古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:スティーヴン・ウォルト







アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12

 

 もしビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、そしてバラク・オバマがリアリズムの諸原理を採用していたら、1993年以降のアメリカの外交政策はどれほど違ったものになったのだろうか?

 

 第一にそして最も明らかなことは、ブッシュがブレント・スコウクロフト、コリン・パウエル、その他のリアリストたちの意見を聞いていれば、2003年にイラクに侵攻することはなかっただろう。ブッシュは、イラクで泥沼にはまるのではなく、アルカイーダの殲滅に集中したことであろう。数千のアメリカ兵たちが戦死したり、戦傷を受けたりすることもなかったことだろう。数十万のイラク国民が亡くなることもなく、今でも生きていたことだろう。イランの影響力は今よりもだいぶ小さいものだっただろうし、イスラミック・ステイトが生まれることもなかっただろう。リアリストによる正しい助言を拒絶することで、アメリカの納税者のお金を数兆ドルも無駄にした。そして、多くの人々の声明が失われ、地政学的に見て混乱が発生することにもなってしまった。

 

 第二に、アメリカの指導者たちがリアリズムの知恵をきちんと理解していれば、アメリカは1990年代にNATOを拡大させることはなかっただろう。NATOの範囲をポーランド、ハンガリー、チェコまでとしただろう。リアリストは、大国というものは自国に接する外側世界の力の構成に特に神経を尖らせるものだということを理解している。ジョージ・ケナンはNATOの拡大はロシアとの関係を悪化させるという警告を発していた。NATOの拡大は同盟関係を強化することにはつながらなかった。NATOの拡大によって、アメリカは一群の弱小なそしてアメリカから遠く離れてはいるが米軍が防衛しづらい国々を防衛する責務を負うことになってしまった。そうした国々はロシアと国境を接している。読者の皆さん、NATOの拡大は、傲慢さと地政学の間違った応用の結果なのだ、と私は申し上げたい。

 

 より良い選択肢だったのは、ロシアを含むワルシャワ条約機構に加盟していた国々と建設的な安全保障に関するつながりを求める「パートナーシップ・フォ・ピース」を構築することであった。残念なことに、注意深いアプローチは、NATO拡大を急がせる理想主義を掲げる動きを前にして放棄されてしまった。この決定は、リベラルの掲げる希望に基づいて行われた。彼らはNATOの拡大で安全保障が強化されると考えていたが、そんなことは起きなかった。

 

 リアリストは、グルジアとウクライナを「西側」陣営に引き込もうとすることで、ロシア政府から厳しい反応を引き起こすこと、ロシアはそうした試みを台無しにするだけの能力を持っていることを理解していた。リアリストがアメリカの外交政策を担当していたら、ウクライナ情勢は不安定なままであっただろうがクリミア半島はウクライナの一部であっただろう。そして、2014年から続いているウクライナ東部での戦闘は恐らく起きなかっただろう。クリントン、ブッシュ、オバマがリアリストの助言に耳を傾けていたら、ロシアとの関係は今よりもだいぶ良いものであっただろうし、東欧の状況はより安定したものとなっただろう。

 

 第三に、リアリズムの諸原理に大統領が従っていれば、ペルシア湾岸地域に対して、「二重の封じ込め」戦略を取らなかったであろう。イランとイラクを同時に封じ込めようとする代わりに、両国間のライヴァル関係を利用して、お互いを牽制させて均衡させようとしただろう。二重の封じ込め政策によって、アメリカはイラン、イラク両国を利用することが出来なくなり、サウジアラビアとペルシア湾岸地域に大規模な地上軍と空軍を駐留させ続けることになってしまった。長期にわたる米軍のサウジアラビア駐留は、オサマ・ビンラディンの怒りの理由となり、それが2001年9月11日に発生したアメリカに対する攻撃につながったのだ。ペルシア湾岸地域に対してリアリストが考える政策を行っていれば、アメリカに対する攻撃を根絶することはできなくても、少なくすることはできただろう。

 

 第四に、リアリストは、イラクに侵攻して、タリバンのネットワークの再構築を許してしまった時点で、アフガニスタンで「国家建設」をしようとすることは愚か者の先走りだと警告を発していた。そして、2009年にオバマ大統領が行った「増派」は全く役に立たなかった。オバマ大統領がリアリストたちの意見を聞いていたら、アメリカはアフガニスタンでの消耗をかなり早い段階で止めることが出来ただろう。結果としては失敗であってもその程度はだいぶ軽くで済んだはずだ。多くの命と莫大なお金が失われずに済み、アメリカは現在よりもより強力な戦略的立場に立てていたはずだ。

 

 第五に、イランとの核開発を巡る合意は、アメリカが現実的なそして柔軟的な外交を展開すれば成功を収めることが出来ることを示した。しかし、ブッシュかオバマがリアリストの助言を受け入れていれば、アメリカ政府はより良い条件で合意を結ぶことが出来ただろう。イランの核開発施設が小さい段階で合意を結ぶことが出来ただろう。リアリストは、繰り返し「イランはウラン濃縮技術を放棄することはないだろう、そしてイラン政府と軍部は核兵器開発を進めるだろう」と警告を発した。アメリカが、リアリストの助言通りにもっと早い時期に柔軟性を見せていたら、イランの核開発をより低いレヴェルの段階で止めることが出来たはずだ。アメリカの外交がより巧妙であったなら、2005年にムアマド・アフマディネジャドが大統領に当選することを阻止し、二国間の関係をより建設的な方向に進めることが出来たはずだ。たとえそこまでなくても、アメリカはそこまで悪い状況に追い込まれることはなかっただろう。

 

 第六に、様々な考えを持つリアリストたちは、アメリカとイスラエルとの間の「特殊な関係」に疑問を持ち、この特殊な関係が両国に害をもたらしていると警告を発している。イスラエルの熱心な擁護者たちの中にはリアリストに対して中傷を行っている。しかし、リアリストがアメリカとイスラエルの関係を批判しているのは、イスラエルの存在に対して敵意を持っているからではない。また、アメリカとイスラエル両国の国益が一致している場合にはアメリカとイスラエルは協力すべきだという考えに反対しているからではない。リアリストは、「イスラエルに対するアメリカからの無条件の支援は、世界におけるアメリカのイメージを悪く、テロリズム問題を悪化させ、パレスチナ人の犠牲の上に“大イスラエル”を建設しようとするイスラエル政府の自滅的な努力を続けさせている」という考えから、批判をしている。リアリストは、イスラエルとパレスチナの平和共存を進めるためには、アメリカが「イスラエルの弁護士」としてではなく、双方に圧力をかけるべきだと主張している。こうした考え以外のアプローチが繰り返し失敗している状況で、この考えの正しさに疑問を持つことができるだろうか?

 

 最後に、オバマがロバート・ゲイツのようなリアリストの助言を聞いていたら、リビアのムアンマール・カダフィを権力の座から追い落とすようなこともなかっただろう。そして、リビアが破綻国家の仲間入りをすることもなかっただろう。カダフィは独裁的な支配者であったが、人道主義的介入を主張する人々は、「大量虐殺」のリスクを誇張し、カダフィの独裁政治の崩壊の後に起きた無秩序と暴力を過小評価した。

 

(つづく)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23







 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回から3回に分けて、外交・国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』誌に掲載されたハーヴァード大学教授スティーヴン・ウォルトの国際関係論の一潮流であるリアリズムについての論説を皆様にご紹介します。

 

 ウォルト教授は私も翻訳作業に参加した『イスラエル・ロビー』の著者の一人で、国際関係論の大物学者です。今回の論説では、彼が信奉している国際関係論の一潮流であるリアリズムを紹介し、「これまでの3名のアメリカ大統領がリアリズムの諸原理に従っていれば、世界はもっと違って、より良いものになっていた」と主張しています。

 

 私は拙著『アメリカ政治の秘密』の中で、このリアリズムとネオコン・人道主義的介入の対立がアメリカ外交の流れだということを書きました。合わせてお読みいただければと思います。

 

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リアリストの世界はどのように見えるのか?(What Would a Realist World Have Looked Like?)①

 

イラク問題、大量破壊兵器、イスラエル・パレスチナ問題、シリアとロシアまでの中で、アメリカはアメリカの最大の誤りのいくつかをどのようにしたら避けることが出来ただろうか。

 

スティーヴン・M・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2016年1月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/01/08/what-would-a-realist-world-have-looked-like-iraq-syria-iran-obama-bush-clinton/

 

 アメリカの外交政策を研究している全学徒にとっての疑問、それは「外交政策研究分野における卓越したそしてよく知られたアプローチが、世論形成の場、特に主要な新聞の中で隅に追いやられているのはどうしてだろうか?これまでの記録を見てみれば、このアプローチが他のアプローチよりも好成績をあげているのに、隅に追いやられているのだ」というものだ。

 

 私はもちろん、リアリズムを好んでいる。私はリアリズムとリアリストが現在、完全に少数派に追いやられているというつもりはない。第一、今現在、あなたはリアリストの書いた文章を読んでいる。しかし、民主党内のリベラル介入主義(liberal internationalism)や共和党内のネオコンサヴァティズム(neoconservatism)に比べて、リアリズムが人々の目に触れることは極端に少なく、政策に与える影響もその存在に比べて小さい。

 

 外交政策研究の分野の中で、リアリズムが隅に追いやられている状況は驚くべきものだ。リアリズムは国際問題研究の分野で伝統的なアプローチとなっている。そして、ジョージ・ケナン、ハンス・モーゲンソー、ラインホールド・ニーバー、ウォルター・リップマンなどのリアリストたちは、過去においてアメリカの外交政策について鋭い、示唆に富んだ言葉を数多く残している。リアリズムは国際問題の学術的な研究において基礎となる考え方となっている。ここまで述べてきた通りだとすると、この洗練された思想体系は外交政策の議論の中で確固とした地位を保持していると皆さんは考えることだろう。そして、本物のリアリストはアメリカ政治や学術の世界において大きな影響力を持っているのだろうと思っているに違いない。

 

 更に言えば、過去25年にわたるリアリズムの行ってきた予測は、リベラル派とネオコン派の行ってきた予測よりもより質の高いものであった。しかし、冷戦終結後の25年間のアメリカの外交政策立案の分野においてリベラル派とネオコン派が大多数を占めてきた。更には、歴代大統領は、リベラル派・ネオコン派の主張を政策として追求し、リアリズムを無視する場合が多かった。また、主要なメディアはリアリストに対して、考え方を拡散するための手段を与えてこなかった。

 

 その結果は以下の通りだ。冷戦が終結した時、アメリカは世界の諸大国に対して有利な立場に立っていた。この時、アルカイーダの存在は取るに足らないものであり、中東における和平プロセスはしっかりと進んでいた。アメリカは「一極」世界で指導的な立場を享受した。権力政治は過去の遺物となったと考えられ、人類はグローバライゼーション時代において豊かになることに忙しくなり、繁栄、民主政治体制、人権が国際政治の重要なテーマとなった。リベラルな価値観は世界の隅々にまで行き渡るだろうと考えられた。そのペースがゆっくりとしたものであっても、アメリカの力はその拡散に貢献するだろうと見られていた。

 

状況は急激に変化している。対ロシア、対中国関係は徐々に敵対的になっている。東ヨーロッパ諸国とトルコにおける民主政治体制は後退している。中東全域の状況は悪いから最悪に移ってきている。アメリカは過去14年間にアフガニスタンで数十億ドルを使ってきた。しかし、タリバンは勢力を維持しているし、更に勝利を収める可能性を持っている。アメリカはイスラエルとパレスチナとの間の「和平プロセス」を20年にわたり仲介し、関与してきた。しかし、それによって「和平プロセス」は実現から遠ざかっている。更には、地上で最も明確にリベラル派の理想が現実化したヨーロッパ連合は、修復方法が見つからないような厳しい状況に直面している。

 

 こうした状況は、次の疑問を生み出す。それは、「最近の3人のアメリカの大統領たちがリベラルやネオコンではなく、リアリズムの諸原理に従っていれば、アメリカと世界はより良いものになったのではないだろうか?」というものだ。この疑問に対する答えは「イエス」だ。

 

 皆さんにリアリズムについて説明したい。リアリズムは、「パワー(力、権力)」を政治における中心要素であると考える。国家は、自国を他国から守ってくれる世界政府が存在しない世界において自国の安全保障を維持することを第一に考える存在だ、と考える。リアリストは、軍事力は国家の独立と自律性を維持するために必要不可欠だと考える。しかし、リアリストは、軍事力が多くの場合に意図しなかった結果を生み出すための手段にもなり得るとも考える。リアリストは、ナショナリズムと地域的アイデンティティは強力で持続的だと考える。そして、次のように考える。国家はほとんどの場合、自己中心的である。利他主義はほぼ存在しない。信頼関係が醸成されることは稀だ。規範や国際機関は強力な国家が行うこと大して限定的な影響力しか行使し得ない。まとめると、リアリストは、国際問題に関して悲観的な見方をし、それがどんなに抽象的なイデオロギーを基にした、魅力的な設計図に従って世界を作り変えようとする試みに懸念を持っている。

 

(つづく)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23






 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は古い記事ですが、国際関係論(International Relations)の諸理論で恋愛関係(人間関係)を説明する論稿をご紹介します。

 

 国際関係論は、大変に「人間臭い」学問分野であると言えます。心理学や人類学、社会学の成果を取り入れて発展してきました。ですから、その理論も人間関係論(human relations)に応用できるのは当然のことと言えると思います。

 

 ホワイトデーが普通の日である私は、もっときちんと国際関係論を学んでおけばと後悔しておりますです(涙)。

 


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恋人たちのための国際関係論理論:ヴァレンタイン・デーのための手引き(IR theory for lovers: a valentine’s guide

 

スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2009年2月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2009/02/13/ir-theory-for-lovers-a-valentines-guide/

 

明日はヴァレンタイン・デーだ。人々への奉仕として、私は『フォーリン・ポリシー』誌の読者の方々に対して、国際関係論の理論が現在恋愛中である人々に役立つ、いくつかの重要な洞察を与えてくれることをお知らせしたいと思う。

 

まず、いかなるロマンティックなパートナー関係も本質的に同盟関係(alliance)である。同盟関係は国際関係論において中核をなす概念である。同盟関係は構成員に対して多くの利益をもたらす(そうでなければどうして私たちは同盟関係を結ぶだろうか?)。しかし、私たちが知るように、同盟関係は時に非合理的な情熱を反映し、構成員の自律性を不可避的に制限してしまう。国際関係論分野の理論家の多くは、同盟関係の制度化は同盟関係をより効果的にし、長続きさせるが、同時に制度化によって関係がより甲的なものとなることは、より慎重に考慮することを要する重要なステップともなると確信している。

 

 もちろん、国際関係論分野の理論家たちは、同盟の構成員たちが、放棄(abandonment)と罠(entrapment)の2つの危険に直面することを警告している。つまり、私たちはパートナーが私たちを見捨てるかもしれないと恐怖を覚えれば覚えるほど(放棄)、私たちは最初に予測できなかったような形の義務をお互いに課そうとする(罠)。読者の中には、自分のパートナーの高校の同窓会に出席したり、義理の親族たちとの感謝祭の夕食会に毎年出席したりしている人も多くいると思うが、そういう皆さんなら私が言っていることは理解できるだろう。

 

リアリストは長い間、二極(biploar)が最も安定すると主張してきた。従って、恋人がいるのに更に主要なアクターをシステムに加えようと考えている方がいらっしゃったら、是非再考されるようにお勧めしたい。私たちのほとんどが痛い目に遭いながら学んだように、多極的(multipolar)にロマンティックな関係を処理しようとすると、危機をもたらすことになる。更に、時に戦争にまで事態が悪化してしまうこともある。これは同盟関係の安定にとって良いことではない。

 

国際関係論の理論は私たちに対して、勢力均衡(balance of power)の変化は危険であると警告している。明確な警告は次のようになる。パートナーの地位や力が急速に変化する場合、関係は悪くなる。従って、貴方かパートナーが会社内で出世してそれを2人でお祝いするのは素晴らしいことなのだが、出世することで相手に対する期待の内容が変わり、2人はそれに慣れていかねばならない。もしどちらかが解雇された場合も同じことが言える。二人の関係において勢力均衡に大きな変化が起きた場合、忍耐と愛が必要となる。

 

最高の関係であっても時に波風が立つこともある。それは仕方がないことだ。それは、どんなに深く愛し合っている人間同士でも、相手が何を望んでいるのか、どうしてそういう行動を取るのかを理解できないことがあるからだ。国際関係論の理論家たちは、誤解について多くの優れた論稿を欠いてきた。その中のいくつかの内容は覚えておいて損はない。私たちは、私たち自身の行動は周囲の環境によって制限されていると考える傾向にある。一方、他の人の行動はその人の思い通りに行動しているのだと考えるものだ。「私がこれをやっているのはそれをしなければならないからだ。しかし、彼はこんな行動をしている、それは彼がそうしたいからだ!」と考えるものなのだ。この種の認識上の偏り(bias)は、争いのスパイラルにとっての大きな原因となる。国際関係論の理論家たちは長年にわたりこれについて警告を発してきた。小さな不動が起きる場合、それぞれの人たちは自分の立場を守ろうとするが、それが積極的かつ道理の通らない行動のように見えてしまうのだ。そして、私たちは国際関係論の分野におけるもう一つの重要な概念を思い出すのだ。それこそがエスカレーション(escalation)である。

 

私は数人の読者の方々がこの点について同意して頷いておられるだろうと思っている。

 

国際関係論の理論の中で特に役立つ概念が私の頭の中に思いついている。それは、宥和(appeasement)である。この概念は第二次世界大戦直前のミュンヘン会議以降不当に貶められてきた。しかし、ロマンティックな関係を維持するためには重要な戦略である。そして、もし読者の方々が私を信用しないなら、是非私の妻にお尋ねいただきたい。私の妻がこの段落を文章の中に入れさせた人物なのである。

 

国際関係論の理論のいくつかを学ぶことで、実際の恋愛関係や夫婦関係に役立つことがあるかもしれない。また、あなたは適切な人を選ぶという幸運に恵まれるだろう。そして、結婚という形で関係を制度化したいと望むこともあるだろう。もちろん、この記述は読者である貴方が異性愛者であること、もしくは同性愛者同士の結婚する権利を認めている世界の一部地域に住む幸運に恵まれた人であることを前提としている。

 

そして、2人が自分たちの結合したリソースを動員し、同盟関係を深化させると決心すると、伝統的な方法もしくは養子という形式で、子供を持つことになる。そうなると、新たな国際関係論の諸理論である抑止(deterrence)、強制(coercion)、敵対する勢力を殲滅または懐柔によって少しずつ滅ぼしていくサラミ戦術(salami tactics)、越権行為(overcommitment)について学ばねばならない。しかし、更なる一連の問題も出てくる。それらについては今年の父の日に明らかにすることになるだろう。

 

(終わり)







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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 今回はハーヴァード大学のスティーヴン・ウォルト教授の国際関係論(International Relations)に関する論稿をご紹介します。

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スティーヴン・ウォルト

 お読みいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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5分間だけで国際関係論の学士号を取得するには(
How to Get a B.A. in International Relations in 5 Minutes

 

ゼミに出たり学生ローンを借りたりしなくも大丈夫。ここに大学卒業後に卒業生たちが覚えていることが全て書かれている。

 

スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2014年5月19日

フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌

 

http://www.foreignpolicy.com/articles/2014/05/19/how_to_get_a_ba_in_international_relations_in_5_minutes

 

 私が住むニューイングランド地方は遅い春を迎えている。この時期は多くの大学で卒業シーズンということになる。子供たちの卒業を誇りに思う親や卒業できてホッとしている学生たちはお祝いに忙しい。私は、そうした学生たちの多くが卒業に際して後悔の念をひそかに持っていると考えている。それはどうしてか?それは、彼らの多くが国際関係論の分野の授業を十分に履修することなく卒業してしまうことに忸怩たる思いを持っていると考えるからだ。コンピューターサイエンス、生物学、経済学、応用数学、工学は全て素晴らしい学問分野である。歴史学、英文学、社会学も素晴らしい。しかし、これらの学問分野で、私のような人間を研究に駆り立てる世界情勢、グローバライゼーション、外交政策、その他の刺激的なテーマについてどれほど教えてくれるだろうか?

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 恐れるなかれ。私には解決策がある。数十年前、CBSの人気番組「サタデー・ナイト・ライヴ」に出演していたファーザー・グイド・サルダッチ(別名・ドン・ノヴェロ)は「5分間の大学(Five Minute University)」というコーナーを持っていた。このコーナーは素晴らしいほどに単純なものであった。サルダッチは、5分間で大学の卒業生が卒業して5年後に覚えていることを教えるとした。たとえば次のように。「経済学?簡単だよ。需要と供給さ。これで終わり」「神学?神はお前を愛している」などとサルダッチは語った。

 

 あなたが金融についての学位を取ることにかまけて、本当に面白い授業を取らなかった、つまり、時間を無駄にしたとしても、大丈夫、私が国際関係論の「5分間の大学」をやってあげる。私の「5分間の大学」では国際問題が山積する世界についてあなたが知る場合に必要となる5つの基本的な概念を教える。あなたが字を読むのが苦手でゆっくりとしか読めないという人でなければ、全部を読み切るのに5分もいらないだろう。

 

①アナーキー・無政府(Anarchy

 

 国際政治と国内政治との間にある違いは、中央的な権威が存在しないことにある。あなたはリアリストにならなくてもこのことを認識できるはずだ。国際政治には警察官はいないし、国家がアピールすることができる裁判官はいないし、法廷もないし、何かトラブルに巻き込まれた時にかける緊急電話といったものもない(この問題についてはウクライナ、レバノン、ルワンダの人々に質問してみたらよく分かる)。中央的な権威の欠如の中で、それぞれの国家が自国の安全を守るために、諸大国は自国の安全を守ると同時に世界でトラブルが起きないように監視しなければならない。こうした状況下では、協力や利他主義に基づいた行動といったものは起きないと考えられる。ここまで見てくると、安全な状態というのは貴重なものであり、恐怖は国際情勢全体に大きな影響を与えていることが分かる。アナーキーは「諸国家が作り出している」ものかもしれないが、諸国家が作り出しているのはたいていの場合、トラブルである。

 

②勢力均衡(The Balance of Power)・もしくはさらに専門的な概念として脅威の均衡(the balance of threats

 

 アナーキーの中にいると、諸国家はどの国家が自分よりも強いのか、どの国家が自分に追いつきつつあるのか、もしくは国力を落としているのかを気にする。そして、どのようにすれば永続的な劣勢状態を避けることができるのかを考える。勢力均衡という概念は私たちに、諸国家がどのようにして潜在的な同盟関係を認識するのか(どの国が味方になりどの国が敵となるのか)、そして、戦争が起きる可能性が高いのかそれとも低いのかということを教えてくれるのだ。勢力均衡の大きな変更はたいていの場合危険である。それは、台頭しつつある大国は現状維持に挑戦し、すでに大国である諸国家は現状維持の変更を阻止するために予防的な戦争を起こすからであるし、単純にどの国がより強くなるのかを知ることは難しいので計算間違いが起きやすくなるからでもある。勢力均衡の正確な意味についての議論は長年にわたり続けられてきたが、勢力均衡に言及することなしに国際関係論を理解しようとすることは、バットを持たずに野球をやろうとするようなものであり、バックビートなしにブルースを演奏しようとするようなものである。

 

③比較優位(Comparative Advantage)・別名「貿易から生み出される利益(gains from trade)」

 

 あなたが国際経済学の授業を履修しなかったにしても、自由貿易に関する自由主義的な理論の基礎となる比較優位に関する基本的な考え方を理解しなければならない。比較優位という考えは単純だ。それぞれの国家が有利に生産できる製品に特化し、そのように生産された製品を交換するというものだ。ある一つの国が全ての製品を有利に生産できる場合(全てに絶対優位を持っている)でも、比較効率性がいちばん高い製品をそれぞれの国が生産することがうまくいくのである。この主張の論理は否定できないものだ。しかし、この比較優位という概念が広く受け入れられるまでには2、3世紀かかった。重商主義(かその一部)の否定とより開かれた貿易の受容は、現在のグローバライゼーションの起源であり、2世紀前に比べて現在の世界がより繁栄していることの理由である。そして、あなたが比較優位というこの基本的な現実を把握していなければ、巨大で繁栄した国際的な商業ネットワークを理解することはできないのである。

 

④誤った認識と計算間違い(Misperception and Miscalculation

 

 私の友人に賢い人がいる。その人は「国際政治のほとんどは3つの単語でまとめることができる」と言いたがる。その3つの単語は、恐怖(fear)、強欲(greed)、そして愚かさ(stupidity)である。私は最初の2つについては既に述べた(アナーキーと勢力均衡は恐怖についてであり、自由貿易とは強欲のプラスの効果についてである)。しかし、3番目の愚かさもまた同じくらいに重要なのである。国家指導者たち(時には国全体)はよくお互いを誤解し、馬鹿なことをするということを認識せずに、国際政治と外交政策を本当に理解できない。ある国は脅威を感じ、防衛的な対応をする。他国はこの行為を見て、その国が巨大で危険な野心を抱いているので、対決しなければならないと誤った結論を出す。しかし、また別の対応を引き出すこともある。侵略の意図を持っている国がその野心が制限的なものだと他国を欺くこともある。もしくは利己的に行動し、過去についてきれいごとしか言わない(私たちは他国に対して何も悪いことをしたことがないが、敵国は常に過ちを犯している)ということもある。そして、他国が歴史を全く違うように見ているということに驚いてしまうのである。

 

 国際関係論を専攻して大学を卒業した人たちは、「国家指導者たちは物事をパーにすることがよくある。彼らの周りに訓練されたアドヴァイザーが多数いて、巨大な政府機関や情報機関の支援を受けている場合であっても、馬鹿なことをする」ということを知って卒業していなければならない。それはなぜか?それは情報が完璧ではなく、他国ははったりをかましたり、うそを言ったりするからだし、官僚や政策アドヴァイザーたちは人間が共通して持つ欠点(臆病さ、出世第一主義、そして不完全な合理性)を持っているからだ。貴方はこれらについて細かいことを5年後まで覚えていることはないだろうが、これだけは覚えておいて欲しい。責任ある立場にある人々はたいていの場合、自分たちが何をやっているか分かっていない。

 

⑤社会構成主義(Social Construction

 

 私は社会構成主義者ではない。しかし、私は国家間の相互作用や人間社会は規範とアイデンティティの変化によって形作られる。そして、これらの規範とアイデンティティは神聖なものでもなく、固定されたものではない。その反対に、そうしたものは人間の相互作用の産物である。私たちの日常生活での行動だけでなく、話すことや書くことが考えや信条を進化させるのである。社会的な現実は物理的な、物質的な実際の世界とは違うということを理解することなしに、ナショナリズム、奴隷制の廃止、戦争法規、マルクス=レーニン主義の興亡、同性愛結婚に対しての人々の姿勢が変化していることやその他の重要な世界規模での現象を理解することはできない。社会的な現実は、人々が行動し、話し、考えながら作り出され、作り直されていくものだ。私たちは、人々の態度、規範、アイデンティティ、信念がどのように進化していくかを予測することはできない。しかし、国際社会のこの側面に注意を払うことで、全く揺るぎもしないと考えられていた、正統とされる考えが完全に消え去ってしまって途方に暮れるということはなくなるのだ。

 

 これで「5分で分かる国際関係論」を終わりにしたい。国際関係論の分野全体にはまだ話さねばならないことがたくさんあるが、終了時刻になってしまったようだ。あなたがこれら5つの概念をきちんと理解できたら、卒業して5年後の学部レベルで国際関係論を専攻した人々(彼らが卒業後に生活費を稼ぐために忙しくて勉強を何もしていないとすると)と同じことを知っているということになる。

 

 はっきりさせたいのは、これら5つの概念だけで国際関係論の分野全体を網羅できると主張しているのではない。国際関係論分野の真の専門家になるためには、抑止力と強制力、機構、選択効果、民主平和理論、国際金融、その他の主要な概念について知る必要がある。国際的な歴史についての有用な知識もまた専門家になるためには有効である。また、特定の政策分野の詳細な経験なども必要だ。

 

 しかし、このレベルの知識を得るには、大学院レベルの訓練を受けることを考えねばならない。そのために更に少なくとも5分間が必要になる。とにかく、あなた(もしくはあなたの子供)が今年大学を卒業することに関して、私は心からの祝意を表したい。そして、あなたが国際関係分野で学位を取得し、国際関係分野で働くことを計画しているのなら、「心配しないで」と申し上げたい。私が所属する世代は、あなたたちが取り組むべき理論上の諸問題をたっぷりと残しているし、あなたたちは私たちよりもうまくやってくれるだろう。

 

(終わり)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




 古村治彦です。

 今回は、バラク・オバマ大統領のアジア歴訪に関して、ハーヴァード大学教授のスティーヴン・ウォルトの論稿をご紹介します。

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カーテンの裏側にいるあのパンダには注意を払わない(
Pay No Attention to that Panda Behind the Curtain

 

オバマ大統領が何を発言するかは重要ではない。彼のアジアツアーは中国に関するものでしかないのだ。(It doesn't matter what Obama says -- his Asia trip is all about China.

 

フォーリン・ポリシー誌(Foreign Policy

2014年4月23日

スティーヴン・ウォルト(Stephen Walt)筆

 

http://www.foreignpolicy.com/articles/2014/04/23/obama_asia_trip_pivot_china_japan_south_korea

 

 バラク・オバマ大統領は現在アジアにいる。そして、アメリカの同盟諸国に対して、オバマ大統領が「“アジアへ軸足を移す(pivoting to Asia)”、もしくは“勢力均衡の再構築(rebalancing)”」と言う表現を使ったことの真の意味を再確認させようとしている。しかし、オバマ大統領がアジアに軸足を移そうとしているこの時期にも、世界で起きている出来事は、「アメリカのアジア関与は本物なのか」という疑いを起こさせるものばかりだ。オバマ大統領はそうした疑いを払拭したいだろう。私はオバマ大統領がアジア歴訪中に、同盟諸国から何らかの協力と自助努力を引き出すのではなく、数々の妥協や約束、更には希望を振りまく演説ばかりをするのではないかと心配している。

 

 今回の歴訪は、他の訪問と同じく、アメリカの信頼性に関する疑いが渦巻く中で行われている。アメリカとNATOがウクライナをこれ以上支援できないようであれば、南シナ海と東シナ海で現在領土の構成を維持するためにアメリカは何が出来ると言えるだろうか?(この疑問の答え:多くの人々がアメリカは何かをしてくれると考えているようだ)しかし、アメリカがウクライナ(もしくはシリア)に関してこれまで以上のことをしたとしても、アジアの同盟諸国に対して、「アメリカはアジアをより重視し、世界中で危機が起きても、アジア重視の姿勢は変えない」ということを示すことになるだろうか? アメリカが何をするにしても、アジアの同盟諸国は、アメリカのアジアにおける存在と戦略的判断に関して疑問を持つことになるだろう。

 

 率直に言って、アメリカの信頼性についての循環する議論は、馬鹿げたものだと私は考えている。この議論には、アメリカのアジア回帰は真剣なものか、そして、勢力均衡の再構築に関するものが含まれている。アメリカは現在もまだ、アジアでそして世界で最も強力な軍事力を持っている。この状態はこれからもしばらく続くだろう。将来のアジア地域の勢力均衡について疑問を持つのは可能だが、現在の状況がすぐに大きく変わるということはない。そして、増強が続く中国の軍事力が脅威になると言うのなら、日本、韓国、オーストラリアといった国々が自国の軍事力をほとんど増強していないのはどうしてだろうか?彼らは見せかけ程には中国の軍事力増強を懸念していないか、もしくは何が起きてもアメリカが何とかしてくれると信じているかのどちらかだ。軍事力を増強するよりもアメリカの信頼性に関して不満を言う方がより簡単なようである。

 

 軸足変更・勢力均衡の再構築が本物なのかどうか疑問を持つ必要はない。なぜなら、アメリカの国益にとってアジアはより重要な地域となっていくからである。オバマ政権で国務次官補を務めたカート・キャンベル(Kurt Campbell)とエレイ・ラトナー(Ely Ratner)は最近の論文の中で、アジアの経済成長と中国の台頭に対してアメリカは対応しなくてはならないと指摘している。アジアに対するアメリカの関与の信頼性は、大統領の発言やどれほど頻繁にアジアを訪れるかにかかっているのではない。究極的には、「アジアに関与することがアメリカの利益になる」と他国が確信を持つことにかかっている。もしアジアにおいて主要な戦略的アクターであることがアメリカの利益にならないなら、いくら大統領が演説をし、握手をしてもアジアの同盟諸国を納得させ、安心させることはできない。

 

 オバマ大統領はアジア歴訪中、何はなくともとりあえず、多くの時間を使って、訪問国の指導者たちに、アメリカがアジアで軍事力を維持することがアメリカに利益になることの理由を説明する必要がある。アメリカのアジア関与は戦略的な慈善事業ではないと言う必要がある。そして、アメリカのアジア関与は、アメリカの利益、地政学、そして、世界で唯一のアジアにおける覇権国であり続けたいという熱望に基づいている。中国が台頭し続け、軍事力を増強し続けるなら、中国はアジア地域における覇権国の地位に就くことになるだろう。アメリカはこれを阻止したい。それは現在のアジアにおける勢力均衡の構造によって、中国はアジア地域の問題に多くの注意を振り向けねばならず、世界の他の地域(それには西半球が含まれている)に関心を持つことがないからだ。このことを声高に述べることは得策ではない。しかし、アジアの「勢力再均衡」政策の長期にわたる目標は、これから台頭してくる強力な中国を封じ込めることである。中国の指導者たちはこのように考えるし、彼らの考えは正しい。

 

 更に言えば、アメリカにとって、アジア地域における核拡散を抑えることが利益となる。中国は国境地帯(ロシア、パキスタン、インド、北朝鮮)に核武装した部隊を配備している。また、いくつかの国々は、アメリカの安全保障の保証に依存できないとなり、核武装へ舵を切る決心をしている。核不拡散がアメリカの外交政策の核心的な目標である限り、アメリカがアジア地域に留まることが戦力的な利益となるだろう。

 

 これらの理由のために、アジアにあるアメリカの同盟諸国は、アジアにおいてアメリカが軍事力を維持し続けるのか、アジアの同盟諸国の安全保障に関与し続けるのかについて疑問に思う必要はない。アメリカのアジア関与は地政学的理由から発生したものであり、アメリカ独自の戦略的利益に基づいたものである。オバマ大統領がこうしたことを簡潔に、明確に、そして力強い言葉でアジアの同盟諸国の指導者たちに説明したら彼らを喜ばすことができるだろう。そして、アメリカの存在がアジア地域の安定にとって、長年にわたり防御壁となって来たことを彼らに思い出させることになるだろう。

 

 しかし、不幸なことに、オバマ大統領がアメリカの関与を保証してもそれだけで、アジアの同盟諸国のリーダーたちを安心させるには不十分であろう。私が以前にも述べたが、アジアの同盟諸国は移り気であり、彼らとの関係を維持することは、これから難しい仕事となっていくだろう。アメリカのアジアにおける同盟諸国同士が争いを続けている。日本と韓国の争いが顕著だ。それだけでなく、彼らはアメリカ政府がやることは何事も気に入らないと不満を持っている。アメリカが世界中に目配りをして、結果としてアジアに対して多くの愛と関心を寄せないと感じると、彼らは自分たちが無視されていると不満を言う。インドに関してはそうした不満は一部で正しい。ブッシュ前大統領時代、インドは本当に無視されていた。しかし、アメリカが再びアジアに関与し、これまで以上のことをやろうとすると、アジア地域の同盟諸国は、アメリカがアジア地域の「再軍事化」を行い、新しい冷戦を始めようとしていると批判するだろう。彼らはまた、アメリカのアジアへの関与を使って、自分たちのこれまで以上の「アメリカへのタダ乗り」を正当化する。

 

 私はオバマ大統領のアジア歴訪がうまくいくかどうか疑いを持っている。オバマ大統領は訪問国の指導者たちに対して、アメリカはアジアに対して今まで以上の時間とエネルギーを傾注することを真剣に考えているが、それは中国を標的としたものではないと語るだろう。オバマ大統領はまた、アジアの全ての国々がより豊かになることができる、平和なそして安定したアジア地域の存在を望むと明確に述べるだろう。そして、オバマ大統領は、深刻な地政学は「20世紀の遺物」であるという姿勢を示すだろう。結局のところ、オバマ大統領は、アジア地域のアメリカの同盟諸国に対して、アメリカ政府は彼らを支援するが、アジア地域の緊張を高めるような方法で支援することはないということを明確に述べるだろう。

 

 しかし、今がこれまでとは少し内容が違う会話をするべき時期なのかどうか私は疑問を持っている。オバマ大統領は、これまで述べた理由で、「アメリカはアジアの勢力均衡を維持し、中国の覇権拡大を阻止するために努力する」ということを述べるべきだろう。しかし、恐らく、オバマ大統領は、アメリカはアジア地域の勢力均衡と同盟諸国の安全保障について留意はするが、同盟諸国が自力でやれること以上のことをアメリカはできないし、やるべきでもないということを同盟諸国の指導者たちに気付かせる方法を見つけねばならない。オバマ大統領は、アジア諸国の指導者たちに対して丁寧に次のように述べるべきだ。「アメリカは強力で信頼に足るアジアの同盟諸国とのネットワークをこれからもリードしたいと望んでいるが、自分たちの問題を自分たちで対処するという決意がなければそれも難しい」 

 

 言い換えるなら、アジア地域における同盟諸国との同盟の信頼性は、私たちの問題と言うよりも、彼ら自身の問題と言えるのだ。

 

アジアにおける現在の勢力均衡を維持することに貢献することは、アメリカの国益につながることではあろうが、それを安く(低コストで)済ませることはできないだろう。それでも、必要な支援や援助を多くのアジアの同盟諸国に与えることはそれだけの価値があることであろう。私がオバマ大統領に希望するのは、ただアジアに飛んで行って、同盟諸国の指導者たちと握手をするだけでなく、彼らに対して、私たちアメリカのために何をしてくれるのか、そして、自分たちのために何をするのかを是非質問してみて欲しいというものだ。

 

(終わり)




 

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