわれはあらゆる手段を講じなければならない」と説明。

 さらに、トランプ氏が辞任せず、マイク・ペンス(Mike Pence)副大統領と閣僚が合衆国憲法修正25条で定められた大統領罷免の手続きを開始しないならば、弾劾手続きを開始する準備があるとも言明した。

 米首都ワシントンでは6日、ジョー・バイデン氏の次期大統領への当選確定を阻止しようとしたトランプ氏の支持者らが連邦議会議事堂に乱入する事件が発生。警察官1人を含む5人が死亡した。民主・共和両党の議員はこの事件を反乱だと非難。トランプ氏が暴力を扇動したとの批判も高まっている。(c)AFP

(貼り付け終わり)

 

 議事堂選挙という事件を利用して、連邦議員たちやワシントンのインサイダーたちが、一気に「悪者たち」「国家の敵」との戦いを行おうとして、恐ろしいまでに急速にかつ、これまででは考えられない範囲での攻撃をトランプ側に加えている。この人々は、「デモクラシーが攻撃された」「私たちの(逸脱した)行為に反対する者は、悪者たち、国家の敵と同じだ」という論理で、反対の声を封じて、逸脱行為を行っている。これは「ショック・ドクトリン」と呼ばれる手法そのものだ。

 デモクラシーは迂遠とも思われる手続き論を大事にするのではないか、更には疑わしきは罰せずということもあるのではないか。トランプ側を攻撃する、ワシントンのインサイダーやエスタブリッシュメントたちは、自分たちにかかっている制限や縛りを取っ払うために出来事を利用して、クーデター、国家反逆を行っている。

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。

 

 アメリカのCIAが冷戦期、世界各国でスパイ活動をしていたことはよく知られています。小説や映画に題材として数多く取り上げられてきました。また、反米的(と目されるばあいも含めて)、もしくは共産主義的な国家指導者や国家体制を転覆させるために、その国の軍部やゲリラなどに資金や武器を渡して、暗殺やクーデターを起こさせていたということはよく知られていました。しかし、アメリカ政府は、公式には、そうした暗殺事件やクーデターへの関与を否定していました。

 

 1953年、イランでは民主的に選ばれたムハマンド・モサデグ首相に対するクーデターが発生しました。そして、親米的なシャーによる王政が1979年のイラン革命まで続きました。1979年、有名なホメイニ師が主導するイラン革命によって、イランの王政は倒され、イスラム共和国が誕生しました。イラン革命の際、テヘランのアメリカ大使館に大学生たちが乱入し、大使館員などを人質にして占拠する、イラン人質事件が起こりました。人質事件はカーター政権内部に解決方法を巡って亀裂を生み(ヴァンス国務長官とブレジンスキー大統領国家安全保障問題担当補佐官の対立とヴァンスの辞任)、大きなダメージを与え、カーターは次の大統領選挙でロナルド・レーガンに敗れました。イラン革命以降、アメリカとイランは国交を断絶し、アメリカはイランの隣国イラクの独裁者サダム・フセインをけしかけてイラン・イラク戦争を起こさせました。

 

 イランの歴史に置いて大きな出来事であるモサデク首相に対するクーデター事件ですが、CIAの関与はほぼ間違いないと言われながら、アメリカ政府は公式に否定してきました。しかし、バラク・オバマ大統領がCIAの関与を認め謝罪し、また、最近、機密解除文書の公開によって、残された電報などから、CIAが関与していたということが明らかになりました。

 

 CIA本部はクーデターの試みが失敗したこともあって、クーデターに参加するなとイラン支局に電報を送っていましたが、現地では命令を無視し、結局、クーデターが成功してしまいました。現地の命令無視・独断専行があったということで、このことまでは推定されていましたが、それを示す証拠が出てきたということが重要です。

 

 また、1950年代に聖職者であり、政治家でもあったカシャニ師がモサデク追い落としに関与し、また、アメリカからの資金援助を要請していたということが明らかにされました。カシャニは現在でもイラン国内で尊敬を集めている人物ですが、そのような人物がアメリカからの援助を求めていたということはイランにとっては隠しておきたい事実だろうと思います。

 

 このように何十年経っても公文書が残されていれば、いつかは事実は明らかにされます。最近の日本の政治状況を見ていると、公文書を残しておくということの重要性を軽視しているように思います。この点はアメリカを見習うべきであろうと思います。

 

(貼り付けはじめ)

 

64年経過して、CIAはついにイランでのクーデターに関する詳細を公開(64 Years Later, CIA Finally Releases Details of Iranian Coup

―新たに公開された文書によって、CIAが如何にして失敗に終わりかけていたクーデターへの参加を取り消そうとしていたか、そして、最後の最後である従順ではない一人のスパイによってクーデターが成功に導かれたが明らかにされた。

 

ベンサニー・アレン=エイブラヒミアン筆

2017年6月20日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/06/20/64-years-later-cia-finally-releases-details-of-iranian-coup-iran-tehran-oil/

 

機密解除された文書が先週公開された。これによって、1953年に発生したイラン首相ムハンマド・モサデクを追い落としたクーデターにおいて、中央情報局(CIA)が中心的な役割を果たしたことが明らかになった。このクーデターは、イランのナショナリズムの火に油を注ぎ、1979年のイラン革命を生み出し、21世紀になってもアメリカ・イラン関係を損ない続けている。

 

約1000ページの文書によって初めて、CIAが如何にして失敗に終わりそうであったクーデターへの参加を取り消そうとし、イラン国内にいる従順ではない一人のスパイによって最後の最後で成功に導かれたということが明らかにされた。

 

CIAの計画はエイジャックス作戦として知られている。CIAの計画は究極的に石油確保を目的とするものであった。西側の企業は長年にわたり、中東地域の石油生産と底からの富をコントロールしていた。サウジアラビアのアラビアン・アメリカン石油会社、イランのアングロ・イラニアン石油会社(イギリス)といった石油企業がコントロールしていた。1950年末、サウジアラビアのアラビアン・アメリカ石油会社は圧力に屈し、石油からの富をサウジアラビア政府と折半することになった。この時、イラン国内のイギリスの持つ石油利権もサウジアラビアでの先例にならうようにという厳しい圧力に晒されていた。しかし、イギリス政府は断固として拒否した。

 

1951年初め、人々の熱狂的な支持の中、モサデクはイランの石油産業を国有化した。激怒したイギリス政府は、モサデクの排除とシャーによる王政の復活のために、アメリカの情報機関と共謀し、計画を練り始めた。しかし、新たに公開された電報が示すところでは、アメリカ国務省の一部には、対立に対するイギリスの非妥協的な態度を非難し、モサデクとの協力を模索する人々がいた。

 

クーデターの試みは4月15日に開始されたが、迅速に鎮圧された。モサデクは関係者を逮捕した。共謀の首謀者であるファズラウ・ザヒィーディー将軍は身を隠し、シャーは国外に逃亡した。

 

CIAはクーデターの試みは失敗すると確信しており、クーデターへの参加を取り消すことに決定した。

 

新たに公開された文書によると、1953年8月18日にCIA本部はイラン支局長に次のような内容の電報を送った。「作戦は試され、そして失敗した。私たちはモサデクに敵対するいかなる作戦にも参加すべきではない。モサデクに敵対する作戦は継続されるべきではない」。

 

ジョージ・ワシントン大学のアメリカ安全保障アーカイヴでアメリカ・イラン関係プロジェクトの責任者を務めるマルコム・バーンは、「CIAのイラン支局長カーミット・ルーズヴェルトは、この電報を無視した」と述べている。

 

バーンは本誌に次のように語った。「カーミット・ルーズヴェルトが電報を受け取った時、部屋にはもう一人の人物がいた。この時、ルーズヴェルトは、“ダメだ、俺たちはここで何もやっていない”と述べた」。ルーズヴェルトはCIA本部からのクーデターの試みを中止するようにという命令を実行しなかったことは既に知られていた。しかし、電報自体とその内容については知られていなかった。

 

ルーズヴェルトの決断の結果は重大であった。電報を受け取った翌日の1953年8月19日、クーデターは成功した。CIAの援助によって準備されたと考えられてきた、「金を支払われていた」群衆の助けがあった。イランの民族主義の英雄モサデクは投獄され、西側に友好的なシャーの下での王政が復活した。アングロ・イラニアン石油(後にブリティッシュ・ペトロレアムに改名)は油田を回復しようと努めた。しかし、この努力は実を結ばなかった。クーデターは成功したが、外国の石油のコントロールの回復に対するナショナリストからの反撃は過激となった。ブリティッシュ・ペトロレアムやその他の石油メジャーはイラン政府と石油からの利益を分け合うことになった。

 

エイジャックス作戦はイランの保守派にとっては亡霊であった。しかし、これはリベラル派にとっても同様であった。クーデターは反西洋感情の炎に風を送った。ナショナリズムの最高潮が1979年に発生したアメリカ大使館人質事件、シャーの廃位、「大悪魔」に対するイスラム共和国の創設となった。

 

クーデターによってイラン国内のリベラル派も排除された。モサデクはイラン史上、民主的な指導者というものに最も近付いた人物であった。モサデクは民主的な諸価値を明確に称揚し、イラン国内に民主政治体制を確立したいという希望を持っていた。選挙を経て構成された議会がモサデクを首相に選出した。首相という職を利用して、モサデクはシャーの力を削いだ。その結果、この時期のイランは、ヨーロッパで発展した政治的伝統に最も近付いた。しかし、更なる民主的な発展は8月19日に窮地に陥った。

 

アメリカ政府は長年にわたり、クーデターへの関与を否定してきた。国務省は1989年にクーデターに関連した文書を初めて公開した。しかし、CIAの関与を示す部分は編集していた。人々の怒りを受けて、政府はより完全な文書を公開することを約束した。そして、2013年に文書が公開された。2年後、機密解除された文書の最終的な公開の予定が発表された。バーンズは、「しかし、イランとの核開発を巡る交渉のために準備が中断され、公開予定は遅れることになった」と述べている。文書は先週、最終的に公開された。CIAの電報の原本は紛失、もしくは廃棄されたものと考えられていた。

 

バーンは、公開が大幅に遅れたのはいくつかの要素のためだと述べた。バーンは、 情報機関は常に「材料と方法」を防御することに懸念を持つものだ、と語る。「材料と方法」とは、最前線で作戦実行を可能にする秘密のスパイ技術を意味する。CIAはイギリスの情報機関との関係を守る必要にも迫られていた。イギリスの情報機関は諜報に必要な人材などを守りたいと考えていたはずだ。

 

 

スタンフォード大学のイラン学教授アッバス・ミラニは、新たに公開された文書によって、CIAの関与以上に興味深い事実が明らかにされた、と述べている。聖職者のアボル=ガセム・カシャニ師の政治における指導的役割の詳細が明らかにされた。カシャニは1950年代に聖職者であり、指導的な政治家として活動した。

 

イスラム共和国では、聖職者は常に善玉である。カシャニはこの時期におけるナショナリズムの英雄であった。今年1月、イランの最高指導者は石油の国有化におけるカシャニの役割を賞賛した。

 

カシャニが最終的にモサデクと分裂したことは広く知られている。イラン国内の宗教指導者たちは共産主義のドゥデー党の台頭に恐怖感を持っていた。そして、モサデクは社会主義勢力の脅威から国を守るには弱すぎると確信していた。

 

新たに公開された文書によると、カシャニはモサデクに反対していただけではなく、クーデターまでの時期、アメリカ側と緊密に連絡を取り合っていたことが明らかになった。カシャニはアメリカからの財政的な援助を求めていた。しかし、彼が実際に資金を得ていたことを示す記録は残っていない。カシャニの要求はこれまで知られてこなかった。

 

ミラニは次のように語っている。「クーデターの成功を左右する日となった8月19日、カシャニの存在は重要であった。カシャニの武装勢力は完全武装してモサデク打倒のために出動した」。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


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 古村治彦です。

 

 今回は、2016年7月に発生したトルコのクーデター未遂事件についての記事をご紹介します。このクーデター未遂事件では、レセプ・エルドアン大統領は辛くも脱出し、クーデターは失敗に終わりました。エルドアンにクーデターの危険を知らせたのは、ロシアのウラジミール・プーティン大統領だと言われています。

 

 クーデター未遂事件以降、トルコのマスコミでは、アメリカがクーデターをやらせたという主張がなされ、クーデター未遂事件が起きた時に開催されていた学術会議を開催していた、アメリカのシンクタンクであるウッドロウ・ウィルソン・センターや出席者たちが、CIAのエージェントであったという論陣が張られています。

 

 クーデターに関して、トルコ政府は、アメリカに事実上亡命している、フェトフェラー・ギュレンというイスラム聖職者が首謀者だと非難しています。ギュレンは、1960年代から市民運動とも宗教運動ともつかない活動を始め、「ギュレン運動」という社会運動はトルコ国内でどんどん拡大していきました。ギュレン運動はエルドアンと良好な関係にあり、エルドアン政権成立には大きな役割を果たしたそうですが、2013年以降、関係は悪化しているそうです。

 

 トルコ国内で「クーデターを仕掛けたのはアメリカだ」という論調が出てくるのは仕方がない事です。これまでにも、アメリカで教育を受けた軍幹部がクーデターを起こして、アメリカの都合の悪い政権を転覆したというケースはいくつもあります。また、今回は、反エルドアンの大物がアメリカに亡命中であるということもあって、このような主張が出てきています。

 

 拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)でも書きましたが、学術団体や市民団体への支援という形でアメリカは影響力を行使していることは事実です。こうしたアメリカの戦略の尖兵として学者や市民運動活動家が活動していることも事実です。

 

 今回のトルコでのクーデター未遂事件の場合は、まだ決定的な証拠は出ていませんが、状況証拠から、アメリカの関与の可能性は高いと思われます。

 

(記事貼りつけはじめ)

 

黒幕か、エルドアン氏と確執=関与否定のギュレン運動-トルコクーデター

 

20160716 17:26 発信地:イスラエル

AFP通信・時事通信

http://www.afpbb.com/articles/-/3094244

 

716 時事通信社】トルコのエルドアン大統領が今回のクーデターを主導した黒幕と主張しているのがイスラム団体「ギュレン運動」だ。近年、エルドアン氏との確執があることで知られる。これまでも「政府転覆を図った」と疑いをかけられては、ギュレン運動支持者への締め付け、弾圧が続けられてきたが、政権は今後一層その動きを加速させるとみられる。

 

 アナトリア通信によると、トルコ当局は、クーデターの企てに関わったとしてギュレン運動支持者を次々拘束している。これに対し、ギュレン運動側は関与を否定。「トルコの内政へのいかなる軍事介入も非難する」と、むしろ反クーデターの立場を表明さえしている。

 

 米国で事実上の亡命生活を送るイスラム指導者、ギュレン師が率いるギュレン運動は、かつてエルドアン政権の支持母体だった。ところが、2013年末に同政権をめぐる大規模汚職疑惑が浮上すると、エルドアン氏は「ギュレン師が仕組んだ」と批判、両者の対立は決定的になった。(c)時事通信社

 

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トルコの米軍基地が閉鎖、空爆も中止 対ISIS作戦の拠点

 

2016.07.17 Sun posted at 12:19 JST

CNN

http://www.cnn.co.jp/world/35086007.html

 

(CNN) トルコで軍の一部がクーデターを企て首都アンカラや最大都市イスタンブールで軍同士の衝突が起きた件で、トルコ当局は、米軍がシリアやイラクでの対ISIS作戦の拠点とし、米兵約1500人を駐留させている南部のインジルリク空軍基地を閉鎖した。これを受け、米軍は空爆作戦を停止している。基地への電力供給が止められたとの情報もあるが、米軍施設は自家発電で対応しているという。

 

また、ギリシャ政府の報道官によると、クーデター勢力とみられる兵士8人がヘリコプターで同国へ逃れ、政治亡命を求めている。

 

トルコ外務省は兵士らの身柄引き渡しを求めているが、ギリシャ外相は16日、国内の規定と国際法に基づいて亡命申請を精査すると表明し、すぐには引き渡しに応じない姿勢を示した。

 

トルコで15日夜(日本時間16日未明)、軍の一部がクーデターを企てた件では、180人以上の死者が出ている。大統領府の情報筋によれば、軍の将官少なくとも2839人が拘束された。

 

エルドアン大統領は、クーデター勢力が米在住のギュレン師が率いる「ギュレン運動」とつながっていたとして、米国に対し、同師を拘束するか、またはトルコ側へ引き渡すよう強く求めている。

 

(記事貼りつけ終わり)

 

 

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エルドアンの支持者たちは、ワシントンの有名なシンクタンクがクーデターを計画したと非難している(Erdogan Allies Accuse Leading Washington Think Tank of Orchestrating Coup

 

ジョン・ハドソン筆

2016年8月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/08/08/erdogan-allies-accuse-leading-washington-think-tank-of-orchestrating-coup/

 

トルコ政府は、先月のクーデター未遂事件の後、数千名の兵士、警官、学者、ジャーナリストを逮捕したり、拘束したりしている。トルコのレセプ・エルドアン大統領の支持者の中には、新たな攻撃目標を設定している人たちがいる。その目標とは、ワシントンにある有名なシンクタンクだ。

 

ウッドロウ・ウィルソン・センターは1968年に創設された超党派のシンクタンクだ。ウィルソン・センターは、先月のクーデター未遂事件で、証明されてはいないが重要な役割を果たしたという激しい批判に晒されている。クーデター未遂事件では200名以上が死亡し、1000名以上が負傷した。エルドアンは権力を回復し、それ以降の数週間、トルコ社会全体のあらゆる機構や機関で追放を行っている。

 

 ウィルソン・センターに対する非難は、エルドアンとつながりがあるトルコの新聞各紙に掲載されている。このため、シンクタンクにとっては異例なことだが、研究者や学者たちに対する「報復」が行わる可能性について懸念を表明する声明を発表した。学者たちは、7月にウィルソン・センターが主催した会議に出席するためにトルコにいた。7月15日から17日まで学術会議が開催されていたのだが、これがクーデター未遂事件と重なったために、シンクタンクに対する権力者共同謀議説(陰謀論)が唱えられることになった。

 

先週金曜日に発表された無署名の声明の中で、ウィルソン・センターは次のように書いている。「イスタンブールのブユカダ島で開催された会議は、クーデター未遂事件の中心現場から遠く離れた場所で開催されており、事件とは何のつながりもない。会議では、経験豊かな外交政策専門家たちがイランについて、またイランと近隣諸国との関係について、公開の場で意見を交換した」。

 

しかし、ウィルソン・センターが声明を発表した後も、トルコ国内でウィルソン・センターの中東プログラムの責任者ヘンリー・バーケイとクーデター未遂事件との関係についての批判が弱まることはなかった。トルコの政府系の新聞アスカムは先週の土曜日、一面に7月の会議に出席したバーケイとその他の学者たちの写真を掲載した。そして、「彼らはCIAのエージェントであり、クーデターの計画と実行の手助けを行った」と非難した。

 

外交評議会のトルコ専門家であるスティーヴン・クックは本誌の取材に対して次のように語った。「ヘンリー・バーケイは親エルドアン派のマスコミに執念深く追い掛け回されている。トルコ政府関係者は権力者共同謀議説(陰謀論)を覆すために努力しなければならない。しかし、彼らは何もやらないだろう。トルコ政府がこうした主張を行い、それを覆すことはない。そんなことをしても彼らには何の得もないからだ」。

 

本誌はワシントンにあるトルコの駐米大使館にコメントを求めたが、返事はなかった。ウィルソン・センターにもコメントを求めたが返答はなかった。バーケイはコメントを拒否した。

 

学術会議の出席者たちは、トルコのマスコミと当局によるしつこい調査を受けていると言われている。ウィルソン・センターと一緒に会議を主催したグローバル・ポリティカル・トレンズ・センターの部長メンスール・アクガンは最近、トルコ当局によって取り調べを受けた。会議に出席した女性の学者アクガンは教授としての地位は保全されていると会議の出席者の一人は述べている。

 

トルコのマスコミでは、今回のクーデター未遂に関して、スコット・ピーターソンの写真を掲載した。ピーターソンは学術会議に招待され出席したジャーナリストで、クリスチャン・サイエンス・モニター紙に所属している。しかし、トルコのマスコミでは、ピーターソン本人の写真を掲載する代わりに、同姓同名の別人の写真を掲載してしまった。こちらのピーターソンは、2002年に妊娠中の妻レーシー・ピーターソン殺害犯人であって、彼は懲役20年の判決を受け、現在はカリフォルニア州の刑務所に服役している。

 

アトランティック・センターに所属するトルコ学者のアーロン・スタインは「今回の事件における唯一の喜劇的な要素は、スコット・ピーターソンを取り違えた部分で、彼らは、クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記者であるスコット・ピーターソンとレーシー・ピーターソン殺害犯を取り違えたのだ」と述べた。

 

トルコ政府は公式には、クーデター未遂事件の首謀者としてフェトフェラー・ギュレンの名前を挙げて非難している。ギュレンはイスラム今日の聖職者で、現在はトルコから離れて事実上の亡命生活を送っており、現在はフィラデルフィア郊外に居住している。しかし、2016年7月15日に発生したクーデター未遂事件以降、トルコのマスコミでは、多くのアメリカ人が権力者共同謀議説(陰謀論)の対象になっている。政府系のイェニ・サファク紙は、CIAと元NATO司令官のジョン・キャンベル大将がエルドアンを追い落とそうとしたのだと非難の論陣を張っている。

 

金曜日に発表した声明の中で、ウィルソン・センターは、シンクタンクに所属する学者たちに対する非難が続くならば、トルコの国際的な評価が傷つけられることになると書いている。

 

声明は続けて次のように述べている。「トルコは学術会議にとって長年にわたって魅力的な場所であり続けてきた。トルコの学術社会と市民社会の質や規模が適していること、自然の美しさと便利な場所が理由である。今回のことで、トルコの国際的な評判に傷がつくこともある。また、世界規模の民主的な市民社会への貢献をトルコの素晴らしい学者たちが価値のある意見交換に参加することで行うことで、トルコ国内で排除されることになりかねないのは憂慮すべきことだ」。

 

(終わり)










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