古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:サウジアラビア

 古村治彦です。

 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アメリカから構成されるブリックス(BRICS)という国際グループは、2001年にその概念が提出されたものだ。その後、21世紀を通じて、具体的な国際グループとして存在感を増してきた。先日、ブリックスの首脳会談が南アフリカで開催され、新たに6カ国がブリックスに参加することが認められた。その6カ国とは、イラン、サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦、エチオピア、アルゼンチンである。地図で見ていただくと分かるが、ペルシア湾と紅海(スエズ運河)、アラビア海、南大西洋、喜望峰、マゼラン海峡をがっちり抑えている。このブログでは、中国がアフリカ西部各国の港湾に投資を行っていることを既にご紹介した。中国の資源確保のための航路づくり、中国の大航海時代の始まりということになる。
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 今回参加を認められた6カ国以外にも加盟申請を行っている国々もあるようだ。これらの国々はブリックスだけにとどまらず、上海協力機構(Shanghai Cooperation OrganizationSCO)、一帯一路計画(One Belt, One Road Initiative)にも参加している。様々な国際機関、国際機構に重層的に参加することで、非西側・非欧米諸国の関係が深まり、強固になっていく。今回。ブリックス通貨(BRICS currency)の導入は行われなかったが、脱ドル化(dedollarization)の流れは変わらない。非欧米諸国は金を購入しており、新たに金本位制を導入するかもしれない。アメリカという国家の「信用(脅し)」で持っているドルの価値が揺らいでいくことになるだろう。
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 中国が今年に入ってイランとサウジアラビアの国交正常化を仲介したというニューズがあった。今回のブリックス拡大に向けた動きであることが明らかになった。ヨーロッパと北米を南半球から、グローバル・サウス(Global South)が圧迫していくという構図が出来上がりつつある。

(貼り付けはじめ)

イラン、サウジアラビア、エジプトが新興国グループに参加(Iran, Saudi Arabia and Egypt Join Emerging Nations Group

-アルゼンチン、エチオピア、アラブ首長国連邦もブリックス(BRICS)に招待され、欧米主導のフォーラムに代わるグループとしての役割が強化された。

スティーヴン・エルランガー、デイヴィッド・ピアーソン、リンゼイ・チャテル筆

2023年8月24日

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/2023/08/24/world/europe/brics-expansion-xi-lula.html

今回の拡大は、グループの主要メンバー2カ国にとって重要な勝利と見なされている。中国の政治的影響力が増大し、ロシアの孤立を軽減するのに役立っている。しかし、ロシアと中国は、両国が利益を促進していると主張している、国々の経済を損なう可能性のある経済的な逆風に直面している。

中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカに加え、サウジアラビアを筆頭とする中東の3カ国と、ロシアのウクライナ侵攻を強固に支持する反米色の強いイランが参加した。

開催国である南アフリカは、テヘランと長年にわたって関係があり、イランの加盟を支持したが、インドやブラジルのような、いわゆる「グローバル・サウス(Global South)」のリーダーであり、ワシントンと北京の間で行動の自由を守りたい国にとっては、厄介な結果となった。

今回の決定は、現在のグローバルな金融・統治システムを、よりオープンで多様性に富み、制限の少ない、そしてアメリカの政治やドルの力に左右されにくいものに作り変えたいという願望を除いては、多種多様な(heterogenous)、明確な政治的一貫性をもたないこのグループの奇妙な性質を浮き彫りにした。

11カ国を合わせた人口は約37億人だが、5つの民主政体国家(democracies)、3つの権威主義国家(authoritarian states)、2つの独裁的君主制国家(autocratic monarchies)、1つの神政国家(theocracy)で構成されており、なかでもサウジアラビアとイランは数ヶ月前まで宿敵(sworn enemies)だった。

グループを支配し拡大を急ぐ中国を除けば、彼らの経済的影響力は比較的小さい。サウジアラビアとアラブ首長国連邦の参加は、特にブリックス・グループが独自の小規模な開発銀行(development bank)の規模と影響力を拡大しようとしているため、財政的により大きな重みをもたらすことになる。

エジプト、エチオピア、イランが加わったことで、北京はロシアとの「無制限のパートナーシップ(no-limits partnership)」や主権国家ウクライナへの侵攻を黙認したことで、先進諸国の多くの国々を遠ざけてきたにもかかわらず、そのアジェンダへの支持が高まっていることを示そうとしている。

「チャイナ・グローバル・サウス・プロジェクト」のコブス・ファン・スタデン研究員は、「イランは明らかに複雑な選択だ。他の加盟国の中には、欧米諸国との地政学的な緊張を高めるのではないかと懸念している国もあるだろうと想像できる」と述べている。

中国の習近平国家主席は木曜日、「今回の加盟国拡大は歴史的なものだ」と宣言し、「ブリックス諸国が、より広い発展途上国のために団結と協力を目指す決意を示した」と付け加えた。

それでも、中国にとって成功の様相を呈したことは、首脳会談から得られる最も重要な収穫となるかもしれない。さもなければ、米ドルの覇権(hegemony of the U.S. dollar)に匹敵するブリックス通貨(BRICS currency)を確立するという長年の目標を達成できなかったからだ。ブリックス・グループは代わりに、貿易に現地通貨を使用することをメンバーに奨励した。

ブリックス・ブロックの限界のもう1つの象徴は、ロシアのウラジーミル・V・プーティン大統領の欠席だった。プーティン大統領は、西側主導の国際機関である国際刑事裁判所(International Criminal Court)の発行した令状に基づき、ウクライナでの戦争犯罪で指名手配されているため出席できなかった。南アフリカは国際刑事裁判所の決定を無視したくないと考えた。

加えて、今週は、ロシアの傭兵部隊(mercurial mercenary)のリーダーであるエフゲニー・V・プリゴジンが、アメリカや他の西側当局の発表によれば、プライヴェートジェット機内で爆発に巻き込まれ、墜落死したことが明らかになり、クレムリンのイメージは更に悪化した。

今週のサミットで導入された変更が、各国が期待しているような影響を与えるかどうかはまだ分からない。2001年にBRICsという言葉を作った元ゴールドマン・サックスのエコノミストであるジム・オニールは、歴史的な記録は安心できるものではないと言う。

オニールは、BRICs首脳会議は「象徴的なものでしかない」と語り、「BRICs首脳会議が何かを成し遂げたとは私には思えない」と付け加えた。

そして、首脳会議からしばしば発せられる高尚な美辞麗句(lofty rhetoric)は、今後数年間にBRICsメンバーに重くのしかかるであろう重大な問題を隠蔽している。

アジア・ソサエティ政策研究所の中国専門家フィリップ・ル・コレは、「不動産スキャンダル、原因不明の外交部長更迭、中国人民解放軍の将軍の突然の解任など、中国経済が低迷するなか、習近平は自国に誇示するための政治的勝利を必要としていた」と指摘する。

しかし、特に中国とロシアの経済については、挫折が積み重なっているようだ。

ピーターソン国際経済研究所のエコノミスト、ジェイコブ・ファンク・キルケゴールは次のように述べている。「中国が主要な経済的比重(main economic weight)と貿易上の優位性(trading advantages)を提供しているため、ブリックスは常に中国プラス4である。しかし、中国経済は深刻な危機に陥っている。中国経済の不振は中国への一次産品輸出に依存しているブラジルや南アフリカなどの国にとっても困難をもたらす」。

キルケゴールは「ロシア経済自体が制裁の重みで崩壊しつつあり、他のブリックス諸国はロシアを搾取し、安い石油を買いあさり、石油精製品をヨーロッパに送っている」と述べた。

厳重に管理された会議では、表向きは結束をアピールしていたものの、ブリックスのメンバーたちは、経済拡大に関して対立する見解を持ち寄っていた。中国は、ブリックスがアメリカのパワーに対抗するためのプラットフォームであると考え、急速な拡大を推し進めた。しかし、何人かの首脳は、冷戦時代を彷彿とさせるような分裂的な世界秩序への回帰を警告を発し、反発した。

ブリックス諸国は西側の覇権(Western hegemony)に対抗して結束を固めたとはいえ、その目標は依然としてバラバラだ。インドのタクシャシラ研究所中国アナリストであるマノジ・ケワラマーニは、「ブリックスは、様々な利害関係を持つ新たなアクターたちによって、未知の道を進んでいる。ブリックスは扱いにくくなり、あえて言えば、より非効率になるだろう」と述べている。

ブリックス関係者の中には、これに同意しない人たちもいた。

ブリックス交渉の南アフリカ代表であるアニル・スークラルは、西側が支配している各機関の構造は時代とともに変化する必要があると述べた。スークラルは「ブリックスが言っているのは、『もっと包括的になろう(Let’s be more inclusive)』ということだ。BRICSは反西洋ではない」と発言した。

対照的に、キルケゴールは、この組織が拡大しても、致命的に多様であり、「反西洋感情によって何とかまとめられた人為的な創造物」に過ぎないと見ている。

サウジアラビアと並ぶイランの加盟は、ロシアの侵攻軍への供給におけるテヘランの重要な役割と、リヤドのアメリカとの長期的な安全保障同盟を考えれば、おそらく最大の驚きとなった。

サウジアラビアはいまだに兵器のほとんどをアメリカから調達しており、複数のアナリストによれば、アメリカの安全保障の傘をすぐに放棄する意図はないという。しかし、サウジアラビア当局者たちは、ワシントンが本当に中東に関与しているのかについて懐疑的であり、今年初めに北京でテヘランとの和解を交渉し、中国の外交的地位を高めた。

テヘランは決してワシントンのファンではない。そして、北京とは意外にも親密になっている。北京は、国際的な制裁を無視して、大幅に値引きされた石油を購入することで、テヘランを浮揚させる手助けをしてきた。

木曜日、イランの政治担当副大統領であるモハマド・ジャムシディは、イランのブリックス加盟を「歴史的な偉業と戦略的勝利(historic achievement and a strategic victory)」と呼んだ。イランの加盟は、一種の世界的な門番としてワシントンがテヘランに対して持っていた影響力を弱めるものでもある、と「クインシー・インスティテュート・フォー・レスポンシブル・ステートクラフト」のトリタ・パルシは述べた。

デリーに本拠を置くオブザーヴァー・リサーチ財団の副理事長で、キングス・カレッジ・ロンドンのインド研究所で国際関係論を教えるハーシュ・V・パント教授は、インドは重大な懸念を抱きながらも、悪役を演じたくなかったため、この拡大に協力した、と語った。更に、ニューデリーは「このプラットフォームの性質が、地理経済的(geoeconomic)なものから地政学的(geopolitical)なものへと変化する」ことに警戒を怠らないだろうと付け加えた。

木曜日、米国務省はイランの参加については触れず、代わりにホワイトハウスのジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官が週明けに述べた、バイデン政権が「ブリックスがアメリカや他の国々に対する地政学的ライバルのような存在に進化するとは考えていない」という発言を紹介した。

アナリストの中には、ブリックスへの加盟に関心を示した数十カ国は、西側諸国への警鐘(wake-up call)になるはずだと述べた。

アジア・ソサエティ政策研究所中国分析センターで中国政治を研究するニール・トーマスは、「多くの発展途上国がブリックスへの加盟に熱意を示しているのは、中国の価値中立的なグローバリゼーションの魅力だけでなく、西側諸国がより包括的な国際秩序の構築に失敗していることを反映している」と指摘している。

ワシントンのエドワード・ウォン、ロンドンのイザベル・クワイ、ベルリンのポール・ソンヌ、ニューデリーのスハシニ・ラジがこの記事の作成に貢献した。

※スティーヴン・エルランガー:『ニューヨーク・タイムズ』紙外交担当特派員チーフ、ベルリンを拠点としている。以前はブリュッセル、ロンドン、パリ、イェルサレム、ベルリン、プラハ、ベルグラード、ワシントン、モスクワ、バンコクで取材活動を行った。

※デイヴィッド・ピアーソン:中国外交政策と中国経済と文化の世界とのかかわりを取材している。

※リンゼイ・チャテル:本紙ヨハネスブルク支局を拠点に南アフリカを取材している。本紙インターナショナル・モーニング・ニューズレターでアフリカについて記事を書いている。チャテルは『フォーリン・ポリシー・クアーツ』誌とAP通信に勤務していた。

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ブリックス(Brics)、新たに6カ国を加盟させ2倍以上に拡大(Brics to more than double with admission of six new countries

-ロシアと中国を含む経済圏の大規模な拡大がアメリカと西側の同盟諸国への対抗軸を提供しようとしている。

ジュリアン・ボーガー筆(ワシントン発)

2023年8月24日

『ガーディアン』紙

https://www.theguardian.com/business/2023/aug/24/five-brics-nations-announce-admission-of-six-new-countries-to-bloc

新興経済大国で構成されるブリックス・グループ(Brics group)は、6カ国の新メンバーの加盟を発表した。今回の拡大は、グローバルな世界秩序を再構築し、アメリカとその同盟諸国に対抗しようとしてのことだ。

来年初め、イラン、サウジアラビア、エジプト、アルゼンチン、アラブ首長国連邦(UAE)、エチオピアが、現在の5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)に加わることが、木曜日にヨハネスブルグで開催された首脳会談の席上で発表された。

中国の習近平国家主席は、この拡大について「歴史的」と表現した。習近平国家主席は、新メンバー加入の重要な推進者であり、ブリックスの拡大がグローバル・サウス(global south)が世界情勢でより強い発言力を持つための方法であると主張してきた。

しかし、この拡大が世界の舞台でブリックスの影響力をどの程度高めることになるのかは不明だ。アナリストたちは、影響力の拡大は、これらの国々がどこまで一致団結して行動できるかにかかっており、新メンバーの加入によって、強力な独裁国家と中所得国や発展途上の民主政治体制国家が混在する、よりバラバラのグループとなった。

「米州対話(Inter-American Dialogue)」でアジア・ラテンアメリカ・プログラムのディレクターを務めるマーガレット・マイヤーズは、「ブリックスの新メンバーが、このブロックに加盟することで何を得ることになるかはまったく明らかではない。少なくとも現時点では、この動きは何よりも象徴的なものであり、世界秩序の再調整に対するグローバル・サウスからの広範な支持を示すものだ」と述べた。

ウラジーミル・プーティンは、国際刑事裁判所(international criminal court)からウクライナでの戦争犯罪の逮捕状が出されている。プーティンは3日間のサミットに直接出席することはなかったが、ブリックスの拡大は、プーティンにとって象徴的な後押しとなる。現在、プーティン大統領は、アメリカが主導する、ロシア軍の撤退と先勝の終結を強いるための努力と企てに対して戦っている。

制裁を回避する方法を探していたイランを加盟させるという決定は、プーティンと習近平の勝利を意味し、グループに反欧米的、非民主的な色合いを与えることに貢献した。彼らは、グループを非同盟(non-aligned)として表現することを好む他のメンバーのより慎重なアプローチに勝った。

厳しい経済問題に直面しているアルゼンチンにとって、加盟は深刻化する危機から脱出するための生命線となりうる。アルベルト・フェルナンデス大統領は、アルゼンチンにとって今回の加盟はアルゼンチンにとっての「新しいシナリオ(new scenario)」となると述べた。

フェルナンデス大統領は「新市場への参加、既存市場の強化、投資の拡大、雇用の創出、輸入の増加の可能性が開ける」と語った。

エチオピアはグループ唯一の低所得国となった。アビイ・アーメド首相は、自国にとって「素晴らしい瞬間(great moment)」だと述べた。

10以上の国々が正式に加盟を申請しているが、加盟候補国が加盟するには、オリジナルの5カ国の間でコンセンサスを得る必要がある。

南アフリカ大統領のシリル・ラマフォサは、加盟諸国が「ブリックス拡大プロセスの指導原則、基準、手順」に合意したと述べた。しかし、これらの基準は説明されなかった。例えば、2億7400万人の人口を持ち、アジアで強力な力を持つインドネシアは、加盟を申請したが今回は認められなかった。

戦略国際問題研究センター(Centre for Strategic and International Studies)の米州プログラム責任者であるライアン・バーグは次のように述べている。「中国とロシアにとって、今回の拡大は勝利だ。中国にとっては、自分たちが望む北京中心の秩序を構築し続けることができる。来年、首脳会議を主催するロシアにとっては、孤立が深刻化している現在、これは大きなチャンスである」。

「ブラジルやインドの立場から見ると、たとえ美辞麗句を並べ立てたとしても、中国のような世界的な大国を含む組織の一員としての力を弱めてしまうため、その拡大にはあまり乗り気ではないだろう」とバーグは述べている。

既に中国と広範な二国間関係を結んでいる加盟諸国にとって、加盟による経済的利益がすぐに得られるとは思えない。ブリックス・グループの新開発銀行(New Development Bank)はまだ比較的小規模だ。しかし、マイヤーズは、この動きは象徴的なものではあるが、重要でないことを意味するものではないと述べた。

マイヤーズは次のように語っている。「これは重要なことであり、G7や他の北半球のグローバル・アクターたちが否定すべきではない。これらの新メンバー(特に主要産油国)が加わったことで、ブリックスの構成は、世界経済と世界人口に占める割合がはるかに大きくなった」。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 サウジアラビアとイランはこれまで対立を深刻化させてきた。両国の対立が最高潮に達したのは、2016年のことだった。サウジアラビアがシーア派指導者を処刑して、それに対して、イラン国民がテヘランのサウジアラビア大使館を襲撃するという出来事が起きた。一連の出来事の後、両国は国交を断絶した。
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そうした状況下、サウジアラビアとイラン両国は2023年4月、7年ぶりに国交正常化を行うと発表した。両国を仲介したのは中国だ。両国は中東の地域大国として相争う関係だった。そもそもは戦後のアメリカが構築したペトロダラー体制(石油の取引はドルのみで行うという密約を基礎とした)を支える、親米の産油大国(王制)であったが、1979年のイランのイスラム革命で、イラン国内において王制が崩壊し、更にイランは反米へと転換した。サウジアラビアはイスラム革命の飛び火を懸念し、イランと激しく対立するようになった。サウジアラビアはアラブ人でイスラム教スンニ派、イランはペルシア人でイスラム教シーア派という違いもある。
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中国がサウジアラビア・イラン両国の激しい対立を収めたということは、中東にとっては地域情勢の安定に大きな貢献となる。他のアラブ諸国はサウジアラビアに追随することが多く、独自にイランと事を構える力はない。サウジアラビアの意向に従うということになれば、中東は一気に安定する。中東地域の地図を見れば分かる通り、サウジアラビアとイランはペルシア湾をはさんで対峙する位置関係になっている。ペルシア湾岸が安定することは、石油の安定供給にとって必要不可欠である。

 中国にとっては、対立する国々を仲介して国交正常化・関係改善に成功したということは、世界の舞台における中国の実力を示すことができたというのは大きい。これまでそうした役割は西側諸国、特にアメリカが世界覇権国として独占してきた感があるが、それが大きく変わることを象徴する出来事であった。中国にしてみれば、安定した石油輸入の確保が最優先だ。
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 対イランでまとまっていたアラブ諸国はイスラエルとの国交正常化や関係改善を模索していた。イランのパワーに対抗するために、イスラエルを味方にしたいという動きだった。しかし、これでは4度の中東戦争を戦ったアラブの大義は崩れることになる。パレスティナ難民の存在は無視されることになる。ベンジャミン・ネタニヤフ首相はパレスティナに対して「二国共存」とは異なる、強硬な姿勢を取っている。そうした中で、アラブ諸国がイスラエルと国交正常化・関係改善を行うことは裏切り行為ということになる。

 サウジアラビアがイランと国交正常化を決めたことで、中東地域における力関係が変化する。中東地域の二大親米国、アメリカの同盟国であるサウジアラビアとイスラエルの関係は悪化している。サウジアラビアはアラブ人、イスラム教の守護者を自認しているが、イスラエルのネタニヤフ政権によるパレスティナに対する強硬な姿勢は容認できない。また、サウジアラビアはバイデン政権とは仲が悪い。バイデン政権とイスラエルも又微妙な関係になっている。サウジアラビアが中国陣営にシフトする姿勢を鮮明にしていることを考えると、中東におけるアメリカの拠点が崩れてしまうことになる。もちろん、サウジアラビアが今すぐに完全にアメリカと切れるということはないし、サウジアラビア国内のアメリカ軍基地を撤去するということはないだろう。しかし、サウジアラビアが少しでも中国寄りの姿勢を見せることで、中東におけるアメリカの動きと影響力は制限を受けることになる。
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 サウジアラビアとイランの国交正常化によって、中東におけるアメリカの拠点は崩され、イスラエルは孤立する。そうした事態を防ぐために、アメリカはサウジアラビアとイスラエルの関係を改善したい。しかし、そうした動きはなかなかうまく行っていない。中国とイスラエルの関係については、中国がネタニヤフ首相の訪中を招請するなど、関係の深化に努めている印象だ。イスラエルが親米の同盟国を止めるということは考えにくいが、中国はイスラエルに対しても働きかけを行っている。中東における世界覇権国としての動きができているのがアメリカなのか、中国なのか分からない状況になっている。世界は動いている。

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サウジアラビア・イスラエル間の和平合意はそれを進める価値などない(A Saudi-Israeli Peace Deal Isn’t Worth It

-アメリカが最新の中東政策に大きな努力を傾けたことを公開することになるだろう理由

スティーヴン・M・ウォルト筆

2023年6月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/06/27/saudi-israel-biden-blinken-peace-normalization/

『ニューヨーク・タイムズ紙』は、ジョー・バイデン政権がイスラエルとサウジアラビアの関係を正常化させるための「希望の薄い戦い(long-shot bid)」に挑んでいると報じた。両国の関係正常化のためには、イスラエルがパレスティナの住民たちを虐待し続けているというサウジアラビアの懸念を払拭し、サウジアラビアの先進的な民生用核開発計画をイスラエルに受け入れさせる必要がある。バイデンとアントニー・ブリンケン米国務長官は手一杯の状況だ。ウクライナ戦争はそれほどうまくいっていないし、中国との建設的な関係を再構築するのは困難な課題となっている。バイデンとブリンケンはイランの核開発プログラムについて、非公式の交渉を何とか実現しようとしている。しかし、アメリカの外交政策立案担当者たちに傲慢さが、失礼、野心が欠けていると非難した者は存在しない。

一見したところ、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化を推進することは、何の問題もないように思える。 アメリカの指導者たちは長い間、イスラエルの近隣諸国がイスラエルの存在を受け入れ、恒久的な和平に達することを望んできた。カーター政権が推進した1978年のキャンプ・デイヴィッド合意とそれに続くエジプト・イスラエル和平条約、そして1994年のイスラエル・ヨルダン和平の仲介などは、そのような衝動と冷戦期において中東におけるソヴィエト連邦の影響力を削ごうという関連した目的に駆られてのことだった。残念なことに、オスロ合意の枠組みの中で「2国家共存による解決(two-state solution)」を達成しようとしたその後の努力は、アメリカが公平な調停者(evenhanded mediator)ではなく、代わりに「イスラエル側の弁護士(Israel’s lawyer)」として行動したこともあって、惨憺たる失敗に終わった。それでも、アラブ・イスラエル間の長い敵対関係を考えれば、リヤドとテルアビブの正常化が平和を強化し、地域の経済発展を促進すると考えるのは簡単だ。なぜワシントンは、最も親密な、地域パートナーである2国間の折り合いをつけようとしないのだろうか?

実際、この突然のサウジアラビアとイラン間の関係改善の推進が、現在においてはほとんど意味を持たないのには、2つの大きな理由がある。

第一に、イスラエルとアラブ諸国の間で深刻な紛争が起こる危険性は、すでにほとんどなくなっている。イスラエルが、敵対的で人口の多い大規模なアラブ連合(ソ連によって武装・訓練されたメンバーもいる)に包囲されることを心配しなければならなかった時代は、とうの昔に終わっている。多勢に無勢で弱いはずのダヴィデ(デイヴィッド)であるイスラエルが、強力なはずのゴリアテ(ゴライアス)であるアラブ連合と戦った数次にわたる戦争でことごとく勝利したことを忘れてはならない。今日、イスラエルはこの地域で最も強力な軍隊を持ち、中東で唯一の核兵器保有国である。サウジアラビアはどんなことがあってもイスラエルを攻撃するつもりはないし、ヨルダン、イラク、エジプトも同様だ。シリアは厳密にはまだ交戦国だが、ボロボロのアサド政権もイスラエルには指一本触れることはないだろう。実際、これらの国のほとんどは、ガザのハマスやもちろんイランも含め、長い間、イスラエルと協力して敵対してきた。

誤解しないで欲しい。完全な国交正常化は、特にイスラエルにとっては素晴らしいことであり、バイデン政権はおそらく、米国イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs CommitteeAIPAC)のような団体から賞賛を得るだろう。しかし、国交正常化は地域政治を一変させるものではなく、既に存在する状況を成文化し(codify)、より可視化する(more visible)ものにすぎない。公然の秘密(open secret)としては、サウジアラビア(および他の湾岸諸国)が、たとえ公の場でそれを認めようとしなかったとしても、ずっと以前にイスラエルを黙認していた(tacitly accepted)ということだ。つまり、仮にバイデンが進めている希望の薄い試みが成功したとしても、アメリカにとっての戦略的メリットは小さいということだ。

第二に、バイデンとブリンケンは、サウジアラビアとイスラエルの関係改善を推進することで、アメリカのポートフォリオの中で、最も感謝を示さない顧客の2名に対して、乏しい政治資金を浪費するという無駄な努力をしている。イスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相はアメリカ大統領を軽蔑の目で見てきた歴史があり、バイデンとの関係も冷え切っている。彼は現在、イスラエル史上最も強硬な政府(hard-line government)を率いており、ヨルダン川西岸地区の植民地化を正当化し、パレスティナ住民(米国市民を含む)に対するますます暴力的なキャンペーンを促進している。バイデン政権は、イスラエルが民主政治体制から遠ざかっていることを含めて、こうした動きを快く思っていない。一方、イスラエルはウクライナでの戦争に関しては一貫して中立を堅持しながらも、アメリカの軍事的・外交的支援を惜しみなく受け続けている。もちろん、ネタニヤフ首相とその一派はイスラエルの最善の利益のために行動しているに過ぎないが、彼らの行動はバイデン政権にとって警鐘となるはずだ。

サウジアラビアはもうアメリカが外交的に配慮をするべき相手ではない。2018年にサウジアラビアの諜報員によってジャーナリストのジャマル・カショギが殺害された事件を無視したとしても、サウジアラビアは最近、アメリカに対して厳しい態度を取る、アメリカの利益をもたらさない同盟国となっている。イエメンでの軍事作戦は、アメリカの支援が破壊的でほとんど無意味な戦争を助長したという点で、人道的災害であり、アメリカのイメージに打撃を与えた。リヤドはまた、ウクライナをめぐっても傍観者となっており、ロシアの石油を交渉して低い価格で購入する一方で、自国産の石油を割高で輸出することで、ロシアの戦争マシーンを養い続けている。加えて、サウジアラビアは昨秋、価格を維持するためにロシアと減産を調整し、バイデン政権を怒らせた。ムハンマド・ビン・サルマン王太子は中国に対して着実に接近しており、サウジアラビア政府高官は、特に経済分野において、アメリカの庇護に代わる選択肢を歓迎することを明らかにしている。

ここでも誤解して欲しくない。サウジアラビアはバイデン政権に意地悪をするためにこのようなことをしているのではない。彼らは自国の利益に従っているだけだと主張することもできる。リヤドからすれば、ウクライナの運命は重要な問題ではなく、中国に手を差し伸べ、アメリカの保護への依存を減らすことは戦略的に理にかなっている。しかし、それならば何故ワシントンはリヤドとテルアビブの取引を仲介しようとして、時間と労力と潜在的な影響力を浪費しているのだろうか?

ここで明確にしておきたい。もしこの2つの国(サウジアラビアとイスラエル)が共に現時点で関係を正常化することに意味があると考えるなら、アメリカは反対しないだろうし、反対すべきではない。しかし、アメリカが両国を説得するために労力を費やす必要があると考える理由は何だろうか?

バイデンとブリンケンは、この地域におけるアメリカの影響力低下を懸念し、中国の最近の外交成果に警戒している可能性がある。サウジアラビアを説得してイスラエルとの関係を正常化させれば、たとえその戦略的意義がささやかなものであったとしても、アメリカはまだ目に見える外交的成果を上げられることを示すことができる。サウジアラビアを説得し、核兵器開発への野心を封印させることができれば、真の成果となるだろうが、その可能性はあまり高くない。

この試みにはもう一つ大きなマイナス面がある。バイデンとブリンケンはイスラエルとサウジアラビアの関係正常化を推し進めることで、イスラエルのアパルトヘイト(人種隔離政策)にとって世界をより安全なものにする手助けをしていることになるのだ。もちろん、サウジアラビアがイスラエル一国家体制の現実に反対することはないだろうが、国交正常化はパレスティナ人を永久に服従させることは問題ないと言っているに等しい。バイデンとブリンケンは、人権に真剣に取り組むという彼らの主張を嘲笑し、ロシアのウクライナ併合や中国の少数民族ウイグルの扱いに反対することが、独立した観察者たちの目には偽善的に映るとしても、このプロセスを止めたり覆したりするために何かをするつもりはない。 もしあなたが、どうして世界の多くの国々がもはや米国を進歩の鼓舞する道標として見なしていないのかと不思議に思っているなら、その答えの一端がそこにある。

国務省の「やることリスト」にある他の全ての項目を考えると、なぜこの希望の薄い試みを行っているのか、私には全くもって理解できない。 そして、少なくともやってみる価値はあると考える人々には、取引の仲介を試みては失敗し、ワシントンが無能に見える可能性を思い出してもらいたい。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

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 古村治彦です。

 サウジアラビアとイランの国交正常化、その仲介役が中国だった、というニューズは私にとっては衝撃であった。サウジアラビアとイランはお互いが不倶戴天の敵、サウジアラビアはアメリカの同盟国、イランはアメリカの敵国という水と油の関係にあった。それを中国がうまくまとめて、緊張緩和に持っていったということは驚きだった。まず、中東地域においてはこれまで欧米諸国が旧宗主国、利害関係国ということで、大きな役割を果たしてきた。それが、中国が欧米諸国に代わって、「仲介役」の役割を果たすことができるようになったということが愕きだった。

 更に言えば、中東において核兵器を使用しての戦争が可能な国としては、サウジアラビア、イスラエル、イランが存在している。サウジアラビアとイスラエルはアメリカの重要な同盟国同士であり、イランはアメリカの敵国ということを考えると、核兵器を使った戦争が起きるとすれば、「サウジアラビア対イラン」「イスラエル対イラン」という構図になるだろうと考えていた。それが「サウジアラビア対イラン」の構図が消えたということになった。これは中東地域の状況に関して大きなことである。

 サウジアラビアが西側(the West)・アメリカ陣営から離れつつあり、中露が柱となっている西側以外の国々(the Rest)に参加する姿勢を明確にしていることが今回の出来事で分かる。サウジアラビアがアメリカの陣営を離れて、イランとの関係改善を進めるということは、イスラエルが中東地域で孤立するということになる。「サウジアラビア・イスラエル対イラン」という構図が「イスラエル対イラン・サウジアラビア」ということになる。これは中東のパワーバランスにおける重大な変化だ。イスラエルのパレスティナ政策にも大きな影響を与えることになるだろう。

 付け加えて言えば、中国が世界の大舞台において「仲介者」という大きな役割を果たせることを示した。私はこの絵図面を描いたのは、「三代帝師(江沢民・胡錦涛・習近平の三代にわたって軍師を務めている)」と呼ばれる王滬寧であり、更に言えば、そのバックにはヘンリー・キッシンジャーがいると見ている。このような、思い切った、誰もが難しいと思うようなことをやってのける構想力はキッシンジャー独自のものだと私は考える。キッシンジャーは中東において戦争が起きる危険性を大きく減らした。ここが重要だ。そして、中国がロシアとウクライナの停戦交渉の仲介者としての実力を有しているということを示し、ウクライナ戦争をキッシンジャー自身が考える線で停戦させようとしている。

キッシンジャーの母国アメリカにはサウジアラビア・イランの緊張緩和、ウクライナ戦争の停戦をまとめ上げる力はない。そもそもイランとロシアとは敵対関係にあり、このような重要な交渉をすることもできない。キッシンジャーの構想力を実現することはできない。中国はこれらの国々とはどことも関係を悪化させていない。そうなれば、話ができるのは中国だけという単純な話になる。

30年前のパレスティナ和平、オスロ合意のことを思い出す。パレスティナ側の代表であるパレスティナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長とイスラエル側のイツハク・ラビン首相を握手させる真ん中には、アメリカのビル・クリントン大統領が立っていて、両首脳の方を抱くようにして、両者を握手させていた。実際にはノルウェーが仲介役を務めていたが、最後のおいしいところはアメリカに持っていかれ、オスロ合意という名前に地名を残すだけのこととなった。アメリカは世界の重要な問題での調停者・仲介者であり、世界の人々もそれを認めていた。しかし、一世代経過して、アメリカにはそのようなことができなくなっている。時代は変化している。

(貼り付けはじめ)

サウジアラビアとイランとの間の緊張緩和はアメリカにとっての目覚ましの衝撃音である(Saudi-Iranian Détente Is a Wake-Up Call for America

-和平計画は大きな合意であり、それを中国が仲介したのは偶発的な出来事ではない。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2023年3月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/03/14/saudi-iranian-detente-china-united-states/

中国が仲介役を務めたサウジアラビアとイランの緊張緩和(détente、デタント)は、1972年のニクソンによる中国訪問や1977年のアンワル・サダトによるエルサレム訪問、1939年のモロトフ・リベントロップ協定ほど重要なものではない。それでも、もしこの協定が実現すれば、かなりの大きな合意となる。最も重要なことは、バイデン政権とアメリカの外交政策世界に大きな目覚ましの音を鳴らすことになったことだ。なぜなら、この出来事によって、アメリカの中東政策を長い間不自由な状態にしてきた、自らに課したハンディキャップが露呈したからである。また、中国がいかにして自らを世界の平和のための力として売り出そうとしているのか、も明らかになった。アメリカは近年、こうした動きをほぼ放棄してきた。

中国はどのようにしてサウジ・イラン合意を実現したのだろうか? リヤドとテヘランの間の温度差を小さくしようとする努力は以前から行われていたが、中国はその劇的な経済成長によって中東での役割を増大させているため、両者の合意形成に介入することができた。更に重要なことは、中国がイランとサウジアラビアを仲介できるのは、この地域の大半の国と友好的でビジネスライクな関係を築いているからである。中国はあらゆる方面と国交があり、ビジネスも行っている: エジプト、サウジアラビア、イスラエル、湾岸諸国、さらにはシリアのバッシャール・アル・アサドまで関係を深めている。これこそが、大国が影響力を最大限に発揮する方法なのである。他国が協力してくれるなら、自分も協力するという姿勢を明確にし、他国との関係によって、自分には他の選択肢もあるのだと気づかせるのだ。

一方、アメリカは、中東の一部の国とは「特別な関係(special relationships)」を持ち、その他の国(特にイラン)とは全く関係を持たない。その結果、エジプト、イスラエル、サウジアラビアなどの従属国は、アメリカの支援を当然と考え、エジプトの人権問題、サウジアラビアのイエメン戦争、イスラエルのヨルダン川西岸の植民地化という長期にわたる残虐なキャンペーンなど、アメリカの懸念を不当に軽蔑して扱っている。同時に、イスラム共和国(イラン)を孤立させ、打倒しようとする私たちの努力はほとんど無駄であり、イランの認識、行動、外交的軌道を形成する能力は、ワシントンには実質的にゼロである。この政策は、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee)、民主主義防衛財団(Foundation for Defense of Democracies)などの熱心な努力と、資金力のあるアラブ政府のロビー活動の成果であり、現代のアメリカ外交における自殺点(失敗)の最も明確な例と言えるかもしれない。ワシントンがこの地域の平和や正義を推進するために大したことができないことを示すことで、北京に大きな門戸を開いているのである。

サウジとイランの合意は、米中対立の重要な一面を浮き彫りにしている。ワシントンと北京のどちらが、将来の世界秩序を導く最良の存在と見なされるのだろうか?

1945年以降、アメリカが世界的に大きな役割を果たしてきたことから、アメリカ人は、たとえアメリカが行っていることに疑問があったとしても、ほとんどの国がアメリカの指導に従うと考えることに慣れてしまっている。中国はこの方程式を変えたいと考えており、平和と安定をもたらす可能性の高い存在として自らをアピールすることが、その重要な行動となっている。

原則的に、世界のほとんどの政府は平和を望んでおり、部外者が自分たちのビジネスに介入し、何をすべきかを指示することを望んでいない。アメリカは過去30年以上にわたって、外国政府はリベラルな原則(選挙、法の支配、人権、市場経済など)を受け入れ、アメリカが主導する様々な機関に参加すべきであると繰り返し宣言してきた。つまり、アメリカの「世界秩序(world order)」の定義は、本質的に修正主義的(revisionist)なものだった。 つまり、ワシントンが全世界を豊かで平和なリベラルな未来へと徐々に導いていくということだ。民主党と共和党両方から出た、歴代の米大統領は、この目標を達成するために様々な手段を用い、時には軍事力を行使して独裁者たちを倒し、そのプロセスを加速させた。

その結果、膨大な予算を浪費する占領、破綻国家(failed states)、新たなテロ運動、独裁者間の協力関係の強化、人道的災害など、決して良い結果とはならなかった。ロシアの違法なウクライナ侵攻もその一環である。ロシアの侵攻は、ウクライナをNATOに加盟させようとするアメリカの善意に基づいているが、思慮の足りない努力に、少なくとも部分的に反応したものだ。抽象的には望ましい目標であっても、問題はその結果であり、そのほとんどは悲惨なものとなった。

中国は異なるアプローチを採用している。1979年以降、中国は実際の戦争はしておらず、国家主権(national sovereignty)と不干渉(non-interference)を繰り返し宣言している。この立場は、中国の酷い人権慣行に対する批判を逸らすという点で、明らかに利己的であり、主権への美辞麗句は、中国が不当な領土主張を進め、いくつかの場所で国境紛争を起こすことを止めなかった。北京はまた、批判されると不当に厳しく反応し、外交に好戦的なアプローチを採用したため、憤りと抵抗が高まっている。また、中国が現状を変えるために武力を行使しないとは誰も思わないはずである。

それでも、世界中の独裁者たちが、重武装で道徳を説くアメリカのやり方よりも、中国のやり方の方が心地よいことは容易に想像がつく。民主政治体制国家よりも独裁国家の方がまだ数が多く、その差は10年以上にわたって拡大し続けている。もしあなたが、権力を維持することを第一義とする腐敗した独裁者であったなら、世界の秩序に対してどちらのアプローチをとるのがより親和的だと思うだろうか?

更に言えば、世界のほとんどの国は、戦争がビジネスにとって不利であり、自国の利益に悪影響を及ぼすことが多いことを理解している。大国間の競争が手に負えなくなるのを見たくないのだ。アフリカの古い言い伝えを借りれば、「象が戦えば、草は苦しむ」という。従って、今後数十年の間に、多くの国家は、平和、安定、秩序を促進しそうな大国を支持することを好むようになるであろう。同じ論理で、平和を乱すと思われる大国とは距離を置く傾向がある。

このような傾向は以前にも見られた。20年以上前、アメリカがイラクへの侵攻を準備していた時、同盟国であるドイツとフランスは、武力行使を承認する国連安全保障理事会に反対していた。なぜなら、中東での大きな戦争は、いずれ自分たちを苦しめると考えていたからだ(そして、実際にそうなった)。中国が南シナ海に人工島を建設し、武力で台湾を威嚇しようとすると、近隣諸国はそれに気づき、中国から離れ、互いに、そしてワシントンとより密接に協力し始める。もし、他の国々があなたを解決策の一部ではなく、問題の一部と見なせば、あなたの外交的立場は損なわれる可能性が高い。

バイデン政権にとっての教訓は、外交政策の成功を、何回戦争に勝ったか、何人のテロリストを殺したか、何カ国を改宗(convert)させたかで決めるのではなく、緊張を和らげ、戦争を防ぎ、紛争を終わらせることにもっと注意を払うことである。これは明白なことだ。もしアメリカが、中国が信頼できるピースメーカー(peace maker)であるという評判を確立し、他国との関係において共存共栄する大国であることを認めれば、他国を説得することはますます難しくなるであろう。

サウジアラビアとイランの緊張が緩和されたことは、戦略的に重要な地域で深刻な衝突が起こるリスクを軽減する前向きな進展である。従って、この新たな緊張緩和(デタント)は、たとえ北京の功績があったとしても、歓迎されるべきだ。アメリカの適切な対応は、この結果を嘆くことではなく、より平和な世界を作るために同等かそれ以上のことができることを示すことだ。

※スティーヴン・M・ウォルト:ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

サウジアラビアがアメリカ偏重から脱し、中国重視へとシフトしようとしている。現在、

サウジアラビアの実権を握るムハンマド・ビン・サルマン王太子とジョー・バイデン米大統領との間がしっくりいっていない、はっきり言えば険悪になっていることは複数回にわたって報じられている。バイデン大統領が2022年7月にサウジアラビアを訪問した。バイデンは石油価格高騰対策のために、サウジアラビアによる石油増産を求めた。しかし、サルマン王太子の答えは「ノー」だった。それどころか、ロシアと歩調を合わせて、石油の減産を決定した。サウジアラビアの石油減産は、ウクライナ戦争において、ロシアを支持する、ロシアを支援する行為だと西側諸国では受け取られた。アメリカと蜜月関係にあったサウジアラビアがアメリカから離れた、裏切ったということになった。

 サウジアラビアからすれば、裏切り者呼ばわりは片腹痛いということになる。サウジアラビアを敵扱いして、見捨てたのはアメリカではないかということになる。バラク・オバマ政権時代に、サウジアラビアの宿敵イランと核開発をめぐる合意を結んだが、サウジアラビアからすれば中途半端な内容で、イランの核開発を止めることができず、イランの脅威を増大させるだけのことだということになった。また、アメリカ国内でシェールガス生産を行うことで、天然資源輸出でアメリカはサウジアラビアのライヴァルとなった。

 サウジアラビアはアメリカのライヴァルである中国にシフトした。サウジアラビアに捨てみれば、最大の石油輸出先である中国と親密になるのは当然のことだ。中国に近づくことで、アメリカから軽視されることのリスクを軽減しようという行動に出ている。これは、サウジアラビアの国益という点から見れば、きわめて合理的な行動ということになる。中国からすれば人民元結成を認めてもらえるようになれば、資源確保において大いに利益となる。そして、人民元が世界の基軸通貨に近づくことになる。これはドルの地位の凋落を招くことになる。

 私はサウジアラビアの行動は日本の参考になると考える。もちろん、サウジアラビアはアメリカにとっての同盟国であるが、日本は従属国である。従って、サウジアラビアと同じ行動を取ることはできない。しかし、アメリカに対して「バランスを取る」ということはできる。それにはアメリカ一辺倒では無理である。アメリカに依存するだけでは、アメリカの意向に振り回される。そこに中国という要素を入れて初めてバランスが取れるようになる。このように「ただ従うだけ」の状態から脱して、「あんまり理不尽なことをすれば離れますよ」という素振りを見せることで、アメリカとの交渉を少しは有利に進めることができるだろう。そのためにはアメリカの「対中強硬姿勢」に巻き込まれるべきではないのだ。日本が中国にぶつけられるようになるのは愚の骨頂だ。

 日本は西側の一員に留まらねばならないのは仕方がないが、少しでも国益のためになるように行動する必要がある。そのためには中国とロシアに対して喧嘩腰で臨むべきではない。

(貼り付けはじめ)

サウジアラビアが中国に向きを変えることを望まない理由(Why Saudis Don’t Want to Pivot to China

私のようなサウジアラビア人にとって、アメリカとの別離ほど心細いものはないだろう。

ムハンマド・アリヤアナ

2022年12月16日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/12/16/saudi-arabia-china-xi-bin-salman-biden-oil-opec-geopolitics-security-middle-east/

中国の習近平国家主席は、リヤドで3日間にわたって行われたサウジアラビアのサルマン国王とムハンマド・ビン・サルマン王太子、湾岸協力会議の指導者たち、さらに大きなアラブ政府グループとの一連の首脳会談から帰国したばかりだ。首脳会談マラソンの結果、エネルギー、貿易、投資、技術協力、その他の様々な分野で、公的、非公的に数多くの合意がなされた。このサミットは、経済と安全保障の関係がますます緊密になっていることを証明するものだった。サウジアラビアは中国にエネルギー需要の18%を供給し、石油化学、工業、軍事設備の受注を拡大しているが、その多くはこれまでアメリカから調達していたものだ。

一方、ホワイトハウスは、習近平がペルシア湾地域で中国の影響力を拡大しようとしていることは、「国際秩序の維持に資するものではない(not conducive to maintaining international order)」と指摘した。コメンテーターたちは、習近平のサウジアラビア訪問は、リヤドが従来のワシントンとの関係を捨て、北京に軸足を移そうとしていることの表れであると主張している。

中国の政策は単純明快だ。北京はリヤドに取引を持ち掛けている。石油を売って世界のエネルギー市場の安定化に貢献し、軍事装備はカタログから好きなものを選び、防衛、航空宇宙、自動車産業、医療、技術などの協力で好きなだけ利益を得ようということだ。つまり、中国はサウジアラビアに対して、70年にわたり中東を安定させてきたアメリカとサウジアラビアの取引をモデルにしたような交渉を持ちかけているのだ。

サウジアラビアは、自国の基本的な利益に対して公然と敵対するようになったワシントンに裏切られたと感じている。それに対して中国の宣伝は響く。多くの若いサウジアラビア国民が、アメリカを中国に置き換えるという考えを素朴に口にするようになっているのは、驚くには当たらない。アメリカの大学を卒業し、アメリカのポップカルチャーや消費技術の貪欲な消費者として、教育を受けたサウジアラビアの人々の多くはアメリカを身近に感じている。アメリカのメディアや政策立案者たちが、私たちや私たちの国、指導者、文化に対して不当な攻撃をしていると見なし、いじめられていると感じている。多くの人にとっての選択肢は、中国語を学び、中国の産業と貿易を促進する将来のキャリアを想像することである。

アメリカが作り上げ、長く維持してきた世界秩序は、アメリカ自身以外のいかなる国内的なアクターによっても破壊することはできない。

私のようなサウジアラビア人にとって、アメリカとの別離ほど心細いものはないだろう。1960年代以降、サウジアラビアの人々はアメリカとの強い関係なしに世界を見たことがない。私も、アメリカの文化や偉大さに深い敬意を抱いている若いサウジアラビア国民の1人だ。しかし、この10年、サウジアラビアの人々の多くは、アメリカへの親近感と賞賛が、アメリカの政治家、政策立案者、ジャーナリストから報われていないと感じ、その信頼を失っている。アメリカは、2020年の選挙戦でジョー・バイデン米大統領が約束したように、サウジアラビアを「除け者(pariah)」にしようと決意しているようだ。

この不信感は、バラク・オバマ前米大統領の政権時代にまでさかのぼる。2015年に彼がイランとの核合意を交渉した時、私たちサウジアラビア国民は、彼が両国の安定と強さの源となっていた関係を否定していると理解した。この合意は、テヘランに核爆弾製造の道を開き、イランのイスラム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard Corps)の軍資金を満たし、既存の秩序を破壊するためにアラブ世界各地で民兵を貪欲に武装させることにつながった。攻撃的で修正主義的な国との取引を正当化するためにオバマ大統領が提唱したバランス感覚を装うことは、決して合理的な意味を持たない。結局のところ、もし友人があなたのニーズとあなたの最悪の敵のニーズのバランスを取ると約束したら、その人はもはやあなたの友人ではないと結論付けるのが公正ではないだろうか。

バラク・オバマ、ジョー・バイデン両政権は共に、イエメンにおけるテロリストの代理人を介したイランの攻撃に対し、アメリカは縮小を求め、求めてもいない紛争をサウジアラビアになすりつけることが頻繁にあった。シリアでは、アメリカは、イラン軍とロシアの爆撃機が支配する隣国という、恐ろしく悲惨な光景を私たちに見せつけた。イランとの核取引の一環として、オバマ政権は数百億ドルをイランに流した。その資金は、イラクの解体、シリアの崩壊、レバノンの混乱、サウジ領に対するフーシ派の攻撃支援に使われた。ロシアのプーティン大統領に地中海東部の戦略的拠点を与えることを決定したのもオバマ政権だ。この戦略は、シリアでの内戦を緩和する方法としてアメリカ国民に盛んに喧伝された。昨年、イエメンからサウジアラビアのインフラにミサイルが殺到したことを受け、バイデン政権はサウジアラビア領内からアメリカのミサイル防衛砲台を撤収させた。

しかし、ワシントンが私たちの裏庭に火をつけても、サウジアラビアは地域の平和構築者として、また私たちが賞賛し続ける国として、サウジアラビアの防衛におけるアメリカの役割に敬意を表そうとした。だからこそ、バイデン政権が2021年に「サウジアラビアとの関係を再調整する」と約束して誕生し、2019年に行った「サウジアラビアに代償を払わせ、事実上の除け者とする」という公約を継続した時、とても痛快で心配になった。

かつての大切なパートナーを切り捨てたことに加え、バイデン政権は、エネルギー転換をどのように管理すべきかについてほとんど現実的な考えを持たずに、炭素ベースのエネルギー源に戦争を仕掛けることを選択したのだ。地球を救うという大げさなレトリックは、OPEC+に対抗する買い手のカルテルを作ること、サウジアラビアの外交政策の最重要部分、国内開発計画という3つの方面からの努力を伴っている。第一に、バイデンはアメリカの戦略石油備蓄から数百万バレルの石油を放出した。その目的は、供給ショックを緩和することであり、市場を操作することではない。第二に、アメリカ、ヨーロッパの同盟諸国、カナダ、オーストラリアは先週、ロシアの石油輸出に価格上限を設けるための市場メカニズムを構築した。第三に、バイデン政権はサウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートに対し、自国の財政・金融政策によるインフレなどアメリカの国内政治目標達成のために増産を迫っている。このようなバイデン政権の戦略は、OPEC+から原油価格の決定権を奪おうとしているようにサウジアラビアには映る。もしこれが成功すれば、サウジアラビアは自国の開発目標を達成するための収入を得ることができなくなる。

このような背景から、サウジアラビアの人々の多くが東方へ視線を移し始めている理由は明らかだろう。しかし、中国がアメリカに代わってサウジアラビアのパートナーとなることを期待するのは、甘い考えだと私は言いたい。

私は、大学と大学院をアメリカで学び、幸運にも幼少期の一時期をワシントン郊外のヴァージニア州で過ごした。そこで私は、野球をしたり、感謝祭に七面鳥を食べたり、12月になると『クリスマス・キャロル』を見たりと、アメリカの娯楽に触れることができた。最近では、サウジアラビアとアメリカの関係を表現するメタファーとして、このチャールズ・ディケンズの物語を使っている。

アメリカの技術、技術革新、防衛協力、安全保障関係が存在しない地域を、「まだ来ぬクリスマスの亡霊(訳者註:『クリスマス・キャロル』に出てくる第三の幽霊)」が見せてくれると想像して欲しい。個人の自由の利点と限界が、サウジアラビア国民が自国の改革に伴ってますます行っているように、国民とその支配者が議論すべきテーマではなく、神を敵とみなす一党独裁の中央集権国家によって決定されるような地域を想像してみるといい。

アメリカの誤算と無能力を混同するのは愚かなことである。アメリカが作り上げ、長く維持してきた世界秩序は、中国を含むいかなる国際的なアクターによっても破壊することはできない。アメリカ自身によってのみ破壊することができるのだ。善かれ悪しかれ、アメリカとサウジアラビアの両国の運命は不可避的に絡み合っている。アメリカが創り出そうとしている未来に目を向けることで、中東に取り憑いている亡霊を追い払うことができるのではないかと私は考える。

※ムハンマド・アリヤアナ:ベルファー・センター中東部門研究員、ハドソン研究所中東平和・安全保障担当上級研究員。『アル・アラビア・イングリッシュ』紙元編集長。ツイッターアカウント:@7yhy

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習近平のサウジアラビア訪問はリヤドにおけるワシントンとの一夫一婦制の結婚関係終焉を示している(Xi’s Saudi Visit Shows Riyadh’s Monogamous Marriage to Washington Is Over

-現在の冷戦2.0では、サウジアラビアはどちらにつくかを選ぶことを拒否するだけでなく、北京やモスクワに接近する可能性もある。

アーロン・デイヴィッド・ミラー筆

2022年12月7日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/12/07/xi-jinping-saudi-arabia-trip-mbs-biden/?tpcc=recirc_trending062921

2004年のインタヴューで、当時のサウジアラビア外相サウド・アルファイサルは、アメリカとサウジの関係は、妻が1人しか許されない「カトリックの結婚(Catholic marriage)」ではなく、妻が4人許される「イスラムの結婚(Muslim marriage)」だと元『ワシントン・ポスト』紙記者デイヴィッド・オッタウェイに語っていることが極めて先見的だった。オッタウェイは「サウジアラビアはアメリカとの離婚を求めていたのではなく、他国との結婚を求めていただけだ」と書いている。

それが今、現実のものとなった。このことがより明確に反映されているのが、中国の習近平国家主席が今週、2016年以来初めてサウジアラビアを訪問することである。習近平の訪問は、「仲直りしよう(let’s mend the fences)」と握手を交わすような気まずい瞬間にはならないだろう。サウジアラビアにとって最大の貿易相手国と中国にとって最大の輸入石油源である中国との、華やかで温かい抱擁の祭典となるのである。

北京は、サウジアラビアにとって最重要の問題、すなわち不安定になっている近隣諸国における安全保障について、ワシントンに取って代わることはできない。しかし、リヤドがワシントンと一夫一婦制で結婚していた時代は時代遅れになっている(going the way of the dodo.)ようだ。冷戦2.0、つまりアメリカと中国・ロシアとの緊張と競争が高まっている現在、サウジアラビアはどちらにつくかを選ぶことを拒否するだけでなく、自国の利益のために北京やモスクワに接近する可能性がある。つまり、サウジアラビアはもはやアメリカ一国だけの妻ではない。

中国との関係改善に対するサウジの関心は、アメリカがサウジの利益にもっと注意を払い、「リヤドは当然自分たちの味方だ」と単純に考えないようにさせるための一時的な戦術と見なしたくなるものだ。サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン王太子とジョー・バイデン米大統領との個人的な関係は、決して友好的とは言えない。サルマン王太子はバイデンが自分をどう思っているか気にしないと述べ、バイデンはサウジアラビアの指導者たちについてあまり考えていないことを明らかにした。バイデンはサウジアラビアを非難する際に控え目に振舞う(wallflower)ことはない。サウジアラビアを呼び出すことになると萎縮する壁の花ではなく、

しかし、アメリカとサウジアラビアの関係を苦しめているのは、バイデン大統領とサルマン王太子の相性の悪さよりもずっと深いところに原因がある。ワシントンはサウジアラビアの石油を必要とし、リヤドはアメリカの安全保障を必要とするという、数十年にわたる関係を支えてきた基本的な相殺取引(トレイドオフ)が、長年にわたるストレスやひずみの積み重ねによって、擦り切れてしまっている。19人のハイジャック犯のうち15人がサウジアラビア人であり、サウジアラビア政府はこの計画をどの程度知っていたのかという疑問が残る911テロ事件、バグダッドにイランの影響を受けやすいシーア派支配の政権をもたらした2003年のアメリカによるイラク侵攻、アメリカの「アラブの春」への対応などでが両国関係を傷つけてきた。アメリカは「アラブの春」に対して、当時のエジプト大統領ホスニー・ムバラクに退陣を迫り、中東や北アフリカの他の地域で民主的な改革を促したが、サウジアラビア王政はこの動きを世界中の権威主義者への脅威、そして自らの権力保持への脅威と考えた。アメリカを石油輸出の競争相手とすることになった、フラッキング技術とシェールガス革命、サウジアラビアの宿敵イランとのオバマ政権の核合意、2019年9月のイランの無人機・巡航ミサイルによるサウジアラビアの主要産油施設2か所への攻撃に対するアメリカの弱腰反応によるリヤド側の懸念拡大、アメリカによるサウジアラビアの安全保障への関与などもあった。 そして最後に、冷酷で無謀なムハンマド・ビン・サルマンが台頭し、サウジアラビアの反体制派でアメリカ在住のジャマル・カショギの殺害を指示したこともあった。

関係を修復しようとする努力は、かえって関係を悪化させるようだ。バイデン大統領訪問の際、バイデンと王太子が兄弟のように握手を交えた場面もあったが、サウジアラビアが優位に立ち、与えた以上のものを得て、バイデン政権と共にウクライナでのロシアや台頭する中国に対抗しようとは考えていないように感じられたのである。両首脳会談で発表された広範な声明やコミュニケの中に、ワシントンの敵対諸国のいずれかを批判する言葉を見つけるのは困難である。10月のOPEC+では、サウジアラビアとロシアが日量200万バレルの減産を決定し、ワシントンではこの決定について、ウラジミール・プーティン大統領のウクライナでの戦争マシーンへの資金提供を直接支援する行為と見なされた。

2022年7月の中東歴訪を前にして、バイデン大統領は『ワシントン・ポスト』紙に寄稿した。その中で、中国に対抗するためにはアメリカ・サウジアラビア関係の改善が必要だと指摘したのは興味深い。もちろん、ムハンマド・ビン・サルマンはまったくそのようには考えていない。彼にとっては、中国カードをいかにサウジアラビアのために使うか、北京とワシントンのどちらかを永久に疎外することなく、両方から得られるものをいかに引き出すかが今のゲームとなっているのだ。

サウジアラビアは何年も前から中国との関係を深めてきた。しかし、これは、より小さくて脆弱な大国が超大国と行う非常に古いゲームに、新しい、そしておそらく戦略的なひねりを加えたものである。超大国(この場合はアメリカ)がある小さな国(あるいはその地域)を優先しないようになると、この小さな国もまたバランスを取る動きに出て、超大国の動きに対して、自国のマイナスを補うために他の大国と手を結ぼうとする。しかし、サウジアラビアが自信を深めていること、サウジアラビアの利益を守るために独自に行動する意志があること、そしてサウジアラビアの計算において超大国としての中国の重要性が増していることように変化したのである。

中国はサウジアラビアに何を提供するのか? ムハンマド・ビン・サルマンにとって、中国は単にアメリカに対抗するためのレヴァーではない。中国自体に真の価値がある。中国は現在、サウジアラビアにとって最大の貿易相手国であり、近年はアメリカとサウジアラビアの二国間貿易を上回っている。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「中国企業はサウジアラビアに深く入り込み、巨大プロジェクトの建設、5Gインフラの整備、軍事用ドローンの開発などを行っている」と報じている。中国が関与しているのは、インフラだけではない。カーネギー国際平和財団の研究担当副会長エヴァン・A・ファイゲンバウムは、北京はテクノロジーや通信を含む多次元的なアプローチを追求していると『フォーリン・ポリシー』誌に語っている。先月、中国の通信会社「チャイナ・モバイル・インターナショナル」はリヤドと「サウジアラビアのデジタルメディア・エコシステムを推進する」覚書に調印した。

中国はまた、サウジアラビアに対して、人権に関するあらゆる懸念を含め、国内政治への干渉を排除した無条件の関係を提案している。これは両国にとってメリットがある。習近平は新型コロナウイルスの流行が始まって以来、ほとんど中国国外には出ていない。習近平が最初の数回の海外出張にサウジアラビアを選んだのは偶然ではない。同じ権威主義者が統治する国で、ウイグルや香港、新型コロナウイルス感染対策のためのロックダウンに対する最近の中国のデモに対する抗議などに関して、中国に恥をかかせるような報道はないだろう。習近平とビン・サルマンは権威主義者クラブの正真正銘のメンバーとして、改革、民主化、人権促進を求める外圧に対して団結する共通の絆を持っている。

つまり、バイデンのサウジアラビア訪問とは異なり、習近平の訪問は不快感や摩擦を伴わない、相互の温かさに満ちたものになる可能性が高いのである。習近平とサウジアラビア国王、ムハンマド・ビン・サルマン王太子、習近平とペルシア湾岸諸国、習近平とアラブ連盟諸国との3つの首脳会談が予定されているというから、ムハンマド・ビン・サルマンと習近平はともにこの地域における中心的存在としての存在感を発揮することができそうだ。サウジアラビア国営通信によると、30人以上の国家元首や国際機関の指導者たちが出席する予定だという。

アメリカとサウジアラビアの関係は崩壊しそうにない。ワシントンは安全保障と情報協力においてリヤドの重要なパートナーであり続けるだろうし、イランという国外の脅威は、多少傷つきながらも、この特別な関係の少なくとも一面を存続させることを保証しているようだ。中国は、アメリカの兵器の精巧さと有効性に取って代わることはできないし、ペルシア湾の航行の自由(freedom of navigation)を保証する役割を果たすこともできない。実際、ペルシア湾で中国のエネルギー供給を保護し、その確保に貢献しているのはアメリカ海軍である。しかし、バイデン政権は、北京がサウジアラビアの手元にある中国のミサイルをどのように改良し、どのような核協力が行われようとしているのか、注意深く見守る必要がある。

しかしながら、一つだけ確かなことがある。それは、あなたの祖父や祖母の時代のようなアメリカとサウジアラビアの関係ではないのだ。リスクを避け、コンセンサスを重視するサウジアラビアの国王の時代は終わった。その代わりに、リスクを恐れず、自信を持ち、傲慢でさえあるサウジアラビア国王が、グリーン革命があろうとなかろうと、世界が今後何年にもわたってサウジアラビアの算出する炭化水素に依存することを認識している。アメリカは現在でも非常に重要な存在だが、おそらくムハンマド・ビン・サルマンの計算の中心ではないだろう。バイデンは7月の中東歴訪で、サウジや湾岸アラブ諸国の指導者たちに、アメリカは「どこにも行かない」し、この地域にとどまるのだと述べた。しかし、ムハンマド・ビン・サルマンは彼独自の道を進む。中国とそしてロシアもまた、どこにも行かないだろう。

※アーロン・デイヴィッド・ミラー:カーネギー国際平和基金上級研究員。共和党、民主党の各政権で米国務省中東担当アナリストと交渉担当官を歴任。著書に『偉大さの終焉:アメリカはどうしてもう一人の偉大な大統領を持つことができず、持ちたいと望まないのか(The End of Greatness: Why America Can’t Have (and Doesn’t Want) Another Great President)』がある。ツイッターアカウント:Twitter: @aarondmiller2
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。

 今年の冬はエネルギー価格の高騰があり、世界各国で厳しい冬になりそうだ。光熱費の高騰により生活が苦しくなる。ウクライナ戦争によって、ロシアに対しては経済生成が発動され、ロシアからの天然ガス輸入ができなくなった。ロシアは天然資源輸出ができなくなれば、経済的に行き詰って戦争を継続できなくなるだろうと考えられていた。しかし、そのような目算は崩れてしまった。非西側諸国によるロシアの天然資源輸入が大きかった。

アメリカや日本をはじめとする先進諸国は産油諸国に石油の増産を求めているが、これはこれまでのところうまくいっていない。サウジアラビアは増産を拒否している。ここにも西洋諸国(the West)対それ以外の世界(the Rest)の対立構造が明らかになっている。ロシアは非西洋諸国、具体的には中国やインドに石油を割安で輸出している。これでお互いにウィン・ウィンの関係を築いている。

ヨーロッパはロシアからの天然資源輸入がなくなり、アメリカからの高い天然ガスを買わねばならず、通常であれば安い夏の時期に買っておいて冬に備える備蓄も全くできなかったことから、厳しい冬になる。偶然見たテレビニューズの取材に対して、「薪を備蓄して冬に備える」と答えていたドイツ国民の声が印象的だった。

 日本でも東京都の小池百合子知事がタートルネックのセーターやスカーフの着用を推奨して話題になった。首元を温めれば暖房の設定温度は低くできるということのようだ。暖房や建物の建材などのエネルギー効率を高めれば、エネルギー消費を減らすことができる。気候変動のためにそうすべきということは長年言われてきたが、今回のウクライナ戦争とそれに影響を受けてのエネルギー価格高騰もあるので、こうした動きを促進しようという主張は出てきている。

 しかし、「言うは易く行うは難し」である。これから建物を全面的に改修するなり建て替えるなりするには多額の資金がかかる。更に言えば、こうした建材の材料費も高騰している。そことの兼ね合いが難しい。エネルギー効率を高めておけば、戦争が終わってエネルギー価格が下がればこれまでよりもエネルギー関連支出が下がるということになるから良いではないかということであるが、戦争でそのような対策が進むというのは何とも皮肉なものだ。

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そうだ、私たちはエネルギー需要の削減について話す必要がある(Yes, We Need to Talk About Cutting Energy Demand

-エネルギー供給のみに集中することで、世界は危機に立ち向かうための最も安価で迅速な方法のいくつかを無視している。

ジェイソン・ボードフ、メーガン・L・オサリヴァン筆

2022年6月29日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/06/29/energy-demand-supply-efficiency-conservation-oil-gas-crisis-russia-europe-prices-inflation/

ドイツは先週、ロシアがヨーロッパへの天然ガス供給を更に制限することで、エネルギー不足が差し迫ることを警告し、エネルギー部門を戦時体制(war footing)に移行させた。冬が到来した時に必要となる在庫を満たすヨーロッパの能力を低下させることによって、ロシアは、ウクライナを征服し、西側諸国の抵抗を断ち切るためのキャンペーンの一環として、エネルギー輸出を武器化するためのレバレッジを高めている。ドイツのロベルト・ハーベック・エネルギー経済大臣は、ガスシステムを政府によるエネルギー配給の一歩手前の「警報」段階までエスカレートさせ、ドイツ国民に対し、消費行動を自発的に変えてエネルギーを節約することで「変化を起こす」よう呼びかけた。

ハーベックは、今日のエネルギー危機に対する解決策として、極めて重要かつ過小評価されていることを指摘した。現在採用されている多くのアプローチとは異なり、効率性を高めることで、ロシアのレバレッジを減らし、エネルギー価格の高騰に対処し、気候変動に対処するための炭素排出を抑制することを同時に実現することが可能となる。実際、サーモスタットの調節や運転時間の短縮から、スマートなデジタル制御や建物の断熱に至るまで、効率と節約の向上は、これらの課題全てに対処する最も迅速、安価、かつ簡単な方法の1つである。エネルギー危機がまだまだ続く中、世界中の政策立案者たちは短期・中期・長期のエネルギー消費の削減をあらゆる戦略の中心に据えるべきだ。残念ながら、ドイツが市民や企業に節電を呼びかけるのは、迫り来るエネルギー不足に対処するために多くの国がとっているアプローチの例外である。

ロシアがヨーロッパ大陸へのガス供給を削減するのではないかというヨーロッパ各国の懸念はここ数週間で現実のものとなった。ヨーロッパの数カ国への選択的な供給削減の後、ロシアはドイツへの主要ガスパイプラインの能力を60%も削減し、他の多くの国への輸出を削減した。ヨーロッパの天然ガス価格は50%以上上昇し、電力価格は2021年12月以来の高水準に上昇した。これを受けて、欧州連合(EU)加盟国10カ国が様々な段階のガス緊急事態を宣言している。

一方、原油価格は、世界的な供給不足、ロシアの輸出抑制、精製能力の限界などを背景に、ほぼ過去最高値の水準で推移している。ガソリンや軽油の価格高騰は、インフレを引き起こし、人々の生活を圧迫し、世界各国政府にとって政治的な頭痛の種となっている。例えば、ジョー・バイデン米大統領は最近、連邦ガソリン税の一時停止を議会に要求した。

石油、ガス、石炭の使用量を削減するには、効率性への投資と需要の節約が最も安価で迅速な方法であることが多い。

今回の危機に対して、各国は石油やガスの代替資源を求め、石炭の利用を増やすことで対応している。最近、液化天然ガス(LNG)を船で供給する米独の長期契約と並んで、ヨーロッパ各国はカタールと同様の契約を結ぼうとしている。ドイツ、オランダ、フィンランド、フランスなどがLNG輸入設備の新設を発表している。LNG輸入基地を1つも持たず、ロシアのパイプラインガスへの依存度を高めているドイツは、現在3基の基地を計画しており、ドイツ政府は最近、基地を建設する間、より迅速にガスを輸入できるようにするため、浮体式貯蔵・再ガス化装置4隻をチャーターしている。オランダは、ガス採掘に起因すると思われる地震によって停止した、最大の陸上ガス田の再開を検討している。ドイツ、オーストリア、イタリア、オランダは、古い石炭発電所を復活させる計画を発表した(ただし、ドイツは不可解にも今年末に最後の石炭発電所2基を停止させる計画で原子力発電所は復活させない)。そして先週、バイデンは石油業界の幹部を招集し、アメリカの石油生産と精製を促進する方法を探ろうとした。

これらの措置は全て戦争によって起きているので嘆かわしいことではあるが、現在の危機への対応としては適切なものだ。本誌にも書いたように、ロシアからのエネルギー供給の多くを喪失しても、消費者に安全で安価な燃料を確保するためには、少なくとも短期的、中期的には、他の化石燃料供給源の活用と更なるインフラへの投資が必要だということは厳然たる事実である。より多くのエネルギー供給を求める動きは、もちろんクリーンエネルギーにも及び、ヨーロッパではゼロ炭素エネルギーへの投資を増やし、その目標を前倒しで達成しようとしている。

しかし、掘削と圧送、製油所の限界への挑戦、数十億ドル規模のLNG施設の建設、ヨーロッパにおけるクリーンエネルギー供給の促進といった努力は、エネルギー使用量を削減するためのより重要なプログラムと対をなす必要がある。再生可能エネルギーの拡大と化石燃料との戦いに注目が集まる中、世界は悲しいことに、エネルギーの最も重要な事実の1つを見失っている。石油、ガス、石炭の使用量を削減し、ロシアのエネルギー資源の輸入の必要性を減らすには、効率的な投資と需要の節約が最も安価で迅速な方法だ(言うまでもなく、二酸化炭素排出量も削減できる)。

国際エネルギー機関(IEA)によると、ヨーロッパの建物で暖房のサーモスタットを摂氏1度(華氏1.8度)調節するだけで、年間100億立方メートルのガス使用を抑えることができるという。ちなみに、バイデンは3月、今年中にヨーロッパに150億立方メートルのガスを供給すると公約している。また、IEAのネットゼロエミッション達成のためのロードマップでは、建物の改修、消費電力の少ない家電製品への切り替え、自動車の燃費基準の引き上げ、産業廃熱回収の改善などの対策を通じて、エネルギー効率が今後10年間で2番目に大きな貢献を果たすとされている。効率化が進むと、その反動でエネルギー使用量が増えることがあるが、これは「リバウンド効果」と呼ばれるもので、効率化と節約による正味の効果は非常に大きく、すぐに利用可能でしかも低コストで利用できる。

確かに、EUのエネルギー安全保障計画(REPowerEU)には、2030年までにEUの2020年の基準シナリオと比較して、効率化のためのエネルギー節約を9~13%に引き上げるという目標が含まれている。例えば、フランスでは、2018年に初めて採用されたアパートの改修と、ガスを使用する効率の悪いボイラーに代わる電気暖房の設置に対する補助金を増やすと発表している。古い建物が多いフランスの建物の改修は、エネルギー使用量削減の可能性が最も高いと専門家は指摘しています。このような努力は、効率性を確保するためのスタート地点に過ぎないにもかかわらず、この危機の中で、ヨーロッパ各国政府は、エネルギー需要よりもエネルギー供給に大きな関心を寄せている。

世界的なエネルギー危機に対する供給中心の対応は、ヨーロッパ以外では更に顕著である。IEAによれば、エネルギー効率化投資の成長率は2022年に鈍化するとされており、2050年までに排出量を正味ゼロにするという気候変動目標を達成するために必要な要素には及んでいない。IEAによれば、「最もクリーンで、最も安価で、最も信頼できるエネルギー源は、各国が使用を避けることができ、一方で市民に十分なエネルギーサービスを提供できるものである」ということだ。世界的な効率化の推進は、気候変動に関する目標を達成するために必要なだけでなく、短期的には、全ての消費国、特にヨーロッパの各消費国がロシアの石油とガスの損失による不足に対処するために、必要なエネルギー供給を解放することができ、また、価格の抑制にもつながる。

現在のように石油採掘とインフラ整備に偏って力を注ぐことは、環境的に悪いだけでなく、半世紀前にエネルギー分野の象徴的存在であるエイモリー・ロヴィンズが警告したように、困難でコスト高になる。1973年の石油危機をきっかけに発表された論稿の中で、ロヴィンズは、世界のエネルギー需要を満たすために、採掘、抽出、産業施設などの大規模プロジェクトという「ハード・パス(hard path)」ではなく、保全、効率、再生可能エネルギーという「ソフト・パス(soft path)」をとるよう、エネルギー分野のリーダーたちに強く求めた。

今日、彼の論稿を読み返すと、ロヴィンズの警告がいかに的確であったか、そしてその警告に耳を傾けていれば、私たちはどれほど幸福になれたか、ということに気づかされる。半世紀前に彼が書いたように、今日、「節約は、通常、政策というより価格によって誘導され、必要であることは認められているが、現実よりも修辞的な優先順位が与えられている」のである。加えて、「優先順位は圧倒的に短期的である」と嘆き、目先の政治的・経済的な不安に応えるために、「積極的な補助金や規制によってエネルギー価格が経済水準や国際水準を大きく下回り、成長が深刻に阻害されないように抑制されている」と指摘した。実際、今日の高値に対応して、政府はエネルギー価格の補助金を出し、燃料税を停止している。市場価格が必要なレヴェルまで上昇しているときに、需要を抑制する努力を怠っているのだ。

また、ロヴィンズは、1976年に気候変動の危険性をいち早く指摘し、「石炭へのシフトは、その時あるいはその後すぐに、地球気候に大きな、そしておそらく取り返しのつかない変化をもたらす」と警告し。彼は「205年のエネルギー収入型経済への橋渡しをするために、化石燃料を短期間かつ控えめに使用する過渡的技術」の利用を提唱しており、これは最近本誌で我々が主張したことである。確かに、原子力発電に断固として反対するなど、ヴィビンズのヴィジョンには問題点も多い。しかし、過去半世紀にわたってエネルギーのリーダーたちが困難な道を選んでこなかったならば、今日のヨーロッパと世界の他の地域は、ロシアのエネルギー供給喪失に対処するためにどれほど良い状態にあっただろうかと考えると反省しなければならない。

エネルギー効率と省エネルギーが、エネルギー使用量と排出量に大きな影響を与えるにもかかわらず、社会や政治の注目を浴びてこなかったのには、多くの理由がある。家主は断熱や改修の費用を負担しなければならないが、借主は光熱費の節約によって利益を得ることが多い。これは経済学者に「プリンシパル・エージェント問題(principal-agent problem)」と呼ばれるものだ。消費者たちは、将来的な総電力コストよりも、家電製品の購入価格に注目する傾向がある。これは、「近視眼的(myopia)」として知られる行動現象である。また、節電の呼びかけは政治的な意味合いが強く、1970年代のエネルギー危機の際、ジミー・カーター米大統領(当時)がカーディガンのセーターを着て犠牲を求めた苦い思い出を呼び起こされる。

「ソフト・パス」を歩むのに最適な時期が数十年前であったとすれば、二番目に最適な時期は今である。効率や節約というと、個人的な犠牲や窮乏を連想する人もいるかもしれないが、より効率的な経済は市民の生活の質を下げる必要はなく、同じかそれ以上の生産高を上げるために、より少ないエネルギーの使用を要求するだけのことなのだ。

サーモスタットの調整など、ささやかな行動の変化が必要な節約もあるが、一人当たりのエネルギー消費量が最も多い国の消費者に、ウクライナ人が命がけで究極の犠牲を払っている時に、消費をもう少しだけ減らすように求めるのは、過大な要求にはならない。今年の冬のヨーロッパのガス危機への対応、燃料費高騰による家計への打撃、ロシアのエネルギー供給停止による経済的打撃など、世界のエネルギー政策指導者は、エネルギー効率の価値を早く再認識し、省エネルギーをロシアの侵略に対抗する強力な武器とすべきであろう。

ジェイソン・ボードフ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学気候専門大学院創設学部長、コロンビア大学国際公共問題大学院国際エネルギー政策センター創設部長。国際公共問題担当職業実行教授。米国家安全保障会議上級部長、バラク・オバマ元大統領上級顧問を務めた。ツイッターアカウント:@JasonBordoff

※メーガン・L・オサリヴァン:ハーヴァード大学ケネディ記念大学院国際問題実行部門ジーン・カークパトリック記念教授。著書に『僥倖: 新しいエネルギーの豊富さが世界の政治を覆し、アメリカの力を強化する方法』がある。ジョージ・W・ブッシュ大統領イラク・アフガニスタン担当国家安全保障問題担当大統領次席補佐官、大統領特別補佐官を務めた。ツイッターアカウント: @OSullivanMeghan

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