古村治彦です。
今回は、ミルトン・フリードマンの理論が間違っていたという内容の記事を紹介する。フリードマンの理論とは「シェアホルダー[株主]優先理論(shareholder theory)」で、下に紹介している記事では「CEOは株主に雇用されている『被雇用者』であるので、CEOは株主の利益のために行動する義務がある」という内容だと書いている。CEOはお金を出している(資本を投資している)株主の利益(配当)を最大化するために行動する、というもので、私たちからすれば「何を当たり前のことを仰々しく理論などと言うのか、馬鹿らしい」ということになる。
一方に存在するのは「ステイクホルダー[利害関係者]優先理論(stakeholder theory)」である。これは企業、経営陣は株主の利益の最大化を最優先するのではなく、従業員、顧客、市民など、企業と関係を持つ人々の利器を最大化するべきだというものだ。慈善事業や社会的に意義のある活動にも資金を出すというようなことである。
1970年代からアメリカの市場原理主義の中でシェアホルダー理論が主流であったが、ここのところステイクホルダー理論が注目されるようになっているようだ。
市場原理主義のアメリカで「ステイクホルダー理論」が影響力を増しているというのは、アメリカでそして経済の分野で何かが起きていることを示す。市場を崇拝してばかりでは、経済はうまくいかない、そもそも大企業になれば競争から逃れ独占を望み、それで労働者や消費者から搾取をして利益を最大化する、政府に対する影響力を行使してそのような独占を守るような方策を採るではないか、という批判が大きくなっている。下の記事では、「実際、巨大企業が自由市場の保護者であるという考えは極めて非現実的なものである。巨大企業とは我が国の市場経済という海の中に浮かぶ社会主義の島々ということになる」と書かれている。
経済学に対する不信感をたどると、「科学(science、因果関係から法則を見つける行為)だと威張っていたが、そんなことはできず、宗教のドグマのように市場至上の教理を押し付けてきた」「経済学が自分たちの生活に脅威を与えてきた(リーマンショックからの経済不況など)」ということが挙げられる。経済学だけ、自然法則で人為よりも素晴らしいということにはならないということだ。そこの点を認めることが出発点ということになるだろう。
(貼り付けはじめ)
ミルトン・フリードマンの考えは間違っていた(Milton Friedman Was
Wrong)
―高名な経済学者の唱えた「シェアホルダー理論」は企業が消費者の諸権利と信頼を損なうための大き過ぎる余地を与えた
エリック・ポズナー筆(シカゴ大学法科大学院教授)
2019年9月22日
『ジ・アトランティック』誌
https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/08/milton-friedman-shareholder-wrong/596545/
月曜日、各産業分野の大企業のCEO(最高経営責任者)で構成しているグループ「ビジネス・ラウンドテーブル」は、「企業の目的」について考えを変えると宣言した。その目的とは、株主たち(shareholders)の利益の最大化ではなく、被雇用者、顧客、市民を含む株主以外の「利害関係者たち(stakeholders)」の利益を追求するということだ。
今回の宣言は、大きな影響を持つが中身が不明確な企業責任理論(シェアホルダー[株主]優先理論)の否定ということになる。しかし、この新しい哲学(ステイクホルダー[利害関係者]優先理論)を提唱することになっても、企業の行動様式を変化させることはできないだろう。一般の人々の利益を追求するように企業に行動させる唯一の方法は、法的な規制に従わせることだ。
シェアホルダー理論は、シカゴ大学で教鞭をとった経済学者にしてノーベル経済学賞受賞者であるミルトン・フリードマンが生み出したものと一般には考えられている。1970年に『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された有名な論説の中で、フリードマンは、CEOは株主に雇用されている「被雇用者」であるので、CEOは株主の利益のために行動する義務があると主張した。その結果としてCEOは可能な限り最高の報酬を得ることができる、と主張した。フリードマンは、もしCEOが企業の資金を環境保護や貧困対策プログラムに寄付するということになると、その資金は、消費者たち(より高い価格を通じて)、労働者たち(より低い賃金を通じて)、株主たち(より低い配当を通じて)から奪い取られたもので、そうしたお金をCEOが寄付していることに過ぎないと指摘した。CEOは他人に対して「税金」を課し、集めたお金を彼もしくは彼女の専門外の社会的な大義のために使っているだけのことだ、ということになる。それならば、消費者、労働者、投資家たちに本来自分が手にするべきお金を使って、自分が望む慈善事業への寄付をしてもらう方がより良いことだということになる。
フリードマンのシェアホルダー理論は広く受け入れられている。それは、シェアホルダー理論によって、企業は難しい道徳上の選択を行うことを免れ、利益を上げている限りは人々からの批判から企業が守られることになるからだ。同時に、CEOたちは、「公共の責任について考えない」という主張を否定したが、強い怒りの対象となっていた。確かに、1970年の時点で彼らは怒りの対象であった。そして、ウォール街は企業の利益のみを追求するという姿勢を貫いていた。
しかし、フリードマンの主張には1970年の時点でも読者たちにも明白に分かったであろう矛盾を抱え込んでいた。フリードマンは、経営陣が賃金と物価の統制を支持していることについて非難した。後にリチャード・ニクソン大統領はこの政策を実施した。フリードマンは、賃金と物価の統制は経済を損なうだろうと確信していた。従って、経営陣は「かなり遠くの将来のことを見通すことができ、自分たちのビジネスについて明確な思考もできる」のに、公的な問題になると「途端に極めて近視眼的かつ混乱した思考」をするようになるとフリードマンは主張した。
しかし、経営陣の心理についてのこのような疑わしい理論など使わなくても、もっと単純に説明することができる。経営者の多くは賃金と物価の統制は、労働コストやそのほかの資源の投入に関わるコストを低く抑えることで当然の結果として、彼らのビジネスの利益に貢献すると認識していた。また、彼らの行動によって経済全体にマイナスな結果が生じることが起きるかどうかについて全く関心を持たなかった。
フリードマンはこの可能性について気づくべきだったし、おそらく気づいていただろう。既存のビジネスは競争をなくすことで最大の利益を生み出すことになる。そのための効果が実証済みの方法は、新しい企業が市場に参入することを阻止する法律を成立させるように政府に働きかけることであり、もしくは競争によるコストを引き下げることである。そして、ビジネスの目的が、フリードマンが主張しているように「利益を増大させる」ことであるならば、ビジネス界がその政治的影響力を使ってフリードマンが称賛している自由市場をなくすようにすることが、「明確な思考に基づいた」、正当化される方法ということになる。
実際、巨大企業が自由市場の保護者であるという考えは極めて非現実的なものである。巨大企業とは我が国の市場経済という海の中に浮かぶ社会主義の島々ということになる。つまり、巨大企業はその巨大性によって消費者と労働者にとって利益となる競争から守られている。製品と労働の市場が独占状態になっている中で資本を投資した人々が利益を上げるということになれば、CEOとしては投資家たちに協力するのは願ったりかなったりということになる。
フリードマン流のビジネスが利益を最大化するためのありふれた方法が他に様々に存在する。ビジネスマンたちは(フェイスブックと同様)、消費者たちのプライヴァシーを尊重するという約束を破ることができる。ビジネスマンたちは(ツイッターとグーグルと同様)、ヘイトスピーチの伝達を促進することで広告収入を生み出すことができる。ビジネスマンたちは(エクソンがそうであったように)、気候変動に関する研究に反対する宣伝活動を行うことができる。ビジネスマンたちは(ジミー・ジョンズと同様)、非熟練労働者たちが低賃金の仕事から離れないように違法な契約条件を使うことができる。ビジネスマンたちは(タバコ会社と現在のテック企業と同様)、子供たち向けの中毒性の高い製品を売り込み、(パデュー・ファーマと同様)麻薬中毒の人々を生み出すことができる。ビジネスマンたちは企業によるロビー活動に関与することができる。フリードマンの理論に関する最大の問題は、フリードマンの理論によると、各企業は連邦議会に対する影響力を利用して各企業が人々に対して不都合なことを行わないようにするための法律を可決することを阻止する、ということだ。
フリードマンは経営陣が株主たちの被雇用者であるという主張は正しくない。法律的に見て、経営陣は企業の被雇用者である。企業を監督するには株主ではなく、経営陣の存在が必須だ。株主は企業とは契約に基づいた関係を持っている。株主は契約に基づいて企業が上げた利益を受け取り、企業の重要な決定について投票する権利を持つ。株主たちが企業に対して社会的に責任のある行動をとるように提案するときには、CEOたちはいつも自分たちが持つ企業に対する力を使って株主を遠ざけてきた。雇用者が被雇用者に「ジャンプせよ」と言えば、その被雇用者はジャンプするものだ。株主たちが最高経営責任者に「ジャンプせよ」と言えば、最高経営責任者は株主たちを裁判所に訴えることだろう。
フリードマンの最大の主張は、実業界のリーダーたちは企業の資金を公共のために使用することを決定できるだけの資格がないとしている点だ。「ステイクホルダー」理論への転換があってもそれで企業が責任感を持って行動することを保証することはできないというのにこのことが理由となる。企業に環境汚染、詐欺行為、独占化させないための効果が実証されている唯一の方法は法律を通じてそのような行為を行った企業を罰することである。
※エリック・ポズナーはシカゴ大学法科大学院教授である。
アメリカ政治の秘密
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側